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総   計 鹿   島 神   栖 波   崎

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(1)

       87

ュ島臨海工業地帯造成に伴なう地域変貌の地理学的研究(第4報) 一続・人日のUターン現象一 社会科研究室 高橋   栄 も多いので約30%を抽出した。あわせてPush Factors, 1.まえがき

PullFactorsの関係をも調査した。

第3報(1974年)では鹿島開発地域の鹿島・神栖・波      2.進出企業に就職したU夕一ン者の調査 崎の三町役場の住民基本台帳により,Uターンした人口       (1)本籍・入社年・現住所別U夕一ン者数を調査し,各種の分析を行なつた。本報告は第3報の継 続調査である。住民基本台帳では転入後の現住所はわか   まザ企業に調査用紙を配り該当者の記入方を依頼し るが,どのような職場職業に就いたかは不明である。  たが,二,三の企業からは拒否されたので,ことごとく そこで一搬自営業の面からと,進出企業に就職したもの  とまではいかなかったことをことわっておく。 の側からと調査した。一一般の部は対象地域が広く,人数

表一1 本籍・入社年・現住所別uターン者数

総   計 鹿   島 神   栖 波   崎

本籍 42

43

44 45 46 47 48 49 42

4344

45

46

47 48

49

42 43 44 45 46 47

48

49 42 43 44

45

46 47 48 49 鹿  島 1

9 16 7

1

2 4

1

8 14 7

1

2 4

1 1 1 神  栖 1

6 6

10

7

6

5 3 2

1 1

5 5 7 6 3 4 3

1 1

3

1 1 波  崎

4 13 18 14

4

8 6 2

1

3 2 1 2 12

18

11 4 6 5 計

1

11

28 44

28 11 15 13 40 45 66 計151名 図一1 三町Uターソ者の入社年次

表一1によれば総計151名の大部分のものが本籍地と       (人)

       45

サ住所が一致している。なかに僅かのものは本籍地と現

       40

Z所が異なっている。人数からいうと波崎町が66名で最

       35

熨スく,次いで神栖町の45名,鹿島町の40名の順である。       30

入社年では昭和42年から出現しはじめ,年次ごとに増加       25

し45年が最高を示し,以後漸減している(図一1)。こ       20

れは進出企業の操業開始時期とも関連があるので表一2       15

に示す。44年には3社が操業開始し,45年に13社と関連       10

企業が5杭計18社の多くが操業を開始して,鹿島臨海        5

工業地帯はいよいよ本格的な生産活動に入った時期であ

る。この年が表一1の入社人数の最も多かった年の45年 424344454 474849(年次)

、、

(2)

表一2 鹿島進出企業開始時期一覧

会   社   名 従業員数(人) 操  業  開  始  時  期

最  終

47.12月

44   7         7    46   7   47   7   48  7  49

1 住友金属 工 業 10,160

4,371

2 鹿島日本ステンレス

560

311

3 中 央電気 工 業

320

116

4 鹿  島  石  油

695

570

5

信 越 化 学 工 業 234

123

6

鹿島塩ビモノマー

35 45

7 鹿  島  電  解 105 110

8 三  菱  油  化 2,500 838

9

鹿島北共同発電

110 76

10

鹿島アンモニア 130

132

11 鹿島 メ ラ ミ ン 95 79

12 四 日 市 口 67 35

13

王子油化合成紙 190

130

14 武田 薬 品工 業

600

145

15

旭    硝    子

1,100 16

鹿 島 ケ ミ カ ル 100

75

17

鹿島南共7同発電

145 75

18 鐘淵化学工 業 300

79

19 旭 電 化 工 業

210

38

20

日 本合 成 ゴ ム

900

276

21

三菱瓦 斯化 学 500

22 ク     ラ     レ

450

23 東  京  電  力

349 364

24 小野田セ メ ン ト 92 14

25 日 本 製 鋼 所 1,500 一

26 全国農業協同組合連合会 273

哨 27 丸        紅 375 一

28

昭  和  産  業

360

13

29

日 本農 産 工 業

100

30

大日本インキ化学工業 1ゆ00 140

31 三 菱金 属 工 業 405 『 32 日 立化 成工 業

365

一 33 大 日 本 塗 料

350

34

三 菱 化 工 機 90 28

関 連 企業

1

住  金  化  工

387 352

2 共  同  酸  素 40 144

3 鹿 島 鉱化工 業 67 58

4 鹿  島  選  鉱 90 122

5 大  陽  酸  素 22 27

6 関 東   曹硝 子 23 18

7 日本ボリインプレン

110

55

8 鹿島メ タ ノール 32

9 クラ レイ ソプレン

208

291

10

鹿 島 サ イ ロ 130 21

11

東日本組合飼料 100

38

(3)

