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隠岐方言の丁寧表現法

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Academic year: 2021

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(1)

詩人の存在観を如実に証明する作品である。︵かかる詩的志向はす でに処女詩集 J においても、はっきり示されてはいたが。||上記 ﹁ 解 釈 と 鑑 賞 ﹂ の 拙 稿 を 参 照 さ れ た い 。 ︶ ︿旅﹀にしろ、︿讃美歌﹀にしろ、そこには美的実存、倫理的実 存の段階を超えて、さらに宗教的実存の段階にまで歩を印する詩人

隠岐万言の、敬語法として立つ顕著なものに、﹁ゴザル﹂および ﹁

1

シャル︵サッシャル﹀﹂の二敬語がある。この﹁ゴザル﹂およ び﹁

1 γ

ャル︵サッシャル︶﹂は、いわば、古態の敬語として、今 日、全国的に、退化の傾向が著しい。が、山陰、特に、その北方海 上に位置する隠岐は、右の敬語の、現に優勢な地域の一つである。 隠岐における右の敬語の存立状況については、次の二小稿を参照し て い た だ き た い 。 隠岐烏五箇方言の﹁ゴザル﹂について︿国文学孜包﹀ 隠 岐 方 言 の 敬 語 法 八 国 語 国 文 学 論 文 集

6

﹀ ー﹁

1

シャル︵サッシャル︶﹂敬語について

l

さて、右の﹁ゴザル﹂は、本来、﹁ある﹂﹁居る﹂ ﹁ 行 く ﹂ の面目が見られる。それ故、﹁単独者の愛の唄﹂というその愛は、 決して甘美なナルシズム︵自己愛︶ではなく、絶えず実存としての 不安と恐怖と不条理におののきながら、神をわれから生きんとする 宗教的人間回復の厳しい試錬の愛であるように思う。 ︵ 一 回 目 吋 ・ 吋 − M O ︶

る﹂の敬語として用いられたが、今日では、総体的に、その用法が 限定されてきている。例えば、共通語におこなわれる﹁ゴザイマ ス﹂︵︿﹁ゴザル﹂+﹁マス﹂︶は、﹁ある﹂の意義のみでもって 立っているにすぎない。隠岐でも、﹁行く﹂の敬語法としては、も はやおこなわれなくなっている。すなわち、隠岐の﹁ゴザル﹂は、 ﹁ あ る ﹂ ﹁ 居 る ﹂ ﹁ 来 る ﹂ 一 一 一 者 の 敬 語 と し て 存 立 し て い る の で あ る 。 ところで、﹁ある﹂の意義の﹁ゴザル﹂は、ふつう、﹁丁寧法﹂ に 立 つ 。 本 稿 で は 、 主 と し て 、 こ の ﹁ ゴ ザ ル ﹂ に か か わ る ﹁ 丁 寧 法 ﹂ を、特定の角度から検討してみたいと思う。

6

-一

一寸 来 ﹁ある﹂の敬語としての﹁ゴザル﹂は 一 般 に 、 次 下 の よ う に お こ

(2)

11

i

3

1

2

3

な わ れ る 。

O

ヤ マ ユ マ ツ ノ キ カ ゴ ザ ル 。 山に松の木があります。八五箇﹀︵︿ 以 下 同 じ ﹀

O

ヤ ネ カ ラ オ タ ケ サ ジ タ コ ト カ ゴ ザ ル ダ 。 屋根から叫ばれたことがありますよ。︿五箇

V

O

ド i ジ エ ン ノ ヨ I ナ コ タ l ゴ ザ ラ ヌ ワ 。 島前のようなことはありませんよ。︿五箇﹀ 以上は、いわば、独立の動調としての用法に立つものである。これ は、また、次でのように、補助的にもおこなわれる。

