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上野千鶴子『ナショナリズムとジェンダー』青土社、一九九八年

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上野千鶴子『ナショナリズムとジェンダー』青土社、一九九八年

岩 本

美砂子

この本の貢献は、いわゆる「従軍慰安婦」問題を、「日本・の・フェ、、‥妄ム」の質を問う最大の問題として、

この本でも、難しい熟語やカタカナが文章の中に並んでいた。これを読んだ私は、自分のことは棚に上げて、

1フェ、、、ニズムとほ第一に、そうした知的エリート主義の語り口を破壊する試みだったのでほないか」と、ツッ

上野氏は、「00プロジェクト」とか「△△パラダイム」という言い回しを多用する。「転向」だとか「革新」

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ぅことばほ、知っているつもりである。けれども筆者が読者とどのような意味を共有したくて使っているか、

断っていない。このやり方は徹底していて、読者を不安のなかに宙吊りにする。こうした術語について、「いわ

ゆる何々」という大雑把な理解のままでいいのだろうか。短い説明のための文や引用が皆無とはいわないが、

文章を追っていく中で引っかかりを感じた時、それが上野氏の論理の乱れのためか、私の読解能力の低さのゆ

えか、こうした言葉のどれかを共有し損なったせいなのか、判然としないのである。

普通の読者は、彼女の他の著作まで引っばり出して用語法を確認するはどヒマではない。引っかかったとこ

ろに長居をしたくなかったら、自分の不勉強か怠惰を責めて次ぎに進むことを促される。だがこの本の屋台骨

を支えるべき、「あの戟争」ということばについてさえ、断り書きがないのだ。

どう読んだらいいのか途方に暮れた私にとって、それは、

「あの戦争」ったら「あの戦争」よ、頭が悪いのね

と響き、いらだった私にとっては、

「あの戦争」ったら「あの戦争」よ、(フエ、、、ニストなら)わかるでしょ、ねっ

と、甘えて響いてしまう。読者は筆者との距離がとれない。

何も挑発をやめろとか、厳密な概念規定をせよとかいうのでほない。この本をドレドレとひもとく読者に対

して、あらかじめ「戦争」について理解を共有していることを要求してしまっている語り口が、問題なのだ。

そして、彼女の「あの戟争」と、私の「あの戦争」とほ、果たしてどこまで重なっているのか、最後までわか

らなかった。まして「上野フエ、、、ニズム」に不慣れな読者に対してほ、何をいっているのか共有の手がかりを

塞いでしまっているのでほないか。

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上野氏は、一九九一年の湾岸戦争に際して、合衆国の全米女性横構(NOW)が女性の戟闘参加を要求した

ことを、間違ったことだと論難している。しかし彼女は、「あらゆる戦争に反対」という主張も、「よい戦争と

悪い戦争がある」というそれと対立する立場をも批判するという。女性は本質主義的な意味での平和勢力では

ない、ともいう。もし上野氏が「本質主義的な戦争反対」でないのなら、彼女たちに「戦争に賛成だから直ち

に間違っているLということほできないほずなのに。ここでまた私は宙吊りにされてしまった。どうも、ナショ

ナリズムに乗せられたから間違っているということのようだ。しかし彼女のナショナリズムほ、「定義によって」

戦争せざるをえないものだ

ナショナリスティックな反戦とかは成立しないことになる1‑‑㌧そして、最終

ページでほ「戦争は犯罪だ」とあっけなく言い放っている。絶対平和論と是々非々戦争論を「止揚」したと称

して、「犯罪」 にもっていくのが、「上野流・弁証法」なのか。「戦争をどう考えるかは、読者のご自由」という

放り出し方ではなく「私の見解を、あててご覧なさい」という放り出し方ではないのだろうか。

話ほ変わるが、上野氏と勤め先は違うが私も国立大学の教員である。ひょっとして彼女と私は同じ悩みを抱

えているのかも知れない。それほ、学生たちの次のようなレポートに直面するということだ。

私たちは生まれながらに平等のほずです。しかしこのような差別があるとほ、理解できません。……

とか、

基本的な人権が保障されているはずの現代の日本で、こんな人権抑圧があるなんて、許せない。……

とかいう代物である。私ほ、最近はこれらのレポートを添削して返却している。

「はずLって何?、誰が保障するの? 憲法があるからって自動的に保障されるの? あなたがただ「許

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せない」とつぶやいているだけで、世の中が変わるとでも言うの?

