聴覚刺激による絵画的発想に関する考察 : クレー絵画における教材開発の視点
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(2) 目 次 はじめに. 第1章 第1節. 一…一一…一一t……一一一……一一・一……一一一…………一…一一一一一 1. 絵画と音楽の結合 クレーの絵画と音楽との概要 ……一L一一一一一一一…一一一一一一一r一…一 3. 第2節. クレーの素描芸術について ・一…一一p……一……一一…… 9. 第3節 クレーの対位法絵画について (1) 対位法原理の応用 ①対位法原理の応用1 …一…一一一一一……一一一一一一一一……22 対位法原理の応用2. 一……一一…一…一…一一一…一一一・・一一p28. ②ドローネの貢献. 一……一一………一一一…一一一……一一. R2. ③色彩テーマの展開 …一一一一一…一一一…一一…一……一一・一…36. ④フーガ絵画の誕生 一…一一……一…一…一……一…一一P一一38 ⑤色彩ポリフォニーの展開一一一一一…一一一一一…一一一一一一1一一一一一…一40. ⑥アド・パルナッスム. 一…一一…一一……一一 餉一一一申岬一一一一崩. S4. ⑦オペラ的絵画 …一……一一一一…一一一一一…………一一48 オペラ絵画前期の特徴 オペラ絵画後期の特徴 第4節. クレーと子どもの絵について 一……一一……一・一一一一一一一59. 第2章 教材化に向けての考察 第1節 クレー絵画に基づく教材化の視点と手順…一……一…一一一73 第2節 教材の提示 ………一……一一一……一一一一…一一84 第3章 第1節. 聴覚刺激における絵画の発想を基にした実践と考察 検証授業の概要. 一一…一…一…一一一一L一・・…一一…一一一…一…一一一一一102. 第2節 検証授業の提示と分析 (1)譜線に重点を置いた「音楽と絵画」題材事例一一一一……104. (2)オペラ絵画に重点を置いた「音楽と絵画」題材事例…143 おわりに. 一……一……一……一……一一…一一一一一…一一一……一一一…一一176.
(3) はじめに 21世紀を目前にして、教育界も新しい時代に向けての教育改革の準備段 階に入っている。そこには現在の子ども達の姿を通して、近い将来、教科下 下の動きがより進められ、理想の子ども像を目指すビジョンが創造されよう としている。そのような動きが活発化してきている今日、我々美術教師に今 一番望まれることは、まさしく美術教育における現在の子供達が抱える課題 をしっかりと見極め、その課題に対しての教師自ら積極的に、新しい時代に 対してのさらなる展望や発展を考えなければならない。そのためには再度、. 中学校美術教育そのものが、教育の原点に立ち返った時に、果たして子ども の視点にたった美術教育が実践されていたか、あるいは人間教育の上でも、 どれだけ一人ひとりの子どもに影響を与えるものであったか問うものである。. そこには授業を通じ、喜びや達成感を与える内容が展開できたか見ていく 必要がある。このことから、日々の実践の積み重ねがいかに重要であるか、 あるいは美術が、子どもの成長過程においてどれだけ欠かすことができない 教科であるか、子どもの側から見直していくことが重要である。このような 観点から見ていくと、疑問に感じる点がいくつか見られる。それは、ここ十 数年間の美術教育全体の教育内容や、実践内容を見ても依然として大きく変 容していないということである。まさしく時代の流れに逆行する如き、美術 教育の停滞である。本来、子ども達に創造させ新しいものを目指す教科の特 性が発揮されておらず、疑問に感じている点でもある。 さらに、このたびの研究の柱にしている発想させる内容や絵画における表 現に視点をあてた時にも同じようなことがいえる。それは絵画表現について 触れれば、今だ写生画を中心とする内容が多く、そこには写実的絵画だけを 評価する体制が根強く残っていることである。したがって写実的に表現でき ない子どもは、美術の教科は苦手だから切り捨てるといったことが往々にし て見られる。しかも周囲の子ども達も写実だけが絶対的なもので、最終的に はそうした目でしか作品が評価できない。このことは確かに成長過程にある 子ども達においては当然の評価であろうが、しかし絵画表現を広く見渡せば、. もっと写実以外にもいろんな見方ができる作品を取り上げ、絵画表現の素晴 らしさが扱われてもよいはずである。未だ、教師自身も観察画を中心とした 写実表現だけが誇張され、俗にいわれる見栄えのよさを中心とする作品主義 的傾向が強く、しかもこうした授業体制の中では、教師指導型といわれるよ うな子どもの個性のない一貫した絵画指導、カリキュラム編成が実施されて はいないかと考える。結果的に子どもの意欲を著しく低下させる要因が、そ こにあるものと考える。. ・・ 一1一.
(4) 次に発想に視点をあてると、果たして授業の中でいかに発想を大切なもの ととらえ、発想豊かな子どもにしていこうとする示唆や方向性が示されてい るだろうか、こうした発想する力は、教師の手で工夫されてこそ、より確か な発想を導いていけるものである。結果的に子ども達に内面から発想する力 が養えることは、子ども逢の将来においても重要なことであり、絵画表現す る以前の重要さである。こうした内面性からくる発想の豊かさが人間形成の 上で、これからの美術教育の重要な視点として考える。また、教師間でも図 画工作、美術の文章においても頻繁に使われる用語には、興味、関心、おも いとともに発想が群を抜いて多く使用されている。しかも指導計画の作成や 文部省の年間指導計画の中においても多く使用されている実態がみられ、い かに図画工作、美術という教科の中で発想を重要視し、また中心的指導事項 として取り上げているか再認識できる。また、このことは同時に子どもにお ける発想指導が充分に対応できていないから重視されているということにほ かならない。. そこで、本研究はこうした子どもの視点に立っての絵画表現、発想させる 方法に視点をあて、考察していくものである。ここでの発想を豊かし、個性 的表現や内面性に重点をおく題材としては、想像画、空想画、生活画などの 表現が考えられるが、このたびの発想させる方法や手順としては、聴覚から の発想を使っての授業展開をするものである。これまでの経験の中で、聴覚 からの刺激により発想させることは、日常の「音」や「音楽」にはそういっ たことを表現する要因が含まれていると思われるからである。しかしながら、 こうした聴覚からの刺激である音や音楽も授業内容、教材としての観点から みれば、単発的で発展性がみられなかった。しかも、目には見えない音や音. 楽を表現することは、発想させる観点からみれば効果的であるが、絵画的発 想に導き、それを絵画の表現方法にすることは、限られていたため再度、教 材化の視点で瞬究を進めることにした。そこで、音楽と絵画の関係を理論的 に絵画表現に結びつけたパウル・クレーの考え方と制作を拠り所にして考え、 本研究の胆心に位置づけた。. 研究の方法としては、次の3つの視点で考察を進めることにする。 ① 絵画と音楽の結合したクレーの絵画形式に視点をあて、そこに見られる 音楽の対位法原理を応用した対位法絵画の中の、素描芸術、フーガ的絵画、 カノンの原理、色彩テV・…マの同時性、オペラ的絵画を考察していく。. ②クレー絵画と子どもの絵との類似性を明らかにしていき、中学校美術教 育における絵画表現においての教材化の視点で考察する。 ③聴覚刺激による発想が、絵画表現における教材化になるか、検証授業を 行い、その有効性を探る。 一2一.