O

ドコカヤドデゴザル。 どこが宿です。八五筒﹀

O

パ シ ョ カ ヲ ル l ゴ ザ ル ダ ケ ノ 。 場所が悪いですからねえ。︿五箇﹀ このような、﹁ある﹂にかかわる﹁ゴザル﹂は、﹁島後﹂︵隠岐群 島中、北部に位置する最大の島を指す。︶の、五箇を中心とした北 部一帯でみられやすいが、﹁島後﹂南部の西郷町など、他地域では 比較的劣勢におもむきつつある。 ところで、一方に、その﹁ゴザル﹂が、﹁マス﹂と結合して成立 したとみられる﹁ゴザソス﹂がある。この﹁ゴザ γ ス﹂も、﹁ゴザ ル﹂同様、﹁ある﹂﹁居る﹂﹁来る﹂三者の意義をもっておこなわ れる。が、なかでも、﹁ある﹂にかかわる丁寧の用法が著しい。

O

マッチカゴザ γ スカノ。 マッチがありますか。八五箇﹀

O

エマデモゴザ γ ス 。 ﹀ 内 は 地 名 を 一 万 す 。 ~ ノ −d d z L O 革 委 一 同 ? ζ 、1 寸

σ

− − = ガ パ L じ 期 唱 。 寸 F , よ う に み 点 こ 今でもあります。︿酋郷・飯田﹀ このようなものの外に、補助的にも頻用されるが、そのうち、特に 注目されるのは、﹁

1

テ ゴ ザ

γ

ス ﹂ の 形 を と る も の で あ る 。

O

フ ジ ュ I ナ メ ニ ア エ マ シ テ ゴ ザ ン ス 。 不自由なめにあいました。︿五筒﹀

O

ポ ン ニ ナ ! マ シ テ ゴ ザ γ ス 。 盆になりました。︿西郷・飯田﹀

O

ハオクロ i ニ ソ メ テ エ キ ヨ 1 ッ テ ゴ ザ γ ス 。 歯を黒く染めて︿お嫁に﹀行っていました。︿西ノ島・珍 崎 ﹀ こ の ﹁

1

テゴザソス﹂は、きわめて丁寧な表現をしたてる。右の 例文でいえば、例えば﹁アエマシテ﹂﹁ナlマシテ﹂など、すでに ﹁マス﹂をとった丁寧の叙述をも、さらに大きく包摂して、より深 い丁写の心意を表出する。この丁寧の表現構造の、いわば中核とも いうべき位置に立つ﹁テ﹂の措定性にかかわる特別の機能に注意し たい。この﹁テ﹂を一つの軸として、右の、高い敬意の表現が成立し ている。︿藤原与一先生﹁文法﹂八日本方言学﹀二六二ベ参照﹀ ちなみに、﹁

1

テ ゴ ザ ル ﹂ ︵ ﹁

1

テ ゴ ザ γ ス﹂でなく﹀とい う形は、全域にわたって、あまりおこなわれない。﹁テ﹂の表示す る敬意を受けるのに、この方言社会では、もはや﹁ゴザル﹂は、ふ さわしくなくなっているのであろう。 なお、﹁

1

デ ゴ ザ γ ス﹂も、次例のようにおこなわれ、全域に 盛 ん で あ る 。

O

ハツポンダキデゴザ γ ス 。 初盆だけでございます。︿西郷・飯田﹀

7ー

(3)

I

l

l

先に、﹁

i

テゴザル﹂の劣勢を指摘したが、﹁

i

デ ー ゴ ザ ル ﹂ は 、 ﹁

1

デ ゴ ザ γ ス ﹂ と 共 に 、 ご く ふ つ う に お こ な わ れ て い る 。 これからしても、先述した﹁テ﹂の、敬意に関する特別の機能を認 め る こ と が で き る 。

