海外法律事情
アメリカ刑事法の調査研究(161)
米 国 刑 事 法 研 究 会
(代表 堤 和 通)*
Carpenter v. United States, 585 U.S. _, 138 S.Ct. 2206 (2018)
柳 川 重 規**約 ₄ ヶ月にわたる携帯電話の基地局利用の履歴を,裁判所の命令に基づ いて通信事業者に提出させる処分は,第 ₄ 修正上の捜索に当たり,相当な 理由と令状が第 ₄ 修正上要件となる,と判示された事例。
《事実の概要》
ミシガン州とオハイオ州にまたがって発生した犯罪グループによる一連 の強盗事件で,被疑者の一部が逮捕され,その内の一人から,FBIは他の 共犯者の電話番号を聞き出した。その共犯者の中に申請人
Carpenter
も含 まれており,FBIは,連邦法(The Stored Communication Act)に基づい て, ₂ つの通信事業者に対し,一連の強盗事件が発生した ₄ ヶ月間にわたる
Carpenter
の携帯電話の基地局情報(送受信の履歴)の提出を求めた。これにより, 両通信事業者から, それぞれ127日分と ₂ 日分の
Carpenter
の携帯電話の基地局情報が提出された。この連邦法では,当該基地局記録が進行中の犯罪捜査と関連性・重要性
*
所員・中央大学総合政策学部教授
**
所員・中央大学法学部教授
があると思料する合理的な根拠(reasonable grounds)を具体的に説明す る事実を示すことができれば,捜査機関は,マジストレイトに対し命令の 発出を求めることができ,この命令に基づいて,通信事業者に基地局情報 を提出させることができる。この「合理的な根拠」という要件は,第 ₄ 修 正上の捜索・押収の要件である「相当な理由(probable cause)」よりも緩 やかな要件である。
Carpenterは ₆ 個の強盗の訴因等で起訴された。公判前に
Carpenter
は,携帯電話の基地局情報について,相当な理由に支えられた令状によらず に,第 ₄ 修正に違反して押収されたものであるとして,証拠排除を申し立 てた。合衆国
District Court
は,この申立てを却下した。政府側は,Carpenterが起訴された強盗事件の内 ₄ 件で,Carpenterの 携帯電話が事件発生時に事件現場付近に所在していたことを示す地図を基 地局情報に基づいて作成し,これを公判で証拠として提出した。Carpen-
ter
は強盗の訴因等につき有罪と認定され,100年を超える収監刑を宣告さ れた。第 ₆ 巡回区
Court of Appeals
は,次のような理由からDistrict Court
の 判断を確認した。すなわち,携帯電話の基地局情報により明らかとなった 位置情報は,Carpenterが通信事業者と共有していたものであって,これ についてはプライヴァシーの合理的期待が欠けている。また,携帯電話の 基地局情報は,利用者たるCarpenter
が通信を可能にするための手段とし て任意に通信事業者に提供し,その結果,通信事業者の業務記録となって いるものであるから,第 ₄ 修正の保護は及ばない。合衆国最高裁判所により,サーシオレイライが認容された。
《判旨・法廷意見》
破棄・差戻し
1 ロバーツ首席裁判官執筆の法廷意見
₁ ⑴ 我が国の歴史の大部分において,第 ₄ 修正上の搜索法理は,コ モン・ロー上のトレスパス法理と結び付けて考えられてきたが,その基礎
を成す財産権の有無が第 ₄ 修正違反を判断するための唯一の基準であるわ けではなく,Katz (Katz v. United States, 389 U.S. 347 (1967))以降,一定 のプライヴァシーの期待も第 ₄ 修正の保護を受けることが認められてい る。
いかなるプライヴァシーの期待が第 ₄ 修正の保護対象となるかについて は,単独の判断基準が存在するわけではなく,当裁判所の先例では,第 ₄ 修正採択時に不合理な捜索・押収と考えられたものは何であったかという 歴史的な理解を基礎に,第 ₄ 修正は恣意的な権力行使から「生活のプライ ヴァシー(privacies of life)」を保護しようとするものであること,そし て,憲法起草者が第 ₄ 修正を採択した中心目的は,「警察による監視が普 く行われることに対して障害を設けることにある」ということを指針に判 断がなされてきた。
