個人保険需要の実証研究
若年層の生保離れと資金繰り問題
福 地 幸 文
■アブストラクト
若年層の生保離れ等の実証に向け,2011年度までの約55年間を推定期間と する個人保険需要(かんぽ生命を除く)の時系列回帰分析をした。例えば,
被説明変数の1つとした保有契約高増減率は,実質民間最終消費支出,消費 者物価指数,雇用者数の各増減率および実質一般勘定利回り(率の階差)を 説明変数とするモデル等が,高い説明力を示した。一方,同じく被説明変数 である新契約件数増減率のモデルは,1995年度を境に変化し,20代を中心と した若年層の生保離れの一端を実証できた。この問題の解決には,小口の一 時払終身保険を用いた資産・信用形成等,新たな提案が求められよう。
■キーワード
生命保険需要,若年層の生命保険離れ,生命保険の第三市場開拓
1.はじめに
生命保険協会の 2012年度版 生命保険事業概況 によれば,個人保険の 新契約件数は,1993年度をピークに減少傾向に遷移し,2007年度にピーク比 54.2%で底を打って,現在回復傾向にある。年齢階級別にみると,20代の新 契約件数占率は,1995年度の33.1%をピークに低下し,2012年度は17.4%と 半減した。他方,60歳以上の同占率は,1995年度の5.3%で底を打ち,2012
関東部会報告による。
/
*平成25年3月15日の日本保険学会 6年3月12日原稿受領
平成2 。
年度に16.9%に達する等,日本 の個人保険市場(以下 日本市 場 )の 構 造 は 変 化 し て い る
(図 1 参 照)。つ ま り,若 年 層
(20‑30代)の生保離れと高年層
(60歳以上)の生保回帰が,同 時に進行している。しかし,年 齢階級別新契約件数実績のみで は,そのような現象を証明でき ない。そこで,長期経済統計等 を用い,日本市場のマクロ的需 要要因の実証研究をすることに した。
2.先行研究
⑴ 海外における研究
生保需要理論の枠組は,Yarri
[1965]に始まる。彼は,生 保 需要を財産(遺産),期待生涯 所得,利子率,生保コストおよ び現在の主観的割引率による期 待消費支出の関数であると論じ た (pp.140‑141)。
Lewis[1989]は,生保需要 を生保契約の受益者である配偶 者や子どもの期待生涯効用最大 化 問 題 と し てYarriの 枠 組 を 拡張した(p.452)。
図1 個人保険の年齢階級別 新契約件数推移
注:2009年度以降はかんぽ生命を含む値である。
出典:生 命 保 険 文 化 セ ン タ ー 編[1989]‑
[1998],生命保険協会[2013],総務省 統計局[2012],総務省統計局・総務省 統計研修所編[2013]より作成。
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訂 正 時 注 意 す ること
一方,実証研究は多数ある。中でもBeck & Webb[2003]は,経済,
人口統計および制度が生保の消費動向に与える影響を1961‑2000年の68か国 のパネルデータで包括的に分析し,いずれの国,いずれの年代においても,
1人当たり所得(GDP),インフレ率および銀行部門の発展度合いが,生保 の消費動向の予測変数であると論じた(p.78)。
多くの実証研究で,Lewisのモデルが用いられる。同モデルは,被扶養者 の将来消費支出の現在価値(TC)を生保需要要因の1つとしている。しか し,筆者が採り上げた先行研究 の説明変数には,消費支出等は無かった。
国際比較上の制約もあろうが,同モデルに従えば,所得の代理変数である GDP等と同様,消費支出等も需要要因たり得よう。なお,吉川[2013]は,
普通のモノやサービスの価格や賃金の決定においては,期待が入り込む余地 はほとんどないと述べ(p.216),Beck & Webb[2003]はインフレ率と期 待インフレ率が同程度の説明力であることを示した(pp.66‑68)。そこで,
本研究では,期待インフレ率を用いないことにした。
⑵ 国内における研究
橘木・中馬[1993]は,1962‑1988年を推定期間とする回帰分析により,
生保契約金需要の決定要因は,高度成長期が可処分所得の伸び率,その後は 金融資産残高の伸び率であると論じた (pp.55‑56)。しかし,生保の貯蓄 1)
Truett & Truett
