序 文
Listeria monocytogenesはグラム陽性桿菌で,人 畜共通感染症に関連する細菌の一つである.その 感染免疫の主体は細胞性免疫が担っているので,
免疫不全患者では敗血症や髄膜炎などの重症感染 症を引き起こすことが知られている.一方非結核 性抗酸菌は一般に弱毒菌に分類され,その感染症 は従来から日和見感染症と位置付けられている.
今回我々は高齢者にリステリア敗血症と肺非結核 性抗酸菌症(Mycobacterium intracellulare)とを合併 するも治療が奏効した症例を経験したので報告す る.
症 例 症例:88 歳,女性.
主訴:咳嗽,発熱.
既往歴:30 歳で肺結核,72 歳から狭心症.
家族歴:弟 肺結核.
生活歴:喫煙・飲酒はしない.ペットの飼育も していない.
現病歴:平成 7 年 4 月から特別養護老人施設に 入所し,食事は主に施設の給食を食べていた.平 成 12 年 2 月 18 日 頃 か ら 咳 嗽 が 出 現 し,2 月 21
日に 38.6℃ の発熱を認めたため近医を受診した.
胸部 X 線写真と胸部 CT との所見で肺結核が疑 われたため 2 月 22 日当院結核病棟に紹介入院と なった.
入院時現症:身長 149cm,体重 38kg,%IBW 75.2%.体温 38.0℃,血圧 106!40mmHg,脈拍 82! 分・整,呼吸数 18!分.結膜は貧血様であった.表 在リンパ節は触知しなかった.胸部聴診では胸骨 左縁で収縮期心雑音を聴取したが,肺音でラ音は 聴取しなかった.腹部は平坦,軟で,圧痛を認め なかった.四肢・神経系に異常はなかった.
リステリア敗血症と肺非結核性抗酸菌症とを合併した高齢者症例
奈良県立医科大学第 2 内科1),奈良県立医科大学附属病院中央臨床検査部2), 奈良県立医科大学総合医療・病態検査学3),奈良厚生会病院4)
本津 茂人
1)古西 満
1)竹中 英昭
1)笠原 敬
1)高橋 賢
1)善本英一郎
1)村川 幸市
2)前田 光一
3)三笠 桂一
1)木村 弘
1)佐野 麗子
2)増谷 喬之
2)成田 亘啓
4)(平成 14 年 6 月 20 日受付)
(平成 14 年 8 月 26 日受理)
臨 床
別刷請求先:(〒634―8522)奈良県橿原市四条町 840 奈良県立医科大学第 2 内科 古西 満
Key words: Listeria monocytogenes, sepsis,Mycobacterium intracellulare
Fig. 1 Gram-positive bacillus was isolated from blood culture.
Table 1 Laboratory data on the admission skin test g/dl
6.5 TP
peripheral blood
12 × 12 / 24 × 16 PPD
g/dl 3.2 /µl ALB
321 × 104 RBC
± DNCB
mg/dl 75 TG
g/dl 10.0 Hb
arterial blood gas analysis mg/dl
138 T. cho
% 29.1 Ht
(room air)
mg/dl 24 BUN
/µl 21,500 WBC
7.476 pH
mg/dl 0.8 CRE
% 10 st
Torr 81.5 PaO2
mg/dl 80 GLU
% 84 seg
Torr 31.1 PaCO2
mg/dl 14.6 CRP
% 3 lym
urinalysis immunological test
% 3 mo
mg/dl 30 protein
mg/dl 333.0 IgA
/µl 22.9 × 104 PLT
− glucose
mg/dl 1,690.0 IgG
mm/h 74 ESR
occult blood − mg/dl
33.3 IgM
blood chemistry
bacteriological examination U/ml
48.1 IgE
mg/dl 0.4 T. bil
M. intracellulare 4 + sputum
mg/dl 101.0 IU/l C3
23 GOT
L. monocytogenes + blood
mg/dl 18.9 IU/l C4
10 GPT
normal flora + stool
U/ml 39 IU/l CH50
171 LDH
− IU/l CSF
161 ChE
入院時検査所見:末梢血検査では正球性正色素 性貧血を認め,白血球数が 21,500!µl と増加して いた.赤沈は 1 時間値 74mm と亢進し,CRP も 14.6mg!dl と 高 値 で あ っ た.免 疫 皮 膚 反 応 で は PPD(purified protein derivative)反応は陽性で あったが,DNCB(2,4-dinitrochlorobenzene)反
応は低下していた.喀痰抗酸菌培養はM. intracel-
lulareを頻回に分離した.入院時に 2 回行った血
液培養はいずれもL. monocytogenesを検出し(Fig.
