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初期パネンベルクにおける「神」の問題(1) 利用統計を見る

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Title 初期パネンベルクにおける「神」の問題(1)

Author(s) 深井, 智朗

Citation 聖学院大学総合研究所紀要, No.12, 1998.3 : 217-258

URL http://serve.seigakuin-univ.ac.jp/reps/modules/xoonips/de tail.php?item_id=3451

Rights

聖学院学術情報発信システム : SERVE SEigakuin Repository for academic archiVE

(2)

初期パネンべ

問題設定

第一章

第二章

第四章

ルクにおける

人間学と神学

神の存在証明の人間学化

無神論の舞台としての人間学

基礎神学

( 2 E ω E g g ‑ z

)

の問題

( 1 )  

深井智朗

人間学の諸課題

l

!神なしに人間学は可能なのか としての人間学

②人間の自由と神の思想 ①神についての問いと人聞の世界開放性

(

)

形而上学と神の思想

宗教史と神

神と歴史

初期ノfネンベルクにおける「神」の問題(1) 217 

(3)

問題設定

二十世紀は科学あるいは技術革命の時代︑逆に言えば宗教的なものの衰退の時代と一般には認識されている︒しかし

他方でもし人がこの世紀末に神学の歴史を回顧するならば︑二十世紀が二二世紀にも匹敵する程の神学の世紀であった

ことを認識するに違いない︒それにもかかわらずこの神学の世紀であるはずの二十世紀はアイロニカルなことに既存の

世界の現実性を認識するために神という言葉は邪魔にならないまでも︑なくても済むようなものになってしまった時代

であり︑﹁神なしに生きかっ考えることがあらゆる人間の日常生活を規定しているだけではなくキリスト教信者の日常

をも規定している﹂時代となったと言わざるをえない︒﹁神の存在や神とは何であるか︑というかつては自明であった

ような素朴な聞いは今日では特別な正当化なしには語り得なぱ﹂のである︒﹁このような無神論が今日思惟を営もうと

する意識にとっての自明の出発点となっている﹂︒それ故にM・ハイデガlは﹁キリスト教信仰の神学であれ︑哲学的

な神学であれ︑神学をその発生の由来から学びとった者は︑今日の思惟領域では神について沈黙しようとするはずで

ある﹂と述べたのである︒

神なしに生き︑思考すること︑すなわち世俗的な無神論が自明のこととなっている今日︑﹁神についての聞い﹂自体

このような基盤の上に置かれている︒神学はこのような状況があたかも存在していないかのように︑神的な現実につい

(4)

て語り出すこともできる︒しかしその場合でもそれはこの問題が置かれた状況についてのひとつの態度決定なのであり︑

たとえば初期K・バルトが﹁神は神によって認識される﹂という根本命題を提示した時に︑彼は無神論的に規定された

明らかに彼はこのような状況に規定されていたと言えるであろう︒また初

R・ブルトマンが﹁神について語ることはいかなる意味を持っているか﹂という論文の中で取り組んだのもこのよう 精神状況を認識していなかったのではなく︑

な状況をめぐっての問題であったと言ってよい︒

二十世紀の神学は(神学であるならばそれは当然であると言うこともできるのだが)﹁神の問題﹂との取り組みにお

﹃ロマ書注解書﹄と弁証法神学︑その後の実存主義的な神学及ぴ解釈学︑そしてH

ウンとH・ゴルヴィッツア!との有名な論争を経た後︑今世紀後半になって新しい状況を迎えたと言ってよいであろう︒市

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41T  いて特徴付けられるであろう︒H・ツアーラントが言うように二十世紀は﹁神が間われた﹂のである︒この間題をめぐ

つての状況はK

その新しい展開は︑E・ブックスやE

J・モルトマンそしてW・パネンベルクなどの神学の展開の中に見

本論ではその中でもとりわけW・パネンベルクにおける﹁神の問題﹂をめぐっての議論を取り上げることにしたい︒

六十年代以後の神学における﹁神の問題﹂を考える際にパネンベルクを取り上げる必然性は︑彼が近代神学史の動きを

十分にふまえた上で︑また同時代の神学と哲学の動向を十分に認識した上でその立場を主張しているので︑

ついての彼の取り組みを検討することで︑今世紀のドイツ語圏の神学界におけるこの間題についての見取り図を得るこ

とができるからである︒の第一巻についての長い書評的な論文のたとえばE・ユンゲルはパネンベルクの

219 

(5)

