奈良教育大学学術リポジトリNEAR
文学少年キーツの見た先輩詩人バイロンについて
著者 奥田 喜八郎
雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学
巻 46
号 1
ページ 139‑160
発行年 1997‑11‑10
その他のタイトル John Keats's Views on Lord Byron
URL http://hdl.handle.net/10105/1543
文学少年キーツの見た先輩詩人バイロンについて
奥 田 喜八郎 (奈良教育大学英米文学教室)
(平成9年4月2日受理)
は じ め に
文学少年キーツ (JohnKeats, 1795‑1821)というのは、 20歳までの、文学にあこがれていた キーツをいう。 1814年というと、当時キーツはまだ19歳であったが、その年に、キーツは7つ年 上の先輩詩人バイロンにささげた一編の詩を書き上げているのである。正確には、 "ToLord Byron"という題目の14行詩なのである。
他方、バイロン (GeorgeGordon Byron, 1788‑1824)はすでに、 1812年に出版したChilde Haroldによって、 "I awoke one morning and found myself famous."と豪語したはどの人気絶頂 の詩人であった。しかし、この年に、 「AnneIsabellaMilbankeに結婚を申し込み、はねつけられ、
また翌年、 Lady Caroline Lambの恋慕に悩んだり、異母姉Mrs. Augusta Leighとの関係につい て悪評が立ったりして、まったく身辺多事であった」(3'という。
この辺の事情をじゅうぶんに踏まえてうたい上げた、上記の14行詩を通じて、当時の、先輩詩 人バイロンに寄せる、文学少年キーツの心の在り方を窺おうとするのが、この拙文の要旨である。
文学少年キーツの見た先輩詩人バイロン
阿部知二は『バイロン詩集』の解説の中に、バイロンについて、こう語っている。 「放蕩無頼 な貴族だった父は、家を捨てて放浪していた。母と幼いバイロンとは、あるいはスコットランド の北辺に、あるいは中部イングランドの荒涼たる僧房のあとの館に、不如意な淋しい日々を送っ た。彼は奇異な運命と異常な精神の血統とを持つ古い貴族の子であり、そして生まれながら披足 であった>rという。そして、それに続けて、 「そのような彼として、幼いときから、誇りと強 い自我意識と憂苦の心とを持っていた。」(5′'と指摘し、更に、 「青年になった彼は、ひじょうな美 貌と騰慢奔放な心とを持った蕩児となって、ケンブリッジ大学の生活を送った。」(6)という。そし て、 「その後も青春の激情と暗愁とにこもごも身をまかせているうち、その悩みにたえかねたか のように、遠い旅に出た。」17'と解説しているのである。また、イギリスの詩人で文学・美術・社 会批評家リード(SirHerbertRead, 1893‑1968)はByronの中で、たとえバイロンの"ancestors
on both sides were for the most part bold, lawless, and dissolute, and to call them aristocratic is
dignify aclanthatwasonlyexcelusivein itsborbarism.'‑"であったと論述していようとも、バ イロンは当時、美男子であったこと。そして、バイロンは当時、若い貴族であったこと。それに、
バイロンはのちに人気絶頂の詩人であったこと。さらに、バイロンは生まれながら披足であった ことなどを思いあわせてみると、披足であったことがかえって当時のサロンの淑女たちの母性本 能をどんなに撲ったことか。サロンに出入りする令嬢は申すまでもなく、夫人たちもまたそんな バイロンに近付いて、彼を取り巻き、どんなに思慕を募らせたことか。どんなに甘い言葉を彼に
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ささやいたことか。
阿部知二はその辺の事情を次のように語り続けるのだ。長い引用文となるが、お許しを願いた い。詩人バイロンを理解するために、もっとも要領を得ていると思われるからである。
その、 1809‑1811年の、スペイン、地中海、アルバニア、ギリシア、トルコなどの放浪の 歌は、 「チャイルド・ハロルドの遍歴」となって帰国の後発表され、たちまち異常な反響を まきおこした。 「‑夜目ざめて高名の人となったのを知った」と彼はその時にいったと伝え られている。上院に入って過激な演説をして人々をおどろかせたのも、そのころのことであっ た。摂政を中心とする最高の社交界の獅子となり、これから絢欄きわまりない生活が、この 白面の披足の青年貴族・詩人に、しばらくつづいた。心おごった大貴族の夫入力口ライン・
ラムとの恋、彼女のいとこアナベラ・ミルバンクとの恋と結婚とその破綻、異母姉オーガス タとの間の親愛、詩人シェリーの義妹クレアとの恋、その他数え切れないほどの情熱の劇が、
彼を取巻いておこったo Lかし、間もなく場面は暗転した。オーガスタとの仲を疑われたと いうことを中心として、彼はたちまち異端の背徳漢として世から指弾され憎悪されることに なり、憤激優悶の情を抱きながら、自らを追放者として、海をわたって大陸に漂浪しなけれ ばならなかった'9'
これは阿部知二のもっとも要領を得た明確な解説である。思うに文学少年キーソは先輩詩人バイ ロンの、上記の引用文の示す通り、 「数えきれないほどの情熱の劇」をつぶさに見聞したことだ ろうO 「心おごった大貴族の夫入力口ライン・ラムとの恋」の風聞はどんなに世間を騒がせたこ とか。ましてや、夫入力口ライン・ラムの「いとこアナベル・ミルバンクとの恋」の噂を聞いて どんなに騒然としたことかO そのうちに、ミルバンクとの結婚のニュ‑スが伝えられた。その真 偽が取り沙汰されているときに、一・万では、ミルバンクに結婚を申し込んだが、はねつけられた、
という風説も聞こえてくるといった按配であった。時がたつと、どこからともなく2人の結婚が 破綻した、という風評が広まった。その風評がまだ尾を引いているときに、 「異母姉オーガスタ との間の親愛」の浮き名が立つ始末であった。「詩人シェリーの義妹クレアとの恋」の浮き名も立っ て、風説が風説を呼び、とうとう悪名高きバイロンという悪評が立つ、といった苦々しい羽目に 陥るのであった。当時の文学少年キーツは、このような先輩詩人バイロンの浮き名‑男女関係 についてのうわさや、情事の評判など‑をつまびらかに見たり聞いたりしたことか。
バイロンのこのような身辺多事の傍、文学少年キーツは詩人バイロンの作品をいたく愛読して いたのである。 1807年に出版されたHoursofIdlenessという小詩集は、文学少年キーツの持ちに 待った詩集であった。それを手にすると、いかに貧るように読み漁ったことか。バイロンの若い 情熱がキーツをとらえてはなさない。それはバイロンの幼少年の時代から、ケンブリッジ大学を おえるまでの作品群‑10であった。幼年の頃は決して幸福ではなかったバイロン。たとえ放蕩な父 であったとしても、その父に捨てられて、そして、まもなく死なれたバイロン。母は痛積が強く、
バイロンをあまりいつくしみはしなかった、そんな母と子の貧しさと寂寛との日々の淋しい生活。
披足に生まれた、感情のするどいバイロンの若い日々。それはむしろ暗漠たるものであったこと が作nを通して窺うことのできるのは、いたわしい限りである。そんな暗漠たる淋しい日々の中 で、メアリ・チョワス(MaryAnneChaworth)との出合いはどんなに明るく花やかにバイロン
を勇気づとナたことか。そういえば、バイロンは9歳のときに恋した少女がいたはずだ。たしかに、
彼女の名はメアリ・ダフ(MaryDuff)といっていたかと思う。両者とも、ともにメアリである のは偶然なのか。それにしても、この「M・S・Gに」 ("ToM.S.G.")ささげているM・ S