(5) 絵画と音楽. 第1章. 第1節 クレーの絵画と音楽との概要 この1章では、絵画と音楽との相互類似性を明確にしていき、両者を結合する 考察に焦点をあて研究を進めていきたいと考える。そこで、こうした問題に関心 を抱いた琴唄の中で、時間と精力を費やして、教育現場への応用の面でも注目す る結果を得たパウル・クレー原理について考察するものである。 そこで、音楽と美術との相互関係をどこに見いだしていくかが重要となるが、 その原点はまさしくクレー自身の少年期から見ることができるのである。 クレーは1879年にベルンに生まれ、両親そろっての音楽家で育った影響も あり、11歳の時にはすでに一人前のバイオリニストとして、ベルン交響楽団の エキストラとして演奏していた。18歳当時には、音楽的才能やあるいは詩人、 作家として、絵画以外の領域にも才能があるといわれ、進路選択時には、音楽家 としてのバッハやべ“トーベンにひかれていく一方、線描家に対するあこがれと 絵画という視覚芸術の来るべき黄金時代に貢献できる、あるいは参加できるかも しれないという期待から、画家になる決心をしたといわれている。クレーのこう した決心が後に、少年期から培ってきた音楽的才能と絵画との相互関係が必然的 に結合し、今日のクレー絵画成立の原点であるとおもわれる。 そこでこうした少年期から培われてきた原点が画家を志すクレーが、生涯のど の過程で絵画と音楽の結合を求め、相互関係を明確にし、発展して来たかを見る ために、クレ・・一.の画家としての活動の中から特徴的な制作活動をあげてみよう。. 土肥美夫はクレーの特徴的制作活動は大体次にあげる3期の時代区分にできる と、述べている。*1. 第1期 ∼1919年まではクレーがクレー自身を求める実験の時期 この第1.期における主な活動として次のことをあげることができる。. ①1912年パリ訪問でセザンヌからキュビズムの影響をうける。 ②1914年北アフリカ(チュニス)旅行においてドローネの作品 「同時的窓」の作品から「色彩と光」の認識が強まる。. また、1911年にカンディンスキーの出合いも重要である。. この①②の出来事により、クレーの求める音楽と美術の結合を実践するうえで の基礎づくりができたと考えられる。ここから、以前から興味があった音楽用語 の借用や音楽理論を絵画のなかに生かすべく、キュービズム的素描実験を始める。. 第2期. 1919年目. 1933年まではクレーがクレー自身を形成する造形. と熟練の時期 一3一.
(6) 第2期における主な活動としては次のことをあげることができる。. ①バウハウス及びデュッセルドルフ・アカデミーで教鞭をとった 時代。. ②1926年イタリア旅行でモザイクからヒントを得て分割的点 描法を考え出す。. この第2期にあたる時代がクレーにとって音楽理論と絵画を形成した重要な時 代であったとおもわれる。特に、クレーがバウハウスの美術講義において、この 音楽と美術の関係を教育者として理論づけ、実践してきた経緯は極めて意義が大 きい。. 第3期 1934年以後 ベルンの晩年時代は、クレーがクレー.一自身を超えて いく完成の時期 第3期における主な活動としては、次のことをあげることができる。. ①戦争によりドイツを逃れ、故郷であるベルンで落ちついた制作活 動に励む。. ②造形記号(ツァイヘン)、象形文字の発見があり、原始美術にみ られるようなパターンや絵文字などを絵画に応用する。. ③1939年1年間で1200点の作品を制作、その翌年61才 の生涯を終える。 生涯総作品数 9000点. この第3期はクレーにとっては、第1期、第2期に見られたような大きな発展 はなく、これまで実践したことを自己の絵画制作に確立した時代であると考える。. ここに上げる第1∼3期の中においては、第1期と第2期がクレーの絵画と音 楽の結合、相互関係を知る上で重要な時代であるとおもわれるため、第1期、第 2期についてさらに考察する。. 第1期はクレーの創作活動の初期であり、自己を形成する造形と熟練の時期で あるが、既にこの時期(第1期のところで触れるミュンヘン時代)には音楽的な 線描に対する特徴が見られ、 「クレーが対象を眺め、描く時、現実としてでなく、 音符のような一種の記号として掴み、フォルムとフォルムとの間の関係は、音符 と音符にある音の高低として意識され、線描は単なる輪郭線としてでなく、対象 のフォルムの内部にも、時として運動として表現された。」*2 つまり、この時 期のクレーにとっての課題は、線描画家として線をいかに生かしていくか着眼し、 線及びフォルムのもつ独立した価値を模索した。ここには対象を超えるべき線と フォルムとの探求が目標であったと思われる。これまで述べた素描の特徴が見ら. れる作品が次にあげる1909年作「森の開墾地からトゥーン湖の眺め」である。. 一4一.
(7) 1909年作. 「森の開墾地からトゥーン湖の眺め」. パウル・クレー展:1890年 西武美術舘 図1 この時期におけるクレー一の制作は主として1)デッサン、2)版画、3)ガラ. ス絵、4)ペン画であり、しばしば風刺的絵画の表現がみられたが、1905年 以降は風刺的絵画を創造の敵とみなし、これを排除する方向に努めている。この. 排除する示唆を与えたのが、1909年のクレーが「〈すぐれた〉教師」と呼ん. でいたセザンヌの作品との出合い、1911年にカンディンスキーと、1912 年にはドローネに会ったことにより、彼の画業、精神両面の心境は色彩への憧れ から、パロディーや風刺への衝動は薄れていったためであるといわれている。同. 時に、クレーの色彩理論の大きな飛躍は第1期②で上げる1914年の北アフリ カ旅行での制作においては、ドローネ*3の影響によるものが大きく、2節②のド ローネの貢献で詳しく考察する。 1) デッサン:「デールヘルツリ動物園」 2) 版画:「木のなかの処女」. 1898年忌. 1903年作. ∵{→ 一 N. 読 }. ::・ 寡讐’. クレー:集英社 図3. クレー:岩崎美術社 図2 一5一. .,㌔. G.
(8) 4) ペン画 「太陽のある景色」. 3) ガラス絵:「父の肖像」. 1908年作. 1906年作. クレー:岩崎美術社 図5. クレー:岩崎美術社 図4. クレーが新たな課題として選んだのは、当初から音楽と音楽理論に対する知識 が、絵画制作過程に如何なる価値があるかを真剣に検討し始めたときに知ったキ ュービズムとの出合いである。クレーは「このキュービズムのパターンには、音 楽の基礎であるリズムの要素が含まれていることを発見した。彼が、このリズム がキュービズムの特徴として認識される基となったのは、切子状(四角なものの 角を切り落とした形)の陰影だった。切子状の明暗が交互に現れるキュービズム のパターンに、音楽の基礎であるリズムとの繋がりを見いだしたのである。」*4 この発見により、音楽が絵画形式に結合、あるいは応用できるという確信とと もに、音楽絵画の基礎を築くことができたと考えられる。また、同時にクレーの ねらいの一つであった、キュービズムの絵画形式から対象を幾何学的に構成した いというねらいが達成できるものと考えた。これは、キュービズムの考えを応用 したクレーの最初の絵画作品、図6の「右への移行(抽象)」を見れば理解する ことができる。この素描的絵画は、画面から前方への突出と奥行き空間への後退 との幅を少なくする方法により、イメージを平面化している。それによって、従 来の分析的キュービズムの特徴である彫刻的で造形的な傾向が破棄され、残るの は明暗の交互の斑がリズミックに繰り返されるパターンに基づく、運動の観念と 感覚が重要になる。クレーはこの作品をきっかけとして、生涯を通じて絵画的リ ズムという概念で制作した。 こうしたキュービズムの影響から生まれた絵画的リズムをともなった作品が、. 図7、図8のような絵画作品である。 それでは、なぜクレーが音楽理論をキュービズム素描に生かすかことに関心を 高めたのであろうか。. それは①であげたセザンヌからの影響が発端であるが、具体的に音楽と絵画の 総合関係でキュービズムの土台の源泉を与えたのは、ドローネを中心人物とする オルフィストたちである。彼らは絶対色彩コンポジションの理論を音楽用語で語 一6一.
