商法四八六条と共同正犯 ⁚
前 田 雅 英
一 はじめに
ニ バブルの崩壊と不正貸し付げと背任罪
三 最決平成一五年二月一八日︵刑集五七巻二号一六一頁︶
四 不正融資の借り手と二重売買の悪意の買い手 . . 五融資を受ける側の認識
六 借り手が特別背任の共同正犯たり得る条件
一 はじめに
渋谷教授は︑私が昭和五〇年に東京都立大学法学部に着任した当時在外研究をしておられたが︑帰国後から今目に
至るまで︑長年にわたりお世話になってきた︒渋谷教授の退職にあたり︑学恩に報いるためにはあまりに拙いもので
商法四八六条と共同正犯 ︵都法四十四−二︶ 二七
二八
はあるが︑感謝の意をこめて︑論文を書かせて頂く︒テーマは﹁商法との接点﹂を考えて︑商法四八六条を選ばせて
︑ ここ︑ こO しユム﹂ムしオ
商法四八六条には︑株式会社の発起人︑取締役︑監査役等の役職員が︑自己若しくは第三者の利益を図る目的又は
会社に損害を加える目的で︑その任務に背いて会社に財産上の損害を加えた場合についての本罪の加重規定である︑
いわゆる特別背任罪が定あられているからである︒その法定刑は︑一〇年以下の懲役若しくは一〇〇〇万円以下の罰
金又はその併科である︵なお︑商法四八七・四八八条参照︶︒
ただ︑特別背任罪は︑主体の点以外は︑基本的に刑法上の背任罪と同旨の構成要件と解されている︒つまりは︑背
任罪の議論をさせて頂くわけだが︑本号の趣旨から︑右記のような題とさせていただいた︒
一一
oブルの崩壊と背任罪
現在︑金融機関の不正貸し付けについて︑その社会的責任が問われているが︑古くからこの問題を指摘してこられ
たのが藤木英雄博士であった︒
﹁都市銀行をはじめ相互銀行・信用金庫・農業協同組合その他各種協同組合などの金融機関は︑大衆の資金を預
金として吸収し︑これを企業や組合員に融通して利益をあげ︑株主や組合員に配当を行なうことを業務としてい
る︒しかし︑同時に︑大衆の零細な預金を預かる立場にあるだけに︑事業に破綻が生じ︑大衆の預金債権を支払
うことができないような事態になると︑大きな社会問題︑ひいては政治問題化することすらある︒そこで︑経営
にあたる者には︑会社・法人の役職員としての組織に対する責任ばかりでなく︑大きな社会的責任を負っている
ことから︑事業の運営にあたっては︑格別の慎重さが要請される︒
したがっで︑金融機関の経営者は︑その本来の業務である資金の融資にあたρては︑資金量・貸出の増大によ
る業績拡張をはかると同時に︑他方では︑4貸し付けた資金の回収不能といった事態を招かないように︑優良融資
先の選定︑°融資金回収の確保に十分慎重な措置をとることが要請される﹂︵藤木英雄﹃刑法各論﹄︵昭和四七年︶
三一七頁以下︶︒
三〇年経ってみると︑﹁銀行の存在の社会における意味﹂︑﹁銀行の社会的責任﹂の内容には微妙な変化が生じてき
ているように思われる︒そのことが︑背任罪解釈にも大きく影響しはじめているのである︒当時は︑不正貸し付けに
関し背任罪を適用することにも慎重であった︒
﹁もっぱら︑本人︵金融機関︶の利益をはかる目的であれば︑自己または第三者の利益をはかることを目的と
してしたものとはいえないので︑背任罪は成立しない︵大判大正三・一〇・一六刑録二〇・一八六七︶︒
たとえば︑すでに多額の融資が行なわれ︑しかも営業が不振に陥っている融資先に対して︑担保がないけれど
も若干の追加融資を行なわなければ倒産を招き︑巨額の融資が回収不能になるので︑それを防ぎ︑融資先の企業
ロ
の再建をはかるためには追加投資もやむをえない措置であるとの判断で行なわれたのであれば︑若干の私情が存
在したとしても︑主として本人の利益をはかる目的でしたものということ息孔・﹂︵秦蓬゜前掲書一三九菖・