1),本菌の imipenem に対する MIC は 0.25µg!ml であった.便培養は常在細菌叢のみを分離し,髄 液培養は陰性であった(Table 1).
胸部 X 線写真では右上肺野に空洞を伴う浸潤 影を認めた(Fig. 2).心エコー検査では大動脈弁狭 窄を認めたが,疣贅など感染性心内膜炎を疑う所 見はなかった.頭部 CT では脳萎縮と脳動脈硬化 所見とを認め,加齢による変化のみであった.
入院後経過(Fig. 3):入院時に発熱,下痢を認め たため,便培養,血液培養を施行した.白血球数 が 21,500!µl と著増し,患者が高齢であることか ら imipenem!cilastatin(IPM!CS)1g!日の投与を 開始した.血液培養でL. monocytogenesを分離し たので,髄膜炎や感染性心内膜炎なども考慮し,
諸検査を行ったが異常所見を認めなかった.IPM! CS 投与翌日から解熱傾向となり,下痢は 3 日で消 失した.白血球 9,000!µl,CRP 2.2mg!dl と改善し たので,IPM!CS の投与を 2 週間で終了した.終了 後の血液培養からはL. monocytogenesを分離しな かった.その後喀痰抗酸菌培養でM. intracellulare を頻回に分離した(初回時 4+:2,000 コロニー以 上)ので,肺非結核性抗酸菌症と考え,isoniazid,
Fig. 2 Chest roentgenogram showed cavity on the right upper lung field on the admission.
rifampicin,clarithromycin の投与を開始した.治 療開始後副作用はなく,解熱・咳嗽の軽快を認め,
M. intracellulareの排菌量も減少した(退院前 13 コロニー)ので,4 月 24 日に転院した.また国立 療養所非定型抗酸菌症共同研究班の診断基準1)に 従い,本症例をM. intracellulareによる肺非結核性 抗酸菌症と診断した.
考 察
L. monocytogenesとM. intracellulareとはいずれ も細胞内殺菌機構を有するマクロファージに貪食 されても殺菌されずに生存増殖する細胞内寄生性 細菌である.そのため両菌の感染防御機構は類似 しており,細菌抗原を認識した T 細胞とそれによ り活性化されたマクロファージとが主要な役割を 果たしている.特に interferon-γをはじめとする サイトカインによる Th1 細胞の分化誘導が重要 である2)〜4).したがって健康成人では両菌による 感染症が発症することは稀である.しかし本症例 は高齢であることがリスクファクターとなり,L.
monocytogenesによる敗血症を発症し,加えて肺結
核の既往が肺局所防御も低下させ,M. intracellu- lareによる肺非結核性抗酸菌症を発症したと推測 できる.しかし我々の検索した範囲ではL. mono- cytogenes敗血症とM. intracellulareによる肺非結 核性抗酸菌症とを合併した症例報告はなく,貴重 な症例であると考える.
高齢者に発症したL. monocytogenes敗血症は予 後不良で5),欧米では 20〜25% の死亡率である6)
とされ,本邦ではまとまった集計が少なく,増田7)
は 11 例中 10 例が死亡したと報告している.高齢 者で致命率が高い要因の解析は十分に行われてい ないが,細胞性免疫低下の関与が推定されてい る7)8).しかし本症例は 88 歳という高齢にもかか
わらずL. monocytogenes敗血症から救命すること
ができたが,これは本症例の DNCB 反応は低下し ていたが PPD 反応が陽性であり,本症例では細胞 性免疫低下が比較的軽微であった可能性が推察で きる.またL. monocytogenes敗血症の確定診断前 から IPM!CS を投与したことも早期治療につな がり,良好な治療経過を生み出したものと考える.
Fig. 3 Clinical course after the admission.
一般的にはL. monocytogenes敗血症の治療は am- picillin の単独投与もしくは gentamicin との併用 投与が推奨されている9)が,IMP!CS をはじめとす るカルバペネム系抗菌薬はL. monocytogenesに対 して良好な最小発育阻止濃度(MIC)を示してい る10).