(9) り、クレーに強い影響を及ぼした。さらにカンディンスキーの非対象絵画理論は、 部分的に音楽用語で表現されており、そこには構成主義者たちの再現性の完全な 放棄と抽象、音符に似て、それ自体はニュートラルな建築ブロックのような単純 で絶対的な形態要素が強調されていたことや、 「絵画はすでに音楽の領域に足を ふみいれた」*5というゴーガンの言葉がきっかけとなっている。この言葉がクレ ーに共感を与え、それ以後の絵画の流れに音楽理論を取り入れることに容易に踏 み切れた要因があると思われる。さらにゴーガンはより明確にこの点について 「今や、画面に描かれる具象の形体は、色彩とフォルムの織りなす交響曲の造形 記号に過ぎなくなり、流れに生成死滅する光の反映にすら、落日に溶解する色彩 の階調にすら、絵画の表現世界は拡大される」*6と述べている。. こうした言葉の背景には、1910年代のヨーロッパ絵画に対する画家たちの 風潮が、これまでの絵画世相にあった絵画の再現性に対する違和感を与える転換 期であった。それは、見えるままの現実を描いたところでなんの美的感動も生ま れない、感情のおもむくままに表現することの重要さ、内面的な表現がいかに画 家にとって必要であるかを多くの画家たちが感じとり、そこに生活、信仰、本能 に結びつけ、視覚的な現実以外にも、感情、情緒、空想、夢などの不可視を視覚 化する思想が生まれた背景があった。クレーもこうしたゴーガンの言葉を実現す べく、カンディンスキーとともに絵画のなかに音楽を組み入れた制作をしていく が、その際クレー独自の音楽を組み入れた立体的な抽象表現絵画を目指していく。. また、クレーも属していた1911年に結成されたブラウエ・ライター運動(表 現主義)が純粋詩、音楽に通ずる思想に支えられていたことも大きな要因の一つ として上げられる。このようなクレーをとりまく周囲の人々の影響や時代背景を 基礎として、音楽と絵画の結合、相互に関係づける思想が構築されていったので ある。. 次に、3期の区分の中で第2期がクレーにとって多彩な活動期であり、自ら 「ヨーロッパの限界を超えた」*7と述べている重要な時期である。また、芸術の 都パリでは、二つの谷間にあたる同時代に、エコールド・パリが主流となり、同 時にドイツにおいても、バウハウスを中心とする、現代絵画に重要な基盤をなす、 実験が盛んに行われた。 クレーも第1期に築かれた、音楽を絵画形式に生かす基礎に立って、このバウ ハウスにおいてさまざまな教育実践を通して行っていくが、特にこの2つの関係 を生徒にわかりやすくするために、クレーは、フックスが作曲家に音楽理論をた やすく理解できるために書き上げた、 「グラドゥス・アド・パルナッスム」*8の 論文を活用した。この「グラドゥス・アド・パルナッスム」とは、神殿に続く階 段という意味があり、そこにはピラミットの頂点にある神殿に辿りつくように、 一段つつ作曲の技術をのばし、最後には神殿に辿りついたときにアポロから名誉 のあかしである月桂冠を受け、最高の音楽家であるという意味がある。 この「グラドウス・アド・パルナッスム」の中には「対位法」と呼ばれる音楽 形式、原理があり、クレーがこの「対位法」の原理を応用し、絵画形式に取り入 れることにより、相互関係を明確にしたことはたいへん意義深いと考える。また、 一7一.
(10) これによって音楽理論としての対位法と絵画との関係から「対位法絵画」という 新しい絵画形式が生まれたものと思われる。その作品が図9である。 こうした対位法絵画の原理をもとに、バウハウスにおいてさまざまな「対位法 絵画」の実践されることになる。特に、この時の表現方法の中で描画が中心で基 礎的な点・線を基本におき、カンディンスキーとともに実践が行われ、幾何学的 なフォルムの音楽が教育活動のもとに行われたことは、音楽と絵画の関係が教育 理論として可能であるか否かを問いかけているものであったといえる。 ここまではクレー自身が歩んできた絵画と音楽との結合あるいは相互関係の概 要について述べてきたが、次にクレーが生涯求めて続けてきた素描技法をどのよ うに考え発展していくのか考察する。なお、 「対位法絵画」の原理はとくに本題 材における研究の核心部分であるため、第1章3節で明確にしていきたい。. 「右への移行」1913年作. 「構築的、印象的」1920年作. ぎ デ ・葱. ガ. 窃蘇濁 ヤて4ノー :,、、. 噤E二言オ. 〉,:謝∫・三. 二 ?一. クレーの表現:岩崎美術社 図6 世界美術全集:研秀出版 図7 「木々でリズムづけられた風景の中のラクダ」1920年作. 「フェルマータのある素描」1918年作. ’二. ノ\・、. ’. ヒ ヘ ヒ. \’\ .“. ( ㌧. /一. x. クレーの絵と音楽:筑摩書房図8. 一一. 高№≠刀E1z一・. クレーの表現:岩崎美術社 図9. 一8一.
(11) 第2節 クレーの素描芸術について クレーを語る時、彼の絵画における主要な表現方法は明らかに素描であり、ご の素描芸術に対しては、他の画家には見られない彼の生涯にわたる追求が見られ る。また先に述べたようにこうした素描表現に対するあこがれは、すでに少年期. からの線描への関心の高さから読みとることができるものであり、同時に18歳 当時のクレーが画家になる決意の大きな要因になったこともあげておく必要があ る。こうした背景があるがゆえに当然、彼は素描家を目指したともいえる。クレ ーのこうした素描に対する熱意が、結果的にはこの素描の可能性を拡大し、その. 内容を限りなく豊かにしたために、第3節で取りあげる対位法絵画の表現方法に 応用された経緯が考えられる。そこで今世紀最大の素描家の一人ともいわれてい るクレーの主要な表現方法の一つである彼の視方なのか、クレーの「素描」には,. 線描だけでなく、墨絵のぼかしのような空間の要素(図10)や彼がトナリティ. (図11)と呼んだ黒白明暗調の要素も含めており、その種の作品は初期の頃 「黒の水彩画」 「黒の素描画」あるいは「明暗調の素描」・gと名付けられ、また. それとは別に空間の効果を透写技法で作り出す素描もみられた。. 図10:顔と胸. 図11:病床の娘が見舞いの女友達を迎える. 日!. クレーの素描:岩崎美術社. クレーの素描:岩崎美術社. しかし1932年以来、彼の彩画と素描画はすべて、多色の彩画に対して「単 彩画」と呼ばれるようになったといわれている。もともとクレーにとっての素描 とは、従来下絵とかスケッチとかいわれてきたような彩画の従属物ではなく、ク レーの芸術の独自の領域であったことを理解しておく必要があるだろう。こうし 一9一.