﹁銀行は潰してはいけない﹂という意識の強さの繁栄でもあったといえよう︒また︑当時は高度経済成長期の最後
の時期であり︑﹁右肩上がりの経済﹂が前提となっていた・経済活動への刑罰権の介入は謙抑的であったといえ詫・
しかし︑バブル崩壊以降﹁もっぱら本人のためである場合﹂か否かの判断は︑微妙に変化してきた︒融資先の再建を
図るためであっても︑再建の可能性の確率が低ければ︑背任とされるようになったように思われる︒そして︑かなり
の場合の融資に︑﹁銀行の債権の保全のために少し無理をする﹂という意識は存在するのである︒ ・ ・ ︐
商法四八六条と共同正犯 ・ ︵都法四十四ー二︶ 二九
三〇
背任罪︵特別背任罪︶の成立には︑﹁本人に財産上の損害を加えた﹂ことが必要である︒そして﹁財産上の損害﹂の意
義は︑﹁経済的見地において本人の財産状態を評価し︑被告人の行為によって︑本人の財産の価値が減少したとき又
は増加すべかりし価値が増加しなかったときをいう﹂と解されている︵最決昭五八・五・二四集三七ー四ー四三七︶︒﹁財産
上の損害﹂の有無は︑﹁経済的見地﹂において判断されるのである︒債務者に対して金員を貸し付けた場合︑金員その
ものの所有権は債務者に移転するが︑債権者はこれに対応する貸金債権を取得するから︑法律的には財産の減少はな
いということができる︒しかし︑債務者の資力が乏しいなどの事情から返済が見込まれない場合︑その債権は︑実際
に返済時期が到来して回収不能の事態に至らなくても︑貸し付けた時点において既に額面どおりに評価をすることは
できず︑その時点で経済的見地からは損害が生じたということができる︒
回収が困難な不良貸付の場合は︑債権の名目額と現実の経済的価格との差が損害額ということになるが︑その損害 −
額の確定は︑実際の事案においては︑必ずしも容易でない︒判例は︑必ずしも損害額を確定する必要はないとしてい
る︵大判大=・五・=集一−二七〇︑大判昭八・一二・四集一二ー二︸九六︶︒しかし︑﹁回収困難﹂か否かの判断は︑ます
ます微妙になってきており︑この損害発生の認識の有無はより一層困難となってきているのである︒
︵1︶ ただ︑藤木博士はさらに︑﹁しかし︑自己または融資先の利益を図る意図が無視できないときは︑主として本人のために
したとはいえない︵最判昭和二九・=・五刑集八・=・一六七五︶︒本人のためにしたという弁解が認められるには︑
融資を行なった金融機関の支店長ら役職員と融資先との問に特別の利害関係がないこと︑また役職員に融資の謝礼として不
当な利益が提供されるといった収賄的要素がないこと︑さらに融資先に対し︑経営再建のために関係職員を送り込むとか︑
あるいはたえず企業経営の動向を監視し︑適切に指導助言をするなど︑融資の回収を確実にする措置を講じたということが
認められる必要があろう︒﹂とされておられた︵藤木英雄・前掲書三二〇頁︶︒
︵2︶ それを象徴するのが以下の記述である︒﹁無担保の貸付といっても︑すべて危険だというわけではない︒企業振興のため
に必要不可欠であり︑金融機関の業務活動の拡大にも役立ち︑あるいは倒産に瀕している企業に対して危険をおかして無担
保で救済融資をすることが︑企業を再建し︑それまでに行なった融資の回収不能を防止するために有益と認められることも ・
ある︒その意味では︑無担保貸付といっても︑ただちに債権保全の任務に反する行為とは断定できないし︵したがって背任︐
罪になる条件もさらに検討を加えなければならない﹂︵藤木英雄・前掲書三一八頁︶︒
三 最決平成一五年二月一八日︵刑集五七巻二号一六一頁︶
このような状況の中で︑商法四八六条に関する注目すべき判例が登場した︒事案は︑最高裁が引用した原判決及び
その是認する第一審判決の認定によれば︑以下のとおりである︒ . ︑