パネンベルクは﹁神の問題﹂との取り組みにおいて同世代の神学者たちをリードしてきたことを指摘しているが︑

その通りであろう

0 2

しかしパネンベルクにおける﹁神の問題﹂を取り上げる理由はそのような外的な理由ばかりではなく︑何よりも彼の

神学的な主張の特質もまさにこの点においてこそ見い出されるからである︒すなわち︑初期のパネンベルクの神学にと

(もちろん後期においてもそうなのだが)根本問題が﹁神と歴史﹂の問題にあったことは彼自身がさまざまな場

所で述べている通りである︒彼は﹁救済の出来事と歴史﹂(一九五九年)という論文で一躍ドイツ神学界で注目すべき

存在となって以来︑一貫して神と歴史の現実性を両者の相互関係において解釈するという問題と取り組んできた︒それ

故にこれまでのパネンベルク研究においては歴史の問題︑あるいは彼の﹁歴史の神学﹂︑そして﹁神と歴史﹂との相互

関係がきかんに論じられてきた︒

しかし不思議なことに彼がその初期の神学的営みにおいて取り組んできた﹁神﹂の問題についてはこれまでのパネン

ベルク研究においてはあまり論じられていない︒﹁神と歴史との相互関係﹂について︑あるいは﹁神の歴史における間

接的な自己啓示﹂について︑﹁普遍史と神﹂について論じられることはあったとしても﹁神の問題﹂について直接論じ

られることはパネンベルクの意図に反して少なかったと言わざるを得な吋︒確かに彼自身が﹁神と歴史﹂との現実性の

問題を両者の相互関係において論じると言っているのであるから︑このような状況がまったく方向外れだと言うことは

できない︒それにもかかわらず彼がその初期以来の神学的な営みにおいて最も力を傾けたのは彼自身がいうように﹁神

の問題を解明するために人間学的な基盤を発掘するということであり︑それが今日に至るまで私の神学的・哲学的探求

(6)

の課題である﹂ということであるならば︑

われわれはパネンベルクの神学的な思惟の特質とその構造とを理解するため に︑彼の神学における﹁神の問題﹂についてよく検討してみる必要がある︒そこにはバルトやブルトマン学派に規定さ れていた神学に対する新しい神学的なパ

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スペクティヴが存在している︒その初期のパネンベルクにおいて﹁神の問

題﹂は︑近代以後の哲学的伝統と神学的な伝統を再検討した上で展開されていると言ってよい︒その際彼は神の問題を

人間学的な基盤の上に展開する道を模索したということができる︒︹それ故に本論ではパネンベルクにおける神の問題

の最初の考察として︑

この問題の基盤でもある﹁神の問題と人間学﹂という構造について︑あるいは既に述べた通り

﹁神の問題を解明するために人間学的な基盤を発掘する﹂という構想が︑どのような立場に対して主張されているのか︑

またどのような構造を持っているのか︑そしてまたその問題点は何であるか︑

という点について検討してみたいと思 つ ︒ ︺

*本論は著者のパネンベルクの神論についての研究の一部をなすもので︑今回未掲載の部分をも含めて﹁初期パネンベル

クにおける﹃神﹄の問題﹂はその第1部にあたる︒ここで﹁初期パネンベルク﹂という言い方をしているが︑最近のパ

ネンベルク研究では︑パネンベルク自身が言うように彼の神論における﹁二二論的な展開﹂をもって︑それ以後の彼の

立場︑すなわち一九九三年に完成した﹃組織神学﹄に見いだされるような立場を後期パネンベルクと呼ぶようになって

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︒本論では通例に従って︑彼がのE

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初期パネンベルクにおける「神」の問題(1) 221 

(7)

systematischer Theologie ~刑判定引l~<O叶~~出品)10/ E;' orwort E;'垣~I組寂て件入て弐れJAJ皆~'時ノミ二~

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1989, 8ff., lRohls, Protestamtische Theologie der Neuzeit 1. Die Voraussetzungen und das 19. Jahrhundert, 1997, 

(∞W.Pannenberg, Grundfragen systematischer Theologie, 31979, 361 (~}ムGT1AJ皆令)

(的)aaO. 