Gという女性は、いったい、誰のことなのか、と思い巡らせながら、文学少年キーツはこのよう な幾人かの少女たちに彩られている、束の間のバイロンの恋の夢路に遊ぶのであった。
1812年に出版したChildeHaroldという詩集も、文学少年キーツは貧るように読み耽った詩集
であった。アルビオンを旅立つバイロンの孤独と憂うつ。そして、「ただひとりのみ恋するゆえに」
と切々とうたい上げている「或るひとに」("StanzastoaLady,onleavingEngland")寄せる作 品はすばらしい限りである。後ろ髪を引かれる思いでイングランドを旅立つバイロンの自意識の 苦悩よoその彰屈した青春のはけ口を求めているバイロンに、文学少年キーツはキーツの青春の はけ口を重ねながら、バイロンの東方への旅立ちに拍手喝采しているのも、印象深い。バイロン は旅のはじめに、スペインのカデイス(Cadiz)に立ち寄るのであるが、コルドワ"将軍の家の客 となって、バイロンはその娘と親しくなって、若者らしい、旅人らしい情熱をかわしているといっ た作風に、文学少年キーツは感動するのであった。「イイネスに」("ToInez'')というイイネス という女性は、いったい、誰のことなのか、とても気になるのであるが、それにしても、「ああ、
われはふたたび笑ふこともなし」という一行は、哀れ深い限りである。「フロレンスに」("To Florenceつという4行を1連として11連から成るこの詩の中にうたわれている、スペンサー・
スミス(SpencerSmith)という夫人は25歳のイギリス婦人であって、イングランドをなつかし く思いIij
IIIしている詩風に、文学少年キーツもまた共鳴しているのだ。そして、バイロンはマルタ
島からアルバニアの海岸にわたり、若々しい冒険心に燃え、それから彼はギリシアに入るのであっ た。古戦場アクティウムに立って、バイロンはオクタヴイウスがアントニイとクレオパトラを破っ た海戦を思い出している。すでにバイロンはアテネの人となっていたころには、「フロレンス」
に対する情熱も冷めたという「惑ひは破れ、恋は去りぬ」("TheSpellisBroken,TheCharmis Flown'')という8行の短詩に、文学少年キーツは感嘆するのだ。ギリシア伝説のヘレスボント 海峡を、若者レアンダがアバイドスから対岸セストスの砿女へロに逢いたさに泳ぎわたったとい う話を思い出すバイロンOそして、ヘロが合図に振った矩火が、嵐の夜のため、見えなくなって、
レアンダは溺死し、ヘロは嘆いて身を投げたという物語を想起してバイロンは「アバイドスより セストスに泳ぎし後に」("WrittenAfterSwimmingfromSestostoAbydosつと題して4行を1
連として5連から成る短詩をうたい上げるのである。文学少年キーツはこの短詩を通して、ギリ シア神話に興味をいだきはじめたことは重要である。また、バイロンの「アテネの乙女よ、君と 別れるに先立ちて」("MaidofAthens,EreWePart")という詩に、文学少年キーツはどんなに 心おどらせたことか。
このようにして文学少年キーツは先輩詩人バイロンの2冊の詩集を味読し、精読したあとで思 うこと感じることは、どうも、世間でうわさされている悪名高きバイロンとすこし様子が違う、
ということである。『チァイルド・ハロルドの遍歴』に表白されているあのバイロンの憧憶といい、
あのバイロンの感動といい、また、あのバイロンの英雄的な調べといい、なんといっても、「若 い情熱」や「恋と悩み」などの示すように、あのバイロンの孤独寂参のしらべといったものは、
神々しい限りである、というのが文学少年キーツの深い印象なのである。世間で悪評されている ような、そんな浮き草のようなうわっいたバイロンではない。たとえバイロンは「血湧き肉躍る 行動性を代表」する詩人であるとしても、そのバイロンの孤独寂参のしらべに身をまかせながら、
上記の中のどの作品でもよいから1つ選んで、それをじっくりと精読味読してごらん。高読して みると、その作品の奥の奥に身をひそめている詩人バイロンが、それも命を捨ててとでもいおう か、その作品にうたわれている1人の少女に命をかけて一途に恋している本当のバイロンが見え
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てくるだろう、というのが当時の文学少年キーツの「バイロン」観なのである。
イギリス社会の、渦巻くうわさの相場の中に一石を投ずる思いで、文学少年キーツはキーツの 見た先輩詩人バイロンをこううたい定めるのである(ll)。
To Lord Byron
Byron, how sweetly sad thy melody, Attuning still the soul to tenderness, As if soft Pity, with unusual stress,
Had touched her plaintive lute, and thou, being by, Hadst caught the tones, nor suffered them to die.
O'ershading sorrow doth not make thee less Delightful; thou thy griefs dost dress With a bright halo, shining beamily;
As when a cloud a golden moon doth veil, Its sides are tinged with a resplendent glow, Through the dark robe oft amber rays prevail,
And like fair veins in sable marble flow.
Still warble, dying swan, still tell the tale, The enchanting tale, the tale of pleasing woe.
ご覧の通り、これは14行詩である。別に、ソネットといわれているものである。これは、つまり、
イギリス風ソネットではない。これはイタリア風ソネットなのである。これは、別に、ペトラル カ風ソネット(PetrarchanSonnet)といわれているもので(121ある。特色は、前半8行と後半6行 の2部に分かれていて、前半の8行は、 abbaabba、といった押韻を踏み、また、後半の6行は、
cdecde、とか、また、 cdcdcd、などの脚韻を踏むことである。この14行詩の詩型については拙 文「キーツ作"バイロン卿に寄せで'のソネットの詩型の特性」̀13せぜひ参照していただきたい。
これはイギリスの女流批評家アロット(MiriamAllott, 1918‑)の『キーツ仝詩集』から抜粋 したものである。それを見ると、この14行詩は1814年の12月に作詩されたものであるという。そ して、それから34年後の、つまり、 1848年にはじめて公にされたという。キーツはすでに1821年 に亡くなっているのであるから、キーツの死亡後27年の歳月がたっていることになる。その1848 年版の、 Life, Letters, and Literary Remains of John Keatsの中に収められているそれと見比べてみ ると、 9行Hの"agolden'つま"thegolden"に改められているという。これを編集HIJ版したのは、
イギリスの文人ミルズ(Richard Monckton Milnes, 1st Baron Houghton, 1809‑85)という人であ る̀川.念のために、 Houghton MifflinCompany'版の『キーツ全詩集』を参照してみると(16)、
ToByron
BYRON! how sweetly sad thy melode!
