程度副詞の史的研究 ─ 打消を伴う表現を視点として ─ 阿 南 香菜子
はじめに
を表す程度副詞 「 と て も 多 く な い 」「 大 変 辛 く な い 」 の 様 な「 程 度 が 甚 だ し い 事
+打消表現」は、現代日本語において、誤った日 本 語 と 認 識 さ れ て い る。 と こ ろ が、 古 典 文 学 作 品 に 目 を 向 け る と、 異 な る 傾 向 を 見 つ け る こ と が 出 来 る。 例 え ば、 平 安 時 代 の 『源氏物語』の書き出しは以下の通りである。 いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひける中 に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたま ふありけり。 (『源氏物語』 「桐壺」
17) p
こ の よ う に、 「 程 度 が 甚 だ し い 事 を 表 す 程 度 副 詞 」 に「 打 消 表 現」が続く例は決して少なくはない。こうした古典文学作品にお ける「程度副詞
+打消語」表現を見ていくと、程度副詞ごと、時
代ごとにその用法に違いがあることが分かる。
「 程 度 副 詞
日本語が成立したのかを解き明かす一助となるだろう。 の新たな性質を見出すこと、ひいてはどの様な過程を経て現代の かにすることは、これまで明らかにされてこなかった、程度副詞 +打 消 表 現 」 に 着 目 し、 そ の 使 わ れ 方 の 特 徴 を 明 ら 古代における程度副詞の研究は多くなされているが、こうした 程度副詞が打消を伴う表現について論究した先行研究は管見の限 り、 中 川 祐 治( 二 〇 〇 三 )「 中 世 語 に お け る 極 度・ 高 度 を 示 す 程 度副詞の機能体 系
注1」であった。中川では、中古に主に使用された 程度副詞「いと」は、時代を下り鎌倉時代になると下に打消しを 伴うようになり、所謂「陳述副詞」の様な用法へと変化したこと を指摘している。 ・ いと いたう おどろき (源氏物語 鈴蟲) ↓ ・ いと 心にもおこらぬ 念珠してこそおはしけれ
(平家物語)
本 稿 で は、 現 代 日 本 語 に お い て「 極 度 を 表 す 程 度 副 詞
して考察していきたい。 消を伴わなくなったのか、またその理由は何かを表現の実態に即 散見されることに着目し、どのような変化を辿り、程度副詞が打 の表現が見られないにも関わらず、古い文献ではこうした用例が +打 消 」 また、その際、副詞が「打消表現」を修飾するという問題を視 点とし、平安から明治にかけて使用された「打消を導きやすい副 詞( 陳 述 副 詞 )」 に も 着 目 し、 そ の 使 用 の 変 化 を 程 度 副 詞 と 併 せ て辿ってみる。
その結果、古代語の「副詞」には以下の二種類が存在すること が確認された。 ①時代を経るごとに「陳述副詞」的機能を帯びるもの ・大弐の乳母の、 いたく 、 わづらひて
(『源氏物語』夕顔)
↓ ・「 能 登 殿 い た う 罪 な つ く り 給 ひ そ 、 さ り と て よ き か た き か 」
(『平家物語』 p
387)
②時代を経るごとに「程度副詞」的機能が確立していく語 ・ げに 浅からず 思へり。 (『源氏物語』須磨p
169)
↓ ・ げにや 他生の縁ぞ とて (『謡曲集』鵺p
452)
そ の 要 因 と し て、 「 極 度 を 表 す 程 度 副 詞 」 と「 打 消 を 導 く 陳 述 副詞」の間には以下で論じる「程度性」という共通項が存在した ことが認められた。
本 稿 は 平 安 か ら 明 治 に か け て 主 に 使 用 さ れ た 程 度 副 詞
打消しを伴う陳述副詞の 7語 と、
5語を対象とした。
程度副詞 い と / い た く( う ) / い み じ く( う ) / き は め て( 極 め て ) /はなはだ(甚だ)/あまり(に)/げに 陳述副詞 またく(全く・まったく) /あへて/ (敢へて) /おほかた (大方)/さらに/つゆ(露)
これらの副詞の史的変遷を追うために、成立時代の異なる以下 六文 献
注2を対象に調査を進める。 『源氏物語』/『平家物語』/『謡曲集』/『狂言集』 『近松門左衛門集』/『
牛店雑談安愚楽鍋』
一、程度副詞の史的変遷
本項では、程度副詞として使用された以下の
7語について使用
の変遷を辿る。 い と / い た く( う ) / い み じ く( う ) / き は め て( 極 め て )
/はなはだ(甚だ)/あまり(に)/げに その際、特に「極度・高度を表す程度副詞」と打消表現の関係 性を、数量という側面から分析、考察する。この調査から、各程 度副詞に特有の変化や性質を見ていく。
程度副詞
7語の調査結果を表にまとめ次に掲載する。また、表
中に出現する括弧内の数値は各作品中において、それぞれの副詞 が打消を伴った数である。 いと
様が見られた。 の も の が 見 ら れ な く な り、 「 い と 」 の 用 例 の 出 現 が 減 少 し て い く た。 室 町 時 代 成 立 の『 謡 曲 集 』『 狂 言 集 』 で は「 い と 」 の 使 用 そ れ、 中 世 成 立 の『 平 家 物 語 』 で は 僅 か 一 一 例 し か 見 ら れ な か っ 「 い と 」 は、 平 安 時 代 成 立 の『 源 氏 物 語 』 に お い て 主 に 使 用 さ ま た、 下 に 打 消 表 現 が 続 く 割 合 は、 「 い と 」 の 使 用 が 隆 盛 し た 平 安 時 代 よ り も 鎌 倉 時 代 の 方 が 非 常 に 高 く な っ て い る。 「 程 度 副 詞→陳述副詞」の様な変化が見られた語であった。
表 1
いといたくいみじくきはめてはなはだあまりげに
源氏物語
386 例
(126 例)
346 例
(24 例)
302 例
(1 例)
0 例
1 例
(0 例)
89 例
(8 例)
371 例
(36 例)
平家物語
11 例
(4 例)
15 例
(3 例)
0 例
9 例
(0 例)
1 例
(0 例)
62 例
(0 例)
32 例
(2 例)
謡曲集
0 例
0 例
0 例
0 例
2 例
(0 例)
51 例
(52 例)
206 例
(9 例)
狂言集
0 例
0 例
0 例
0 例
0 例
22 例
(3 例)
8 例
(0 例)
近松左衛門集
4 例
(0 例)
0 例
0 例
0 例
21 例
(1 例)
16 例
(2 例)
38 例
(0 例)