などと朱をいれて。

具体的な苦悩に接近する感性をもたず、憲法とか人権とか唱えると正しい答えになる(高校までの社会科で

百点が取れる)という発想に慣れきった学生たち。彼ら同時代の青年の社会認識の程度から、この社会全体の

程度が知れると嘆きたくもなる。そして社会に向かって、次のように叫ばなければという思いに駆られるのだ。

人権とは西洋近代がこしらえたフィクショソであり、白人男性ブルジョワジーの基準にあわせたものだ。

「人権(男の権利、ザ・ライツ・オブ・メソ)思想Lこそが、夫や父の権利を守って女性を抑圧してきた

時代も長い。幻想を持つんじゃない、

と。上野氏のこうした人権概念批判に、私も共感するところがある。

しかしそれは、楯の反面だ。

権利ほ、そして権利を保障するために作られる法律は、国民国家がその統治者に悪意的に暴力装置を用いる

ことを抑制するルールである。日本国が一応言論の自由という権利を認めているから、上野氏も私も、その言

論ゆえにほ投獄されない。また我々二人ほたまたま国家公務員で、国立大学教員に任期制が導入されない限り

ほ、「未婚の母」であっても(これほ私)セクハラ加害教員の処分が進まないのと同様に、強固に身分が保障さ

れていることは別としても、万一クビになっても失業保険給付があてにでき、突然幼子を抱えた男性と恋に落

ちても、年度あけには保育所に入所可能と期待でき、長患いでも(これも私)二割の負担で医療を受けられる。

これらほ、現在の国民国家が「国民」に保障している権利である。この系で、医療保険・年金保険などの加入

には長い間国籍による加入制限条項があった。しかしこれも法律改正という手続きで改善されてきたのだ。

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国民国家とは、単なる「想像上の」ものではなく、暴力装置とその使用のルール(徴税法も/)に加え、様々

な給付や機会のネットワークとしてある。もちろん、このネットワークの選別性は、「民族」にだけ作用するの

ではない。「サラリーマンの配偶者で年収一三〇万円未満の老は、国民年金の掛け金を免除する」という規定に

見られるように、中立性の衣さえほとんど脱ぎ捨てた性差別的な専業主婦優遇策をも内包し、非嫡出子の相続

差別の温存や、離別した父からの強制的養育費取り立て手続きの「未整備」などの装置により、「二親そろった

家庭」という規範からの逸脱に明白なサンクショソを与えている。これらの法律を改正しょうという試みは、 「固矧のコンセンサスを得ていない」という言説によって阻まれる。

そして、ボーダーレス化が進んでもなお圧倒的な格差を持って存在している国民経済が、この「想像の」共

同体の依りつく場所として吃立している。

権利という概念は西洋近代の発明品であるが、今、ここの私の生活を形作るものとして個々の権利があり、 「権利侵害」だと言い立てうることが、国家・社会と闘う手段となっているのだ。権利侵害を受けたという要

求が「国民」 の外から出た場合にも、これを国民の枠を越えるべき、あるいは他民族にこそ保障しなければな

らない権利だと立法府が受け取れば、対応がなされる。その立法者を変えるのほ、国民の選挙という権利であ

る。

確かにいわゆる「五五年体制」という三八年間の自民党一党支配の下で、日本のフェ、、、ニストは自国の代議

制民主主義に、欧米の姉妹たち以上に失望を味合わされ続けてきた。しかしそれほ、時々に姿を変える政治の

帰結であり、「定義によって」代議制がすべてフェミニズムの要求を排除するのではない。このような日本のフェ

、、、ニストが陥りがちだった本質主義=悲観主義は、長老と二世の男性議員の支配と、霞が閑の官僚たちの代議

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制下の分もわきまえない横行という嘆かわしい日本政治の現状の延命に、かえって手を貸してこなかっただろ

