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はじめに

国際刑事裁判所(ICC: International Criminal Court)は 1998 年ローマで開催された外交会議 (ローマ会議)において、条約である裁判所規程(ローマ規程)の採択によって設立された。 2002年には 60 ヵ国の批准を得て発効し、正式に活動を開始した。ICC は国際社会全体の関 心事である最も重大な犯罪を処罰するために設立されたが、ここで言う最も重大な犯罪と は、集団殺害罪(ジェノサイド)、人道に対する罪、戦争犯罪、侵略の罪のことである(ロー マ規程第 5 条)。 国際組織である国際的刑事裁判所を設立して、そこに国際法上の犯罪について個人を審 理・処罰する権限を認めるということ自体は初めてではなく、すでに第二次世界大戦後、 ナチスドイツと日本の戦争責任者を処罰するために国際軍事裁判所が設立されたのはよく 知られている(1)。また冷戦後は、旧ユーゴスラヴィア領域内で行なわれた武力紛争で生じた 非人道的行為を処罰するために国際連合の安全保障理事会(安保理)は旧ユーゴスラヴィア 国際刑事裁判所(ICTY: International Criminal Tribunal for the Former Yugoslavia)を国連憲章第 7 章 に基づく決議で設立した。その後、ルワンダで行なわれた非人道的行為についてルワンダ 国際刑事裁判所(ICTR: International Criminal Tribunal for Rwanda)も設立した。しかしこれらの 国際的刑事裁判所に比べて、ICC は法的安定性の点から高く評価されている。すなわち国際 軍事裁判所も ICTY/ICTR もまずは一定の犯罪的行為が行なわれて、それに対処する方法と して刑事裁判が選択された、いわば事後的に(ex post)創設されたものであった。また設立 方式も、国際軍事裁判所は戦勝国による一方的創設(ただしドイツと日本は無条件降伏の結果 としてこれを受諾)であり、ICTY/ICTR は安保理という政治的機関、つまり 5 常任理事国の賛 成投票が決定的な力をもつ手続で作られたため、刑事裁判所としての公正さについて批判 があったのである。これに対して、ICC はローマ規程の発効後に行なわれる犯罪に対処する ために事前に(ex ante)、常設的存在として、またその設立根拠も国家の合意の形式である条 約に基づいているので、より正統性と安定性のある裁判所として評価されているのである(2) さて、本稿の目的は ICC の管轄権の構造の検討である。ICC における管轄権に関するルー ルの重要性は次のような背景から理解することができる。つまり国際社会には国内社会に 存在するような権力の集権化は存在しない。国内社会であれば、法が非難する一定の行為 が行なわれた場合は、たとえ関係する個人が刑事処罰を求める行動をとらなくても、自動

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的に法が用意した手続が作動し、裁判所の管轄についても既存の手続で確定する(例、わが 国の刑事訴訟法第一章)。これに対して国際社会においては、国際法において犯罪であると観 念されているような一定の残虐な行為が行なわれたことが確認されても、それで即座に国 際社会が介入し、実行者を特定して、国際組織である国際裁判所で刑事裁判を行なうとい うことにはならない。犯罪はそれが行なわれた国または加害者の国籍国で処罰されるのを 原則とするからである(3)。したがって ICC が刑事手続を開始するためには、ICC が当該犯罪 に対して管轄権(jurisdiction)を有し、さらには実際に裁判を開始する十分な条件がそろっ ているという受理可能性(admissibility)が認められなければならない。管轄権と受理可能性 が確認されて初めて、ICC による国際法上の犯罪の審理が開始されるのである。以下、本稿 では ICC の管轄権と受理可能性に関するルールを紹介し、またその問題点について検討して いくことにしよう。 1 ローマ規程における管轄権の構造 ICCの設立条約であるローマ規程は、ICC が管轄権を行使する手続はおおよそ次のような ものであると規定している。①ある事態が締約国または安保理によって検察官に付託され る。検察官は職権で自ら捜査を開始することもある(ローマ規程第 13 条、以下特に明示する以 外、本稿では条文番号はローマ規程の条文を示す)。②検察官は、付託が行なわれたことをすべ ての締約国と非締約国であっても当該犯罪について通常刑事管轄権を行使できる国に通知 を行なう[第 18 条第 1 項]。③通知を受けた後、国は自国で捜査が行なわれているかどうかに ついて通報することができる[第 18 条第 2 項]。④裁判所は提訴されたいかなる事件について も管轄権を有することと受理可能性があることを審議し、決定する[第 17 条]。⑤被告人や 管轄権をもつ国は事件の ICC における管轄権や受理可能性に異議を唱えることができる[第 19条](4) その後、被疑者の召喚や逮捕の請求が行なわれ、関係国に ICC から協力の要請が発せられ る。これら諸国や国連の協力によって最終的に被告人の身柄を確保した後、ようやく ICC に おける刑事裁判が開始される。 1) 補完性の原則

