日本語教育の動向 : 視聴覚教材の果たす役割
著者 佐々木 倫子
雑誌名 静岡大学教養部研究報告. 人文・社会科学篇
巻 21
号 2
ページ 306‑286
発行年 1986‑03‑15
出版者 静岡大学教養部
URL http://doi.org/10.14945/00008509
一視聴覚教材の果たす役割一
佐々木 倫 子
1.日本語教育の現状
外国人に対する日本語教育は,21世紀に向けて急激な広がりを見せてい るが,現状では次のような批判を受けることも多い。
各機関,各教師が自己の指導法を最善のものと信じて,細々とそのや り方に固執しており全体を見通す力に欠ける。理論的基盤が弱い。
この批判は一面では当たっている。しかし,20世紀の日本語教育の流れを 見ると,次の3つに大きくまとめられることも確かである。
1.文法・翻訳法(Grammar−Translation Method)
体系としての言語を書かれたものによって学ぶことを言語習得と考 える。
2.直接法(Direct Method)
雷語は日常経験の中で身に付く。言語習得を運用に習熟することと 考える。
3。聴覚・言語法(Audio−Lingual Method)
対象言語の音組織と文法が,自動的に出てくるまで体に覚え込ませ ることを,言語習得と考える。
三者の強調点をまとめれば次表のようになる。
教授法 立 齋 焉@ 岬 語 い 文 法 母国語使用
文法・翻訳法 強調せず 膨大な単 齦¥を暗
L
抽象的に詳しく分析 E解説
常に翻訳
ナ使用 直 接 法 強調 実用的な
烽フを文 ャの中で
般階的に配列せず,
A納的に知る
禁止
聴覚・言語法 強調し, 限定(助 母語と日本語の科学 必要な場
正確さに 詞,活用 的記述を対照,段階 合説明に 厳しい 語尾等は 的に配列。学習者は 使用。翻
重視) ドリルの中で学ぶ 訳は排除 又,授業の流れも当然異なっている。
教授法 聞き方 話し方 読み方 書き方
文法・翻訳法 少ない 少ない 初期から強 イ・古典文
w等
初期から強
イ・翻訳
直 接 法 最初から強
イ
最初から強
イ
強調せず 強調せず
聴覚・欝語法 初期に強調 文法練習の
?ナ強調
遅らせる,
V聞など現 繧フもの
最後に教え
この中でも,現在の日本語教育に最も強い影響を与えたのは聴覚・言語 法であり,今,多くの日本語教育機関で次のような指導法がなされている。
△入れ換え形式や問答形式の口頭練習を徹底的に行ない,文型・文法 の理解・定着をはかる。
△会話の暗唱等で発音の正確さをチェックする。
△日常生活語いから始めて初級で1,500程度の語いを入れ,徐々に専 門語いに進む。
△読解教材・ビデオ教材も徐々に入れるが,時代に即していて,かつ 学習者の専門に合ったものを取り上げる。
△頻度数の高い,基礎的な漢字を中心に学習者の必要に応じて書き方 も入れていく。
ここには時代の流れに合わせてきた教師の姿勢が読みとれる。リヴァー ズに指摘されている米国の外国語教師同様,日本語教師も「読むことより 話すことに力を入れて欲しい」学生のために口頭練習中心の授業を行い,
「先生が一一一.−F方的にしゃべっているのをただ黙って聞いているような授業は いやな」学生のために授業時間の始めから終りまで学生の誰もが積極的に ほラ
授業に参加できるようにした。更に「文学には興味がない」学生のために
新聞の経済面や政治面,時には社会面をあさり,テレビ好きの学生のため
に教育番組やニュースを録画してきた。こういった指導のもと,著しい進
歩を遂げた学生は少なくない。
一方,この指導に対して強い不満を持ち,日本語習得を断念した者が多 くいたのも事実である。
△毎日毎日,わかりきったようなことを,教室や語学ラボで繰り返し言 わされて,思考力も想像力もなくなってしまう。
△授業・宿題・試験に明け暮れる単調な作業の繰り返しに耐えられない。
△文法や漢字は十分勉強したが,道で普通の人が話しているのを聞いて も全然わからない。
△文法も単語も知っているはずなのに,いざ自分の考えを話そうとして も,思っていることの半分も言えない。
△先生の日本語は理解できるが,教室の外で話しかけられるとさっぱり わからない。
そして,極め付けは,
△教科書の日本語ではない,みんなが使っている日本語を教えて下さい,
というものだろう。