(12) た素描の概念があったからこそ、音楽という時間的空間を瞬時に絵画表現につな げる時の欠かすことのできない主要な表現が可能になったとも考えられる。言う. なれば、 「素描」はクレーの芸術観の根底を支えるものであった。だからこそ、. 20世紀の表現主義たちの芸術の認識が変わった時、クレーの思いが1908年 春書かれた日記にあるように、それまでの間、いかに素描芸術に対しての表現方 法を切望していたか感じられる文面を残している。そこには、 「魂の即興画とい うわたし本来の領域」*leに足をふみいれたこと及び「自然の印象との結びつきは. ここでは、まったく間接的でしかなく、わたしはいま魂を悩ましているものを大. 胆に造形でき、どんな体験でも描くことができるのだ、それらの体験は真っ暗闇 のなかでも線に移し変えられるだろう。ずっと前から、ここにこそ新しい創造の. 可能性があったのだが、ただ当時はそれが画壇で孤立するのではないかとの不安 によって妨げられていただけだ。そういうわけで、今こそわたしの純粋な個性が 表現でき、思い切り自由に解放されるだろう。」*11と述べられている。この文面. からも理解できるように、やっと彼自身が望んでいた線描の領域が芸術として認 められ、素描家として生きていく上での線描技法が開花する時期がやってきたと もいえる。. それでは、クレーが望んでいた素描画が芸術としてどんなに主要な表現要素で あったか、その特徴を述べてみよう。. クレーの制作過程で、線描技法がいかに中心的地位を占めてきたかについては、 土肥美夫が次のように述べている。 「それは他の画家との比較によって考えると、. より理解できる。例えば素描といえばクレーの彩画のほとんどが線描技法との結 合によって成り立っている表現であるが、たとえば、ピカソからデッサンを取り 除いてもその芸術の意義がそれによって大きく失われることはない。しかし、ク レーの場合はかけがいのない重要な部分が欠落することになると考えられると述. べており、このことはクレーの全生涯の素描作品が4877点を数え、幼年時代 や学生時代の習作を加えると4966点になる。この点数は、油彩など布地の彩. 画761点、主として水彩による占地の彩画3263点を遙かにうわまわってい ることにも、クレーがいかに素描を中心的な地位におき、クレーの芸術を支えて きたか理解することができる。そのため、人一倍、線描技法における線の表現方 法に関心が高かったことが理解できる。」.12. 次にこうした素描画における線の重要さに気づくきっかけとなったのは、19. 08年にみたゴッホ展における素描や、1907年に見たアンソールの版画にみ られる線の魅力に影響を受けたためといわれている。彼らの線には、印象主義の 側面をもちながら、同時にそれを克服する線の強さがあり、共感したものとおも われる。クレーは彼らの線を「独立の造形要素」・13の発見があったという言葉で 一10一.
(13) 述べているが、このゴッホ、アンソールの線の表現からの発見により、線描の表 現手段により未知の領域を切り拓いて行く可能性を求めたものと考えられる。. その時、クレーの素描に影響を与えたとされる作品が次に上げる図12:ゴッ ホ、図13:アンソールである。. ゴッホ. (1886年). アンソール. 《サント=マリー..=ド翼ラ=メールの’」・道》. 《昆虫の家族》. 幻想の版画:岩崎美術白図13. 現代世界の美術:集英社図12. ここまではクレーの描画技法における、線描へのあこがれと、芸術としての素 描表現が、いかに重要な表現手段であるか述べてきたが、次に、この線描表現が 変容を遂げる過程で受けた影響をみてみよう。. クレーの原初的な線描行為は1905年に詩的なものと造形的なものの結合を 目指して再出発したといわれており、一時、バウハウス時代には文学的な要素は. 影をひそめていたが、最初は第一次大戦直前の三、四年間、次に1920年代後 半から1930年代にかけての数年間、最後に死期の迫った晩年の三年間にもっ とも顕著にあらわれている。しかし土肥美夫は「本来、クレーが求めてきた詩と 造形との間には、詩的な画題や文字絵の試みなどよりも、もっと本質的なところ ある。それは線描という表現手段そのものと密接に関連しているところにあり、 それは特にクレーの考える線描が表現手段そのものにおもむきをおいているとお もわれるからである」と述べている。・14それはクレーが形そのものを、複雑なも. のを単純なものへと移行することにより、造形と詩の結合がもっとも端的に実現 されるからであり、当然そこには簡素な線描が象形文字風になって詩と直結した り、晩年にみられる線描の記号化などが主体となっていくことがみられる線描表. 現が展開したからである。ここで述べる造形と詩が結合したものが、図14の 「白鳥の池」と図15「繁茂」である。. 一11一.
(14) 図14 「白鳥の池」 (1937年). 図15 「繁茂」 (1938年). o. ∂. 亀. ’. o ’. 一一;vく・ 粗・. KLEE:美術出版. クレー展:1980年西武美術館. 先に述べた複雑なものから単純のものへと変容を遂げた背景には、抽象の影響 がある。この抽象の概念にいたる過程には明らかにキュービズムの影響があると 考えられ、クレー自身の芸術観がより内面性を重視する方向に向かっていくのが. 理解できる。それは1920年に書かれた「創造の信条告白」・14のなかで述べら れている次の一文から読みとることができる。すなわち、彼によると「芸術とは 目に見えるものを再現するのでなく、目に見えるようにすることである」と言う。 ・15この文面をさらに考察すると「目に見えるようにする」という言葉にはなにを という目的語が欠けている。しかも、 「目に見えるようにするもの」にもなにか. 目に見えないものが目的語の中に隠されていると想像される。つまりそこには 「目に見えるようにする」行為がクレーにおいて重要な意味をもつものと考えら れる。また、 「目に見えるもの」とは写実的な関係を否定してとらえ、当然、表. 現手段の抽象化へと向かうことが考えられる。同時に「目に見えるもの」は目に 見えない隠れたものを予想しており、それは表裏の関係にあって、離れがたく結 びついているとも考えられる。クレーのこうした抽象に対しての概念の背景には、. 詩人として、自然探求者として、哲学者としての思考過程が中心におかれている ものと思われる。したがってクレーの表現方法は最終的には当然、線描は抽象に 向かいやすくなっていくことは、自然のなりゆきであったとも考えられる。 後述の通り、クレーの芸術観が教育現場に導入し得る可能性はここにある。. また、クレーの線描題材のなかには幻影や童話めいた想像的な性格がそなわっ ている作品が多いが、クレーは「非常に精密な形で表され線描が純粋になればな. 一12一.
(15) るほど、線描表現の基礎にあるフォルムの要素が重視されればされるほど、目に 見えるものを写実的に表現するための足場はますますあやうくなる」・16と述べて. おり、そこには線描表現における「目に見えるもの」のとらえ方の真髄を読みと ることができる。また、クレーが影響をうけたとされるセザンヌの「抽象」は、. 黒白の素描は否定的な意味での「抽象!と呼んでいたが、クレーの場合にはそれ が積極的な意味での「抽象」と呼んでいるが点が注目されるが、ただこの抽象の あとに私の抽象は「想起をともなう抽象」.17と述べており、そこにはクレー自身. の内部で深められる「想起」によって表現される記号が、幾何学的記号、文字的 記号のほか、目、数字、星野、疑問および感嘆符号、音楽の延音符号、矢印など の象徴的記号がしばしば、しかも多様に現れてくるのも、クレー自身の体験から くる想起としてのおもいでとして出てくるものもあり、クレーの芸術に対しての 方向性が単なる幾何学的な考えではないことを示していることが分かる。 それではなぜ、こうしたクレーの芸術の核心を形づくってい.く記号表現がでて きたのか、土肥美夫によると、「クレーがチュニジアで体験したアラビア文字(. 図表1)が刺激になっており、表現においての抽象に加えて記号的抽象の特徴が 加わっていく背景があったと述べている。」・ユ8. その影響が顕著に見られる作品が記号の密集である。. 記号の密集. 図表1:抽象文字 イニ/一_. ’. ピ}・い. 鎌麟離離雛. 曳喚:1㌧鮨日露嫁星・・⊆・編’咳・蜘/975,. , り. Nゼ .一一et. げノ. へ. ’. ・\レ孔. r擢ノ. 1烈乏. マ. 曹. 蹄tt きわ. ’ 煮鼓. ・ぐ藷fマ7ぺ騨瓢」 ・一,、、、i・〉ミデ. 講 “叙黛鋭二 t. 褐 ,ど〉ベミ、. lb. く1,笠.!〆. コ》’. !》 ∼い. クレーの素描:岩崎美術社P42. クレーの素描:岩崎美術社P43. 次に、他の画家には見られないクレー独自の素描における特徴を述べる時、特 に重要であると考えられることの一つに、これまでの画家が素描画を対象の表面 的なものとしかとらえてはいなかったが、クレーの場合は線自体が測れられ、さ らにリズムを意識し、しかも固有の法則をもって、対象の中に潜む自己形成の表. 一13一.