上記①―⑤の手続の流れには ICC の基本的原則である「補完性の原則(principle of comple-mentarity)」が反映している。では「補完性の原則」とは何か。ローマ規程の前文は、 「今世紀に何百万人の子供、女性および男性が、人間の良心に深く衝撃を与え、想像を絶す る残虐な行為の犠牲となったことに留意し、そのような重大な犯罪が世界の平和、安全お よび福利を脅かすものであることを認識し、国際共同体全体が関心を有する最も重大な犯 罪が罰せられることなく放置されてはならないこと、並びにその実効的な訴追が国内で措 置をとることおよび国際的な協力を強化することによって確保されなければならないこと を確認し……国際犯罪について責任を負う者に対して刑事管轄権を行使することがすべて の国の義務であることを想起し、……この規程に基づいて設立される国際刑事裁判所が各 国の刑事裁判権を補完するものであること」

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を強調している。これまでの国際的刑事裁判所が国内裁判所の管轄権を排除し、ないしは それに優位して管轄権を行使してきたのに対して、ICC では国内裁判所の管轄権を尊重し、 それを補完する存在であると位置づけたのである。これが「補完性の原則」と呼ばれてい るものである。 この補完性の原則に関しては、ローマ規程の採択時は次のような解釈の対立が問題の焦 点となっていた。つまり「国内裁判所が被疑者を捜査・訴追する意思と能力を有している と認められる限り、国際刑事裁判所は、管轄権を行使することはできない」、つまり国際刑 事裁判所は国内裁判所を補完はしても代替はできない(5)と考える立場がある一方で、たと え国内刑事管轄権が行使されたとしても、それが ICC の基準からみて適切なものでなければ ICCは管轄権を行使できるという立場があった(6)。前者は国家の刑事管轄権をより重視し、 後者は ICC による管轄権行使を積極的に推進する立場であったとも言える。ここで重要なこ とは、両方の見解とも ICC の管轄権行使ではなくて自国の刑事管轄権の行使を求める国家と ICCとの対立的構造のなかでこの原則を捉えようとしていたことである。ところが実際に ICCが活動を開始してから浮上した問題は、構造自体がまったく異質なものであった。これ については、第 2 節の(2)、「受理可能性と自発的付託」で検討する。 2) 管轄権行使に関するルール:トリガー・メカニズム 次に、どのような場合に ICC の管轄権行使が行なわれるのかという問題がある。初めに述 べたとおり、ICC は国際軍事裁判所や ICTY/ICTR、その他の国際化された刑事裁判所と異な り、特定の事態を対象として設立されたのではない。したがって、いつ、どのような場合 に ICC が管轄権を行使できるかについて特別のルールを必要とした。これがいわゆるトリガ ー・メカニズム(trigger mechanism)と呼ばれるものである。 トリガー・メカニズムを紹介する前に、そもそも補完性の原則に従って ICC が国内刑事管 轄権を尊重しているといっても、その場合の国内刑事管轄権とはいかなる国の管轄権なの かということを確認しておきたい。国家が自国の刑事管轄権を行使する場合には、国際法 上認められた準則に従わなければならない。すなわち犯行地を基準とする属地主義、加害 者の国籍を基準とする積極的属人主義、国家の安全など重大な国家法益が侵害されたかど うかを基準とする保護主義、被害者の国籍を基準とする受動的(消極的)属人主義、犯罪の 国際社会全体に対する重大性を基準とする普遍主義などである(7)。事件の性質によっては、 一つの事件について複数の国が刑事管轄権を主張できる。ところで ICC が管轄権を行使する ためには、その前提とされる条件がある。すなわち第 12 条は、 「1.この規程の締約国となる国は、それにより、第 5 条に規定された犯罪について裁判所の 管轄権を受諾する。2.第 13 条(a)または(c)の場合には、裁判所は、次の一または二以上の 国がこの規程の締約国である場合または 3 の規定に従って裁判所の管轄権を受諾した場合に は、管轄権を行使することができる。(a)当該の行為が行なわれた領域国、または犯罪が船 舶若しくは航空機内において行なわれた場合にはその船舶若しくは航空機の登録国(b)被害 者の国籍国」 と定めている。つまり後にみる安保理による付託をのぞいて、ICC は世界で起きるあらゆる