牛店雑談安愚楽鍋
1 例
(0 例)
0 例
0 例
0 例
0 例
16 例
(3 例)
38 例
(1 例)
いたく(う)
し、消失することが確認された。 そ の 後 の 資 料 で は「 い た く( う )」 の 使 用 は 見 ら れ ず、 語 が 衰 退 「 い た く( う )」 は 特 に 中 古 に 成 立 の 和 文 体 中 に 多 く 見 ら れ た。
また、打消を伴う割合に注目すると、 「いと」と類似する。 「い と」に関しても指摘したように、平安時代においては「打消」を 修 飾 す る こ と は 一 般 的 で は な か っ た「 い た く( う )」 は 鎌 倉 時 代 に入ると、全体の使用量を減少させつつも「打消」を導く「陳述 副詞」の様な機能を有するようになる。 いみじく(う)
「いみじく(う)
」は、平安時代の『源氏物語』でのみ使用が確 認された。平安時代以後に成立した資料では使用が見られず、副 詞「 い み じ く( う )」 は 平 安 時 代 に 特 有 の 程 度 副 詞 で あ っ た と 推 測される。
ま た、 「 い み じ く( う )
く( う )」 が 打 消 し を 伴 っ た 割 合 は 僅 か 302 例 も の 用 例 が 確 認 さ れ た『 源 氏 物 語 』 に お い て、 「 い み じ +打 消 」 表 現 に 目 を 向 け て み る と、
きはめて 結びつきが弱い程度副詞であった様が見受けられた。 0.3% で あ り、 打 消 」 と の ことに関係する。 た。 「 き は め て 」 が 和 漢 混 淆 文 で 使 用 さ れ る 漢 文 訓 読 語 で あ っ た 「 き は め て 」 は、 鎌 倉 時 代 成 立 の『 平 家 物 語 』 の み で 確 認 さ れ
打消表現との結びつきも、確認されなかった。用例数が少ない ため、断定することは難しいが、副詞「きはめて」は和文体で書 かれた文章に用いられることはなく、その機能はあくまでも漢文 訓 読 語 と し て、 漢 文 調 の 文 章 を 修 飾 す る も の で あ り、 「 打 消 」 と の結びつきは低い語であったことが推測される。 はなはだ 「
は な は だ 」 は、 平 安 時 代・ 鎌 倉 時 代・ 室 町 時 代・ 江 戸 時 代 を 通して使用されていた。但し、その用例数は多くない。
ま た、 打 消 表 現 と の 関 係 で あ る が、 『 近 松 門 左 衛 門 集 』 で み ら れ た 全
21例 の「 は な は だ 」 の う ち
なはだ」が 11例 が 打 消 表 現 を 伴 っ た。 「 は 21例中 11例が打消しを導く陳述副詞的働きをしていた
ので、少なくとも江戸時代の『近松門左衛門集』において「はな はだ
+打消」表現は違和感なく用いられる程度副詞であったと言
えそうである。 あまり
「あまり(に)
」は、平安時代から明治時代全ての作品で一定数 確 認 さ れ た。 更 に 他 の 副 詞 に 比 べ 明 治 時 代 成 立 の『
牛店雑談安 愚 楽 鍋 』 中での使用例が多いことが確認された。
ま た、 「 あ ま り( に )
+打 消 」 表 現 は、 『 源 氏 物 語 』(
9.0%)
『 平 家 物 語 』(
0%) 『 謡 曲 集 』(
3.9%)
『 狂 言 集 』(
集 』( 13.6 %) 『 近 松 門 左 衛 門
12.5
雑談%) 『 安 愚 楽 鍋 』(
牛店「あまり(に) 」が打消を伴う割合が高くなっている。 27.3 %) と な っ て お り、 鎌 倉 時 代 以 降
げに れる。 に「程度副詞→陳述副詞」のような用法の変化を遂げたと考えら 「 あ ま り( に )」 と い う 程 度 副 詞 も、 「 い と 」「 い た く 」 と 同 よ う 表 現 が 続 く も の は 『 源 氏 物 語 』 中 で あ り 、 3 7 1 例 確 認 さ れ た 。 そ の う ち 「 打 消 」 の す る 程 度 副 詞 で あ っ た 。 最 も 多 く 使 用 さ れ る の は 平 安 時 代 成 立 の 「 げ に 」 は 、「 あ ま り ( に )」 同 様 、 平 安時 代 か ら 明 治 時 代 に 頻 出
36例 で 全 体 の
る に 従 っ て 打 消 を 伴 う 表 現 が 減 少 し て い く 顕 著 な 数 値 で あ る 。 9.7% と な っ て い る 。 こ れ は 時 代 を 下 前述の「いと」 「いたく」 「あまり(に) 」が「程度副詞→陳述副 詞 」 の 様 な 変 化、 「 げ に 」 は「 陳 述 副 詞 → 程 度 副 詞 」 と い っ た 変 化をしていた。
以上
7語の程度副詞の使用数の変遷を記述したが、使用数の変
遷から次の
2つの流れを見ることができた。
( 1)徐々に「打消」を伴う割合が増加していく副詞
( 例 ) と ど め き こ え さ せ た ま ふ と も 思 し 返 す べ き 御 心 な ら ぬ に 、 い と 飽 か ず 口 惜 し う 思 さ れ て
(『
源 氏 物 語 』 少 女
52) p
( 2)徐々に「打消」を伴う割合が減少していく副詞
( 例 ) 縹 は げ に に ほ ひ 多 か ら ぬ あ は ひ に て 、 御 髪 な ど も い た く 盛 り 過 ぎ にけり。 (『源氏物語』初音
147) p
( 1) の よ う な 変 化 を「 程 度 副 詞 → 陳 述 副 詞 」、 (
うになる。 変化を「陳述副詞→程度副詞」としてグループに分けるとこのよ 2) の よ う な (
1)「程度副詞→陳述副詞」
いと/いたく/あまり
( 2)「陳述副詞→程度副詞」
げに
た だ し(
1)、 (
見られない等の要因から今回は分類を保留した。 「 は な は だ 」 に つ い て は 用 例 数 そ の 他 の 少 な さ や、 打 消 し 表 現 が 2) の 分 類 に は「 き は め て 」 と「 い み じ く 」
こ う し た(
1)、 (
2) の
性」であると仮定し、調査をすすめた。 に 起 こ っ た こ と が 推 測 さ れ た。 本 稿 で は、 そ の 共 通 項 を「 程 度 「 程 度 副 詞 → 陳 述 副 詞 」「 陳 述 副 詞 → 程 度 副 詞 」 の 様 な 変 化 が 頻 繁 し、時代を跨いで使用される中でこうした類似の機能が混同され 消を導く陳述副詞」の機能には何らかの共通項というものが存在 2つ の 変 化 か ら、 「 程 度 副 詞 」 と「 打 平安時代から明治時代までの六作品の程度副詞
