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論文提出者:譚

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(1)

首都大学東京人文科学研究科人間科学専攻日本語教育学教室 学位論文審査要旨(課程博士)

論文提出者:譚

たん

しょう

論文題目

『交替反応時間の長い発話環境での発話活動についての研究

-WeChat の音声メッセージ機能を用いて-』

審査員

主査:首都大学東京 人文科学研究科(日本語教育学) 西郡仁朗 教授

副査:首都大学東京 人文科学研究科(日本語教育学) ダニエル ロング 教授 副査:首都大学東京 人文科学研究科(日本語教育学) 神田明延 准教授

(2)

1.本論文の課題

中国における大学の日本語教育において、日常会話の練習、言語運用能力の育成に直 接関連している授業は会話授業である。会話授業の目標は仕事や日常における実際のコミ ュニケーションにすぐ役に立つような日本語力を身につけることが目標となっているが、

一般に中国の大学で日本語を専攻としている学習者は精読の能力は優れているが、運用能 力がついていないと指摘されている。

特に、日本人と接する事も少なく、会話の機会が多くない事、またカリキュラム全体 の中でも高学年になるに従い学習者の会話学習動機の向上につながる試み少なくなって いると思われる。

現在の中国では、SNS の一つである WeChat がよく使われていて、その中の音声メッセ ージ機能が頻用されている。音声メッセージ機能では通常の電話通話のような同期的な 対話ではなく、非同期での対話相手との交替潜時の長いやりとりが行われる。テキスト データでのやりとりよりも音声メッセージのやりとりの方がはるかに多い。本研究では 学習者に、より自由度の高い発話練習環境を提供するために、時間と空間に制限されな い WeChat の音声メッセージ機能を新しい練習ツールとして利用し、話者の間に交替反応 時間の長い発話環境で発話練習の実態を明らかにしようとするものである。WeChat の音 声メッセージ機能が新しい練習ツール・発話練習環境として利用できるか、その可能性 を探り、また使用実態を明らかにする。さらに非同期で交替潜時の長い音声言語メッセ ージという比較的新しい談話のあり方について、談話分析としてその特徴を考察する。

2. 本論文の構成

第一部 序論 序章

第1節 研究背景

1.1 中国大学における日本語専攻課程の現状

1.2 中国の大学における日本語口頭運用能力の育成に関する現状 1.3 Web2.0 時代における日本語教育

1.4 SNS アプリケーション WeChat の可能性 第 2 節 研究意義

第 3 節 研究目的

3.1 第一段階調査の目的 3.2 第二段階調査の目的 第 4 節 研究方法

4.1 研究調査の概要 4.2 分析手法の概要 第 5 節 本論文の構成

第 2 章 先行研究

第 1 節 中国の大学における日本語会話授業に関する研究 第 2 節 協働学習環境に関する研究

第 3 節 m‐ラーニングに関する研究

第 4 節 スマートフォン・タブレットを活用した発話練習に関する研究 第 5 節 相互作用的発話機能に関する研究

第 6 節 本研究の位置づけ

(3)