(16) 現手段を求めてきたねらいがあった点が上げられる。また、この線自体を測るこ. ととリズムの関係は、土肥美夫によると「1902年のイタリア旅行において感 銘を受けたとされる建築芸術から、クレーが感じとった造形思考により発達した といわれており、この建築の関連に加えて、音楽との相等しい関係が初めてクレ ーの関心をひき、さらにこのことがきっかけとなり、クレーの線描の問題と同時 に明暗の問題として発展していく過程が生まれた。」とされている。.1gこのよ. うにクレーの造形思想にとって音楽が問題になるのは、建築ではその諸部分が数 学的に測れるのと同じように、音楽ではその諸声部の関係が音程の比率を基本と して時間的に測定できるからであり、造形美術と建築と音楽との関連の意識から、 「ベリーデ・水・水の都」や「建築のバリエーション」ような作晶が制作された。. 「ベリーデ・水の都」 (1927年). 「云. x⊥. 「建築のバリエーション」 (1927年). .・竃. P. 1 螺繋蟹1 讐 縁, 多!一. iff. ズ. 一 i. F .. @. 1 L. .. :. IL [ 一. 一. L 一 ”・ 一. ... 1trpt r r一一一一’一 : i. 一.一一. ;r!. ぶ. の. で二≒輔. ロめしへしへ. τ殿臨勝璽 ’ ,1慮 1零. 詞華輕嗣嬉一. t. 轍麗星団 ’ クレー展カタログ:西武美術館図18. クレーの素描:岩崎美術社 図19. その後、こうした造形思想を背景に一方では線描運動のリズムを導き、他方で は明暗の「多声音楽的」空間構成として発展している。ここで述べている多声音 楽的というのは、別名ポリフォニーとも述べられる音楽用語であり、ここでいう 多声とは、声部の数が単に多いというこではなく、複数の声部が、それぞれの独 立性を保持しつつ動くことを意味している。つまり絵画的解釈でいうと独立した テーマ性を帯びた内容が空間の中で動きをもって表現することとしてとらえるこ とができる。こうした「多声音楽的」な素描作品として、次にあげる図20に、. その特徴を見ることができる。さらに、図20の素描の要素に明暗の多声音楽的 要素を加えたものが、図21である。. 一14一.
(17) 図20「愚かれた道化者」(192g年) 図21「愚かれた道化者」(192g年). f織 ZLsS)pe.; .㌍・,i・一k一・二..凹㌧. 撃戟f ff Y’ ‘Cl. i’. 、鰯 趨. 冤 懸や“一“珈『. ノ ぐT. 酒. クレーの素描 : 岩崎美術社. 現代世界の美術:集英社. またこのように、彼が丁丁や音楽を造形として考えた原因は、建築の外形的 な構築美や音楽の美的印象から影響をうけたのでなく、建築の構造に数学的なも のを読みとり、音楽の構造(楽譜)から時間的(測定)なものを読みとったため である。ここからさらにクレーは、 「建築から線描を音楽から線描と明暗の表現. 機能に委ねて、それ自体が生命をもつものとしての有機体である人間、自然、宇 宙の構造を造形する原理としてとらえようとしている。」*2eこうした原理の背景. には、造形を運動の秩序におき、建築や音楽を造形の手本にしてあらゆる有機体 の内的構造の意味や内容を読みとり、それを空間を支える法則として視覚的に造 形化するねらいがあった。そのため自然、宇宙の現象を「能動的、中動的、受動 的」というふうに、絶えず動的にとらえようとした。. それをわかりやすく図解で示したものが下の「水車と槌」である。1は「滝」. で能動的でもっとも動きを働きかける。Hは「車輪装置」で中動的で1の働きか けを受けて動きをともない。皿は「槌」で受動的ですべての動きを受け入れる 「動き」のしくみを明確にしているものである。. 「水車と槌」. クレーの素描:岩崎美術社. 15 一.
(18) こうした動きを彼は静力学的造形と動力学的造形という言葉で述べ、この2つ の関係を「水車と槌」のように視覚化しようとした。そして特に動きの動力学を 強調して「純粋動力学」として形式、内容を具体的にしょうとした。この点に関 して土肥美夫は「クレーの素描」の中で次のように分析している「視ることの意 味に転換を図り、事物の表面や雰囲気に向けられたことではなく、視覚の内面化 事物の可能性の可視化を意味するものとおもわれる」*21 こうした原理に立つと、クレーの造形的要素の考え方が把握され得る。. ここで述べている動く原理である純粋動力学を応用した作品例が、次にあげる. 図22「家族の散歩・テンポ」、図23「畑の植物」である。 「家族の散歩・テンポ」(192g年) 「畑の植物」(1921年). メ訓寧. { j”’ r,,. v. ノ. ヒぐへ す. ㌧二\逃鳥. ゆり. 』へ \」・‘ ダヘノヨ. 1で『一. 瓜. /. /、レ. 一 季ノ鰍. 脳,、、「 1、 ●へゆ. f’ Xe.,一. ノ’. イブ,. “. ・魂. クレーの素描:岩崎美術社 図22. パウル・クレー展力夘グ:西武美術館 図23. 次に、クレーが求めてきた実際の素描芸術の基本要素であるフォルムの形式的 要素について述べることにする。なぜなら、これによって素描芸術のフォルムの 要素としてクレーが考えている点及び線、面、空間のエネルギーが理解できるも のとおもわれるからである。. 本来、造形の基本要素としての点は、線の機能を経て立体構成できることが成 り立つといわれており、そこで、最初に線のもつ可能性としての線を造形的な機 能に置き換える時、造形の基本要素としての点、線、面、空間をどのように考え ればよいのかを、坂崎乙朗の著書「クレー」で述べられている内容を参考にしな がら考察することにする。ここで最初に上げられている「点」について、クレー 自身はどのように考えていただろうか。クレーによれば、 「点は相対立する概念. の中間に位置するもの」として把握されており、それは上と下、左と右、前と後 との中間という意識があり、それはさらに、これらの反対概念を結んだ軸の交点 に位置するものであると述べている。*22そうした「点」に対するクレーの概念 を坂崎は次のように分析している。 「ここでクレーの述べていることは、単に上. 一16一.