新たに開発された監視機器の利用に対する第 ₄ 修正適用の是非を判断す る際にも,このような歴史的な理解に留意して,当裁判所は,第 ₄ 修正採 択時に政府権力からプライヴァシーが保護されていたレヴェルを維持しよ うと努めてきた。Kyllo (Kyllo v. United States, 533 U.S. 27 (2001))で,熱 画像機(thermal imager)を用いて住居の外壁の熱分布状態を調査する行 為が第 ₄ 修正上の捜索に当たると判示され,Riley (Riley v. California, 573
U.S. _, _ (2014))で,携帯電話内のデータを捜索するには,逮捕に伴
う場合であっても捜索令状が必要であると判示されたのも,こうした理由 による。⑵ 本件では,通信事業者が保有する申請人
Carpenter
の携帯電話の基 地局情報の取得が問題となっている。このような第三者が保有するデジタ ル・データたる個人の位置情報の取得に関しては,直接の先例は存在しな いが,人の所在と移動に関するプライヴァシーの期待の問題を扱った判例 の流れと,人が自身で保有しているものと他者と共有しているものについ てプライヴァシーの期待を区別した判例の流れがともに関係する。第 ₁ の判例の流れに属するものに,公道上を車両で移動する被疑者を警 察がビーパーを用いて尾行した事案を扱った
Knotts
(United States v.Knotts, 460 U.S. 276 (1983))がある。Knotts
では,公道上を車両で移動す る者は,車両の移動する姿と目的地を他者に任意で伝えているので,これ についてプライヴァシーの合理的な期待は認められず,したがって,ビー パーを用いた移動の監視は第 ₄ 修正上の捜索を構成しないと判示された。もっとも,Knottsでは,ビーパーを用いた尾行とは異なり,24時間常時監 視が行われるような場合には,異なる憲法原理が適用される可能性がある ことも認めていた。 第 ₁ の判例の流れに属するものには, さらに,GPS 端末を被疑者の車両に装着して28日間被疑者の移動を監視した事案を扱っ た
Jones
(United States v. Jones, 565 U.S. 400 (2012))がある。Jonesでは,法廷意見はトレスパス法理を用いて事案を処理したが,補足意見及び結論 賛成意見を述べた ₅ 名の裁判官は,たとえ移動の姿が公衆一般に晒されて いても,GPS監視は人のあらゆる移動を追跡するものなので,これが長 期間にわたればプライヴァシーの期待を侵害すると述べている。
第 ₂ の判例の流れに属するのは第三者法理に関するものであるが,被疑 者の資産情報の提出を政府が銀行に求めた
Miller
(United States v. Miller,425 U.S. 435 (1976)) と, 被疑者の架電記録の提出を電話会社に求めた Smith
(Smith v. Maryland, 442 U.S. 735 (1797))がある。Millerでは,銀行 が保有する被疑者の資産情報は,被疑者の所有も占有も認められない銀行 の業務記録であり,通常の銀行業務の過程で被疑者から銀行に対して明ら かにされた情報であるなどの理由から,この情報を銀行が政府に伝えたと しも,その危険は被疑者が負うべきものであり,これについてはプライヴ ァシーの正当な期待は認められないと判示された。Smithでも同様に,電 話の利用者は電話会社が様々な業務目的から架電した電話番号を利用して いることを知っており,この情報は利用者が任意で電話会社に明らかにし た情報であるから,これについてはプライヴァシーの合理的な期待は認め られないと判示された。₂ ⑴ Katzでいわれているように,公衆がアクセス可能な領域にお いても,個人は第 ₄ 修正による保護を放棄しているわけではなく,秘密に したいと望むことについて保護が受けられる場合がある。 移動の全体
(whole of oneʼs physical movements)については個人がプライヴァシーの 合理的な期待を有していることを, 当裁判所の過半数の裁判官が既に
Jones