これまでの日本語教師はこういった不平を正面からは取り上げなかった。
教師は言語理論に基づいた最善の教授法を知っており,学生はそれに従っ ていればいいと信じていたからである。
△普通の人が話していることなどは,半年も日本で暮らせば自然に分 かるようになる。要はしっかりした文法と語いと表記の基礎力を付 けることだ。
△小手先の会話力を付けて滅茶苦茶な日本語で話す癖を付けたら却っ て良くない。
△最初から4技能をきちんと学習する習慣を付けなければある程度以 上には伸びていかない。
△もともと勉強というのは努力すること,無理に勉めることだ。苦し くてもやっていれば漢字学習の面白さも分かってくる。
これらが学生に対して使われた説得の理由であった。
しかし,これらの理由 は本当に吟味された根拠のあるものなのだろ うか。日本語教師は自身の学習体験によって形成された言語教育観を疑い もせず,次の段階一一ある目標に沿って決定された教え込むべき教材の量
ゆ り め り
や順序や細かい項目の効果的導入法といったもの一一に頭を悩ませてきた。
そのために,教師が初級クラスで「基礎文型と1,500の語いと400の漢字
を入れた」のに,実際は全然入っていない,運用できない学習者が居ても,
ゆ や ゆ
それは学習者の怠慢か需語適性の無さで片付けられてきた。
そして,1980年代に入り,日本語教育は大きく変わろうとしている。
特に国内では,学習者の確実な増加とそれに伴う質の多様化が起こりつっ ある。世界各国の教育観にも変化が見られ,「権威ある教師」の影が薄くな りつつある。従来の雷語構造中心の徹底的教授法に満足し,ついてくる学 習・者は少数派となってきた。
ここで日本語教師は何をすべきだろうか。まず第一一・・ j一にしなければいけな
いのは,(特に国内における日本語教育の場合)「言語は教塞作業で学ばれ る」という考えを捨てることではないだろうか。それは日常生活での運用 を利用して言語の基礎的構造力を積み上げていく態度である。宿題によっ て学習者の教室外行動まで擬似教室内作業に変えるといった従来の方法と は違い,学習者の自然な言語生活を積極的に取り込み,高めていく態度で ある。学習者は各々母国語を持っており,(少なくともひとつの)言語の習 得能力を持っていることは明らかであるし,授業で教えられることは実際 の言語運用から見れば一部分に過ぎない。教師に出来ることは「日本語を 教える」ことではなく,「学習者が日本語能力を身に付けていく過程を手 助けする」ことであるe,Krashenは雷語獲得と学習の2つの過程を分けて
{2エ
いるが,教師は常に次の2点を心すべきであろう。
(1)学習者の日本語に対する心理的抵抗を無くし,日本語獲得能力を活 性化して,実際のコミュニケーション活動に臆することなく入って いかれるように助けること。
②学習者の興味・意欲を引き出し,自主学習を習慣付げて,正確さが 達成出来るようにはかること。
以下,この小論ではこれからの日本語教育を,特に視聴覚教材との関連に おいて考えてみたい。
il.社会言語学からのアプローチ 1.コミュ:ケーション能力
外国人が日本語を学:ぶ理由は種々あるが,昨今圧倒的に多く挙げられる
のが,日本人とコミュニケーションが出来るようになりたい,特に,話せる
ようになりたい,というものである。従って,日本語教師は口頭練習を重
視し,それによって日本語の音声・文法・語いの定着をはかってきた。
ところが,日本語の基礎構造を身に付けても,学習者は満足なコミュニ ケーションを行うことができない。文法的に正しい文を明瞭に発音する能 力があっても,ある場面で,誰に,どんなことを,いつ,どういう風に伝 達するのが適当であるかを知らなければ,十分なコミュ=ケーションは成 り立たないのである。そのために,実際のコミュニケーションの場で,多
くの学習者が失敗を重ね,傷つき,日本語はマスターできないという思い を抱いてきた。
しかし,現代の社会言語学はコミュニケーションに必要な種々のルー一ル
く3ラ
を解明しつつある。書語の基礎構造以外に知っているべき情報,すなわち 言語の適切さのルー一ルが分析されてきている。この情報の系統立った解説 は今後の課題であるが,この様に考えた時,身振りや状況をはじめとする 多くの情報が伝えられるVTR教材の,印刷教材・録音教材に対する優位 性は明らかであろう。
2.話し言葉の分析