(司)aaO.362 

(凶M.HeideggerIdentitat und Differenz, 1957, 51 

c.o て件入て去、ti~ E;'て弐ιE;'4平明会~~1î蝦応J堤:えゆる{主~~tirl-:::--トムJ.,\r\-~ーな「零岳会右指走糾」な語圏記手J~

時入J;1全1"(ν二時ゐ,10/ ~二ti~0~長ノ小4ヤニ~JAJ ~ ~時oW.Pannenberg, GT1. 362, JE;'睦~斗やニドti'M. 

Murrmann‑Kahl, Mysterium Trinitatis?, 1997. 163ff.会)4地堕~E;' ~ J心。

(ドR.BultmannWelchen Sinn hat es, von Gott zu reden? in: Theologische Blatter,IV, 1925, 129‑135 (Glauben und 

Verstehen, Band 1, 1933) 

(∞) けな程~~やエドtiH.Braun, Der Sinn der neutestamentlichen Christlogie, in: Gesammelte Studien zum euen 

Testament und seiner Umwelt, 1962, 243ff., ders., Die Problematik einer Theologie des euen Testaments, in: aaO. 

345ff.JH.Gollwitzer, Die Existenz Gottes im Bekenntnis des Glaubens, in: BzEvTh, Bd.34, 19631み)~\\堕~E;' ~J AJ

(∞) E,Jungel, Nihil divinitatis, ubi non fides, in: ZThK 86 (1989) 204ff. トJE;'制ill\詰宕縄判~~定炉時之件入てえそ\E;'i去をやtiW.Pannenberg, Den Glauben an ihm selbst fassen und verstehen. 

Eine Antwort, in: ZThK 86 ¥ ~ <兵)355‑370 

(8)

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HNと略す)

(日)日本のパネンベルク研究においてもその点では同様で︑彼の神学は歴史の神学と見なされ(それ自体は正しいことな

のだが)︑ほとんどが彼の歴史論に注目している︒拙論司

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意味ではパネンベルクの﹁歴史の神学﹂を扱った研究である︒この﹁神論﹂の研究と合わせることでひとつのパネンベ

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第一章人間学と神学

パネンベルクは﹁神の問題を解明するために人間学的な基盤を発見する﹂という課題との取り組みによってその初期

の神論を展開した︒しかしそれはパネンベルクの突然の思いつきということではなく︑一方でそれは﹁精神史的な帰

結﹂であり︑他方﹁今日の神論が直面している無神論の批判﹂にかんがみて設定された課題であると彼は考えている︒

パネンベルクによれば﹁神の問題を解明するための人間学的基盤を発見しようとする試

み﹂は︑﹁精神的に目覚めた哲学的︑神学的思惟の偉大な歴史の全ての継承者たちにとってなお未解決な問題﹂であり︑

それが初期の彼の神学においても根本問題であったとい行︒それを彼は﹁神思想の人間学似﹂と呼んで︑その神学の課

初期ノfネンベルクにおける神の問題(1) 223 

(9)

題としたのである︒すなわち彼はまず第一にこのような課題設定は思想史的に見て必然性な帰結であると考えた︒この 点ではとりわけパネンベルクはカントからへ!ゲルへの展開︑すなわちへ

l

ゲルによる﹁神の存在証明の問題構制全体

の人間学化﹂と︑その影響を重視している︒

それによって神の現実の真理性の法廷は人間学に定められたのだという︒

また第二にこのような傾向は︑逆に近代における神信仰への無神論の批判が︑人間学を舞台に展開されていることから

も確認され得ると彼は見ている︒

それ故に今日神の問題をめぐっての議論の舞台は人間学にあるというのがパネンベル

クの見方であり︑

これらの問題意識が彼の神認識の問題と神学の構造を規定していると言ってよい︒

パネンベルクがこのような議論を展開する時︑彼は明らかに当時支配的であった二つの神学的な傾向と対峠している︒

すなわちそれはバルトとその弟子たちの立場とブルトマン学派の立場である︒パネンベルクによれば両者は︑現代にお ける神の問題に関して﹁展望のない状況﹂におかれている︒すなわちバルトにおける﹁神は神によって知られる﹂とい

