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脳卒中重度片麻痺者の歩行再建をめざした回復期病棟での理学療法

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Academic year: 2021

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(1)理学療法学 第 47 巻第 4 号 369脳卒中重度片麻痺者の歩行再建をめざした回復期病棟での理学療法 ∼ 376 頁(2020 年). 369. 理学療法トピックス シリーズ 「脳卒中重度片麻痺者の歩行再建を図る理学療法技術の進歩」. 連載第 2 回 脳卒中重度片麻痺者の歩行再建を. めざした回復期病棟での理学療法* 門 脇   敬 1). 相関が報告されており 10),脳卒中片麻痺者の歩行再建. はじめに. には麻痺側下肢筋力を強化する視点が重要となる。し.  技術的革新に伴い,より機能的な下肢装具用足継手. 1). かし,単純な筋力強化練習では,筋力は向上してもパ. が開発され,重度片麻痺者に対し,その足継手を備え,足. フォーマンスの改善には直結しない可能性が指摘されて. 部可動を有する長下肢装具(Knee Ankle Foot Orthosis:. いる. 以下,KAFO)を用いて,歩行の力学的パラダイムで. グは下肢筋力を向上させ,パフォーマンスの改善をもた. ある倒立振子(Inverted Pendulum:以下,IP)の形成. らす. を意識した歩行練習を実践した症例の経過についての報. 的とした場合,歩行そのものを課題とした反復練習を通. 2‒8). 11). 。一方で,自重を用いた課題指向型トレーニン. 10). との報告がある。つまり,歩行能力の向上を目. 。これらの症例. じて下肢筋力の強化を図り,パフォーマンスの向上へと. は機能障害が残存しているにもかかわらず,バランス. つなげることが重要であると思われる。随意的な筋力発. や歩行能力をはじめ Activities of Daily Living(以下,. 揮が困難な重度片麻痺者においても,KAFO を用いて. ADL)の改善を認めていることから,重度片麻痺者に. 歩行することで随意的な筋力発揮時よりも強い筋活動が. 対する足部可動性を有する KAFO を用いた歩行練習は,. 得られ. 告が,近年散見されるようになった. 従来用いられることの多かった足部固定式の KAFO. 9). による歩行練習では成し得ない効果をもたらす可能性が あると推察される。. 12). ,その歩行様式は KAFO の足部を固定し,か. つ,杖を用いた 3 動作揃え型よりも,KAFO の足部に 制限をかけず,杖を用いない(以下,無杖)2 動作前型 (以下,前型歩行練習)の方が麻痺側下肢の筋活動が増 13). 。したがって,下肢支持性が低.  筆者はこれまで回復期リハビリテーション病棟(以. 大したとされている. 下,回復期リハ病棟)に従事してきた中で,複数例の重. 下し歩行に全介助を要する重度片麻痺者の歩行能力向上. 度片麻痺者に対し,足部可動性を有する KAFO を用い. を目標とした場合,上述した条件での歩行練習を可能に. た IP の形成を意識した歩行練習を実践し,AFO への. するうえで,足部可動性を有する KAFO の使用は合理. カットダウンを成し遂げ,家庭復帰までつなげてきた。. 的であると思われる。. ここでは,重度片麻痺例の回復期における KAFO を用.  KAFO を用いた歩行練習の留意点として,KAFO は. いた歩行練習の実際と AFO へのカットダウンの手続. 遊脚期に膝が屈曲しないため,地面とのクリアランスを. き,そして,ADL 場面へと汎化させていく過程につい. 確保することが難しくなる。そのため,麻痺側下肢遊脚. て事例を通じて述べる。. の際は,通常よりも非麻痺側下肢への重心移動を強調し. 脳卒中片麻痺者の歩行能力に関連する因子と 重度片麻痺者に対する治療戦略  脳卒中片麻痺者の歩行能力は麻痺側下肢筋力との高い. なければならず,おのずと非麻痺側下肢のみで立位を保 持するための下肢筋力とバランス能力が求められる。介 助なしでは離床することが難しい重度片麻痺者において は,活動量の低下により麻痺側のみならず非麻痺側下肢 にも筋力低下が生じている. *. The Physical Therapy for Reconstruction of Gait Function in Severe Hemiplegic Stroke Patients in Kaifukuki (Convalescent) Rehabilitation Ward 1)大崎市民病院リハビリテーション部 (〒 989‒6183 宮城県大崎市古川穂波 3‒8‒1) Kei Kadowaki, PT: Department of Rehabilitation, Osaki Citizen Hospital キーワード:長下肢装具,歩行,脳卒中回復期リハビリテーション. 14). 場合が多く,非麻痺側下. 肢へのアプローチも必要に応じて行うべきである。ま た,先に述べた麻痺側下肢筋力は歩行のみならず立ち 座りや移乗,方向転換の際にも不可欠となる要素であ り. 10). ,KAFO を用いた歩行練習や反復的な起立練習と. いった自重下でのトレーニングを通じて荷重条件下にお.