第 3 章 予備調査 -日本語専攻学習者の話す意欲や口頭運用能力に対する意識-

はじめに

第 1 節 調査目的

第 2 節 調査対象者と調査方法 第 3 節 調査項目

3.1 日本語発話練習の状況 3.2 話す意欲・能力に対する自己評価 3.3 携帯アプリ WeChat について

第 4 節 調査結果

4.1 日本語発話練習の状況に関する結果 4.2 話す意欲・能力に対する自己評価に関す る結果

4.3 WeChat に関する結果 第 5 節 本章のまとめ

第二部 本論

第 4 章 WeChat 発話環境での発話活動 第 1 節 発話活動の概要

1.1 協働学習環境の作成 1.2 教材に関する概要 第 2 節 発話活動の流れ

2.1 教材のアップロード 2.2 テーマ発表 2.3 自由発話

第 5 章 発話データの収集と分析手法 第 1 節 発話データの収集と基本的処理

1.1 発話データの収集 1.2 発話データの基本的処理 1.3 データ処理の協力とチェ ック

第 2 節 データの分析手法

2.1 本研究におけるデータ分析の難点 2.2 自由発話における相互作用的発話機能の 出現

2.3 テーマ発表におけるフィラー、繰り返し、言い直しの出現

第 6 章 第一段階の調査 ‐WeChat 発話環境での発話活動の可能性‐

はじめに

第 1 節 調査目的 第 2 節 調査概要

2.1 調査対象者 2.2 調査期間 第 3 節 調査結果

3.1 自由発話における相互作用的発話機能の出現に関する結果 3.2 テーマ発表データにおけるフィラー等の出現に関する結果 第 4 節 考察

4.1 WeChat 環境に対する考察 4.2 相互作用的発話機能の出現における個人差に対する 考察

4.3 フィラーなどの増減変化に関する考察 第 5 節 第一段階調査のまとめ 84

5.1 自由発話における相互作用的発話機能の出現率に関する調査結果

5.2 テーマ発表におけるフィラーなどの出現変化の調査結果 5.3 残された問題点

(4)

第 7 章 第二段階の調査 -発話活動の実態の再把握 -はじめに

第 1 節 調査目的

1.1 WeChat 発話環境の継続性に関する再考察 1.2 発話活動の活発さに影響を与える要 因の判明

第 2 節 調査概要

2.1 調査対象者 2.2 調査対象者のグループ分け 2.3 発話活動の頻度の調整 2.4 話題順番の調整 2.5 発話活動の締め切りの調整

第 3 節 調査結果

3.1 自由発話における相互作用的発話機能の出現に関する結果 3.2 テーマ発表データにおけるフィラーなどの出現に関する結果 第 4 節 考察

4.1 相互作用的発話機能の出現に対する再考察 4.2 フィラーなどの増減変化に関する 考察

第 5 節 第二段階調査のまとめ

5.1 自由発話における相互作用的発話機能の出現率に関する調査結果 5.2 テーマ発表におけるフィラーなどの出現変化の調査結果

第三部 総合的考察

第 8 章 発話活動の継続性と活発さに影響を与える要因に関する考察 はじめに

第1節 WeChat 発話活動の継続性に関する考察

1.1 第一段階調査の問題点 1.2 相互作用的発話機能の出現の増減変化に関する考察 第 2 節 発話活動の活発さに影響を与える要因の判明

2.1 第一段階調査の問題点 2.2 発話活動の活発さに影響を与える要因 第 3 節 本章のまとめ 140

第 9 章 WeChat 発話環境の特徴に関する考察 -中国語母語話者との比較を通して-

はじめに

第 1 節 調査目的

第 2 節 中国語話者データの収集と分析

2.1 調査対象者 2.2 発話の実態 2.3 データの分析方法 第 3 節 分析結果から見られた WeChat 発話環境の特徴

3.1 相互作用的発話機能の出現率に関する結果 3.2 WeChat 発話環境の特徴についての 考察

第 4 節 本章のまとめ

4.1 本調査のまとめ 4.2 残された問題点

第 10 章 学習者からの評価 -フォローアップインタビューを通して-

はじめに

第 1 節 調査目的 第 2 節 調査方法

2.1 調査対象者と調査期間 2.2 調査方法 第 3 節 調査項目

3.1 日本語口頭運用能力の変化に対する評価 3.2 WeChat 環境での発話活動に対する評

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3.3 発話活動の参与意欲

第 4 節 フォローアップインタビューの結果

4.1 日本語口頭運用能力の変化に対する評価 4.2 WeChat 環境での発話活動に対する評 価

4.3 学習者の発話活動の参与意欲 第 5 節 本章のまとめ

第四部 終論 第 11 章

本研究のまとめと日本語教育への示唆 第 1 節 本研究のまとめ

第 2 節 日本語教育への示唆

2.1 WeChat 発話環境の特徴における発話活動の利点 2.2 学習者の心理的不安の解消 第 3 節 おわりに

参考文献 173 付録 178

各章と既発表論文との関係

3. 本論文の概要

本論文の構成は上記のように 11 章からなっている。

主な内容をまとめると以下の通りである。

<研究背景>

中国における大学の日本語教育において、日常会話の練習、言語運用能力の育成 に直接関連している授業は会話授業である。会話授業の目標1は仕事や日常における 実際のコミュニケーションにすぐ役に立つような日本語力を身につけることが目標 となっている。しかし、堀口 (2003)は、中国の大学で日本語を専攻としている学習 者は精読の能力が優れているが、運用能力がついていないと述べている。楊

