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【学位論文審査の要旨】

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Academic year: 2021

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【学位論文審査の要旨】

1 研究の目的

素粒子の標準模型と呼ばれる理論体系は、2012年にヒッグス粒子が発見されたことで完 成した。標準模型は、100 GeV 程度までのエネルギー領域において様々な素粒子実験の結 果を矛盾なく説明できる強力な理論である。しかしながら、標準模型はニュートリノが質 量をもつことや、宇宙に存在するダークマターの正体など、いくつかの謎については、答 えを与えてくれない。そのため、より高いエネルギー領域において標準模型を超える新物 理が存在すると考え、その探索が行われている。最も直接的な方法は、高いエネルギー領 域を直接調べることであるが、これまでの所、新物理の存在を示唆する実験結果は得られ ていない。もう一つの方法は、低いエネルギー領域において高精度の標準模型の検証を行 うことである。標準模型を超える新物理が存在する場合、量子効果(トンネル効果)によ り、高いエネルギー領域に存在する新粒子を一時的に介して、粒子の崩壊などが起こる可 能性がある。このような事象は極めて稀であり、標準模型で禁止または抑制された物理過 程の精密測定において、標準模型の予測に対するアノマリーとして現れることが期待され る。例えば、トップ・クォークの次に重いボトム・クォークは、その崩壊が抑制されてお り、標準模型を超える新物理の効果が、観測にかかる可能性がある。

茨城県つくば市の高エネルギー加速器研究機構において、新世代の B ファクトリー実験 である Belle II 実験が本格的に稼働する時期を迎えている。Belle II 実験では、それぞれ 7

GeV と 4 GeV のエネルギーを持つ電子および陽電子ビームの衝突により、ボトム・クォ

ークを含む中間子(B中間子)の対を大量に生成し、その崩壊を詳細に調べる。そのためには、

B中間子崩壊によって最終的に生じる長寿命粒子のエネルギー、運動量、および生成位置を 精度良く測定し、また粒子の種類を正しく識別する必要がある。B中間子がローレンツブー ストしている方向(前方エンドキャップ部)において、荷電π中間子と荷電K中間子を正しく 識別するために、都立大グループでは新しい粒子識別装置であるエアロゲルリングイメー ジングチェレンコフ(ARICH)検出器をこれまで開発してきた。前身の Belle 実験では、チ ェレンコフ光の光子数のみを測定する粒子識別装置であったため、粒子の種類を識別でき る運動量領域が 2 GeV/c までの低運動量領域に限られていたが、Belle II 実験のARICH 検出器ではチェレンコフ光の光子数に加え、チェレンコフ角の情報を新たに用いることで、

B中間子崩壊で生じる粒子が持ち得る4 GeV/c までの広い運動量領域において、90%以上 の粒子識別効率と10%未満の誤識別率を目指す。

本論文著者の研究は、Belle II 実験の本格的な稼働の時期にあたり、開発してきた新しい 粒子識別装置 ARICH を実際に動作させ、Belle II 実験の要求性能を満たすことを実証す ることが目的である。Belle II 実験装置は、ARICH検出器以外にも複数の検出器から構成 されており、さらに得られたデータを解析するための複雑なソフトウェアを通して、物理 測定結果が得られる。本論文著者の研究のもう一つの目的は、これらのハードウェアおよ びソフトウェアが、上で述べたようなB中間子の稀崩壊事象を解析する上で問題がないか、

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Belle II実験初期のビーム衝突データを用いた物理解析を通して確認することである。

2 研究の方法と結果

論文著者の研究では、まず ARICH 検出器を動作させるために光センサーに印加する高 電圧システムの開発に取り組んだ。ARICH 検出器は、チェレンコフ光を放出するためのエ アロゲル輻射体およびチェレンコフ光を検出しチェレンコフ角を測定するための新型光検 出器HAPD(Hybrid Avalanche Photo Detector)からなる。HAPDはその高い1光子検出 性能と引き換えに、約 -8 kV の高電圧の取り扱いを必要とする。この電圧では、接続部等 において空気に触れる箇所があれば容易に放電する。ARICH検出器の420台のそれぞれの HAPDに対して約30 m 離れた場所から高電圧を印加するための、電源装置、ケーブル、

コネクタの選定から、コントロールシステムの開発、動作試験までを行い、ARICH検出器 の組み立て後、最終的に動作不良率を0.6 % に抑えて安定動作することを確認した。

また、ARICH検出器の組み立て後に論文著者はHAPD の動作を確認し、420 台の光検

出器がそれぞれ持つ144チャンネル(計420×144=60,480チャンネル)に対して、1光子 検出能力を調べた。その結果、99 % 以上のチャンネルで信号-ノイズ比S/Nが3 以上ある ことを示し、Belle IIへのインストール前にARICHの動作に問題がないことを確認した。

