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日本における盲・聾・養護学校の位置的統合

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(1)

日本 における盲・ 聾・ 養護学校 の位置的統合

障害児教育教室

*

A Case Study on Locational lntegration of Special Schools

for the]阻

andicapped in Japan

Akio WATANABE

盲 。聾・ 養護学校 の敷地・ 建物 を通常の学校 と接合す る位置的統合 は

,障

害児の教育的統合 を進 めてい く重要な方策 である。教育的統合が進 んでい るとされ るスウェーデンにおける知的障害児 の 教育的統合 は

,ほ

とん どの場合 に位置的統合 を指す。位置的統合 は

,通

常の教育課程 による通常 の 学級での共学 (統合教育

)が

困難 な場合の教育的統合 に交流教育 とともに有効 である。 日本 におい て も位置的統合 に着 目す る発言1)がみ られ るばか りでな く

,実

際 に試行 する例 も存在す る。 本稿 は

,位

置的統合 の試行事例 に関す るケース研究 を通 して

,日

本 における位置的統合 の可能性 を探 ろうとす るものである。なお

,小

・ 中学校 に設置 されている75条学級 は位置的統合 に当然含 ま れるが

,分

離・ 特設が当然視 されて きた盲・ 聾・ 養護学校 の位置的統合 を主に取 り扱 う。 その際, 建物 および敷地 の合同に力日えて敷地 の隣接 をも含 めて位置的統合 の試行事例 を示す。 I・ 位 置 的 統 合 の 件 数 1993年4月の時点で

,国

立校 に関 して は電話 による聞 き取 り調査 を

,公

立校 に関 して は47都道府 県教育委員会お よび12政令指定都市教育委員会への郵送調査 を実施 し

,通

常の学校等 と建物・ 敷地 の位置的統合 を行 っている盲・ 聾・ 養護学校 の把握 に努 めた (表1)。 [国立校] 1993年 4月 現在 において

,国

立大学附属盲・ 聾 。養護学校 については,「敷地 の隣接」(同一 キャ ンパス内に併設 を含む

)が

10校 ,「建物 の合同」が

1校

,行

われていた。 [公立校] 同 じ く

,回

収 しえた36道 県 (回収率

76.6%)お

よび

7政

令市 (同

58.3%)の

公立盲・ 聾・ 養護学 校 (分校 。分教室 も各々

1件

としてカウン ト

)の

範囲において

,設

置立別 に

5県 4政

令市

3市 1町

で位置的統合が見 られ,「敷地 の隣接」が13件 (内

,市

立校が10件 ),「建物の合同」が12件 (内

,市

町立校が

6件

)行

われていた。 また

, 2自

治体 (各

1校

ずつ

)で ,位

置的統合 を将来進 める計画が ネ〒680 鳥取市湖山町南牛101 鳥取大学教育学部 キーワー ド :盲・ 聾・ 養護学校

,教

育的統合

,位

置的統合 昭

(2)

渡部昭男:日本における盲・聾・養護学校の位置的統合 表

1

盲・ 聾・養護学校 における位置的統合の事例 (1993年度) 注1)1993年4月実施 の 調 査 に よ り作 成 。 2)学級 数 等 は,F1994年度 版 全 国学 校総 覧 (1993年5月 1日現 在)』 原 書 房 を基 本 に,各 F学校 要 覧J等で補 足 した。 3)0印は,本文 中 に事例 として記載 。 (1994渡部 作 成) 盲・ 聾・ 養護学校名

1設

置学部

級 計 学 数 児 童 生 徒 数 計 :教員 1数計 所 在 地 位置的統合の様子 。その他 [国 立] 北海道教育大学教育学部附属養護学 秋田大学教育学部附属養護学校 O群馬 大学教育学部附属養謹 学校 。横浜国立大学教育学部附属養護学校 O富山大学教育学部附属養護学校 信州大学教育学部附属養護学校 静岡大学教育学部附属養護学校 愛知教育大学附属養護学校 二重大学教育学部附属養護学校 O愛媛大学教育学部附属養護学校 O大分大学教育学部附属養護学校 精│ ガヽ中高 精! イヽ中高 精│ イヽ中高 精│ ガヽ中高 精│ ガヽ中高 糟! オヽ中高 糖│ ガヽ中高 精! 小中高 精│ イヽ中高 精: 4ヽ中高 精│ イヽ中高 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 62 71 60 73 72 72 88 82 67 73 70 26 27 28 27 27 26 28 27 28 28 27 北海道函館市 秋 田県秋 田市 群馬県前橋 市 横浜市南区 富山県富山市 長野県長野市 静岡県静岡市 愛知県岡崎市 三重県津市 愛媛県松 山市 大分 県大分市 附属幼稚園,小・ 中学校 に隣接 附属幼稚園,小・ 中学校 に隣接 附属小学校 と建物の合同 附属 中学校 に隣接 附属幼稚園,小・ 中学校 に隣接 附属中学校 に隣接 附属幼稚園に隣接 附属小学校 に隣接 附属幼稚園,小。中学校に隣接 附属幼稚園,小。中学校に隣接 附属幼稚園,小,中 学校に隣接 [県 立] 岩手県立 みた け養護学校奥中山分 校 O栃木県立聾学校 三重県立度会養護学校定鷲分校 〃 〃 熊野分佼 〃 稲薬養護学校伊賀 分校上野教室 〃 〃 〃 名張教室 広島県立三原養護学校大崎分教室 O 〃 〃 瀬戸 田分級 0大分県立新生養護学校 精 聾 精 精 精 精 精 精 精 i イヽ中 !幼小 中高 │ イヽ中高 : イヽ中高 1小中 │ ガヽ中 1 高 I小 高 : イヽ中 11 27 4 6 (7 (3 2 3 20 33 132 8 15 17 10 2 3 17 60 14 18 ?) ?) 4 5 40 岩手県二戸部一戸町 栃木県宇都宮市 三重県尾鷲市 〃 熊野市 〃 上野市 〃 名張市 広島県豊劇郡大埼町 瀬 戸 田 町 大分県大分市 小学校 と致地の隣接 高校 と敷地 の隣接,保育所 の近接 小学校 と建物 の合同 小学校 と建物 の合同 小学校 と建物 の合同(学級数等 は1994年度) 小学校 と建物 の合同(学級数等 ほ1994年度) 小学校 と建物 の合同 小学校 と建物 の合同 中学校 と敷地の隣接 1994年度 に新築移転,1995年度 高等部開設予定 [市 町立] 札観市立豊成養護学校 O横浜市立新治養護学校 O横浜市立東俣野養護学校 O横浜市立大網養護学校 O横浜市立 中村養護学校 神戸市立盲学校 神戸市立友生養護学校 神戸市立青陽西養護学校 神戸市立青陽高等養護学校 加西市立加西養護学校 宝塚市立養護学校 川西市立川西養護学校 O篠山町立篠山養護学校 O福岡市立南福 岡養護学校 O福岡市立大漂養護学校 。福 岡市立東福 岡養護学校 肢1 4ヽ中高 肢│ ガヽ中 盲:幼小中高 肢1幼小中高 糟1 小中 精 十 高 精│ イヽ中高 肢: ガヽ中高 肢│ ガヽ中高 肢1幼小中 肢イヽ中高 情: イヽ中高 情│ イヽ中高 中   中   中 肢   肢   肢 25 10 10 13 17 25 38 20 20 9 10 7 10 32 29 31 76 25 26 35 43 86 ・・4 57 94 29 26 ・6 26 95 ︲45 ︲25 59 27 26 32 37 59 78 41 52 27 30 26 27 64 60 62 札幌市南 区 横浜市緑 区 横浜市戸塚 区 横浜市港北 区 横浜市港南区 神戸市中央区 神戸市東灘区 神戸市垂水 区 神戸市須磨 区 兵庫県加西市 兵庫県宝塚市 兵庫県川西市 兵庫県多紀郡篠山町 福岡市博多区 福岡市中央区 福 岡市東 区 中学部―中学校 と建物 の合同,高等部―小学校 と建物 の合 同 小学校 と建物 の合同 小学校 と建物の合同 中学校 と建物 の合同 1995年度 に移転予定 (小学校 と建物 の合同) 小学校 と建物 の合同 小学校 と敷地 の隣接 小学校 と敷地の隣接 小学校 と敷地の隣接 高校 と敷地の隣接 小学校 と敷地 の隣接 小学校 と敷地 の隣接 中学校 と敷地の隣接 小学校 と建物 の合同,幼稚園の隣接,1994年度 に新築移転 小学校 と敷地 の隣接,1996年度 に新築移転 の予定 小学校 と敷地 の隣接,1994年度 に新築移転 小 。中学校 と敷地 の隣接 [そ の 他 の 事 例] O神戸市立青陽東養護学校 O川崎市立大戸小学校「たんぼぽ学級J 〃 東桜本小学校 〃 〃 稲 田小学校 〃 〃 麻生小学校 〃 精 重 重 重 重 イヽ中高 /Jヽ /」ヽ /」ヽ /」ヽ 22 7 81 31 51 11 神戸市 中央 区→灘 区 川崎市中原区 〃 川崎区 〃 多摩 区 〃 麻生 区 1993年度の新築移転 により小学校 との建物統合 を解消 75条学級 (重度学級)により小学校 と建物統合