(2006)は、豊富な語彙量、高度な文法知識を持っていても、簡単な日常会話も流 暢にできず、口頭運用能力が低いと指摘している。

秦(2015)は、話す能力を向上させることが重要だと分かっていても、日本語能 力試験には会話テストはないことから、学習者にとっての会話授業の優先順位は低 くなることが中国の大学における会話授業の問題点の一つであると指摘している。

更に、論文提出者は自らの経験を振り返り、中国の内陸に位置する雲南省の大学に おける日本語教育では、口頭運用能力の育成にあまり重点を置いていないと指摘し ている。学習者が 3、4 年生になると、日本語能力試験に向かう試験対策や卒業論文 の作成だけに注目し、会話授業がゼロになり、日本語で話すチャンスが減ってしま う現状がある。学習者は文法知識や語彙量は増えても、逆に口頭運用能力が下がる

1中国の教育部によって制定された教育指導要領「大学日本語専攻高学年段階教育大網 2001」会話授業の目標には、仕事で日本語を使えるようになること、日常会話ができるよう になること、自由に流暢に話すこと、日本人とのコミュニケーションできること、学んだ知 識を運用して話すことが挙げられている。

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恐れがあると考えられる。

論文提出者の経験から、日本語を専攻として学習する学習者の心理的な特徴とし て、興味で日本語を独習する学習者或いは日本語を第二外国語として学習する学習 者に比べると、日本語学習に対する完璧さを求めるプライドが高いと考察してい る。特に 3、4 年生の学習者が 2 年以上学習期間を持ち、「もう中上級になっている のに、間違えたら恥ずかしい」という意識が強くなり、日本語教師或いは日本語母 語話者のような、間違えをすぐ指摘してくれる相手と話すことを怖がるようになっ てしまい、話す意欲が下がっていく恐れがあるのではないかという。

このような学習者に、より自由度の高い発話練習環境を提供するために、時間と 空間に制限されないアプリケーション WeChat を新しい練習ツールとして利用し、話 者の間に非同期で交替反応時間の長い発話環境で発話練習の実態を明らかにするこ とが求められていると本研究の意義を示している。

<研究目的>

本研究では、中国の大学に在籍する日本語学習者により自由度の高い発話練習環 境の提供・提案することを主な目的としている。中国に頻繁に使用されているアプ リケーション WeChat の音声メッセージ機能を利用した話者の間にある非同期交替反 応時間の長い発話環境での発話活動の実態を明らかにし、アプリケーション WeChat は新しい練習ツールとして利用する可能性を探り、WeChat 発話環境を提供・提案し ている。そのため、本研究では、二段階に分けて実践調査を行っている。

<研究の方法>

アンケートを用いて、予備調査を行った。予備調査の段階で、普段日本語発話練習 の状況、話す意欲や口頭能力に対する自己評価を調査項目として、そのような認識は 共有され、他者の場合でも同じように認識しているかどうかを明らかにしている。ま た、本調査の繋ぎとして、WeChat の使用率、WeChat を利用する発話練習の方法と教 材内容に対する要望などについて調べ、本調査の調査対象者の選定と組み合わせ、話 題内容の設定などを考察した。

スマートフォンアプリケーション WeChat のグループチャット機能と音声メッセー ジ機能を利用し、交替反応時間の長い発話環境を作る。予備調査の結果に基づき、中 国雲南省の大学に在籍する日本語専攻の学習者 6 名を調査対象者とし、1 ヶ月をかけ て、16 回の発話活動を行った。