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重大な非人道的行為に対して管轄権を行使できるような裁判所としては構想されておらず、 属地主義または受動的属人主義に基づいて国内裁判所の管轄権を行使することができる国 の一方の同意(2ヵ国の場合、少なくとも1ヵ国の同意)を必要とするのである(8) 次に、実際に ICC の管轄権行使が開始される手続、すなわちトリガー・メカニズムとはど のようなものか。ローマ会議における検討を経て採択されたのは 3 つのメカニズムであり、 第 13 条に規定されている。 「裁判所は、次の場合には、この規程の諸規定に従って、第 5 条に規定された犯罪について 管轄権を行使することができる。(a)一または二以上の犯罪が行なわれたと思われる状態が、 第 14 条に従って締約国により検察官に付託された場合、(b)一または二以上の犯罪が行なわ れたと思われる状態が、国際連合憲章第 7 章の下で行動する安全保障理事会により検察官に 付託された場合、または(c)検察官が、第 15 条に従って犯罪について捜査を開始した場合」、 すなわち ICC は、(a)国家(b)安全保障理事会または(c)検察官の職権による付託によって管 轄権行使が開始されるのである(9)。しかしこれが直接当該事件の裁判の開始を意味するので はなく、さらに裁判所の受理可能性の判断が必要となる。 2 受理可能性 1) 受理可能性に関する基本原則 ICCでは先にみたとおり補完性の原則に従って国家の刑事管轄権が尊重されるので、ICC に事件が付託されても、ICC での裁判が行なわれるべきかが別途問題となる。これは第17 条 に規定される受理可能性の問題として争われることになる。つまり ICC の管轄権が確認され るだけでは十分でなく、第 17 条に基づいて裁判所は事件の受理可能性を審査しなければな らない。第 17 条はその第 1 項で、 「裁判所は前文第 10 項及び第 1 条を考慮して、次の場合には事件を受理不許容と決定する。 (a)事件が、これについて管轄権を有する国によって現に捜査または訴追されている場合。 ただし、当該国が捜査または訴追を真正に行なう意図または能力を欠く場合は、この限り ではない。(b)事件が、これについて管轄権を有する国によって捜査され、当該国が関係者 を訴追しないことを決定した場合。ただし、この決定が、当該国の真正に訴追する意図また は能力の欠如から生じたものである場合には、この限りではない。(c)関係者が告発の対象と なっている行為についてすでに裁判を受けており、第20 条 3 に基づき裁判所による裁判が許 されない場合(d)事件が裁判所によるそれ以上の行動を正当化するのに十分な重大性を有し ていない場合」 とし、次の第 2 項では、意思の欠如の指標を、第 3 項では能力の欠如の指標をそれぞれ列挙 している。 このように受理可能性の審査は ICC の補完性の原則を具体的に実現するプロセスであると も言える。先に述べたとおり、ローマ規程採択当初は、受理可能性の問題は ICC 対自国の刑 事管轄権を主張する国家との対立構造のなかで、どちらの主張を重視するべきかという点

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に関して第 17 条の解釈を争うものであった。ところが実際に ICC が活動を開始してみると、 自国の刑事管轄権を放棄して ICC に管轄権行使を求める国家からの事態の付託が行なわれた のであった。項を改めて、次にこれを検討しよう。

2) 自発的付託と受理可能性 

2002年に ICC が活動を開始したのち、まず 2003 年 12 月 16 日、ウガンダの大統領によって、 神の抵抗軍(LRA: Lord’s Resistance Army)に関する事態の付託の決定が行なわれた(この付託

は裁判所によって翌年 1 月 29 日に確認)。ウガンダにおける状況を本稿の課題との関連で簡略

化すれば、ウガンダではその北部で LRA と政府との間で約 18 年間内戦状態が続いており、

LRAにはスーダン政府の支援があると言われているということである(10)。付託の確認を経

て ICC の検察官は捜査を開始し、2005 年 7 月 8 日には、LRA の指導者 5 名に対して、予審第 二裁判部より逮捕状が発せられた。うち 1 名(Raska Lukwiya)はその後 2006 年に死亡が確認 され、他 4 名(Joseph Kony, Vincent Otti, Okot Odhiambo, Dominic Ongwen)についてはまだ逮捕は 果たされていない。