L. monocytogenesは土壌,汚水など自然界に広く
分布し,牧畜獣の腸内細菌叢にも認められる.そ のため本菌の感染経路は汚染された食物の経口摂 取が最も強く推定され,欧米では集団感染事例も 数多く報告されている6)11).さらに本菌は 4℃ 以 下の低温でも増殖可能な低温細菌であり11),低温 保存食品でも十分汚染が拡がる可能性を有してい る.本症例では便培養でL. monocytogenesを分離 しなかったが,入院時に下痢を認めていたことか ら腸炎を併発していたと考えられる.そのため原 因食材の確定ができていないが,何らかの汚染食 品からの経口感染が推定されるので,L. monocyto-
genes感染症での経口感染の重要性を広く認識す
べきであると考える.
文 献
1)国立療養所非定型抗酸菌症共同研究班:非定型 抗酸菌症(肺感染症)の診断基準.結核 1985;
60:51.
2)Wing EJ, Gregory SH:Listeria monocytogenes: Clinical and experimental update . J Infec Dis 2002;185:S18―24.
3)光山正雄:細胞内寄生菌研究を通じて:リステ リ ア 感 染 モ デ ル を 中 心 に.化 学 療 法 の 領 域 1999;15:1197―205.
4)塚口勝彦,米田尚弘,岡村英生,成田亘啓:今な ぜ非定型抗酸菌症か 6.免疫:免疫療法は有望か.
化学療法の領域 1999;15:715―9.
5)小橋吉博,矢野達俊,中村淳一,沖本二郎,松島 敏春,副島林造:救命しえた高齢者リステリア敗 血症の 1 例.感染症誌 1998;72:548―52.
6) Hitchins AD , Whiting RC : Food-borne Listeria monocytogenes risk assessment. Food Addit Con- tam 2001;18:1108―17.
7)増田義重:リステリア症.日本臨床 1999;別冊:
神経症候群 I:552―5.
8) Goulet V , Marchetti P : Listeriosis in 225 non- pregnant patients in 1992 : clinical aspects and outcome in relation to predisposing conditions . Scand J Infect Dis 1996;28:367―74.
9)Temple ME, Nahata MC:Treatment of listerio- sis. Ann Pharmacother 2000;34:656―61.
10)出口浩一,古口昌美,鈴木由美子,田中節子,深 山成美,石原理加,他:近年に検出した臨床分離 株に対する Meropenem の抗菌活性:血液及び髄 液由来株を対象とした成績.Jpn J Antibiotics 1996;49:377―85.
11)丸山 務:リステリア感染症.臨床と微生物 1994;21:655―61.
An Elderly Case withListeria monocytogenesSepsis and Pulmonary Non-tuberculous Mycobacterial Infection
Shigeto HONTSU1), Mitsuru KONISHI1), Hideaki TAKENAKA1), Kei KASAHARA1), Ken TAKAHASHI1), Eiichiro YOSHIMOTO1), Koichi MURAKAWA2), Koichi MAEDA3), Keiichi MIKASA1), Hiroshi KIMURA1), Reiko SANO2),
Takayuki MASUTANI2)& Nobuhiro NARITA4)
1)Second Department of Internal Medicine, Nara Medical Univesity
2)Division of Central Clinical Laboratory, Nara Medical University Hospital
3)Department of General Medicine and Clinical Investigation, Nara Medical University
4)Nara Kouseikai Hospital
A 88-year-old woman, who had lived in a nursing home, was admitted to our hospital because of the suspicion of pulmonary tuberculosis. She had a cough, fever and diarrhea on admission. She suf- fered from sepsis becauseListeria monocytogenes was isolated from only the blood culture twice. We immediately administered imipenem!cilastatin to her on admission. She simultaneously had pulmo- nary non-tuberculous mycobacterial infection because the chest roentgenogram showed a cavity in the right upper lung field andMycobacterium intracellularewas isolated from the sputum many times.
She was treated with isoniazid, rifampicin and clarithromycin for the pulmonary non-tuberculous my- cobacterial infection. Her condition improved soon after the administration of IPM!CS but a low grade fever and cough persisted.L. monocytogenes andM. intracellulare are important pathogens in the elderly because cell-mediated immunity mainly works as host defenses against both organisms.
〔J.J.A. Inf. D. 76:1025〜1029, 2002〕