(19) 下、左右というばかりでなく、前後という一対の概念を示しているのはとくに重 要なことであり、さらにこうした概念が加えられることにより、 「点」は円の中 心としてではなく、球体の核心として意識されることがわかる」と述べている。. *23つまり、坂崎はクレーの「点」の意識は、明らかに空間に位置するもので あり、線に、面に、さらには立体に発展していく可能性を秘めているのではない かと考えた。また、こうした坂崎の認識にいたる背景には、クレーの以下の言葉 と関係しているものと思われる。すなわち、クレーによると「点を無次元という ことはできない。点は造形の基本要素として、コスミック(宇宙)なものである」. と説いているが、この認識を基礎とした見解である。さらに坂崎はこうしたクレ ーの「点」の中間に位置する関係について次のようにも分析している。 「クレー. のそうした概念は視覚的にいえば、点は灰色という定義ができるのではないかと 考え、そこには、黒と白との中間に、黒でもなく白でもなく位置するものとして 灰色の存在があり、それが「点」であるということになる」*2q それではここで坂崎のいう、 「点」の中心となる灰色、黒と白の中間である灰. 色を理解する上でも、クレーの主要な色であった黒と白という二色の関係がいか に大切であったか考察する必要がある。こうしたクレーの黒と白の関係を知る鍵 は、おそらく、絵画制作上において,あるいは作品の特徴から顕著に明らかにさ れるとおもわれるため、まずそこから見ていこう。. クレーの芸術は先にも述べたように素描を中心に制作されており、続いて版画 を中心においていた時期もある。これらの表現には当然、黒白の表現方法が主体 にあったことになる。特にクレー芸術が初期から晩年まで、素描表現を中心に高 められ制作されていたことを考えれば、そこには他の画家以上に黒白の表現は重 要であり、欠かすことのできない色であったことが理解できる。また同時に、1・. 914年置チュニジアの旅行したときに初めて、色彩への開眼があったと述べて いるように、素描芸術や版画よりかなり遅れて目覚めたことになる。いうなれば クレーのように素描中心の絵画形式には差し迫っての色彩は必要でなかったので はないかと考えられ、多くの黒白の表現された作品を見ることができる。そのた めクレーは描画技法においての線の効果的な使い方に当然、趣がおかれることに なり、主体となる線表現は黒であり、白は空間の意識であった。また、冒頭にあ げた黒白版画の関係においては線に強烈さを求めるべく、当時のドイツで主流を しめていた「木版画」の影響をうけた、続いて繊細な線の駆使によって、対象に 写実性を加味することができ、しかも濃淡の使い分けにより、画面に奥行きを与 えることが可能である「銅板画」にも魅せられた。つまり、版画についてもう少 し述べると、クレーにとってドイツの版画の黒白という単純な表現こそが、クレ ーにも多大な影響を与え、その後に執拗に黒白二色の表現を求めるきっかけとな. 一17一.
(20) つたと考えられる。. 下にあげた作品が当時のドイツの主流であったの「木版画」である。. リオネル・ファイニンガー作. 「造船所展望」1918年. ドイツ表現主義:美術出版 図24. マックス・ペヒシュタイン作. 「パイプをくわえた自画像」1921年. ドイツ表現主義;美術出版 図25. また、そうした黒白二色によって描かれた特徴的な作品の一つに、1922年 に制作された図26「分かれゆく夕べ、青緑と黄榿の間の階層化」がある。この 作品は、黒と白、それに中間色に灰色だけを用いた水彩である。この作品に関し. て、クレー自身も黒白の表現について次のよ 「分かれゆく夕べ、青緑と黄榿. 問の階層化」 (1922年). うに語っている。 「自然の秩序では、黒白の. は対立する両極をなしている。黒の底辺はそ の頂点が、白の底辺に接しているといえよう。. この逆も真である。光と暗黒とは交互にた えず浸透し合い昼と夜との自然のリズムに従 っている。これが自然の秩序なのだ。」・25. 坂崎も、ここでクレーの述べている文面を 次のように分析している。 「クレーは、自然. の明暗の部分とは、黒白二色間を上下に動く. エネルギーの調和と見たと述べており、確か に自然のなかの白は、アクティブな力として 他の色彩に優越し、それ自体光なのである。 パウル・クレー展:産経新間社図26. これに対抗しうるのは黒のみであり、明暗の. 袖に攻撃する白のエネルギーと守勢の側に立つ黒のエネルギーとの闘争を、バー. 一18一.
(21) モニーに導きたいと願っているのではないか」と分析している。・26こうした考 えの背景のもとクレーの黒白という色の意識がいかに重要であり、同時に黒白を 支える中間的な色である灰色が、いかに中心的な意味をもっていたかが理解でき る。. 次に、クレーの「線」がどのような造形の基本要素としてとらえられているの か、線の機能によって導かれる立体構成までの過程を坂崎は次のようにまとめて いる。.27. (1) 点→線になる。この一次元的な移行によって、平面上に最初の線がえら れる。. (2) 線→面になる。この際、線が囲むという表現は適切ではない。むしろ最 初にえられた線が、二次元的に、平面上を移行する。したがって面は線の 束として理解しなくてはならない。. (3) 面→立体になる。面を構成する線の三次元的な移行である。. こうした1から3までの過程により、クレーの線の造形における基本要素を理 解することができる。ここで大切なのは立体を構成する基本要素はクレーの場合 は「点」であり、この「点」から一次元的にえられた「線」ということになると 考えられる。つまり、点は延長と屈折により、線になり、面を囲むことになる。. この面を立体の側面にするためには、点を充満させればよいことになり、こう した面における点は点描派の着眼から影響をうけたものと考えられる。そこには 点が解消すれば、全体としての造形は崩壊する原理さえも含んでいるとおもわれ る。また、クレーのこうした線から立体構成までの過程において坂崎は次のよう な考察をして、こうした過程には、クレーが述べている小論文「創造の信条告白」 のなかの「絵は階一階と構築されていくものだ」・28という言葉をとくに重要とし ている。つまり坂崎はこういう線の機能にもとづいての、クレー一の画面空晶には. 不思議に緊迫したフォルムが誕生する。そこには交差し、連続する線は、すべて 純粋な関連をもってフォルムを支え、一点の消滅が全体の瓦壊を招くような、繊 細にして簡潔な表現がそこにあると述べている。さらに坂崎はクレーの線が時問 的な経過を追っていかなくてはならない。というのは、階一階と構築していく時 間的な経過をクレーはそのまま画面に残しており、クレーの描きだすフォルムは 空間においては立体的であるばかりでなく、時間においてもまた、立体的である、 といえよう。つまり坂崎が述べようとしているのは、クレー自身の線を単に線だ けのとらえ方だけでなく、色彩においてもまた同様のとらえ:方が必要であり、ま. た先に述べたように最終的にはクレーの線はコスミック(宇宙)な点の延長であ るとともに、そこには時間的概念があるという広い意味でのとらえ方が必要であ ることを説明している。また、ここで出てくる時間的概念をクレー自身は「創造. 一19一.
(22) の信条告白」において次の言葉で述べている「点が運動して線になるときそれに は時間が必要である。線が面に移り変わるときも、まったく同様である。面から 空間への運動も同じである。造形作品というものは、ひょっとして一度に突然出 来上がるものではないだろうか。そうでない、それは一歩一歩築き上がられるの であって、家を建てるのと同じである。また作品をみる人は一度みていぎなりそ の作品をわかってしまえるものだろうか。ファイエルバッハ(ドイツの画家)は、. 絵を理解するには椅子が必要だ、と言っていないだろうか。そのための椅子か。 足が疲れて精神をさまたげたりしないようにするための椅子である。長く立って いると足は疲れてくる。そのように造形作品の活動の場は時間である。」さらに 「造形作品の性格は、運動である。時間のないのはそれ自体死んでいる点のみで ある。」*2gと述べ造形作品における時間的概念のなかに動きあるいは運動とし ての要素を重要視している。さらに空間もまた時間的概念としているクレー自身 の考え方を把握することができる。また、こうしたクレーが述べている「椅子を 持ち出してきて」とは、坂崎によると丹念にその過程を追体験してくれることを われわれに要求していることであり、鑑賞における着眼点を述べていると考察で きる。. 次にこうした線描芸術の形式的要素である点および線、面、空間の要素をクレ ー自身が他の人に説明するとき、内容を端的に理解することができるとされてい る「創造の信条告白」の中の素描芸術についての一文を次に取りあげてみよう。. この論文は、ひとつの地形図を作成するという企てのもとに、次のように説明 しているものである。. 「よりよい認識の国へと小さな旅をしてみよう。生命のない点を越えて、最初の 活発な行為(線描)から始めるとしよう。しばらくして一息つくために立ち止ま る(中断された線あるいは何度もたちどまる際の分節された線)。もうどれほど きたかと振り返る(進行と反対の運動)。心のなかでこれから先の道をあれこれ 考える(線の束)。川にはばまれて、われわれは小舟を利用する(波の運動)。. はるか川上には橋があったはずだ(湾曲線)。川の向こう岸で志を同じくする旅 人に出会う。彼もまたいっそうすぐれた認識を求めて、その道をたどうとしてい る。最初はよろこびのあまり意見の一致をみるが(二つの線の独立した取り扱い)。. 双方にある種の興奮(線の表出、線動力学、そして線の魂)。私たちはよく耕さ れた畑を横切る(横断線の面)。それからうっそうたる森を横切る。連れの旅人 は道に迷って、道を探しまわり、ときにはさかりのついた犬そっくりの動きさえ する。私ももはや全然涼しい顔をしているわけにはいかず、川のある新たな土地 には霧がかかっている(空間要素)。そのうちまもなく霧が晴れて明るくなる。. 三編みの職人たちが車にのって家路をたどる(車輪)。職人たちの家族にはひ 一20一.