と合致する。46年も多かったが47年以後は若干減少して

表一4 年齢構成と男女別

いる。もともと進出企業が県と契約を結ぶ時,従業員数

総計 鹿 島神栖波 崎

の7割を地元採用するという条件付きなのであるが,こ

    1 N令卿 女 男 女 男

男 女

の数からいえば極めて僅少な数である。企業側からいわ

〜19 3 6 2

1

3

1

2

せると,地元から多数雇用したいが技術をもったもの・

20〜24

42

34

8 6

10

6

24 22

あるいは適格者がいないので,残念ながら雇用できない

25【》29 24 3

10

9 3 5

とのことである。よって早急に技術者なり適格者を地元

30剛34

25

1

8 9

1

8

で養成することが急務と考える。

35〜39

8

1

4 2 2

1

(2)前住所別の企業へ就職したU夕一ン者数 40〜40

2

1 1 45阿

2

1 1

表一3によれば最も多いのが東京都の73名,次いで千

計 106

45 33

7

32

13

41 25 葉県の20名,神奈川県の17名で京浜地区が最多を占める。

総   計

151 40 45 66

関西が若干あるのは住友金属の和歌山製鉄所や三菱油化 の四日市製油所等へ就職していたものである。その他自

衛隊からのUターンも含まれている。県内からのは極め       (4)最 終学 歴

て少ない。

表一3

前住所別の企業へ就職したUターン者数 開発地域の三町は従来茨城県内でも進学率の低かった    本籍

O住所

総計

鹿島 神栖

波崎

地域で,表一5をみてもわかるように大学卒は男子2,

落q1計3しかいない。総数の1.9%という低率である。

東 京 都 73 24 28

21

大学卒は鹿島町だけで神栖・波崎の二町にはいない。総

千葉 県

20

2 4 14

計では中・高卒が相半ばするが,女子は高卒の方が多い。

神奈川県 17

3

4

10 開発工事着工以後,高校が新・増設され,交通も便利に 大 阪 府

4

1

3

なったので,進学率は次第に高まってきている。

三 重 県

3 2

1

和歌山県 2 2 表一5 最 終 学歴

静 岡 県 1 1

埼玉 県 2

1 1 現住所 総 計 鹿 島 神栖 波 崎

兵 庫 県 1 1

   学歴別

中 高 大

高 大

高 大 中 高 大

香 川 県 1 1 58 48

2 14 17 2

19

15 25 16

北海道 1 1

14

28 1

6

1

110 13 12

福 島 県 1 1

72 76

3

14

23 3

20 25

38 28

栃 木 県

2

1 1

総    計

151 40 45 66

不   明

19

1

7 11

県   内

4 2

1 1

(5)鹿島町に立地した8社の労働力の実態

計 151

40

45

66

表一6はUターン者に直接関係はないが参考資料とし

       て示す。出身地別ではその他が最も多く,次いで鹿島町(5)年齢構成と男女別

関東,県内の順である。学歴別では高校卒が最も多く,

最も多いのは20−24歳層で総数の50%を占めている。  次いで中学卒,大学卒となっている。男女別では男子が 次いで25〜29歳層の27名,30〜34歳層の26名となってお  断然多い。この地域は住友金属エ業鹿島製鉄所,鹿島旧 り,青壮年層が85%の高い率を示している。男女別では  本ステンレスなどがあり,事務系以外は男子向きの職場 男子が女子の2.36倍で男子の方が多い。女子は波崎が最  が多いので,女子が少なく男子が多くなっている。なお

も多く,20〜24歳層の女子総数の65%を占めている。   男子の大学卒では76%がその他の地区が占め,地元や県

(4)