(3)

鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第 37巻 第

1号

(1995) あ った。

H・

試 行 事 例 以下

,1992∼

93年度間 に訪問調査 によって把握 し得 た国立

5件

,県

3件

,市

町立

8件

,そ

の他

2件

の試行状況 を示す(データは概 ね1993年度)。 日本 の場合 は位置的統合 を行 う学校間の設置主体 の異同が大 きな問題 となる為 に

,設

置主体別 に「建物 の合同」「敷地 の合同・ 隣接」 の順で見た。

1.国

立校同士の位置的統合 [建物 の合同]

(1)群

馬大学教育学部附属養護学校分 群馬大学教育学部附属養護学校 は

,同

附属小 。中学校 の75条学級 を母体 として

,1979年

度か ら開 設 された。75条学級 の時 はもち ろん建物・ 敷地 を合同 していたわ けであるが

,養

護学校 になる際に 独立校舎・ 敷地型 に転 じるケースが全国的 に多数であった中

,附

属校 との建物・ 敷地 の統合 を継続 した事例である。1981年度 に附属中学校が他所 に移転 した後 は

,校

舎・ 敷地 を附属養護学校 と小学 校 とで合同使用 している。 なお

,道

路 を隔てて附属幼稚園にも隣接 してい る。 (敷地 。校舎 の配置〉(図 1) 敷地 (29,791m2),運動場 (7,933m2),プ

_ル

(大

25m,小

15m),給

食室 (138m2)は

,小

学校 と 共有である。校舎 は

,北

校舎 (鉄筋 コンク リー ト

3階

)を

附属小学校 と分割 してお り

,廊

下続 き となっている(開けた状態のアコーディォ ンカーテン有 り)。 東側 には独立 の校舎 (鉄筋 コンクリー 附 属 小 学 校

附 属 小 学 校   一 !附 属 養 護 学 校 (小学 部教 室 ) 高 等 蔀 教 室 ︶ 図

1

群馬大学教育学部附属養護学校の配置図 (1993年度

,同

校提供 )

(4)

144

渡部昭男:日本における盲・ 聾・養護学校の位置的統合 卜

2階

),陶

芸・ 木工用の作業棟 (延

165m2),体

育館 (581m2)を有 し

,合

計で普通教室

9,特

別 教室

12,管

理室16となってい る。 1993年度現在

,附

属養護学校 は小 。中・ 高等部か らな り

,各

学部

3学

級ずつの計

9学

,児

童生 徒数60人

,教

員28人・ 事務職員等

3人

である。 これに対 して

,附

属小学校 は各学年

4学

級ずつの計 24学級

,児

童数898人

,教

員34人等である。 〈日常的な交流〉 附属養護学校 の中 。高等部 は独立 した東校舎 にあるが

,小

学部 は北校舎 の

1階

にあ り

,廊

下で附 属小学校の

1年

生学級 と続 いている。校庭 の中央 よりやや東 よ りにある樹木 によって小学校 (西) 側が大校庭

,養

護学校 (東

)側

が小校庭 と呼び分 けられているものの境界 はな く

,鉄

俸・プランコ。 石山な どの固定遊具 も共有 している。校門 は東門に附属養護学校 の表札

,西

門に附属小学校 の表札 が掲 げられているが

,養

護学校 の児童生徒 の多 くが小学校 と同 じ西門 を使用 してお り

,同

じ路線バ スで登下校 している。 また

,給

食が合同で調理 されてお り

,給

食時 には小学校 の廊下 を通 って毎 日 運搬す る。 こうした中

,両

校 の子 どもたちの間 には

,日

常の生活場面で 自然 なかかわ りが生 まれて いる。 (計画的な交流〉 同附属養護学校 は

,1982∼

84年度 の

3か

年 に渡 って

,文

部省教育方法等改善経費指定研究「ひ と りひ とりに応 じた交流教育」 を行 っている。 校務分掌 として附属養護学校 には指導部 に交流係

(3人

)が

,附

属小学校 には教務部 に交流教育 係

(2人

)が

置かれてい る。附属養護学校 としては

,附

属小学校 (主に4・

5年

)と

の交流およ び地区 (高齢者学級 。自治会

)と

の交流の大 きく2つに取 り組 んでいる。 附属小学校 との交流 には

,附

4年

生の学年活動への参加 (年1回「ジャガイモをしゅうか くし よう」一小学部

),附

5年

生の学年活動への参加 (年

3回

「新 しい友 だちをつ くろう」―小 。中学 部

),附

小4・

5年

生 を中心 とした日常交流 (週 1回の25分休憩一小・ 中学部

),附

小行事への参加 (附小運動会一小 。中・高等部

),附

養行事への参加 の呼びか け (夏休 み作品展

,附

養運動会

,附

養 まつ り

,卒

業 を祝 う会

)な

どがある。地区 との交流 には

,陶

芸教室への参加 の呼びか け (年4回), 行事への参加 の呼びか け (附養運動会

,附

養 まつ り

,書

き初 め大会

)な

どがある。他 に

,前

橋市立 養護学校 との交歓会 (小 。中学部同士

)等

が行われている。 同附属養護学校で は

,附

属小学校

,附

属幼稚園 とともに

,若

宮地区附属三校園再開発構想案 を策 定中であるが

,位

置的統合 を積極的に継続す る計画であるとい う。 [敷地 の合同・ 隣接]

(2)横

浜国立大学教育学部附属養護学校0 横浜国立大学教育学部附属養護学校 は

,同

附属小 。中学校 の75条学級 を母体 として

,1979年

度 よ り開設 された。当初 は附属小 。中学校 (横浜市中区

)に

併設 していたが

,1981年

9月に新校舎完成 に伴 い現在地 (横浜市南 区

)に

移転 し

,附

属 中学校 と隣接 した形態 を採 つている。 〈敷地・校舎 の配置〉(図2) 附属中学校(1993年度:生徒数405人・教員数20人)と隣接 して はいるが,共有 している施設 はない。 同附属養護学校 は小 。中 。高等部か らな り

,各

学部

3学

級ずつの計

9学

,児

童生徒数 は73人, 教員27人等で

,独

自の敷地 (19,218m2),校舎 (延3,041m2,厨房・ 食堂 を含 む

),体

育館 (600142), 運動場

,プ

ールな どを有 している。

(5)

鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第37巻 第

1号

(1995) !「 弘 明 寺 駅 」 徒 歩 ユ0分 図

2

横浜国立大学教育学部附属養護学校の配置図 (1993年度

,同

校提供) 〈日常的および計画的な交流〉 校務分掌 として

,教

務・ 校務部 に交流教育 も担当す る児童生徒指導係がおかれている。 なお

,隣

接の附属中学校 と計画的に交流す ることは現在 は行われていない。ただし

,附

属中学校 の正門9ヒ) に養護学校 の通用門があ り

,ま

た附属養護学校 の正門(南西

)か

ら中学生 も自由に出入 りす るな ど, 登下校時の人 の流れ は混然 としている。附属養護学校 の敷地 と附属中学校 の校庭 の境 には植木 と防 球ネ ッ トがあるが