論文提出者は発話練習を行う当日の朝 11 時(北京時間 10 時)までに、話題を WeChat グループに提示する。学習者に各話題についてテーマ発表をしてもらう。発表の長さ には制限なしで、発表形式は自由であり、即興的に発話しても、作文を書いて読みな がら発表しても構わない。原則として、締め切りは当日の夜 12 時(北京時間)まで である。テーマ発表をした後、お互いに質問やコメントなどのような自由発話を求め るが、強制はしないこととした。

<分析の方法>

分析の方法としては、中国の大学生向けの英語スピーキングテスト(CET-SET:

College English Test-Speaking English Test)の談話部分の分析で利用される相互 作用的発話機能(international language fuction=ILF :「賛成/反対」「意見情報 要求」「挑戦」「修正」「説得」「発展」「意味交渉」)の出現とその推移を見る方法を 用いた。さらに先行研究(He&Dai,2006・堀川,2007)と比較し、日常会話によく出 現する「フィラー」「間投詞」の出現とその推移も分析対象とした。会話に現れた内

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容全体を論文提出者が文字起こしし、その内容を論文提出者と日本語教育学を専門 とする中国人大学院生2名が相互作用的発話機能の認定を行った。また、会話の参 加者からはこの調査に関する自由記述アンケートをとった」。

<第一段階調査>

第一段階調査では、中国の大学に在籍する 3、4 年生の日本語学習者を研究対象者 として、中国に頻繁に使用されているアプリケーション WeChat の音声メッセージ機 能を利用した話者の間にある交替反応時間の長い発話環境での発話活動の実態を明 らかにし、アプリケーション WeChat の新しい練習ツールとして利用する可能性を目 的としている。その結果、対面会話の結果に比べ、WeChat 発話環境では、話者間の 交替反応時間が長いため、「支持」の出現率が高くなり、一つのまとまった発話を産 出することがよく見られた。また、学習者の産出するフィラーなどの出現変化に増 加する傾向が見られたことによって、WeChat 発話環境は、学習者が何を話すか準備 することができ、間違いに対する不安がある程度減少し、気楽で話せる発話環境に なっていると考えられる。しかし、全体的に見れば、相互作用的発話機能(同期で 対面型の対話ではよく現れる)の増減変化が非常に不安定であることや分析データ が少ないことなどの問題点が残されているため、学習者の選定及び組み合わせなど にも工夫し、調査協力者の人数も増やし、更に調査データを取ることとした。

<第二段階調査>

対象を雲南省に限らず、中国のさまざまな大学に在籍する日本語専攻の学習者 18 名を調査対象者とした。学習者の所属・学年などによって、3 人グループと 6 人グル ープにそれぞれ 2 組、合計 4 組に分けた。第一段階調査の結果に基づき、発話活動 の頻度を調整し、2 ヶ月間をかけて合計 16 回の発話活動を行った。

発話活動の流れは第一段階調査とほぼ同じであるが、原則として発話活動が当日の 夜 12 時までに限られているが、学習者の都合によって当日に参加できない場合、翌 日の夜までに延長可能に調整した。

第二段階調査では、第一段階調査の調査結果に基づき、調査期間や調査対象者の組み 合わせの調整を通し、実践調査を行った。第一段階調査に比べ、調査対象者を 18 名 に増やした。調査対象者を 3 人グループと 6 人グループに分け、合計 4 組のデータを 取り、分析を行った。自由発話における各相互作用的発話機能の出現率や相互作用的 発話機能の出現変化を見ることを通して、WeChat を活用した交替反応時間の長い環 境での発話活動の実態を明らかにした。また、テーマ発表におけるフィラー・繰り返 し・言い直しの出現の変化を観察することによって、発表形式の変化から、学習者の 心理的な変化を考察した。

その結果は第一段階調査の結果に一致するところが多い。「支持」や「発展」の出 現率が高いことから、第一段階調査で述べられた「WeChat 環境は考える時間が充実 しており、中断されずに話す内容を増やせ、まとまって発話することが可能だ」と いうことを更に検証できた。また、フィラーなどの出現変化に関して、フィラーな どの出現変化に増加する傾向が見られた学習者が 20 名中 17 名もいるため、WeChat 発話環境は学習者の間違いに対する不安が減少することに役立つことも明らかにな った。