さて、隠岐方言には、次例のような、注目すべき語法がある o G U N − ト l γ 刑 判 到 ス 。 とうとうなくなりました。︿布施﹀

O

コ ノ キ γ ネ γ ヮ、オ川叫エマシテス吋 1 。 最近は衰えましたねえ。︿西郷・今津﹀

O

シゴクヲエエ剖吋 γ テ ス 。 四、五回行きました。︿西郷・伊後﹀

O

エ到エメニ判ヨ l ッ到スワナ。 ひどいめにあっていましたよ。︿西郷・中条﹀

O

オ ベ l サ

y

f

刺ク到 γ テ ス 。 おばあさんが送られました。︿五箇﹀ 右の例文にみられる﹁

1

テス﹂がそれである。﹁テス﹂は、動詞お よび助動調の、いわゆる連用形を受けて、丁寧法に立つ。つねに、 この﹁テス﹂の形でおこなわれ、他の活用形は認められない。﹁オ ト ロ エ マ シ テ ス ﹂ ﹁ エ キ マ シ テ ス ﹂ な ど の よ う に 、 ﹁ マ ス ﹂ を 受 け て も お こ な わ れ る 点 が 興 味 深 い 。 ところで、右の﹁テス﹂にも、先述した﹁テゴザ γ ス﹂などの場 合と同様、敬語表現の転回の輸としての、﹁テ﹂の機能を認めるこ とができるのではないか。つまり、一語としての把握が可能かにみ える﹁テス﹂も、実は、例えば﹁エキマシテス﹂などのように、 ﹁テ﹂﹁ス﹂それぞれ、独自のはたらきをになっ℃いるとみること ができそうである。こうみると、﹁テス﹂も、先の﹁テゴザ γ ス ﹂ などと、きわめて類似した表現機能をみせていることに気づくので あ る 。 布のようにして得た﹁テス﹂の﹁ス﹂を、筆者は、﹁ゴザ γ ス ﹂ に由来するものとみたい。すなわち、﹁テゴザ γ ス ﹂ が 縮 音 化 し て 、 ﹁ テ ス ﹂ が 成 立 し た と み た い の で あ る 。

O

ムカシワアリョ l ツ テ ス ガ キ γ ネ γ ワ ナ シ ニ ナ ッ テ ゴ ザ γ ス 。 品目はありましたが、近年はなくなりました。︿西郷・中﹀ これは、一文中に﹁テス﹂と﹁テゴザシス﹂とが併用された例であ る。丙者には、意味機能の差は、ほとんど認められない。ただ、﹁ テ ス ﹂ の 方 が 、 い く ら か ぞ ん ざ い で あ る 。 右 の 、 ﹁ ゴ ザ ン ス ﹂ l v ﹁ス﹂に関連して、次のことが注意され る。すなわち、﹁ゴザ γ ス﹂は、一方に、﹁ゴワ γ ス ﹂ ︿ ﹁ ゴ ワ ス ﹂ ︶ と も 転 靴 し て い る の で あ る 。

O

エ チ リ ワ ラ ク ニ ゴ ワ ソ ス ワ i 。 一塁は十分にありますよ。八布施

V

O I l i − − 。コドモカエットゴワスケ l 。 子供がたくさんありますから。八五筒﹀ このような﹁ゴワンス﹂︵﹁ゴワス﹂︶は、﹁ある﹂の意味でしか おこなわれない。これが補助的に用いられたもの、

O

叫 引 け 刑 判 到 判 刈 ダ モ ノ ガ 引 け 刺 刈 テ ナ 。 | ||

- 8

ー ゴ ワ

γ

ス ワ

(4)

病気して死んだ者が多うございましたよ。八布施﹀ のような﹁

1

テ ゴ ワ γ ス﹂などが、﹁テス﹂に至る最短距離にあ ったものと想察される o この想察を、一つ助けるものは、﹁テゴワ ンス﹂︵﹁テゴワス﹂︶と﹁テス﹂との、分布領域と使用層とにか かわる、相関の関係である。 ︵ ﹁ テ ゴ ワ γ ス﹂︵﹁テゴワス﹂︶は隠岐全域にみられるが、特 に﹁島後﹂南部地区で、比較的多用される。つテス﹂も、また同様 の 分 布 状 況 を み せ る 。 ﹁テゴワンス﹂︵﹁テゴワス﹂︶は、主として老年男子におこな われ、﹁テス﹂もまた、主として老年男子におこなわれる。 このような、﹁テゴワンス﹂︵﹁テゴワス︶﹂・﹁テス﹂の、分 布、使用層それぞれの相関の状況は、両者の密接な関係を思わせ る。さらに、先述した、両者の意味機能の類似ということがある。以 上の諸点から、当面の﹁テス﹂は、﹁テゴザ γ ス ﹂ ﹁ テ ゴ ワ ン ス ﹂ ︵﹁テゴワス﹂︶から転じて成立したものとみることができようと 思 う 。 四 主として﹁島後﹂南部地区に、また、次下のように、特異な丁寧 表 現 が お こ な わ れ る 。 。サザエガトレマスルデlス。 さざえがとれます。︿西郷・今津