,開

放 されていて出入 りは比較的 自由であ り

,両

校の児童生徒 は相互 の姿 を日常 的に観 ることがで きる。

(3)富

山大学教育学部附属養護学校0 富山大学教育学部附属養護学校 は

,同

附属小 。中学校 の75条学級 を母体 として

,1976年

度 よ り開 設 された。75条学級であつた1970年 12月か ら既 に独 自の校舎 を持 っていたが

,養

護学校 になってさ らに校舎 を増築 (工期1977年 11月∼1979年 9月

)し

,現

在 の形 になった。 (敷地・ 校舎 の配置〉(図3) 同一の敷地 (39,599m2)内に附属の

4校

園が併設 されてお り,'校舎 は独立 してい るが

,運

動場 お よびプールを共有 している。なお

,少

し離れた飛び地 に附属養護学校 ミニグラン ドお よび実習棟が ある。 同附属養護学校 は小 。中 。高等部か らな り

,各

学部

3学

級ずつの計

9学

,児

童生徒数 は72人,

(6)

渡部昭男:日本 における盲・ 聾・ 養護学校の位置的統合 敷 地面 積39599″ 図

3

富山大学教育学部附属養護学校の配置図 (1993年度

,同

校提供) 教員27人等で

,校

舎 内に独 自の体育館 (養護学校南校舎 の

2階

部分

)お

よび厨房がある。 (日常的お よび計画的な交流〉 校務分掌 としては

,小

学部 に交流教育 も担当す る児童生徒指導部がおかれている。附属校園の交 流 として は

,合

同運動会への参加

,附

養学習発表会への招待

,附

小 (1993年度:児童数479人・教員 数17人

)高

学年 との交流が行われている。南側 の正門には附属小 。中学校および幼稚園の合 同表札 があ り

,北

門には附属養護学校 の表札があるが

,正

門 にバス停があることか ら登下校時 な どに日常 的な接触が見 られ る。

(4)愛

媛大学教育学部附属養護学校9 愛媛大学教育学部附属養護学校 は

,同

附属小・ 中学校 の75条学級 を母体 として

,1972年

度 よ り開 設 された。75条学級であった1970年か ら既 に独 自の校舎 を持 っていたが

,養

護学校 になってさらに 校舎

,体

育館

,プ

ール等 を増設 した。 〈敷地・ 校舎 の配置〉(図4) 同一 の区域 に附属の

4校

園が隣接 しているが

,各

々が独立 の校舎

,運

動場

,プ

ールな どを所有 し ている。附属養護学校 は附属中学校 (1993年度:生徒数478人・教員数22人

)に

接 してい る。塀 な ど の仕切 りはないが

,養

護学校 の敷地 の方が

lm近

く高 くなっている。 同附属養護学校 は小 。中・ 高等部か らな り

,各

学部

3学

級ずつの計

9学

,児

童生徒数 は73人, 教員28人等である。 附H中学 校 Rl

´グラツ号

(7)

鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第 37巻 第

1号

(1995) 図

4

愛媛大学教育学部附属養護学校の配置図 (1993年度

,同

校提供) ︱ ︱ ︱ I L 校 学

的 膊

帷雛動 百

5

大分大学教育学部附属養護学校の配置図 (1993年度

,同

校提供)

(8)

148

渡部昭男:日本における盲・ 聾・ 養護学校の位置的統合 〈計画的な交流〉 校務分掌 としては

,指

導部 の特別活動 の中に交流教育係 (各学部主事で構成

)が

おかれている。 附属校園の交流 として は

,附

小 (1993年度 :児 童数712人・教員数26人

)学

習発表会への参加 (小学 部

)が

行われ る程度で ある。

(5)大

分大学教育学部附属養護学校ω

ヽ 大分大学教育学部附属養護学校 は

,同

附属小 。中学校 の75条学級 を母体 として

,1973年

度 より開 設 された。75条学級であつた1969年か ら既 に独 自の校舎 を持 っていたが

,養

護学校 になってさらに 本館

,体

育館

,プ

ール等 を増設 した。 〈敷地・校舎 の配置〉(図5) 同一 の区域 に附属 の

4校

園が隣接 しているが

,各

々が独立 の校舎

,運

動場

,プ

ールな どを所有 し ている。附属養護学校 は附属幼稚園お よび附属中学校校庭 に接 し

,植

樹 な どによって区画 されてい るのみで開放的である。 同附属養護学校 は小 。中・ 高等部か らな り

,各

学部

3学

級ずつの計

9学

,児

童生徒数 は70人, 教員27人等である。 (日常的お よび計画的な交流〉 校務分掌 として は

,生

活指導部が集会指導の一環 として交流教育 を担当 している。附属校園の交 流 としては

,附

属四校園子 ども集会が年度当初 に開催 され

, 4校

園内オ リエ ンテー リングや自己紹 介が行われる (1993年度:幼稚園―幼児数160人

,小

学校一児童数719人・ 教員数24人

,中

学校一生 徒数503人・ 教員数22人)。 また

,附

属養護学校中学部 と附属中学校 とが計画的に交流す る養中交流 会が1988年度か ら継続 されている。

2.県

立校 と市町立校の位置的統合 [建物 の合同]

(1)広

島県立三原養護学校瀬戸 田分級つ 広島県立三原養護学校 は1978年度 の開校 であるが

,校

区に瀬戸 内海 の島 を含んでお り

,生

口島(豊 田郡瀬戸 田町

)に

瀬戸 田分級

,大

崎上島 (豊田郡大崎町

)に

大崎分教室 を開設 している。瀬戸 田分 級 は瀬戸田町立南小学校 の

,大

崎分教室 は大崎町立 中野小学校 の校舎 の一角 にあ り

,県

立養護学校 の分教室が町立小学校 に建物統合 を行 っている。瀬戸 田分級 は1980年 に開級 され

,生

回島の他 に近 隣の高根島な どか ら通 って くるケース もある。なお

,生

回島か ら養護学校本校 に通 うとすれば

,船

とスクールバ スで約

1時

間 を要す る。 (敷地・ 校舎 の配置〉(図 6) 小学校 の北西部 の校舎

(1階

平屋165m2)ぉ ょび敷地 (736m2)を県が町か ら借用す る方法 を採 っ てお り

,借

用敷地内 に管理棟 (20m2)が増設 されている。 なお

,給

食 は小学校 の厨房で調理 された ものが運 ばれる。 同分級 は在籍す る児童生徒 に応 じて小・ 中・ 高等部 を柔軟 に開設 してお り

,1998年

度 は小学部2 人・高等部

1人

の計

3人

が在籍 し

, 3学

級 に対 して教頭

1人

・ 教諭

3人

・ 養護教諭

1人

が配置 され ていた。 (日常的お よび計画的な交流〉 同分級 は建物統合 を行 って はいるものの

,小

学校一町立

,分

級一県立 とい う設置主体 の相違 もあ って

,交

流 はほ とん ど行われていない。南小学校 (1993年度:児童数144人・教員数10人

)と

は棟続

(9)

鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第 37巻 第

1号

(1995) 149

瀬 戸 田 町 立 南小 学 校 図

6

広島県立三原養護学校瀬戸田分級の配置図 (1993年度

,同

校提供資料より作成) きであ り

,渡

り廊下で結 ばれてい るが

,養

護学校 の正門 は小学校 と別個 に設 けられてお り

,借

用 し た敷地・校舎が独立 した扱い となっていた。交流教育 として は

,分

級児童生徒 の居住地域 との交流 (居住地校交流

,居

住地域での職場実習 な ど

)が

重視 されていた。 [敷地の隣接]

(2)栃

木県立聾学校働 戦前か らの蓄積 の上 に,1948年に栃木県立聾学校 と改称 した同校 は,1958年に現在地 に移転 した。 既 に1956年に栃木県立宇都宮中央女子高等学校が移転 してお り

,隣

接す ることとなった。1985∼ 88 年 に校舎等 を改築 し

,現

在 に至 ってい る。 (敷地 。校舎の配置〉(図7) 聾学校 の敷地(28,185m2)は

,高

等学校 と県警察学校 に挟 まれて東西 に細長 く

,敷

地 的な制約か ら プール は未設置である。宇都宮中央女子高等学校(1993年度

:4学

科1,356人)と隣接 す る とはいえ, 塀で仕切 られてお り

,交

流 はない。む しろ

,近

接す る宝木保育園 と定期的な交流が進 め られている。 同聾学校 は

,幼

稚部

5学

級16人

,小

学部11学級42人

,中

学部

4学

級19人

,高

等部

7学

級34人

,教

員60人等である。 (日常的お よび計画的な交流〉 1968年

度から交流教育に取り組み

,1975年

には関東地区聾教育研究会において同時法,統合教育

,

福祉教育の研究発表を行っている。学校の「努力目標と努力点」には①言語力の向上

,②

コミュニ

ケーション能力の向上

,③

自主性の向上

,④

社会性の向上

,⑤

体位・体力の向上の5項 目が掲げら

(10)