Attuning still the soul to tenderness, As if soft Pity, with unusual stress,
Had touch d her plaintive lute, and thou, being by, Hadst caught the tones, nor sufferd them to die.
O'ershadowing sorrow doth not make thee less
Delightful; thou thy griefs dost dress
With a bright halo, shining beamily, As when a cloud the golden moon doth veil,
Its sides are ting'd with a resplendent glow, Through the dark robe oft amber rays prevail,
And like fair veins in sable marble flow;
Still warble, dying swan! still tell the tale, The enchanting tale, the tale of pleasing woe.
というふうに、いくつか書き改められているのが目につく。これは、上記にすでに紹介しておい たミルズ、別名ホ‑トン卿によって編集出版された1899年版を元にした『キーツ全詩集』の中の 14行詩なのである。両者のそれを見比べてみると、繰り返すが、ところどころの書き改めが目立 つ。この両者の相違について、くわしいことは上記の拙文(注13)を参照して欲しい。
特に気になるのが、 6行目の…O'ershadingsorrow ‑"が、ご覧の通り、 "O'ershadowingsor‑
row‑"に改められていることである。この変更に関して、アメリカの女流詩人ロウアル(Amy LawrenceLowell, 1874‑1925)は『ジョン・キーツ伝』"7'の中で、こう述べているのである。
Keats was always a student of his art, so it is quite natural to find that the poem immediately
following on the simple quatrains he used to express his very real sorrow in the lines,伽
Death, should be couched in sonnet form. It is addressed To Byron. Lord Houghton dates the sonnet simple "December, 1814," but one line in it proves it to have been written after Mrs.
Jennings s death:
"O'ershadowing sorrow doth not make thee less Delightful."
The lonely boy of nineteen found a solace in Byron which the greater poets of his real admiration could not, at the moment, give him. ‑
上記の英文の引用文の中の…Mrs. Jennings"というのは、キーツの母の母にあたる。つまり、キー ツの祖母なのである。母親が病魔にとりつかれて、天国におもむかれたのは、キーツはたしか15 歳の時であった。母の死亡後のキーツは文字通り、この「おばあちゃん子」になって、育てられ るのである。大切に、可愛がってくれたその祖母服が亡くなったのであるから、キーツの悲嘆は いかばかりであったことか。悲嘆の余り、キーツは"O'ershading"を"O'ershadowing"に書き かえたというのであるから、この改めは重要であると思う。 「リズム」の面からもこの改めは重 大であることについては、拙文(注13)に詳細に説明しておいたので、是非とも参照していただ きたい。リズムもまた重要であるが、それも然ることながら、内容の面においても申すまでもな く大事である。がしかし、 "shadow"と …shade"との相違を述べるのは大変困難である。とい うのは、 "shadow"というのは、元来は!̀shade"と同一語であったからである。そのために、
この2語を区別することは困難であるが、しかし、あえて思うに"shadow"は、 "shade"の一 部分である、とまずいえようか。限界または陰の形のことを示すものである点が、どちらかとい うと、 "shade"という「影」は、たとえば、 HTheshadeswerelengthening." (「物の影が長くなっ ていた。」)というふうに用いられる「物の影」といった感じである。それに対して、 …shadow"
という「影」は、たとえば、 "Hefollowsmeaboutlikeashadow." (「彼は影のように私に付き まとう。」)といったふうに使われる「影法師」といった感じのものであろうか。 "shade"という
「影」には、 「死後の霊」とか「幽霊」 「亡霊」 「冥土」 「死」といった意味を有するのであるが、
IEl 奥 凹 喜八郎
それに対して、 "shadow"という「影」にも、 「幽霊」といった意味を有するのであるが、しかし、
どちらかというと、 「影のようにつきまとう人」とか「尾行する探偵」といった意味を有するのは、
面白い。 HMayyourshadownevergrowless." (「ますます御繁昌を祈る。」という言い方は、も ちろん、承知している。このように、 "shadow"と"shade"との2語の「影」の意味の区別を 見比べてみると、自ずと、たとえば、 "shade"は、 "Thatlargetreemakesaniceshade.'とい うふうに用いられる語であって、決して、 HThatlargetree makesanice shadow."といったふう に使用しないHshadow"であることぐらいは、十分に承知しているつもりである。また、 "shadow' は、たとえば、 "Thedogsawhisshadowinthewater."というふうに用いられる語であって、
決して、 "Thedogsawhisshadeinthewater."といったふうに使わないHshade'であることも、
すでに、十分に納得しているつもりである。つまり、 Hshade"という語は"aplace sheltered fromthesun."といったような意味を有するものである。それに対して、 "shadow'という語は、
̀̀aーshadeofadistinctf。rm, as。fatree, aman, adog, etc."といったような意味を有するもの なのである。まずは、このような2語の意味の相違をはっきりと理解しておくことが大切である。
文学少年キーツはそれを名詞としてではなく、ここに動詞として使用しているのである。それ も、動名詞句の形を用いて、 HO'ershading (O'ershadowing) sorrow doth not make thee less / De‑
lightful; (:)"と、うたい定めるのだ。これは、くS (‑動名詞句)+V+0+C)という「第5文型」
である。それはそれとして、ここに言う Hshade"という他動詞は、上記のこの2語の意味の相 違を踏まえてみると、 「陰にする」という意味を有する動詞であろうかと思う。それに対して、
"shadow"という他動詞は、どちらかというに、 「暗くする」という意味を有する動詞であろう かと思われる。前者の"shade"には、 「次第に変る」といった自動詞の意味があるのに対して、
後者のHshadow"には、別に、 「(探偵が)尾行する」とか、 「影のように付きそう」といった他 動詞の意味があることなどを思い合わせてみると、意味深い限りである。たとえば、 "Trees shaded the street." 「街路は樹木で日陰になっていた。」)とか、 "Treesshade the window.