社会雷語学の大きな功績はひとつの言語の多種多様二性(地域的,職業的,
社会階層的等)を明らかにしたことである。より厳密な手法によって日本 語の運用を観察すると,改めて話し言葉と書き言葉の違いの大きさに気付
く。
従来の日本語教育では,初級において生の話し言葉に近い形を提示する ということはなかった。会話と呼ばれる部分も音変化や縮約形・繰り返し は無視されるのが普通であった。一方,実際の言語使用場面では,土岐の 分析にもあるように,公的な場面ですら「さもなけりゃあ」式の発音がよ
{4}
〈現われる。これを説明なしにrさもなければ」と結び付けることは不可 能である。従って学習者は,いくら勉強しても教室以外の日本語は分から ないといったあせりを持つ。
そもそも,川又の調査でも明らかなように,一日のうちでよく使われる 言葉を調べてみると,感動詞・指示語・接続詞・副詞が上位を占め.具体 く5〉 的なものを表わす名詞はほとんど上位にないのが現実である。これは初級 日本語教科書と正反対だと言ってもよい。感動詞・接続詞等を聴解教材に 入れ,周囲の日本人の会話が最初から一部でも理解できる形にするのは,
学習意欲の点からみて極めて合理的なやり方ではないだろうか。ここで注
意すべきことは,「エー」「あのう」「〜しちゃった」といった語を連発す
るような癖が付かないように,指≡導を受容レベルにとどめておくこと,使
用制限規則を説明することであり,けっして話し言葉の特徴を無視してい いことにはならない。
3.教室場面からの解放
畠は「教室場面は,自然なコミュニケーションをすれば語学教育ではな くなり,語学教育をすれば自然なコミュニケーションではなくなるという ぐ62 大きな問題をかかえている」と指摘する。そして教室場面を自然なコミュ
ニケーシ9ンの場面に近づけるために登場人物を増やすことを提案する。
しかし,教室にゲストを招く方法は周倒な準備と打ち合わせを経ても成功 するとは限らない。外国人に囲まれた日本人が不自然な日本語運用をした
り,自分の得意な(あるいは不得意な)外国語に頼ったりする例は多い。
例えば,中年のビジネスマンを教室に招いたことがある。「学生達の質 問に簡潔に答える形で話してほしい」というこちらの要望も無視され 日 本人の心 についての独話が長々と続いた。話の中のrそういう中に日本 の心が綿々と続いているんですよ」の発雷にわからない顔をする学生を見 て,「Japanのね, hear七がね,めんめんとcontinueね,これ分かる?」と
ゆ e も ゆ b
いう解説がついたりする。日本にあっても語学センスのいい人々に来ても らう事はむずかしい。
畠はさらに教師の自宅とか,領事館とか,日本の会社に学生を行かせる ことをすすめる。学習者のN本語場面における自立が最終目標である以上,
これは確かに有効な方法である。しかし,この場合は偲人個人で体験が異 なってきて集団指導がむずかしくなる。しかも現状では小型の録音器は簡 単に扱えても,VTRカメラは無理で,記録は音声だけにとどまってしま
う。教師の指導も音声に現われた部分の訂正中心に限定されがちである。
やはり,系統的に,大量に,しかも非言語行動も含めた情報を扱うという ことになると,VTR教材による擬似解放が能率的と言えよう。使用され るVTR教材が,学習者の実態をとらえ,ニーズを分析し,かつ言語行動 のあるべき姿を考えたものであれば効果は大きいと思われる。
皿.心理言語学からのアブcr・一チ 1.日本語の体験化
外国人学習者に日本語のインプットを与え,直ちに日本語でのアウトプッ
トを要求する機械的練習が,コミュニケーションの面からはあまり意味が
ないことは衆目の一致するところである。真の書語運用にはインプットと
アウトプットの間に,理解や記憶といった過程がある。しかもこの過程は 現実的・具体的経験であるべきで,教科書の語い表の丸暗記では現実の運 用にはなかなか結び付かない。
この点からカリキュラム編成にあたっては,次のような点に注意しなけ ればならない。まず,学習者の目標達成に必要で,かっ,興味・関心をひ き,想像力を刺激し,創造力につながるようなシラバスを用意すること,
そして,現実感を伴った教室活動を行うことである。一看で言えばr言語 の体験化」であるが,そのためには教師は何をすべきであろうか。高度な 言語活動が行える上級学習者は別として,通常はインプットの日本語を体 験化するために,教師は以下のような状況設定の方法を使い分けられなけ ればならない。