で認めている。デジタル時代が到来する以前は,被疑者の長期間の追跡は困難でコストがかさむものであったため,これが行われることは稀 であり,社会の期待は,法執行官がこうした長期間の監視を行い,位置情 報を蓄積して分析することはないというものであった。基地局情報の取得 はこうした期待を侵害するものである。
基地局情報は, 通信事業者が業務目的で作成するものであるが,GPS により得られる情報と同様,個人の家族関係,政治的関係,職業上の関 係,信仰上の関係,性的関係を明らかにし,多数のアメリカ人の「生活の プライヴァシー」に関わるものである。さらに,GPS監視と同様,伝統 的な捜査手法と比較すると極めて容易かつ安価に,そして効率的に個人の 移動を追跡することができる。
基地局情報から個人の移動の履歴を明らかにすることは,実際上は,
GPS
を用いて車両の移動監視が行われる場合以上に,プライヴァシー保 護に対する重大な懸念を生ぜしめる。人は車両についてはそこから降りて 離れることがあるのが普通であるが,携帯電話は絶えず携帯して手放さな い。したがって,携帯電話の位置を追跡することにより携帯電話利用者 を,足首に監視機器を装着した場合と同じようにほぼ完全に監視すること ができる。さらに,通信事業者がデータを保存している期間内(現在は ₅ 年間)であれば,いつの時点の情報であっても入手でき,しかも,捜査対 象となった者のみならず,すべての携帯電話利用者の情報を入手すること ができるので,警察は,監視する対象者及びその時期を事前に特定してい る必要がない。基地局情報は
GPS
情報に比べ精度が低いので,第 ₄ 修正の保護を及ぼ すべきではないと政府は主張するが,基地局情報の精度は証拠として利用 するのに十分なものであることを政府自身が本件公判の論告で強調してい る。さらに,現在の基地局情報の精度は急速に向上しGPS
に迫りつつあ るが,当該事件で用いられたものよりもより精度の高い仕組みが現在使用され,さらに発展しているという事実も考慮に入れて判断しなければなら ないことは,Kylloでも指摘されている。
以上の理由から,本件で政府は,通信事業者から基地局情報の提供を受 けることにより,移動の全体に対する申請人
Carpenter
の合理的なプライ ヴァシーの期待を侵害しているといえる。⑵ 政府は,本件における基地局情報の取得が
Carpenter
の合理的なプ ライヴァシーの期待を侵害しないと主張するが,その根拠は,本件には第 三者法理を拡張して適用すべきであるというものである。Smithと
Miller
で採用された第三者法理は,他人と共有している情報に ついてはプライヴァシーの期待が減少しているとの考えに加え,架電記録 や精算済みの小切手の記録といったこれらの事件で提供を求められた情報 が,個人の秘密を明らかにする程度が限定的であることを根拠にしてい る。基地局情報にはこのような限定的な性質はない。Knottsで公道上の車両の移動にプライヴァシーの合理的期待は認められ ないと判示されたのは,他人にその情報を任意で伝えていることを理由と しており,その意味で
Knotts
はSmith
に依拠した判断であった。それに もかかわらず,Jonesで ₅ 人の裁判官が長期間にわたるGPS
監視に第 ₄ 修 正の規律が及ぶことを認めたのは,第三者との関係でも,この位置情報の 取得に特別な憂慮が示されたからである。基地局情報は,個人の所在を数 年間にわたり常時,詳細に記録するものであり,プライヴァシーが侵害さ れるとの懸念の強さは,SmithとMiller
で扱われた情報に対する比ではな い。現代社会において日常生活を送るのに,携帯電話の利用が必要不可欠な ものとなっている点,及び,携帯電話の電源が入っていれば,利用者が能 動的な行為を一切しなくても,基地局情報が記録される点からして,利用 者が自身の包括的な位置情報を他人に任意に明らかにし,他人に伝えられ る危険を負っているとはいえない。この点で,第三者法理の基礎をなす理 論構成が基地局情報には妥当しない。
このような基地局情報の独特の性質から,第三者法理を基地局情報に拡
張して適用することはできない。