次に 2004 年 4 月 19 日、コンゴ民主共和国(以下、コンゴと略)の大統領がコンゴ全域にお ける事態について付託を行なった。すでにコンゴに関してはいくつかの通報が検察局にも たらされており、検察官は関心をもっているということが前年 7 月に表明されていた。その 後捜査が開始され、2006 年 2 月 10 日、予審第一裁判部がコンゴ解放愛国軍(Forces patriotiques pour la libération du Congo)の自称創設者で指導者である Thomas Lubanga Dyilo に関して、彼が 15歳以下の児童を兵士として徴用し、敵対行為に参加させた戦争犯罪[第 8 条第 2 項(b)(xxvi)] を行なったと信じるに足る十分な根拠があると認定し、彼に対する逮捕状を発行し、コン ゴに対して彼を逮捕し引き渡すことを要請した。2006 年 3 月 17 日、Dyilo はキンシャサで逮 捕され ICC に引き渡された。2007 年 1 月には予審裁判部によって起訴内容の確認が行なわれ、 ICC初の公判が開始された。 ウガンダとコンゴは両方とも、付託した事態の領域国である。つまりどちらも属地主義 に基づいて刑事管轄権を有する。そのため、これは自発的付託(self-referral, voluntary referral)

と呼ばれ、大きな議論の的となっているのである。 さて、締約国の付託を規定する第 13 条(a)項と第 14 条の文言には付託を行なう国家がロー マ規程の締約国であるという以外の条件はない(11)。したがって犯行地である締約国が付託を 行なうことが禁止されていると言うことはできない(12)。ではどこに問題があるのか。 まず、これは本来ローマ規程が想定した「締約国による付託」ではないと言うことがで きる。ローマ規程の起草過程では、主権国家は自国の刑事管轄権を他国や国際機関に譲る ようなことは考えにくいという前提で議論が進められてきた。だから ICC の管轄権行使は、 何度も述べたとおり、国家の刑事管轄権行使を補完するものと位置づけられたのであり、 これが ICC 体制の核心である(13)。この補完性の原則は具体的には第 17 条の受理可能性の審 査のなかで確保される。すなわち第 17 条は、管轄権を有する国が「捜査または訴追を真正 に行なう意図または能力を欠く場合」以外は事件を受理不可能としなければならないと定 めている。つまり刑事管轄権を有する国に訴追の意思がない(unwilling)または能力がない

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(unable)という要件が受理に必要となる。ところで自発的付託の場合は後者が問題となるが、 この能力の欠如については、それを判断するためにローマ規程は、①国内司法体制の完全 な崩壊、②国内司法体制の実質的な崩壊、③国内司法体制が利用できないという三つの基 準を用意している[第 17 条第 3 項]。そこで問題は、自発的付託の場合にこの基準に照らして 訴追の能力がないと判断できるかということになる。 まずコンゴについては、1999 年以来の内戦によって、ほぼ国内秩序は崩壊しており、国 内司法体制と呼べるものが存在しないと指摘されているため、第17 条第 3 項の基準を充たす と考えられている(14)。これに対してウガンダは北部では内戦を抱えているが、国内秩序全体 が崩壊しているのではない。つまり第17 条第 3 項が定める指標に合致する状況がないことに ついては立場の違いを超えてほぼ異論はない(15) しかしこのような前提の上で、ウガンダの自発的付託については適法性について見解が 分かれている。すなわち第 17 条第 3 項に示される基準に従えば、同条第 1 項に言うところの 捜査・訴追の能力がないとは考えられない国からの付託について受理可能性を認めてよい のか、という問題についてである。 まず、ウガンダの自発的付託に受理可能性を認めることはローマ規程の解釈としては成 り立たない、という立場についてみてみよう。Arsanjani/Reisman は、次のように主張する。 そもそも起草過程において自発的に管轄権を放棄して ICC の管轄権を生じさせる提案は否決 されている。また、激しい国内または国際的な武力紛争のあとで国内司法体制に過重な負 担がかかっているということで国内裁判所の能力が欠如していると判断されるとの理解も なかった。能力が欠如しているかどうか(inability)の判断の基準は客観的であることが意図 されていた。確かにローマ規程は起草時には予想されていなかった事態に照らして解釈さ れなければならない。しかし拡大解釈をすること、例えば国家に過重な負担がかかってい ることが国内司法体制の崩壊を招くから、過重の負担がかかっていることをもって国家が その事件について訴追の能力を欠く(unable)と判断する、というような革新的な解釈は、 将来のローマ規程の運用と他の国際法的政策に大きな影響を与えるので慎重になされなけ ればならない。より一般的な問題として、このような分野の国際合意に拡大解釈が適切か どうかという問題も指摘できる。第 17 条の受理可能性は刑事法の総体に与えられるような 抑制と慎重さとともに解釈されなければならないし、ウィーン条約法条約 31 条に結実して いるような文言の尊重は言うまでもない(16) これに対して、ウガンダの自発的付託の受理可能性は認められるべきだという見解は、 第 17 条の解釈として、一定の場合には意思を欠くとか能力を欠くというような要件に関す る ICC の審査・決定は必要がないという考え方を基盤とする。例えば Payam Akhavan は、第