⌒一︶ 被告人Xは︑証券株式会社審査部長等を経て︑昭和五七年一二月に︑株式の店頭公開の準備を進めるた
め︑不動産の売買︑賃貸︑仲介等を目的とするオクト株式会社︵以下﹁O社﹂という︒︶に出向し︑取締役︑代
表取締役副社長を経て︑平成二年=月に辞任したYの後を受けて︑同社の代表取締役社長に就任し︑伺社の創
業者で実質的経営者であり同社の発行済株式の過半数を所有するYの指示の下に︑同社の業務を統括していたも
のである︒
︵二︶ 0社は︑住宅金融専門会社である日本ハウジングローン株式会社︵以下﹁N社﹂という︒︶から︑事業
用.販売用不動産の取得費用等として︑多額の借入れをしていたものであるが︑昭和六二年二一月以降÷毎月の
ように運転資金の不足を来し︑︑その都度N社からの融資により急場をしのいでいた︒
﹁ ︵三︶ その後︑バブル経済の崩壊により0社の売上げが激減し︑その資金繰りが悪化する一方で金利負担が増﹇ . 大するにつれ︑・N社から0社に対する運転資金の融資が担保割れを起こしたが︑N社は︑代表取締役社長Zの指
︐示により︑なおも0社に対する運転資金の融資を継続し︑平成三年四月の時点で同社に対する融資金の残高は約
商法四八六条と共同正犯 ︵都法四十四ー二︶ ==
三二
二七〇億円に達した︒N社は︑同月以降も︑実質無担保状態に陥った0社に対する融資を継続したが︑同社に対
する融資が対外的に突出するのを避けるため︑被告人の協力を得て書類を整えた上︑N社の関連会社や0社の子
会社を経由する迂回融資の方法を採った︒
︵四︶ 0社は︑平成三年八月には︑N社以外の金融機関からの融資が受けられなくなり︑N社からの融資がな
ければ倒産に追い込まれる危機的状態に陥った︒しかし︑ZらN社の融資担当者は︑同社の貸出規定等の定めを
遵守し︑貸付金の回収に万全の措置を講ずるなど︑同社のために職務を誠実に実行すべき任務に背き︑同月から
同年一一月までの間︑四回にわたり︑上記の迂回融資の方法により︑合計一八億七〇〇〇万円を0社に貸し付け
た︵以下﹁本件融資﹂という︶︒Zらは︑0社に対する上記融資が焦げ付く可能性が高いことを十分認識してい
たが︑これに応じないと︑0社がたちまち倒産し︑巨額の融資金が回収不能となることが予想されたため︑それ
まで同社に運転資金として巨額の金員を放漫に貸し続けてきたことに対する責任が問われることを懸念して︑自
らの責任を回避し︑保身を図るとともに︑0社の利益を図る目的を有していた︒
︵五︶ 被告人は︑0社の代表取締役として︑同社に返済能力がなく︑N社以外の金融機関からの融資が受けら
れない状態であるにもかかわらず︑本件融資が実質無担保の高額な継続的融資であり︑迂回融資の方法が採られ
るなど明らかに不自然な形態の融資であることを認識しており︑証券会社の審査部長等を務めた経験等に照らし
ても︑本件融資がZらのN社に対する任務に違背して行われたものであること︑本件融資がN社に財産上の損害
を与えるものであることを十分認識していた︒しかし︑被告人は︑抜本的な経営改善策を講じないまま︑N社に
対し繰り返し運転資金の借入れを申し入れて︑Zら融資担当者をして任務に違背するよう仕向けた︒その際︑被
告人は︑0社がN社に資金面で深く依存し︑財務的に破綻状況にあったにもかかわらず︑N社からの継続的な運
転資金の借入れにより倒産を免れているという状態にあったため︑Zら融資担当者がO社に対する過剰融資︑貸 ︐
付金の回収不能から生ずる自らの責任を回避し︑保身を図る目的で本件融資に応じざるを得ないことを知ってい
た︒また︑被告人は︑Zら融資担当者と個人的に親密な関係にはなかったが︑Yの意向を体し︑Zと個人的に親
密なYと共同して︑本件融資の実現に寄与した︒