種 類 具体例・使用例
雷 葉 言葉による説明 定義,描写等。
動 作 歩く,ドアをあける等。
動 作 ジェスチャー 物の大小・形,人物描写等。
聴覚教材
音声テープ 激Rード 宴Wオ
語学,音楽,詩,物語,アナウン X,効果音,コマーシヤル,ニユ [ス,ドラマ等。
実物又は模型 新聞,時計等の晶物。学生等人物。
黒 板
pHP
説明文,略画,グラフ等。
絵
絵画,イラスト。
視覚教材 写真・スライド 風景,風俗,人物等17}
掛 図 地図,図表等。
フラッシュ・カード 字,数,略画等。
コンピュータ ゲーム,データ・バンク等。
映 画
@
日本語教育用,文化紹介用,一般
?齬p。
視聴覚
@ 教材
テレビ 教育番組,ニュース,教養番組,
hラマ,スポーツ,娯楽番組等。
夢籔材 VTR テレビ番組,市販日本語教育用,
ゥ主制作。
ビデオ・ディスク シミュレーション作業等。
それぞれ長所と短所があるが,VTR教材を考えてみると,次の長所に
気付く。
(1働き・変化がとらえられる。
(2)聴覚・視覚の両方に訴える点で,現実の言語運用場面に近い。
(3撒室という枠組を超えることが出来る。
枠組を超えるといっても,あくまでも画面を通しての二次的体験ではある が,その広がりは魅力がある。授業に多様性・新奇性をもたらし,背景理 解を容易にし,興味を深めることが出来る。ただ,映像は視聴者の想像力 を殺してしまう面も持つので慎重な映像選びは必要である。
2.教室作業のストレス軽減
教師の刺激に対し,直ちに口頭で反搭することを要求される問答法や口 頭入れ換え練習は,学習者に大変なストレスをもたらす。子供が母国語を
どんどん獲得していく背景に,理解が体の動きを通じて行われることと,
聞く力の優先,特に学習者の心の準備が熟すまで話すことが強制されない 事実があることはAsherの指摘するところである。成人を対象とする日本 語授業でも,この点は考慮すべきであると思われる。精神的ストレスは,
適度な緊張感とは違い,言語獲得の妨げ以外の何ものでもない。そこでま ず元来娯楽的なイメージを持つVTRによって心の緊張をほぐし,自然に
インプットに集申する形で授業をすすめることは効果的であろう。
ここで教師に要求されることは,ただ漫然と受身のVTR視聴を続ける のではなく,学習者の心の熟成度に常に注意していることである。意欲が 出てくるに従い,話すことや書くことも当然導入していく。二義的聴解体 験をそのままで終わらせない工夫をすれば,最終到達点が低いとか,最終 到達点までの時間がかかりすぎるといった事は起きないと言えよう。
3.学習習慣
学習を視覚に頼って行う視覚型人闘ならば,教科書とノートによる学習
は効果的であるし,聴覚型人間ならば目をつぶって音声テープを繰り返す
ことで日本語が進歩するだろう。しかし,一一一一ma的には,同時に多くの手掛
りを与えるほど学習は進むとされる。理解しやすいし,記憶しやすいので
ある。そして今,学習者の多くはテレビ世代に属する。小さい時からテレ
ビが生活の一部であり,テレビによって多くを吸収してきた世代なのであ
る。彼等はVTRによる学習を好み,ごく自然に受け止める。
IV.日本語教育VTR教材に望むもの
VTR教材が現代の日本語教育にとって,極めて有用なものであること を見てきたが,効果を上げるには,当然研究も準備も必要となる。生のテ
レビ番組では意欲をくじかれてしまう初級・中級の学習者には,どのよう なVTR教材を用意し,どのように使いこなすべきであろうか。そこで,
まず,VTR教材に盛り込まれ得る情報を整理し,チェックリストを作成 してみた。そして,コミュニケーション能力開発用,特に「聞き・話す」
能力の關発を考えたVTR教材のあり方を考えてみた。
1.コミュニケーション能力開発用日本語教育VTRチェックリスト
ほ}言語の基礎的構造
(1)音声
②語い ③文法
(皿)話し言葉の特徴
(1)音変化(含・縮約形)
②助詞の省略e終助詞の頻発 ③主語。述語等の省略
(4)語順の変化・倒置
15)文の短さ・修飾語の少なさ ㈲繰り返し・補充
(7}ためらい。言いさし
⑧感動詞等のあまり意味のない 言葉
(9陽面にたよる語・指示語
(1①待遇表萎見