(2) 370. 理学療法学 第 47 巻第 4 号. ける支持性を改善させることは,ADL の向上へもつな. は症例の回復具合や練習内容に応じて課題難易度が調整. がる可能性があることを念頭に置くべきである。. できるよう油圧式足継手の対側にダブルクレンザック足. 倒立振子の形成に重要な要素と下肢装具に求 められる機能. 継手を採用することが多いが,歩行練習を行う際には, Heel Rocker を機能させるため,底屈可動域に制限はか けず,油圧式足継手による制動のみに設定している。ま.  随意的な筋力発揮が困難な重度片麻痺者においても,. た,立脚初期に Heel Rocker によって得られた運動エネ. KAFO を利用した前型歩行練習によって麻痺側下肢の. ルギーを立脚中期の位置エネルギーに変換し,再度立脚. 筋活動を引き出せる可能性がある。しかし,単純に非麻. 終期の運動エネルギーへとつなげるためには,重心の前. 痺側あるいは麻痺側下肢が対側の下肢を越えて前方に. 方への移動が不可欠となることから背屈可動域は遊動に. ステップできていればよいというわけではなく,IP を. 設定する。. 形成した状態での前型歩行練習が望ましい。IP の特徴 として,立脚初期に生じた運動エネルギーが中期には 位置エネルギーへと変換され,その後,終期にかけて 再度運動エネルギーへと置き変わる。この運動エネル ギーと位置エネルギーの変換が滞りなく行われることで 17).  50 歳代女性でクモ膜下出血後に右脳内出血を発症. 。IP を形成するために. し,重度の左片麻痺と,注意障害および左半側空間無. が提唱した 4 つの Rocker 機能が重要であ. 視,左同名半盲と右視神経損傷による右眼全盲を呈して. 効率的な歩行が可能となる は,Perry. 15)16). 事例紹介 症例 1)脳卒中発症後 6 ヵ月経過した時点で 歩行に全介助を要する重度片麻痺例. り,立脚初期には踵(Heel Rocker) ,中期には足関節. いた。左片麻痺は Brunnstrom Recovery Stage(以下,. (Ankle Rocker),後期には前足部からつま先(Forefoot. BRS)にて上肢Ⅱ,手指Ⅱ,下肢Ⅱ∼Ⅲ,麻痺側下肢の. Rocker,Toe Rocker)を軸に回転しながら,身体全体. Manual Muscle Test(以下,MMT)は股関節屈曲が 2,. が前方へ移動する. 1). 。脳卒中片麻痺者は,運動障害が. 重度であるほど Rocker 機能の起点となる Heel Rocker が機能せず. 18). ,麻痺側立脚期に膝関節が急激に伸展. 伸展が 1,内・外転ともに 1,膝関節屈曲が 1,伸展が 2, 足関節背屈が 1,底屈が 1 と著明に低下し,非麻痺側下 肢に関しては股関節屈曲のみ 3 であり,その他はすべ. する Extension Thrust Pattern や膝関節が過屈曲する. て 4 であった。Functional Balance Scale(以下,FBS). Buckling Knee Pattern(以下,BKP)といった特徴的. は 5/56 点で座位保持のみ可能で,起居・移乗動作に関. な歩容異常を呈する場合が多く. 19)20). ,麻痺側下肢が IP. を形成できず非対称な歩行様式となり,歩行速度の低 下. 19)20). を招く場合がある。歩行速度は ADL や生活の. 質(Quality of Life)に直結する因子. 21) 22). とされ,近年,. しても介助が必要な状態であり,Barthel Index(以下, BI)は 45/100 点であった。既往歴に両変形性膝関節症 (以下,膝 OA)があり,両側ともに膝関節伸展可動域 は ‒5°であったが関節痛はなかった。発症前の ADL は. Trailing Limb Angle(矢状面からみた第 5 中足骨骨頭. すべて自立していた。