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最 近 に 於 σ る 我 國 入 口 の 移 動

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(1)

最近に於σる我國入口の移動

上 原轍 三 郎

一333_

魍 は し が き

 我事の入漁は太亭洋裏革を下心として其の前後に於て勲量︑分布.實質の烹に大きな並立移動を來たしたことは謂

ふ迄もない︒從って其の露量を詳細に研究して欝態を把握することは戦後我國再建の爲め極めて重要なことである︒

 然し言ふ迄もなく人導簡題は其の關係する蚊頭る蟹座多岐にして研究事項は決して軍純ではなく墨入の容易に企て

及ばないものがある︑依て余は愈愈に問題を限定しで職時及戦後に於ける我國入電の動態特に地方的に如何なる増二

減︑移動があったかを敬量的に研究し其の原因︐結果及豊沼に就いて若干の考究を試みる事にした.而して髭虞に獲

表する所のものは其の鐵量的研究結果の一部に過ぎないが若し前述の如︽戦後我國の最大問題たる維濟の復興.政

治︑飛會の改善︐地方計甕其の他諸般の事業維螢の上に何等かの参考となれば幸である︒

 殉ほ此の研究に當って総理臨⁝統計局︐厚生省入難問題研究所︑豫防局衛生統計部︑引揚援護廉撒大藏省穴臣白房丈ド

書課︑北海道事変各種の方面よ◎貴重なる資料の提供と少なからざる援助とを輿へられたこと及文部省より文化科學

研究費の三助を受けたことを記もて深く感謝の意を表する︒

     最近に於けろ我國人口の移動

(2)

最近に於けろ我國入瓜の移勤

謡334一

窺 研 究臼方 法

 本研究絃前述の如く入購の量的鶴察であって賓的研究に及ばす極めて輩純なものであるけれども研究の方法につき        の 若干の説明を要することがある︒即ち

8鼓に謂ふ地方とは都道府縣を指すものであって研究の・阻容としては都道府縣聞に於ける人口移動︵回碁霧鷲︒審守

ぎ養片弓○娼麟ず禽○︾鰹◎<o葺藪訴︶とも稽すべきものである.ジ

ロ︑人口の移動は昭和十五年十月一再より昭和二三年八月一礒に至る聞に建て行はれた五回の隠勢調査及高郷調秀.の

結果によ混の期間を五期に分ち各期の始めと末とに於ける現在合を比較しで陶各地方別羅器加合を求み︑

更に其の期間に於ける出生藪と死亡籔とを計算して働自然増強人口を求め︑此の絶劉塘加焼畠と自然春泥人μとを封

比し若し縄樹増加人口が自然増加入欝より露なる博は其の差数だけ其の地方に他の地方より入移往があったものとし・        ラ 若し縄鍋増加入口が自然増加人欝より露なる時は其の差音丈け其の地方より他の地方に出移住があったものとしてρ

移佳人厩を求めた嬬ものであみ︒︑

此の方法は曾て鷺.瞬窺貯σ金敏授が独逸内國穂民の必要を述べた時用ぴだ方法であって其後く2冒帯革霧及娼霧霧

£護舘詳︒によって此の方法は入の亀入に關ずる差引︑ 即ち純移往鷺⇔算︒﹂餐舘野芝鐸︾薦崩謬襲饗蒔妻君◎謬・を顯は       へ すのみであって實際に幾何の出移住があって⁝幾何の入移住があっ庚かを示す粗移往︵翻絵鑑◎あく舘轟霧島賊σq⁝σ9裡◎蓄﹂       蹴① ︐資ゆσq罵︑2寓︒回巨﹀を顯はすものでないと非難された方法である︒

 勿論儲れは翫判の通りであって.傍へば五万の出移住と三万の入移住があった場合と十万の出移往と八万の入移住

(3)

_335一

とがあった場合とは其の内容は著しく異って居るげれども其の結果は全く同じ結果たる井蛙の出移住となって顯はれ

るのである︒然し統計資料が充分に與へられぎる限り人口の移動歌態を見るに拡此の方法による外はないと思はれる

ので私は止むを得す此の方法によつド人癖の移動葱親察することにした.

伺 現在人口       瀧②  太李洋斎堂によって多くの領土を失った現在の観國に於ては昭和十五年︑︐十九年の調答に去て示されたる人隣をそ

のま﹂用︾る事能はす︑其の内より失地に於ける人口を控除して考察することを婁する︒然し零れについて明確に公

表されたるものなぎを以て之れを如何に取扱ふかは一つの問題であるが余は次の方法をとった︒

㈹ 昭和十五年の現在入七としては入廷⁝問題研究・所焚表の﹁昭和.廿一年四月馬上檬の人口調査地域に於ける入口鋤ご       註㈲         ・ 七二︑三二四︑六五八人を探った噂然し此の内には沖縄︑千島.小笠原︑其の億各失地別の︑入矯が明示されてない︒

