論文審査の結果の要旨
氏名:矢 野 香
博士の専攻分野の名称:博士(総合社会文化)
論文題名:スピーチ・プレゼンテーションの訓練法開発 -スキルの上昇と自己評価の客観化-
審査委員:(主査) 教授 眞 邉 一 近
(副査) 教授 池 上 清 子 教授 古 賀 徹 論文審査要旨
1.本論文の構成
本論文の構成は以下のとおりである。
第 1 章 序論
第 1 節 研究の背景 第 2 節 学生の現状と希望 第 3 節 本研究の目的と意義 第 2 章 訓練効果の評価基準開発
第 1 節 話者に対する聞き手の評価要因 第 2 節 「話の上手さ」の要因
第 3 節 評価用ルーブリックの作成 第 3 章 訓練プログラム開発
第 1 節 先行研究
第 2 節 調査 3 学生の希望
第 3 節 実験 1 言語・非言語訓練の効果的な順番
第4節 実験 2 テーマの違いによる言語・非言語訓練の効果的な順番 第 5 節 実験 3 内容明確化訓練と言語・非言語訓練の効果的な順番 第 6 節 実験 4 セルフモニタリング訓練の効果
第 7 節 実験 5 モデリング訓練の効果 第 4 章 結論
第 1 節 総合的考察 第 2 節 今後の課題と展望 引用文献
本論文を構成する論文 利益相反
2.論文の概要
本論文は、大学生のプレゼンテーション能力を高めるために効果的な訓練法を実験的検証をもとに開発 している。本論文は以下の 4 章で構成されている。
第 1 章ではプレゼンテーション能力の育成が教育現場にとって大きなテーマの 1 つとなっている研究の 背景をまとめている。独立行政法人労働政策研究・研修機構が行った調査で、若年者の正社員採用に当た り重視する資質として「コミュニケーション能力」をあげた企業の割合が 1990 年代と比較すると 14.3 ポ イント増加しており増加の割合が一番高い能力となったことなど、いくつかの社会調査結果をもとに自己 表現能力の育成が社会から求められている現状を紹介している。こうした社会情勢をうけて学習指導要領 が改訂され、大学においても全国の国公私立大学の 73%がプレゼンテーション等の口頭発表の技法に対す る教育を実施しているものの未だに教授法・教材などが確立されていないこと、著者の勤務する大学では 毎年8割を超す学生が在学中にプレゼンテーション訓練を希望していることなど、教育現場での課題も指 摘している。本論文では、教育現場で利用できるプレゼンテーションスキル訓練プログラムの開発するこ とは、キャリア教育としての自己表現能力教育、社会人基礎力の獲得だけでなく、表現スキル不足により、
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社会に有用なアイデアや知見が周囲に伝わらず埋もれてしまうという機会損失を防ぐという点で人材の有 効活用であり、人類社会にとって有益だと主張している。
第 2 章では、訓練効果の評価基準の開発を行っている。まず、プレゼンテーションにおいて聞き手が話 者の評価を行うときに利用している要因を調査し、テーマが「自己紹介」という一般的な場合と専門分野 の場合とでは評価に影響を与える要素が違う一方、共通しているのは「言葉づかい」であることを明らか にしている。これらをうけて、訓練において「言葉づかい」の訓練は必須項目であるなど、評価要因に基 づいた訓練を実施することを提案している(調査 1)。また「話の上手さ」の判断に影響する要因について 言語行動・非言語行動の両側面から調査し、言語行動要因として「内容の具体性」「発話内容の明確さ」
「言語表現の正確さ」「内容の面白さ」の 4 因子・非言語行動要因として「非言語の非流暢性」「表情・
姿勢の良さ」「ジェスチャーの使用」「パラ言語のバランスの良さ」の 4 因子を抽出している(調査 2)。
さらに評価者の属性を比較した場合、「話の上手さ」に対する捉え方において大学生と人事担当者の間に 相違があることを明らかにし、社会に出てから通用するプレゼンテーション能力を育成するためには、こ の両者の評価に対する判断の相違を埋める必要性を提言している。これらの結果と AAC&U のルーブリック をもとに、プレゼンテーション訓練の評価基準を記述形式でしめしたルーブリックを開発している。
第 3 章は、訓練プログラム開発するため、1 つの調査と 5 つの実験をおこなっている。調査 3 において学 生が非言語スキルよりも言語スキルを学ぶことを希望していた。訓練順について、訓練者の希望に応えた ほうが効果が高いという仮説をもとに、言語スキル・非言語スキルの訓練順の検討を行っている(実験 1・