WeChat 発話環境の継続性について、第 2 段階調査は、A・C グループの結果から見 れば、相互作用的発話機能の出現が安定的に増減する傾向が見られたため、発話活動 の頻度を調整することを通して、第 1 段階調査より継続性が見られた。そして、継続

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性が見られない B・D グループに対して考察すると、学習者間の親密度に影響されて おり、クラスメートのようなある程度親しく、普段でも会える相手だからこそ、話す 内容をある程度配慮しなければならないと考えられ、自己開示して話していくのは 少々困難である。つまり、学習者間の親密度の低いグループであれば、WeChat 発話環 境を活用して発話活動を活発に行っていくのは可能である。グループ人数の設定と話 題設定が発話活動の活発さに与える影響はそれほど見られないが、少人数グループの 方が「黙ってはいけない」という潜在意識に影響されるため、活発に自由発話に参加 すると推測できる。また、話題の難易度が急変することを避けて設定すれば、発話活 動が徐々に活発になっていくことが可能だと考えられる。

<中国語母語話者に対する調査>

WeChat 発話環境の特徴を再考察し、日本語学習者のデータに限らず、実際の中国語 母語話者の場合でも同じ特徴を見られるかどうかを明らかにするために、中国語母語 話者2の発話データを収集することにする。第一段階調査と第二段階調査の結果と比 較しながら、分析した。

WeChat 発話環境の特徴を再考察するために、WeChat 発話環境での中国語母語話者 の発話データを取り、相互作用的発話機能の出現について分析を行った。その結果、

日本語学習者のデータに限らず、中国語母語話者場合でも、一方的な発話である「支 持」「発展」の出現率が高いため、WeChat 発話環境は「まとめて話すこと」が引き出 されやすい発話環境であることが明らかになった。

<フォローアップインタビュー>

学習者の参与態度、WeChat 発話環境での発話活動に対する評価を知るために、学習 者の母語でアンケートやインタビューを行った。

第一段階調査と第二段階調査に参加した学習者 24 名を調査対象者として、フォロ ーアップインタビューを実施した。両調査における発話活動の終了後にフォローアッ プインタビューを実施するが、時間差があるため、第二段階調査の結果に基づき、再 び第一段階調査の協力者 6 名に連絡を取り、インタビューする場合もあった。

学習者の WeChat 発話環境での発話活動に対する評価をまとめ、WeChat 発話環境で の発話活動の利点や欠点などについて考察した。まずは、学習者の日本語口頭運用能 力に対する自己評価から、約半数の学習者が発話活動に参加することを通して、日本 語の口頭運用能力がレベルアップしたと実感していることが分かった。また、WeChat 発話環境での発話活動に対する評価に関して、「緊張しない・プレッシャーない」と 評価した学習者が多いため、WeChat 発話環境は対面ではなく、間違っても削除できる という利点があり、学習者の心理的な不安の減少に役立つと考えられる。

<日本語教育への示唆>

本研究での WeChat 発話環境においては発話活動工場の利点として以下の点が挙げ られる。

(1)話題の進展を促す「発展」が誘導されやすい

本研究における日本語学習者・中国語母語話者に対する調査によって、WeChat 発話 環境は、「支持」「発展」のような一方的な独話が引き出されやすい発話環境だと考え られる。

岡崎(2016)は、JSL(第2言語としての日本語)上級日本語学習者による日本語母

2 日本語学習者と区分するために、本研究では日本語を話せなく、実践調査に協力して もらった調査対象者を「中国語母語話者」で表記する。

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語話者との初対面会話における独話的発話3の使用実態を調査した。その結果、上級日 本語学習者は母語話者と比べて全体的に独話的発話の使用が少ないことが分かった。

そして、独話的発話のタイプには主に「感情表出」「思い出し」「気づき」4という 3 つ が観察され、日本語母語話者は複数のタイプを使用するのに対して、日本語学習者は

「感情表出」以外、ほとんど使用していないことが明らかになった。学習者に「気づ き」がほぼ皆無だったのは話題の展開を促す発話が母語話者より少なかったことに起 因するようである(岡崎 2016)。つまり、岡崎(2016)の結果から、日本語学習者は