表一6 昭和47年度20人以上規模8社の労働力の実態

出   身    地

昭和50年までに 最終学歴

男女

鹿島町

県 内

関 東 その他

更に必要な人員

男子

254 100

102

809 1265 1123

中 学 卒

女子 27 2 0 6 35 8

一 男子

475 287 358 1591 2711 2273

局 校 卒

女子 179 15 35 34 263

236

男子

3 12 48

202

265 150

大学 卒 女子

1

0 0

1

2 0

男子 732

399 508 2602 4241 3546

計 女子

207

17 35 41

300 244

合   計

939

416 543 2643 4541 3790

(昭和48年9月 鹿島町町勢要覧)

内出身者は極めて少ない。それは前にも述べたが,この 地域は県内でも高校進学率の低い地区であり,大学進学

率はさらに低かったことによるものである。      図一2 県外へ就職した理由は

(6)県外へ就職した理由      1人)

32 31

Uターンして進出企業に就職した者の151名(二三    3

の企業からは調査拒否があった)のうち,調査に応じて

くれた95名について県外へ就職した理由,帰郷した理由,   2

帰郷後の所感,今後の勤務の4項目に分けてみる。       14

P2

図一2によれば,1.地元によい条件の職場がなかった

10

1

8

からが最も多い。これについては第3報に述べてあるの 5  6 7

で省略する。その他を除けば2仕事が自分に合っていた

2

からが多く,次いで5.都会で暮らしてみたかったからと    0

@      1. 2. a ↓5 a 7;au1α

若者が都会にあこがれる心理がうかがえる。他の理由は

   ・       地 仕  些 将 都 友 知 両 家 そ

なかったので収入の比較ができなかったものである・       い 分  り あ ら 緒 輩 生情 他 条 に 収 る し だ の ・ か

(7)帰郷した理由        鵬蠣琉縁ら

図.3によ襯家庭の事情からが最も劉・.この中  瞭藁髭霧写

には両親または片親が老齢になつたとか病購つたか らψが最も多い・次に多いのが郷里の近くによい暢 @ 麓続提 鵜

@  哲らら奮奮 繍ができたからで・これは⑥の県外へ就職した理由のL地      た      ら た 元によい条件の職場がなかったからの裏がえしと考えら      か      か       ら       .ら

れる。次が3.将来のことを考えたからとなっているが,

これはもともと地縁,血縁的考え方の強い農村出身者な ので,帰郷してそれらに取り囲まれて生活した方が,万 事に安心感がもてるというものである。&結婚・身体の都

(5)

(人)

40       合からは女子に多い。また2都会の生活環境がいやだか     図一3 帰郷した理由は

らも若干みられる。

30      表一7は茨城県全域を対象とした県の資料である。こ

の調査では9家庭の事情からが最も多く28.4%,次いで 3.将来のことを考えたからの20β%となっている。次が

20

1.の9.5%,&の9.2%,2.の8.9%の順で,やはり家庭とか

郷理とか,地縁・血縁による吸引力の強いことを示して

10       いる。

      (8)帰郷後の所感

Kt2_煮_9、α酔、によれぽL帰郷してよかつたが圧倒的に多い.

郷 都 将 労 就人  知 結 家 そ  理由も(1)生活しやすい・(2)環境がよく住みやすい・(4)人

里 会 来 働 職間 人 婚 庭    間関係がよい,(3)労働条件がよいなどの順で,これらを  、の の の 条 の関  ・ ・ の の

近 生 こ 件 と係 友 身 事    裏がえしてみればUターン前は何れもここよりも悪かっ

く 活  と が  き ・ 人 体 情 他に 環 を 悪 と寮 か の か    たと考えても差支えないであろう。2・帰郷しなかった方

よ 境 考 い 労生  ら 都 ら    がよかうたでは(2)交通の便が悪い,(3)余暇利用ができない が え か 働活  す 合

職 い た ら 条が す か      いが若干あるが,これは開発地区の都市計画がいまだ未 場 や か    件い  め ら

ェ だ ら   がや ら        完成であることによるもので・京浜地区の生活と鹿島地 で か   ・  違だ れ        域の生活をいまただちに比較することは無理であろう。

き ら      う か  た

た         か ら  か

ゥ        ら   ら      (9)今後の勤務

ら      図一5によれば1.現在の職場にいっまでも勤めたい,

調査期間 昭和47.1。1〔・同12.31 表一7 Uターン者の帰郷した理由別の割合       対象人員662人(内回収人員640人)

男 女 計

1 郷里の近くによい職場ができたから 40反1α6)% 2]《( &o)%

6卦く95)%

2

都会の生活環境がいやだから

34( 90) 23( 8.7) 57( 8.9)