從て六三の北海道︑東京都︑鹿児島縣が管轄する地域内に於ける此の當時の人口を知る事が出來ない︒そこで余は昭

和十五年の國勢調査︑に示されたゐ千島の人口一七.五四九人︑小笠原の人口七.三六一人.大島郡の人単一八五︑〇

五九入を北海道︑東京都︑鹿児島縣の人目より差引きて夫乗昭和十五年の現准入口とした国然し斯様に算上した都道

府縣の人口総計籔は七二︑三二九︑七六〇人となって入口問題研究所の獲表による全六五口数と術五︑ 一〇二人の相

違がある︒之れは畢寛上記の三地方以外の失地にあった人望で其の思置地方が不明なものである︒そこで当れは所属

不明の籔として取扱い之れを総籔より引き去ること㌧した︒

㈲ 昭和十九年の全國現在人口は人口聞落研究所獲表の﹁昭和廿⁝年四月廿六鷺入口調餐地域に於ける入口﹂七二︑

二七七︑六九︸人を探り︑各都道府縣別の現在人口は昭和十九年の人口調査焼域β失地を含む︶に於ける人口として

表示せられた籔七三︑〇六四︑三一六人から昭和廿一年四月汁六臼の人口二戸.地域に於ける人欝籔七二︑二七七︑六

     最近に於けろ我國人日の移動

(4)

一336一

     最近に於σろ我國入欝の移動

一入を差引ぎたる差激七六︑六二五入の内から其の時の沖縄縣の現在人欝五九〇︐四八○入︑千島諸島の現在人口門

三︑八翼﹃入の二六〇四.三三一入を差引きたる獲り一八五︐〇五趣入を昭和十五年十月一番φ小笠原島の現在人期

二尉三六一入︑大島の現在人欝一八五︐〇五九人︐所厨不明の現在入山五︑ 一〇馬入によって案分比例を以て小笠原

尊書︑七七二入へ大島郡一七〇︑八二八入︑所属不明慧智六九四入を算出し︐図れを其の時の北海道︑東京都︑︐鹿児

島縣の現突呈して示されたものより差引夫々整したる現在合乞た爺黒表の如くなつ㌃

漸・芝箆葺τコヒ量中 幸乱

頭 重

三 海縄

兇 島 鵬 不

明縣都道:.縣

昭和十九年十月一 日浮囚.の現在入団

 五九〇嘱四八○

コ一

A扁;既轟ハ︑一五七

七︑二七一︑○〇一

一︑五九四︑○〇九  失地として差引たる入け 五九〇︑四八○述沖縄縣の調査人覇︶  =二︑八五一︵千島の調査辻三︶        も   ズ︑七七こ︵小笠原島推定人欝︶

一七〇・八二八︵大島郡推定人難︶

  四︑六九四 本研究に用いたる入驚

一七= 、、「

二六四 四再二二

叢四二 、 、 、

八二〇 「一九六

.同昭和竺年︐廿二年︑廿三年の現在査は憂國合も都道府縣甥杏も合調査によつ護表せられた合をそ

のま鼠用いた︒

爾 患生︽死亡に零する統計は昭和十九年︑膏年︑膏一年分は公表されたものがない︒叉此の研究に用bた入欝調餐

の内には怨言臼︑音六器の如き天牛ばに行われた幽のがあるので著者は昭和十五年より毎年毎月の出生.死亡激を各

府縣別に厚生省墨壷局衛生統計部︵今臼の厚生省諸臣官房統計調香部︶に就き取り調べたものを此の研究紅用いるこ

と玉した︒而して葡記の如く人欝調査が受書B︑骨六賛の如く月牟ばに於て行われたものに就ては其の月の臼鰍を以

(5)

て其の月分の脚数を割って㎝日義9の亭均数を出し︑馴れに調査目までの日敏と以後に於ける理数とを乗じ其の日迄

及以後の出生︑死亡者激となし出汐るだけ眞實に近いものたることを期した︒

四五期の麗分      .

 此虞に謂う五期は前述の如く入館調査の時期によつて分けたものであるが其の麗分は.次の通りである︒

一337一・

第 一 期

第二期 第三期

第 四 期

第 五 期

至自至自至自至自至自至自

昭和十五年十月 一日

昭和十九年︸一月廿二日

昭和十九年二月廿こ日 昭和二十年十一月一日 昭和廿年十一月一日 昭和廿一年四月廿六日

昭和廿一撫+四月廿六日 昭和廿二年十月

昭昭廿二年十月 昭和廿三年八月

昭和+五年十月 昭和廿三年八月

日臼縁日臼

約四十一ケ月

約二+ヶ月

頭六ケ月

約十七ケ月

十  ヶ 旧

約九+麟ケ月

岡 研究に用いた入口實数

 本研究に用いた入口實数は講書調査叉は入口調査によるものが穴部分であるが薯者の取調べ叉は推算によって得た        数字も少くない︒叉計算の方法に撃て侮一麿の精細を要するものがあるが一瓢上記の方法によつて研究したる結果を