うか。

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ここで私たちは、女性参政権という、第一波フェ、、、ニズムの課題ともう一度出会う。先発国の多くで、参政

権の拡大は第一次世界大戟と期を一にしていた。戟前の参政権運動に加え、女性の総力戦への協力の評価と、

女性の平和主義や運動への期待という矛盾をはらむ契機によって、選挙法が各国で改正されたのだ。私ほ、女

性参政権を絶対的に擁護する。「二級市民」であった女性が「一級市民」として国民国家に取り込まれることだ

という、上野氏の主張にもかかわらず。

「あの戦争」に、参政権がなかったから女性は責任がない、というつもりほ一切ない。しかし、よりよく責

任を取るため、他国の女性から、あるいは自国の女性から(上野氏が注視するという日本人慰安婦からあがっ

たとして、それを含む)の、「人権を侵害した責任を取れ」という声によりよく応えるため、私たちは「立法府

を動かす選挙権老」・「代表者になりうる有権者」 でなければならない。

必要なのは、この本の「あとがき」のように唐突に国家補償のための特別立法の可能性にふれることではな

い。運動や思想が法理を「直接」動かすのでほなく、ここに立法という私たちが変革しうる装置が介在してい

ることを、認めるような論理構成に立つことだ。この認識に立つことによってようやく日本人女性は、「慰安婦」

問題を取り上げ政治課題とすることに失敗してきたという長きにわたった事態の、責任の主体となることがで

きる。上野氏は、足立真理子氏の指摘によって、自身の論理構成に「国家」という機制が欠如したことに気づ

いたという。ならばその上にたって、批判としてほ鋭いが、フェ、、、ニズムによる改革の論理的可能性をあらか

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じめ閉じてしまうような国家や法律・権利の本質主義的還元から、自由になってほしいものである。

上野氏は、社会主義婦人解放論の中でフェミニズムが「階級」の論理に十分すぎるはど搾取されてきた、と

いう。そしてだから、フェミニズムが「民族」の論理によって搾取されることに反対だ、という。しかし今ほ、

彼女の言う1日本フェ、、、ニズム」(という実体?があるとして)が、そう予防するべき時なのだろうか。そうで

はなく「日本・の・フェ、、、ニズム」が、戦後においてもすでに十分すぎるほどナショナリズムに侵されていた

ことを、批判するべき時なのでほないだろうか。

この本は、合衆国やフラソス共和国のフェ、、、ニズムが、彼女たちが関与した「戦争」の正当性を自ら問って

ほいないという。それは誤認である。この点については、すでに岡真理氏たちからも批判が提出されている。

第二波フェ、、、ニズムは、ベトナム反戦運動の質を規定する力を持った。第二波フェ、三ズムほ、「正義の戦争」

を、あの戦争であれこの戦争であれ、男根主義的なものとして暴き立て徹底的に批判した。この経緯を踏まえ

れは、湾岸戦争時の米国についても、NOWについても、一枚岩的な参戦派として描くのでなく、もっと留保

のある書き方になるはずだと思う。

他方、米ソ冷戦体制の崩壊まで唱え続けられてきた、日本の反戦平和運動の論理ほどうだろう。「すばらしい

憲法九条があるから、日本はアジアの戦争に巻き込まれなかった」というその論理こそ、日本にこうした幸運

をもたらした冷戦の地政学にも、戦地となり青年をベトナムにまで送った韓国や台湾の痛みにも鈍感な、無自

覚の選民思想なのだ。一九四七年の憲法ほ、奪い取ったものでなく、与えられたものである。そしてこの「民

族に所与のもの」の優越性によりかかる姿勢こそが、男根主義的なナショナリズムでなくてなんだろう。

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こうした憲法をもたず「熱戦Lを闘った隣国の人々は、救いがたく愚かだとでもいうのだろうか。冷戦の二