急性期病院では嚥下障害に対する. と大転子を結んだ線と垂直軸がなす角度)が歩行の推進. 介入のみで離床は施されず,75 ∼ 176 病日まで回復期. 力と歩行速度に関連することが報告されている. 23). 。IP. リハ病棟にて麻痺側下肢へ軟性膝装具と弾性包帯を装着. を形成した歩容へ導くことは,結果的に Trailing Limb. した歩行練習が行われたが,当院転院時点(178 病日). Angle を増大させることに貢献すると考えられることか. で歩行は全介助の状態であった。. ら,脳卒中片麻痺者の歩行能力を向上させ活動範囲を拡 大する視点において,歩容の改善は重要な意義があると. 1.実際の介入内容. 思われる。.  発症からすでに 6 ヵ月経過し運動麻痺の改善は難しい.  IP を形成するためには,下肢装具の足継手は初期接. ものと予測. 地後の足関節底屈を制動し,滑らかな荷重応答を再現す. が著明に低下しているにもかかわらず,軟性膝装具と弾. る機能が求められる。多数存在する足継手の中で,初期. 性包帯を用いた歩行練習が行われていた。このことから,. 接地後の足関節底屈速度を症例ごとに調節することが可. 下肢支持性を確実に補償できる KAFO を用いて前型歩. 能な足継手として,下肢装具用油圧式足継手(川村義肢. 行練習を実践し,下肢支持性の改善が図れれば,歩行に. 社製,以下,油圧式足継手)が挙げられる。油圧式足継. 全介助を要する状態から脱却できるのではないかと考. 手は,油圧抵抗によって足関節背屈モーメント(前脛骨. えた。まずは備品の軟性膝装具と AFO の Gait Solution. 筋の遠心性収縮)を補い,Heel Rocker を補助する役目. Design(川村義肢社製)を併用し,KAFO に見立てた. 1). 24). されたが,前院では麻痺側下肢の支持性. 。これにより初期接地直後に滑らかな荷重応. 状態での歩行練習を試みたが,支持性が補いきれず IP. 答が可能になるとともに,IP を形成するために必要な. の形成が困難であったため,本人・家族の了承を得て本. 初速(運動エネルギー)を産生することができる。筆者. 人用 KAFO を作製した。作製した KAFO の足継手は外. を果たす.

(3) 脳卒中重度片麻痺者の歩行再建をめざした回復期病棟での理学療法. 371. 他には,ブリッジングや反復的な起立練習といった下肢 筋力強化練習を中心に実施した。なお,下肢支持性の改 善具合を鋭敏に検出するため,治療ごとに平行棒内にて KAFO の膝ロックを解除して歩行を評価するようにした。 2.開始から 5 週目(KAFO から AFO への移行段階)  膝ロック解除下での膝折れが改善し,平行棒内にて カットダウンした AFO のみで軽介助で歩行可能となっ たが,歩容は立脚期に膝関節が過屈曲する BKP が観察 された(図 2b) 。BKP の背景には,膝 OA の影響によっ て膝関節軽度屈曲位での初期接地を余儀なくされること に加え,初期接地直後に必要な股関節伸展筋力の不足に より,その後の荷重応答期から立脚中期にかけて,大 および骨盤を前方へ推進できず,床反力が通常よりも 膝関節の後方を通過するためと推察した。この段階で AFO へ移行した場合,膝伸展筋力も不十分なために膝 折れが生じる可能性が常につきまとい,さらには歩行中 の重心移動を妨げ,力学的に非効率的な歩容となる要因 になり , これ以上の歩行能力の向上は得難いと考えた。 そこで,初期接地直後に必要な股関節伸展筋の筋力を向 上させるとともに,筋活動開始のタイミングを学習する 目的で,一旦 KAFO に戻し,初期接地から立脚中期に 図 1 症例 1 に作製したものと同タイプの Knee Ankle Foot Orthosis(KAFO) 文献 2,3)より引用 *は介助用のループ. かけて股関節が伸展していくように強調した前型歩行練 習を継続した。 