     最近に於ける我國人自の移動

(6)

一338一_

     最近に於ける我隈入導め移動

示し他旺の改訂を期し%いと思う︒︒

        蕊研﹁究結果

属叉竺地方の人望凡ての有欝に於けると緩に饗と其の形態藷動して止ま験もσである%︑轡て奨

の攣動の原因は人の出生と死亡︑從て自然増加と︑居所の移動︑即ち移住とにある︒故に或る時の人口形態はこれ等

三者の総決讐云うべきものである鵬依て私髭の研究を三部雰ち笙羅封増加合を見・第二旨矯契︒

を求め︑第三に移住入羅を計算して人才の地方的移動を槻察すること﹂した︒而して其の結果は二表.一応となし夫尾

に附してぎれを示し︑既虞に其の大要に就き記蓮説明することkする︒

A 絶樹増加人口

 我國の入ロが上記め各薫蒸に於て如何に増加したかを全國的に概糊する爲め先づ次の表を示す︒ ︵附表丑︑弼番︑

A︑B︑欄参照︶ ﹁      ・ ︑

調査年月鷺 現  在  人  欝 二野の櫓加人灘

第  引 回

.第 三

三 二

期 三

一㌔・   一\   μ、   ρ}、

〃 〃  〃  〃 昭

和 一五︑一〇︑一

一九︑二︑蝋ご一

.二〇︑一一︑一.

ご一︑四︑二山ハ

こ二︑一〇︑一 七二︑三二四Yふハ荘八 七二︑二七・七︑六九一 七一︑九九二︑一〇四 七三︑一 一四︑一三山ハ

七八︑MO一︑四七三

 ︵ 渦、 」ハ充六七

↓二八五︑浄ダ八七 ︵

一︑紳二ご︑〇三二

四︑九八七︑三三七 人鶴密度 一方粁欝

一九六人 一九六

一九五 一九八

噸こ二

(7)

ρ

「嵐

  、  ノ、

  、

八○隅二 ︻山ハ︑八九山ハ

一一

A一圃五︑四二三 二一.八

_339_

       期      !  七︑八九二︑三え︷ 1

 備 考

 一H 昭和十五年︑十九年︑二+年︑二十一年の現詫人口は昭和二十一年四月二六臓の人降調査地域に於けろ人鴇で︑菰ハの面積は       町    三山ハ八︑四﹁六五︒五〇方粁で・ある︒    ︑

  目 昭和二十三年の現在人qは其の時に於ける調査地域の人口.であって其の術積ば三六八︑四八九・三六方粁である.︒   ⇔現在人目にぼ       ズ    バ 昭和十五年ば所謂獲表人ロであって墨壷入及び塞外軍鶏係者な含み

    欝 昭和十九年は陸海軍の部隊及び艦隊船にあろものを含まず

    ハ 昭和廿年は外國人陸海軍部隊及び艦燃にあるものな含まず

    二 昭和二十﹄年は外國人︑外野人の世帯にあるもの︑朝鮮人で朝鮮に綿還か希望するもの︑寮溝入で盗溝に帰還な希望する﹁     もの︑沖縄人で沖総に麟選秘希望するものを含まず

    ホ 昭和二十二年は水害地の調査洩れのみを補正し流数

    へ 昭和二十三年は常佳人口調査であって從來の國勢調査の現雇人口と牲質な異にす

 此れによって見れば善導の人口は第一期に於て四万六千人︑第二期に於て二十八万五千んの減少を示したが第三期

・に於ては百十二万人置第四期に於ては四百九十八万入︑第五期に於ては二百十一万人の塘加を見︑結局此の八ケ年間       詐の に七百八十九万人の塘加を見ているのである︒而して髭の第一︑二期に於ける減少は主として軍学の出動に原因し其

の後に於ける著しき増加は絡戦によつず︑軍除及び一般國民が國外より引揚げたことによるものであると考えられる︒

 次に之れを地方的に見るときは第一期︑第二期︑第三期に於ては人煙の減少した地方が比較的に少く︑第四期︑第

五寄州於ては母樹に入口の波少した地方が比較的に少く︑入口の増加した地方が比較的に多くなっている︒而して全︒

最近に於ける我國人欝の移動

(8)

一3蔓◎一

     最近に於げろ我幽人欝の移動

期を通する計籔に於てぼ入爲の減少した地方が少く.

て示せば次の如くで る︒

全第第第第囁第 期

五四三ニー三 期期期期期期

 即ち我國人口の櫓減を地方的に見れば︑

嘉たが絡事後に於ては減少する地方籔は少鍛となり.