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つ命題は

パネンベルクはこの﹁断絶の神学﹂を真っ向から批判し

もなく︑何の正当化もなしにただ神に関するキリスト教的な教説という代用品を指し示している﹂にすぎないからだと

彼はその不徹底さを指摘して︑ パネンベルクはいう︒また他方でブルトマンの実存論的な解釈はいわば神学の人間学化の試みのひとつであるのだが︑

そこには﹁権威信仰による不当な正当化が存在する﹂と言うのである︒

それに対してパネンベルクは︑いわば神学が︑﹁神の問題が人間の自己理解に集約してきたという歴史的な帰結と︑

近代の無神論的な挑脱﹂をふまえてこの二つに呼応する﹁神学的人間学﹂を構築することによっ(也︑今日神の問題がそ

(10)

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( r‑‑1) W.Pannenberg, Gottesgedanke und menschliche Freiheit, 1978(誌トGFAJ皆ド)(N) W.PannenbergGod's Presence in History, in: Christian Century, 1981, 261; ders. Theologie und Philosophie. Ihr 

Verhaltnis im Lichte ihrer gemeinsamen Geschichte, 1996, 12ff.; ders. Anthropologie in theologischer erspektive, 

1983, 11ff.例‑t:!E;'頃!1や二ド:!!David P.PoU王,On the Way to God. An Exploration into the Theology of olfhart 

Pannenberg, 1989, 93ffJ嶋監~E;' AJ

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(噌叫)GF 旧鑓駅εE副醐臨腿附附!同揃詰柏相詰引l斗山41附E;',小ヤ~~!1,ç~AJて件入,,(:ミそ¥芝府吋ドニトG

(の)GF.23 

((.0 GF.25ff. 1+6‑t:!粘‑‑.J‑v‑:!!W.Pannenberg. Die Frage nach Gott. in: EvTh. 25 (1962), 238ff. (GT136lff) 

(ド)aaO.25f.;T.PannenbergTheologie und Philosophie, 1996, 359f. 

(∞) GF.23  4勾早そ、¥ t

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(11)

に必要なことはイエス・キリストにおいて明らかにされた神的秘義に依存していることを提示した人﹂だというのがパ

ネンベルクの認識だからである︒この点については﹀丘町弓O

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S∞∞での議論を参照のこと︒なおパネンベルクが最初︑ラlナ!のこのような

立場に言及してたのは

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10  この間題と取り組んだ研究はあまりなく︑本格的なものではと守色︒

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がある︒しかし

これは後期パネンベルクを主として扱っている︒後期パネンベルクにおいてはこの間題は社会史的な視点を得て︑さら

に展開されているのだが︑初期の問題設定の修正も見られる︒その点では本論とは別の視点を持った研究である︒本論

の視点にむしろ近いのは︑︼

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F85∞ゲであろう︒彼はパネンベルクの神学的人間学

がもっている基礎神学としての機能を自然神学や中世の形而上学との関連で論じており(ロロ同)︑興味深い︒しかし彼

はこの間題をパネンベルクの神学体系全体との関連で論じようとしてはない︒その点では何回の

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の議論が正確で︑興味深い︒

神の存在証明の人間学化

(12)