17条に管轄権を有する国の意思や能力の欠如という要件が定められているのは、想定され

ているのが ICC と国内刑事管轄権との間に行使をめぐって競合がある場合であって、ウガン ダのように対立がない場合には適用がないという(17)。次に 2003 年に検事局に提出された非

公式専門家文書(18)は、国家がそもそも事態について何もしない(inaction)場合は第 17 条第 1

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如に関する審査は不要だとする。さらに検察局自身も 2003 年 9 月に発表した方針文書(Paper on some policy issues before the Office of the Prosecutor)において、第 17 条における意思や能力の欠 如の問題が生じない場合を認めている。 「いかなる国も捜査を開始していない場合には、裁判所において当該事件に関する受理可能 性を阻害するものはない。国家が何もしない(inaction)というのが適切な場合もありうる。 例えば、大規模な犯罪が行なわれたために能力が奪われた(incapacitated)領域国が裁判所 と合意によって仕事を分けるというのは最も合理的で有効である。紛争によってひどく分 断されているような集団間では、お互い相手方に処罰されるのには反対しても、中立で公 平だと認識される裁判所による訴追なら合意するかもしれない。あるいは第三国が域外管 轄権をもつような事例であって、しかしすべての関係当事者がその事態については裁判所 が優越した証拠と専門をもっているということに合意し、裁判所をより効果的なフォーラ ムにするような場合もあろう。そのような場合には第 17 条における『意思の欠如』や『能 力の欠如』の問題はない」(19) およそ国連であれ裁判所であれ、国際組織というものは設立時には想定しなかった事態 に対処する必要が生じることは避けられないと言える。自発的付託が提起しているのは単 に第 17 条に照らしての法的な問題にとどまるものではなく、その政治的な是非や影響につ いてもさまざまな意見がありうる(20)。しかし少なくとも法的には、設立条約が予想しなかっ た事態に対してどの程度解釈によって合法性を担保できるかどうかということが焦点とな り、その判断権限をもつ裁判所の今後の判断が注目されているのである。 3) 安全保障理事会による付託と受理可能性 ローマ規程第 13 条(b)では、一または二以上の犯罪が行なわれたと思われる事態を安全保 障理事会が国連憲章第 7 章に基づいて付託する権限を認めている(21)。この付託の第一の特徴 は、第 13 条(a)、(c)の場合と異なり、第 12 条第 2 項による管轄権行使の前提条件が必要で はないということである。 そこで次なる問題は、安保理による付託に対して受理可能性の判断は必要かどうかとい う点になる。この問題に関連する諸規定は次のとおりである。まず第 17 条は付託の主体の 違いについて述べない。しかし続く第 18 条の受理可能性に関する予備的決定、つまり検察 官による関係国への通知に関する規定では、検察官が捜査を開始する場合に関係国に通知 する義務が生じるのは第 13 条(a)項または(c)項の場合だけであり、安保理による付託には このような義務は生じない。ただしその通知ののちに通常は行なわれるであろう裁判所の 管轄または事件の受理可能性に対する異議申し立てを定めている第 19 条は、付託の主体に よる違いについて何も述べない。第 18 条の通知の規定に第 13 条(b)項がないという点を重視 すれば、安保理による付託は受理可能性の判断の手続からは外されていると考えられない こともないが、他方で補完性の原則を重視すれば、それを手続的に保障する第 17 条の受理 可能性の判断を要すると解されており(22)、ICC の実行も次に見るとおり、こちらの解釈にそ っているように思われる。 安保理は 2005 年 3 月 31 日、スーダンのダルフール地方における 2002 年 7 月 1 日以降の事態