以上の事実関係につき最高裁は﹁被告人は︑Zら融資担当者がその任務に違背するに当たり︑支配的な影響力を行
使することもなく︑また︑社会通念上許されないような方法を用いるなどして積極的に働き掛けることもなかったも
のの︑Zらの任務違背︑N社の財産上の損害について高度の認識を有していたことに加え︑Zらが自己及び0社の利
益を図る目的を有していることを認識し︑本件融資に応じざるを得ない状況にあることを利用しつつ︑N社が迂回融
資の手順を採ることに協力するなどして︑本件融資の実現に加担しているのであって︑・︐Zらの特別背任行為について
共同加功をしたとの評価を免れないというべきである︒これと同旨の見解の下に︑被告人に特別背任罪の共同正犯の
成立を認めた原判決の判断は相当である﹂と判示したのである︒
四 不正融資の借り手と二重売買の悪意の買い手
バブル期の象徴のような本件事件の本体は︑住宅金融専門会社のN社社長Zが︑バブル経済の崩壊により経営困難
に陥った0株式会社に対し︑従前の融資が既に実質無担保状態に陥っているにもかかわらず︑被告人の協力を得て書︑
類を整えた上︑他社を媒介とした迂回融資の方法を採って融資を継続し︑平成三年には合計一八億七〇〇〇万円を0
に貸し付けたという特別背任事件である︒融資側のZに対しては︑東京地判平成二二年一〇月二二日︵判時一七七〇
商法四八六条と共同正犯 ︵都法四十四ー二︶・ 三三
三四
号三頁︶が︑特別背任罪の成立を認めている︒問題は︑本件Xに商法四八六条の共同正犯が成立するかである︒
講学上は︑﹁真性身分犯に関し︑身分のない者も刑法六五条の共同正犯となりうるのか﹂という形で論じられる問
題と言えよう︒商法四八六条一項の特別背任罪は︑単に事務処理者では足らず︑会社の取締役などの身分も要求して
いる︒そこで︑本件の被告人Xのように︑そのような身分を有しない﹁不正融資の相手方﹂が︑背任罪の罪責を負う
ことになるのかが問題となるのである︒
しかし︑そのような整理は︑本件の真の問題点を曖昧なものとすることになろう︒﹁共犯と身分﹂の問題として分
類されれば︑﹁身分を有しない者も︑身分者と共同して法益侵害をなすことができるとして︑身分犯に関する刑法六
五条の規定は︑共同正犯にも適用される﹂とするのが通説で︑実務上も争いはない︒その意味で本件判決は︑ごく当 ユ 然の判断を示したということになる︵﹃条解刑法﹄二二六頁参照︶︒しかし︑﹁不正融資の借り手﹂が特別背任罪の共
同正犯たりうるかという問題は︑そのような従来の形式的解釈論を超えた実質的議論を要求する︒
背任罪の共同正犯の通常の場合とは異なり︑当事者は取引関係にあるのであって︑融資をする方は︑相手方から相
応の担保をとり︑それなりの利息を付けて貸し付ける関係に立ち︑その意味で融資側とその相手方は相対立する利害
状況にあるともいえる︒通常の共同正犯のように︑共通する利害のもとで共通する目的に向けて活動するとは言い切
れないのである︒そこで︑より詳細な検討が要請される︒その際︑参考となるのが︑横領罪を構成する﹁二重売買﹂
の第二の買い主の刑事責任なのである︒ ⊥
不動産の所有者Xが既にAに売却した土地を︑自己にまだ登記名義が残っていることを奇貨として︑別の者に二重
に売却したり抵当権を設定したりした場合︑Xに横領罪が成立するかが問題となる︒委託物横領罪の客体は自己の占
有する他人の物である︒横領罪における不動産の占有は︑登記名義人にあるとことで争いはみられない︵最判昭和三
○年一二月二六日・刑集九巻一四量二〇五三頁︶︒それ故︑所有権者でないが︑登記名義を有するものが勝手に処分した
場合には横領罪が成立しうる︒