「思い出し」・「気づき」のような自分が思い出したこと、新たな気づきを述べようと する行為がほとんど見られない。「感情表出」以外に、「思い出し」「気づき」を用い て、発話を進展していくことが日本語学習者にとって少し困難であると考えられる。

本研究第 9 章では、中国語母語話者に対して調査を行なっている。その結果、「発 展」の出現率が 16.7%を占め、日本語学習者のデータよりも高いことが分かった。「発 展」と言えば、岡崎(2016)で述べた「気づき」にある程度類似し、新たな気づきを 述べる発話である。本研究の結果は、日本語学習者より中国語母語話者が話題の進展 を促す「発展」を多く産出したことは岡崎(2016)の結果と一致しているところがあ ると考えられる。

しかし、本研究の結果から、母語話者だけでなく、日本語学習者の場合でも「発展」

の出現率が対面会話の場合より高いことが分かった。そのため、WeChat 発話環境を用 いて、発話練習をすれば、日本語学習者がなかなか新たな気づきを述べられない弱点 を克服することが期待できる。

(2)「まとまった話をする」ことの練習に役立つ

和泉他(2005)は、学習者の日本語能力上の問題点として、日本語能力が高いにも 関わらず、口頭運用の際、文を羅列するだけで段落が形成できない、一つの話題につ いて同じ情報を繰り返してしまう、自分で 1 つの話を完結できないなど、「まとまっ た話をする」のが苦手な者が多いと指摘している。そのため、「まとまった話をする」

ことを初級段階から体験し意識させることを目指した口頭表現指導教材『初級からの 日本語スピーチ―国・文化・社会についてまとまった話をするために―』を制作、出 版した。

和泉他が作った教材の目的の一つは、学習者により複雑な談話形成につながる展開 パターン(因果関係、出来事を語るなど)を取り上げ、接続詞や談話展開に関わるメ タ言語表現を使いながら「まとまった話をする」体験をすることである。

3岡崎(2016)は、「独話」に会話において他者に聞かれることを承知の上で、「聞き手不在」

であるかのようになされる発話があると述べている。会話における聞き手が意識されていな いかのような発話を岡崎(2016)では「独話的発話」と呼ぶ。

4 増田(2010)は、英語を母語とする JFL 中級学習者 6 名と母語話者である学生を対象に、

教師との会話における普通体へのシフトを検討した。独話的発話には「感情表出」「思い出 し」「気づき」「言い淀み」という 4 つのタイプが認められた。「感情表出」は「すごい」など の話者が即時的な感情表出を行う時の発話、「思い出し」は何かを思い出そうとする時の発 話、「気づき」は認識を新たにしたことを表す発話、「言い淀み」は言葉に詰まり口ごもる時 の発話である。

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本研究では、「支持」や「発展」の出現率が高いことから、学習者が「賛成+支持」、 更に「賛成+支持+発展」のようなより複雑な発話パターンを産出しやすいと考えら れる。「なぜならと言えば…」「私の考えは…」のような発話が頻繫に出現することに よって、学習者が WeChat 発話環境を用いて、「感想を言ってから理由を説明し、更に 自分の意見を出す」というより複雑で、まとまった話をする練習ができることが期待 されている。

(3)一方的な独話が多く、スピーチになりやすい

岡田(2007)は、「会話というのは複数の話者が交代で短いスピーチを繋げていく ものである」と指摘し、個々の発話(=スピーチ)に目を向けた練習が大切であると した上で、談話をまとめる練習は、話の内容を深め、継続・展開させる技術を磨く手 段であると主張している。

本研究で取り扱う WeChat 発話環境は対面ではなく、発話もほぼ同時ではないた め、会話より一方的な独話になる場合が多い。予め決められた話題について発表

(=スピーチ)するだけでなく、相手の発話を聞いてから、「このことを言えば…」

「ところで…」のような関連する自分自身のエピソードを述べる一方的な独話も観 察された。そのため、スピーチ練習の手段として、WeChat 発話環境での発話活動を 利用することも可能だと考えられる。