3

将来のことを考えたから

99(263) 34(129)

133(20.8)

4

労働条件が悪いから

22( 58) 7( 2.7) 29( 4.5)

5

就職の時と労働条件が違うから

8( 2.1) 12( 4.6) 20( 3.1)

6

人間関係,寮生活がいやだから

9( a4) 19( 7.2) 28( 44)

7

知人,友人からすすめられたから

13( 34) 7( 2.7) 20( 3.2)

8

結婚,身体の都合から

13( 34)

46(17.5)

59( 9.2)

9

家庭の事情から

111(294)

71(27.0) 182(28.4)

10 そ の 他

26(5.0) 15(.5.7) 41( 64)

無  解  答 2( 0β)

8( 3。0) 10( 1.6)

377(100ρ) 263(100ρ) 640(100ρ)

「茨城県商工労働部職業安定課」調べ

(6)

(人)

5 図一 4  帰郷後の所感       図一5 今後の勤務

4

1人)

R

3 3

20

@ 10

21

i

0  1.   (1)  (2)  (3)  (4) (5)   2。

(1)(2)(3)(4)(5)

      O

=@        1. 2 a 4  5. 6. 7.

以       現勤当い住の機にす ま そ

]   在め分た騰会行ぐだ

ウ  譲欝総慧㌍な       場 は し変つい県 ら 他

か  い 住 よ よ   た 悪悪 で 悪 に      に ご たわた 外 な

定    み い い 他  力  い い き い

掾@   や        が     な

R 該   疹  い

霧  環纒讐いら      ま 働 いいた きな        で い が 県 た

慮     い   もて他外い

2当分の間はここで働いていたいが大多数を占めている。       る・一般U夕一ン者の部

これは現在の職場に,人間関係や環境をも含めて十分に

       (1)一般U夕一ン者のU夕一ン後の職業分類満足していることを示すものではなかろうか。以上によ

って,極めて僅少なものを除いては,Uターン者の大部  大手の進出企業に就職した者以外の一般Uターン者の

分が現在の職場にいっまでも勤めたいと考えて差支えな  うち約30%を抽出し,Uターン後の職業を調査して分類

いであろう。       したのが表一8である。これによれば総数約島00(路の

表一8 Uターン後の職業分類

鹿 島町

神 栖 町 波崎町 合   計

A専門的,技術的職業従事者 7 21 19 47

B管理的職業従事者 0 6 0 6

C 事務従事者

17 183

139 339

D販売従事者 26 105 35

166

E農林業作業者 3 45 19 67

F漁業作業者 0 2 15 17

G採鉱,採石作業者 0 3

1

4

H運輸通信従事者 20 40 19 79

1技能工,生産工程作業者 88 161

104

353

J保安職業従事者 6 12

1

19

Kサービス職業従事者 14 51 22 87

L分類不能の職業 91

207

141

439

転  出

68 91 163 322

合    計 340 927 678 1945

(日本標準職業分類項目表による)

(7)

うち最も多いのが分類不能の職業の439名である。分類  業作業者は67名で,Uターンして農耕に従事する者もあ 不能であるから一定の職業に従事するのではなく,雑労  る。これは両親の老齢化によるもので,少数が造園業に 務その他臨時の仕事に従事する技術をもたないものがか  従事している。J保安職業従事者には自衛官からUター なりあることを示している。次が一度Uターンしたが再  ンして消防員になった者が多い。特徴的なのはB管理的 度転出した者がかなりあり322名を数える。開発ブーム  職業従事者の少ないことである。僅かに6名を数えるに で一旦Uターンしたが,自己の欲する職場や地位が得ら  すぎない。この地域は前にもふれたが高校への進学率が れなかったもの,一旦就職したが職場の人間関係がまず  低く,大学進学はさらに低かったので,Uターンして管

くなつて転出したものなどが含まれている。前記以外で  理的職業に就くのは極めて少ないものと考えられる。

は1技甑畢工程作業者の353名が最も多い・この 死まとめ職業の小分類は201種類の多数を数え,あらゆる製造,

加工業などが含まれている。製銑工,鋳物工,かじ工等   第3報の続きとして,数多いUターン者がどんな職業 の金属材料製造作業者,電気溶接工,ガス溶接工,ブリ  に就いたかを調査した。

