【研究ノート】
経営福祉の一視点
人文学部 浜 田 照 久
目 次
1 序
2 バーナード理論からの考察 3 間教授の経営福祉
4 結
1 序
高齢化社会の進展にともなって、国による福祉政策が切り詰められる状況にあり、経営組織とし てはそれに対して何らかの対応がせまられている。つまり、国による福祉政策の切り詰めに対して、
経営組織自体が国にかわって福祉政策をおこなう必要にせまられている。そこで経営組織自体がお こなう福祉政策、つまり経営福祉はどのような観点から考えたらよいか、これを考察するのが本稿 の目的である。
2 バーナード理論からの考察
経営組織がおこなう経営福祉の問題を考えるにあたって、経営組織の基礎理論であるバーナード 理論にそれを求めることにする。バーナードは、管理者の職能は組織の諸要素コミュニケーショ ン
・
システム、貢献意欲、共通目的に対応しているとして、次のものを指摘している。それらは「第 一にコミュニケーション・システムを提供すること、第二になくてはならない努力の確保を促進す ること、そして第三に目的を公式化し、規定すること(1)」である。管理者のこれらの職能は、単な
る有機的全体の要素であって、これら諸々の要素が生命あるシステムに結合されることそれが 組織を形成しているが必要である。この結合は、活動への二つの反対の刺激を含んでいる(2)。
第一に管理者の職能の具体的相互作用及び相互適応は、一部は組織環境全体としての特定の協 働システムとその環境の諸要因によって決定される。これは論理的分析過程と戦略的要因の識別を含んでいる。つまり前述の管理者の諸々の職能は、それぞれ離れて具体的に存在するのではな くて、全体としての組織過程の部分あるいは側面であって、管理者には全体としての組織とそれに 関連する組織環境を感得することが必要とされるのである。第二にこの結合は、活動の生命力
努力する意思の維持に等しく依存する。これは道徳的側面、モラールの要素、協働の究極の理 由である。
ところでバーナードは、上述の管理過程の本質的側面、全体としての組織環境を感得するという ことは、「単なる知的方法の能力、そして情況の諸要因を識別する技術を越えるものである。それ に該当する用語は、“感覚”“判断”“センス”“調和”“バランス”“適切さ”である。それは科学よ りもむしろ芸術の問題であり、論理的であるよりもむしろ審美的である(3)
」と指摘する。そしてこ
のような管理過程において考慮されなければならない要因が、組織の有効性と組織の能率なのであ る。この組織の有効性と組織の能率の両者が確保されているとき組織は存続するわけであり、管理 者には組織の有効性と組織の能率を確保することが要請されている。組織の有効性
組織の有効性とは、「環境情況に対して、その目的が適切であること(4)
」、最終目的が与えられて
いるとすると、「最終目的の達成のために、全体としての情況のもとで選択された手段の適切さに 専ら関係している。(5)」したがって有効性の程度は、目的の達成の程度であって、行われた行為及
びそれによって得られた客観的結果が、個人的動機を満たすのに必要な諸力や物を協働システムの ために十分確保したかどうかである。さらにバーナードは次のように指摘する。「組織の生命力は、協働システムに諸力を貢献しよう とする個人の意欲に依存している。この意欲には、目的が達成できるという信念が必要である。事 実、目的達成の過程においてうまくいかないと思われれば、この信念は消失してしまう。かくして 有効性がなくなると貢献意欲は消滅する。(6)
」このように有効性には、目的が達成されるという信
念が必要とされ、この信念は管理者が貢献者に与えるものと解されよう。管理者は有効性を確保す るために、目的を設定し、信念を与えて貢献意欲を確保することが必要であり、前述のように管理 者の諸機能は、管理過程の側面であって、有効性の確保には管理者の機能の総てが結合しているの である。またバーナードは、次のようにも指摘する。「組織の継続は、その目的を遂行する組織の能力に 依存する。このことは明らかにその活動の適切さと、環境の諸条件の両方に依存する。換言すれば、
有効性は主として技術的過程の事柄である。(7)
」「各々の技術的過程は、同じ協働システム内で用い
られている総ての他の技術に依存する。一般目的を細部目的に分割することが、これを示している。細部目的の正確な形は、一般目的とその部分の達成可能な過程とによって形成されている。(8)
」こ
のように有効性は技術の問題であり、協働システム全体の有効性にとっては、これらの技術が統合 されていることが必要である。この技術的統合は、協働システムの規模ないし範囲に影響を与える という点で非常に重要であり、多くの組織が失敗するのは、この技術的統合を考慮しないからといえよう。