なお,本日の判示の射程は狭いものであり,基地局情報のリアルタイム の取得,特定の基地局に特定の期間接続しているすべての携帯電話の位置 情報の取得(tower dumps)等には及ばない。また,本日の判示は,第三 者法理それ自体を否定するものでもないし,防犯カメラ等の在来型の監視 技術を問題視するものでもない。さらには,他の業務記録からたまたま位 置情報が明らかとなった場合の問題や,外交問題や国家安全保障が関係す る場合の位置情報の収集を扱ったものでもない。
₃ Carpenterの基地局情報を取得することが第 ₄ 修正上の捜索に当た るのであれば,これが犯罪捜査目的で行われていることから,第 ₄ 修正上 合理的であるというためには,相当な理由と令状に基づいて行われること が要件となる。本件で警察は,The Stored Communications Actに従い,
裁判官の命令に基づいて基地局情報を通信事業者から得ているが,この法 律の要件は,相当な理由よりも緩やかなものであるので,第 ₄ 修正の要件 を充足するものではない。
アリトー裁判官は,提出命令(subpoenas)による場合は,先例上,相 当な理由が要件とはされていないと主張するが,それはプライヴァシーの 期待が縮減している証拠や企業帳簿が対象となった事例,及び,第三者法 理を適用した
Miller
においてであり,プライヴァシーの合理的期待が認 められる記録について,提出命令により第三者に提出を求めることができ るとした判例はない。提出命令を用いることにより相当な理由が不要とい うことになれば,記録の種類の如何を問わず令状による保護が及ばないと いうことになってしまう。第三者が保有する記録に被疑者がプライヴァシ ーの正当な期待を有する場合には,相当な理由と令状が要件となる。もっとも,基地局情報の取得についても,下級裁判所が爆弾事件,銃乱 射事件,児童の誘拐事件等で令状によらない取得を認めているように,事 案の具体的状況により令状要件についての緊急性の例外を認めることはで きる。
2 ケネディー裁判官の反対意見(トーマス,アリトー両裁判官参加)
Millerと
Smith
で被告人に第 ₄ 修正の保護が及ばないとされた理由の一 つは,問題となった記録がそれぞれ銀行及び電話会社が作成し所有,管理 しているものであり,被告人がそれに対して所有も占有も主張できないと いうことである。自己に属する物,場所については,より強いプライヴァ シーの期待が認められること,さらには,第 ₄ 修正自体が捜索・押収の対 象となるその人自身の「身体,住居,書類,所持品」を保護すると規定し ていることから,プライヴァシーの期待が第 ₄ 修正の保護するものに該当 するか否かを判断するに当たっては,「財産概念」は依然として基本的な 重要性を有しているのである。Kats自体も財産に基礎付けられた概念に 依拠する立場を棄ててはいない。自身が所有も管理もしていない記録に対 しては,被告人はプライヴァシーの合理的な期待を有しているとは言え ず,そのような意味で,基地局情報について,被告人はプライヴァシーの 合理的な期待を有しているとはいえない。Millerと
Smith
の第 ₂ の根拠は,これらの事例で提出命令など記録の開 示を法律上義務付ける手続が用いられたということである。提出命令は,対象者に情報の開示を義務付けるだけであり,立入や押収,内容の検索と いう行為を伴わないので,相当な理由及び令状を要件としないのである。
本件での基地局情報の取得も提出命令に基づいてなされたものである。も っとも,第三者が保有する全ての記録が,相当な理由と令状を要件としな い提出命令の対象になり得るわけではなく,個人自身が保有する「書類,
所持品」と憲法上同価値であると認められる郵便事業者保有の信書やイン ターネット・プロバイダー保有の
E
メールなどは,対象から除外される。Knottsで異なる憲法上の原理が働くとされたのは,裁判官によるチェッ クが働かず常時監視が行われるような場合についてであり,この異なる原 理は,Jonesには適用されるとしても,本件では裁判官の承認に基づいて 記録の開示が行われていることから,これを適用することはできない。
3 トーマス裁判官の反対意見