した地方は東京都︵百十万人︶︑

其の他の餌十三道府縣に及んでいる︒

縣は四十二万人︑熊本縣は四十 万人︑幅島縣は四十万入に達している︒其の他静岡︑新潟︑長野︑鹿鬼島︑

宮城︑岡山︑愛媛の諸縣も皆三十万人を超えているゆ

 斯様にして我國人欝の増減を地方的に見れば戦時戦後を通じて著しいものがあったが︑結局我國四十六地方の内人

︒の減少を見たものは︑東京︑大阪︑兵庫の三地方に懲す︑他の四+三地方は多少の養あるけれども何讐増加

を見ている︒これは畢寛我國の入口分布の上に大ぎな.饗動を興え︑或る少数の地方より他の多藪の地方に向って分散       入鷺の増加した地方が多くなっている︒今此の關係を一表とし

︵附表器盤の一!・46番︑覧識鳥1⁝f︑8a一−蜜欄参照︶

入欝の減少しだ地方籔    二人欝の増加した地方緻ヂ

    ニ 四    ・        ニ ニ

    一 〇︑       三  六

    二 五      .   二 一

      〇     .   四︑六

      ︸      四 五      一三     四三

       戦前及職時に於ては減少ナる地方撒と増加する地方数とは懸盤相孚ばして.

      増棚する地方籔が著しく多くなった︒而して全期を通じて減少        ゆ     大阪府︵百二十七万人︶︑兵庫縣ハ六万入︶︑の三地方に過ぎす︑増加した地方は

     而して北海道は七十六万人︑千葉縣は五十五万人︑埼玉縣は五十二万人︑︑茨城

       栃木︑       輪

(9)

一一 R唄一

配布され允ものど云わ㍉なくてはなら・ない.﹁

 然らば既の増減は自然塘加と移佳増加とに於て如何なる關係にあるかを見る認め次に自然増加入欝に就て見ること

﹂する︒  8・自然塘加入購        ︑    ・ ・  

 先づ全國的親魂をなす爲 全國の出生︑死亡自然塘加の蜜蝋を一︑表として示せば次の如くである︒ ︵附表璽︑弼番︑

C︑霧一f欄参照︶

期。期 期¶期 期 期 〃馨

       i〆

__一 @一__ __ __ _幽繍 一㎜一 i

三石三二二一一〇〇九九張

 、 、  、 、  、.、  、 、 ,、 、  、 、

憩へ9.q《興rrgi

一一一一一一 ?美輩■問

期聞の月藪

   四一

二〇

/、 山

一七 一〇

九四 ︑期間の綴生 し〜︑幽山ハ七︑六二〇 三︑照三山ハ︑・七十三

七四八︑六三六

三︑四七ふハ︑ご鱒ご♪秘  ︑

二︑二八編ハ︑ふU一八

一七︑四一山ハ︑〇五四 ⁝期野死亡⁝潮干然謝 三︑入二五︑四四一 三︑〇七山ハ︑四∵九九  八四五︑七三一

一︑七八四︑二四五

八五四︑一〇八

一〇.︑ 工八山ハ︑○二四 三︑志ハ悶︹二︑一・七九  三山ハ○︑二五四

〇九七︑・書

一︑六九二︑○八二

一︑四﹁三二︑議ハ一〇

       り  七︑〇三〇︑〇三〇 ⁝ ギ

 即ち昭和十五年十月繭潟より昭和廿三年八月.一観に至る全期間に於て出生緻は一千七百万人に達し︑死亡者は一千

奏で自然擦は吉万人である︒而しげ.照れを畑瀬別書れば第三青馬て崩生七面藩論善し死亡八+四万汰︑

     最近に於ける我國人霞の移動・

(10)

一3蔓2一

      ノ     ・最近9於けろ我國入日の移動

で自然増加は約十万人.のマイナスを現めしている︒之れは鞍死及び職災死の最も顯著に現われ︐たもの乏云わなくては

ならない.然し此の藪は長短不同の各期聞に於け智ものであって駆れを以って直ちに比較論評することは拙來ない.

そこで私は之れを一年の亭雲叢に現わしてみた︒其の結果は次表の通りである︒

一年間亭諺.三生死亡籔

簡第第丁丁第 手

 ・五晒三ニー

劉一

期期期期春期

 萬    生

二㍉一八五︑山ハ四四

二︑〇一二︑〇五一

一︑鶴九七︑二七一.