渡部昭男:日本における盲・ 聾・ 養護学校 の位置的統合 r ︲ ︲ ︲ , ︲ ︲ ︲ ︲ t 叫 哩 I I I ︲ ︲ n I I I I H 出 旧 l l 日 I I I I I I 山 I I l l li h 囀 湖 ― J― l囀 四 ││ [____.」

Γ

tr___.J中

=」

y議

i♂

7

栃木県立聾学校の配置図 (1993年度

,同

校提供資料 より作成)

(11)

鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第 37巻 第

1号

(1995) 151

,特

に社会性 の向上 の頂 において全ての学部で「交流教育(保育)の充実」が位置づけられている。 校務分掌 として は

,校

外活動部 (幼稚部

2人

,小

学部

2人

,中

学部

1人

,高

等部

1人

)が

交流教 育 を担当 してお り

,交

流文集 の発行 (全学部

,隔

),健

聴者 との交流 (全学部

,学

期 に1回以上), 重複障害児の校 内交流 (所属学部

,年

1回以上

)を

行 っている。 とりわけ幼稚部で は

,毎

週金曜 日 の年前中に宝木保育園 (1993年度

:0∼

5歳

児140人

,保

母19人

)と

交流保育 を進めてお り,「①聴 者の友達 を理解す る

,②

聴幼児 との集団生活や遊 びを体験 す る

,聴

幼児 には指文字が通 じに くい こ とを知 る

,③

コ ミュニケー ションの技能 と態度 を身につける

,聴

幼児 に指文字が通 じない時 には非 言語的手段で コ ミュニケーシ ョンをしようとす る態度 を身 につける

,④

聴幼児 の中に進 んで入 ろう とする態度 を育 て る」 とい う目標 で取 り組 まれている。 これ は

,週

1回のパー トタイム形式で健聴 児集団での統合保育 を保障す る試 みで もある。

(3)大

分県立新生養護学校働 大分県立新生養護学校 は

,障

害児 のための学校であ りなが ら大分市立新生小学校 の名称で1954年 に開設 され

,翌

1955年 に大分市立新生中学校 を併設 して小・ 中学部の前身 を整 えた。1957年には大 分市立新生養護学校 に転換 した後

,1988年

(1月

)に

県立 に移管 した。市立校 としての沿草か ら大 分市立王子中学校 と隣接 して きたが

,1995年

度 には高等部 を開設す ることもあって

,1994年

度中に 新築移転 (移転用地19,260m2)し た。 (敷地・ 校舎 の配置〉(図8) 養護学校 は

,独

自の敷地 (5,549142),校舎 (延1,468m2),体育館 (170m2),プ

_ル

等 を有 してい る。そして

,養

護学校 の北側 に中学校 のテエスコー トおよび運動場が接 している。 同養護学校 は

,1993年

度現在 は小学部11学級25人

,中

学部

9学

級29人

,教

員40人等である。 (日常的および計画的な交流〉 校務分掌 として は

,研

究部 の中に同和・ 交流係があ り

,交

流教育 を担当 している。小学部 は市立 春 日町小学校 (1993年度 :児 童数773人・教員数32人

)と

学期 に1回以上 の交流

(4年 2組

とのプー ル交流

,焼

き芋交流

,冬

の遊 び交流

,行

事への招待

)を

行 っている。隣接 の市立王子中学校 (1993 年度 :生 徒数940人・教員数48人

)と

,昼

休 み交流が行われていたが

,日

課時間が合わな くなって 中止 した。現在

,同

中学校 とは中学部が交流 し

,ゲ

ーム交流 (中学校

3年 2組 ),マ

ラソン交流 (1 年

2組

),正

月遊 び交流

(2年 3組

),行

事への招待が取 り組 まれている。他 に

,市

立大道小学校 と の行事交流

,居

住地校 の夏休み (プール・ ラジオ体操 な ど

)交

流な どが行われている。移転先 は大 分市の郊外であ り

,新

たに交流校 を探す ことになるだろうとの ことであった。

3.市

町立校同士の位置的統合 [建物の合同①―横浜市方式] 政令指定都市の横浜市 には

,市

立 の「精神薄弱」養護学校が

3校

,肢

体不 自由養護学校が

5校

, 病弱養護学校が

1校

ある。肢体不 自由養護学校 の内,重 度重複障害 を対象 とした

4校

はいずれ も小・ 中学校 に建物統合 を行 っている

(4校

で市内を校 区分担 している

,高

等部 の設置が課題 となってい る)。 横浜市方式 とで も呼称 しうる独 自の発想 。経緯 を持 ち

,大

いに注 目され る。

(1)横

浜市立 中村養護学校Iω 横浜市立中村養護学校 は

,1969年

に開始 された横浜市「在宅心身障害児家庭訪間教育」 を発展的 に解消 し

,1972年

に市立 中村小学校訪間学級 として通学指導 を開始 したのが前身である。その後, 1979年に市立上菅田養護学校 中村方面分教室 として位置づ き

,1982年

には位置的統合 を行 った養護

(12)

渡部昭男:日本 における盲・ 聾・ 養護学校の位置的統合 O尋茎苫1 0 大分県立新生養護学校

囲囲

8

大分県立新生養護学校の配置図 (1993年度

,同

校提供資料 より作成)

(13)

鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第 37巻 第

1号

(1995) 学校 に昇格 した。横浜市立 の位置的統合 (建物統合

)型

養護学校 の第

1号

である。 〈敷地 。校舎 の配置〉(図9) 校地 (12,896m2)を 共有 し

,建

物 は小学校 と廊下 (ドアあ り

)で

つながっている。小学校 は西校 舎

(3階

,延

2,108m2)と本校舎 の西側

(4階

,延

3,772m2)を使用 し

,養

護学校 は本校舎 の東 側

(2階

,延

1,139m2:屋上 は小学校 のプール

)と

1992年に竣工 した新校舎 (地下

1階

・地上

2階

建 て

,1,210m2)を

使用 している。養護学校 には体育館・プールはないが

,肢

体不 自由児 のための水 治療室 (温水 ミニプール)・ 機能訓練室 な どが整備 されている。 歩行困難 の重度重複障害児が大多数で

,ス

クールバス4台で10行政区を校 区 としてカバー してい る。1993年度 の学校規模 は

,小

。中学部合計で17学級

,児

童生徒数43人

(3訪

問学級

5人

を含む), 教職員41人 (校長

,副

校長

,教

33,養

護教諭

2,栄

養士

,事

務職員

2,用

務員

)で

ある。ちなみ に

,小

学校 は17学級 (75条学級2を含 む

)で

児童数474人 教職員27人 (校長

,副

校長

,教

16,養

護教諭

,調

理員

4,栄

養職員

,事

務職員

,用

務員

2)で

ある。在籍者数か らみ ると養護学校 は小規 模であるが

,教

職員数 は小学校 よ り多 くなる。なお

,同

一の設置立で はあるが

,学

校運営組織 は別 系統である。 (日常的および計画的な交流〉 中村小学校 との交流には大 きく

3種

類あり

,①

特定の学級間の交流(仲良し学級の交流

),②

業間 休憩 (10:20∼10135)の際の自由な交流 (中休み交流

),③

その他の行事などの交流 (年賀状 による 交流

,児

童委員による交流

,養

護学校学習発表会

)で

ある。当然なが ら

,職

員間の交流 も行われて いる(年4回 :両校職員対面式

,合

同交流委員会

,交

流学冒会

,人

権教育研究発表会)。 また

,居

住 地校 との個人交流 も試みられている (1993年度

2人

)。 笛 浜 市 立 中 村 小 学 悛 → ← 横浜 市立中付雲 謗学校

/N

百国電

L___

︱ ﹁ ︱ ︱ ︱ ︱ ︱ ︱ ︱ ︱ ド ﹂ ︱ 目 砧 寒 3-│ 呻 3. 2 3-3 4- 4-2 z4-R

9

横浜市立中村養護学校の配置図 (1993年度

,同

校提供資料 より作成)