3.開始から 8 ∼ 16 週目(練習場面から ADL への展開)  開始から 8 週目に BKP が軽減し,平行棒内にて AFO. 側に油圧式足継手,内側にダブルクレンザック足継手と. を装着し見守りで歩行可能となった。その後 Side cane. し,膝継手は膝 OA を考慮してダイヤルロックを採用し,. での 3 動作前型歩行練習を追加し,16 週目には Side. 5° 屈曲位に設定した(図 1) 。油圧式足継手の油圧設定は. cane と AFO での歩行が見守りで可能となった。これを. 初期接地後の底屈運動が適切な速度でなされていること. 機に担当の作業療法士の協力を得て,作業療法場面でも. を目視で確認して 3 で制動し,背屈は遊動とした。また,. Side cane 歩行を行い歩行練習量の増加を図った。そし. 麻痺側下肢の遊脚と初期接地の位置を調節するために大. て,この時点で起居・移乗動作も概ね自力で行えるよう. カフ部に介助用のループ(図 1*)を設けるとともに,. になったため,病棟カンファレンスの際に看護師と情報. 遊脚時に地面とのクリアランスを確保しやすいよう非麻. を共有し,病棟 ADL 場面における適切な介助方法を伝. 痺側足底部に中敷きを入れ補高した。. 達した。なお,BKP が軽減し AFO のみで歩行可能と.  介入当初は,本人用 KAFO 装着下でも非麻痺側下肢. なったのちも麻痺側下肢の支持性をさらに向上させ,IP. を十分に前方へステップできなかったため,平行棒内に. を形成した歩容の定着化を目的に,起立練習と KAFO. てステップ練習を実施したのちに,平行棒内での前型歩. による前型歩行練習は介入の一要素として退院まで継続. 行練習を進めた。なお,前型歩行練習の際も非麻痺側・. した。. 麻痺側ともに最初は小さな歩幅からはじめ,徐々に歩 幅を拡大するようにした。介助としては,体幹が正中位. 4.開始から 29 週目(自宅退院を見据えた介入). となることに加え,麻痺側下肢が IP を形成できるよう.  四脚杖と AFO での 3 動作前型歩行が見守りで可能. に後方から体幹と骨盤部を密着させた。その後,平行棒. となり,この時点で階段昇降練習を追加した。そして,. 内にて下肢を十分に前方へステップした状態での前型歩. キーパーソンである夫に対して,AFO の装着方法や歩. 行練習が可能となった時点で,麻痺側下肢への負荷量と. 行時の介助者の立ち位置,入浴を想定した裸足歩行,浴. 連続歩行距離および歩行速度を増大させることを狙っ. 槽の出入りの方法などについて指導した。また,退院前. て,無杖での前型歩行練習へと移行した(図 2a) 。その. 訪問指導を実施し,自宅環境での歩行評価と担当ケアマ.

(4) 372. 理学療法学 第 47 巻第 4 号. a. b. c. d. 図 2 倒立振子の形成を意識した Knee Ankle Foot Orthosis(KAFO)を用いた前型歩行練習と歩 容の変化 文献 2,3)より引用 a:足部可動性を有する KAFO を用いた無杖前型歩行練習,b:KAFO から Ankle Foot Orthosis(AFO)への移行を検討した際の歩容(Buckling Knee Pattern) ,c:最終評価時 の歩容,d:退院から 4 年後の歩容 1:初期接地,2:荷重応答期,3:立脚中期,4:立脚終期. ネージャーに対する情報提供を行った。. 屈曲が 3,伸展が 2,内・外転ともに 2,膝関節屈曲が 2,伸展が 3,足関節背屈が 2,底屈 2+ へ改善した。歩. 5.最終評価(開始から 33 週目). 行は視野障害および高次脳機能障害が残存したため屋内.  BRS は下肢がⅢとなり,麻痺側下肢 MMT は股関節. 見守りレベルに留まったが,四脚杖と AFO(背屈:遊.