2)。その結果、専門的なテーマのプレゼンテーションにおいては言語スキルを先に教えたほうがより専門 家からの評価が上がることを明らかにしている。一方、自己紹介など一般的なテーマのプレゼンテーショ ンにおいては、まず話す内容を明確化する作業をおこなったうえで言語・非言語の順に訓練することが効 果があることを示している(実験 3)。これらの結果から、専門家からの評価が上昇する効果がある訓練法 として、内容明確化の訓練、言語スキルの訓練、非言語スキルの訓練をパッケージとしておこなうことを 提案している。さらに、スキルが低い場合ほど自己評価と専門家評価の乖離が大きいことから、自分のプ レゼンテーションを客観視する能力の必要性を指摘し、自分のプレゼンテーションの様子をビデオで観察 するモニタリングと、上手な人のプレゼンテーションを観察するモニタリングの訓練の効果を追加検討し ている(実験 4・5)。その結果、モニタリングもモデリングもどちらも同様に自己のプレゼンテーションを 客観視するスキルが身につくことを報告している。さらに、医療系の学部とその他の学部では評価項目「言 語」において客観化のスキルが身につく力に差があることから、学部によって事前訓練を工夫する必要性 にも言及している。
第 4 章では、本論文を通して行われた調査・実験について総合考察を行っている。本論文の被験者とな った大学生だけでなく小・中・高校生や社会人など他年代への本訓練への適応可能性、また自己を客観化 するスキルは日本語学習者だけでなく、英語など異言語学習者への訓練法にも活用できることなど、今後 の課題と展望について述べている。
3.本論文の成果と今後の課題
(1)本論文の成果
本論文は次の点で評価される。
① 客観的な評価基準に基づいた実証研究が少ないスピーチ・プレゼンテーション研究において、「話の上 手さ」の評価要因を明らかにし、その要因を取り入れた訓練によるスキルの上昇を実験的に検討して いる。方法論の提示研究が多い中、科学的な知見や実証研究の方法を提示しており、スピーチ・プレ ゼンテーション研究に貢献する思われる。
② 英語によるプレゼンテーション研究が多い中で、日本語によるプレゼンテーションの基準を示してい る。また教授法・教材などが確立されていない日本語口語表現法科目において、特別な機材など使用 せずに簡単にできる訓練のパッケージを示している。さらに、モニタリングやモデリングなど時間や 訓練環境により使用者が選択ができるオプションを示したことも評価できる。
③ 評価者について学生、社会人、企業の人事担当者と属性を幅広く検討したことにより、社会に出てか ら通用するレベルでのプレゼンテーション能力の育成基準を明確にした点でも評価できる。
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④ 訓練者の自己評価と専門家による評価を一致させるための訓練法を検討している。自己のスキルの客 観視を促進することはスキル上昇につながり、日本語だけでなく英語など異言語教育にも応用可能で、
今後の発展が期待できる。
(2)本論文の今後の課題
① 本論文で行われた実験や調査は、わりと短い期間に著者の勤務する大学を中心に実施しているため、
学力や学部に偏りがみられる。そのため、一般化が可能かどうか今後は別の場所での継続的な研究が望ま れる。
② 小学校・中学校・高等学校でも「思考・判断・表現」や「技能」の重視に「言語活動」推進が唱えら れ、さらにはアクティブラーニングも推進されている。こうした背景から今回の訓練法をいつ、どこで、
どのようにプログラムとして設定するかという観点が必要であり、さらなる研究の広がりを期待する。
③ 実験 4 と実験 5 においても最後まで客観化が難しかった「言語」項目とは、つまりは論理性であり、
本論文の調査でも人事担当者が評価の際に重要視していた項目である。「言語」項目についてどのような訓 練を行なえば、論理性が獲得され、自己による客観評価が可能になるのかを明らかにすることが今後の課 題である。
以上のように本論文には若干の問題点や不十分な点が残されてはいるものの、これまで試みられてこなか ったオリジナリティの高い方策を多く含む内容であり、高等教育における自己表現研究に重要な示唆をも たらすものとなっている。さらに,本論文で報告された諸研究は,学校や大学といった教育現場だけでなく 社会人教育などへの発展が期待できる。これらを踏まえ、審査者一同、本論文は、博士(総合社会文化)
の学位を授与するに値するものと認める。
以 上 平成 29 年 1 月 15 日
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