博士 (歯 学)
学 位 論 文 題 名
永 兼 剛
顎顔面形態の不調和が咀嚼筋機能および 重 心 に 及 ぼ す 影 響 に つ い て
学位論文内容の要旨
緒 言
顎 顔面 形態 の不 調 和を 有す る顎変形症患者の咀嚼筋 讃能についてはこれまで様カな角 度か ら分析されてきた。そ れらによると、顎変形症患者iま上下顎骨の形態の不瓣ロによ り不 正咬 合を 生じ 、 咀嚼 筋機 能は鱚常咬合者に比べて 劣る、あるいは不調和である傾向 を示 すとされている。しか し、これらの研究は咬筋ない1嶺!頭筋をそれぞ加単独で評価 した もの であ り、 閉 口筋 全体 としての機能を評価した 研究は行われていなぃ。また、咀 嚼筋 機能 の不 調和 が 存在 する ことによって重心に対し て影響を及ぼすことが報告されて いる 。不 正咬 合に よ り咄 嚼筋 群に不調和が生じると、 抗重力筋である頚部や肩部の筋に 影響を及ばし、そのため姿勢制御機能 が乱れて重JL¥f立置が変化する、あるいは重心動揺 が増 加す るも のと 考 えら れて いる。健常咬合者に対し て実験的に設定した不正咬合と重 心と の関 連に 関し て は、 これ まで にも 数多 くの 研究 がな され てい るも のの 、 顎陵 発繊 者を対象とした研究はほとんど行われ ていない。
そ こで 今回 われ わ れは 、顎 変形 症患 者に おけ る顎 顔面 形態 の不 調和 が咀 嚼 筋機 能に 及ば す影 響の 有無 、 なら びに その 因子 を明 らか にす るこ とを 目的 とし て、 閉 口筋 全体 の機 能評 価を 行う た めに 咀嚼 筋機 能の 検討 項目 に咬 筋と 側頭 筋の 筋活 動を 合 算し たも のを 追加 して 評価 を 行っ た。 本来 であ れぱ 、内 側翼 突筋 も含 めた 上で 閉口 筋 全体 とし ての 評価 を行 うべ き であ るが 、被 験者 の負 担を 考慮 し、 表面 電薩 での 筋活 動 量測 定が 可能 であ る咬 筋と 側 頭筋 の合 算値 を評 価す るこ とと した 。ま た、 顎顔 面形 態 の不 調和 が重 心に 及ぼ す影 響 の有 無を 明ら かに する ため に顎 変形 症患 者を 対象 とし て 重心 の計 測を行い、その関連性を検討した
対 象と 方法 ―875ー
北海道大学病院歯科診療センターを受診し、骨格性下顎前突症と診断され外科的咬 合改善術が必要と判断された症例18名を対象とした(顎変形症群、以下顎変群とする)。
全 伊故性で 、年齢は16歳から39歳 まで、平均273歳であった。な船、顎口腔系に異 常が認められない女性23名(22歳‑‑‑29歳、平均24..6歳)を対照とした償蟐咬合者 群、以下健常群とする)。
顎顔面形態の不調和が咀嚼筋議能に及ぼす影響の有無を検討するため、顎変群と健 常 群の2群間 比較を行 った検討 項目f趨鮑噛 数、総接 触面積、 締交合力 、最大クレ ンチング時の咬筋活動量および側頭筋活動量とした。また、非対稀牲指数(以下バラ ンスとする)は咬合カバランス、接触面積バランス、タッピング時の咬筋および側頭 筋の筋活動バランス、最大クレンチング時の咬筋およぴ側頭筋の筋活動バランス、咬 筋 と頻筋の 筋活動量を合算した筋活動バランスとした。さらに咀腰筋機能、とくに 筋活動バランスに影響を及ぼす因子を明らかにするために重回帰分析を行った。最大 クレンチング時の筋活動バランス(咬筋、側頭筋)を目的変数に設定し、説明変数は 咬合接触の要素として接触面積バランス、顎顔面・頭蓋骨形態の要素としてオトガイ 棘の偏位量、咬合平面儀斜角度、ANBを設定した。また、顎顔面形態の不薦和が重心 に及ぼす影響の有無を検討するため、重´湘珈番率と重´凵豊置について顎変群と健常群 の2群間比較を行った。
接触噛数、総接触面積、総琺洽カいすれも顎変群が有意に低艟を示した。最大クレン チング時の咬筋活動量に有意差は認められなかったが、側頭筋活動量に関しては、顎変 群が有意に低値を示した。各項目のバランスについては、咬合カのみ顎変群が有意に高 値:、すなわちバランスが悪い結果であった。最大クレンチング時の咬筋における筋活動 バランスにおいては、群間比較では有意差は認められなかったものの、Siege‐Tul【eyの 検定では有意差を認め、顎変群でのぱらっきが大きかった。最大クレンチング時におけ る咬筋と側頭筋を合算した値では、群間比較、Sie画―Tlぬyの検定ともに有意差は認め らわず調和がとれていた