7語のトータル
の使用状況と打消しを伴う表現の割合を以下に示す。
総程度副詞―打消表現(割合)
『源氏物語』
5 3 4 4 ─ 1 9 5
(
3・
6%)
『平家物語』
1 3 0 ─
9
(
6・
9%)
『謡曲集』
2 5 9 ─ 11
(
4・
2%)
『狂言集』
3 0 ─
3
(1
0%)
『近松門左衛門集』
7 9 ─ 13
( 16 ・
5%)
『
牛店雑談
安愚楽鍋』
1 3 ─
4
( 30 ・
8%)
大まかに傾向を見ると、平安、鎌倉、室町、江戸、明治時代へ と打消表現の割合の増加が確認されるのである。
二、打消表現を伴う程度副詞の意味用法
着 目 し 、 構 文 を 見 て い く こ と で 、 そ の 変 化 の 実 態 を 明 ら か に す る 。 「 程 度 副 詞 」 に 「 打 消 表 現 」 が 下 接 す る 場 合 の 「 意 味 ・ 用 法 」 に
意味用法を、①から④までの
4つに分類していく。
①後に続く語を強調する ②「あまり〜ない」のような弱い打消 ③「全然〜ない」のような強い打消 ④「なるほど」のように前の内容を受ける
① と ② の 用 法 は 近 い も の が あ る た め、 『 源 氏 物 語 』 を 例 に と っ て違いを説明する。
(例)
いと やむごとなき際には あらぬ が (桐壷
17) p
右例の場合、①、②でそれぞれ訳した場合以下の通りとなる。 ① とても 高貴な身分(という訳)ではないが、 ② あまり 高貴な身分ではないが、 一見すると同様の意味を表すようであるが、①の場合は身分が 「とても高貴」であることのみを否定しており、その身分の程度 については言及していない。一方②の場合は「高貴な身分」の程 度が低いことを表しており、①と②では「高貴な身分」の捉え方 に違いが生じるため、①、②のように分けて考えることとする。
Ⅰ いと(程度副詞→陳述副詞)1『源氏物語』 ①後に続く語を強調する
42例
・ いと やむごとなき際には あらぬ がすぐれてときめきたまふ ありけり。 (桐壷
17) p
・ と ど め き こ え さ せ た ま ふ と も 思 し 返 す べ き 御 心 な ら ぬ に、 いと 飽かず 口惜しう思されて (少女
52) p
②「 あ ま り 〜 な い 」 の よ う な 弱 い 打 消
32例
・聞こえさせつるやうに、容貌などいとまほにも はべらざり しかば、 (帚木
71) p
・「 人 の 上 に て も あ ま た 見 し に、 い と 思 は ぬ 仲 も、 女 と い ふ ものの心深きをあまた見開きしかば、 (玉鬘
126) p
③「全然〜ない」のような強い打消
51例
・大将、よろづのことかき集め思しつづけて泣きたまへる気
色、 いと 尽きせず なまめきたり。 (須磨
179) p
・「うたても思しよるかな。 いと 見知らず しもあらじ」
(胡蝶
184) p
④「 な る ほ ど 」 の よ う に 前 の 内 容 を 受 け る
なし
的な用法も多く見られた。 『 源 氏 物 語 』 に お け る「 い と 」 は ②、 ③ の よ う に「 陳 述 副 詞 」 2『平家物語』
①後に続く語を強調する
2例
・「 そ れ は、 山 攻 め ら る べ し と こ そ 聞 け 」 と、 い と 事 も な げ にぞ宣ひける。 (
p
108)
・ いと あるまじき 御事なり。かくばかり思しまどふめる中納 言殿も、いかがあへなきやうに思ひきこえたまはむ
(
p
337)
②「あまり〜ない」のような弱い打消 なし ③「全然〜ない」のような強い打消
2例
・帥のすけ殿、つく
〲月をながめて給ひ、 いと 思ひのこす事 も おはせざり ければ、 (
p 391)
・罪など いと 深からぬ さきに、いかで亡くなりなむ、と思し 沈むに、 (
p
300)
④「なるほど」のように前の内容を受ける なし 『平家物語』における「いと」も、③の様な「陳述副詞」的な
用法が確認された。
3『謡曲集』
、
4『狂言集』
、
5『近松門左衛門集』
、
6『
牛店雑談
安愚楽鍋』 陳述副詞的用法なし
Ⅱ いたく(う)
1『源氏物語』
①後に続く語を強調する
4例
・また、 いたく 卑下せず などして、御心おきてにもて違ふこ となく、いとめやすくぞありける。 (薄雲
441) p
・ いたく しも 忌むまじき 穢らひなれば、 (蜻蛉
239) p
②「あ ま り 〜 な い 」 の よ う な 弱 い 打 消
16例
・悲しきことも思されける、とばかり、いと いたく えもとど めず なきたまふ (夕顔
170) p
・やむごとなきひとに いたう 劣るまじう 上衆めきたり。
(明石
250) p
③「全然〜ない」のような強い打消
5例
・明後日ばかりになりて、例のやうに いたく も 更かさ でわた りたまへり。 (明石
264) p
・事あり顔にやと思ひて いたう も 隠さず 。 (竹河
83) p
④「なるほど」のように前の内容を受ける なし
的用法が確認された。 『 源 氏 物 語 』 中 で の「 い た く 」 に も ②、 ③ の 様 な「 陳 述 副 詞 」 2『平家物語』
①後に続く語を強調する
1例
・「能登殿いたう罪なつくり給ひそ、さりとてよきかたきか」
(
p 387)
②「あまり〜ない」のような弱い打消
2例
・ いたう 、平山殿、 さきがけばやりなし 給ひそ。 (
p
208)
・「 こ の 一 両 年 は か く れ 居 候 ひ て、 人 に も い た く 見 知 ら れ 候 は ず (
p
259)
③「全然〜ない」のような強い打消 なし ④「 な る ほ ど 」 の よ う に 前 の 内 容 を 受 け る
なし
が見られた。 『 平 家 物 語 』 中 の「 い た く 」 に も ② の 様 な「 陳 述 副 詞 」 的 用 法
3『 謡 曲 集 』、
4『 狂 言 集 』、
5『 近 松 門 左 衛 門 集 』、
6『
牛店雑談
安 愚楽鍋』 陳述副詞的用法なし
Ⅲ いみじく(う)
1『源氏物語』
①「全然〜ない」のような強い打消
1例
・い みじく たえかね 御涙のとまらぬを、ことわりに悲しく見 たてまつりたまふ。 (御法
507) p
②「あまり〜ない」のような弱い打消 なし ③「全然〜ない」のような強い打消 なし ④「なるほど」のように前の内容を受ける なし 見られなかった。 『 源 氏 物 語 』 に お け る「 い み じ く 」 に は「 陳 述 副 詞 」 的 用 法 は 2『平家物語』