法廷意見による先例の解釈が妥当でないという点について,反対意見を 述べている他の裁判官に同意する。とはいえ,法廷意見が抱えている問題 の根本は,法廷意見がプライヴァシーの合理的期待基準を用いていること それ自体にある。プライヴァシーの合理的期待基準は,第 ₄ 修正の規定の 文言及び歴史に根拠を見出すことができないものである。また,この基準 は,予見可能性を欠き,不明瞭で矛盾に充ちている,結論先取りのもので ある等々の批判を受けてきている。さらには,裁判所に対して法律判断で はなく政策判断を行うよう誘うものでもある。したがって,当裁判所は,
この基準を再検討しなければならない。
4 アリトー裁判官の反対意見(トーマス裁判官参加)
新たな科学技術が個人のプライヴァシーに及ぼす影響についての懸念を 法廷意見と共有する者ではあるが,基地局情報の提出を求める命令を搜索 と同視して,相当な理由が要件となるという革命的な判断をした点,及 び,第三者法理の適用を否定し,他人の財産に対する搜索について被告人 が第 ₄ 修正違反を争うことを認めるという,これまた革命的な判断をした 点で法廷意見は誤っている。
基地局情報の提出を求める命令は,機能的には文書提出命令と同一のも のであり,これを搜索と同一視することは,第 ₄ 修正についての元々の理 解と ₁ 世紀以上に及ぶ先例に反する。
第三者の財産に対する搜索の第 ₄ 修正違反を争う権利を被告人に認める ことは,個人に自身の「身体,住居,書類,所持品」を保護する権利を認 めている第 ₄ 修正の文言に反し,第 ₄ 修正の財産権に基礎を置く解釈によ っても擁護されない。さらにまた,Millerと
Smith
がプライヴァシーの合 理的な期待基準によりつつも,他人が保有する財産について第 ₄ 修正違反 を争う権利を否定したのは,新しい法理を戧設したというよりも,第 ₄ 修 正の文言とそれまでの多くの先例に反する解釈を避けるためであるから,これを認めることはプライヴァシーの合理的期待基準によっても擁護され
ない。
5 ゴーサッチ裁判官の反対意見
第 ₄ 修正の文言及び第 ₄ 修正についての財産権に基づく伝統的な理解か らすると,第 ₄ 修正が保護しているのは,個人その人自身の「書類及び所 持品」である。Katzがこの伝統的な理解に取って代わったものではなく それに付加されたものであることからすると,この理解は依然として維持 されるべきものである。
もっとも,その人自身の「書類及び所持品」に当たるか否かを判断する に当たっては,法律の規定も参考にすることができる。合州国法典タイト ル47の222条は,基地局情報を「利用者が専有するネットワーク情報(cus-
tomer proprietary network information)」と呼び,利用者の同意を得ずに,
利用者が特定できる形で基地局情報を通信事業者が開示することを禁止す るなどしており,この規定により,利用者には基地局情報について相当程 度の法律上の利益が認められている。これが財産権のレヴェルにまで至っ ていると言える可能性がないわけではないが,この点については,本件で 申請人が下級裁判所のいかなる手続段階においても主張をしていないの で,申請人はこの主張を放棄したものといわざるを得ない。
《解説》
1 携帯電話により通信(電話,Eメール,インターネット等の利用)
を行う場合,通信は必ず最寄りの基地局(アンテナ)を経由して行われて おり,また,携帯電話に電源が入っていれば,携帯電話が発する微弱な電 波を基地局は感知する。携帯電話の基地局情報とは,このようにして携帯 電話が基地局と接続した記録のことである。通信事業者はこの記録を,災 害時の利用者の所在確認に役立てるなどの目的で,一定期間保存してお り,この記録を調べることにより,携帯電話の位置・移動経路が特定でき る。携帯電話の位置の特定は,基地局の位置と基地局に数本設置されてい るアンテナの方角により行われるため,基地局情報の精度は,基地局と基
地局の間隔により異なり,間隔が密な都市部では数百メートル単位,間隔 が空いている郊外では数キロメートルになることもあるといわれている。
なお,本件の法廷意見によれば,基地局情報の精度は技術革新により向上 してきており,GPSのレヴェルに迫っているとのことである。