最大クレンチング時の咬筋における筋活動バランスを目的変数に設定した重回帰分析 では、ステップワイズ法による変数選択をした結果、咬合平面傾斜角度の項目が残った が、有意な関連は認められなかった。伽頭筋の筋活動パランスを目的変数に設定した場
合は、ステップワイズ法によって咬合平面傾斜角度とオトガイ棘の偏位量の2項目が残 り、咬合平面傾斜角度との間に有意な負の関連を認めた。すなわち、咬合平面が上がっ ている側の側頭筋活動量は低値を示し、逆に咬合平面が下がっている側の側頭筋活動量 は高値であった。
重心に及ばす影響については、重心動揺率と重心位置のいずれにも顎変群と健常群と の間に有意差は認められなかった。
顎変形症患者は接触面積、咬合力、咬筋およぴ偵嵶斑活動が健常咬合者に比べて劣 る、あるいは不調和である傾向を示していた。これは顎顔面形態の不調和、っまり上 下顎の咬合不調和により不正咬合を生じ、接触歯数が少ないことを反映しているもの と思われた。しかし、咬筋の筋活動において不調和を示した一部の顎変形症患者が、
咬筋、伽頤筋の筋活動量を合算して評価した場合には筋活動バランスが是正される結 果となった。っまり、顎顔面形態の不調和は咬合や個々の筋には影響を強く及ぼすも のの、咬筋、側頭筋の筋活動量を合算して評価すると、その影響は少ないことが示さ れた。
また筋活動バランスに影響を及ぼす因子にっいては、咬筋、側頭筋活動バランスい ずれも畋洽鬱撒の要素との関連は認められなかった。顎顔面形態の要素との関連では、
便頤筋の筋活動パランスにおいて、咬合平面傾斜角度との間に有意な関連を認めた。
このことから咀嚼筋活動とくに側頭筋に関しては、咬合平面が影響を及ばしているこ とが推察された。咀嚼筋の機能時、顎関節が支点、咬合平面が作用点、咬筋、側頭筋 それぞれの筋の付着部位がカ点となる。咬筋は作用点修洽平面)がカ点(筋の起始、
停止)の間に含まれるために影響は小さいものの、側頤筋では作用点(咬合平面)が カ点飾鏐睦動から離れているため、その距離の影響は大きくなることが考えられた。
ただし、この考察はあくまでも物理学的な理論に基づくものであり、生体の機能時に もあてはまるかについては今後の検討が必要と思われた。
重´己丶動揺率において、顎変群と健常群との間に有意差は認められなかった。このこ とは、顎変形症患者においても姿勢制御機能は保たれていることを意味する。顎変形 症患者の不正咬合は急性的なものではなく、成長に伴う顎顔面形態の不調和によって 生じたものである。形態の不調和、不正咬合は存在するにも関わらず、成長発育過程
での筋骨格系の変化であるため、咀嚼筋活動としてのバランスは調和を保っており、
頚部や肩部の筋、いわゆる抗重力筋群に対する負の影響も少ないものと推察された。
重´凵嶐置に関しても、顎変群と健常群との間に有意な差は認めなかった。っまり理想 とする重心の中JLvft置からの偏位は、健常咬合者と比較して明らかな差は認められな かった。生体は、顎顔面形態の不調和に対して脊椎の彎曲や骨盤の回転など姿勢の歪 みとして補正することにより、顎顔面形態の不調和が重J凵立置に対して及ぽす影響は 少ないものと推察された。
学 位 論 文 審 査の 要 旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
戸 塚 靖 則 赤 池 忠 飯田順一郎 山 口 泰 彦
学 位 論 文 題 名
顎 顔 面 形 態 の 不 調 和 が 咀 嚼 筋 機 能 お よび 重 心 に 及 ぼ す 影 響 に つ い て
審 査 は 、 審 査 員 全 員 出 席 の 下 に 、 申 請 者 に 対 し て 提 出 論 文 と それ に関 連し た学 科目 につ い て 口 頭 試 問 に よ り 行 わ れ た .
顎 顔 面 形 態 の 不 調 和 を 有 す る 顎 変 形 症 患 者 の 咀 嚼 筋 機 能 は 健 常 咬 合 者 に 比 べて 劣る 、 あ る い は 不 調 和 で あ る 傾 向 を 示 す と さ れ て い る が 、 い ず れ の 研 究 も 咬 筋 な い し 側頭 筋を そ れ ぞ れ 単 独 で 評 価 し た も の で あ り 、 閉 口 筋 全 体 と し て の 機 能 を 評 価 し た も の は ない .ま た 、 咀 嚼 筋 機 能 の 不 調 和 が 重 心 に 影 響 を 及 ぼ す こ と が 報 告 さ れ て い る が 、 い ず れ も健 常咬 合 者 に 対 し て 実 験 的 に 設 定 し た 不 正 咬 合 と 重 心 と の 関 連 を 検 討 し た も の で 、 顎 変 形症 患者 を 対 象 と し た 研 究 は ほ と ん ど 行 わ れ て い な い .