3『謡曲集』
、
4『狂言集』
、
5『近松門左衛門
集』 、
6『
牛店雑談
安愚楽鍋』 陳述副詞的用法なし
Ⅳ はなはだ(甚だ)
1『源氏物語』
2『平家物語』
3『謡曲集』
、
4『狂言集』
、
6
『
牛店雑談安愚楽鍋』 陳述副詞的用法なし 5『近松門左衛門集』
①「全然〜ない」のような強い打消
11例
・罪科 はなはだ 軽からず 、いづかたへ落しけるぞ。
(出世景清
33) p
②「あまり〜ない」のような弱い打消 なし
③「全然〜ない」のような強い打消 なし
④「なるほど」のように前の内容を受ける なし
副詞」的用法が見られた。 『 近 松 門 左 衛 門 集 』 に お け る「 は な は だ 」 で は ① の 様 な「 陳 述
Ⅴ あまり(に)
1『源氏物語』
①後に続く語を強調する
3例
・いとかからでおいらかならましかばと思ひつつ、 あまり い と ゆるしなく 疑ひはべりしもうるさくて、 (帚木
71) p
・ あまり もの言ひさがなき 罪避りどころなく。
(夕顔
196) p
②「あまり〜ない」のような弱い打消
1例
・また あまり もののほど知らぬ やうならんも、御ありさまに 違へり。 (胡蝶
178) p
③「全然〜ない」のような強い打消
8例
・ あまりに をさまらず 乱れ落つる涙こそはしたなけれと思へ ば、 (柏木
333) p
・ あまり つつまぬ 御気色の言ふかひなければにやあらむ
(葵
20) p
④「 な る ほ ど 」 の よ う に 前 の 内 容 を 受 け る
なし
的用法が見られた。 『 源 氏 物 語 』 に お け る「 あ ま り 」 に は ② ③ の 様 な「 陳 述 副 詞 」
2『平家物語』
なし
3『謡曲集』
①後に続く語を強調する
2例
・ あまり に 堪へぬ 心とや、昔とだにも思はぬぞや (
p 455)
・ あまりに 面目もなく 候ふほどに、追つ付き申し酒を一つ参 らせうずるにてあるぞ。 (
p 373)
②「あまり〜ない」のような弱い打消 なし ③「全然〜ない」のような強い打消 なし ④「なるほど」のように前の内容を受ける なし 『 謡 曲 集』 中 の 「 あ ま り 」 で は 「 あ ま り
た が 、 現 代 語 に お け る 「 陳 述 副 詞 」 の 様 な 用 法 は 見 ら れ な か っ た 。 +打 消 」 表 現 こ そ 見 ら れ 4『狂言集』
①後に続く語を強調する なし
②「あまり〜ない」のような弱い打消
3例
・世上の取沙汰も あまり 面白うござらぬ によって、これは御 無用になされたがようござりませう (
p 206)
・イヤ、 あまり ようは参るらね ども、 (
p 495)
③「全然〜ない」のような強い打消 なし
④「なるほど」のように前の内容を受ける なし
『 狂 言 集 』 に お け る「 あ ま り 」 で は「 陳 述 副 詞 」 的 な 用 法 が 見
られた。 5『近松門左衛門集』
①後に続く語を強調する
2例
・いつもごとなり、親ながら、おまんも あまり こたへかね も うよいかげんに黙らんせ (
p 299)
・阿古屋は あまり 堪へかねて (
p 46)
②「あまり〜ない」のような弱い打消 なし ③「全然〜ない」のような強い打消 なし ④「 な る ほ ど 」 の よ う に 前 の 内 容 を 受 け る
なし
『 近 松 門 左 衛 門 集 』 で は「 あ ま り
られる。 いるため、近松が意図して「古い言い回し」を用いたことが考え 『 近 松 門 左 衛 門 集 』 中 の「 世 話 物 」 と「 時 代 物 」 を 同 時 に 扱 っ て 「 陳 述 副 詞 」 的 な 用 法 は 確 認 さ れ な か っ た。 た だ し、 本 調 査 で は +打 消 」 表 現 は 見 ら れ た が、
6『
牛店雑談
安愚楽鍋』
①後に続く語を強調する
1例
・まだなじみもないお 方
かただから あんまり いろけがなさすぎて
(三編下二オ
7)
②「あまり〜ない」のような弱い打消
2例
・ 若
わかだ ん な も あ ん ま り あ が ら ね へ 方
ほうだ か ら お つ り も 御
ご用
よう心
じんヲットあぶねへ (三編上二五オ
8)
・人さまのはなしをきくと 牡
ぼたん丹 や 紅
もみぢ葉 は あンまり 薬
くすりぢやアな い (三編下四オ
3)
③「全然〜ない」のような強い打消 なし ④「なるほど」のように前の内容を受ける なし 『
牛店雑談
安 愚 楽 鍋 』 で は、 ② の よ う に「 陳 述 副 詞 」 的 用 法 で 用 い ら れる「あまりが見られた。
Ⅵ げに 1『源氏物語』
①後に続く語を強調する
2例
・ げに ありはてぬ 世いくばくあるまじけれど、なほ生けるか ぎりの心ざしをだに失ひはてじ (鈴虫
379) p
・ げに よからぬ ことも出で来たらむ時、 (浮舟
181) p
②「あまり〜ない」のような弱い打消
1例
・縹は げに にほひ多からぬ あはひにて、御髪などもいたく盛 り過ぎにけり。 (初音
147) p
③「全然〜ない」のような強い打消
13例
・
うち な や み 重 痩 せ た ま へ る、 は た、 げ に 似 る も の な く め でたし。 (若紫
234) p
・ げに 懸想なき 御文なりけりと心にも入れねば
(夕霧
430) p
④「なるほど」のように前の内容を受ける
20例
・ げに 言ふかひな のけはひや、さりとも、いとよう教へてむ と思す。 (若紫
238) p
・ げに 川風も 心わかぬ さまに吹き通ふ物の音どもおもしろく 遊びたまふ。 (椎本
193) p
『源氏物語』では②、③の様な「陳述副詞」的用法の「げに」
が見られた。
2『平家物語』
①後に続く語を強調する なし ② 「 あ ま り 〜 な い 」 の よ う な 弱 い 打 消 なし ③「全然〜ない」のような強い打消
1例
・いそぎ法王寺殿へ馳せ参ッて見参らせ給へば、 げに 見えさ せ給はず 。 (
p
64)
④「 な る ほ ど 」 の よ う に 前 の 内 容 を 受 け る
1例
・はだかになり、件の瀬のやうなる所を見るに、 げに いたく ふかうはなかり けり。 (
p
329)
『平家物語』では③の様な「陳述副詞」的に用いられる「げに」
が確認された。
3『謡曲集』
①後に続く語を強調する なし ② 「 あ ま り 〜 な い 」 の よ う な 弱 い 打 消 なし ③「全然〜ない」のような強い打消
5例
・ げに や 心なき 、草木なりと申せども、かかる憂き世の理を ば、知るべし知るべし (老松
81) p