<学習者の心理的不安の解消>

曽(2007)は中国における会話授業で学習者が感じる教室内言語不安は「発話活動 における緊張」「語学能力に対する懸念」「間違いに対する心配」であることを明らか にした。「授業中、普段知っている日本語が思い出せない時、あせる」「日本語で話す 自信がない」「他の学生に笑われないか心配だ」などの原因で、会話授業に対する心 理的不安が生じる。

本研究では、学習者が産出したフィラーなどの出現変化を全体的に見ると、発話量 に関わらず増加する傾向が見られたため、WeChat 発話環境での発話活動は学習者の 間違いに対する不安の減少にある程度役に立ったと考えられる。

また、フォローアップインタビューの結果、発話活動に対して「緊張しない・プレ ッシャーがない」と評価した学習者が多いことが分かった。WeChat の利点に対して

「すぐ削除できる」「対面ではないから、心配しない」という評価が出たため、WeChat 発話環境は緊張感が生じなく、気楽で話せる環境だと考えられる。

日本語で話すことに心理的不安を抱える学習者にとって、WeChat 発話環境での発 話活動は不安の減少に役立つ発話練習の手段として利用することが期待できる。

4.審査結果

本論文の公開審査は、2020 年 1 月 23 日(金)午前10時~12時、91年館会議室に おいて行なわれた。

論文提出者の研究テーマは、中国の日本語学習者に対する SNS を用いた会話の指導 法の開発と、その能力育成過程での学習者の談話の分析に関するものである。中国 では SNS アプリケーションとして WeChat の音声メッセージ機能が社会の中に浸透し ている。このツールを教育利用につなげていくというのは優れた着眼点であると思 われる。また、対面型で同期的な通常のコミュニケーションでない、非対面・非同

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期の音声コミュニケーションが中国では深く浸透しつつあり、新しいコミュニケー ションの方法となりつつあると言ってよい。

本研究で指摘されているように中国の日本語教育の問題点として、文法や書き言葉 の指導が中心になり、会話や話し言葉の教育を受ける機会が十分ではないことがよ く指摘されている。これは日本語指導をするネイティブスピーカーの不足や、中国 人教員の日本語会話能力が十分ではない点、会話能力の方法論の欠如などを背景に したものである。論文提出者の研究は、SNS アプリケーションを用いて日本語会話能 力の向上を図る新しい試みとして注目すべきものだと思われる。また、実際に利用 する際の交信記録(談話のデータ)をもとに、相互の交渉としてコミュニケーショ ン内容を詳細に分析し、言語習得と談話、メディア利用の相互性を丹念に検討して いる。修士論文の作成時から同様の研究を積み重ね、査読付きの論文を3本、また すでに審査付きの学会発表も3回行なっている。

譚さんのテーマは、基礎的な教育方法研究であると同時に社会的要請の高い内容 であると思われる、この研究には基礎的な言語学の素養や、日本語の運用能力、分 析においては ICT ツールへの習熟、実験計画法や統計分析の力が必要だが、論文提 出者は、一つ一つ確実に勉学を積み上げ本博士論文を完成させた。

しかし、パイオニア的な研究としてまだ初歩の段階にあり、これから充実させてい くべき面が数多くあり、公開審査会でもさまざま指摘を受けた。

例えば、中国の日本語教育においては日本語能力試験1級を取ることが大きな目的 になっており、その試験科目に会話・作文がないことがプロダクションに関わる教 育の発展につながっていない点の分析が不十分ではないか。

また、本研究は、日本語教育学への応用を主目的としているが、実際には、WeChat の音声メッセージ機能による非対面・非同期で交替潜時のあるコミュニケーション を相互作用的発話をもとに分析、つまり談話分析に近いものである。この研究をも とに日本語会話能力が伸長したというエビデンスが得られているわけではない。教 育への応用をどのようにネットワークを形成して発展させていくかについて明確な ビジョンが建てられていないなどである。

このようにいくつか問題点を指摘することはできるが,公開審査において論文提出者の 譚は問題点については的確にとらえ,今後の課題としての方向性を示すなど高い見識を有 していることが示された。

以上から審査員一同は,譚笑に博士(日本語教育学)の学位を授与することが適当であ ると判断した。

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