本 研 究 は 、 顎 変 形 症 患者 にお け る顎 顔面 形態 の不 調和 が咀 嚼筋 機能 に及 ばす 影響 の有 無 、 な ら び に そ の 因 子 を 明 ら か に す る こ と を 目 的 に 、 閉 口 筋 全 体 の 機 能 評 価 を 行 うた め咀 嚼 筋 機 能 の 検 討 項 目 に 咬 筋 と 側 頭 筋 の 筋 活 動 を 合 算 し た も の を 追 加 し て 、 評 価 を 行っ たも の で あ る . ま た 、 顎 顔 面 形 態 の 不 調 和 が 重 心 に 及 ぼ す 影 響 の 有 無 を 明 ら か に す る ため に顎 変 形 症 患 者 を 対 象 と し て 重 心 の 計 測 を 行 い 、 そ の 関 連 性 に つ い て も 検 討 し た . 対 象 は 、 北 海 道 大 学 病 院 歯 科 診 療 セ ン タ ー を 受 診 し 、 骨 格 性 下 顎 前 突 症 と 診 断さ れ外 科 的 咬 合 改 善 術 が 必 要 と 判 断 さ れ た18症 例 で 、 全 例 女 性 、 平 均27.8歳 で あ っ た . 対 照 は 、 顎 口 腔 系 に 異 常 が 認 め ら れ な い 女 性 23名 で 、 平 均 24.6歳 で あ っ た ・
顎 顔 面 形 態 の 不 調 和 が 咀 嚼 筋 機 能 に 及 ぼ す 影 響 の 有 無 を 検 討 す る た め 、顎 変群 と健 常群 の2群 間 比 較 を 行 っ た . 結 果 は 、 接 触 歯 数 、 総 接 触 面 積 、 総 咬 合 カ の い ず れ も 顎 変 群 が 有 意 に 低 値 を 示 し た . 最 大 ク レ ン チ ン グ 時 の 咬 筋 活 動 量 に 有 意 差 は 認 め ら れな かっ たが 、側 頭 筋 活 動 量 に 関 し て は 、 顎 変 群 が 有 意 に 低 値 を 示 し た . 各 項 目 の パ ラ ン スに つい ては 、咬 合 カ の み 顎 変 群 が 有 意 に 高 値 、 す な わ ち バ ラ ン ス が 悪 い 結 果 で あ っ た . 最大 クレ ンチ ング 時 の 咬 筋 に お け る 筋 活 動 バ ラ ン ス に お い て は 、 群 間 比 較 で は 有 意 差 は 認 めら れな かっ たも
のの 、Siegel 一Tukey の検定では有意差を認め、顎変群でのばらっきが大きかった.最大 クレ ンチ ング 時における咬筋と側頭筋を合算した値では、群間比較、Siegel 一Tukey の検 定ともに有意差は認められず調和がとれていた.顎変形症患者では、接触面積、咬合力、
咬筋およぴ側頭筋活動が健常咬合者に比べて劣る、あるいは不調和である傾向を示し、接 触歯数が少ないことの反映と思われた.しかし、咬筋、側頭筋の筋活動量を合算して評価 した場合には筋活動バランスは是正されており、顎顔面形態の不調和は咬合や個々の筋に は影響を強く及ばすものの、全体として評価すると、その影響は少なぃことが示された.
咀嚼筋機能、とくに筋活動バランスに影響を及ぼす因子を明らかにするために、最大ク レンチング時の筋活動バランスを目的変数に設定した重回帰分析を行った.咬筋では、ス テップワイズ法による変数選択をした結果、咬合平面傾斜角度の項目が残ったが、有意な 関連は認められなかった.側頭筋の筋活動パランスを目的変数に設定した場合は、ステッ プワ イズ 法に よって咬合平面傾斜角度とオトガイ棘の偏位量の2 項目が残り、咬合平面傾 斜角度との間に有意な負の関連を認めた.側頭筋のみに認められた理由として、咬筋に比 べて、側頭筋では作用点(咬合平面)がカ点(筋突起)から離れていることが考えられた.
顎顔面形態の不調和が重心に及ばす影響の有無を検討するため、重心動揺率と重心位置 につ いて 顎変 群と健常群の2 群間比較を行った.結果は、重心動揺率と重心位置のいずれ についても顎変群と健常群との間に有意差は認められず、顎変形症患者においても姿勢制 御機能は保たれていることが推測された.
論文の審査にあたって、論文申請者による研究の要旨の説明後、本研究ならびに関連す る研究について質問が行われた.いずれの質問についても、申請者から明快な回答が得ら れ、研究の立案と実行、結果の収集とその評価について十分な能カのあることが確認され た.また、将来の研究の方向性についても具体的に示され、本研究をもとにして、今後さ らに研究を発展させていく可能性が高いと判断された.本研究において、顎顔面形態の不 調和は咬合あるいは個々の筋機能に影響を及ばすものの、全体としては調和が保たれてい ることを明らかにしたことが高く評価された.本研究の業績は、口腔外科の分野はもとよ り、関連領域にも寄与するところ大であり、博士(歯学)の学位授与に値するものと認め られた.