・心は高き謀、 げに 貴賤にはよらざりけり。 (国栖
391) p
④「 な る ほ ど 」 の よ う に 前 の 内 容 を 受 け る
4例
・ げに 本来 一物なき 時は、仏も衆生も隔てなし。
(卒都婆小町
122) p
・ げに 心なき 海人衣 (海人
539) p
られた。 『 謡 曲 集 』 中 の「 げ に 」 に は ③ の 様 な「 陳 述 副 詞 」 的 働 き が 見
4『狂言集』
、
5『近松門左衛門集』
陳述副詞的用法なし
6『
牛店雑談
安愚楽鍋』
①後に続く語を強調する なし ②「あまり〜ない」のような弱い打消 なし ③「全然〜ない」のような強い打消 なし ④「 な る ほ ど 」 の よ う に 前 の 内 容 を 受 け る
1例
・ 実
げに 流行は 昼
ちゅうや夜 を 捨
すてず 繁
はんじょうかく盛 斯 の 如
ことくになん
(初編六オ
6)
『
牛店雑談
安愚楽鍋』では「げに
+打消」は表現
1例しか確認されず、
「陳述副詞」的用法は見られなかった。
調 査 の 結 果、 「 極 度 を 表 す 程 度 副 詞
るとき、次の +打 消 」 の 表 現 が 用 い ら れ 4つの意味を表す場合が確認された。
①後に続く語を強調する
②「あまり・それほど〜ない」のような弱い打消 ③「全然・まったく〜ない」のような強い打消 ④「なるほど」のように前の内容を受ける ここで注目したいのは②③の用法である。これは「〜なさ」の 度 合 い を 表 す も の で あ り、 現 代 日 本 語 に お い て は「 打 消 を 伴 う 陳 述 副 詞 」 が 持 つ 機 能 で あ る。 古 代 日 本 語 に お い て、 「 極 度 を 表 す 程 度 副 詞 」 が 現 代 語 に お け る「 あ ま り・ そ れ ほ ど 」 や「 全 然・ まったく」といった陳述副詞と同じ意識下で用いられ得たことが 明らかとなった。
本 調 査 か ら、 「 程 度 副 詞 」 と「 打 消 を 導 く 陳 述 副 詞 」 の 間 に は 「 程 度 性 」 と い う 共 通 項 が 存 在 し、 時 に そ の 機 能、 性 質 が 混 同 さ れたという推測がなされるだろう。
以
上 こ れ ま で 見 た も の を
ようになる。 6文 献 の ト ー タ ル で 分 析 す る と 以 下 の 『源』 ①後に続く語を強調する
10、『平』
3、『謡』
2、『狂』
0、『近』
2、『安』
1
②「あまり・それほど〜ない」のような弱い打消
『源』
50、『平』
3、『謡』
2、『狂』
3、『近』
0、『安』
2
③「全然・まったく〜ない」のような強い打消
『源』
77、『平』
3、『謡』
0、『狂』
0、『近』
11、『安』
0
④「なるほど」のように前の内容を受ける
『源』
0、『平』
0、『謡』
0、『狂』
0、『近』
0、『安』
1 意味用法という視点で分類すると、平安・鎌倉の頃は「程度副 詞 +打消」表現が表す意味に幅があり、①から③まで満遍なく使
用 さ れ て い る が、 室 町 時 代 以 降 の 結 果 を み る と、 「 程 度 副 詞
+打
消」表現が同一文献において、②「あまり〜ない」の意味として 使われる時は③「全然〜ない」の意味では用いられないというよ うに、その使用方法が集約されていく様が確認された。
三、陳述副詞の史的変遷
程度副詞が打消を修飾する点に焦点を当て、これと密接に関わ る、 「打消を導く陳述副詞」の使用の変化を明らかにしていく。
次 ペ ー ジ に お い て 、 そ の 結 果 を 表 に ま と め ( 表
2)、 各 語 に 見 ら
れ た 特 徴 を 記 し て い く 。 な お 、 括 弧 内 は 打 消 を 伴 っ た 数 で あ る 。 作品ごとに頻出する語彙に差はあるが、殆ど全ての語が
8割以
上の高い割合で打消表現と結びついている。しかし、中には特徴 的な数値を取った語も見られた。
例 え ば 「 お ほ か た 」 が 打 消 を 導 く 割 合 は 次 の よ う に な っ て い る 。 『源氏物語』において
16.2%
おほかた 世に残りたる あらじ と見えたるに (少女
29) p
『平家物語』では
12.5%
あまりのいぶせきに、目をふさいでぞおとしける。 おほかた 人のしわざとは 見えず 。 (
p
221)
そ れ 以 降 の 資 料 で は 「 お ほ か た 」 が 打 消 を 伴 う 場 合 は 一 例 も 確 認 さ れ な か っ た 。対 象 と し たそ の 他 の 語 に 比 べ て 「 打 消 」 を 導 く 割 合 が 低 い た め 、「 お ほ か た 」 を 「 打 消 を 導 く 陳 述 副 詞 」 と し て 扱 っ て い い の か とい う 疑 問 は 残 る が 、 こ こ で は 、『 源 氏 物 語 』『 平 家 物 語 』 で は あ る 程 度 の 割 合 で 「 打 消 」 と 結 び つ い た 「 お ほか た 」 が 時 代 を 下 る に つ れ 、 打 消 表 現 を 導 か な く な る 点 に 注 目 し た い 。
表 2
全くあへておほかたきはめてさらにつゆ
源氏物語
2 例
(1 例)
0 例
37 例
(6 例)
0 例
242 例
(190 例)
30 例
(25 例)
平家物語
21 例
(21 例)
5 例
(0 例)
8 例
(1 例)
9 例
(0 例)
13 例
(9 例)
2 例
(2 例)
謡曲集
1 例
(1 例)
0 例
5 例
(0 例)
0 例
35 例
(27 例)
2 例
(2 例)
狂言集
0 例
0 例
4 例
(0 例)
0 例
4 例
(4 例)
0 例
近松左衛門集
15 例
(12 例)
0 例
12 例
(0 例)
0 例
30 例
(24 例)
3 例
(3 例)
牛店雑談安愚楽鍋
1 例
(0 例)
0 例
0 例
0 例
1 例
(0 例)
0 例
現代語における「大方」が「ほとんど・だいたい」といった意 味 で 用 い ら れ て い る 点 に 着 目 し た い。 「 大 方 」 は 現 在「 全 体 に お ける大部分」という程度を有した語として使用され、その機能は
程度副詞的であると言える。第一項で扱った程度副詞「げに」と 同ように、 「おほかた」が次のような変化を遂げたとみられる。 (
2)「陳述副詞→程度副詞」
げに/おほかた