[1990]は米国とメキシコの比較分析により,生保需要は 年齢,教育および所得水準の影響を受け,メキシコの方が生保需要の所得弾力 性が高い(p.327)と,Browne & Kim[1993]はLewisのモデルに基づき
45か国のデータを用い,生保需要は国民所得と社会保障支出に正相関し,イン フレ期待と負相関する(p.628)と,Outreville[1996]は48か国の開発途上 国のデータを用い,生保産業の発展は1人当たり可処分所得(GDP)と金融 発展度合いに著しく関係する(p.273)と,Li等[2007]はOECD
加盟国を 対象に,生保需要は1人当たり所得(GDP),従属人口指数,教育レベルと正 の関係にあり,平均寿命や社会保障支出とは負の関係にある(pp.649‑650)と論じた。
2) 国内の主な時系列回帰分析では,橘木・中馬[1993](推定期間1962‑1988 年)が契約金需要の説明変数として 国民可処分所得・金融資産・生保会社の 総資産利回り・長期国債応募者利回り・期待インフレ率 を,後藤・福重
性に注目すれば,金融資産残高の伸び率は契約金需要の結果ではなかろうか。
水島[2006]は,生保需要の間接性を前提に,①高度成長と戦前の共同体 的保障制度の崩壊による生保受容基盤の形成,②生保各社の営業努力による 潜在需要の顕在化が,戦後生保市場の成長要因であると論じた (pp.82‑95)。
しかし,簡易生命保険(以下 簡保 )の実績 からすると,共同体的保障 制度の崩壊もさることながら,簡保の月掛市場(勤労者市場)には戦前から 膨大な個人保険の潜在需要があったと推測される。
一方,米山[1997]は,生保契約高の対GNP比率で日本が世界一になっ た原動力は昭和30年代から急増した女性営業職員にあり,消費者保護を目的 とした保険料率一律認可という価格決定メカニズムのレントが,大手生保会 社の営業職員チャネル拡大競争を可能にしたと論じた(pp.126‑130)。しか し,なぜ営業未経験者を大量採用できたのかという点も重要であろう 。
伊藤[2007]によれば,財閥解体,農地改革,財産税の徴収,そして悪性 インフレが相俟った金融資産の大幅な目減りにより大資産家たる財閥と地主 が没落し,社会の平等化が進んだ。金融資産残高のGNPに対する割合は,
1930年代が5倍であったが,戦後のインフレによる減価で1.0倍にまで低下
[1997](同1963‑1992年)が1人当たり実質契約金(対数)の説明変数として 1人当たり実質可処分所得(対数)・平均寿命・生保会社の総資産利回り・長 期国債利回り・帰属家賃を含まない全国消費者物価指数の上昇率 を,山田
[1999](同1975‑1997年)が保有進展率の説明変数として 家計可処分所得
(増加率)・完全失業率・物価上昇率・高齢者占率(全人口に対する65歳以上人 口占率)・市中金利(10年国債応募者利回り)・平均寿命 (変数は常用対数)
を用いた。
3) 1926年度実績(新契約件数251万件,新契約高3.4億円,保有契約件数1,005 万件,保有契約高12.9億円)に対し,1936年度は新契約件数1.3倍,新契約高 1.8倍,保有契約件数2.8倍,保有契約高2.8倍,1944年度は新契約件数4.3倍,
新契約高12.7倍,保有契約件数16.7倍,保有契約高16.7倍であった(日本郵政
[2006]より算出)。
4) 1946年の簡易生命保険法改正によって月払保険が解禁となり,1955年度には 全新契約高の5割を占めた(宇佐見[1984]pp.271‑272)。月払保険の浸透に よって募集難易度が低下し,営業未経験者の採用余地が拡大したと推測される。
した。金融機関を除いた法人と個人では,それが1930年代の2.5倍から0.5倍 にまで低下した。他方,農地改革により農家のほとんどが小規模自作農にな った結果,農業生産性は向上し,農家の購買力も高まった(pp.58‑60)。ま た,吉川[2012]によれば,1946年の金融緊急措置により,全預金の70%が 封鎖されたが,インフレにより実質価値は25%にまで目減りした(pp.18‑
19)。こうして,株式等のリスク性資産を保有できる人々が減少し,銀行預 金等,確定利付資産が金融資産形成の中心になった。しかも,日本における アーサー・ルイスの経済の転換点は1960年代初頭であった(南[2002]p.