キ職板金工等の金属加工作業巻電気機械器具組立・   進出傘業へ就職した者は,企業各社の従業員数からみ

修理工・自転車や自動車の組立1修理工・整備工・輸  れば極めて少数である。

送機械組立・修理作業者・木・竹・草・つる製品製造作   入社年次では,進出企業の操業開始した時期の昭和44 業者・家具職・建具職・タイヤ修理工・窯業・土石製品  年から多くなり,同45年が最も多い。

製造作業者・飲食料品製造作業者,大工・とび工・土工・屋  前住所別では京浜地区が最も多く,次いで千葉県が多 根ふき工,左官,サッシ取付工,配管工,畳工等の建設  い。

作業者・電気作業者等広い範囲の職業を含んでいる。開   年齢別・男女別では,男女とも20〜24歳層が最も多く,

発地域は前記したが・県内でも高校の進学率の低い地域  男子では25−34歳層がこれに次いでいる。

で・中学卒業後は大部分が 手職を身につける籠という   学歴別では,高・中卒が多く,大学卒は極めて少ない。

ことで京浜地区へ見習いに転出していた。開発によって  進学率の低かった地域としては当然である。

上記のような職業者が必要となったのでUターンしたも   県外へ就職した理由は,地元によい条件の職場がなか のであり・このうち約半数は自営業である。次に多いの  ったからが最も多い。

がC事務従事者の339名である。これには一般事務運   帰郷した理由は,家庭の事情からと,郷里の近くによ

輸・通信事務,作業的事務等の従事者で女子が過半数を  い職場ができたからが多い。

占めている。次いでD販売従事者の166名である。これ   帰郷後の所感は,帰郷してよかったが圧倒的に多い。

には小売店主,卸売店主,飲食店主,販売店員,行商人, 今後の勤務は,現在の職場にいつまでも勤めたいが多い.       、

外交員等の従事者で,自営と雇用が相半ばする。次がK  一般Uターン者の部では管理職に就いた者は極めて少

サービス職業従事者の87名である。これには家事女中,  ない。いわゆる職人的職業が圧倒的に多い。これは進学

家政婦等の家事サービス職業従事者理容師美容師   率の低いのと相まって・手職を身につけることを第一義

クリーニング職料理人,バーテンダ接客社交偽芸  と考えるこの地域の特色を示すものである・

者・ダンサー・娯楽場等の接客具旅館主・下宿・アパ   後  記

一トの管理人,寮母等多くの職業があり,その多くが中

学を卒業して転出する時職業を身にっける左めの見習  この研究は昭和4950年の7〜8月に実地調査を行な

として,たとえばパーマ見習,コック見習などに従事し, ったもので,本学地誌学ゼミの学生およびとくに磯崎和

Uターン後美容院を開業するもの,食堂を開業する者な 実・内田真木,石島光夫,高橋秀光野口 真,酒井高

ども多い(第1報参照)。次がH運輸・通信従事者の79 志・矢ノ倉あや子の諸君の労に対し,深く感謝の意を表 名である。自動車運転者が大部分で,雇用されてタクシ する。

一やトラックの運転に従事し自営業者は少ない。E農林

(8)

AStudy of the U−tum Phenomenon of Population inKashima(Na 4)

Sakae Takahash i

Abstract

The previous report(Nd 3)revealed that the total of U−turn population to Kashima developing area had amounted to more than 6,000 persons。 But another望uestions remained untouched. Where are they worki㎎nowP How many persons got.employment on the newly established enterprises in this area P What occupations did they engage in P The purpose of this report is to investigate their job selection

after U−tum.

The findi㎎s are as follows;

(1) One hundred and fifty−one persons took employment in the new enterprises after they returned to Kashima. This,151, is a limited figure in comparison with the total n㎜ber。f employees in the

enterprises. Most of them had l ived in Tokyb−Y6kohama area before U」turn. Those workers are, for the most part,20〜34 years oId men. The majority are middle school graduates, some are high schoo1 1graduates, and university graduates are few. Those wh6 were promoted to the posts of management

are also few.

(2)Amo㎎2,000 persons who donlt take employment in the big e且terprises, many are engagi㎎in such skilled oocupations as easters, blaeksmiths, eleetric welder昌and repairmen. Clerical employees

U−turn. Most of U−turn population are those who are glad to return to their native places, and want to work at the present posts for the time bei㎎, if possible, as lo㎎as they like.

       .

怐@       、

@      」

参照

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