こ こ で、 現 代 語 に お け る 副 詞「 お ほ か た( 大 方 )」 が「 ほ と ん ど・ だ い た い 」 と い っ た 意 味 で 用 い ら れ て い る 点 に 言 及 し た い。 「 大 方 」 は 現 在「 全 体 に お け る 大 部 分 」 と い っ た 程 度 を 有 し た 語 彙 と し て 使 用 さ れ て お り、 そ の 機 能 は 程 度 副 詞 的 で あ る と い え る。 「 お ほ か た 」 と い う 程 度 副 詞 は か つ て の「 陳 述 副 詞 」 的 な 機 能を弱くしていき、次第に語が持つ「程度性」が強まったことが 推測された。
かつて「程度副詞」が「陳述副詞」と同じ意識下で用いられ得 た よ う に、 「 陳 述 副 詞 」 も ま た「 程 度 副 詞 」 的 な 機 能 を 有 す る こ とができたと考えられる。
四、打消を伴う陳述副詞の意味用法
「数値」に焦点を当てた前項に続き、
「意味・用法」という側面 から「打消を導く陳述副詞」と「打消表現」との関係を明らかに し て い く。 「 陳 述 副 詞 」 に「 打 消 表 現 」 が 下 接 す る 場 合、 ど の 様 な意味を表しうるのを見る。
以 下 に ①、 ② の よ う に 分 類 し た 上 で 調 査 結 果 を 用 例 と 共 に 示 し、その後各語の特徴を述べる。 Ⅰまたく(全く・まったく)
1『源氏物語』
①後に続く語を強調する なし ②「全然〜ない」のような強い打消
1例
・
豪家 の あ た り 恐 ろ し く わ づ ら は し き も の に 憚 り 怖 ぢ、 す べていと またく 隙間なき 心もあり。 (東屋
19) p
2『平家物語』
①後に続く語を強調する
2例
・ まッたく 義仲においては、御辺に意趣 思ひ奉らず 」といひ つかはす。 (
p
20)
・ まッたく 恥にて 恥ならず (
p
288)
②「全然〜ない」のような強い打消
19例
・「 まッたく 人しては 参らせじ 。直に奉らん」 (
p
372)
・「 ま ッ た く さ る 事 候 は ず 。 人 の 讒 言 に て ぞ 候 は む。 よ く 御 尋ね候へ」 (
p
116)
3『謡曲集』
①後に続く語を強調する
1例
・げに頼もしやさりながら、 全く 命のためにこの文を 誦する にあらず (
p
333)
②「全然〜ない」のような強い打消 なし 4『狂言集』
なし
5『近松門左衛門集』
①後に続く語を強調する なし ②「全然〜ない」のような強い打消
11例
・三写烏焉馬なれば文字にも又遺失多かるばし 全く 予が直之 正本に あらず (博多少女郎波枕
202) p
6『
牛店雑談
安愚楽鍋』 なし く」が程度性を有していたことが窺われた。 と い 状 態 の 程 度 が 甚 だ し い 事 を 表 現 し て い る と さ れ、 副 詞「 全 を表す」という用法である。 「強い打消」を表す用法は「〜ない」 「 全 く 」 が 打 消 と 結 び つ く 場 合、 最 も 多 か っ た の が「 強 い 打 消
更に「全く」が持つ程度性は前述した「打消表現」の程度を修 飾 す る だ け に と ど ま ら ず、 「 全 く 」 の 直 後 の 名 詞 を 修 飾 し「 す べ て・
100%完全な」といった程度を表現する例も確認された。
Ⅱあへて(敢へて)
1『源氏物語』
なし
2『平家物語』
①「全然〜ない」のような強い打消
5例
・ か く て む な し く 命 終 り な ば、 火 血 刀 の 苦 果 あ へ て 疑 な し 。
(
p
280)
・おとど あへて 事ともし 給はず 。 (
p
247)
3『謡曲集』
、
4『狂言集』
、
5『近松門左衛門集』
6『
牛店雑談
安愚楽鍋』 打消の用法なし 副詞「あへて」が打消表現と結びつく場合、その意味は「全然 〜ない」の様な強い打消を表すもののみ確認された。本調査にお い て 採 録 さ れ た 副 詞「 あ へ て 」 の 用 例 は『 平 家 物 語 』 に お け る
5例 の み で あ り、 そ の
5例 は 全 て 打 消 を 導 き、 且 つ「 あ へ て
+
打 消 」 は 強 い 打 消 を 表 現 し た。 用 例 数 が 少 な い が、 『 平 家 物 語 』 に お い て、 「 あ へ て 」 が 用 い ら れ る と き、 こ の 副 詞 は 後 ろ に 続 く 「 〜 な い 」 と い う 打 消 表 現 を 修 飾 し、 そ の「 〜 な さ 」 の 程 度 が 甚 だしいことを表現する副詞であった。
Ⅲおほかた(大方)
1『源氏物語』
①後に続く語を強調する
5例
・ おほかた 、なごりなきもの忘れをぞ えしたまはざりける 。
(末摘花
266) p
・ おほかた 世に残りたる あらじ と見えたるに (少女
29) p
②「あまり〜ない」のような弱い打消
1例
・
おお ほ か た さ る ま じ き 際 の 女 官 な ど ま で、 し の び き こ え ぬはなし。 (宿木
375) p
③「全然〜ない」のような強い打消 なし 2『平家物語』
①後に続く語を強調する なし ②「あまり〜ない」のような弱い打消 なし ③「全然〜ない」のような強い打消
1例
・あまりのいぶせきに、目をふさいでぞおとしける。 おほか た 人のしわざとは 見えず 。 (
p
221)
3『謡曲集』
、
4『狂言集』
、
5『近松門左衛門集』
6『
牛店雑談
安愚楽鍋』 打消の用法なし
詞がその意味として程度を内包していた様子が見られた。 後 の 語 が 表 す 状 態 の 程 度 を 表 現 し て お り、 「 お ほ か た 」 と い う 副 た。本調査において肯定文に「おほかた」が用いられるとき、直 に 比 べ、 「 打 消 表 現 」 を 導 く 割 合 が 低 く、 肯 定 文 に も 多 く 出 現 し 前 述 の と お り、 「 お ほ か た 」 は 第 三 項、 第 四 項 で 扱 っ た 他 の 副 詞 か っ た の は「 直 後 の 語 を 強 調 す る 」 と い う 意 味 で あ っ た。 ま た、 い」のような「〜なさ」の程度を表す用法も見られたが、最も多 「 お ほ か た 」 は「 打 消 」 を 修 飾 し、 「 全 然 〜 な い 」「 あ ま り 〜 な Ⅳさらに
1『源氏物語』
①後に続く語を強調する
35例
・若き人々、悲しきことは さらに も いはず 、内裏わたりを朝 夕にならひていとさうざうしく、 (桐壺
32) p
・ さらに 例の 動なき を、せめて言はれて、 (明石
250) p
②「全然〜ない」のような強い打消
155例
・