216)とされるが,その労働転換が日本市場の成長を支えた。高度成長によ る所得上昇もさることながら,こうした社会構造変化も相俟って長期積立貯 蓄としての月払保険が,勤労者に需要されたと推測される。
3.個人保険需要の計量分析
⑴ 想 定
日本市場の主たる加入者は勤労者であり,その増減は日本市場の需要に強 く影響するであろう 。ただし,1996年度以降の年齢階級別新契約件数占率 の変化を上手く説明するには,年齢階級別生産年齢人口19系列(以下 生産 年齢人口19系列 ) を用いる等の工夫も必要となろう。時系列グラフをみる と,日本市場の需要は金利や物価の影響も受けるが,所得や消費等,時の景 況に最も強い影響を受けてきたようである。しかし,名目,実質の何れが有 意かは判然としない。また,先行研究に反し,契約高増減率はインフレ率
(消費者物価指数)と正の関数関係にあるようである。なお,日本では好況 期にあまり輸出が伸びない(伊藤[2007]pp.68‑70,吉川[2012]p.149)
5) 戦前,民間個人保険の主たる加入者は経済的に中級以上の階級の人々に限ら れ,労働者や経済的下層階級の人々は民間生保会社の 外にあった(宇佐見
[1984]p.87)。ところが戦前の富裕階級の没落で,戦後の主たる加入者は雇用 者や個人業主等の勤労者となり,近年は定年退職者等も加わった。
6) 生産年齢(15‑64歳)の人口を5歳・10歳および20‑50代の年齢階級別に区分 した19系列。
との指摘に従えば,貿易関連系列も景況の代理変数となり得よう。
⑵ 分析の方法
本分析では,計量分析手法を軸に日本市場の需要要因に接近し,結果を解 釈する。用いるのは増減率までの加工にとどめた粗データで,変数の正負変 動にかかわらず,長期時系列計量分析が可能となる。
被説明変数である個人保険需要は,個人保険の新契約件数,新契約高,保 有契約件数および保有契約高の各増減率で把握する。主な推定期間は1956‑
2011年度の56年間で,個人保険需要と強い関数関係を有する説明変数を探索 する。候補となる探索対象系列は,長期経済統計等から選定した 。同じく 7) 生命保険協会[2013]には1950‑2012年度の生保産業の諸統計がある。これ を基に,かんぽ生命を除いた1951‑2011年度の被説明変数の増減率を算出した
(1990年度の増減率は,内国会社と外国会社の前年度合計値にて補正した)。一 方,探索対象系列は,内閣府編[2013]の長期経済統計(1955‑2012年(度))
をベースに編成した。率の階差等の内部生成系列も含め探索対象168系列中,
101系列は同統計にて整備した。ただし,推定期始は増減率算出により1956年 度から,同期末は直近の値が変動し易いので2011年度とした。これを次の5つ で補完した。①国民経済計算年報。名目・実質の民間最終消費支出,家計最終 消費支出,国内家計最終消費支出(以下 民間最終消費支出3系列 )の計6 系列は1956‑1994年度が経済企画庁経済研究所編[2000],1995‑2011年度が内 閣府経済社会総合研究所国民経済計算部編[2013]にて整備した。名目国民可 処分所得等6系列は,1956‑1980年度 が 経 済 企 画 庁 経 済 研 究 所 編[2000],
1981‑2001年度が内閣府経済社会総合研究所国民経済計算部編[2011],2002‑
2011年度が同[2013]にて整備した。②日本の総人口。総務省統計局[2003],
国 立 社 会 保 障・人 口 問 題 研 究 所 編[2007][2011][2013],総 務 省 統 計 局
[2012]および総務省統計局・総務省統計研修所編[2013]にて1944‑2011年の 毎年10月1日現在(年度中央値)における総人口26系列を整備した。③総務省 統計局[2013]に基づき正規の職員・従業員数等10系列を整備した。④国民年 金の全額免除者数等の7系列。厚生労働省年金局[2013],社会保険庁[2009],
厚生労働省年金局[2010]‑[2012]にて整備した。⑤生命保険協会[2013]の 一般勘定利回り,同利回りと国内銀行貸出約定平均金利(以下 貸出金利 ) の金利差(一般勘定利回りから貸出金利(暦年)を減算),そして消費者物価 指数増減率(暦年)の減算にて実質化した実質貸出金利,実質一般勘定利回り,
等12系列である。原則,変数は年度統計を用いる。歴年統計のみのものは,年 度・暦年の両方を有する15系列の相関係数サンプル比較で,あまり影響がない
増減率で把握するが,金利等,原データが率そのものの場合は,その率,率 の階差および率の増減率も加えた(括弧書きで表示)。その結果,探索対象 系列は168系列となった。なお,特に表示がない限り,変数は増減率である。