(5) 脳卒中重度片麻痺者の歩行再建をめざした回復期病棟での理学療法. 373. 動,底屈:油圧 3 で制動)を装着し,3 動作前型にて可. 中枢神経の自己免疫疾患である Susac 症候群に伴う多. 能となった(図 2c) 。10 m 歩行テスト(快適)は速度. 発血管症と診断された。急性期病院では 2 ヵ月間リハビ. 13.9 m/min,重複歩距離 64.5 cm となり,FBS は 39/56. リテーション(以下,リハ)を施行したが,意欲低下や. 点となった(AFO 使用) 。BI に関しても 70/100 点に改. 起立性低血圧の合併によって離床が進まず,積極的な立. 善した。. 位・歩行練習の実施には至らなかった。当院転院時点 (64 病日)ではリハに対する拒否はなく,起立性低血圧. 6.退院後の状態. も認めなかった。右側の BRS は上下肢・手指ともにⅥ.  本症例は,退院後も当院の訪問リハビリテーション. で,左側は上肢Ⅲ,手指Ⅴ,下肢Ⅳであった。右下肢. (以下,訪問リハ)とショートステイを利用されていた. の MMT は股関節屈曲が 3,伸展・内転・外転が 2,膝. ことから追跡調整が可能であった。退院から約 2 年経. 関節屈曲・伸展がともに 3,足関節背屈が 4,底屈が 2+. 過した時点で,活動量の増大に伴うものと推察される. であった。また,左下肢は股関節屈曲・伸展・内転・外. 下. 転が 1,膝関節伸展が 2,屈曲が 1,足関節背屈・底屈. 三頭筋の痙縮増悪により,麻痺側足関節の背屈角. 度が 0°となり,AFO のなかで踵が浮いている状態が. がともに 2 で,体幹機能は Trunk Control Test(以下,. 観察された。退院時点では KAFO からカットダウンし. TCT)にて 12/100 点であった。歩行は左下肢に膝折. た AFO を使用していたが,このことを機に AFO を再. れが生じるため全介助を要した(図 3a)。ADL は食事. 作製することとなった。歩容としては前型歩行が定着. と車椅子座位保持のみが一部介助で可能であり,BI は. していたことや,異なるタイプの AFO を用いて評価し. 10/100 点であった。なお,本症例の詳細はすでに掲載. た際の 10 m 歩行速度,目視上での歩容,本人の使用感. された論文. 5). を参照いただきたい。. などから,タマラック足継手付プラスチック AFO(以 下,タマラック AFO)が望ましいと判断した。身体障. 1.実際の介入内容. 害者手帳による制度を利用して作製することとなった.  Susac 症 候 群 に よ っ て 両 片 麻 痺 を 呈 し た こ と に 加. が,その際は判定医に向けて上述した内容をまとめた情. え,長期臥床による廃用性の筋力低下が重なったこと. 報提供書を添えた。その後,タマラック AFO が処方さ. で下肢筋力および支持性が著しく低下し,歩行に全介. れ適合は問題なく経過した。そのさらに 2 年後(退院か. 助を要する状態になったと推察した。歩行介助量を軽. ら 4 年後)に聞き取りと評価を実施したところ,麻痺. 減すべく,膝折れを呈していた左下肢に備品の油圧式. 側下肢の運動機能には変化がない(BRS:下肢Ⅲ)もの. 足継手付 KAFO(パシフィックサプライ株式会社製,. の,10 m 歩行テスト(快適)は速度 18.8 m/min,重複. Gait Innovation)を装着して歩行練習を開始した。Gait. 歩距離 68.9 cm へ向上し,歩容に関しても悪化している. Innovation は症例ごとに支柱の高さおよび大. 様子はなかった(図 2d) 。また,FBS は無装具の状態で. 周径の調節が可能な KAFO であり,膝継手にはダイヤ. 36/56 点であった。そして,自宅では四脚杖とタマラッ. ルロック,足継手は外側に油圧式足継手と内側にダブル. ク AFO を使用し,トイレへの歩行とトイレ動作が自立. クレンザック足継手が備わっている。開始当初より無杖. しており,退院時には介助を要していた AFO の着脱も. での前型歩行練習を試みたが,支持物がない状態では右. 自力で可能となった(BI:75/100 点)。この時点では訪. 下肢の筋力低下も生じていたために,左下肢遊脚時の右. 問リハは終了され,ショートステイのみの利用であった. 側への重心移動の際に,骨盤が過度に右側方へ移動し歩. が,夫へ聴取したところ,訪問リハ終了後も訪問リハの. 行介助量の増大を招いていた。そのため,あえて平行棒. 際に実施していた見守りのもとでの歩行とトイレ動作練. を利用して歩行介助量の軽減を図り,かつ,ステップ練. 習を継続していたとのことであり,このことが歩行能力. 習を実施したのちに平行棒内での前型歩行練習へ移行す. と ADL のさらなる向上に貢献したものと推察した。. るといった流れで進めた。左下肢の遊脚と初期接地位置. 症例 2)中枢神経内多発血管症(Susac 症候群) により両片麻痺を呈し歩行に全介助を要する 症例  50 歳代女性で発症前の ADL はすべて自立していた. カフ部の. の調節も自力では困難であったため,介助用バンドを用 いて調節するとともに,地面とのクリアランスを確保し やすいよう右足底部に中敷きを入れ補高した。また,IP を形成できるよう,後方から体幹と骨盤を密着させ,体 幹が正中位の状態で,初期接地から立脚中期にかけて大. が,突然の頭痛と右上肢のしびれを自覚し,脳幹脳炎の. および骨盤が前方に推進するよう介助を加えた。その. 疑いで入院となった。その際の症状は軽度の右片麻痺と. 他には,反復的な起立練習と起居・移乗動作練習を行っ. 右上肢および両下肢の深部腱反射の亢進であり,2 週間. た。なお,本症例においても下肢支持性の改善具合を確. 後に独歩で退院した。1 ヵ月後,左片麻痺が出現し歩行. 認するため,治療ごとに平行棒内にて KAFO の膝ロッ. 困難となったため再度入院となった。某大学病院にて,. クを解除して歩行を評価した。.