パネンベルクによれば︑もしひとが神の存在証明の人間学化︑あるいは神の問題を人間の自己理解に集約される道︑

すなわち神の思想の人間学化のプロセスを振り返るなら︑そこではまず﹁プラトンがその端緒に位置しており﹂︑

に﹁カントが︑近代を特徴づけているこの考えの転換点に位置しており﹂︑﹁最終的にはへlゲルによってとりあえず完

成を見る﹂というプロセスを見い出すことができるという︒すなわちパネンベルクは︑今日︑神の現実性の問題が人間

学へとその法廷を移すことになったのには思想史的な必然性があると見ているのである︒

プラトンは﹃法律篇﹄の中で﹁魂と星々の運動は共に神々への信仰に通じている﹂と述べ︑魂と自然の出来事が神へ

の信仰への道である︑それと同じようにカントもまた﹃実践理性批判﹄の結論において﹁ますます新

たに増大して行く脅威と畏怖をもって感情を充たす﹂ふたつのものとして﹁わが上なる星ちりばめる空と︑わがうちな

る道徳律﹂をあげている︒パネンベルクはこの類似に注目した︒しかしこの点に注目したのは何もパネンベルクが始め

たとえばN・ハルトマン等が既に興味深い仕方で提示していることでもある︒パネンベルクにとって重要な

ことはプラトンからカントへの展開のプロセスを﹁神思想の人間学化のプロセス﹂と捉えることであったと言えるであ

ろう︒すなわちパネンベルクによれば︑プラトンにおいては﹁人間の魂は︑神性にとりわけ近似しているものとして特

徴つけられており︑そのモティlフはさらにアウグス一アイヌスからデカルトに至るまで追求されてきたものであじ﹂o

そしてなお﹁カントにおいても同じモティlフを見いだすことができる﹂︒しかしプラトンにおいては﹁この魂はなお

自然世界のうちに填め込まれていたし︑自然世界と一緒に神的起源のうちに根差してい記﹂が︑カント以後の近代の哲

学的神学においては﹁自然からはもはや神に至る確実な道はなく﹂︑それ故に﹁神信仰の真理性にかかわる証明の重荷

初期パネンベルクにおける神の問題(1)

227 

(13)

はすべて人聞の理解に︑すなわち人間学に負わされることになった﹂というのがパネンベルクが強調したい点なのであ

る︒すなわち神の問題は近代においては人間の理解に集約されることになったのであり︑自然認識から神認識へという

ような直接的な道や自然の出来事の根源的偶然性に照らした慣性の解釈にしても︑物理学的な神の存在証明に逆戻りす

ることはできなくなったというのがパネンベルクのこの問題をめぐっての歴史的な視点である︒

この転換の最初の﹁重要な一歩﹂を既にウィリアム・オッカムの﹁運動し産出さうる原因のそしてパネンベルクは︑

系列においては︑世代の系列におけるように︑先行する諸々の原理はそこから生じた結果の方はまだ存在しているのに︑

既にまったく無ののうちに沈みこんでしまっていることがある故に第一項など必要ではない﹂というあの有名な命題の

中に見い出している︒

さらにパネンベルクはこの神の存在証明の人間学的解釈を完成へと至らせたのがへlゲルであると考えた︒l

においても確かに宇宙論的な論証と物理神学的論証とはもはや自然の出来事に直接関係づけられてはいず︑

おいて人間と自然との関係︑すなわち自然現象の有限性を越えて真に無限なものとして絶対的なものである無限なもの

の思想へと至る人聞の﹁高揚﹂(開門

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が表現されている︒しかしへlゲルはこのカントの線を継承しつつも︑別

の一歩を歩み出したというのがパネンベルクの見方である︒それは﹁一方で神の存在証明を︑神の思想への人聞の高揚

の表現として捉えることによって︑有限な現実が出発点として現れ︑神の現存在が有限な現実からの帰結として現れて

いるような証明形式の不適切さを容認しつつも︑他方でそれにもかかわらずこの証明のうちに十分意味のある思想運動

を認識すること﹂がへlゲルによって可能になったからだとパネンベルクは言うのである︒(この点についてはさらに

(14)

4

)

つまり神認識の問題において︑人聞の有限な意識から出発することの不適切さを一方で認識しつつ

も︑他方で有限なものを越えて無限であり︑絶対的なものの思想へと高揚することが︑人間精神にとっての必然である

のかどうかということがへlゲル以後﹁決定的な問題﹂となったことに注目しているのである︒パネンベルクはここに

今日の人間学の中心的な課題のひとつを見ているのである︒

そしてパネンベルクによればこのような仕方でへlゲルがカントにおいて準備されていた神の問題についての人間学

的な解釈を革新した後︑﹁神の存在証明の問題構制全体が人間学に還元されたことによって︑有限なものを越えて無限

であり︑絶対的なものの思想へと高揚することが︑実際にへlゲルの言うように︑人間精神にとって必然的なことなの

そしてこの高揚が事実︑l人間とは区別される神的な存在者へと通じているかどうかということ﹂が︑

ッパの精神史における神をめぐっての議論の根本問題となったというのである︒すなわち︑神について語ることは︑

の論理的な真実の内実を主張することができるのか︑それとも心理学や社会心理学と言った他の方法で説明されるよう

な人間についての非合理的な表現とみなされるようなものなのかどうかという根本問題は︑結局人間学的な構造を持つ

た立論へと議論の場を移すことになったとパネンベルクは見ているのである︒

( 1 )  

( 2 )  

( 3 )  