一方,探索対象系列は先行研究を踏まえて選定したが,時系列グラフ等の 検討を基に,生産年齢人口19系列,正規の職員・従業員割合および国民年金 全額免除割合等,先行研究とは違った変数(要素)も加えた。
分析手順は,①相関係数の算出,②分析対象系列の選定,③回帰分析,そ して④結果の解釈である。②分析対象系列の選定では,保有契約高は相関係 数±0.9以上,その他の被説明変数は相関係数±0.8以上のものを選定する。
③回帰分析は原則として最小二乗法を用い,その結果については有意水準5
%のt検定,系列相関,正規性および分散不均一の検定(以下 諸検定 ),
構造変化検定,更にデータのトレンド検定 をする。また,被説明変数によ っては,相関係数±0.8以上のものが少ない場合が想定される。その際には,
トレンド検定を応用した階差モデルによる選定 も併用する。
なお,本実証研究は,1956‑2011年度の56年間を主な推定期間とし,保有 契約高が減少に転じた1997年度以降15年間を初めてカバーするとともに,時 系列回帰分析により契約件数需要を推定する日本初の試みである。
⑶ 新契約高増減率の計量分析
新契約高については,分析対象15系列 のうち2つの系列を説明変数と
と判断し,そのまま用いた。
8) 本分析で用いる変数は主に増減率で,その階差は変数の微分に相当する。当 該モデルにトレンドの影響を受けない有意な関数関係があれば,当該モデルの 両辺の階差による回帰で両辺を微分しても,その関係は保たれるであろう。評 価軸は,同回帰の
t
検定で1つ以上の説明変数が有意水準1%をパスするなら ば,当該モデルの両辺には有意な関数関係があると判断することにした。回帰 分析結果の表には同t
検定のp
値を表示する。9) 被説明変数と探索対象系列の階差による単回帰の
t
検定で分析対象を選定。10) 相関係数の降順に①名目雇用者報酬,②名目家計最終消費支出,③名目民間 最終消費支出,④名目国内家計最終消費支出,⑤春季賃上げ率,⑥名目国内総 生産(以下
GDP
),⑦名目国民総所得(以下GNI
),⑧1人当たりGDP,
する105通りの最小二乗法による回帰をした。推定期間は主に1956‑2011年度 の56年間で,有意水準5%の諸検定,トレンド検定により3つのモデルに収 斂した。修正決定係数は0.79‑0.68であったが,何れも2007‑2008年度に有意 水準10%の構造変化が検出された。そこで,推定期末を2007年度に短縮して 回帰したところ,何れも有意水準5%の諸検定,構造変化検定およびトレン ド検定(以下 全検定 )をパスし,修正決定係数は0.83‑0.73であった。一 方,既推定3モデルに共通する生産年齢人口に注目し,1956‑2011年度を推 定期間とする有意水準5%の新契約件数と生産年齢人口19系列の階差モデル による選定で,①45‑54歳人口,②50‑54歳人口,③55‑59歳人口および④60‑
64歳人口が対象となった。この4系列を既推定3モデルの説明変数に1つず つ追加し,主な推定期間を1956‑2011年度に戻して回帰した結果,①名目雇 用者報酬,生産年齢人口および60‑64歳人口,②1人当たり雇用者報酬,生 産年齢人口および55‑59歳人口,③春季賃上げ率,生産年齢人口および55‑59 歳人口,そして④春季賃上げ率,生産年齢人口および60‑64歳人口を説明変 数とする4つのモデルが全検定をパスし,修正決定係数は0.82‑0.73であっ た (表1モデル1‑4参照)。
⑷ 保有契約高増減率の計量分析 a. 保有契約高増減率の回帰分析
保有契約高は,①新契約による増加,②転換や保険金額の減額等の既契約 増減,そして③死亡,満期,解約・失効等の減少の結果である。そこで,保 有契約高の分析対象14系列を,①所得・消費関連7系列と②生産年齢人口
(新契約要因),③金利関連2系列,そして④残り4系列の4つの説明変数
⑨生産年齢人口,⑩一般勘定利回り(率), 合計特殊出生率(率), 名目国 民所得, 市街地価格指数(2010年=100), 1人当たり雇用者報酬および 名目国民可処分所得である。なお, は暦年統計。
11) 2007年度以降に55‑59歳人口が減少し,60‑64歳人口は増加した。この2つの 説明変数は団塊世代の60歳到達(定年退職)を2つの側面で示すものであろう。
12) 第1説明変数は①名目
GDP,②名目 GNI,③名目雇用者報酬,④1人当た
り
GDP,⑤名目民間最終消費支出,⑥名目家計最終消費支出および⑦名目国
表1 回帰分析Ⅰ
注:モデル5‑8のトレンド検定と構造変化検定(ステップワイズチャウテスト)
の結果は,ar(1)項導入前モデルの値である。
出典:生命保険協会[1990][2013],内閣府編[2013],経済企画庁経済研究所編