以上見て来たように、管理過程を組織の有効性の側面に限っても、それは全体の統合の過程であ り、「局所的な考慮と広範な考慮との間、一般的な要求と特殊的な要求との間に、効果的なバラン スを発見する過程である。(9)
」ところが全体という観点が常に支配的であるのは、能率最後の
分析においては、有効性を含むとの関連においてであると、バーナードは指摘する。「現代の 大規模な産業の統合の多くは、経済的考慮は別にして、効果的目的達成の手段としての技術の全連 鎖を統制する必要にあると考えられる。逆に、この問題を回避することが困難である故に、しばし ば非経済的な操業に陥ることになる。つまり余り規模が大きくなりすぎれば、伸縮性と適応性が減 少し、非能率が強いられる。(10)」つまり、経済的、技術的、科学的等の特殊的側面からによる統制
が支配的であるために、能率が確保されず、組織が存続しえなくなることがある。このように総て の要素を調和的に処理しないために組織の存続が危うくなるとすれば、全体を感得する技量のある 管理者が、修正行動をとらねばならない。かくして管理者には、常に全体を感得する技量、センス といったものが必要とされ、能率との関連において有効性は考えられるべきものなのである。組織の能率
組織の能率とは、「そのシステムの均衡を維持するのに十分な程、有効な誘因を提供する組織の 能力である。組織の生命力を維持するのは、この意味における能率であって、物質的生産性の能率 ではない。(11)
」すなわち、提供しうる物質的利益や社会的利益は一般に限られていると考えられ、
そこで生産的観点からの能率も、単に何がどれだけ生産されているかということだけでなくて、個 人の貢献に対して何がどれだけ与えられているかに依存するのである。
物質的利益や社会的利益がもし不当に配分されれば、ある人には不足することになる。それゆえ 能率は、一部は協働システムにおける配分過程に依存しているといえる。さらに協働システムが能 率的であるためには、満足の余剰を創り出さねばならない。なんなれば、もし貢献者が自分の投入 するものを取り戻すだけならなんら刺激はないわけで、その貢献者にとって協働は、なんの純満足 ももたらさぬこととなる。個人にとって能率とは満足のいく交換であるので、かくして協働の過程 には、満足のいく交換の過程も含まれる。このように能率は一方においては、協働が獲得し生産す るものに依存するとともに、他方においては、それらをいかに配分し、動機をいかに変えるかに依 存するのである。究極のところ、組織の能率とは組織と個人との間の相互交換の問題であり、組織 活動を引き出すに十分な程個人の動機を満足させて、組織活動の均衡を維持することであって、
「組
織の生命は、その目的を遂行するに必要なエネルギーの個人的貢献(物質ないし貨幣等価物の支配 の移転をも含めて)を確保し、維持する能力にかかっている(12)」のである。
ところでこのような組織の能率について、バーナードは組織自体の維持という観点に立って、組 織自体の経済である組織経済の均衡という側面から分析されうることを示唆している。バーナード は組織をその機能効用の創造、効用の変形、効用の交換の側面から見ると、組織を中核と した物的システム、人的システム、社会的システムによって構成されている協働システムには、組
織経済、物的経済、社会的経済、個人的経済の各種の経済があると指摘する。これらの各経済は、
組織経済を中核としたバランスの上に成り立っているのである。組織経済は、組織が統制する物財、
組織が統制する社会関係、組織が調整する個人的活動に対して、その組織が与える効用のプールで あり、したがって組織の効用は、個人の評価ではなく、組織に独自なものとしての組織の調整行為 に基づいた評価であって、物的所有、社会関係、そして個人の貢献で何をすることができるかとい うことを基礎にして、組織が自ら評価したものである。それゆえバーナードは次のように指摘する。
「組織経済の均衡は種々の効用を十分に支配することそして交換することそれによって組織を構成
している個人的貢献力を支配し、交換しうるようにすることを必要とする。組織はこれらの貢献力 を使用することによって、効用の適切な供給を確保し、その効用を貢献者に配分することによって、貢献者から効用の適切な貢献の継続を得る。これらの貢献者が、自らの交換における余剰、すなわ ち純誘因を要求する限り、組織は自らの経済において、交換、変形そして創造によって効用の余剰 を確保するときのみ、存続することができる。(13)
」
以上の考察から、組織の能率は次の二つの統制から生じるといえる。「交換点、つまり組織の周 辺でのアウトプットとインプットの統制、そして組織に内的であり、生産要因である調整である。