︒司口同様の議論は後に巧

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初期ノfネンベルクにおける神の問題(1) 229 

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・ロパネンンベルクは確かにカントはもはやプラトンのように魂もしくは主観は物質的な自然の出来事の歩みか らは導出できないと考えていたことを指摘している︒しかし理由はまった逆なのであり︑カントによれば自然を説明す るあらゆる場合に︑主観がすでに前提されていなければならないのであり︑プラトンによれば魂は自己運動をするが故 に︑物質的な過程からは導出できないと考えていたのである︒すなわちプラとはカントとは逆に魂の自己運動を外から の衝撃を必要とするその他のあらゆる運動の前提と考えていたのである︒カントは既に魂と自然の出来事の領域を接合 させることは不可能であると考えていた︒しかしカントはそこから魂への思慮はなお神への信仰に通じていることを否 定してはいないのであり︑パネンベルクはこのようなアナロギアに注目しているのであろう(の司・

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を参照のこと︒またこの点については後期パ ネンベルクにおいても別の視点から論じられている︒ヨ・

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パネンベルクによれば神の思想の人間学化︑あるいは﹁神の思想の真理性をめぐっての営みを人間の理解に集約させ

て行く態度は︑神信仰を無神論的に批判する態度の中にも﹂同じような展開が見られるという︒近代の無神論が例外な

く人間学を舞台としてその議論を展開し︑神の問題の議論の場を人間理解に設定していることの中に彼は逆に神思想の

人間学化のひとつの根拠を見い出しているのである︒すなわち今日神の問題をめぐっての議論の舞台は︑無神論さえも

そこをめざしている人間学なのだとパネンベルクは言いいたいのである︒逆に言えば無神論でさえ︑神の現実性をめぐ

つての議論を人間学という法廷で争おうとしていると言う現象の中に︑神観念の人間学化の例証を見い出そうとしてい

パネンベルクによれば近代のあらゆる形式の無神論が目指しているのは︑次の二点であるという︒まず第一には﹁ど

の形態の神思想であっても︑人間の現実存在を意識的に生きて行く思想のうちに必然的に含まれているような思想では

決してないということ︑また神思想において問題なのは︑むしろ神思想が人間それ自体の本質についての人聞の膜想の

表現であり︑またある特定の歴史的な局面においては意味をもっていたにせよ︑

ること﹂にある︒また第二にそのためにも﹁人間の本質は宗教的なカテゴリーなしにも完全に記述できるということ︑ それが幻想であるということを指摘す

そして神の思想は人聞の本質に適った自己理解の不可欠な状況というよりは︑人間を人間自身から疎隔し︑特に人聞が

初期ノfネンベルクにおける神の問題(1) 231 

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自己の自由の意識に至る通路をふさいでしまうものであったということを指摘すること﹂

それ故にパネンベル

クは無神論の根本問題は神の思想が人間精神の所産であるかどうかということではなくて︑神の思想が人間精神の非本

質的な所産であるのかどうか︑すなわち人間の自己理解の構成要素ではあるとしても︑決して人聞の本質には属さない

ようなものであるかどうかということなのだと考えているのであろう︒

パネンベルクによれば神学はこのような状況の中で神学それ自体を放棄するのでないなら︑﹁このような無神論的な

宗教理論と対決する仕方で無神論の挑戦を受け止めねばならないはず民﹂というのである︒しかし問題はこの対決の

パネンベルクによれば﹁近代精神の歴史的な状況の中でこのような対決を戦い抜くことがで

きるのは︑何か任意の領域においてではなくて︑神の問題に携わる思想的な仕事が歴史の経過の中でしかるべき理由か

ら到達するに至った領域︑それ故にそこでは無神論的な立論さえもがそこに場所を要求してきた領域でこそなされる

べき﹂なのであり︑それが彼によれば﹁人間学﹂なのであって︑さらに詳しく言えば﹁人間の本質にとっての宗教的な

主題の位置価への間バ﹂が争える場としての人間学なのである︒パネンベルクがこのような無神論に対する見方を提示

する場合︑彼は明らかにここで弁証法神学︑とりわけカlル・バルトによる無神論的な立論の逆説的な受容︑そしてそ

れを徹底的な啓示信仰によって凌駕しようという試みを批判していると言える︒パネンベルクによればこのような試み

は﹁神学が時代の知的流行に過度に順応し過ぎたひとつの働﹂なのだという︒バルトに代表される立場が試みたことは

フォイエルバッハやその後継者たちの論拠を用いた宗教的な経験についての人間学的な理論によ

って基礎づけようとする試みだった﹂と見なし︑そのような行き方を﹁自己自身を空想上の天界に投影する人聞の自己

(18)