(6) 374. 理学療法学 第 47 巻第 4 号. a. b. c. d. e. 図 3 倒立振子の形成を意識したステップ練習と歩容の変化 文献 5)より引用 a: 初 期 評 価 時 の 歩 行,b:KAFO か ら AFO へ の 移 行 を 検 討 し た 際 の 歩 容(Stiff Knee Pattern) ,c: KAFO から AFO への移行を検討した際の立脚終期(股関節が伸展せず屈曲位となっている) ,d:膝関節 のコントロールを学習する目的で行う AFO の状態での倒立振子の形成を意識したステップ練習,e:最終 評価時の歩容(1:初期接地 2:荷重応答期 3:立脚中期 4:立脚終期 5:前遊脚期∼遊脚初期 6: 遊脚中期 7:遊脚終期). 2.開始から 3 ∼ 6 週目(KAFO から AFO への移行段階). 屈:遊動,底屈:油圧 3 で制動)のみで見守りでの歩行.  開始から 3 週目に左下肢遊脚時の骨盤の過度な右側方. が可能となったが,歩容は遊脚期に膝関節が適切に屈曲. 移動が改善し,歩行介助量が軽減したため,左下肢への. しない Stiff Knee Pattern(以下,SKP)がみられた(図. 負荷量と連続歩行距離および歩行速度を増大させること. 3b)。本来,膝関節は前遊脚期に屈曲し,遊脚中期から. を目的に無杖での前型歩行練習へ移行した。 6 週目に. 終期にかけて伸展する。この膝関節の運動は遊脚振子と. は平行棒内にて KAFO からカットダウンした AFO(背. 呼ばれ,立脚終期後に股関節が伸展位から屈曲方向へ移.

(7) 脳卒中重度片麻痺者の歩行再建をめざした回復期病棟での理学療法. 375. 動する際の慣性力によって生じている 25)。つまり,遊. 4.最終評価(開始から 16 週目). 脚期に先行する立脚期が確実に形成されることが重要な.  左下肢の BRS がⅤとなり,右下肢 MMT は股関節屈. 要素となるが,この時点での本症例の立脚期は立脚終期. 曲・伸展・外転が 4,内転が 3,膝関節伸展が 5,屈曲. に股関節が伸展せず,屈曲位の状態であり IP を形成で. が 4,足関節底屈が 3,背屈が 5 へ改善した。左下肢に. きていなかった(図 3c)。このことにより,遊脚初期に. 関しても股関節屈曲・伸展・内転・外転が 2,膝関節屈. かけて膝関節を十分に屈曲させるための慣性力が産生で. 曲・伸展がともに 3,足関節背屈が 3,底屈が 2+ へ向. きず,SKP を呈していると推察した。SKP に対してな. 上した。また,TCT は 61/100 点となった。起居・移乗. んの策も講じなかった場合,遊脚時の股関節屈曲による. 動作は見守りで可能となり,歩行は目視上で左下肢の立. 代償や. 26). ,歩行中のエネルギーコストの増大 27)といっ. 脚終期における股関節伸展角度が増大し,SKP が軽減. た問題を引き起こす可能性があり,これ以上の歩行能力. した。そして,四脚杖とプラスチック AFO を使用し,. の向上は得難いと考えた。そこで,SKP の要因として. 3 動作前型にて屋内歩行が見守りで可能となった(図. 推察した左下肢の支持性を改善させるために,KAFO. 3e)。10 m 歩行テスト(快適)は速度 10.3 m/min,重. による前型歩行練習を継続することを選択した。これと. 複歩距離 45.4 cm であり,BI は 45/100 点へ向上した。. 並行して,平行棒内にて AFO の状態で,膝関節伸展位 で踵接地し,その後の荷重応答期から立脚中期にかけて. 5.退院後の情報共有. 大. および骨盤が前方へ推進するとともに,立脚終期.  