V

O

オlキナリョiオスルデlス。 大漁をします。︿丙郷・今津﹀

O

オ l キナエワガアルデ!ス。 大きな岩があります。︿布施﹀

O

ヤ ス デ ッ ク デ l ス 。 阜 、 す で 突 き ま す 。 八 布 施 ﹀ これらの例文にみられる﹁

1

デIス﹂が注目される。﹁

1

デ 1 ス ﹂ と、﹁デ﹂の長呼される音相は、たちどころに耳をとらえて、特異 で あ る 。 こ れ を 、

O

エチパンタワヨケlデス。 いちばん田はたくさんあります。︿西郷・飯日

V

などの、ひろく全層にわたっておこなわれる﹁デス﹂と、同列にみ ることはできない。﹁デ 1 ス﹂には、一種の重厚さが認められ、主 として老年男子に観察される。しかも、すでに述べたように、だい たい﹁島後﹂南部地区に存立するのである。 こ の ﹁ デ l ス﹂を、﹁ゴザンス﹂﹁ゴワ γ ス ﹂ ︵ ﹁ デ ゴ ワ ス ﹂ ︶ が補助的におこなわれた、﹁デゴザンス﹂﹁デゴワンス﹂などに由 来するものとみることはできないだろうか。

O

ウミノハタデゴワンス。 海のそばです。︿西郷・飯田﹀ など、﹁デ

i

﹂が頻用の結果、先述の﹁テス﹂のたどったのと同様 な経過によって、﹁デlス﹂が成立していったのであろう。こうみ れば、主として老年男子によって、しかも、﹁島後﹂南部地区にお こなわれやすいという事実も、おのずからに諒解されてくる。 ﹁ テ ゴ ザ γ ス ﹂ ﹁ テ ゴ ワ ン ス ﹂ ︵ ﹁ テ ゴ ワ ス ﹂ ︶ 、 が ﹁ テ ス ﹂ を 、 ﹁ デ ゴ ザ γ ス﹂﹁デゴワソス﹂︵﹁デゴワス﹂︶が﹁デ i ス ﹂ を 、 相即的に、それぞれ特異な了管一請を成立せしめている点は、別して 興 味 深 い 。 9

(5)

-五 以上にとりあげた、﹁ゴザ

γ

ス ﹂ 系 と み ら れ る ﹁ テ ス ﹂ ﹁ デ I ス ﹂が、共に、﹁島後﹂南部地区を、分布の主域としている点は、注 目 に 価 い す る 。 隠岐にあっては、﹁島後﹂南部に位置する西郷町が、政治・経済 ・ 文 化 の 中 心 地 で あ る 。 い わ ば 、 一 般 に は 、 言 語 改 新 は 、 ま ず 、 こ の地域にみられることが少なくない。右の﹁テス﹂、﹁デlス﹂も

熊本市域方言における形容語イの研究

自 次 序 第一章意味による分類 第一節意味分類 第二節分野比較 一分野相互の比較 ニ各分野内での項目相互の比較

ω

I

分 野

ω

1

分 野 第三節形容調と形容動詞 第二章語の形態による分類 言語新化の事実が指摘される。その分布状況は、よく、成立と分布 と の 、 相 関 の 理 を 物 語 る も の と い え よ う 。 隠岐方言の﹁丁寧表現法﹂記述にあたっては、他に、動詞関係で も、﹁マス﹂﹁デス﹂などの活動をとりあげなくてはならない。小 s 稿では、ただ、﹁ゴザル﹂一派にかかわる、特定の表現法をとりあ げ 、 記 述 し た に と ど ま る 。

-10

第一節形容詞 一単純形容調の語尾形態

ω

カ 語 尾

ω

イ 語 尾 二複合形容詞の形態

ω

体言+基本形容詞帥体言+助調+基本形容詞制動調 + 基 本 形 容 詞

ω

副詞+基本形容調田形容詞語幹+基本 形 容 調 一 一 一 派 生 形 容 調 の 形 態

ω

体言+基本形容詞 + 基 本 形 容 調

ω

動詞+基本形容詞 制形容詞語幹

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