神格化の表現として﹂批判するということであった︒それに対してパネンベルクはこの弁証法神学の試みは﹁神を︑

聞の側からは決して接近することのできない︑それ故にただ純粋にそれ自体に基づいてイエス・キリストのうちに自ら

を啓示している絶対他者としてのみ語ること﹂ができる立場を主張したのだと分析している︒

の中で﹁フォイエルバッハはただ半ば自ら人間学になりたがっ

ているように見えた神学を究極的かつ徹底的に人間学にようとした﹂にすぎないと語ることができた︒バルトによれば 確かにバルトは﹃一九世紀のプロテスタント神学史﹄

フォイエルバッハは一九世紀の神学全体を支配していた人間学的な傾向から当然の帰結を引き出したにすぎないという

フォイエルバッハの宗教批判は﹁神から出発する代わりに人聞から神へと至ろうとして

いた一九世紀の神学全体に﹂まさに当てはまるのであり︑その意味ではフォイエルバッハの批判は正しいと考えた︒そ

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してその上でバルトは一つの根本的な転換を神学に対して迫ったのであり︑﹁ただ神から人間へと︑

の不可逆的な構図を提示し︑神学の人間学化を批判したのである︒ つまり上から下へ

パネンベルクはこのような弁証法神学による神学の人間学化の批判を十分承知の上で︑神の思想の真理性をめぐって

の問題を人聞の理解に集中させようとしている︒なぜならパネンベルクによれば﹁このように(すなわちバルトのよう

に︺神について語ることは空虚な主観的主張の域を出ず︑したがって︑彼の意図そのものに反して︑近代における神の

問題がどれほど不可逆的に人聞の自己理解へと(この自己理解が未だ主張の主観性としてしか現れていない場合であっ

ても)引き戻されてしまっているという点についてのひとつの極端な例証﹂であり︑﹁もし神学があたかも︹無神論の

批判が︺何事もなかったのごとく︑何も気づかわずに神について語り始めるならば﹂︑それはたとえば﹁フォイエルパ

初期ノ守ネンベルクにおける神の問題(1)

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ッハやその弟子たちとの対決をただ避けているだけ﹂だということになってしまうからである︒﹁それは何の基礎づけ

もなく︑また何の正当化もなしにただ神に関するキリスト教的な教説という代用品を指し示しているにすぎない﹂し︑

﹁それは大した思慮もなく一切の対決を断念してしまっていることなのであり﹂︑無神論に対して﹁精神的に降伏してし

まっている﹂ことになってしまうというのである︒そしてこの立場を過度に神学に適応するならば︑

パネンベルクは

﹁ひょっとして神学の終わりを意味することになるかも知れない﹂とさえ言うのである︒

それに対してパネンベルクは神学は次のことを学ばねばならないという︒すなわち﹁神学はフォイエルバッハ以後︑

﹃神﹄という言葉を何の解明もなしにはもはや口にすることはできないのであり︑あたかもこの言葉がおのずと自明で あるかのように語ることはもはやできないのである︒もし神学が高度の異言や望みのない自己満足の孤立化に陥りたく

なければ︑あるいは教会全体を思想的な袋小路の中に導きたくなければ︑バルトの一一百うように﹃上から﹄神学を営むこ

とはできない﹂︒彼によれば﹁事柄はそれほど単純ではなく﹂︑﹁神概念をめぐる戦いは︑

なものではなく﹂︺︑哲学︑宗教学︑そして人間学の各領域にまで持ち込まれねばならない﹂

一一寸

の 上 で か

あ ら51 ‑

と じり め

わ ら け れ 今 る

日 よ で う はこの間題は無神論さえもそこに議論の場を設定している﹁人間学﹂において争われねばならないと言うのである︒パ

ネンベルクによれば﹁われわれは人間学の時代に生きて﹂おり︑人間についての包括的な学問としての人間学に注目す べきだというのである︒それ故に﹁人聞の状況の神学的な解釈をめざすさまざまな試みは︑無神論による挑戦を受けて 立つ神学的な人間学であればそれを積極的受け入れねばならないような観点を提示している﹂とパネンベルクは言うの

参照

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