そして︑民法によれば︑売買の場合は意思表示により所有権が買主に移転する︵民法一七六条︶︒そうすると︑占有 ︵2︶ がまだ売主に残っていた段階で︑その財物を勝手に処分した場合︑自己の占有する買主の物を領得したことになる︒
横領罪の実行行為である﹁横領﹈の意義に関しては領得行為説と︑越権行為説が対立するが︑いずれにせよ︑他人
の土地を売却する行為が横領に該当することは疑いない︒
問題は︑YがAに一度売却されたことを熟知しながら買い受け先に登記した場合には︑Yも横領罪の共犯として加
功しているのではないかという問題である︒
ここでも︑横領罪は真正身分犯であり︑非身分者の共犯︑・共同正犯の加功は可能であるかが問題となるが︑肯定説
が圧倒的といってよい︒ただ︑それにもかかわらず共同正犯の成立は認められてこなかったのである︒判例において
は︑民法一七七条によりBが民事上完全に正当に土地を取得している以上︑刑法犯にはなり得ないと考えてきたこと
が影響していたと考えられる︵最判昭和三一年六月二六日・刑集一〇巻六号八七四頁︶︒
これに対し学説の中には︑積極的にAを害する目的でXを教唆した場合には横領罪が成立するとするものもみられ
た︵藤木三三六頁︶︒そのような中で︑民事判例が背信的悪意の第三者を一七七条の第三者から除くとしたのである
︵最判昭和三六年四月二七日.民集一五巻四号九〇一頁︶︒その結果︑Yに相当する者に横領罪の共同正犯を認める判
例が登場したのである︒福岡高判昭和四七年=月二二日︵刑裁月四巻一一号一八〇三頁︶は︑買い主の積極的な働
きかけにより犯意を生じた売り主のみが横領罪として処罰されるのは刑法的評価の上で余りにも権衡を失すると判示
している︒ただ︑この結論は民法一七七条の解釈の変更を待つまでもなく採用されるべきものだったと思われる︒問
商法四八六条と共同正犯 . ︑ ︵都法四十四ー二︶ 三五
三六
題は民法上の解釈ではなく︑横領罪の共同正犯性を認める実質にある︒
この︑二重売買の﹁買い手﹂の横領罪の共同正犯性に関し︑福岡高判昭四七年一一月二二日︵刑月四・=・一八〇
三︶は﹁不動産の二重譲渡の場合︑売主であるAの所為が横領罪を構成することは明らかであるが︑その買主につい
ては︑単に二重譲渡であることを知りつつこれを買受けることは︑民法第一七七条の法意に照らし︑経済取引上許さ
れた行為であつて︑刑法上も違法性を有しないものと解すべきことは︑所論のとおりである︒しかしながら本件にお
いては︑買主たる被告人は︑所有者Bから買取ることが困難であるため名義人Aから買入れようと企て︑前叙のとお
り単に二重譲渡になることの認識を有していたのに止まらず︑二重譲渡になることを知りつつ敢て前記Aに対し本件
山林の売却方を申入れ︑同人が二重譲渡になることを理由に右申入れを拒絶したのにもかかわらず︑法的知識の乏し
い同人に対し︑二重譲渡の決意を生ぜしめるべく︑借金はもう五〇年以上たつているから担保も時効になつている︑
裁判になっても自分が引受けるから心配は要らない等と執拗且つ積極的に働きかけ︑その結果遂に同人をして被告人
に本件山林を二重譲渡することを承諾させて被告人と売買契約を締結するに至らしめたのであるから︑被告人の本件
所為は︑もはや経済取引上許容されうる範囲︑手段を逸脱した刑法上違法な所為というべく︑右Aを唆かし︑更にす
すんで自己の利益をも図るため同人と共謀のうえ本件横領行為に及んだものとして︑横領罪の共同正犯としての刑責
を免れないものというべきである﹂としているのである︒
︵1︶ もちろん︑特別背任罪の実行行為である任務違背行為は︑本件では不正融資行為であり︑融資を受ける側であるXが︑そ
の一部であっても実行することは不可能であるように見えるが︑現在では︑実行行為を全く分担することのない者でも土ハ同