(「木が窓に陰を落とす。」)とか、また、 "Heshaded hiseyeswith hishand." (「彼は片手を目 にかざした。」)といったふうに用いられる動詞"shade"なのである。それに対して、たとえば、
"Thecloudsshadowed thecity." (「雲がその町に影を落とした。」)といったふうに使われる動 詞"shadow なのである。また、たとえば、 "Theflameshaded (off) fromredtoyellow." 「炎 は赤色から黄色へと変わっていった。」)といったふうに使用される自動詞山shade"であること などを思い合わせてみると、 「かげ」は「かげ」でも、 「影」という語"りま、岩が音を表わし、寅 は日光という意味を有するという。それが、しだいに光を陽、景を陰とするようになったという。
≠ (さん)をつけて、かげ、の意味を示すようになったという語「影」に対して、「陰」という語 は、会(いん)が音を表わし、くらい、という音の語源(暗)からきているという。 Iiは山の側 面を意味し、太陽のあたらない、かげになって暗いほうの山の側面の意味を有するという。それ が転じて、くらい、という意味になったという。念のために、 「暗」という語は、音(いん)が 音を表わし、かくれる、という意味の隠(いん)からきているという。日がかくれて、くらい、
という意味を有する語「暗」なのである。
なにはともあれ、 Hshade"という「がデ」には、重複するが、 "aplaceshelteredfromthesun' といった語感を踏まえた「陰」、つまり、 「陰にする」という他動詞"shade'であることを先ず 理解しておこう。それに対して、 Hshadow"という「かげ」には、くり返すが、 "ashadeofa distinct form, asatree, aman, adog, etc."といった語感を踏まえた「影」、つまり、 「暗くする」
という他動詞"shadow であることを了解しておこう。しかも、文学少年キーツは最初、それを、
HO'ershadingsorrow'とうたい上げるのである。そして、その後、文学少年キーツは、祖母の 死の悲嘆の余り、それを…O'ershadowingsorrow"とうたい改めるのである。これは絶妙な歌い 振りである。これは文学少年キーツにとって、まさに衝撃的な改めなのである。思うに、祖母の 死に遭遇する前は、ただ文学少年キーツは当時の「ゴシック小説」(21)を愛読していたと思われる。
その影響をうけて、彼はまた、 18世紀の「エレジー風ソネット」 (elegiacsonnet)の女流詩人ス ミス(CharlotteSmith, 1749‑1806 ''"'の影響をも色濃くうけていて、先輩詩人バイロンを"dying swan"と声高らかにうたい上げたのである。そして、先輩詩人バイロンの悲しみを、おもわず、
HO'ershadingsorrow"とうたい伝えたのである。がしかし、予期せぬ祖母の死に遭遇した文学 少年キーツは大きな衝撃をうけたのだ。その時の彼の悲嘆はいかばかりであったことか。その突 然の激しい打撃をうけたキーツはただ悲嘆にくれるばかりである。彼はただ溜息をつくばかりで ある。 19歳の少年キーツの唯一の心身の支えであったあの祖母はもうこの世に居ないのかと思う と、彼はまったく何も手につかない。これから先どうして良いのか、さっぱりわからない。ただ 無情に、 「時」だけがたつ。しかし、 「時」の刻む秒針の音さえも、まったく聞こえてこない。そ れはまるで文学少年キーツの胸に、大きな穴がぽっかりとあいたようだ。彼の頭の中はすっかり 真っ白で、完全に空っぽなのである。
思うに文学少年キーツはこのような祖母の死の衝撃をうけた後、先輩詩人バイロンの悲しみを、
祖母の死の悲嘆を踏まえて生々しく、 HO'ershadowingsorrow'とうたい改めたのである。
ここに言う"O'ershading"というのは、 "Overshading"の縮約形(contracted form)である。
HO'ershadowing"というのは、無論、 "Overshadowing"の縮約形である。前者は「一に日陰を あたえる」 「陰にする」といった意味を有する他動詞である。後者は「一に影を投げかける」 「暗 くする」といった意味を有する他動詞である。もちろん、両者の"over"は接頭辞である。こ れは「上、外、過度、超過、完全に」などの意味で、種々の語と結合するものである。文学少年 キーツはそれをHOvershading sorrow"とまずうたい上げ、その後、それをHOvershadowing sorrow
と改めていることを、もうすでに上記に指摘しておいた通りである。前者は Hcastingashade oversorrow という意味である。後者は …castingashadowoversorrow という意味であろう かと思う。思うに前者は、 「悲しみがすっかり陰におおわれている」という意味であり、それも 時間がたつにつれて、 「悲しみの陰がうすれて行く」ことをそれとなく明示しているのに対して、
後者は、 「悲しみがすっぽりと影に隠れている」という意味であって、それも何時までも何時ま でも「悲しみが影のように付きそっている」ことをはっきりと明示しているのではあるまいか。
「悲しみが影のようにぴったりと付きまとっている」と言いかえてもよいのであるが‑。
しかし、出口保夫氏はこれを「蔭ぶかい悲しみは」と訳しておられるのであるI'SM。この「動詞 のing」を、現在分詞が次の名詞を修飾しているように読みとっておられるのである。つまり、
「〜しているところの〜」といった意味で、いわゆる、形容詞的に見ておられるのであるが、こ れはいかがなものであろうか。それ故に、出口保夫氏はこの日O'ershading (O'ershadowing) sor‑
rowdothnotmaketheeless/Delightful:"という一文、つまり、 「第5文型」を、 「蔭ぶかい悲し みは あなたの喜びを/減らしはしなかった。」と読んでおられるのである。これはどんなものか。
意味不明な訳である。それはそれとして、やはり、厄介なのは、 2重否定である。
思うに文学少年キーツは HO'ershading'を、のちに、それも祖母の死の悲しみの余り、
"O'ershadowing'つこ書き改めないでいられなっかたというのは、重複するが、 「悲しみが影のよ
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うに付きまとって、いつまでも離れない」ということを切実に表白したかったからではあるまい か。それ程までに、祖母の死の悲嘆は大きく深いものであったのだと思う。余りのショックに、
少年キーツはまさに発狂せんばかりの精神状態であったのだと思われる。否、少年キーツもまた、
祖母の死の影に誘われてふらふらと、死の世界へさ迷い出ていたのかも知れない。それも祖母の 死の影を慕って、と言いかえてもよいのであるが‑。このような「影」を切々と歌い示さんがた めに、文学少年キーツはあえて、くりかえすが、 00'ershadowingsorrow"とうたい改めたのだ と思う。すばらしい詩境ではないか。そして、文学少年キーツは2重否定を用いて、共鳴的に、
=0'ershadowing sorrow doth not make thee less/Delightful:''とうたい定めるのである。先輩詩 人バイロンの悲しみに、キーツ自身の生々しい悲嘆を重ねながら、しかも、文学少年キーツはキー ツにない、先輩詩人バイロンの精神の強さをこの一行のうちに強調しているのだと思う。ここに わざわざ2重否定が用いられていることに、注意しよう。これは、恐らくは、上記にすでに紹介 しておいた、 "May your shadow nevergrow less.'という一般的な言い方を当時の文学少年キー ツの胸に思い出していた、一行であったのかも知れないO ここに言う動詞"grow のかわりに、