(14)

渡部昭男:日本 における盲・ 聾・養護学校の位置的統合 (写真1)横浜市立新治養護学校の遠景。校舎の右半 分 は新治小学校である。 (写真2)新治小学校の教育には,「障害児理解教育」 が位置づけられている。 (写真3)新治小学校 はオープ ンプラン方式を試行す る蒲洒な学校である。 (写真4)両校の廊下の境界 には扉があるが,児童 は 自由に往来 している。 (写真5)中間休憩 に養護学校の遊具 をめざしてやっ て来た男子児童たち。 に自然な姿で参加する児童。 日

,渡

部撮影) (写真

6)中

間休憩に養護学校のクラスの「朝の会」 (1992年 5月 9

(15)

6へ \巡

∞鰤

鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第 37巻 第

1号

(1995)

(16)

156

渡部昭男:日本における盲・聾・養護学校の位置的統合

(2)横

浜市立新治養護学校11) 横浜市立の位置的統合型養護学校 の内

,小

学校 と位置的統合 している新治養護学校 (養護学校本 校 に1984年昇格

),東

俣野養護学校 (1986年昇格)において も

,同

様 の交流が進 められている。特 に 中休 み交流 に関 して は

,位

置的統合 を行 う学校 な らで はの交流形態であ り

,小

学校 の児童が 自由に 訪ねて養護学校 の朝会 に参加す る等 して交流す る姿が見 られ る。 また

,こ

2校

は学校建築 の上 に おいて も建物統合 を意識 して特別 に設計12jされた ものであ り

,注

目され る。 〈敷地・校舎 の配置〉(図

10,写

1∼

6) 新治養護学校 (小学部

7学

級18人・ 中学部

3学

7人

・ 計25人

,教

員27人等:スクールバ ス 2コ ース

)は,市

立新治小学校 (各学年1学級 。計

6学

級208人

,教

員10人

)と

敷地 (13,210m2)。 校舎 (5,401m2)が統合 して建築 されてお り

,V字

型校舎 の東側棟 を使用 している。 その特別設計 の意図 は,「風致地区内に養護学校 を併設 して移転新築 された小規模 な学校である。校合 は

2階

建 と低層 に おさえ傾斜屋根 をか けて

,緑

の多 く残 る周辺 の環境 に調和 させている。12クラス と小規模 なので, 特別教室 を統合 して多 目的化 を図 り

,市

内で最初 のオープンプラン方式の学校 として

,学

習の新 し い流れに対応で きるようにしている。養護学校 との併設 を積極的に把 え

,室

内で両者 を繋 げ

,ア

プ ローチ・玄関 を共用す ることにより

,相

互の自然な交流が生 じるよう配慮 している。121」 と解説 され ている。

1階

ローカには境界 に扉 はあるが

,施

錠 されて はな く

,オ

ープンプラン方式の学校 とい う こともあって

,児

童の往来 は極 めて自由である。 また

, 2階

部分では両校 の職員室が扉 を介 して隣 合つてお り

,直

接 に往 き来で きるようになっている。 〈日常的お よび計画的な交流〉 校務分掌 として は

,養

護学校側 は教務部 の教務・ 行事係が

,小

学校側 は指導研究部 の障害児理解 係が交流教育 を担 当 している。具体的には

,合

同行事 (対面式

,運

動会

,新

治 まつ り

,卒

業生 とい っしょに

,合

同学習 〔年5回〕

,観

劇会 〔年

2回

),地

域交流

(PTAバ

ザー 。学習発表会 。合同運 動会・ 合同新治 まつ りへの招待

,買

い物学習 〔隔年

1回

),自

然交流 (休み時間における自由な交 流

)が

取 り組 まれている。

(3)横

浜市立東俣野養護学校10 〈敷地・ 校舎 の配置〉(図 11) 東俣野養護学校 (小学部

8学

級20人・ 中学部

2学

6人

・ 計26人

,教

員26人等:スクールバス2 コース

)は

,市

立東俣野小学校 (各学年

2学

級計384人・教員18人)と敷地 (10,572m2).校 合 (4,032 m2)を統合 して建築 されている。 その特別設計 の意図 は,「本市 の南西 の外れ

,藤

沢市 を見下 ろす境 川東岸 の傾斜地 に建 つ養護学校 を併設 した学校である。狭 い敷地 を効率的 に活用する為

,屋

上 プー ルにす るとともに

,敷

地東側 の養護棟 の一階 を法面 に埋 めた計画 としている。動線計画 は人 と車 を 完全分離 してお り

,人

はゆった りとした前庭か らピロテ ィを抜 け昇降口・ グラン ドヘ

,車

は養護棟 と給食室へのサー ビスの両方 を兼ねて三階のレベルに設 けられている。121uと解説 されてい る。両校 は

2階

のローカで結 ばれてお り (施錠 なしの扉 あ り

),児

童の往来 は比較的 自由である。 (日常的お よび計画的な交流〉 校務分掌 として は

,養

護学校側 は学習指導部

(B研

)の

人権・ 交流係が

,小

学校側 は指導研究部

(C研

)の

人権係が交流教育 を担当 している。具体的には

,行

事交流 (交流集会

,音

楽集会

,東

俣 野 まつ り

,運

動会

,図

工展

,ク

リスマス会

,交

歓発表会

),授

業交流(体育・音楽・図工 な ど週

1∼

2 回

),遊

び交流 に取 り組 み

,交

流通信 (養護学校「 にじJ,河ヽ学校 「東俣野

J)を

発行 してい る。

(4)横

浜市立大綱養護学校10

(17)

鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第37巻 第

1号

(1995)

(18)

渡部昭男:日本 における盲・ 聾・ 養護学校の位置的統合

I I

校合 :鉄 筋3階建 の ユ階部分のみ改装使用(大綱中学校舎内) 室数 :教 室3,訓練室,玄関,校長室,職員室,事務室 保健室,多目的指導室,放送室,教材室,湯沸室,更衣室 使所,倉庫,給食調理室,技術室 コ 一

一 ︱

12

横浜市立大綱養護学校の配置図 (1993年度

,同

校提供)

(19)

鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第 37巻 第

1号

(1995) 〈敷地 。校舎 の配置〉(図 12) 大綱養護学校 (小学部10学級28人 。中学部

3学

7人

・ 計35人

,教

員32人等:スクールバ ス 2コ ース

)は

,小

学校 で はな く中学校 と敷地 (23,876m2)・建物 を合同す る養護学校 である。1982年 に市 立大綱 中学校 内に中村養護学校大綱分校 として開校 し

,1985年

に本校 に昇格 した。中学校 で未実施 の学校給食 を行 っていることか ら

,養

護学校 には厨房が独 自に設 けられている。 (日常的および計画的な交流〉 校務分掌 としては指導部 に交流教育係があ り

,児

童生徒間の交流活動 (大綱 中学校 の他 に

2小

学 校

, 1養

護学校

),地

域交流活動 (健民祭

,地

域清掃

,

くれ よんの夢展

),啓

発活動 (パネル展

,交

流通信

,保

護者への啓発

)な

どに取 り組 んでいる。小学校 に位置的統合 をしている

3校

と同様 に昼 休み交流 も進 めているが

,中

学生の場合 には自然 な形での交流 は見 られに くい とい う。 大綱 中学校 の規模が約30学級千人 (1991年度 :29学級 〔75条学級

3学

級 を含む〕1,018人・教職員 54人

)で

あることな どか ら

,1995年

度 には養護学校 のみ移転 し

,市

立北綱島小学校 (1993年度 :児 童数603人・ 教員数27人

)に

位置的統合す る計画である (北綱島養護学校 と改称)。 [建物 の合同②]

