特集◎中国演劇におけるジエンダー
演 じ る 性 ︑ 演 じ ら れ る 性
舞台からも客席からも追われた明清時代を経て︑女性は今や舞台に立ち︑舞台を支える︒男性が女性を︑女性が男性を演じる舞台が意味するものは?男性︑女性︑演じること︑見ることを︑日中両国の演劇人︑研究者が語りあう︒
楊小青︿元漸江省越劇小百花演出団演出家﹀×黎継徳︿黙耀劇︑﹀×
伊藤茂︿神戸学院大学人文学部教授﹀×細井尚子︿粒駁灘会﹀×中山文︿榊葬繊欝﹀司会松尾肇子︿愛知大学現代中国学部助教授﹀
松尾本日は︑愛知大学現代中国学会お
よび関西中国女性史研究会共催の座談会
にご出席くださいましてありがとうござ
います︒今日ご出席の講師は︑中国から
遠路お越しいただきました楊小青先生と
黎継徳先生︑日本からは伊藤茂先生と細
井尚子先生︑中山文先生です︒
楊小青先生は漸江省の越劇の元女優さ
んですが︑後には小百花演出団の演出家 として数々受賞されました︒現在は国家
一級導演︑中国戯劇家協会理事など︑大
変多くの肩書きをお持ちであるばかりで
なく︑彼女なくして中国戯曲界はまわら
ないという方です︒黎継徳先生は﹃中国
戯劇﹄という戯曲専門誌の副編集長とし
て大変お忙しい日々をお過ごしです︒ま
た︑梅花賞の選考委員を連続して務めて
おられまして︑中国で現代の演劇を一番 たくさん見ている男︑と言えると思いま
す︒中国演劇界の表も裏も全て知り尽く
した方です︒伊藤先生は神戸学院大学教
授︑日本芸能・演劇の専門家でいらっしゃ
います︒実はご自身も狂言役者であり︑
役者と研究者と二つの目で︑中国の演劇
にも切り込んでおられます︒細井先生は︑
まだ限られた外国人に限られた地方しか
解放されていなかった一九八〇年代中葉
演 じ る性 、演 じ られ る性
M
から北京や四川︑福建などでフィールド
ワークを続けています︒最後に中山先生︑
関西中国女性史研究会代表として︑同研
究会の紹介を簡単にお願いします︒
中山私たちの研究会は関西に在住する
比較的若い女性研究者の集まりです︒活
動はすでに十年近くなります︒中国学を
志す女性は毎年増えておりますが︑それ
でもやはり男性と比べるとまだまだ少な
い︒ぜひ︑その中でも女性学やジェンダー
の視点を持った中国学研究者が増えてほ
しい︑という思いがあります︒
松尾それでは︑最初に黎先生︑中国現
代演劇界の女性についてお話し下さい︒
現代中国演劇界における
女性の活躍
黎中国では私はいつも舞台の下で人の
発言を聞く立場ですので︑今ここで発言
することに大変緊張しております︒明日
は三月八日︑国際女性デーという日に︑
ジェンダーの問題︑とりわけ中国演劇に
おける女性の︑ジェンダーの問題につい
て語る︒ぴったりだと思います︒今は簡
左 ◎楊 小 青[YangXiaoqing]
右 ◎ 黎 継 徳[LiJide]
単に中国の現代演劇が発展する過程にお
いて︑女性の演劇人が︑ゼロからどのよ
うに発展したのか︑少ないところからど
のように多数になっていったのか︑弱者
からどのように強者になっていったの
か︑その変化の過程を簡単にお話ししま
す︒そこから中国の現代演劇発展の一般
的な状況︑中国の女性解放の過程をご理
解いただければと思います︒
中国の現代演劇の発展において︑女性
の演劇人は無視することのできない力に
なっています︒中国では現在演劇人だけ
で何十万人もいます︒二三万人とする説
もありますが︑実際のところ︑はっきり
した数字は出ていません︒その中で女性
の割合は相当に高いと言ってよいでしょ
う︒歴史的に見ても︑女性の割合も力も
日ごとに増しています︒いくつか職業別
に状況を説明したいと思います︒
まず女性作家︒清朝まではいないに等
しい︒このことは演劇の脚本︑演劇文学
においても同様です︒言いかえるならば︑
演劇における発話の権利という点におい
て︑女性は基本的に言葉を失った状態で 4
あったと言えると思います︒その原因は
たくさんありますが︑最も重要な理由は︑
封建社会の女性に対する圧迫︑女性に対
する差別的な考えでしょう︒それから︑
男権的発想による発話の言葉が女性の権
利に対する発話の言葉を圧迫したという
こともあると思います︒この点では日本
の演劇も世界各国の演劇も同様でしょ
う︒
封建社会が覆され︑とりわけ中華人民
共和国が成立してから︑女性の政治的経
済的地位が日ごとに高くなるにつれて演
劇に携わる女性もだんだん増えていきま
した︒ゴーリキーは︑脚本というのは最
も難しい文学形式で︑多くの女性の関与
を得て初めて︑人に誇れるような成果を
収めることができると言っています︒中
国について申し上げますと︑中国戯劇家
協会が主催している﹁曹禺戯劇奨.劇作
奨﹂の歴代受賞者は︑一九八〇年から二
〇〇二年まで一五回︑五二九人のうち五
〇人が女性です︒例えば沈虹光という女
性作家の﹃同船過渡﹄は︑﹃長江・乗合い
舟﹄という翻訳で日本でも公演されまし た︒何翼平の﹃天下第一楼﹄は北京人藝
のレパートリーのひとつとして今も演じ
続けられています︒