交換は配分要因であり、調整は創造要因である。(14)
」前述したように、組織は確保した効用を貢献
者に配分することによって、貢献者から効用の適切な貢献を継続して受け取ることができるのであ るから、組織の能率は、一つは貢献者との配分に関係するものである。しかしながら、バーナード は次のように指摘する。「配分的要因においてどんなに能率が得られても、大抵の場合、協力しな いで個々に得ることが可能な満足の総計よりもより大きい総計は得られないだろう。生存するため には、協働はそれ自体余剰を創造せねばならない。配分における保守主義の必要は、協働からの余 剰がほとんど成功している組織においても小さく、浪費を許すほど十分でなく、こうした事実によっ て組織が崩壊する可能性に原因がある。(15)」したがって貢献者が純誘因を要求する限り、組織は自
らの経済において効用の余剰を確保するときのみ存続することができるといえるわけで、多くの事 情のもとで、第二の要因である調整の質が、組織の存続における決定的要因となるのである。そしてバーナードは、配分の統制は高度に発達した技術の問題となっているが、創造の能率は結 果的には技術の発明を含むが、性格としてはもともと非技術的であると述べ、次のように指摘する。
「必要なことは、全体として物事を見るセンス、全体に対する部分の永続的従属、すべての諸要因
他の管理職能、技術、説得、誘因、コミュニケーション配分の能率からの、もっとも広範
な観点に立った、戦略的要因の識別である。物的、生物的、経済的、社会的、個人的そして精神的 効用を計る共通の尺度はありえないので、創造的協働の戦略的要因の決定は、センスの問題であ り、釣合い感の問題であり、全体に対する異質的な諸部分の重要な関係の問題である。(16)」このよ
うに全般的管理の過程は、その重要な側面において知的なものでなく、それは審美的、道徳的なも のであるといわれ、この管理過程の遂行には、適合性のセンス、適切性のセンスそして責任といっ た能力が必要とされるわけである。この点に関しては、管理責任の最高の表現として、管理者による道徳準則の創造が主張せられていることは、以前に指摘してきたところであり、それは信念を創 造することによって協働的な個人的意思決定を鼓舞するというリーダーシップの問題であった。し たがって、組織の存続にとってリーダーシップが重要な鍵となり、バーナードは、「組織の存続は、
リーダーシップの質に依存する。そしてその質はその基礎にある道徳性の幅から生じる」、「組織の 存続は、組織を支配している道徳性の幅に比例する。このことは、見通し、長期目的、高い理念が 協働の持続性にとっての基本であるということである(17)
」と指摘する。
それゆえ、組織への貢献者が、その協働的努力を提供する際の満足と犠牲の主観的な評価は、短 期における評価だけではなくて、長期、未来にわたっての評価であることが注意されねばならない。
管理者は貢献者の動機に積極的に働きかけるわけであるが、この際必要とされるのが信念を創り出 すというリーダーシップなのである。貢献者間にこの信念があればこそ、長期的観点に立って貢献 者は満足と犠牲を評価することができるわけであり、それに基づいて、継続的努力を提供するので ある。
以上述べてきたように、管理過程においては、組織の有効性と組織の能率の確保が考慮されなけ ればならず、これは管理者の行為基準であるといえる。組織の均衡をその機能的側面から見ると、
組織経済における組織の能率有効性を含むの確保の問題として把握される。それは個人の 動機を満足させて、組織活動の均衡を維持することであり、いかなる組織においても、必要な貢献 を確保し維持していくためには、誘因と説得がともに必要である。経営福祉はこのような誘因の一 つとしてそして重要な説得の機能を果たすものと考えられる。すなわち、社会福祉が次第に削られ ていく時代にあって経営福祉は組織貢献者の貢献意欲を獲得する大きな誘因として機能するのであ る。
ところでこの貢献意欲が生じるのは、「まず、協働の機会が個人が一人で行為するのと比較して、
何らかの利益を与えるかどうか、そしてもしそうであるなら、その利益は、他の協働の機会から得 られる利益よりも多いか少ないかということ(18)
」、すなわち、個人が協働することによってこうむ