正犯たり得ること︑すなわち共謀共同正犯を認めることも争いは少ない︒少なくとも︑判例上は確定しているといってよい︒
︵2︶ もっとも︑刑法上の他人性は民法上の所有権の観念が基礎とされるべきことはいうまでもないが︑刑罰を用いるだけの要
保護性の視点も考慮しなければならない︵大塚﹃刑法概説︵各論︶﹄︹改訂版︺二七七頁︶︒その意味で︑例えば意思表示はあっ
たものの代金が全く支払われていない段階で︑目的物を他者に売却してしまったような事例まで横領罪で処罰することは妥
当ではない︒具体的な解釈論としては︑二五二条の﹁他人の物﹂に該当しないと解すべきである︒二五二条の他人の物とは︑
・ 単に私法上行為者に所有権がないというだけでなく︑それを領得することが所有者に一定程度以上の事実的・経済的マイナ
スを与えるものでなければならない︒ごく軽微な価値しかない物は財物でないのと同様である︒
五 融資を受ける側の認識 ︐
不良貸付が背任罪を構成する場合に︑融資を受けた側がいかなる責任を負うか︑特に背任罪の共同正犯の責任を負
うかどうかという問題も実は︑三〇年前に︑藤木博士によって論じられていた︒
﹁融資を受けた側は︑直接その融資により利益を受ける立場にあり︑とくにその者の積極的な懲愚により不正
融資が行なわれたときには︑当然背任について身分なき者の加功による共同正犯が成立するもののように考えら
れるが︑銀行融資にともなう背任のように︑融資の際の処理が一切銀行役職員によって行なわれる行為について
は︑融資を受ける者が︑その際いかなる任務違背の手段がとられたかを知らないということがあり得るので︑共 ︵1︶ 同加功の意思を欠き︑背任の共同正犯不成立とされることも生じ得る﹂︵藤木英雄・前掲書三二一頁︶︒
たしかに︑共同正犯も正犯であり︑一般論から言うと︑共謀共同正犯が成立するためには︑行為者との共謀関係の
前提として︑共同加功の意思が必要とされ︑それは具体的な構成要件事実の認識を意味することになる︒背任罪の場
合︑事務処理者が︑図利加害目的において︑任務違背行為をなし︑本人に財産上の損害を与えたことの認識が必要で
ある︒ 商法四八六条と共同正犯 ゜ ︵都法四十四⊥一︶ 三七
三八
これらの主観的要素のうち︑図利加害目的については容易に肯定されよう︒いかなる融資であれ︑融資を受けるこ
とで自らが利益を得るということは当然認識していると考えられる︒これに対して︑任務違背の認識と損害発生の認
識は︑融資の相手方においては自明のものではない︒
藤木博士は︑特に任務違背の認識に着目し︑具体的な任務違背行為について事務処理者と意思の連絡があったり︑
あるいは任務違背を推奨したりした場合にのみ︑共同正犯が肯定されるとした︒この藤木説は︑非身分者に背任罪の
共同正犯が成立するためには︑﹁任務を有する者が抱いた任務違背の認識とほぼ同程度の任務違背の認識﹂が必要で
ある︑とした後述の最判昭和四〇年三月一六日に影響されたものといえよう︒
そして︑藤木博士は︑﹁任務違背の認識﹂を厳格に認定することにより犯人罪の成立を限定しようとしていたので
ある︒﹁借主が金融機関の業務︑内規等の専門知識を有する場合や︑不良貸付の具体的方法を指示する等積極的に関
与している場合﹂が具体例として挙げられている︒しかし︑まず前者のような金融機関の業務に精通した借り主はむ
しろ例外的であろう︒そのような例外的場合に背任罪の共同正犯の成立範囲を限定するべきではない︒貸付側の規則
などを認識していなくても︑社会通念上不正な貸付と認識しうる場合にはさまざまな場合が考え得る︒融資を受ける
側であるからといっで︑一般の任務違背の認識以上に任務違背性の詳細な知識が必要だというべきではない︒借り主