(5)篠

山町立篠 山養護学校19 兵庫県篠山町立篠 山養護学校 は

,町

立篠山小学校 内に1971年度 よ り開級 された「重度障害児学級 (わかたけ学級)」 (一般 の75条学級 は1960年度 に郡 内で最初 に開設ずみ

)を

基礎 として

,1974年

か ら小学校 と建物 を合同する形で養護学校 となった (1975年度・ 中学部開設

,1976年

度・ 幼稚部開 設)。既設の養護学校 には交通 の便が悪い多紀郡内の障害児の教育保障のために設立 された ものであ り

,町

立 とはいえ

,実

質的 には多紀郡

4町

(篠山町

,丹

南町

,今

田町

,西

紀町

)の

学校組合立 の性 格が強い。郡 内 3コ ースにスクールバ ス (計

3台

)が

配草 されている。 (敷地・ 校舎 の配置〉(図 13) 篠 山小学校 は

1875(明

8)年

よ り旧篠山城 の二 の丸跡地 を利用 してお り

,堀

に囲 まれた細長 い 敷地である。校地 (14,008m2)の北半分 に渡 り廊下 (西廊下お よび中央廊下

)で

つながれた

5棟

の 平行 した校舎 (北か ら

1舘 , 2舘 , 3舘 , 4舘 , 5舘

)が

あ り

,南

側が運動場 (6,448m2)に なって いる。養護学校 は

,1舘

東側 の全て と西側 の

2階

の一部

,2舘

の全て

,5舘

1階

を校舎(1,156m2) として所有 し

, 1舘

東側校舎 の北側 に小運動場 (378m2), 2舘と

3舘

の間に農園 (340m2)を 持 って いる。共用の体育館 とプール は小学校の空 き時間 (体育館 の場合

,週

2回 2時

)を

養護学校 が使 用 し

,給

食 は合同調理場 (センター

)方

式で配食 されている。 なお

,1918(大

7)年

よ り幼稚園 が隣接 している。 同養護学校 は肢体不 自由校 で

,幼

稚部

1学

2人

,小

学部

6学

級16人

,中

学部

3学

8人

か らな り

,教

員27人(校長

,教

,養

護教諭 を含む

),事

務職員

2人

,運

転手

3人

,介

助員

2人

,学

校用務 員

1人

である。

.

〈日常的お よび計画的な交流〉 校務分掌 としては

,教

科外 として交流係が置かれている。篠山養護学校では

,交

流学習 を養護学 校 にお ける教育課程内の学習の一環 として位置づ け,「①『障害 を克服 して生 きる力 を育 て る』とい う学校教育 目標 を実現す るために

,本

校の教育課程 に もとづいて

,幼

児・ 児童 。生徒 の実態 をふ ま えて現実 の社会への適応 を求 めてい く

,②

地域 の人々や子 どもたち との関わ りを大切 に し

,仲

間意 識 を育 てなが ら集団の中での自分 の存在 を確立す る

,③

地域 の人々や子 どもたちに

,本

校 の幼児・

(20)

渡部昭男:日本における盲 。聾・ 養護学校の位置的統合

(5競

1階

) 一 (師 虚嘔l)

T二

小 学 披 運 動 蝸 Ч 竹 H

(1館

l階

) 図

13

篠 山町立篠山養護学校の配置図 (1993年度

,同

校提供資料 より作成)

(21)

鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第 37巻 第

1号 (1995) 161

児童・生徒 についての理解 を深 め交流の大切 さを広める」 ことをね らいに取 り組 んでいる。交流 は, 居住地校 との交流 を中心 に

,隣

接校 との交流およびその他の交流がある。居住地校 との交流 は

,養

護学校 の全ての幼児 。児童 。生徒 について取 り組 まれてお り

,個

々 に設定 された目標 に沿 って定期 交流 (教科学習

,給

,ク

ラブ等

),行

事交流 (運動会

,体

育祭

,学

習発表会

,文

化祭

,児

童生徒会 行事

,社

会見学旅行等

)お

よびプール交流が行われている (例えば

,隣

接 の篠 山小学校が居住地校 にあたる小学部 の

4人

の内

,回

数の多い児童で毎週1回の定期交流が実施 されている)。 大半 はスク ールバスで一度養護学校 に登校 してか ら居住地校 に出かけるが

, 2ケ

ースは通学時か ら居住地校 に 通 っている。交流 の際の給食 は

,給

食 セ ンターか ら交流先の学校 に人数分 を回 している。 隣接 の篠山小学校 (1993年度:児童数258人・教員数14人

)と

の交流 としては

,養

護学校運動会ヘ の招待

,対

面式

,プ

ール開 きな どが行われている。ただ し

,段

差 の残 る学校建築 の構造

,日

課表で の休憩時間帯 の相違 な どか ら

,日

常的な交流 には限界があると認識 されていた。 ところで,篠山養護学校で は交流 を進 める際の指導責任および留意点 を以下のように定 めてお り, 一つのモデル として参考 にな ろう。 。あ くまでも篠山養護学校 におけみ教育課程内の学習の範囲 として とらえ

,学

習の場が居住地校 に 変わった とい う考 えで進 める。 ・交流担当者

,担

当学年

,学

校 との話 し合 いを進 め

,充

分な受 け入れ体制 を作 って もらう。又

,両

校 の学校行事 の情報交換 を行 い

,早

めにとりかかれ るようにす る。 ・交流 日程 を考 える上で本校教育課程 に支障 をきたさぬよう計画 をたてる。 ・ 居住地校 との連絡 は本校担任が窓口となる。 ・本校生の登下校 について は篠山養護学校で全責任 を持つ。 ・ 授業中の指導等 について は居住地校担当の先生の指導下に置 く。 なお

,同

養護学校 は

,建

物・ 敷地が狭 く

,木

2階

の校舎か ら肢体不 自由を重複す る児童・ 生徒 向 きの施設への改修お よび設備 の充実 を図 るために

,1994年

度 に新築移転 した。移転 に際 して県立 移管 の案 も出されたが

,郡

4町

の学校組合立 の養護学校 としての性格 を重視す る考 えか ら

,町

立 の形態 を継続 し

,引

き続 き居住地校交流 を行 う予定であるとい う。 [敷地の隣接]

(6)福

岡市立南福岡養護学校10 福岡市立南養護学校 の前身である福岡市立三筑養護学校 は

,市

立三筑中学校内の75条学級 を基礎 として1961年度 に中学部 だけの養護学校 (「精神薄弱」校)と して開校 した。 その際

,三

筑中学校 は 近 くに移転 し

,三

筑養護学校 と三筑小学校が隣接する形 となった。三筑養護学校 は

,1969年

度 より 福岡市立南福 岡養護学校 と改称 し

,1972年

度 には重複障害学級 を開級 した。1977年度 に肢体不 自由 の小学部 を併設 し

,中

学部 も1978年度か ら肢体不 自由生徒 の受 け入れ を始 めて

,肢

体不 自由養護学 校 に転換 した(1983年度 よ り高等部 を開設)。 1989年度 には肢体 不自由校 の福 岡市立今津養護学校が 新設 されたが

,引

き続 き対象児が増 えて狭船化 しているために

,1996年

度 に新築移転す る予定であ る。 (敷地・ 校舎 の配置〉(図 14) 養護学校 は

,市

立三筑小学校 と西鉄大牟田線 に挟 まれた三角形 の敷地 (12,143m2)に ある。独 自 の校舎 (延8,049雷

),体

育館

,プ

ール は有 しているが

,運

動場 を確保 す るスペースはない。イヽ学校 とは塀で仕切 られているが

,交

流の際の移動の便 を考慮 して塀 に鉄扉 (普段 は施錠 されている

)と

(22)

162

渡部昭男:日本 にお ける盲・ 聾・ 養護学校 の位置的統合

_生

`

(23)

鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第 37巻 第

1号

(1995) スロープが設 けられている。 同養護学校 は

,1993年

度現在 で小学部22学級55人

,中

学部

7学

級18人

,高

等部

3学

級22人の計95 人 に対 して

,教

員64人等である (スクールバ ス・ 5コ ース)。 (日常的および計画的な交流〉 交流教育 は

,近

隣の

4小

学校・

2中

学校 と行 ってお り

,隣

接 の三筑小学校 (1993年:児童数740 人・ 教員数30人

)と

は行事交流 に取 り組 んでいる。

(7)福

岡市立大濠養護学校1つ 福岡市立大濠養護学校 は

,市

立南当仁小学校 の75条学級 (1957年度開級

)を

基礎 として

,校

舎 を 合同する形で1959年度 に開設 された (小中学部)。 1970年度 より

3期

に渡 って校舎建築 を進 め

,小

学校 の北側 に隣接 した敷地 (7,876m2)に 独 自の校舎 を持 った。高等部の生徒数が増 えていることも あって

,1994年

度 に新築移転 した (福岡中央養護学校 に改称)。 (敷地・ 校舎 の配置〉(図 15) 校舎 は

3階

のA・

B棟

およびプレハ ブ

2階

C棟

か らな り

,狭

いなが らも体育館

,プ

ール

,運

動 場

,農

園な どを有 している。小学校 との境界 に塀な どの仕切 りはな く

,樹

木が まばらに植 えられて 正 P] 西 「 B 台食受所 玄 日 体 育 館 再 等鶴二 日 F ■ 員 室

て 会 ′︰、 改 苦 茎 便 筋 硬 二 重 F 弱 室 黒 建室 ヽ 年

24と

1日

Л

小   一

大濠養護学校

(雲菫・割線室) 'Httl 中■慎セ 中 2年 吻 吻 中 一 中 一

)再

弾一一匝

IH=室・ムエ室 一 便 所 (秦府夏 〕 小Яtt s 田 芸 a H

徐〓

(基

1言整割諫車) Jヽ46 」ヽ42 便 所

313 蔦 一

3M

室 3 崇 亀 司 所︲

ll雪

21113)

