• 検索結果がありません。

灘 だ、ま

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "灘 だ、ま"

Copied!
1
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

昭和49年1月30日i蕊111=1霧

(3) 金沢大学附属図書館月報

だ、ま

第33号

F1

昭和三十三年一一月一一十二日午前の消印のあ る柳宗悦先生の鉛筆書き葉書後半に記された 「いつぞやお手許の蓮如上人四帖和讃の原 本を買えなかったのは、今思ってもかへすか へす不覚な事でした、尤もその時は金子がな くって買えなかったのです」と残念がられた 四帖和讃とは 藤堂祐範師の浄土教版の研究一三五頁 文明五年版正信偶三帖和讃四帖粘葉綴 京都市大谷大学蔵 正像末和讃刊記 右斯三帖和讃林正信褐 四帖一部者末代為興際 板木開之者也而己 文明五年発巳三月日花押 この本は非常に稀槻一で、現今所在の知れて いるものは一一三に過ぎぬと聞く。片仮名交り て振り仮名つきの板本でこの時代では珍らし いものである。如何に一向宗徒が宗書の民衆 化に熱心であったかがわかる。刊記二行目の 興際は興隆の誤刻であるが工匠の稚拙が察せ られる。なおこの本には天文二十年版がある ときくが今次眼福の機を得なかった、と記さ れてある。 この大谷大学蔵のものと同じ文明五年版正 信偶三帖和讃を所持していた事を、柳先生は 葉書で記されているのである。 先ずどうして、この正信偶三帖和讃を入手 したかを記してみる。その先にこの完本正信 7偶三帖和讃人手の縁を作った、文明五年版の 〆正像末和讃の零葉一枚を入手したことにふれ ねばならぬ。 戦前の一日、森山町の荒川廃品問屋で、こ の零葉一枚を見付け、正像末和讃だけでも揃 文明五年版 正信褐三帖和讃入手の話

欝 臘

二F

■巳

ill

話された。 て宛があるのかと笑われたものであった」と 古物の市て諌めたもので、森そんなに高く買っ 倍を差上げた。森氏は喜ばれ、「これは金沢の より安いものであったから、申された値段の て下さい」と申した。云われたのは予想した であった弓幾らでも好きなように値段を云っ 見したるに、待望の文明版に間違いないもの 願の体であった。程なくして御持参になり拝 是非見せて下さい、是非お譲り下さい」と懇 で二度は是非手に入れたいと思っていた品、 さっきからの疲れも一度に吹き飛んだ想い るから、お買い下さるでしょうか」とのお話。 同じい版の正信偶三帖和讃をあとで持って来 零葉帖を出して見せた。「この文明版の零葉と 零葉帖を今一度見せて欲しいとのお話で早速 そこへ森慶作氏が訪ねて来られて、先日の てて帰り、疲れも愈えずにがっかりしていた。 越中西砺波郡小院瀬見村に採訪に行き疲れ果 昭和十三年七月三日、円乗院講師縁りの地 資料蒐集に熱中した頃であった。 昭和十三・四年は、拙著加能真宗僧英伝の 気をつけ下さいと依頼しておいた。 この方に零葉帖数冊を見せて、また何かとお んらん記もこの方から譲って頂いたのである。 質の良い品が多いのであった。元和活字版し 古本を持って来て下さったが、いつも比較的 れた。この方は無慾に近い心境の人で、よく 能登鳳至郡門前町に古物商森慶作氏がおら 葉帖に貼って今も保存している。 ないか」と零葉を返して下さった。それを零 で、「何を迷っている文明版に間違いないでは どの御返事で零葉を送ったら、早速の御返事 先生にお葉書したところj零葉を送ってみよ つきあたったようで自信が持てず、禿氏祐祥 であった。文明版と信じたが、尚何か絶壁に たりを恨気よく探したが、結局この零葉一枚 えることが出来ぬかと、零葉一枚のあったあ 近弥二郎(金沢市)

【$

禿氏祐祥先生が来沢された時お見せして、 文明版に間違いないと太鼓判を押された。そ の後桐の二重箱を造り、河野法雲講師が東別 院へ講義にお出てた折お立寄り下されたので、 箱書を御依頼して、永く家宝にと秘蔵した。 大谷大学の教授日野環師は、能登羽咋郡富 来町千浦念乗寺の住職で、寺へ御用においで 七門二十四類四十二号、明治三十三年九月 十八日受入、納入者若林、価格二円五十銭。 以卜が、第四負壷審極学企溢陽定記載されて いる四高本「さごろも」についての記録であ りこの本の書誌の総てでもあった。 本学に、前身諸学校の蔵書が包括統合され て以来、今日まで、その経歴がはっきりしな いまま貴重棚の一隅に保管されてきたのであ る。 先般、本学において、日本説話文学会金沢 大会が開催された際、学会特別講演のため、

甘露寺親長自筆本よりの転写本

「さごろも」右第一冊、左第二冊 た序によく来店になった弓能登には文明版正 信偶三帖和讃が一本もないから、是非譲って 呉れ」と、来店の度毎に懇願され、余り根気 の良いのに根負けしてお譲りした。 多屋頼俊先生が掲載論文で一番の善本と称 讃されている日野本は、もと私が秘蔵してい たものである。 来沢中であった国文学界の重鎮山岸徳平先生 が来館され、左記のような由来を、うかがい 知る事ができた。 四高本「さごろも」は、甘露寺親長自筆本 四冊の転写本である。自筆本は昭和八年頃、 黒門町の文行堂店主が所持のおり、四高本と 対校したところ全く一致したそうである。自 筆本は、佐々木信綱先生を経て、現在は天理 図書館に所蔵されているとのことである。 なお、四高本は虫損が甚しく、閲覧、貸出 は停止しており、閲覧にはマイクロフィッシ ュを利用願うことにしている。(F・N)

「さごろも」巻頭

|;

参照

関連したドキュメント

そのほか,2つのそれをもつ州が1つあった。そして,6都市がそれぞれ造

親子で美容院にい くことが念願の夢 だった母。スタッフ とのふれあいや、心 遣いが嬉しくて、涙 が溢れて止まらな

彼らの九十パーセントが日本で生まれ育った二世三世であるということである︒このように長期間にわたって外国に

定的に定まり具体化されたのは︑

Ⅲで、現行の振替制度が、紙がなくなっても紙のあった時に認められてき

都調査において、稲わら等のバイオ燃焼については、検出された元素数が少なか

下山にはいり、ABさんの名案でロープでつ ながれた子供たちには笑ってしまいました。つ

現を教えても らい活用 したところ 、その子は すぐ動いた 。そういっ たことで非常 に役に立 っ た と い う 声 も いた だ い てい ま す 。 1 回の 派 遣 でも 十 分 だ っ た、 そ