基地局情報を得るには,対象者の電話番号がわからなければならないと いう制約があるものの,通信事業者はすべての携帯電話について基地局情 報を自動的に取得し,一定期間保存しているので,捜査対象者の位置情報 をリアルタイムで取得するだけでなく,過去の位置情報についても,記録 の保存期間であれば,いつの時点のものでも㴑って取得することができ る。したがって,捜査機関が追跡中の監視対象者のリアルタイムの位置情 報を取得することができる(リアルタイム型)ほか,ある者が被疑者とし て捜査対象となった時点で,そこから㴑ってその者の過去の一定期間の位 置情報を取得することもできる(履歴型)1)。
2 本件では,後者の履歴型の基地局情報の取得が,合衆国憲法第 ₄ 修 正上の捜索に当たるかが争点となった。 本件で捜査機関は, 連邦法の
Stored Communication Act
に基づき,裁判官の命令を得て被疑者の基地局利用の履歴を入手しているが,この法律では,進行中の犯罪捜査と関連 性・重要性があると思料する合理的な根拠(reasonable grounds)があれ ば,当該情報の提出を裁判官は命ずることができることになっていた。こ の「合理的な根拠」 は第 ₄ 修正上の要件である「相当な理由(probable
cause)」よりも緩やかな要件であると解されていたため,履歴型の基地局
情報の取得が第 ₄ 修正上の捜索に該当するということになると,本件でのStored Communication Act
に基づく基地局利用の履歴の入手は,第 ₄ 修正 に違反するということになる。3 この本件の争点について法廷意見は,直接の先例はないが,位置情 報の取得に関するプライヴァシーの期待の問題を扱った判例の流れと,い
1) これにより,例えば本件でのように,犯行時刻に犯行場所付近に被告人がい
たことを証明し,被告人の犯人性を示すための情況証拠として用いるなどする
ことができる。
わゆる第三者法理に関する判例の流れが関係するとしている。
前者について法廷意見は,ビーパーを用いた尾行の事案を扱った
Knotts
(United States v. Knotts, 460 U.S. 276 (1983))2)において,公道上の移動,
及び行先は,公衆に晒されている情報なので,プライヴァシーの合理的な 期待が認められないと判示されながらも,徹底した監視が行われる場合に ついては,異なる結論に至る可能性があることが示唆されていることを指 摘し,さらに,GPS端末を被疑者の車両に装着して監視が行われた事案 である
Jones
(United States v. Jones, 565 U.S. 400 (2012))3)において,補足 意見と結論賛成意見ではあるが,過半数の裁判官が,少なくとも監視が長 期間に及んだ場合は,プライヴァシーの合理的な期待に対する干渉となる との考えを支持していることを指摘している。後者に属する判例として法廷意見は,銀行口座の資産情報・取引情報 は,預金者が銀行に対して任意に明らかにした情報であり,これを銀行が 他に伝える危険は預金者が負うべきものであるから,プライヴァシーの合 理的期待が認められないとした
Miller
(United State v. Miller, 425 U.S. 435(1976))と,架電した電話番号は,利用者が電話会社に対して任意に明ら
かにした情報であり,これを電話会社が他に伝える危険は利用者が負うべ きものであるから,プライヴァシーの合理的期待が認められないとしたSmith
(Smith v. Maryland, 442 U.S. 735 (1979))4)を挙げている。4 装着型
GPS
捜査による位置情報の取得に関して,合衆国最高裁判所は
Jones
において,これが車両という第 ₄ 修正にいう「所持品」に対する不法侵入を伴って情報を収集している点で第 ₄ 修正上の「捜索」に当た
2) Kontts については, 渥美東洋編『米国刑事判例の動向 Ⅳ』(中央大学出版 部,2012年)313頁(香川喜八朗 担当),鈴木義男編『アメリカ刑事判例研究 第 ₂ 巻』(成文堂,1986年)18頁(大塚裕史 担当)参照。
3) Jones については,米国刑事法研究会(代表 椎橋隆幸)・アメリカ刑事法の 調査研究(135)比較法雑誌47巻 ₁ 号219頁(眞島知子 担当)等参照。
4) Smith については,渥美・前掲注2)290頁(柳川重規 担当),鈴木義男編『ア