極構造の中で社会主義に敵対する政府をもったこれら隣国の国民に対して、自ら社会主義を標模していた日本

の反戦平和運動が、言われなき優越感を保持していたことは、まだ反省されていない。 この平和運動に二五年遅れて出発した日本の琴一波フエ、、、ニズム(の一部、と言っておこう)ほ、前者に同

伴していた「女性は本質主義的に平和勢力だ」という言説や女性の運動を批判してきた。しかし琴一波以後の

フエ、、、ニズムも、反戦の論理を構築するとき、この選民思想について、せいぜい「被害中心ではいけない」と

いう程度の反省で、彼らの/自らの反核運動・護憲運動の自民族至上主義を問うという形ほとってこなかった。

ぁるいはそうした批判をラディカルに突き詰めることほ、「東アジア反日武装戦線」などの行動の過激さと分か

ちがたく理解され、革新陣営の中枢やそのそばにいる婦人連動にとって、無視しうる少数の異端だと考えられ

続けてきたのである。 日本のフェ、、ニ三トは、一九七〇年代に千田夏光らの「慰安婦」を扱った文章に触れ、あるいは「リブの仲

間で語り合う」ことがあっても、当時国会の多数を占めた戦争経験世代の男性議員たちが共有していた1慰安

婦ほあって当然だが、言上げするべきでない」という価値観には、一矢も報いることができなかった。安保防

衛問題であれはど反対反対と騒いだ野党勢力も、この件でほ論陣を張っていない。彼らにとってもこのことは、

公に触れるべきでない男の恥部だったのでほないか。

確かに自民党単独政権崩壊後、村山富市自民・社会・さきがけ連立内閣になってようやく、1アジア国民基金」

という、償いでほない配付金の、国費ではない寄付金の、「元慰安婦」への支払いの道筋がつけられた。しかし

それが予想以上の紛糾を生んだことほ、言うまでもない。そして、一九九八年の参議院選挙後ほ、自民党が少

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数になった参議院で議員立法という形で、政府にはできない立法の雛形を作って世論をリードしうる条件がで

きたにも関わらず、一九九九年通常国会においてもまだ、国家補償の法案提出は行われていないのだ。 もちろん日本のフェ、、ニ妄ムは非力で、その時々に追求できる課題には限定がある。しかし「『慰安婦』は彼

女たちの課題」だとして、つねに後回しにしてこなかっただろうか。そうでないなら、国籍を越えた「慰安婦卜

問題を、被害者とともに1私たちの問題

『同じ女の問題』ではなく、『私たち女が他の女を差別した問題』

‑」として共有することができず、結局一九八〇年代の韓国フェ、、、ニズムの展開を待ち、慰安婦経験を持つ

女性が自ら名乗り出てなお八年、1国民基金」などに足を取られているというのほ何なのか。戦場で強姦し幕営

地で慰安婦を抱いたことについて、戦地に行った男たちが死に至るまで沈黙をとおしてきた、それを今日まで

許してきたことの責任が、私たちにはある。

1『民族の論理』におかされてほならない」のではなく、「民族の論理」に浸っていることを自覚できていな

い、はねかえせていないことが問題なのだ。上野氏のように、他国の「白人中産階級中心で・ヘテ。セクシュ アルで・自民族至上主義を払拭できないフェ、、‥三ム」を、批判している時でほない。