かか る を り を 待 ち 出 で た る も、 さ ら に 浅 く は あ ら じ と 思 ひなしたまへ」 (帚木
99) p
・内に入りてそそのかせど、むすめは さらに 聞かず 。
(明石
248) p
2『平家物語』
①後に続く語を強調する なし ②「全然〜ない」のような強い打消
9例
・いつかわが身のうへならんと、思ひしかば、嬉しとは さら に 思はず 。 (
p
47)
・鶏籠の山明けなんとすれども、家路は さらに 急がれず 。
(
p
213)
3『謡曲集』
①後に続く語を強調する
2例
・人 さらに 若き事なし 、つひには老の鶯の、 (
p
462)
②「全然〜ない」のような強い打消
25例
・恨みは さらに 付きすまじ 、恨みはさらに尽きすまじ。
(
p
278)
・書ける文字は さらに なし 。 (
p
309)
4『狂言集』
①後に続く語を強調する なし ②「全然〜ない」のような強い打消
4例
・ さ ら に 手のうちに 覚えがござらぬ 。 (
p
155)
・ さらに 風味が 知れませぬ 。 (
p
189)
5『近松門左衛門集』
①後に続く語を強調する なし ②「全然〜ない」のような強い打消
24例
・やの内祝ひ賑はへども、お夏は さらに 気に 染まぬ
(
p
24)
・ さらに 差別は なかりけり (
p
292)
6『
牛店雑談
安愚楽鍋』 なし
その機能はこうした「打消」の表現 の程度を表すだけではなかっ た。 や は り「〜 な さ 」 の 程 度 が 甚 だ し い こ と を 表 現 し て い る が、 現 」 を 導 き、 そ の 意 味 は「 全 然 〜 な い 」 の 様 な 強 い 打 消 で あ っ 「 さ ら に 」 も「 全 く 」 と 同 よ う に、 極 め て 高 い 割 合 で「 打 消 表 ①後に続く語を強調する 1『源氏物語』 Ⅴ つゆ は打消にのみ係るのではないことが分かる。 と い う 程 度 を 表 現 す る 用 例 も 確 認 さ れ、 「 さ ら に 」 の 持 つ 程 度 性 た。 「 さ ら に 」 と い う 副 詞 が 直 後 の 語 を 修 飾 し「 今 よ り も っ と 」
2例
・朽ちぬる身にあまることなれ、など思ふにいよいよ恥づか しうて、 つゆも け近きことは思ひよらず 。 (明石
254) p
・ものいささかまゐるをりをもありつるも、 つゆばかり の湯 をだに まゐらず 。 (手習
297) p
②「全然〜ない」のような強い打消
22例
・見しをりの つゆ わすられぬ 朝顔の花のさかりは過ぎやしぬ らん (朝顔
476) p
・おのがじしうち語らひ嘆かしげなるを、 つゆ も見知らぬや うに、 (若菜上
66) p
2『平家物語』
①後に続く語を強調する なし ②「全然〜ない」のような強い打消
2例
・「 さ て も 不 思 議 の 事 を 申 し 出 し た る も の か な。 つ ゆ も お ぼ
しめしよらぬ ものを」と仰せければ、 (
p
59)
・「今は政しろしめさばやとは 露も おぼしめしよらず 。
(
p
348)
3『謡曲集』
①後に続く語を強調する なし ②「全然〜ない」のような強い打消
2例
・乱るる節は竹の葉の 露ばかり だに 受けじ とは、 (
p
480)
・ さ て は わ が 子 ゆ ゑ に 捨 て ん 命、 つ ゆ ほ ど も 惜 し か ら じ と、 千尋の縄を腰に付け、 (
p
540)
4『狂言集』
なし
5『近松門左衛門集』
①後に続く語を強調する なし ②「全然〜ない」のような強い打消
3例
・言ひ付けし五種の草、刈りとつたるかとありければ、かゝ ることとは つゆ 知り給はず さん候ふ。 (
p
141)
・もとより源五ように つゆ 心残さぬ 上 今日お二人の深い仲
(
p
318)
6『
牛店雑談
安愚楽鍋』 なし いる場合が最も多くどの資料においてもこうした用例が 「 つ ゆ 」 が 打 消 を 伴 う 場 合、 そ の 意 味 は「 強 い 打 消 」 を 表 し て
9割を超
えていた。
しかし、 『源氏物語』で確認された以下の用例のように「つゆ」 にも「〜ない」という状態の程度の甚だしさを表す以外の用法が 見られた。
朽ちぬる身にあまることなれ、など思ふにいよいよ恥づかしう て、 つゆ もけ近きことは思ひよらず 。 (明石
p254) こうした程度の低さを表す用法は肯定文中の「つゆ」に主に用い られた。
実際に『日本国語大辞典』の「つゆ」の項目は以下のとおりで ある。 (
1)物事の程度がわずかであるさま。ちょっと。わずかに、
(
2)打消表現を伴って、強い打消の気持を表わす。全く。全
然
注3右からも副詞「つゆ」がある種の程度性を有していたといえる 様である。
本稿における調査の結果、打消を導く程度副詞は語の意味とし て そ れ ぞ れ が 何 ら か の「 程 度 性 」 を 有 し て い る 様 が 見 受 け ら れ、 こ れ ら の「 程 度 性 」 は 打 消 表 現 を 修 飾 し、 「〜 な さ 」 の 程 度 が 甚 だしいことを表すだけでなく、時には肯定文中に用いられ、直後 の語の程度を表現する際にも用いられたことが認められた。
前 項 の 終 わ り で 触 れ た よ う に、 「 程 度 副 詞 」 が 一 方 的 に「 陳 述
副 詞 」 的 用 法 を 有 し て い た の で は な く、 「 打 消 を 導 く 陳 述 副 詞 」 もまた、 「程度副詞」と極めて近い働きを担った様が見られた。
むすび
本 稿 で は、 現 代 日 本 語 に お い て「 極 度 を 表 す 程 度 副 詞
打消を伴わなくなったのか、またその理由は何かを考察した。 が散見されることに着目し、どのような変化を辿り、程度副詞が の表現が見られないにも関わらず、古代の文献ではこうした用例 +打 消 」
考察にあたり、以下
4つの視点を軸とした。
1つは程度副詞と
打消し表現が結びつく割合について、
1つは程度副詞の意味用法
の問題である。これらの問題に焦点をあてることで、 「程度副詞」 には時代を経るごとに打消しを伴い易くなるものと、反対に打消 しを修飾しなくなるものの
2種類が存在することが確認された。
また、残り
2つの視点は「打消しを導く陳述副詞」の作品ごと