"be"動詞に言いかえてもよいのであるが・‑。これは「ますます御繁昌を祈ります」という、極 く有り触れた、一般的によく使われる一文である。否定語+否定語‑肯定になる場合を、文学少 年キーツはここに使用しているのだと思われる。そして、文学少年キーツは無生物主語の構文を 用いて、もう一度くり返すが、 "O'ershadowing sorrow doth not meke thee less/Delightful:"とう たい上げるのである。このように、無生物名詞(A)が他動詞の主語となっている場合は、和訳に 注意を要するからである。この場合、 "make"の目的語"thee" (B)を主語にして、 「無生物Aが 原因でBが〜する」といったふうに訳すとよいだろう。重複するが、まず、この2重否定に注
目しよう。さらに、主語は動名詞句になっていることに、注意に注意しよう。思うに文学少年キー ツは、恐らくは、 「悲しみが影のようにいつまでも付きまとっていても、あなたはますます大い に楽しんでいらっしゃる」と声高らかにうたい上げているのではあるまいか。
ここに言う"thee'というのは、もちろん、バイロンその人である。 theeというのは、 thouの 目的格である。 thouというのは、第2人称単数主格である thouに伴う動詞は、 ‑st、または、
‑estの語尾をとることに、気をつけようO ただし、 areはarl、 haveはhast、 wereはwert、 had はhadstとなることをよく覚えておこう。所有格はthy、または、 thine、目的格はthee、そして、
所有代名詞は、 thineであることも忘れないでおこう。この変化の知識を踏まえてみると、文学 少年キーツのうたい上げる先輩詩人「バイロン卿に寄せて」という14行詩を精読味読するにあたっ て、戸惑うことはない。くり返すが、ここに言う"thou"というのは、先輩詩人バイロン卿その 人をさす。それ故に、 「あなたは」というよりも、 「おん身は」と読んだ方が、当時の文学少年キー ツの先輩詩人バイロン卿に寄せる尊敬の念に近いかも知れない。たとえば、 1行目の"thy melody"
は「おん身の美しい調べ」とか、また、 4行目の…andthou,"というのは、無論、次の行の"Hadst caught・・・, nor (hadst) suffered ‑ 'つこ繋がっている"thou"であって、 「そしておん身は、 (女 神の奏でるリュート)の調べのこつをのみ込んで、そしてその妙なるリュートの調べを忘れられ させなかったのだ」とか、そして、上記で述べたように、 6行目と7行目の H・‑doth notmake theeless/Delightful:= というのは、 「‑でもおん身はますます大いに楽しんでいらっしゃる」とか、
さらに、その7行目の"thouthygriefsdostdress"というのは、 「おん身はおん身の深い悲しみ を礼装していらっしゃる」とか、といったふうに決して戸惑うこともなく精読することができる だろう。この7行目の"dost に注意してみると、これは、 "thoudostdressthygriefs"という
(S+V+o)という「第三文型」であることも判るだろうし、また、この日dost"は動詞…dress"
の語勢を強める助動詞であることも納得できるだろう。そうすると、この7行目の"dost"と、
6行目の"doth"との助動詞の相違もまたはっきりと見分けることができるだろう。念のために、
この6行目の"doth"というのは、 "doHの第三人称単数直接法現在の形であって、つまり、 "does と同じなのである。前者の"doth"は古語(archaic)であって、また、詩語(poetical)である という助動詞"doth"であることが判ると、 9行目の"As when a cloud thegolden moon doth veil,"
の中の助動詞"doth"の使い方も了解することができるだろう。これは、 "Aswhenaclouddoth veilthegoldenmoon,"という動詞"veil"の語勢を強めている助動詞"doth"なのである。これ は、恐らくは、 「一片の雲が金のように輝く月を隠す時のように」とでもうたい伝えているので あろうか。
4行目の"Hadtouchedherplaintivelute,‑"の主語は、もちろん、 3行目の中にうたわれて いる"soft Pity である。すなわち、ここは、 "As if soft Pity,‑‑ノHad touched her plaintive lute, ‑"と連なっている節である。ここに言う Hasif‑"は、 「まるで〜であるかのように」
と訳す。これは「仮想」、つまり、 「仮にそう考えること」や、あるいは、 「仮定しての想像」を いうときに用いる。これが2行目のHAttuningstillthesoulto tenderness,'つこ繋がっているの である。この…Attuningstill‑,"の主語は、無論、バイロンを指す"Thou"なのである。思う に文学少年キーツはこう歌い上げるのではないか。 ''(Thou) attun<?s」 still the soul to tendernessノAs if soft Pity, ‑, had touched her plaintive lute,‑M と。主節の動詞の時制と、 as if以下の時制との関係を見てみると、これは「現在より以前の事実に反対の仮定」を表している
ことになる。つまり、ここは、 「おん身はつねにその魂のひとをやさしい調べに合わせてうたっ ていらしゃる、 (それも)まるで今まで、憐欄の女神がご自分の悲しげなリュートの弦を激しく かき鳴らしていたかのように、 (である)」とうたうのではあるまいか。仮定法の構文に用心しよ う。しかも、文学少年キーツは、 3行目の後半にHwithunusualstress"と規定するのである。
ここに言う"unusual"というのは、 「普通でない」とか、 「異常な」とか、 「並はずれた」という 意味を有する形容詞であって、次の名詞"stress を修飾する。否、形容(epithet) ‑人や物 などの特性を適切に表現‑しているのである。これは「付帯状況」、あるいは、 「並行行為」を 示す前置詞句である。 「異常な程にリュートの弦を激しく奏でていた」とでも言うのであろうか。
それとも、副詞句と見て、 「異常な程にリュートの弦を激しく奏でたまま」とでもうたうのだろ うか。それにしても、文学少年キーツは先輩詩人バイロンのあの孤独寂参のしらべの特色をとら えて、 "Byron!how sweetlysadthy melody!"とまずうたい出しているのは、感動的である。こ れは、見事な「詩人バイロン観」である。それも、 「バイロンよ」と直接呼びかけ、その「バイ ロン」という名に感嘆しているのも、うなずけるではないか。そして、文学少年キーツはバイロ ンの『若い情熱』の作品や『ハロルドの旅』の詩を1つ1つ思い出しながら、それを口ずさみつ つ、思わず、 「おん身の美しい調べはなんと甘く悲しいことか」と歌い上げているのは、印象深 い限りである。絶妙である。 …sweetlysad という子音Hs''のひびきはなんと物悲しいことか。
この子音Hs"は、 2行目の"stillthesoul"に奏でつがれ、さらに、 3行目のHsoft, unusual stress
‑となお先輩詩人バイロンの得意とする 臼 くて切ない美しい調べをうたいつなげているのは、巧 妙である。
4行目の後半の…andthou, beingby,"という"beingby"というのは、分詞構文である。分 詞構文というのは、 (接続詞+節)の接続詞を省いたもので、その節の動詞と現在分詞に変えて
148 奥 田 喜八郎