問うべきほ、「日本・の・フェ、、、ニズム」が「日本フェ、、、テズム」としか見えてこない事態そのもだ。「日本

フェ、、:妄ム」というものがあるとしたら、それはつまり「『日本ナショナリズム』に貫かれたフェ、、、ニズムL

にすぎず、「日本の少数民族のフェ、、、ニズム」や「反ナショナリスティックなフェ、、、ニズム」を「定義によって」

排除するものなのだろうか。私は1定義によって」という本質主義的な還元はきらいである。例えば、沖縄で

ほ東京を経由しないで、韓国・台湾・フィリピソなどのフェ、、‥妄ムと強く結びつく反性暴力のネットワーク

が築かれている。それは大きな可能性を秘めた「日本・の・フェ、、‥一ズム」の一形態でほないのだろうか。

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上野氏は、キャッチフレーズのようにB・アンダーソンの1想像の共同体」という言葉を引用するQしかし

彼女ほ、彼の議論のどこを描まえて読者に共有を求めているのか、述べない。単なる符丁でないなら、丸ごと

の借用なのか。

彼は近代勃興期の出版資本主義の役割を、ナショナリズム形成の重大な契機としている。印刷物が市場でペ

ィしない少数者の言語は淘汰され、公的場面から抹殺されていく。しかし近代日本ほ、文字をもたない先住民

の言葉や、漢字圏内のいくつかの隣接民族の言葉を、武力と教育で奪った。「非情な市場」に任せさえしなかっ

たのだ。東アジアの近代秩序とナショナリズムは、西欧近代の1同列の強国間のバランス」にいたる形の成立

とほ、異質である。西洋由来の概念を日本語の文章の中で用いるとき、確かに私たちほ慎重でなければならな

またフェ、、、ニズムの立場からは、アンダーソソの見ている「想像の共同体」が、例えば植民地時代の被支配

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民族からリクルートされた(男性)官僚たちの養成中の精神的絆と、その配転される範囲の問題を過大視して

いる一方、しだいに旧植民地の版図に従っていくがその線引きから逸脱もする、女性も多くを担った抗議や要

請のためのオルタナティブな公共性の形成という契機を見過ごしていることも、押さえておかなくてはならな

い論点だと思う。ナショナリズムさえ、一枚岩ではないのである。

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*

日本の戦争責任資料センター編『シンポジウム ナショナリズムと1慰安婦」問題』青木書店、一九九八年

**

断っておくが私は、保守や新保守の立場とは異なる1改憲」論者である。女性の権利を保障したといわれる二四条には、

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「婚姻は両性の同意のみによって成立し」とある。あからさまな同性愛排除の宣言だ。日本のフェミニストが二四条の改正(最

低限「当事者」に改めるべきだ)を唱えたという話を、本稿以前には聞いていない。

さらに選挙権について、先住民族の特別議席を設けるとか、かつて「日本人」とされた旧植民地の人々に終生投票権を与え

るとか、改革があってよいと考える。これは憲法一五条の変革を必要とする。

一九四七年の憲法に第二波フェ、ミニズム以降の問題意識を読み込もうというのほ、どだい無理である。実体化や崇拝は、あ

らゆる社会意識へのラディカルな批判者であるべきフエ、、、ニストの、なすべきことでほない。

***

マイノリティ・先住民族女性のつどいiコおおさか実行委員会編『響けこの声世界にI‑1日本の被差別女性と北京女性会

』解放出版社、一九九四年、参照。

とくに、チカップ美恵子氏の、日本のフェ、、、ニストがアイヌ問題への無理解のレベルを抜け出てていないという発言は、そ

こで言及された一九八五年に彼女とナイロビ女性会議に同行したグループのなかでも、岩本に向けられたものである。日本で

最も先進的といいうるフェ、三一ストを含んでいた同グループが、解散前も解散後も「マイノリティ」の問題に関して共闘でき

るような議論の組み立て直しに着手できなかったことほ、すでに「日本のフェ、、、ニズム」の克服されるべき負の遺産というべ

きであろう。本稿は、私がこの責任と直面する作業の一つである。

一九九九年八月、本稿三稿時に「国旗・国歌法」が成立した。ナショナル・アイデソティティにおける「立

法」

の意味の重さを再確認することになった。

参照

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