メリカ刑事判例研究 第 ₁ 巻』(成文堂,1982年)30頁(関哲夫 担当)参照。
ると判示したが,基地局情報の取得には不法侵入が伴わないため,本件で は,これをプライヴァシーの合理的期待の問題として捉えて判断を行っ た。その上で,法廷意見は,公道上の移動,及び行先についてはプライヴ ァシーの合理的な期待は認められないとの
Knotts
の判断を否定はせず,しかし,「移動の全体(whole of oneʼs physical movements)」 については プライヴァシーの合理的な期待が認められるとし,基地局情報の取得は,
捜査機関が長期間にわたり個人の移動を秘密裏に逐一監視することはない との期待を侵害すると判示した。その際に指針とされたのは,合衆国憲法 採択時に個人に与えられていたプライヴァシー保護のレヴェルを,科学技 術が発展した現代においても維持しなければならないという考え方であ る。いかなる範囲でプライヴァシーの合理的な期待を認め,第 ₄ 修正の保 護を与えるかを判断するに当たっては価値判断が伴うが,これは裁判官の 主観に委ねられてよいものではなく,憲法制定者が行った価値判断に従う べきだというのが法廷意見の考え方であろう。さらに,法廷意見は,この ような解釈手法はプライヴァシーの合理的期待の有無を判断するに当たっ ての唯一のものではないが,
Kyllo
(Kyllo v. United States, 533 U.S. 27 (2001))5)や,Riley (Riley v. California, 573 U.S. _, _ (2014))6)といった先例でも 用いられてきたものであるといっている。
なお,法廷意見は,基地局情報の取得が
GPS
捜査と同様,個人の家族 関係,政治的関係,宗教的関係,性的関係等を詳らかにするとしている が,さらに,携帯電話を人は絶えず携帯して手放さないため,携帯電話利 用者をほぼ常時完全に監視することができる点,通信事業者がデータを保5) Kyllo については,洲見光男・アメリカ法2003─Ⅰ204頁,大野正博「令状に よらない熱線画像装置(thermal imager)の使用が合衆国憲法修正 ₄ 条に違反 するとされた事例 Kyllo v. United States, 533 U.S. 27 (2001)」朝日法学論集31号 27頁等参照。
6) Riley については,柳川重規「逮捕に伴う捜索・押収の法理と携帯電話内デ
ータの模索─合衆国最高裁 Riley 判決の検討」 法学新報121巻11・12号527頁等
参照。
存している期間内であれば,いつの時点の情報でも,しかも,すべての携 帯電話利用者についての情報を入手できる点で,GPS捜査以上にプライ ヴァシーへの脅威となる面があるとしている。
5 携帯電話の位置情報は,電話利用者が通信事業者に対して任意に明 らかにした情報,通信事業者に預けた情報であるともいえるので,このよ うな情報にはプライヴァシーの合理的な期待は認められないとする第三者 法理(third party doctrine)の適用の有無が,本件ではさらに問題となっ た。
法廷意見は,他人に任意に明らかにし,他人が保有する情報について は,プライヴァシーの期待が縮減するのだとし,これが第三者法理の根拠 の一つをなしているとしつつも,その情報が個人の生活のプライヴァシー に深く関わるものである点に着目して,プライヴァシーの合理的期待を認 めた。このような理論構成は,逮捕により被疑者の身体及び所持品に対す るプライヴァシーの期待が縮減しているとしつつ,携帯電話内にプライヴ ァシーに深く関わる膨大なデータが保存されていることに着目して,「逮 捕に伴う搜索」の法理の適用を否定した
Riley
でも採られていたものであ る。さらに法廷意見は,現代社会において携帯電話の利用が必要不可欠な ものとなっている点,及び,携帯電話の電源が入っていれば,利用者が能 動的な行為を一切しなくても,基地局情報が記録される点から,利用者が 自身の包括的な位置情報を他人に任意に明らかにし,他人に伝えられる危 険を任意に負っているとはいえず,第三者法理の基礎をなす理論構成が基 地局情報に妥当しないともいっている。6 本件の判断の意義