(理 料室) 小 =慎7 L 顎flr●H c F 僚 2 F 屏ln主室(R理室B) 亀彙室 (本 工室B)

1造

路室

蔦 一 萬 一 萬 一 ル ハブ投會 南当仁小学校 図

15

福岡市立大濠養護学校の配置図 (1993年

,同

校提供 ) 「, 声 等 祖R口

(24)

渡部昭男:日本における盲・聾・養護学校の位置的統合

口 □

_吏

(25)

鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第 37巻 第

1号

(1995)

姿

(26)

渡部昭男:日本 における盲・ 聾・ 養護学校 の位置的統合 いるだけである。 同養護学校 は

,1993年

度現在で小学部14学級42人

,中

学部

6学

級23人

,高

等部

9学

級80人の計145 人 (スクールバス・ 2コ ース

)に

対 して

,教

員60人等である (高等部 に重複障害学級が認 め られて お らず

,生

徒数 の割 りに教員数が少 な くなっている)。 〈日常的お よび計画的な交流〉 校務分掌 として は

,研

究部 の同和教育 の一環 に交流教育係 (1985年度∼

)が

置かれてお り

,隣

接 の南当仁小学校 (1993年度 :児 童数719人・教員数29人

)と

の交流

,近

在の当仁 中学校 (1993年度: 生徒数884人・ 教員数40人

)と

の交流な どが行われている。 南当仁小学校 とは

,1979年

度か ら交流が始 まっている (1983年度か らは学期 に1回程度 の交流 と なる)。 南当仁小学校 で は,1986年度 より同和教育 の一環 に位置づ け,1989∼90年度 に心身障害児理 解推進校 の文部省研究指定 を受 けている (テーマ「ザ

b身

障害児 に対す る正 しい理解 を深め

,思

いや りのある児童 の育成 を目指す交流教育―隣接校 の条件 をいか して一」)。 現在

,小

学部 は主 に小学校 の

1∼ 3年

生 を (同学年 との交流 もある

),中

学部 は

4年

生 を

,高

等部 は5・

6年

生 を交流相手 とし て

,授

業時間 に行 う交流お よび昼休 み交流 (1&10∼13:30)な どに取 り組んでいる。 また

,交

流教育 を進 めるために両校職員が まず面識 を持 ち

,共

通理解す るとともに親睦 を図 るために職員交流 (年 2回の交流会

)が

行われている。 当仁 中学校 とは1982年度か ら交流が始 められ

,行

事交流 (両校 の入学式・ 卒業式でのメッセージ テープの交換

,当

仁 中学校文化祭への出品

,養

護学校体育会 。学習発表会・ 作業学習発表会への招 待

),学

級間交流 (希望学級 と年

2回

),職

員交流が取 り組 まれている。

(8)福

岡市立東福 岡養護学校19 福岡市立東福 岡養護学校 は,1964年に小学校 の分教場跡地 に開設 された(1964年度∼小学部,1965 年度∼中学部)。 そ して

,1984年

度 に現在地 に移転す るとともに

,高

等部 を開設 した。 〈敷地・ 校舎 の配置〉(図 16) 市立青葉小学校 とは道路 を隔てて校門 を接 し,市立青葉中学校 とは塀で仕切 られて隣接 している。 独 自の敷地 (14,582m2)に 口字型の

3階

建ての校舎 (延4,354m2)がぁるが

,高

等部 の学級数が増 え てお り

,既

に手狭 になっている。他 に体育館

,プ

ールな どを有 している。 同養護学校 は

,1993年

度現在で小学部15学級41人

,中

学部10学級34人

,高

等部

6学

級50人の計125 人 (スクールバ ス 。3コ ース

)に

対 して

,教

員62人等である (高等部 に重複障害学級が認 め られて お らず

,生

徒数の割 りに教員数が少 な くなっている)。 (日常的お よび計画的な交流〉 校務分掌 として は

,指

導部 に交流教育係が置かれてお り

,隣

接 の

2校

を含 めて

5小

学校お よび2 中学校 と交流 してい る。 これ らの学校 とは

,年

度当初 に交流教育連絡会 (合同の全体会および学校 ごとの分散会

)を

開催 し

,年

間の計画 を立てて進 めている。隣接 の青葉小学校 (1993年度 :児 童数 1,048人・教員数36人

)と

,小

学部が学年対応での遊 び交流

,掃

除交流

,行

事交流な どに取 り組 ん でいる。青葉中学校 (1993年度:生徒数564人・教員数27人

)と

は中学校 の文化祭 に参加す るな ど行 事交流 を行 ってい るが

,中

学校側か らは「週 5日 制が入 り

,学

習時間の確保 をしな くてはな らない ので

,交

流 したい気持 ちはあるが実動が難 しい」 との悩みが出 されている。 なお

,1993年

度か ら居 住地校 とのプール交流 な どを試行 し始 めている。

(27)

鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第 37巻 第

1号 (1995) 167

4。 その他の事例

(1)位

置的統合 を解消 した例―神戸市立青陽東養護学校19 1994年度以降 に位置的統合 を解消す る予定 の ところが幾つか見 られたが

,同

様 に

,以

前 には位置 的統合 を行 っていた1993年度時点で は位置的統合 を解消 していた学校があった。何故

,位

置的統合 が解消 されたのであろうか。 神戸市立青陽東養護学校 は

,1963年

,戦

災 を免れた市立小野柄小学校 の一棟 を転用 して開校 し た (建物 の合同

,当

時小学部

3学

級 。中学部

1学

級・児童生徒数58人)。 その後

,高

等部 の開設な ど に伴 い児童生徒数が増加 し

,一

部 を市立青陽西養護学校 として分離 した。 しか し

,1988年

の ピーク 時 には24学級■2人にまで増 えて建物・敷地が狭 くなった (例えば運動場が狭 いので小学校 と時間帯 を分 けて使用 していた

)た

めに

,1993年

度 よ り新築移転 した。児童生徒数 の増加 による過密化・狭 惨化が

,位

置的統合 を解消 した事 由である。 (敷地 。校舎 の配置〉(図17-(lX2)) 位置的統合 を行 っていた1992年度 の敷地・校舎 の配置 を見てみよう。 ■型校舎の北側棟 の全て(3 階建 て

)お

よび東側棟 の

2階

半分 を養護学校が使用 していた (各棟 は

2階

部分で接続 されている )。 養護学校 は極 めて手狭 になってお り

, 1教

室 を

2分

割 したクラスが12学級 もあった。北側 に小 さな 校庭があ り遊具 を置いているが狭 く

,北

側棟 の屋上 に農園 とランエ ングコースを設 けている (校庭 は時間割 を調整 して小学校 と養護学校が使用)。神戸市の中心 にあって敷地 の北側 を交通量 の多い国 道

2号

線 (片側

5車

)が

走 り

,交

通事故等の危険があるために

,道

路へ通 じる養護学校 の門およ び運動場への通路 (運動場へ出 ると小学校側 の門が開いているため

)は

施錠 されていた。 また

,建

物 は合同 しているものの

,児

童・ 生徒 の飛び出 し 。徘徊な どが,い配 され るために小学校 との廊下の 境界 は遮閉 されていた。 自力移動 の少ない肢体不 自由養護学校 とは異なる「精神薄弱」校 ならでは の悩み といえよう。 養護学校 は