[2000],内閣府経済社会総合研究所国民経済計算部編[2011][2013],総 務省統計局[2003][2012][2013],国立社会保障・人口問題研究所編[2007]
[2011][2013],総務省統計局・総務省統計研修所編[2013],社会保険庁
[2009],厚生労働省年金局[2010]‑[2013]より作成。
→1行にするた めに、イレジュラ ー処理をしてい
ます。注意 今回のみ下キャ プションのアキ を4H→8Hに
しています
に振り分けて,1956‑2011年度を推定期間とする56通りの回帰をした。しか し,何れも諸検定をパスできず,特に系列相関が問題となった。そこで,
EViewsのコクラン・オーカット法に相当する方法(以下 ar法 )で回帰 をした。推定期間は主に1957‑2011年度で,有意水準5%の諸検定をパスし たのは,名目雇用者報酬,名目民間最終消費支出3系列の各々と生産年齢人 口,一般勘定利回り(率),国民負担率(率)およびar⑴項を説明変数とす る4つのモデルで,修正決定係数は0.97台であった(表1モデル5‑8参照)。
一方,ar法での結果を受け,説明変数を名目から実質ベースに置換した回 帰を試みた。①名目雇用者報酬や名目民間最終消費支出3系列を実質GDP, 実質GNIおよび実質民間最終消費支出3系列の各々と消費者物価指数に,
②生産年齢人口を人口3系列 と雇用者数に,③一般勘定利回り(率)を 実質一般勘定利回り(率の階差)に置換した 。推定期間は,日本の経済の 転換点を踏まえ1960‑2011年度と1956‑2011年度に分けた。上記人口3系列は 1つずつモデルに加えた。その結果,1960‑2011年度を推定期間とする回帰 では,実質民間最終消費支出3系列の各々と消費者物価指数,実質一般勘定 利回り(率の階差)および15‑24歳人口を説明変数とする3つのモデルが全 検定をパスし,修正決定係数は0.96であった(表2モデル9参照)。また,
1956‑2011年度を推定期間とする回帰では,①実質GDP,②実質GNIおよ び③実質民間最終消費支出3系列の各々と消費者物価指数,実質一般勘定利 回り(率の階差)および雇用者数を説明変数とする5つのモデルが全検定を パスし,修正決定係数は0.95‑0.92であった(表2モデル10‑12参照)。
内家計最終消費支出である。第2説明変数は⑧生産年齢人口である。第3説明 変数は⑨貸出金利(率)と⑩一般勘定利回り(率)である。第4説明変数は 合計特殊出生率(率), 雇用者比率(率), 完全失業率(率)および 国民 負担率(率)である。なお,⑨ は暦年統計。
13) 15‑24歳人口,20‑24歳人口および20‑29歳人口。推定期間1952‑2011年度,有 意水準10%の保有契約高と生産年齢人口19系列の階差モデルによる選定。
14) 国民負担率(率)は,説明変数の数を抑制するために除外した。
b. 新契約高増減率の回帰分析Ⅱ
実質ベースの説明変数による保有契約高の回帰分析結果を受け,新契約高 の回帰モデルを再推定した。その結果,実質民間最終消費支出3系列の各々 と消費者物価指数および60‑64歳人口を用いた3つのモデルが全検定をパス し,修正決定係数は0.8台であった (表2モデル13,14参照)。
表2 回帰分析Ⅱ
出典:表1に同じ。
15) ただし,実質国内家計最終消費支出を用いたモデルは,1956‑2011年度を推
⑸ 保有契約件数増減率の計量分析
保有契約件数については,分析対象24系列 のうち2つの分析対象系列 を用い,主に1956‑2011年度を推定期間とする276通りの回帰をしたが,有意 水準5%の諸検定をパスしたものは無かった。そこで,有意水準1%のt検 定をパスし,ダービンワトソン統計量が1.0以上の16モデルを用い,推定期 末を2007年度に,推定期始を1956年度から1年度ずつ繰り下げる回帰をした。
その結果,①実質GDPと②実質GNIの各々と雇用者数を説明変数とする モデルが,1957‑2007年度の推定期間で全検定をパスし,修正決定係数は 0.72と0.73であった (表2モデル15,16参照)。一方,上記16モデルの説 明変数と60‑64歳人口を用い,推定期間を1956‑2011年度に戻して回帰を試み た結果,実質民間住宅,実質公的固定資本形成,雇用者数および60‑64歳人 口を説明変数とするモデルが全検定をパスし,修正決定係数は0.77であった。
更に同モデルをベースに,保有契約高の回帰分析結果を参考にして,金利関 連系列(率の階差)を加えた回帰を試みた結果,実質民間住宅,雇用者数,
一般勘定利回りと貸出金利の金利差(率の階差)および60‑64歳人口を説明