ARICHの Belle IIへのインストール後、論文著者はビーム衝突データを用いて、粒子識 別性能の最適化に取り組んだ。粒子識別には、チェレンコフ光子数および検出された光子 それぞれのチェレンコフ角の情報を統合し、粒子の種類の仮定(電子、ミュオン、荷電π 中間子、荷電 K 中間子、陽子、重陽子)に対してそれぞれ尤度(Le、Lμ、Lπ、LK、Lp、 LD)を計算する。例えば、荷電π中間子と荷電K中間子の間の識別では、尤度比 Lπ / (L

π+LK) の値を用いて粒子の選別を行う。論文著者は尤度を計算するためのチェレンコフ角 分布の確率密度関数(PDF)を、従来のモンテカルロシミュレーションではなく、ビーム衝突 の実データを用いて作成した。低運動量領域のPDF作成には、e+e-→qq̅ (q=u,d,s,cクォー ク) または e+e-→BB̅ からなるハドロン事象中の、K0S→π+π- 崩壊による荷電π中間子が

ARICHを通過した場合に生じるチェレンコフ光を用い、高運動量領域のPDF 作成には、

e+e-→μ+μ- のミュオンがARICHを通過する際のチェレンコフ光を用いた。また、粒子識 別性能の確認には、上記のハドロン事象中のD*+→D0π+, D0→K-π+崩壊を用いた。D0崩壊 のK-またはπ+に対して尤度比 Lπ / (Lπ+LK) の値を用いて粒子の選別を行い、ARICH検 出器による粒子識別効率および誤識別率を調べた。その結果、4.0 GeV/c までの広い運動量 領域にわたり、概ね識別効率90 %以上かつ誤識別率10 %未満であることを確認した。

論文著者は、さらに Belle II 実験の初期のビーム衝突データを解析して、B中間子の放 射崩壊B→K*γの探索を行った。この崩壊は、崩壊分岐比がO(10-5)のB中間子の稀崩壊で あり、その解析は、Belle II実験グループがB中間子の稀崩壊を通して標準模型を超える新 物理を探索していく上のデモンストレーションになる。論文著者は、Belle II 実験初期の 2019年3月から6月までに得られた2.9×106個のe+e-→BB̅ 事象を解析した結果、35.5±

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6.9個のB→K*γ信号事象数を得て、Belle II実験においてB→K*γ崩壊を再発見した。こ の結果は、これまでのBファクトリー実験結果と無矛盾であり、Belle II実験のハードウェ アおよびソフトウェアが問題なく動作していると言える。B→K*γ崩壊の再発見により、B 中間子の稀崩壊を用いた新物理の探索に向けて、Belle II実験が順調に始動していることを 示した。

3 審査の結果

論文著者の研究は、大規模な加速器実験の立ち上げ期において、新しい実験装置を完成 させて動作させ、その性能を検証することを目的とした、検出器開発に関するものである。

ARICH検出器は、Belle II 実験のために新しく開発された検出器であり、その中で用いら

れる光検出器HAPDもARICH用に新規開発されたものである。そのため、実際にビーム 衝突実験で問題なく動作するかについては、全く未知である。論文著者は、ARICH検出器 の開発グループの中で、HAPDの高電圧印加システムの開発を担当し、-8 kVの高い電圧の 難しい取り扱いもクリアして安定に動作するシステムを構築した。さらに、ARICH検出器 の組み立て後の HAPD の健全性の確認なども行い、ARICH 検出器開発の最終段階におけ る重要な仕事を担った。Belle II実験が始まりARICH検出器の運用が開始された後、論文

著者はARICH検出器による粒子識別の研究に取り組んだ。ビーム衝突により得られた実デ

ータを用いて粒子識別の初期のチューニングを行い、その結果、ARICHによる粒子識別性 能が、要求される性能である4 GeV/c までの運動量領域において識別効率>90%、誤識別率

<10%を満たすことを、ビーム衝突の実データを用いて実証した。この結果は、新しく開発

した検出器が、加速器実験の粒子識別に使用できることを実証したものであり、新たな科 学的知見を十分に含んでいる。

論文著者は、Belle II実験で得られた初期のデータを用いた物理解析にも取り組み、Belle II 実験が本格稼働した2019年春から3か月の間に取得されたデータを用いてB→K*γ崩 壊を再発見した。この結果は、2019年夏の国際会議において、Belle II実験を代表する2 つの物理結果のうちの1つとして紹介されている。

本研究は、大規模な加速器実験の中で行われた研究であるが、論文著者が果たした役割 は十分かつ明確であり、博士(理学)の学位に十分値するものと判定した。

4 最終試験の結果

本学の学位規定に従って、最終試験を行った。オンラインで公開された席上で論文内容 の発表を行い、物理学専攻教員による質疑応答を行った。また論文審査委員による本論文 および関連分野の試問を行った。これらの結果を総合的に審査した結果、合格と判定した。

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