二︑四五三︑八七八

二︑七︐囚四︑○ふハニ

ニ︑曲論三︑三二四

一︑一〇・七︑ふハ三六

一︑八四五︑九〇〇

一︑六九一︑四ふハ〇

一︑二五九︑四四八

一︑〇二講♪九二九

一︑三二五︑八ムハ八  霞      加  一︑○二八︑○○八    二一山ハ︑一五ヅ

ィ く.    一九四︑一八点

く  ・一︑一九四︑四三〇︐

 一︑七一九︑=三二

   八九七︑四覧六 三 然︑櫓

生死 三砲然檜加 比

九四二〇八九 り   の   の   の   の   の

八七五六六八

一  一  一         

七二六三五五   ギ  の   の   の   の   の

八電七三窄 Z三

一四・五

 三・○ ↓二毛 ︵ 一五ゼ八

二二・〇 一二・○

 元畜我國は職前に於て年々の出︸生はこ○○万︑死亡は一二〇万︑自然増加八○万内外であった︒然し此の表によっ

て見れば第一期︐第二期は大上戦前の趨勢を保っているが出生は第三期に選鉱著しく減退し一二○万となっている︒

埋れは軍人の出動其の他によひ家庭の男子が減少した結果であろう︒然し第四期︑第五期に於て著しく塘養し二四〇

乃至二七〇万に上っている︒これは腱膜多くの青年男子が鶴還して家庭の整調を零した結果であろうσ而して全期を

通して李均二二二万人となったことを見れば載孚の⁝出生率に及ぼした影響は戦後に於て穴部分取り返送たものと⁝思は

れる︒叉死亡は第﹃期は大洗戦前の趨勢を保っているが︑第二期︑第三期に於て著しく増加し一七〇乃至︷八○万に

(11)

一343一

達し︑第四期も亦少くない︒織れは職死︑戦災死の結果であって戦雫の影響が此の時期に至って著しく顯はれてい

る︒而して第五期に於ては再び職前に復し︑全期を通して=二二万人となっている︒從って入口の自然.塘加は第二期

に於て著しく減退し︑第三期に企て叉減退を示し︑第四期に於て回復し︑第五期に於て出生の増加と共に著しく増大

している︒而して全期を通して出生の減退と死亡の増大とを顯著に示している更に︒干れを出生率︑死亡率︑自然塘

加率に就て見るに第二期︑第三期の死亡率が二三乃至二五端に正しているごとは特に注意を要するところである︒今

之れを厚生省豫防局衛生統計部の示す最近に於ける之れ等三者の比率と比較封照すると次表の如くである︒        蓼

回ニニニ十十十十十十十十十十 十十十           十九八七六五四三ニー

一      一

年年年年年年年年年年年年年年

出  生 窓率 ︐塞統旦

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本 研 究

三四   〇〇一九六七〇〇一 ヨ   な       の   り   り   の   む       り

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戸ー(一)ノ }}}㌔一一一へρ一

ニ五二三

〇八七〇

四 五

最近に.於ける我國人潤の移動

(12)

一3騒一

     最近に於けろ我國人貸の移勲

 ‡備考 譜表は厚生省猿防士籍生統計部品行の人震動態統計毎月概轟轟甥號︵電磁ドご十三年蔵宿︶垂垂採る.

 即ち衛生統計には昭和十允︑二十︑二十叫年の籔字を欠き比較す惹こと能はざるも出生率は職前・即時を通して大

膣三〇端であったものが職後三四嵩に上昇し︑著bき増加を見せているの文死亡峯は戦前一六瑞であったものが職後

一二乃至一四名に低下した︑從って自然増加率は面前一五端︑職後一六乃至二二名となった︑而して本研究によつて

出生率は職時中も大膿職前の三〇塩を保っていたが死亡峯は著しく増然して二三乃至二五端となゆ從って自然増加率       認      象         が著しく論難し三三より二.丁七︑端を示すに至ったことを知るのである︒更に又第一世界大器に於ける独逸の實例を       く 見るた次表の如きもめがある︒      辛

   豪    ・ ぴ       1

回一一一一一一一 年

九九赫九九塑九九九

ニー○づL八七六五四三 年年年年年年年年年年

碍 生 率

二七・五忽

二六・八 二〇・四

︸五・二 一三・九

一潤宇・三

二〇・〇 二五・九

二五・三

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墜 (1)

凱、 ・死亡率!②昭然櫓擁寧働

一五︐・9融

一九・○ 噺=・四

一九・二 ご○・眠

二四・七 一践・六

備考

 (一/(一1(一)(漏〉

 勧一. 、蓼     一鳶

四〇:六野一丁七二

り    の   ゆ   や   の       サ

四四:六〇〇八五

 .     編 ㍉

      が

本極ぼ二身霧6着離ぎジ悉︸ご≦謬霧魯鑑ξ§一瓢融◇慧乱騰零羅畠ぎ急霧メM£舞暁ざ駿霧︵鯵鷲︶より採り︑ωは岡書四〇頁︑.        臨

(13)

一3嬬5一

   に回書五一頁︑鋤に差引計算し敦もの︒

 即ち写生率に於て竜︑死亡峯に接ても一九一五年より一九晶八年迄は碧しい影響を見︑從って自然増加峯は毎年マ

.イナスを示し. 一九一八年の知きはの一〇︒四%に蓮してか囑︒之れに比すれば太亭洋弓∵争が我二人口上に及癒し悔

影響は比較的に語い様であるゆ然し之れは比率の問題であって死亡者の實籔に於ては相類するものがある︒即ち第︷

次世界大戦に於ける独逸の職死者は一九一四年掘り一九一八年忌間に於て一︑六七七︑五二七人と示されて居るが實

際には二百万人を超えていると云われ︑︵前掲書五こ頁︶今次我國の職争死亡者は鳥撃の如く一八五万人と磯表婁れ

てあるのである︒

 次に詣れを地方別に見るに︵附表霊︑1146﹁番C轟一義欄参照︶其の詳細なる記蓮は謀れを略し其の大勢を見る爲

自然壌加がマイナスを示した地方を見ると策二期に於て編井・滋賀︑京都︑夫阪︑奈良︑和歌山︑島根.廣島︑山欝.