(23) どくおどけた巻き毛の頭の子供がいる(ねじれた線の運動)。そのあとうっとう しくなり、夜の気配となる(空間の要. 図27「ウンクラヒから中国への道」. 素)地平線に稲妻(ジグザグの線)。. しかも頭上にはまだ星屑(ちりばめら. 三絶ー. れた線)。私たちはまもなく最初の宿 にたどりつく。寝る前にその日のこと. があれこれもう一度想い出として浮か んでくるだろう。そのような旅はとて. 二. 鵜, 争 ,tt.9・ イ・. 艦/拳幽ぞ. も印象深いものだから。非常にさまざ. まな線、ぼかし、斑点、平らな面、斑 点や線のある面、波の運動、さえぎら. れ、分節された運動、反対運動、編み 状や織り状のもの、囲まれたもの、単 クレーの素描:岩崎美術社. 声のもの、多声のもの、消えたり強ま ったりする線(動力学)。1・3eここ には未知なる国にさまよっていくクレ. 図2 8 「植物、大地と大気圏のための素描」. ーの主観的体験と軽妙な比喩的表現が 見られる。そこには詩的なものと素描 との結合を目指すクレーの姿勢が伺え. :;曜}. Y二.. るものであり、同時に線自体は運動と く. リズムをもち、力学をもち、時間をも 旧い.. wい.箔. )N・‘ tsn・irr’i. ち、表現をもつものとしてとらえよう モ. ま. としているようにおもわれる。その作. 轡絃. 品例が左にあげた図27「ウンクライ. ん∴ザ・遠べ.団 サ こ. g, th. w. ヒから申国への道」である。また先に ㍉評. ’. 唖.. 述べたように「芸術とは、現に眼に見 えるものを描写再現することでなく、. クレーの素描:岩崎美術社. 眼に見えるようにすることである。」. とした言葉の背景には、対象をいかに. 視覚化するという、クレー素描芸術の本質を伺うことができるものである。そう. した目に見えぬものを見えるようにする、宇宙的視野で描かれた作品が図28 「植物、大地と大気圏のための素描」である。. 一21一.
(24) 第3節 (1). 「対位法絵画」について. ①対位法原理の応用1 この対位法絵画は、土肥美夫によると、ユ節の冒頭で述べたようにクレーにお. ける特徴的制作活動の第3期に分けた時代区分の中の、第2期の時代区分にあた る部分である。こ一の第2期は、先に述べたように、クレーがバウハウスにおいて 教壇に立ち、音楽と絵画の関係を、講義のなかで生徒にわかりやすくするために, フックスの論文「グラドゥス・アド・パルナッスム」の中にある対位法の音楽原 理を応用し、絵画形式に応用した時期である。そこから初めて絵画の申に一つの 理論として「対位法絵画」という言葉がクレー自身によって考案された。では、 それまでの画家はクレー.のように絵画と音楽の関連を明確にし、その原理を追求 することをしなかったと言えるだろうか。この点について、tt「パウル・クレー」 著者A・ケ・一一ガンは、その当時、 「音楽の条件」を明確にし、その条件が視覚芸. 術に対して持ちうる意味を明確にすることは、1850年忌ら1950年までの 一世紀にわたっての西洋社会の指導的な批評家や芸術家の多くに刺激を与えた問 題だった。ドラクロア、ボードレーール、ラスキン、ペーター、ゴッホ、ゴーギャ ン、スーラー、ドローネ、カンディンスキー一L、マチィス、トビー、ポロックその. ほか数えきれない人々がこの問題に取り組んだと述べられている。しかし、こう した刺激のもとで、ふたつの独立した芸術形式の間に理論的な関係を企てせる試. みは果たせず、結果的に20世紀の西洋芸術の変貌に著しい影響を与えたが、こ のように音楽と絵画の関係を「対位法絵画」までの原理を築き上げた人物はクレ ー以外にはいなかったといえると述べている。.31そういう意味ではとても貴重 な実践といえる。. そこで、この本節では「対位法絵画」そのものの原理を明確にしていきなが ら、特に実際の作品を示しながら、音楽と絵画との相互関係からの結合を明確に していくことにする。. この「対位法絵画」の絵画形式は、大きく2つのことに分けられる。その1つ は、これまで本論文では詳しく触れていなかった色彩における表現をどのように 音楽と関連づけたかということであり、次にこれまで述べてきたように線描にお ける表現が、どのような考え方のもとに応用されるかが特に重要な要素であると おもわれる。また、こうした背景には2節で述べた内容との関連からの抽象芸術 としてのキュービズムの影響や素描として点、線、面、空間のエネルギーをもと に、建築造形から感じとったといわれる造形思想から、音楽という時間的なもの を結合させ、そこに使われる線自体を測りうる原理として唱えた線の計量化など もあり、実験的な試みがクレーの手で実践されている。こうした対位法絵画の原. 理や概念の展開過程は、A・ケーガンによると、次の7つに分類されており、対 位法絵画の原理から応用までも知る上でもたいへん理解しやすい展開となってい る。そこで本節は、A・ケーガンの①から⑦の分類順にしたがって考察するもの である。そのことにより、今まで述べてきたことや対位法絵画の発展がより明確 一22一.
(25) になるものとおもわれる。. o @. 対位法原理の応用1・2 ドロ・一一ネの貢献. @. 色彩テーマの展開. @. フーガ的絵画の誕生. @. 色彩ポリフォニーの展開. @. アド・パルナッスム オペラ的絵画. @. なお、本題に入るまえに、この①から⑦で頻繁につかわれる対位法とポリフォ ニーの2つの概念を絵画に応用するにあたり、クレーはそれらの間には、音楽に は存在しない区別を付けていることは指摘しておく必要がある。それは次のよう に示されることになる。. 音楽に使われる用語の意味として. ・32. 「ポリフォニー」という用語は18世紀後半の音楽における用語に由来し ている。そこでは別々の声部は模倣的であるよりも十分に独立的であり、 独立したテーマ性を帯びた内容を持っている。なお、このポリフォニー の書き方の技法として代表的なものが次にあげる対位法である。 「対位法」という用語は(点)対(点)の意義である。ここでいう(点) は、同時に流動する旋律の対応する各拍のことであり、したがって(点 対点)は、広義には旋律対旋律ということになる。また音楽においての 対位法的な作品はどんな作例においても、明らかにポリフォニックであ るということになる。. 絵画に使われる用語の意味として・33. 「ポリフォニー」という用語は絵画における奥行きにおける、絵画を説明 する用語として扱われた。. 「対位法」という用語は秩序、基礎的構造原理、厳格 「対位法的」という用語は単一の面にたいする線と形の組織. ①・、’理の応1 具体的内容としての対位法原理の応用を述べる前に、最初に、この対位法原 理がクレーによってどのように考えられてきたかを、簡単に述べてみよう。 一23一.