る犠牲と比較して、そして他の協働から得られる誘因と比較して、満足が大きいと考える場合、つ まり、純満足(純誘因)を得られると判断する場合に生じると考えられる。このように貢献意欲が 生じるのは、協働にともなう犠牲と満足との比較考量に基づいた判断の結果であり、これはまった く、個人的、主観的基準に基づくものである。つまり、まず協働に参加するかの意思決定をおこな う。このとき、この協働に加わることによってこうむる犠牲と得られる満足とを主観的に比較考慮 する。さらに他の協働から得られる満足の機会をも比較検討し、この協働に参加したほうが純満足 を得られると主観的に判断したとき、はじめてこの協働に参加する。次に、貢献行為を提供し続け るかどうかの意思決定をおこなう。協働の目的に貢献すること(犠牲)
と、協働から得られる誘因(満
足)との主観的比較考慮をおこない、純誘因(純満足)を得ることができると判断したとき、協働 の目的の達成のために貢献行為を提供する。ところが逆に犠牲のほうが満足より多いと判断したと きは、貢献意欲は生じない。この場合は貢献行為をさしひかえるか、あるいは協働関係から去っていくと考えられる。
以上見てきたように、個人の貢献意欲が生じるのは、犠牲と満足との主観的比較考量において、
個人が純満足を得ることができると判断した場合である。ただここで注意を要するのは、この犠牲 と満足との比較考量は、前述したように、現時点のみに限られるものではなくて、長期、未来にわたっ たものであるということである。積極的な貢献意欲は、将来に対する期待、信念に基づいた犠牲と 満足との比較考量から生じるのである。このような貢献意欲の獲得こそが経営組織の存続にとって 重要な要素であり、それを獲得するのが管理者の重要な役割であり、経営福祉はこれからの経営組 織にとって重要な誘因となるであろう。
こうした経営福祉について、間教授は『経営福祉主義の進め(19)
』において、その重要性を指摘
している。次にその主張を概観していこう。3 間教授の経営福祉
間教授の主張を見ると、次の通りである。企業は全体社会を構成する部分であるから、経営福祉 も社会福祉の一部と考えられる。福祉は究極的には、一人ひとりの主観的な判断の問題である。こ のように経営福祉は社会福祉の一部であり、それを判断する、個人、個人の主観的側面を重視して いる。そして国土が狭く、資源に乏しい国で国民全体が幸福になろうとすれば、福祉国家の方向を 選ばざるを得ない。この場合に、企業は社会の一部分として、社会の構成員である従業員の福祉に 対して責任を負わされることになる。従業員の福祉の向上は、いわば企業にとっての社会的責任で あり、社会福祉の一環としての立場が守られなければならないとしている。こうした社会福祉の一 環としての経営福祉という認識を明確に持つ必要性を強調し、それを「開放的経営福祉主義」と呼 んでいる。したがってそれは社会福祉の諸施策と密接に関係しており、積極的にその調和をはかっ ていく必要性をといており、その方向こそが今後の企業経営の進むべき道としている。間教授の主 張は、以上簡単に見てきたように、社会福祉と経営福祉の調和をはかり、従来の法定外福利が主で 法定福利が従の考え方を逆転させる方向を示唆している。すなわち、経営福祉は経営組織にとって は法定福利費の増大となって現れるが、総論賛成、各論反対の姿勢でのぞむのではなく、経営福祉 と社会福祉との調和をはかっていくことが日本企業の進むべき方向であると主張している。
4 結
間教授が指摘した日本企業の進むべき道として、経営福祉と社会福祉との調和をはかることこそ 重要な道と思われるが、それには多くの困難が予想される。しかしバーナード理論から考えると、
経営福祉はこれからの社会において貢献意欲を獲得する重要な誘因となりうるし、管理者にとって は経営福祉の主観的効用をうったえて経営組織の存続をはかっていくことが必要である。間教授も
指摘しているように、福祉の問題は主観の問題であり、バーナード理論からは、経営福祉という誘 因にたいして主観的比較考量が貢献の基礎になり、それを獲得するのが管理者の役割であり、経営 組織を存続させていく道である。経営福祉の発達は、これからの日本の経営組織に求められている 方向といえよう。
注
(1) C.I.Barnard,The Functions of the Executive,1968,p.217
(2) ibid.,p.235
(3) ibid.,p.83
(4) ibid.,p.236
(5) ibid.,p.82
(6) ibid.,p.91
(7) ibid.,p.237
(8) ibid.,p.238
(9) ibid.,p.238
(10)ibid.,p.93
(11)ibid.,p.92
(12)ibid.,pp.244-245
(13)ibid.,p.254
(14)ibid.,p.256
(15)ibid.,pp.256-257
(16)ibid.,p.282
(17)ibid.,p.282
(18)ibid.,p.85
(19)間 宏著『経営福祉主義のすすめ』東洋経済新報社 昭和54年