位置情報取得の問題を,プライヴァシーの合理的期待の有無の問題とし て正面から捉え,「移動の全体」に対するプライヴァシーの合理的な期待 を法廷意見として初めて認めた点に,本件の判断の意義がある。この「移 動の全体」についてプライヴァシーの合理的な期待を認めるに当たり,本 件の法廷意見は,Jonesでのソトマイヨール裁判官の補足意見とアリトー 裁判官の結論賛成意見を根拠の一つに挙げている。両意見ともいわゆる
「モザイク理論」7)に依拠したものなので,本件の法廷意見は,このモザイ ク理論を採用したと評価できるように思われる。ところで,このモザイク 理論には様々な批判が加えられており,とりわけ,モザイクの成立が認め られるにはどの程度の期間監視が行われることが必要なのか明らかでない との問題が提起されていた8)。この点について,本件の法廷意見は掘り下 げて検討することはなく,注 ₃ で本件を解決する上では, ₇ 日間にわたる 監視は第 ₄ 修正上の捜索に当たると判示すれば足りると述べるだけであ る9)。今後,この点は議論の対象となるかもしれない。
法廷意見は,本件の判示の射程は狭いものであるというが,「移動の全 体」についてプライヴァシーの合理的な期待を認め,第三者法理の適用を 限定する本件の理論構成からすると,たとえば,非装着型
GPS
捜査など にも本件の判断は及びそうである。本件の判断は,伝統的な「プライヴァシーの合理的な期待」という基準 を用いつつ,基地局情報の特性に着目して,プライヴァシー保護と捜査の
7) 個々の情報には意味がないと思われる場合でも,これを蓄積し分析すること により,極めて重要な情報が得られることがあるが,GPS 監視が長期間行わ れ大量の情報が蓄積され分析が加えられることにより,監視対象者が他人には 知られていないと期待する生活の極めて私的な部分が明らかにされることにな るので,このような監視はプライヴァシーの合理的な期待に対する干渉とな り, 第 ₄ 修正上の捜索になるとする理論。United States v. Maynard, 615 F.3d 544 (D.C. Cir. 2010) 参照。
8) モザイク理論に対する批判については,辻脇葉子「科学的捜査方法とプライ バシーの合理的期待」 井田ほか編『川端博先生古稀記念論文集』(成文堂,
2014年)629頁,柳川重規「捜査における位置情報の取得─アメリカ法を踏ま えて─」刑事法ジャーナル48号30頁等参照。
9) Carpenter v. United States, 585 U.S. _, (slip op., at 11, note 3) 参照。これは,
本件で政府側が,仮に基地局情報の取得が第 ₄ 修正上の捜索に当たることにな
るとするならば,それは ₇ 日間以上の監視が行われた場合であると主張してい
たことによるのかもしれない。この点については,田中開「『ビックデータ時
代』における位置情報の収集と連邦憲法修正四条」(酒巻ほか編『井上正仁先
生古稀記念論文集』(有斐閣,2019年))454頁参照。
必要との調整のあり方を従来のものから変化させている。従来型の有体物 の捜索・押収とデジタル情報に対する捜索・押収を区別する姿勢を合衆国 最高裁判所は打ち出してきているように思われる10)。
7 我が国の実務への影響
基地局情報取得に関する現在の我が国の実務は,「電気通信事業におけ る個人情報保護に関するガイドライン」に従って行われており,リアルタ イム情報については,35条 ₄ 項11)を根拠とし,令状の種類は検証令状によ り,履歴については,35条 ₂ 項12)を根拠とし,記録命令付き差押え令状を 入手して行われているといわれる。そうすると,本件の判断の我が国の実 務への直接の影響はないようにも思われる。とはいえ,我が国では,「移 動の全体」までは明らかにならない個々の基地局情報も通信の秘密に付随 するとか,プライヴァシー保護の必要があるとの前提から,現在の規制の 仕組みが構築されているようであり,合衆国とは検討の出発点が根本的に 異なる。電話番号や基地局情報を通信の秘密に含ませている我が国の立場 は妥当なのだろうか。これまで問題とされていた在来型の情報とデジタル 情報は区別して扱う必要はないのか。通信の秘密と捜査の必要との調整に 関し,再検討を包括的に行うべき契機を本件の判断は提供してくれている ように思われる13)。