退院後はデイサービスとデイケアを利用されることと. に股関節が伸展位となるよう側方から介助を加えたス. なったため,担当ケアマネージャーの協力のもと,筆者. テップ練習と(図 3d) ,後方から体幹が正中位となるよ. が施設側に出向き,担当の療法士やヘルパーに対して歩. う介助を加え,かつ,左下肢が IP を形成するとともに. 行練習のコンセプトや介助者の立ち位置,AFO に不具. 遊脚期に膝関節が屈曲できていることを目視で確認しな. 合が生じた際の対処方法などについて情報を共有した。. がら AFO での前型歩行練習を行い,歩容の是正を図っ た。なお,AFO の状態で膝折れが生じなくなった時点 で KAFO の膝ロックを解除しての歩行評価は終了した。. おわりに  従来の概念とは異なる足部可動性を有する KAFO を 用いて IP の形成を意識した前型歩行練習を行うことで,. 3.開始から 8 ∼ 11 週目(練習場面から ADL への展開, 自宅退院を見据えた介入). 発症から時間が経過した重度片麻痺例や機能障害が重 複し歩行に全介助を要する症例においても歩行能力と.  8 週目に平行棒内での AFO 歩行時における SKP が. ADL の改善が得られる可能性を示した。. 軽減したため,Side-cane と AFO による 3 動作前型歩.  経験上,機能障害が重度であるほど KAFO から AFO. 行練習を追加した。また,歩行練習量の増加を図る目. への移行を検討した際に歩容異常を呈しやすく,カット. 的で担当作業療法士の協力を得て,作業療法場面でも. ダウンの判断に難渋する場合が多い。現状ではカットダ. Side-cane 歩行練習を実施した。このことに伴い,平行. ウンに関する明確な基準は存在しないものの,下肢支. 棒内でのステップ練習と AFO での歩行練習は終了した. 持性や歩容の改善が不十分にもかかわらず KAFO から. が,下肢支持性をさらに向上させるため,起立練習と. AFO へカットダウンすることばかりが追求されてしま. KAFO による無杖での前型歩行練習は介入の一要素と. えば,結果的に歩行能力や ADL が伸び悩む可能性があ. して継続した。. ると思われる。AFO への移行を検討した際に歩容異常.  11 週 目 か ら は 本 人 用 の プ ラ ス チ ッ ク AFO( パ シ. が見られた場合には,その要因を考察し,歩行の効率性. フィックサプライ株式会社製,オルトップ AFO LH)を. や速度に関連し得る IP を形成した歩容へ導くことも一. 購入し,四脚杖とプラスチック AFO を使用した 3 動作. 考すべきである。そして,KAFO や AFO による歩行練. 前型歩行練習を開始した。この時点で,退院後の ADL. 習で引き上げた歩行能力を ADL へ汎化させていくため. を想定した練習(四脚杖とプラスチック AFO での歩行). には,実際の生活環境やそれに近しい状況下で練習を重. へ時間を費やすため KAFO による前型歩行練習は終了. ねていくことに加え,他職種および家族の協力を仰ぐ体. したが,起立練習に関しては退院時まで継続した。また,. 制を構築することが重要であり,回復期リハ病棟に従事. この頃より病棟でも看護師の見守りのもとでの歩行練習. する理学療法士に求められるスキルであると思われる。. を行った。そして,自宅退院を見据えて外泊を行うよう になったため,練習場面では敷居跨ぎ練習と階段昇降練 習を追加し,キーパーソンである夫が来院した際には, 夫の見守りのもとでの歩行を行い,介助者の立ち位置や 階段昇降時の介助方法などについて指導した。. 文  献 1)山本澄子:バイオメカニクスからみた片麻痺者の短下肢装 具と運動療法.理学療法学.2012; 39: 240‒244. 2)門脇 敬,阿部浩明,他:脳卒中発症後 6 ヵ月経過し歩行 に全介助を要した状態から長下肢装具を用いた歩行練習を.