定期間とすると回帰で,1960年度に有意水準5%の構造変化が検出された。
16) 保有契約件数との相関係数±0.8以上は,実質民間最終消費支出3系列と雇 用者比率(率)のみであった。そこで,同相関係数±0.7以上か,階差モデル による選定の何れかに該当したものを分析対象とした。相関係数±0.7以上は,
降順に①実質民間最終消費支出,②同(内閣府[2013]収録),③実質家計最 終消費支出,④実質国内家計最終消費支出,⑤雇用者比率(率),⑥実質
GDP,
⑦国民負担率(率),⑧実質
GNI
,⑨市街地価格指数(2010年=100),⑩新車 登録・届出台数(乗用車), 労働力人口比率(率), 実質公的固定資本形成 および 実質民間住宅であった。保有契約件数の階差モデルによる選定(主な 推定期間は1957‑2011年度,評価軸は有意水準1%)で対象となったのは 労 働力人口, 労働力人口比率(率の階差), 同(率の増減率), 就業者数,雇用者数, 有効求人倍率(率), 東証株価指数, 東証株価時価総額
(第一部), 名目国民可処分所得(公的), 総人口および 生産年齢人口で ある。なお,⑤⑨⑩ ‑ は暦年統計。
17) 新車登録・届出台数 (乗用車) と雇用者数のモデルも,1959‑2007年度での 推定期間全検定をパスしたが,因果関係に疑義があり除外した。
変数とするモデルが,1957‑2011年度を推定期間とする回帰で全検定をパス し,修正決定係数は0.72であった(表3モデル17,18参照)。
⑹ 新契約件数増減率の計量分析
新契約件数の分析対象は,階差モデルによる選定の4系列のみとなった 。 そこで図1を参考に,生産年齢人口19系列を説明変数とし,1956‑1995年度 の40年間を推定期間とする説明変数の間引きによる接近 を試みた。その 結果,15‑24歳人口,25‑29歳人口,30‑39歳人口,40‑49歳人口および60‑64 歳人口を説明変数とするモデルが,諸検定(系列相関は1次のみ)をパスし た。これを受け,分析対象4系列の各々と上記人口5系列を用いて,説明変 数の間引きによる接近を試みた。推定期間は1956‑1995年度と1996‑2011年度 に分けた。その結果,実質財貨・サービスの輸出,15‑24歳人口,25‑29歳人 口,30‑39歳人口および60‑64歳人口を説明変数とするモデルが,1956‑1995 年度を推定期間とする回帰で全検定をパスし,修正決定係数は0.66であった。
他方,実質財貨・サービスの輸出,25‑29歳人口および60‑64歳人口を説明変 数とするモデルは,1996‑2011年度の16年間を推定期間とする回帰で全検定 をパスし,修正決定係数は0.67であった(表3モデル19,20参照)。
⑺ 結果の解釈
保有契約(モデル9‑12,15‑18)は,勤労者,特に雇用者の増加に支えら れ,所得(実質GDP,実質GNI)または消費(実質民間最終消費支出3系 列)の増加,すなわち経済成長とともに伸展してきたことが確認できた。
1960年度以降の保有契約高は15‑24歳人口が有意だが,経済の転換点以後の 新規雇用者(新規学卒者)の象徴であろう。他方,保有契約件数では,実質
18) 新契約件数と全探索対象系列の相関係数は±0.6未満であった。そこで,新 契約件数については,主な推定期間を1957‑2011年度とする有意水準1%の新 契約件数の階差モデルによる選定のみを用いた。その結果,①実質財貨・サー ビスの輸出,②貸出金利(率の階差),③同(率の増減率)および④一般勘定 利回り(率)が対象となった。なお,②③は暦年統計。
19) 候補となる全説明変数による回帰で,最も
t
検定のp
値が大きい説明変数 を1回の回帰で1つずつ間引きし,諸検定をパスするモデルに接近する方法。民間住宅,実質公的固定資本形成が有意である。勤労者世帯,特に核家族の 経済力(住宅購入等)と政府の財政支出(景気の下支え)が,保有契約伸展 に影響してきたことを示唆する。そして,保有契約件数は一般勘定利回りと 貸出金利の金利差(率の階差),同契約高は実質一般勘定利回り(率の階差)
と正の関数関係にあった。これらは,インフレ率(消費者物価指数)を上回 出典:表1に同じ。
表3 回帰分析Ⅲ
る高水準の配当還元率が実質低廉な死亡保障の供給を実現し,名目金利を上 回る配当実績や税引き後の実質利回りに基づく勤労者の金利選好も保有契約 の伸展に作用してきたことを示唆する 。特に,臨時金利調整法による預貯 金金利規制下の個人保険は,長期積立貯蓄として一般化したとみられる 。 新契約高(モデル1‑4,13,14)は,実質民間最終消費支出3系列の 各々と消費者物価指数で概ね説明できるが,名目雇用者報酬,1人当たり雇 用者報酬および春季賃上げ率の各々と生産年齢人口でも同程度の説明ができ た。所得と勤労者の増加により,消費が拡大して経済が成長する。すなわち,