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を憲章第 7 章に基づいて ICC に付託する決議を採択した(決議 1593)(23)。その後、検察官は

捜査を開始し、本年 2007 年 2 月 27 日には Ahmad Muhammad Harun と Ali Muhammad Ali

Abd-AL-Rahman(Ali Kushayb)が 2003 年から 04 年にダルフール地方で人道に対する罪と戦争犯罪

を行なったと信じるに足る合理的な根拠があるとし、第58 条第 7 項に基づいて予審裁判部に 対して召喚状を発するように要請している。スーダンはローマ規程の締約国ではないが、 先に指摘したとおり安保理の付託に関してこの点は問題にならない。次に受理可能性に関 しては、スーダン政府が自国の刑事管轄権の行使を主張していることが重要である。この 問題について検察官は予審裁判部に対する要請のなかで次のような考えを示している。す なわち、受理可能性は事態の重大性[第 17 条第 1 項(d)]と補完性[第 17 条第 1 項(a)―(b)]に かかわる。ダルフールの事態は重大性の要件は充たしている。次に補完性に関して、検察 官はダルフールにおける残虐行為に関するスーダン政府当局が推進する責任追及活動をき わめて綿密に検討した。スーダン政府から一定の協力も得た。2005 年にはスーダン政府に よってこの問題に関する特別法廷が設置されたのも了解している。Kushayb はスーダン政府 によって捜査されていることも了解する。しかしスーダン政府の捜査の対象となっている 犯罪と ICC の捜査の対象となっている犯罪はまったく同じものというのではない。したがっ て不受理の理由はない(24) このような見解に拠れば、安保理の付託についても受理可能性の審査は必要とされてい ると言える。なおスーダンは検察官の召喚状の要請に強く反発していると報じられている(25) 検察官の主張が受け入れられるかどうか、裁判所の判断が待たれている。 おわりに 以上検討してきたことから明らかなとおり、ローマ規程に規定された ICC における管轄権 の構造とルールは、現実に ICC にもたらされた事態について対応するために、裁判所の解釈 を待たなければならないという状況になっている。とりわけ自発的付託の受理可能性につい ては、これを肯定する見解によれば、管轄権をもつ国からの付託という事実だけで受理可能 性の審査を不要とすることになるが、これが認められればArsanjani/Reisman の指摘のとおり、 第19条に規定されている被告人や刑事管轄権を有する他の国の異議申し立ての手続は意義を 失う(26)。したがってこの点に関する今後の裁判所の判断はきわめて重要である。 さらにウガンダについては、内戦を終結させるために政治的な折衝も行なわれており、そ のなかで実行者にアムネスティを与えるようなこともなされており、実質的に付託が撤回さ れたのと同じとの判断もある(27)。ウガンダの状況は流動的で予断を許さないが、犯行地の自 発的付託の危うさはこのような点にも表われている。しかしウガンダの提起する問題はもっ ぱらウガンダにのみかかわるのではなく、ICC が事前の(ex ante)裁判所として設置された という性質上、今後、他の事態についても同じような問題を抱える可能性がある。つまりす でに終結した紛争だけではなくて現在進行形の紛争に関連する事態をも扱うことが求められ るため、同時進行の政治的プロセスとの妥協は不可避であるとも言えるのである。