文を短縮する構文である。しかも、文全体を修飾する副詞句の働きをする。なお、分詞の意味上 の主語はすなわち主節の主語となっているのが、この場合である。すなわち、主節の主語という のは、 4行目と5行目にうたわれている、つまり、 "andthou, beingbyノHadstcaughtthetones, という Hthou"なのである。この場合の"beingby"というのは付帯状況を表わすもので、文語 調であることに警戒しよう。意味は、恐らくは「そしておん身は、女神のおそばに居合わせなが ら、女神の奏でるリュートの音色のこつをのみ込んだのだ、」というのではあるまいか。ここに 言う …by"は副詞であって、 「静止の位置」を表わす。たとえば、 …Ihappenedtobeby." 「私 はたまたまそばに属合わせたO」)というふうに用いられる副詞…by"なのである。
9行目の"With a bright halo, shiningbeamily;"というのは、 8行目の"thou thygriefsdost dress"につながる、 「付帯状況」を示す副詞句(with a bright halo)であり、そして、後者(shining beamily)は付帯状況を表わす分詞構文なのである。前者の副詞句は3行目の"with unusual stress と同じように、 「‑が〜したまま」という意味であろうかと思う。つまり、 「輝かしい後光(ごこ う)がさしたまま」とうたわれている副詞句である。そして、後者の分詞構文は4行目の"being by"と少しちがって、 「‑して、 ‑」という意味であろうかと思う。つまり、 「おん身はご自身 の深い悲しみを礼装していらっしゃって、輝かしい後光がさしたまま、あたりに光をなげかけて 光り輝いていらっしゃる」という分詞構文なのである。これが文学少年キーツのいだいた先輩詩 人バイロン観なのである。卓見である。特に印象深いことは、文学少年キーツが詩人バイロンの 得意とするあの「弱強調4歩律」を用いて「対韻句」の律動感あふるる詩行の美しい調べを理解 していることである。また、 『チャイルド・ハロルドの旅』に用いられているあのスペンサー韻 の美しい調べをたたえているのも、いいO ここに言う「スペンサー韻」 (SpenserianStanza)と いうのは、 「弱強調5歩律」を用いた8行と、それに「弱強調6歩律」 (alexandrine)の1行を加 えた9行で一連を構成したものである。脚韻は、 ababbcbcc、といったふうに押韻するものである。
このようなバイロンの律動感あふれる詩行の美しい調べを甘くて切ない美しい調べであるという 文学少年キーツの詩人バイロン観は斬新である。スペンサー韻を用いて切々とうたい上げている、
あの Fチャイルド・ハロルドの旅』の甘くて切ない美しい調べの流れに身をまかせていると、そ れはまるで情(なさけ)にもろい憐偶の女神が異常な程に激しく、リュートの楽器の弦を力をこ めて掻き鳴らしているようである、という文学少年キーツの詩人バイロン観は、卓見であると言 えようか。
「情にもろい憐潤の女神」 (HsoftPityつ という"Pity"の"PH は大文字になって、擬人化さ れていることに注意しよう。しかも憐れみは憐れみでも、それはHSympathy"ではなく、あえ て文学少年キーツは"Pity"を規定するのである。後者の"Pity"は、 「しばしば日下の者の不 幸に対するあわれみ」を表し、 「ときには軽べつ」を含意する語であるのに対して、前者の
sympathy"は、 「意味が広く他人の4車に対する同情」にも、また「他人の喜びに対する共感」
にも用いる語なのである。さらに、 Hcompassion というあわれみは、 riサj等の人の不幸に対する 強い同情と助けたいという願望」の意味を含む語であるという。おもしろい相違である。この3 語の意味の相違を踏まえて、もう一度、この14行詩の前半の8行を高読しかえしてみると、文学 少年キーツはただ盲目的な愛情をいだいている先輩詩人バイロンを誉めそやしているだけではな いことも、この日Pity"という語を用いているのを見ると、明らかとなるだろう。というのは、
重複するが、この …Pity"の「あわれみ」は、 「しばしば目下の者の不幸に対するあわれみ」を 表す語であるからである。そして、さらに、 「ときに軽べつ」を合意する語であるからである。
たとえば、これを動詞として、 "Ipityher." (「僕は彼女をかわいそうに思う。」)という一文を 用いると、その文中に、 「僕は彼女を軽べつし、かつ、きのどくなひとであると思う。」という意 味が含まれるからである。思うに先輩詩人バイロンの、あの甘くて切ない美しい調べは本当にす ばらしく見事であるのだが、しかし、時として、その美しい調べが力をこめて激しくなると文学 少年キーツが指摘するのである。それも、異常な程に激しくなるという。詩人バイロンの、その、
時として起きる激しい音色の変化をちゃんと聞き分けながら、文学少年キーツはそこに、先輩詩 人バイロンが作品中の恋人を1人1人かわいそうに思っているのであるが、しかし、貴族青年バ イロンがふと顔を覗かせている、と精読しているのは面白い。情に流されやすい詩人バイロン。
時々、高い所から相手を無意識のうちに見下すような青年バイロン。このバイロンの両面を正確 に確実に見極めている文学少年キーツなのである。これは文学少年キーツの新しいバイロン観で あろうかと思う。重複するが、まずは彼女をかわいそうに思い、そのひとをきのどくに思うので あるが、一方で、そんな彼女を軽べつしているというバイロンのいやな性格を的確に、それも、
バイロンの作品を通して読みとっているのは、見事であると言えよう。
しかも、情にもろい憐欄の女神の奏でる楽器は、ハープ(harp) 24ではなくて、リュート(lute)'‑'蝣 なのであるoリュートという楽器は、 14世紀から17世紀頃まで用いられた、ギターによく似た弦 楽器なのである。それはあくまでも、女性を表す「ふくべ」の形をした胴と、男根を表す「さお」
とで、つまり、両性具有をイメージする楽器 であるという。ここに思い出されるのは、イギリ スの王政回復期の文学を代表する作家ドライデン(John Dryden, 1631‑1700)'‑7Iの『1687年、聖 シシリアの視日に寄せる歌』 (songfoγSt. Cecilia'sDay, 1687)である。詩人ドライデンは「思 いがかなわない、恋する者」をこの楽器リュートに託して、こう歌うのである128‑0 ‑ HThe soft complaining flute/In dying notes discovers/The woes of hopeless lovers,/Whose dirge is whisper'd bythewarblinglute. " ‑と。特に後半を見てみると、 「思いが叶わない恋する者た ちの悲歌をリュートの震え声がささやく」と高らかに歌われているのである。このように、リュー トという楽器は、 「思いがかなわない、恋する者」が弾く楽器であるというイメージを踏まえて みると、先輩詩人バイロンが思わず力を込めて、時に激しくリュートを奏でないではいられない、
という理由もまた、これで納得されるだろう。思いがかなわぬとなれば、一層、思いが募るもの である。恋しさが募れば募るほど、弾くリュートの音色もまた激化するのは、極く自然なことで あるt.悲しそうなリュートの音色がつい恋人に訴えるような調べとなるのは、軽く普通のことで ある。しかし、訴えれば訴えるほど、恋人がかえって遠くへ去って行くというのは、気の毒であ る。なにはともあれ、文学少年キーツが、 「リュート」の楽器の音色に託して、先輩詩人バイロ ンの「ままならぬ恋路」の切なさ・悲しさを哀れ深く切切と歌い示しているのは、絶品である。
それでは、切々と訴えるようなリュートの音色に耳をかたむけながら、もう一度、この14行詩の 前半の8行を心して口ずさみ返してみることにしよう。文学少年キーツはこう歌うのではあるま
いか。
バイロンよ、御身の美しい調べはなんと甘く悲しいことか!