(8) 376. 理学療法学 第 47 巻第 4 号. 実施し監視歩行を獲得した重度片麻痺を呈した症例.理学 療法学.2018; 45: 183‒189. 3)門脇 敬:脳卒中発症後 6 か月経過し歩行に全介助を要す る重度片麻痺を呈した症例に対する下肢装具療法,歩行再 建を目指す下肢装具を用いた理学療法.阿部浩明(編), 文光堂,東京,2019,pp. 79‒86. 4)門脇 敬,阿部浩明,他:倒立振子モデルの形成をめざし た下肢装具を用いた歩行トレーニングの実践により歩行能 力が向上した片麻痺を呈した 2 症例.理学療法学.2019; 46: 38‒46. 5)門脇 敬,阿部浩明:中枢神経内多発血管症(Susac 症候 群)により両片麻痺を呈し歩行に全介助を要した状態か ら足部可動性を有する長下肢装具を用いた歩行練習を実 践し監視歩行を獲得した症例.東北理学療法学.2019; 31: 74‒82. 6) 本直秀,阿部浩明,他:皮質網様体路の残存が確認され た歩行不能な脳卒中重度片麻痺者に対する長下肢装具を用 いた前型歩行練習と歩行および下肢近位筋の回復経過.理 学療法学.2018; 45: 385‒392. 7)阿部浩明,大鹿糠徹,他:急性期から行う脳卒中重度片麻 痺例に対する歩行トレーニング.理学療法の歩み.2016; 27: 17‒27. 8)阿部浩明, 本直秀,他:急性期から行う脳卒中重度片麻 痺例に対する歩行トレーニング(第二部) .理学療法の歩 み.2017; 28: 11‒20. 9)高橋紳一,石神重信:脳卒中の装具療法:私のスタンダー ド ─ 脳 卒 中 急 性 期 の 下 肢 装 具 の 選 択 ─.Jpn J Rehabil Med.2002; 39: 681‒718. 10)Bohannon RW: Muscle strength and muscle training after stroke. J Rehabil Med. 2007; 39: 14‒20. 11)Morris SL, Dodd KJ, et al.: Outcomes of progressive resistance strength training following stroke: a systematic review. Clin Rehabil. 2004; 18: 27‒39. 12)大畑光司:歩行再建のためのリハビリテーションロボッ ト, 歩 行 再 建 ─ 歩 行 の 理 解 と ト レ ー ニ ン グ. 大 畑 光 司 (著),三輪書店,東京,2017,pp. 185‒207. 13)大鹿糠徹,阿部浩明,他:脳卒中重度片麻痺例に対する長 下肢装具を使用した二動作背屈遊動前型無杖歩行練習と三 動作背屈制限揃え型杖歩行練習が下肢筋活動に及ぼす影 響.東北理学療法学.2017; 29: 20‒27. 14)Harris ML, Polkey MI, et al.: Quadriceps muscle weakness following acute hemiplegic stroke. Clin Rehabil.. 2001; 15: 274‒281. 15)Saibene F, Minetti AE, et al.: Biomechanical and physiological aspects of legged locomotion in humans. Eur J Appl Physiol. 2003; 88: 297‒316. 16)Kuo AD: The six determinants of gait and the inverted pendulum analogy: A dynamic walking perspective. Hum Mov Sci. 2007; 26: 617‒656. 17)Perry J: Gait Analysis: Normal and Pathological Function. 2nd ed. Thorofare. NJ, Slack Inc. 2010, pp. 4‒47. 18)Wong AM, Cheng YS, et al.: Foot contact pattern analysis in hemiplegic stroke patients: an implication for neurologic status determination. Arch Phys Med Rehabil. 2004; 85: 1625‒1630. 19)De Quervain IA, Simon SR, et al.: Gait pattern in the early recovery period after stroke. J Bone Joint Surg Am. 1996; 78: 1506‒1514. 20)Mulroy S, Gronley J, et al.: Use of cluster analysis for gait pattern classification of patients in the early and late recovery phases following stroke. Gait Posture. 2003; 18: 114‒125. 21)Perry J, Garrett M, et al.: Classification of walking handicap in the stroke population. Stroke. 1995; 26: 982‒ 989. 22)Schmid A, Duncan PW, et al.: Improvements in speedbased gait classifications are meaningful. Stroke. 2007; 38: 2096‒2100. 23)Hsiao H, Knarr B, et al.: The relative contribution of ankle moment and trailing limb angle to propulsive force during gait. Hum Mov Sci. 2015; 39: 212‒221. 24)宮越浩一:予後予測総論,脳卒中機能評価・予後予測マ ニュアル.道免和久(編),医学書院,東京,2013,pp. 82‒92. 25)大畑光司:歩行障害に対する運動療法,運動療法学−障害 別アプローチの理論と実際(第 2 版) .市橋則明(編),文 光堂,東京,2014,pp. 355‒369. 26)Nadeau S, Gravel D, et al.: Plantarflexor weakness as a limiting factor of gait speed in stroke subjects and the compensating role of hip flexors. Clin Biomech (Bristol, Avon). 1999; 14: 125‒135. 27)Stoquart G, Detrembleur C, et al.: The reasons why stroke patients expend so much energy to walk slowly. Gait Posture. 2012; 36: 409‒413..

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参照

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