(26) まず、対位法原理の応用に至るきっかけは、1920年からクレーがバウハウ スの教授として招かれたとき、教育のアプローチの系統化という、クレーにとっ ては、これまで全くといってよいほど意識していなかったことを明確化する問題. に直面するところがら始まっている。それは、20年代初めのバウハウスにおい て、美術の基礎的構造原理を示唆するものとして「対位法」という用語が頻繁に 用いられ、ミュンヘンとベルンの美術界で広まった。またこの言葉は、バウハウ スの校長ヴァルタ・クロピウス、クレーの同僚オスカー・シュレンマー、ヨハネ ス・イッテンらの議論にも見られたが、クレ■一・・一にとっての「対位法」とは彼らが、. 議論の中でのみこの言葉を使用したのとは異なり、教育的プログラムの展開と絵 画理論における系統化の両面で、きわめて精密な概念として展開すべきものであ った。そこには本来、音楽用語である「対位法」を概念上の道具として価値を見 いだし、バウハウスにおける生徒の講義のなかにおいて、 「対位法絵画」と名付. けて使用した彼の態度を示すものであり、結果的には1933年まで、この概念 を基にして、自分の美術理論を展開してきた。その時、示された最初の原理が、 次にあげる図表1の作例である。. この作例はJ・S・バッハのソナタの一節を線描であるグラフィックの方法に 置き換え描かれたものである。ここには3声の楽曲を3つの線による造形化がみ られる。また、左端には音の高さを示すドイツ式音階が示されており、この音階 から、音楽の基本的要素の一つである旋律(高さの変化)の効果を表現しようと. いう意図がみられると共に、音楽における三大要素の1つであるリズムも横線の 長さで示されている。また、線描の特徴としてはまず、線自体の太さがその音の 強弱を表していることや、それぞれの線の上には数字が示されており、この数字 の意味は明らかに線自体がリズムの長さとして、時間として数学的に計量されて いるものである。つまり、こうした線の計量化という概念は、1節でふれたよう に、建築の構造に数学的のものを読みとり、音楽の構造から時間的なものを読み とることができるというクレーの概念からきており、音楽のリズムを時間的なも のに読みとり、数字に置き換え、計量化したものである。以上の原理のもとにこ. の図表1は、絵画のリズムと線の動力学(動き)が数学的に計量可能であること を生徒に分かりやすくするために、用いられたと考えられる。. (J.S・バッハの3声のソナタの一節). パウル・クレー:絵画と音楽. 音楽之友社 一24一. P42.
(27) これまで述べてきたクレーの対位法原理をより理解するためにも、リズム、及 び音楽の基礎的要素である旋律に関して、梅本発夫の著書「音楽心理学」から述 べていきたい。. 「リズムとは本来、音楽においてのみ使われるのではなく、すべての時間的事 象の形態化において広く見られる心理現象であるが、音楽では特にメロディ、ハ ーモニーとならんで、リズムはその三大要素の一つに数えられる重要なものであ る。音楽というものが本来時間空間芸術であり、時間がその基本的枠組となって いる以上、時間の分節に関係するリズムは、メロディやハーモニーよりも、さら に基本的要素である。さらにメロディやハーモニーが、いわば音楽の前面に浮か ぶ、フィグール的役割(図柄的)を果たしているのに対し、そのグルンド(素地). であるといえる。また逆にリズムがフィグールとなって、リズムのみで進行する こともあるが、リズムのない音楽、リズム抜きのメロディなどは考えられない」 *34. 次に「旋律」とはリズム、和声と並んで音楽のもっとも重要な要素である。も し、和声やリズムをグルンド(素地)とすれば、旋律はいわばフィグール(図柄 性)にあたる。旋律はそのフィグール性(図柄性)をどうして成立させているの であろうか。それは音の高さの変化によって音の運動(空間的ではない)が起こ り、その運動の形成する時間的な形態によってフィグール性(図柄性)を成立さ せているのである。. 音の高さの変化がなければ、一本の音が無限に鳴っているだけで、旋律は存在 しない。また、高さの変化があっても、高さの変化そのものとして聞くだけでは 旋律印象は成立しない。そのため一つの音の高さを変化させ、高さの系統の上で 運動があると聞こえることが、旋律成立の条件となっている。さらに単なる音の 運動の知覚は旋律印象を形成せず、音の高さの運動の形態が把握されではじめて、 旋律の知覚が成立すると述べている。・35. 次に示されたものが図表2、図表3、図表4であるが、ここでも図表1に見ら れたと同様の原理の一つである線の計量化が見られる。また、ここではさらに線 自体に主体をおいた線の構造化が示されている。このことはこれまでのクレーの 線描芸術における音楽と絵画における追求の中で、造形要素の一つである線を絵. 画の要素として発展させ展開していこうするねらいがある。また、図表2、図表. 3、図表4は2声であるため、それぞれ独立した2本の個性的な線を相互作用と して関連づける「対位法の原理」をみいだすもととなったものである。また、こ こでいう独立した線を関連づける概念の背景には、先にも述べたように音楽のポ リフォニー的原理に基づいた「多声音楽」、つまり複数の声部がそれぞれの独立 性を保持しつつ動く意味を持つことであり、このポリフォニーの技法の代表的な ものが対位法となる。つまり、クレーはこうした対位法的音楽の原理を絵画に応 用したことになる。. それでは上記の内容を踏まえて、図表2の「2声の素描」から考察してみよう。. 一25一.
(28) この図表2における「2声の素描」には対位法原理を応用するにあたり、次の ような特徴をみることができる。. ①線の計量化(リズムの長さを測定) リズムの変化は各小節のたて線を基本として、その小節にある音 符により、変化の少ない音符の場合は長い線で表現し、音符の動き が激しい短い音の場合は短い線のつながりで表現している。. ②主旋律、メインテーマ{一本の線の主題となる旋律(音の高さ)} この図でいえば、中央に小刻みにながれる線に付加的なもう一本 の線が加わっている。この付加的な線はひとつのまとまりのフレー ズとして表現している。. ③線の太さの変化により、音の強弱を表している。. イ3. え3. g・z. 舞 t 〃. z. イ. イブ. 4 E;. ;q. L イ. 々. 2ゴ z・ゴ. V一”一YX一.“.. 絵画と音楽:音楽之友社 P42. 図表3にみられる「2声の素描」には、対位法原理を応用するにあたり、次の ような特徴をみることができる。. ①. 線の装飾化(ここには線を絵画の要素として重要視している). ②テーマの対位法(ここには2つのテー・一マ性が見られ、1つ目のテーマ は基本となる主旋律、メロディーとなる線であり、次に2つ目のテーマ は装飾性を主体とする線との相互作用がみられる。つまり、旋律または テー…マの対位法といえる。) (旋律またはテーマの対位法). 絵画と音楽. 音楽之友社 P4・3. 一26一.
(29) 図表4における「2声の素描」には、対位法原理を応用するにあたり、次のよ うな特徴をみることができる。. ①この図法は絵画的線描芸術をねらいとして自由な旋律、自由な線に よる表現である。. ②音を線により視覚化することに重点をおいている。. A図. A図は旋律を主体に音の高さを音階順に 配列した線描の対位法表現。. よ. ‘. B図. B図は2つ旋律が激しいリズムの場合の 線描の対位法表現。. C図. C図は大きくゆっくりした旋律と小さく. 小刻みに動く旋律の2つの線描の対位法 表現。. D図. D図は2つの旋律の高さの差が小さく2 つの音がゆっくり進んでいくリズムのよう すを線描の対位法表現。. E図. E図は2つの旋律の高さの差が小さく2 つの音が小刻みに進んでいくリズムのよう すを線描の対位法表現。. パウル・クレー:音楽と美術音楽之二二p44 一27一.
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