の 使 用 の 変 化 と そ の 意 味 用 法 に つ い て で あ る。 「 打 消 し を 伴 う 陳 述 副 詞 」 が 打 消 し 表 現 を 伴 っ た 割 合 を 作 品 ご と に 比 較 す る こ と で、陳述副詞的働きから打消しを修飾しない程度副詞的働きへと 変化した語(おほかた)があったことが見られた。更に、その意 味用法を程度副詞の意味用法と比較することで、両語とも『程度 性』という共通点を有したことが明らかとなった。 小林芳規博士は「漢文訓読史上の一問題―再読字の成立につい て ―」 (『 国 語 學 』 第 一 六 輯 ) に お い て、 平 安 初 期 以 前 の 訓 法 と 中 期以降の訓法とを比較したとき、中期以降になるほどに再読表現 が固定化しており、形式的な再読字の訓法が生じたこ と
注4を指摘し ている。 当 初、 「 程 度 副 詞 」 に お い て も こ う し た 再 読 表 現 の 副 詞 と 同 よ う に、 「 日 本 語 の 論 理 化 」 を 背 景 に、 平 安 時 代 は 煩 雑 で あ っ た 副 詞 の 用 法 が 時 代 を 下 る ご と に 整 理 さ れ、 特 定 の 副 詞 の み が 下 に 「打消」を求めるようになる為に、 「程度副詞」が「打消」を導く 場合が消失することが予想された。 し か し、 本 稿 の 調 査 で は 各 副 詞 に よ っ て 異 な る 変 化(
( 1) /
2)が見られ、一概に時代を経るごとに「程度副詞」が「打消」
を伴わなくなるとは言えないようであった。漢文訓読は論理的で あり、和語が多い程度副詞はそこまで論理化されていないようで ある。
( 1)「 程 度 副 詞 → 陳 述 副 詞 」 い と / い た く ( う ) / あ ま り ( に ) (
2)「陳述副詞→程度副詞」
げに/おほかた
本 稿 を 通 し て、 古 代 日 本 語 に お い て、 「 程 度 副 詞 」 が「 陳 述 副
詞」的に用いられはじめる変化と「陳述副詞」が「程度副詞」的 に用いられはじめる変化の二つが確認された。
こ の 様 な 二 種 類 の 変 化 が 出 現 し た 原 因 と し て、 「 程 度 副 詞 」 と 「 陳 述 副 詞 」 は ど ち ら も あ る 種 の「 程 度 性 」 を 有 し て い た こ と が あげられるだろう。
それぞれの副詞がもつこうした「程度を表現する」という共通 の 性 質 の 為 に、 「 程 度 副 詞 」 と「 陳 述 副 詞 」 の 境 界 は 時 に 極 め て 曖昧になったことが推測される。
古代日本語において「程度副詞」が「打消を伴った」と考える の で は な く、 「 程 度 副 詞 」 と「 陳 述 副 詞 」 の 機 能 の 境 界 は 極 め て 曖昧なものであった為に、それらが入れ替わる事態がしばしば生 じていたと考えたい。
さ て、 「〜 な い 」 の 形 を 導 く 陳 述 副 詞「 全 然 」 の 使 用 に 乱 れ が 生 じ て い る こ と は あ ら ゆ る 場 で 指 摘 さ れ て い る。 「 全 然 だ い じ ょ う ぶ 」 の よ う に 肯 定 文 に 用 い ら れ る「 全 然 」 が そ の 一 例 で あ る。 蛇足的ではあるが、こうした「全然」の使い方に関して二つの側 面から私見を述べたい。
一つは「打消を導く陳述副詞」が「程度性」を内包していると い う 視 点 で あ る。 「 全 然 だ い じ ょ う ぶ 」 と い う 文 章 は「 だ い じ ょ うぶ」である状態の程度が甚だしいことを表現していると捉えれ ば、 打 消 を 導 く 陳 述 副 詞 で あ る「 全 然 」 が 有 す る 程 度 性 ゆ え に、 本稿で指摘した様な「陳述副詞→程度副詞」という変化が現代日 本 語 に お い て 見 ら れ 始 め た 例 で あ る と 考 え る こ と が で き る だ ろ う。 また、もう一つは「日本語の論理化」という視点である。小林 芳規博士が指摘するように、漢文訓読に用いられた「再読字」は より論理的な訓法を目指し下に特定の語を求めて固定化するよう に変化した。一方本稿で扱った「程度副詞」は和語であるが故に 漢語に比べ、論理的であることが重視されず「再読字」と同じ流 れ を 辿 ら な か っ た と し た。 「 全 然 」 と い う 副 詞 の 語 誌 は『 日 本 国 語大辞典』において以下のように記されている。 近 世 後 期 に 中 国 の 白 話 小 説 か ら 取 り 入 れ ら れ、 「 ま っ た く 」 と いうルビを付けて用いられてい た
注5。
こ の よ う に 当 初「 漢 語 」 と し て 輸 入 さ れ た「 全 然 」 で あ る が、 時 を 経 て 現 在 で は む し ろ 口 語 色 の 強 い 語 彙 へ と 変 化 し た。 「 全 然 だいじょうぶ」の様な用法の出現は、かつては「漢語」として論 理化の必要に迫られた「全然」が、時を経てその性質を失い口語 的性格を強めた為に、下に「打消」を求めるという論理が崩壊し はじめた結果であると考えることができるかもしれない。
本 稿 に お け る 調 査 の 結 果、 「 極 度 を 表 す 程 度 副 詞 」 と「 打 消 を
導く陳述副詞」との間には密接な関係があり、それは両語が有す る「程度性」によるものであることが明らかとなった。
しかし、本調査で取り扱った資料数はきわめて少なく、それ故 に集まった用例数も少なく、これらの語彙の史的変遷を明らかに するのに十分な量であったとは言い難い。
残された数量的課題や、 「低度を表す程度副詞」と「打消表現」 との関係について今後も追及を続ける必要があるだろう。
注注
機能体系」(『別府大学国語国文学』、四五巻、 1中川祐治(二〇〇三)「中世語における極度・高度を示す程度副詞の
63ページ、参照)
注
2阿部秋生
秋山 虔 今 井源衛 鈴木日出男『新編日本古典文学全集 源氏物語』(小学館、一九九四─二〇〇二)
市古貞次『新編日本古典文学全集 平家物語』(小学館、一九九四─二〇〇二)
小山弘志 佐藤健一郎『新編日本古典文学全集 謡曲集』(小学館、一九九四─二〇〇二)
北川忠彦 安田
章『
新編日本古典文学全集 狂言集』(小学館、一九九四─二〇〇二)
鳥越文蔵 山根為雄 長友千代治 大橋正叔 阪口弘之、『新編日本古典文学全集 近松門左衛門集』(小学館、一九九四─二〇〇二) 国立国語研究所『国立国語研究所資料
9牛店
雑談安愚楽鍋
用語索引』
(秀英出版 一九七五年)注
3『日本国語大辞典
第二版』(小学館二〇〇〇年)注
学』第一六輯、国語学会、一九五四年、 4小林芳規「漢文訓読史上の一問題―再読字の成立について―」(『国語
63ページ、参照)
注
5『日本国語大辞典
第二版』(小学館二〇〇〇年)