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題が生じる可能性が高い。確かにこのような傾向は刑事裁判所としては危惧すべきことであ る。しかし ICC は、国内刑事法体系に基盤をもつ刑事裁判所がそのまま対象の地理的範囲を 拡大したのではなく、ICC の管轄権の対象は、大部分は激しい政治的対立を背景とした武力 紛争において行なわれるものである。伝統的にはこうした犯罪(戦争犯罪)の処罰は交戦国 の権利であり、そこでは国内刑事法を利用することはあっても、しばしば超法規的な措置が 執られることが許容されていた。国際軍事裁判所以降、国際社会はこの種の犯罪についても 刑事法の世界へ取り込む努力を重ねてきて、ICC はその一定の到達点とも言えるが、困難も 抱えている。ローマ会議における日本政府首席代表であった小和田恆(現国際司法裁判所裁判 官)は、 「……今回の ICC 設立の場合のように、国際社会の社会秩序を維持するために国際法の名に おいて公権力の行使を行なうことを可能にするような機構を作ることは、国内法体系で言 えば公法秩序の世界である。……しかるに、このような枠組みを作る手段(instrument)と して用いられるのは、多数国間条約という、国際法上の契約行為である」(28) とローマ規程自体に内在する問題を指摘したうえで、さらに 「……今回の ICC 設立の試みが、あくまでも法的理想の貫徹を追求するアプローチと、政治 的現実を前提としつつ実現可能性の限界の中での理想の実現を目指すアプローチとの間で、 どこに最適(optimum)な調和点を見出すかという立法政策上のデリケートなバランスの問 題を極めて象徴的な形で提示した」(29) と指摘している。このバランスをとる作業は ICC が活動を開始してからも続けられており、 ICCにおける管轄権の構造の安定にはいましばらく時間がかかると言えよう。 ( 1 ) 国際的刑事裁判所の歴史的展開について、藤田久一「国際刑事裁判所構想の展開― ICC 規程 の位置づけ」『国際法外交雑誌』第 98 巻第 5 号(1999 年)、31―62 ページ。諸類型について、洪恵子 「グローバリゼーションと刑事司法―補完性の原則からみた国際刑事裁判所(ICC)の意義と限 界」『世界法年報』第 24 号(2005 年)、109―139 ページ。 ( 2 ) 小和田恆「国際刑事裁判所設立の意義と問題点」『国際法外交雑誌』第 98 巻第 5 号(1999 年)、21 ―22 ページ。ICC の特徴について、Mahnoush H. Arsanjani and W. Michael Reisman, “The Law-in-Action of the International Criminal Court,” 99 AJIL(American Journal of International Law)(2005), pp. 385―386. ( 3 ) ICC の管轄権の対象となる犯罪は国際法上の犯罪であり、例えば戦争犯罪など大規模な武力紛争 において行なわれる殺傷行為は武力紛争法の基準に適合していれば実行者の刑事責任が阻却され ることもあるといった特殊性があるが、本稿では国際法上の犯罪概念については検討しない。刑 事管轄権の準則と国際法上の犯罪概念について、山本草二『国際刑事法』、三省堂、1991 年、138― 188、7―14ページ。 ( 4 ) なお、異議申し立ては起訴前・起訴後に可能であり、さらに裁判所の決定に対して上訴裁判部に 異議を申し立てることもできる[第 19 条第 7 項]。 ( 5 ) 松田誠「国際刑事裁判所の管轄権とその行使の条件」『ジュリスト』1146 号(1998 年)、51 ペー ジ。 ( 6 ) 補完性の原則について、岡田泉「国際刑事裁判所の管轄権」『国際法外交雑誌』第 98 巻第 5 号 (1999 年)、68―78 ページ、洪恵子「国際刑事法の発展と国内法」『ジュリスト』1232 号(2002 年)、

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39―41 ページ。 ( 7 ) 山本草二、前掲書、138―188 ページ。 ( 8 ) なおローマ規程の起草時には「被疑者国籍国」の同意を必ず必要とするかどうかが大きな争点で あり、必ずしも必要ではないとされたことが、自国の兵士を多く海外へ展開している米国の ICC に 対する異議の原因の一つであったことはよく知られている。小和田、前掲論文、13 ページ。 ( 9 ) ローマ規程では付託は具体的な犯罪や事件ではなく「事態」に関して行なわれることになってい る。これは事件を付託するとした場合には、それを特定するための情報を付託側が提出するが、 そ れ は 大 き な 負 担 に な る と 考 え ら れ た た め で あ る。 松 田 、 前 掲 論 文 、46 ペ ー ジ; Philippe Kirsch/Darryl Robinson, “Referral by State Parties,” Cassese/Gaeta/Jones(eds.), The Rome Statute of the

International Criminal Court: A Commentary, Vol. I(2002), pp. 619―625.