景況を2つの側面から示すものであろう。なお,60‑64歳人口は,新契約高,
新契約件数および保有契約件数で有意であった 。1986年に60歳定年が努力 義務となったが,退職金の運用先として個人保険が選択され,2008年のリー マン・ショック後それが顕著になったことを示唆するものである。
一方,新契約件数(モデル19,20)は,若年層の生保離れの一端を実証で きた。若年層に注目すると,1995年度までは15‑39歳の人口3系列が有意で あったが,1996年度以降は25‑29歳人口のみとなり,しかも符号が逆転し た 。他方,実質財貨・サービスの輸出の符号は負で,内需主導で国内景気
20) 1950‑1990年度代の企業保険を含む保険料等収入に対する契約者配当金の割 合(以下 配当還元率 )は,1950年度代4.47%,1960年度代9.82%,1970年 度代13.22%,1980年度 代12.93%,1990年 度 代7.22% で,最 高 は1977年 度 の 15.86%であった(生命保険協会[2013]より算出)。しかも配当還元率は,
1961年度以降名目金利(貸出金利)を上回り,第一次石油危機の1974年度を除 き消費者物価指数増減率をも上回ってきた。
21) 臨時金利調整法(1947年12月15日施行)により,1994年の同法完全撤廃まで,
預貯金金利は低めに誘導されていた(池尾[2001]p.8,13)。
22) 保有契約高で60‑64歳人口は有意ではない。同年齢階級の新契約高と定期付 終身保険等,払込満了時の定期消滅高との相殺によるものであろう。
23) 2002‑2003年に若年層の完全失業率が最悪(20代前半:2003年9.8%,20代後 半:2002年7.1%,総務省 労働力調査 )となり,若年層の新契約需要減少に 拍車をかけた。事実,2003年度の対前年度新契約高減少額の内訳は,10代15.3
%,20代39.3%,30代20.2%と,若年層だけで59.5%に達した(生命保険協会
[2013]より算出)。日本市場における2003年度以降の新契約高の減少は,若年
が良い時には,あまり輸出が伸びないとの指摘と符合した。つまり,新契約 件数にも,景況が作用してきたことが示唆される。
したがって,高度成長期以降の個人保険は,主に勤労者の長期積立金融資 産形成手段(長期積立貯蓄)であったと解釈できる 。他方,高水準の契約 者配当がなされた時期には,死亡保険金額をインフレに対応して増額しても 配当還元後の保険料は実質低廉であった。しかも,既往症や家族構成によっ ては,既契約の解約等は躊躇される。結果的に,死亡保障は勤労者に10年を 超えるような長期積立を促すインセンティブであったと解釈できる。やはり,
橘木・中馬[1993]が生保契約金需要の決定要因とした金融資産残高の伸び 率は,個人保険需要の結果であったとみられる。
4.若年層の資金繰り問題
総務省 家計調査 によると,2007年の二人以上の世帯のうち勤労者世帯
(以下 勤労者世帯 )の可処分所得(1か月平均)は,ピークの1997年に対 し,世帯主30歳未満が▲8.1%,同30代が▲10.2%であった。同可処分所得 に対する保険掛金の割合(以下 保険掛金率 )のピークは,世帯主30歳未 満が1994年の7.4%,同30代が1997年の9.0%であった。ところが,2007年以 前の同可処分所得に対する預貯金純増の割合(以下 預貯金純増率 )のピ ークは,世帯主30歳未満が2003年の20.3%,同30代が2006年の16.8%で,預 貯金純増率と保険掛金率の差(預貯金純増率から保険掛金率を減算)を1987 年と2007年で比較すると,世帯主30歳未満は3.9%から14.4%に,同30代は 0.4%から8.8%に広がり,未だ拡大傾向にある。雇用や所得の不安定化によ り,2003年頃から若年層勤労者世帯は可処分所得の金融資産配分方針を転換
(預貯金シフト)したようである。
層,特に20代の生保離れに起因しているとみられる。
24) 労働省編[1974]は,所得の低い階級ほど生保保有割合が大きく,1972年の それは第1五分位階級で貯蓄の27%を占め,高所得の第5五分位階級では17%
に過ぎないと述べた(労働省編[1974],文章番号〔4116〕)。
総務省 就業構造基本調査 によれば, 定年又は雇用契約の満了のため の5年間の若年層無業者数は,1997年10月以降94,800人,2002年10月以降 147,100人,2007年10月以降169,200人で,他方 病気・高齢のため の同若 年層無業者数は,同じく192,600人,213,700人,184,900人であった。非正 規の有期雇用が,若年層就業上の最大のリスクであると思われがちであるが,