いつも恋する人をやさしい調べに合わせてうたい上げている まるでかよわい憐欄の女神が、異常な程に力を込めて、今まで
悲しそうにリュートを掻き鳴らしていた様に。御身は、お側に居合わせて リュートを弾くこつをのみ込み、その妙なる音色を忘れられさせなかった。
悲しみが影のように付きまとっていても、御身はますます
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大いに楽しんでいる。御身は深い深い悲しみを礼装していて 輝かしい後光がさしたまま、辺一面に光を放って光り輝いている というのではあるまいか。
それでは、後半の6行を精読してみることにしよう。文学少年キーツはこう歌い上げるのであ る。
As when a cloud the golden moon doth veil, Its sides are tinged with a resplendend glow, Through the dark robe oft amber rays prevail,
And like fair veins in sable marble flow.
Still warble, dying swan, still tell the tale, The enchanting tale, the tale of pleasing woe.
1行目の HAs when a cloud the golden moon doth veil"という …veil は、もちろん、動詞で ある。 「ヴェールで覆う」とか、 「(帳などで)隠す」といった意味を有する他動詞である。たと えば、 ̀̀Cloudsveilthehill." (「雲が山を隠す。」)といったふうに用いられる動詞"veil"である。
がしかし、この英文の場合は、なんとなく厚い雲に覆われていて、全く山の姿が見えない、といっ たイメージを表すのであるが、文学少年キーツのうたう"veil"は、つまり、 「ヴェール」であっ て、修道女が頭からかけて顔の両側に肩まで垂れている布のような感じをここに表白しているの だと思う。それは、たとえば婦人が頭からかける薄い絹などの布であるとか、また、婦人が帽子 に取り付けて顔を覆う紗の布のようなものを、ここに文学少年キーツは明示しているのだと思わ れる。それ故に次の行は=Its sides are tinged with a resplendentglow,"とわざわざ規定されて いるのである。ここに言う …Itssides"の"its というのは、無論、 「月」 (moon)をさす所有格 であって、 「月のまわり」を意味する。
2行目の"betingedwithA"というのは、 「A(感情など)の気味を帯びている」という成句 を思い出すのであるが、しかし、まず、 HtingeAwithB'つ「AをB(色)で薄く色付ける」とか、
「染める」といった型を思い出そう。たとえば"Thelighttingedhercheekswith pink.'つ「その 明かりは彼女のほおを桃色に染めた。」)といったふうに使用されるものである。これを踏まえて、
2行目を言いかえてみると、 "A cloud tinges its sides with a resplendentglow." (「一片の雲が月 をおおうと月のまわりが目映いばかりの輝く光りで薄く染まる。」)という一文であろうかと思う。
その目的格Hits sides がここでは主語"Itssides"となって、いわゆる、受動態の型になって いることに用心しよう。つまり、 「月のまわりが目映いばかりの輝く光りで薄く染められている」
というのではあるまいか。これは、文学少年キーツが先輩詩人バイロンを別の角度からうたい上 げた2行なのであるOつまり、文学少年キーツは先輩詩人バイロンを Hthegoldenmoon" (「金の
ように輝く月」)と規定していることであるO これは、 「金」に託して、 「不朽不滅」'29)の詩人であ ることを明示し、どんなことが身心に起きようとも、詩人バイロンは決して変質することなく、
さらにますます価値の上がる「純化された詩人バイロン」であることを高らかとうたい伝えてい るのだと思う。つまり、 「永遠なる詩人バイロン」を讃美しているのだと思われる。そして、文 学少年キーツは「月」に託して、先輩詩人バイロンを、エジプトに言い継がれている「古代の神 ア‑(Ah)」というこの月神(当こ重ねて、 「覚醒者」としてのバイロンを、また、 「開拓者」とし てのバイロンを厳格に明示しているかも知れない。そうだ。 「月」そのものは、詩人バイロンの
「魂」朴そのものであると表白されているのにのに相違ない。それはまさに詩人バイロンの「詩
的霊感」を、また「想像力」をもたらしている(:‑L'1、と文学少年キーツは厳粛にうたい上げている のだと思われる。月は星を目覚めさせ、まわりに集める、という「星の牧人」(.'ぅ3でもある詩人バ
イロンのこのイメージは、文学少年キーツの斬新な「バイロン観」であろうかと思う。そして、
文学少年キーツは「雲」に託して、 「裏切り」(341を明示しているのかも知れない。これは、イギリ スの劇作家であり詩人であるシェークスピア脚(William Shakespeare, 1564‑1616)の作品『リ チャード二世』 (KingRichaγdII)の第一幕第一場に登場するボーリング(Boling)の語る台詞の 中"GJの、 ‑ "Since, the more fair and crystal is the sky, / The uglier seem the clouds that in it fly." (「空が晴れれば晴れるほど澄んでいれば澄んでいるほど/そこに漂う雲は醜く見える。)
‑というアイデアを踏まえているものだと思われる。
3行目の"Through thedark robeoft amber rays prevail,"というのは、これを書きかえてみ ると、 "Amberraysoftenprevailthroughthedarkrobe,といった(S+Ⅴ)の「第一文型」に なろうかと思う。ここに言う …prevail"という語は自動詞である。これは「まさる」という意 味を有する動詞である。たとえば"astheeveningshades prevail." 「夕影のひろがるままに」)
といったふうに使われる自動詞なのである。文学少年キーツは"amber rays prevail."と歌うの は、恐らくは、 「塊泊(こはく)色の光線が閃きわたる。」という意味ではあるまいか。「こはく色」
というのは、たとえばHanamberlight" (「黄信号」)といったふうに用いられる形容詞"amber"
である。これは交通信号の、あの、 「だいだい色」を想起させる。つまり、 「赤みを帯びた黄色」