長崎︑鹿児島のこ府九縣︑第三期に於て棘奈川︑富山︑石川︑幅井︑岐阜︑静岡︑三重︑滋賀︑京都︑大阪︑兵庫︑

奈良︑和歌山︑鳥取︑島根︑岡山︑諸島︑山口︑徳島︑香川︑高知.幅岡︑佐貿︑長崎︑熊本︑大分︑宮崎︑鹿児島

の二男二十六縣である︒終れ實に異常な現象であって今次職争の特に顯署な影響を受けた地方之云わなくてはならな

い︒庇の外に於ても自然塘加人口が著しく減退して戦雲の影響を受けていることは勿論であるがこれ等の諸地方は特

に大きかったと思はれるのである︒   ︐    ︐〜ジ

 C 移住人口︵附表簸の一⁝狢番︑D轟一f欄参照︶

 人工移動の第二の原因は入の移住である︑然し揺れに嘉する統計は之れを欠くを以て吾々は前蓮の通り絶勤増加人

口と自然増加入ロとの差響を以て移住人環を算製したものであるが附表に示す如く之れを全階的に観れば第一期に於

て三六八森の斑移佳があったが之れは主どして職争に出動した軍入と見るこ乏が出詐る︒而して第二期以後に於ては

      最遙に於ける我國入轟の移勤      ﹃ ㌔       ︑

(14)

葦 _346

     最近に於けろ我麟入欝の移鋤       ・

多籔の入移佳を示し︑特に第三期に於て字=一二万︐第四期に於て三三一万人の多きに達し℃いる︒認れは軍人の麟還

と一般國民の引揚げとによるものであつで詣れによつて我國人口は慌しく増大したものと云わなくて億ならな悟︒

 次に之れを地方別に見るに其の穴勢は次の表によって詮明することが出諮る︒

期   ・迷 霧佳勢庫 入移住地方撒

全一第第第第一

。五鴎三二一 期三期期期期

 二1 二 

七一三四九二

三二四二三

九五・三二七四

       舞

於て全く豊津に少籔の商工︷業地方よ夢多数の農業地方に向って浦分散移動したことを撒量的に表明したものである︒.

 而して其の實態︵附表瀦ゐD︑f︑E欄参照︶を磨るに串移住の最も大きなものは東京都と大阪府であって全期を       ノ        ヨ  ゑ 通じて前音は二百六十万入︑後者は百五十万人を超えて競り︑期初めの現在人智に比し三五タ四%と三三・一%に蓬

している.磨れに隔意のた兵庫縣の四土万人三・八%︑愛知縣の二士ハ万人︑八重%︑繋川町の二+六万

入︑三五・四%である︑又入移佳の最も大きなるものは千葉縣の三十八万人︑二四・一%︑埼玉縣の三+二万人︑二

〇・五%であって其の他熊本︑茨城︑北海道︑長野︑鹿児島︑岡山の諸藩道は何れも二十万人を超え︑隔島︑大分︑.

佐賀︑薪潟う静岡︑三重︑愛媛︑岐阜︑香川︑滋賀ハ奈艮︑石川︑山形.宮崎.島根︑秋田の諸縣は何れも十万人を       〆        ︑  守 .超えて回る◎  ︑﹁・﹂  醒即ち第一期目於ては出場佳地方は非常に多く︑入移佳︑

地方が甚だ少かった︑然るに一日後に於ては﹁多3少の攣化は

ざあったが出移佳の地方が少くなり︑入移佳の地方が多く ︑なり︑全期を通して晶晶佳地方が七︑入移往地方が三九

であった︒之の現象ぱ從來我事の入ロが多緻の地方から

少籔の地方即ち多緻の農業地方から少激の商工地方に        鍵の ・ 向って隼∵甲移認期して居ったものが臨戦孚の後孚及戦後に

(15)

 .