の場合には︑﹁事実上︑任務違背性の認識が薄い場合が多い﹂といえないことはないかもしれないが︒
藤木説で︑現在でも重要な意味を持つのは︑﹁不良貸付の具体的方法を指示する等積極的に関与している場合﹂に
共謀共同正犯の罪責を負う可能性があるとする点である︒ただ︑﹁積極的に関与した場合﹂というのは客観的な行為
態様であり︑任務違背の認識の有無ではなく︑﹁共謀﹂の有無を判断する際に重視すべき事情なのである︒そこで︑
融資を受ける側の行為がそもそも背任と呼べるかという客観的解釈が問題となるのである︒
︵1︶ 藤木博士はさらに︑﹁千葉銀行事件では︑融資を受けたSは︑第一審では背任の共同正犯として実刑を言い渡されたが︑
第二審では一転無罪となった︒その理由はつぎのような点にある︒すなわち︑特別背任罪にあたる実行行為は︑銀行側の手
によってなされたもので︑借受人の方はその利益をこうむる立場である︒銀行側がどのような方法で融資をしたか︑また借
主が提供した担保が借主の主観的評価にかかわらず︑金融界の通念としてどの程度に評価されるか等の犯罪成立上重要な問
題点の認識については︑銀行業務の素人である借受人と専門家たる銀行頭取との間ではおのずから開きがある︒したがって︑
なんとか救済融資を重ねてもらいたいと懇請した事実︑および銀行から貸増し拒絶の意向を伝えられていた事実だけでは︑
背任行為や損害の発生についての認識があるとはいえないので︑背任罪に必要な共同加功の意思を欠くということである
︵東京高判昭和三八.一一.一一︶︒ この事件では︑銀行の評価では担保としては不十分とされているが︑S自身の評価としては十分な担保を差し入れていた
という事実があり︑.またSとしては︑Fが銀行の頭取である以土︑融資の内規などにかかわらず合法的に便宜的な措置をと
ることができると考えていたという事情から︑Sのほうに︑背任罪の土ハ同加功の認識が欠けていたと認められる事案である
が︑無担保融資あるいは頭取・理事長のような最高首脳者ではなく支店長その他の中間管理者層から融資を受ける場合︑と
くに融資を受ける飢が銀行の内情を知っており︑これら中間管理者に裁量権がないことにつき一応の知識があるような場合
には︑もとより共同正犯の成立を妨げないこと当然である﹂としていたのである︒
千葉銀行事件とは︑千葉銀行頭取Fがレインボー等の商事会社を経営するSに対して︑昭和二八年ごろから昭和三一年一
二丹末までに︑同銀行東京支店を通じ︑支店長らの反対を押し切り︑合計元本一〇億六〇〇〇万円︑これに相応する利息一
億七〇〇〇万円余の巨額な貸付を行なったものである︒貸付の内容は︑レインボー振出しの約束手形を交換決済・不渡買戻
または店頭払いなどで決済する際に︑レインボーの東京支店における当座預金残高がゼロに近い段階であるのにもかかわら
ず︑主として束信貿易の約束手形を差し入れさせ︑それを現金とみなして処理するという︑ 看倣金処理の方法によった
ものであった軌昭和三一年一月︑すでにS側の借入金が総額六億一〇〇〇万円に達していた段階で︑大蔵省の金融検査が行
なわれ︑その結果︑レインボーなどS関係各社に対する不良貸付およびその一部が看倣金処理の方法によってなされている
実情が発見され︑頭取に対しこれらの貸付が不良のものであるとして整理改善をはかるべき旨の注意が与えられたにもかか
わらず︑改善の措置をとらず︑かえってレインボー振出しの約束手形の決済資金として一三〇余回にわたって看倣金処理の
方法により︑合計四億四〇〇〇万円余の簿外貸付を重ねたというのである︒東京地裁では︑このような場合︑頭取としては︑
商法四八六条と共同正犯 ︑ パ ︵都法四十四−二︶ 三九
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