(10) LRA の活動とウガンダの付託の背景や理由について、Payam Akhavan, “The Lord’s Resistance Army Case: Uganda’s Submission of the First State Referral to the International Criminal Court,” 99 AJIL(2005), pp. 403―431. (11) 起草過程では付託を行ないうる国家の範囲を犯行地や被疑者拘束国などに限ろうという主張もあ ったようだが合意は得られなかった(松田、前掲論文、46 ページ)。 (12) この点を重視して Claus Kress は自発的付託の合法性を広く認めている。彼によれば第 14 条には 締約国の付託に制約がないため、自発的付託に問題があるとすればローマ規程前文に掲げられて いる「国際犯罪について責任負う者に対して刑事管轄権を行使することがすべての国の義務」を 果たすか否かという問題であるが、しかしこの義務も自国の刑事管轄権の行使だけを意味するも のではなく、結果として不処罰を防ぐことができればよいのであるから、ICC に付託することでも 義務を果たすことができるという。Claus Kress, “ ‘Self-Referrals’ and ‘Waivers of Complementarity,’” 2

JICJ(Journal of International Criminal Justice)(2004), pp. 945―946.

(13) この起草過程の解釈は手続の観点からも支えられる。すなわち第 19 条では、裁判所の管轄権と 受理可能性に対する異議申し立てを行なうことができるのは被告人と事件について管轄権を有す る国または第 12 条に基づいて管轄権の受諾が求められる国である。この規定も国家は管轄権をも つ場合には ICC に管轄権を譲ることを好まないという想定で、異議を申し立てる権利を認められて いるのである(Arsanjani/Reisman, op. cit., p. 396)

(14) Ibid., pp. 397―399.

(15) 自発的付託の適法性に懐疑的な Arsanjani/Reisman も肯定する Akhavan も、この点について認識は 同じである(Arsanajani/Reisman, ibid., pp. 391―397、Akhavan, op. cit., pp. 412―415)

(16) Arsanjani/Reisman, op. cit., pp. 388―390. (17) Akhavan, op. cit., pp. 412―415.

(18) Informal expert paper: “The principle of complementarity in practice”(http://www.icc-cpi.int/library/organs/ otp/complementarity.pdf).

(19) Paper on some policy issues before the Office of the Prosecutor, September 2003, ICC-OTP 2003, p. 5(http:// www.icc-cpi.int/library/organs/otp/030905_Policy_Paper.pdf).

(20) 例えば政府の協力は捜査の実効性を高める一方で、内戦の一方の当事者である政府によって内戦 の相手方を非難する道具に使われる危険性がある、などである。Antonio Cassese, “Is the ICC Still Having Teething Problems?,” 4 JICJ(2004), p. 436.

(21) 付託の手続については国連との合意文書でも規定された(“Negotiated Relationship Agreement between the International Criminal Court and the United Nations,” Article 17)。なお、安保理は事態を付託 する権限を認められる一方で、ローマ規程第 16 条に基づいて、憲章第 7 章下で行動している場合、 裁判所に対して捜査および訴追を行なわないように要請することもできる。2002 年には安保理決 議 1422 で国連平和維持活動(PKO)の要員についてこの要請が行なわれた。

(11)

(22) Luigi Condorelli/Santiago Villalpando, “Referral and Deferral by the Security Council,” Cassese/Gaeta/Jones,

op. cit., pp. 637―640.

(23) 賛成 11、棄権 4(アルジェリア、ブラジル、中国、米国)。なお決議の第 7 パラグラフでは、この 付託に関連する捜査や訴追にかかる費用は国連ではなく、ICC の締約国と自発的に寄付をする国家 によって賄われることを定めている。これは米国の賛成を取り付けるために必要であったと指摘 されているが、それが国連と ICC にもたらす問題について、W. Michael Reisman, “On Paying the Piper: Financial Responsibility for Security Council Referrals to the International Criminal Court,” 99 AJIL (2005), pp. 615―618.

(24) Prosecutor’s Application under Art. 58(7), paras. 251 ―278(http://www.icc-cpi.int/library/cases/ICC-02-05-56_English.pdf).

(25) 例えば “Sudan rejects ICC ruling on Darfur”(http://english.aljazeera.net/NR/exeres/F39DCD36-2480-4D3A-BC15-C59AA7400785.htm[last visited March 10, 2007]).

(26) Arsanjani/Reisman, op. cit., pp. 396―397.

(27) M. Cherif Bassiouni, “The ICC-Quo Vadis?” 4 JICJ(2006), p. 424. (28) 小和田、前掲論文、23―24ページ。

(29) 小和田、前掲論文、25 ページ。

こう・けいこ 三重大学教授 [email protected]

参照

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