を想起するとよいかも知れない。そして、文学少年キーツは"Throughthedarkrobe とうたい 定めるのである。ここに言う"robeり というのは今日では稀用語である。)また、詩語(poetical) であって、 「長くゆるい外衣」という意味である。 「黒っぼくて長くゆるい外衣」いうのは、一体、
なんなのか。思うに、彼らにとって「黒い長衣J"I‑といえば、それは「喪服」をイメージするの である。それは不吉なものである。また、それは「魔術」とか、 「夜」というイメージを明示す るのだ。念のために、 「白い長衣J':う8'といえば、それは「無垢と美徳」をイメージするという。な にはともあれ、 「ゆったりとした長衣」は、 「平和」 「知恵」 「知識」をイメージし、さらに、 「天 空や明光や川や風などの慈悲深い神々の衣服」l洲であるという象徴に、注目しよう。 Hoft とい
うのは、詩語であって、 "often"と同じ副詞である。思うに文学少年キーツは「琉拍色の光線が しばしば異っぼくて長くゆったりとした外衣を適して透いて見える」とでもうたうのではあるま いか。思うにここに明示されているのは、くり返すが「黒っぼい長衣」すなわち「喪服」に託し て、 ‑たとえ詩人バイロンは不幸にしてこの世にいなくなったとしても、たとえ彼はあの世の 人であるとしても、 ‑先輩詩人バイロンの「名声の光明」は決して消え去ることはない、と力 強くうたうのではないか。祖母の死にバイロンの死を重ねながら、文学少年キーツはここに「生」
と「死」を踏まえて、 「詩人バイロンの永遠」を厳格にうたい示しているのだと思われる。たと え詩人バイロンがただ一人ばっちでさみしく死んだとしても、かならず詩人バイロンを弔うひと がいる。それは私だ、とキーツはいう。その時のキーツの喪服を通して透いて見える「詩人バイ ロンの輝き」は永久に変わることなく、時がたつと、永久に栄える、と文学少年キーツが切実に
うたい上げているのは、矢張り、感動深い限りである。
そして文学少年キーツは4行目を …And likefairveins in sablemarbleflow."と規定するので ある。ここに言う"vein"というのは、 「脈」を意味する名詞である。それは、特に「静脈」と いう意味である。 「動脈」を英語でHartery というのをご存知だろう。動脈というのは、 「血液 を心臓からからだの各部‑運ぶ血管」であるのに対して、静脈というのは、 「心臓にもどる血液
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を運ぶ血管」をいう。たとえば…Blood goes from theveinstotheheart." (「血液は静脈から心 臓へ流れる。」)とか、また、 …Theveinsin hisforeheadstoodout. " 「彼の額に青筋が立った。」)
といったふうに用いられる名詞「静脈」なのである。 「青筋を立てておこる」とよくいわれるの であるが、しかし、女性の色白な手の甲に透いて見える静脈は、まことに美しいものである。そ れはそれとして、現在では、 "vein"という語は、通俗的には「血管」の意味によく用いられる 名詞なのである。
"sablemarble"というのは、 「黒光りしている大理石」という意味であろうか。大理石という のは、石灰岩が変質して結晶した岩石のことであって、普通は白色である140)。そして、よく見る と、美しい斑紋 白まんもん)がある。これは、もちろん、建築とか彫刻とか装飾などに使われる ものである。思うに、日本の木の文化は北ヨーロッパ、すなわち、古代ゲルマン人たちの木の文 化と共通するものであるが、それに対して、南ヨーロッパの文化はこの大理石の文化であるとい えようか。もちろん、日本語の大理石というのは、それは中国での産地「大理」(軸にちなんでい ることをすでに承知しているつもりである。英語で言う"marble"は、たとえば"ashard [cold]
asmarble 「大理石のように堅い[冷たい]」というと、これは「冷酷無情な」という意味を有 するように、しばしば「冷酷さ」を象徴することに、注意しよう。 「つめたい美」とか、 「死」な どをイメージり2サるのである。無論、記念建造物や銅像などは大理石で造られることが多いので、
別に、 「神」とか、 「崇拝」、 「権威」というイメージ棚も表すこともあるのだ。そして、 …sable というのは、動物の、あの「くろてん」を意味する名詞である。黒Yliというのは、 「テンに似て 黒い、いたち科の動物」なのである。それが詩語として、また、邪語(literary)として、 「異色」
という意味を有する。それが複数形で用いられると、 「喪服」という意味となる。さらに、 HHis SableMajesty"というと、それは「悪魔大王」という意味であるというのは、意義深い。思うに 文学少年キーツはこの4行目を、 「そして黒光りしている大理石の中には美しい石の筋が流れて いるように」とうたい上げるのではあるあるまいか。ここに言う"like というのは、 「‑のよ うに」という意味を有する接続詞なのである。これはあくまでも口語であって、正式の文では"as を用いることに、気をつけよう。 1行目の"As"と、 4行目の Hlike"とを使いわけている文学 少年キーツの詩的感動の相違をぜひ読みとろう。前者は、襟を正して大空をあおぎ見るキーツで
ある。後者は、ネクタイを外して、親しげに大理石を眺めるキーツなのである。前者の大空は即 ち天上の先輩詩人バイロンその人をイメージし、後者の大理石は即ち地上の先輩詩人バイロンそ の人をイメージするものであると言いなおしてもよい。女性は別として、男性からも大いに敬遠
されがちなバイロン。そんなバイロンに、キーツはこんなに真近に心を寄せているのである。
文学少年キーツはこの大理石に託して、若き日の先輩詩人バイロンその人の「冷酷・無情」の 一面を明示しているのかも知れない。当時のイギリスの社交界では、当時のイギリスの人たちも そう思っていたのであるが、バイロンは矢張り流行児であった。それに反して、彼は、他面、同 情心のない、非情な一面の人であるという悪評の高いバイロンであったことをここにうたい伝え ているのだろうか。バイロンの身辺多事のうわさだけを耳にすると、彼はまさに冷酷・無情なバ イロンであるように思えるのだが、しかし、ネクタイを外して、虚心担懐になって、バイロンに 近づいてみると、そんなバイロンにも赤い血がとくとくと流れているという。また、人間味あふ るる暖かいバイロンであることを、いわゆる、この「美しい静脈」に託して声高らかにうたい上 げているのだと思う。大理石にふれてみると、それは堅くて冷たいものである。がしかし、よく 見てみると、そんな大理石にも美しい斑紋がある。それはまだらな模様であるが、しかし、さら