女性の演出家は︑新中国成立後︑だん
だん頭角を現すようになりましたが︑何
人いるか︑統計は出ておりません︒孫維
世︑陳甑︑陳薪伊︑曹其敬︑張璋︑田沁
蓋︑楊暁彦などが︑今の中国演劇を代表
する優秀な女性演出家です︒それからも
ちろん︑本日ご出席の︑元漸江小百花越
劇団の演出家で︑現在中国で最も優秀な
演出家の一人である楊小青さん︒とりわ
け楊先生の越劇﹃西廟記﹄︑﹃陸游と唐碗﹄﹃荊銀記﹄などは︑演劇界に大きな貢献を
収めた作品です︒これらは中国女性の芸
術的才能を発揮しただけでなく︑女性の
社会︑人生︑愛情︑結婚︑芸術︑男女の
関係などに対する女性自身の考えをあら
わしています︒
次に女優です︒中国の封建社会におい
て俳優の地位は極めて低かった︒﹁七侶︑
八優︑九儒﹂という言い方があり︑侶は
妓女︑優は俳優︑儒は読書人のことです︒
読書人が一番低いところに置かれている わけです︒女優の地位に関しては︑言う
までもなく低かったわけです︒元朝には
珠廉秀︑順時秀などの女優が現れたので
すが︑彼女たちはみな妓女でもあり︑芸
を売ると同時に自分自身も売ったという
ことです︒当局の規制と世間の偏見とに
よって︑女性は演技する権利を剥奪され
てきました︒明清時代には︑女優が公共
の場所で公演することを禁じるお触れが
何回も出されました︒ですので︑二百年
ほどある京劇史の早期における俳優はみ
な男性で︑光緒年間になってやっと女優
が出現します︒新中国が成立してから︑
女優もだんだん増えてきました︒その多
くは新中国になってから養成された人た
ちで︑多くが今中国で活躍する有名な演
劇人になっています︒
それからもうひとつ︑私が所属する中
国戯劇家協会が主催する﹁中国戯劇梅花
賞﹂︑これは中国の中年・青年の優秀な俳
優に与えられる最高の賞で︑﹁中国のオス
カi賞﹂と呼ばれていますが︑一九八二
年から二〇〇三年までに四八二人が受賞
し︑女優はその半分以上を占めます︒梅
演 じ る性 、演 じ られ る性
5
花賞を二回受賞することを﹁二度梅﹂と
呼びますが︑その二八名のうち女優は一
八名で︑男優を上回っています︒
中国の伝統劇の役柄には︑﹁生︑旦︑浄︑
末︑丑﹂があり︑長い間﹁老生﹂が主で
した︒女性役である旦は脇役に過ぎず︑
男性によって担われていました︒一九二
七年に︑王謡卿という俳優がこのルール
を破り︑最初の女優である李慧琴を自分
の弟子にし︑同年︑梅蘭芳が新艶秋とい
う女優を自分の弟子にしたあたりから︑
中国の伝統演劇の舞台に女優がだんだん
増えてきました︒そのあと︑四大名旦と
言われる梅蘭芳︑程硯秋︑尚小雲︑萄慧
生らの努力によって︑京劇はそれまでの
老生という役柄が主であったところか
ら︑女性役である旦を主とするものに変
わりました︒基本的に現在中国では旦と
いう役柄は女性が担っています︒﹁男旦﹂(男性が演じる旦)という役柄は中国にお
いては特殊なケースになっていて︑本来
の意義はすでに失われ︑かつ後継者もほ
とんどいません︒
ところが女性役ではないはずのそれ以 外の役柄に︑かえって女優が多く生み出
されています︒例えば女性の﹁小生﹂(若
い男役)や﹁花瞼﹂(隈取をした性格の強
い浄という男役)が生まれ︑その数は少
なくない︒女性だけで演じられる越劇と
いう演劇も生まれました︒これは中国現
代演劇の発展における非常におもしろい
現象だと言えると思います︒その中には
社会学︑政治学︑芸術学︑美学︑心理学
など各方面の意義が含まれるだけではな
く︑ジェンダーの文化学や文化人類学の
秘密も隠されていると思います︒ジェン
ダー文化学︑文化人類学の鍵を解く暗号
は︑みなさんに解読していただくという
ことでお願いします︒
女性演劇の成立
松尾それではこのたび越劇に関する論
考を発表したばかりの中山さんから︑女
性演劇成立までのところを解説願えます
か︒中山さんは現代文学研究から転向し
たのでしたね︒
中山一九九九年に長期留学の機会を得
て︑北京と上海で二五三本のお芝居を見 てきました︒ちょうど建国五〇周年紀念
のために全国からレベルの高いお芝居が
集まり︑連日上演されていたのです︒最
初に見た越劇が楊小青さんの﹃荊銀記﹄
で︑これこそ中国のフェミニズム演劇だ
と驚嘆しました︒二年前でしたか︑日本
ペンクラブの招きで京都に池莉がおみえ
になり︑いっしょに食事をしました︒専
門を尋ねられて︑﹁女性文学と女性演劇﹂
と答えたのです︒池莉が変な顔をしまし
てね︑﹁女性演劇?何それ﹂と言うので
す︒﹁女性文学﹂というものがあるのだか
ら﹁女性演劇﹂だってあっていいじゃな
い︑と私は言ったのですが︑﹁女性演劇な
んて︑聞いたことがない﹂と言われたん
です︒それで改めて考えてみました︒女
性演劇という言葉があるとしたら︑一体
それはどういうものを指すのだろう︒女
性が女性のために女性の見たいものを作
る︑つまり︑作り手と観客︑その双方に
女性を想定して作った演劇であろうと思
いました︒
ところで女性文学があって女性演劇が
ないのには︑大きな理由があります︒お 6