1997年10月以降5年間毎の若年層無業者数は,雇用期間満了よりも,病気に よるものの方が多い。しかも,離職者のうち無業者となった者の割合は,
1997年10月以降15年間の3区間平均で,雇用期間満了によるものが29.0%,
病気によるものが57.3%であった。病気になることは,若年層の就業にとっ て致命的な問題で,それが可処分所得の預貯金シフトや非貯蓄型医療保険の 増加(総務省統計局編[2008]p.61)等を惹起しているのであろう。更に,
家族の介護・看護のため の5年間の中年層(40‑50代)離職者数は,1997 年10月以降286,700人,2002年10月以降314,300人,2007年10月以降233,300 人である。そのうち無業者となった者は,順に199,200人 (69.5%),215,400 人(68.5%),158,900人(68.1%)であった。例えば,1955年の第1子平均 出生年齢は25.11歳である 。その年に25歳の同年齢の夫婦に子どもが誕生 すれば,2007年に同夫婦は77歳に,子どもは52歳になる。当該25歳の夫婦が,
そろって77歳に到達する確率は55.6% で,2004年における65歳到達者の 健康寿命(無障害平均余命)は,男12.64歳(77歳),女15.63歳(80歳)で あった 。よって,52歳に到達した子どもの半分以上は,両親が存命中で親 の介護等を迫られる時期に差し掛かる。
一方,みずほ情報総研[2008]によれば,私傷病で有給休暇終了後も休務 すると,75.4%の企業に勤務する者は賃金が途絶え,40.7%の企業に勤務す る者は失職する可能性が高い 。そうなれば,本人の月払保険も失効するで
25) 国立社会保障・人口問題研究所編[2013]p.65,表4―17より。
26) 厚生労働省大臣官房統計情報部編[2008]より算出。
27) 内閣府編[2006]p.108,第3―1―6図より。
28) 2008年1月に実施したアンケート回収企業1,361社中,私傷病に関する病気 等休暇・休業制度(有給休暇以外で連続1か月以上。ただし労災原因を除く)
あろう。他方,公的融資制度の全国の貸付決定実績は,総合支援資金貸付制 度が2011年度までの2年半で,延べ86,017件,544.1億円,1件平均63万円 であった。また,低所得高齢者世帯向けの不動産担保型生活資金貸付制度は,
2007‑2011年の5年間で,延べ600件,98.6億円,1件平均1,643万円であっ た 。ナショナル・ミニマムの域を出ない。
つまり,若年層は,疾病による雇用喪失,子供の教育,親の介護や看護,
更には自らの老後という極めて困難な中長期の資金繰り問題に直面し,預貯 金純増率を増やす以外に選択肢を失いつつある。この資金繰り問題に対処す るためには,世代間の経済的なファイアーウォールが求められる。具体的に は,経済的な危機に直面した際に冷静に物事を判断できるよう,ある程度ま とまった現金を調達できる見通しを常に持てることである。
5.おわりに
日本市場は,戦前は富裕層(第一市場)を軸に,高度成長期以降は月払保 険により勤労者(第二市場)を軸に成長してきた。月払保険の継続は,加入 者の雇用と所得の安定が前提で,雇用や所得が不安定な者や世帯は生保加入 の圏外に置かれる。ところが,前述のとおり私傷病で有給休暇を使い切れば,
多くの企業に勤める者は失業し,無業者になりかねない。このような勤労者 群を第三市場と位置づければ,新たな事業機会を開拓できよう。
一時払終身保険は,失効がなく,資産形成も可能である。若年層勤労者の 資金繰り問題解決に資する可能性がある。例えば,保険料10万円程度の小口 の一時払終身保険に毎年加入すれば,次第に大きな契約の束になる。更に失 業等,資金繰り問題に直面した際に,その保険金額を上限に優遇金利で融資 を利用できれば,若年層の生保離れ解消の利器となろう。つまり,小口の一 につき 制度なし と回答した企業は40.7%(554社)で企業規模が小さい程 その比率は高い。 制度あり と回答した企業58.6%(797社)のうち当該期間 中に 月例賃金は支給されない(除く傷病手当金,共済からの手当金) と回 答した企業は58.2%(464社)であった(みずほ情報総研[2008]pp.11‑12)。
29) 貸付決定実績は,厚生労働省[2013]p.54より。
時払終身保険を資産・信用形成手段とするものである。保険料の低廉化もさ ることながら,こうした新たな提案が求められているのではなかろうか。
(筆者は第一生命保険株式会社勤務)
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