ァして又之れ等出土佳地と入移住地との地理的關係を考察することに依り從來商工地帯として附近の諸縣より吸牧

した入欝が戦後商工業の渡落によって過剰人口とな9其の郷.塁に向って齢還の途を求めた事實をよく推察することが

げ        出來るのである︒

四 結

芸ゐ、

5駆

一847一

 以上研究の結果を要約して結論とすれば

e 十三の入口は昭和十五年十月一日より昭和二十三年八月一Hに至る七年十ヶ月⁝間に七千二百三十二万入から八千

二十一万人となって實に七百八十九万人を塘加した︒

口 其の結果我國の入口密度は一撃方粁當り一九六人より一二八人となった︑之れはベルギレの二七四人︑オランダ

の二四七入等特殊な國を除き世界に比類なき高度のものである︒・

倒 而して此の塘加人口は一方に於て駿争による僅かばかりの出生の減邊︵率に於て約一塩︶と非常に大きな戦死者

戦災死者の園生と華府人の外國之の引揚によって減少すると共に他方に於て國外より多数の國民が引揚げたる結果.塘

加したものであって我國の人口は量と質と地方分布の上に大きな攣動があったものである︒

 而して今次戦孚による職死者及戦災死亡者の数に就いては黒幕安定本部総裁官房調査課の調査によれば陸海軍入軍

器死亡考一・五五五・三︒八人鏡後陣の死亡春二九九・四八五へ量犬五四七九三人であ㌔

 出獄人の留年えの引揚げたものの激に就いては引揚援護聴に於て著者の取り調べた所によれば非日本入の逡還開始

以來昭和廿三年九月迄に二百十五万人置である︒而して其の内心は︑朝鮮人一︐○〇七︑六八三︑中当人九四七︑二

三四︑蔓薦入・二三︑九一四︑沖縄人=二四︑二六九︑面立島人四一︑八四四︑ドイツ三一︑九〇⁝﹃イタリー人一五

     最近に於ける我國人貸の移動

(16)

       最近に於ける我國入鐸の移動

  八︑其の他二三三である◎ 無雑國吉霧げたるものに卜い濠引揚思妻に於薯者の轟べ㌃によれば昭奪⁝二隻月百現在に於三

お        つ       一 般邦入三︑四九三︑四八四入︑復農軍人軍属三︑五四七︑三五三人︑計七︑〇四〇︑八三七人である心       も   ㈱.之等多数の増蜘人︐ロは第一期より漸次全國各地方に分散吸牧されたものでゑ期を通じ℃全國四十六地方の内四十

  三地方は入麺増加を示し僅かに︒三地方のみが人口至難を示して居る︵附表翼8f欄参照︶        ノ  的既の入累減邊を示した地方と弦東京都︵百九十二万ん絵︶大阪府︵百二十七万入飴︶兵庫縣︵六万人饒﹀であっ

  て共に戦前商工業地方として異常な獲蓬を捧げ多籔の入口が集申した地方である︒

 ⑳ 髭の期聞の出生︑死亡︑從って入口の自然増加の上には著るしき職争の影響が輿貯られた︒而して偶生は比較的

  に影響を受くるζとが少なかったが死亡は著るしき影響を受け第二期に於て十一地方︵附表璽CL参照︶第三期に於

  て二十八地方の人口塘加ぱマイナ夙となった︒ハ附表8c参照︶而して此ゐ死亡に封ずる闘争め影響は第一次世界大職

 ︐に於ける独逸の實歌と相似るものがあった︒

  ㈹ 移住の歌態は第一期︵附表叢D轟参照︶に於ては大多緻の地方︵四二地方︶は鵠移住を示し︑少籔の地方︵四地

  方は入移住の現象を示して居るが第二期爵表庭Db参照︶より漸次反封の傾向を顯はし︑第四期︵附表∬Dd参照︶

  箪総て最も著しく僅かに三地方が出移住を示し四三地方が入移住の現象を示し︑全期︵附表露Dぜ参照︶を通じて出移

  住地方七︑入移住地方三九となっている︒之れは船囲の人口の地方的分布の上に大きな攣化を與えたもので︑職前及

  職箏直後に於ては罵れと全く反軍に全國の各地方かち聖楽の地方即ち商工業地に向って移動して行ったものである︒

  ㈹ 王蓮の如くにして從來我國の入口は少籔の商工業地方に向って集申移動して居ったものであるが戦時及戦後に於

  ては全く反墾に少籔の地方より全國各地方に向って分散移動するに至つだ.其の理由は充分研究を要する所で次の研

(17)

一349_

   } 難の鍵を勢墜.入口の暴力を撫すをとにあると思う駕に北醤は我國舞されたる竺案開馨源︑ に残存叉は賦存ナる有ゆる自然富源を開墾して所謂母上資源の利用を極度に實曝して生産を向上し︑貿易を盛んにし られるかも知らないが⁝載後聞もなき今濤に於ては未だ考え学べくもない︒從って吾々は現下の最大年男としては我國 られない.厚志制限は勿論必要であるが唯一の封戸とは云い難く︑難民の移住も遠き將來に於ては多少の期待をかけ 民の外國移佳等が考えられるが今日我國の蟹情として生活標準の低下は既に極度忙達しこれ以上の低下は容易に考え  此虞に於て我國現下の最大問題は︑此の人口謝策であろう︒而して此の爲には當然生活標準の低下︑産晃の制限︑國 果してよく之れを永く支持し得るや否や頗る疑問である. 都市に邊出して漸く其の生活を支えて器つた農村が戦後再び多くの齢還者のみならす海外よりの引揚者を受け入れて 力を増強し︑入口単解力の増大に努めつ心あるの怨ある︒然し過去に於て既に入欝過剰に苦しみ多くの子弟を商土業 農業技術及農業経螢の改善により︑又は未開地を開拓して維螢面積の撰大︑閣下入植者め定着をなし以て農業の生産        タ 引き受けた各地方︑特に農村に於ては從來の不足していた三筆力の回復をなし︑勢力的に集約なる経螢を寳引し︑︐又 外よρ多敬の引揚者が其の郷里に縁故をたどって麟還し充ことによるものと考えられる︒而して斯様に多肉の入口を 究に譲る露こと翼するが從來の軍事工業が淡落して入口の牧容力を失うと共に多くの失業者が其の出身地に蹄還し叉國