,1992年

度時点で小学部

5学

級11人

,中

学部

7学

級27人

,高

等部

9学

級46人の計84人 (スクールバス・ 2コ ース

)に

対 して

,教

員50人等であった。 〈日常的および計画的な交流〉 校務分掌 としては,指導部 の学習係 の中に地域交流学習および隣接校交流が位置づけられていた。 開校以来行 って きた児童・ 生徒 の居住地校 との連携・ 交流 (地域交流学習

)に

カロえて

,1971年

度 よ り位置的統合 を行 っている小野柄小学校 との積極的な交流にも踏み出 している。地域交流学習は, 小学部で年

4回 (1学

期1回

, 2学

2回 , 3学

1回

)行

われ

,養

護学校 の担任が付 き添 って小 学校 の授業 に参加 していた。隣接校交流 は

,毎

1回

程度行われ るとともに

,両

校が校庭 を同時 に 使用 して交流することもあった。 なお

,移

転先が比較的近 いために

,こ

れ までの成果 の上 に交流 は継続 され る という。

(2)75条

学級 (重度学級

)と

して位置的統合す る例―川崎市方式2の 政令指定都市の川崎市 には

,市

立養護学校(「精神薄弱J校)と して1962年開設 の川崎養護学校(中・ 高等部

,川

崎市高津区

)お

よび1986年 開設の田島養護学校 (小 。中・ 高等部

,川

崎区)力Sある。 し か し

,肢

体不 自由養護学校 は設置 してお らず

,市

内の

4小

学校 に中重度 の重複障害児 のための75条 学級 を数学級ずつセンター的 に併設 して対応 している (名称「たんぽぽ学級」)。 75条学級 を養護学 校的に設置 して位置的統合 を進 める川崎市方式 とで も呼称 しうる事例であ り

,注

目され る。 川崎市 は

,1969年

,当

時相 当数 にのばっていた未就学児 をな くし

,教

育 の機会均等 をはか るため に

,市

の中央部 に位置す る市立大戸小学校 (中原 区

)に

最初 の「たんぽぽ学級」

(6学

級30人

,担

(28)

渡部昭男:日本 における盲・ 聾・養護学校の位置的統合 神戸 市 立青腸 東 芸 護字伎 昌 彙 套=│

[目

1雀1雀 │:1會

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EI野

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︱ ︱ ︱ ︱ ︱

圏庁

脚臣

IF 図

17-(1)神

戸市立青陽東養護学校の配置図 (1992年度

,同

校提供資料 より作成)

(29)

鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第 37巻 第

1号

(1995)

(30)

渡部昭男:日本における盲・聾・ 養護学校の位置的統合

きく

Vヽ 船

醐引引

川川門

“叫

Ы

(31)

鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第 37巻 第

1号

(1995) 藝

'悟

F告

P配

寺 Э V H 7-4rナ4r キ Э レ H 韓 H1 0A キ Э 学( ) H 士 ,( )B キ 士Э ▼ H 雇厳 基 坤 準 電 図18

(32)

172

渡部昭男:日本における盲 。聾・ 養護学校の位置的統合

7人

)を

設置 した。同年度 にはスクールバ ス「たんぽぽ号」の運行 を開始 し

,1971年

度か らは市立 西中原中学校分教室 (75条学級

)と

して中学部 を併設 した。1974年度 には一部児童 を移籍 して稲 田 小学校分教室 を併設 し

,1976年

度 に大戸小学校か ら稲 田小学校 (多摩 区

)に

正式 に分離移転 した。 さらに1978年度 には

,東

桜本小学校 (川崎区

)に

3番

目の「たんぽぽ学級」 を開設 した (大戸小学 校か らも1979年度 には正式 に移籍)。 そして1991年度 には

,麻

生小学校 (麻生 区

)に 4番

目の「たん ぽぽ学級」を開設 してい る。一方

,1981年

度限 りで中学部 は閉級 した (現在,「たんぽぽ学級」卒業 後 は障害種別 に応 じて市立お よび県立養護学校 の中学部 に進学 してい る)。 (敷地・ 校舎 の配置〉(図 18) 大戸小学校「たんぽぽ学級」 を例 に とって見 る と

,19e3年

度 に現在 の新校合が竣工 し

,小

学校 の 他 の校舎 と渡 り廊下で接続す る形で相対的 に独立 したフロア

(C棟 1階

部分

),玄

,門

,プ

ール, スクールバス

(2台

),車

庫 な どを整備 している。 同学級 は

,1993年

度現在で小学校

1∼ 6年

生 の計31人

,障

害種別 の

6学

級 (「精神薄弱」

,肢

体不 自由

,情

緒障害

,難

,言

語障害

,身

体虚弱)とこ■担任(他に小学校 として

2養

護教諭)・

6介

助員,

2運

転手・

2添

乗員である (大戸小学校全体で は児童数698人・ 教員数39人)。 養護学校 の教職員定 数 よりも不利 になる分 を川崎市独 自に介助職員等 の加配 を行 つている。教員組織 は小学校 として統 括 されているが,「たんぽぽ学級」としての教職員控 え室が設 けられ

,学

級主任がおかれている。職 員会議 は週2回 (火・ 金曜 日)力Mヽ学校全体で

,他

(月・水 。木曜 日

)は

学級独 自で もたれている。 〈日常的および計画的な交流〉 大戸小学校では,「たんぽぽ学級児童 との交流や協力面 をいっそう充実 し

,思

いや りの心や態度 の 育成 につ とめる」 として

,交

流教育 を学校教育 の「重点」に位置づ けてい る。交流 には

,以

下 のよ うな主 に5つの取 り組 みがある。 第一 は

,大

戸小学校 の

3年

生 との交流である。休 み時間に

3年

生の各 クラス

(3学

)の

児童が 「たんぽぽ学級」に来て

, 3年

生が遊 びを企画 して,「たんぽぽ学級」担任が それの補佐 をす る(各 クラス年10回程度でその内

3回

は給食 を一緒 に食べ る

,延

べ30回)。

3年

生 との交流が設定 されてい ない日には

, 1∼ 6年

生が 自発的 に遊 びに来 る。 第二 は

,自

然教室・修学旅行への参加である。

5年

生 は2泊 3日 の自然教室があ り,「たんぽぽ学 級」

5年

生 も参加す る (担任 または指導員が付 き添 った上で

,原

則 として

5年

生 の各班 に入 って一

緒の行動をする

)。

6年

生は

1泊

2日

の修学旅行

(日

)が

あり

,こ

れにも参加する

(宿

泊は

6年

の各班 に入 るが

,見

学が無理 な場合 は別行動 をとる)。

` 第二 は

,学

校行事への参加 である。小学校 として実施 され る行事 の内

,入

学式・始業式・修業式 。 卒業式・学芸会・運動会 に参加す る (始業式・修業式 は登校バスの時間 を見計 らって実施)。 全校遠 足 には

,学

級のスクールバスで送迎 し

,現

地で は担任が付 き添 つて小学生 と一緒 に行動す る。演劇 教室や音楽会 は内容 によって参加す る。 第四 は

,中

学生 との交流である(年2回

,西

原中学校)。 ブラスバ ン ド部

,体

操部

,バ

トン部

,新

体操部 な どが本校体育館で演技 をし,「たんぽぽ学級」児童 と共 に遊 んだ り食事 をす る。 第五 は

,他

校 との交流である。川崎市障害児教育研究会主催 の「卒業 と進級 を祝 う会」,ナ│1崎市立 小学校障害児教育研究会主催 の合同運動会 に参加す る。 以上

,位

置的統合 の試行例 の内

,群

馬大学教育学部附属養護学校

,横

浜市方式お よび川崎市方式 は

,位

置的統合 を行 う背景 に教育的統合への志向 と実践があ り

,大

いに注 目された。 なお

,厳

密 に

図 10  横浜市立新治養護学校の配置図 (『 横浜市の学校建築 Ⅱ』 1988よ り )
図 11  横浜市立東俣野養護学校の配置図 (『 横浜市の学校建築 Hど 1988よ り )
図 14  福岡市立南福岡養護学校の配置図 (1993年 度 ,同 校提供資料 より作成 )
図 16  福岡市立東福岡養護学校の配置図 (1993年 度 ,同 校提供資料 よ り作成 )

参照

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