地であるからその開嚢こそ最も緊要なこと曳信ずるものである︒色

註街 ℃o︻電∂舜簿φ鷺¢鴬巳酬甚窓乙︒δ︷鍵ピ勲嘱益譲留霧︒︸多簿︵鵬霧=回副叢話︶.

 幻 我が國が大李洋職撃によって行政瀬 な失った地域は從來の本郷土に於てに次の如嘉・ものであろ︒

  8 沖縄島全域︒

  目 鹿兇島懸大島郡︒

  同 北海議根室支鷹の滅後郡泊村︑三夜別村︑色丹郡色丹村︑紗那郡親潮村︑鐸旋郡潔珊村︑観取郡蘂取村︑得撫郡︑新知郡︑

     最近に於嫉る我國人職の移動

(18)

一35◎嶋

     最近に於ける我國入降の移勤

  占守郡︑花険郡歯舞村の内志獲島︑多樂島︑水繍蕪四︑勇留島︑勲脚勢留鳥門毒

 瞬甥 東京都八丈亥臆讐﹁内膏ケ島村︑小笠原・支臨緯糊内全域︒

 国 島根縣穏地郡玉箇村の内竹島︒︑       \        ︑

働 厚生省人灯問題研究所最近の人矯に醐する思料︵昭和二十四年五月塘幽幽正六版︶︒.       ノ 簡 璃§︸δ艮︒きgン瓢︒塊憩嚢婁慣欝︒・§ζ・魯雪天︒簿卜亀一.沸く9.舞.G農●巳ζ導軸.譲嘘落ぎ回譲藍鼠2

.⑤ ︐く・臼塁︒・℃ε三跡坤霧回だぎ寡諺篇凹きく︒環好2霧ご謬篇︵︶篤6馬漕巳㎞逡O汐亀欝8︶.

⑥︐表の備考日イ︑嶽︑ハ︑参照.       .・

①.拙著︑ ﹁最近に於ける我國民の移住現象に就て篇︽H本拓殖學禽報第一曝︶塗照︒       ・

㈲纏濟安定本部総裁官房調査課︑軍器洋識量による我國の被害綜合職告書要約ニー三頁︑第一圏臓本統計年鑑︑〇五六−八頁

 参照︒ 働職争の人口上に及ぼした研究に就てぼ︸︒き悔・ゆや勤膨霧繕・聾δ碑醸¢類氏編纂の≦ず紳儀︸纂津帯讐難題◎演ポ蒔霧︒銀夢搭鱗塁

 ≦Oぎ舜訟⇔鵬窪の内影ξぴ篤鼠¢O璽婁襲罵夢の○ぎ醤同峯≦帥多︸毎ρ鍛高φ讐調の頑窪搾O璽燐贈騰短毛むφ憐慾a論瀞捧議護門二審疑轡ユφ冠頻冠ざ鮫鵬︑煽諜︵一

 嶺蓉ゲ貯冷竪器蓉が参考になる︒又人口の地方的移動に撃てに北米合衆國に詳細な研究.がある︑其の大要はペソシルバニや大學繊

 版の 竃無冠麟諏G雛鉾開戸議轟︒9浮〇三〇〇幣餐︶瑠ひ¢拶溜︾6穿の憾辱O哩瞥○穐桟戸の範駐ε織蜜︵㍉辱O幣巳窪篇︵鐸増⑦脳鍵轡罵笹簿ざゆび蜜9出帆︷¢憎塗か6缶甑︒圃戸

 議題負︒萄︒謎︵一〇もゆひ︶の内に見繊されろ◎又人口動態に就ては蘭⁝掲財く.Q欝湊℃◎膨彊ぎ瞬ぎ鐸℃o凱︵泌霧麟鄭議題︒く鐵影⑦謬窮顯嵩圏糾餐Φ娼Φ

 ︵O嵐・乙椴︒︶が滲考ぜられる︒

(19)

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附表[・ 我瀬瀬ロの地方別移動 (白昭和15年1{♪月1日至昭和23年8乃1日) (各期別)

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参照

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