構 成 教 育
の
史 的
研
究
ノ
ー
ト
(イギ リスの基礎デザイン團 ・ビクター・
パスモァとリチャー
ド・
ハミルトンの教育)AStudy
Note
of the History of Basic Design:The
Basic
Design
Movement
in
Britain
withSpecial
Reference
to theTeaching
of Victor Pasmore and Richard Hamilton茂 木
一
司MOGI
Kazuji群馬大学教 育学 部 助 教 授 Associate Professor Facu)ty of Education Gunma University
(拙 文は
、1954
年か ら66
年ま でニ ュー
キャ ッスル のダー
ラ ム人 学キン グス e カ レ ッ ジでビク ター ・
パ スモ ア (Victor Pasmorc,1908
〜 1998
)と リ チャー
ドb
ハ ミル トン(
Richard
Hamilton,1922 〜
)によっ て 設立
、
運営さ れ た基 礎コー
スの 発展 を後づけ た も の で、
平 成10
(1998
) 年に 丿L州芸術工科大学に 提 出 し た博士論文 を要約 し、
研究の動 機や ト ピッ ク スな ど を補足したも の である。
)1.
私 と構 成 教 育一
”too
coo1”とい うこと一
「よ く 人 か ら大 学で何 を教え て いま す か、
専 門 は 何です か、
と尋 ね られ る。
構 成 学で す、
と答え る と即 座に怪 訝そ うな 顔を さ れ る の で、
慌て て芸 術、
デ ザイ ンとい うよ うな 言葉 を付 け足し て説 明 しよ う とす る が、
そ れでも何か特 殊 な 専 門 分 野であ るか の ように思わ れ て し ま う。
」これ は
、
母校、
筑波 大学芸術 専 門学 群・
芸術 研 究 科 の構 成 専 攻の教 官、
三井 秀 樹(以一
ド敬 称 略 )の著 書 『美 の構 成学』(1996 )の・
文であり、私
の(構成 )教 育研究 の動機に も重な る。
(た ぶ ん、
開 学以来30
年の 歴 史の 中で、
ほ んの一
握りだと思 うが)こ の場所 (1
構 成 (学)」 とい う専 門性)にま じめ に関わっ た人々が と らわ れ る 共 通の問題、
す な わ ち 「造 形の基礎(教育)を 研究 する専 門 が 成立す るのか ?」 という思いを起こさせ る。は じめ に
、
か な り プライベー
トな串:柄を含
むの だ が、
この 研究の 動 機 (す な わ ち私の構 成 教 育の原 点)そ の ものなの で、
こ こから始めるこ と を お許し願いたい。
当 時 第 学 年 修 了時に(実質的に)専 門 を決め る段 階に なっ て.
私は油 絵か ら構 成に専攻を変え、
同 時 に大学 院 が 発 足し、
教 官も高 山正喜 久、
朝 倉 直巳、
横山智也 のr
名 体 制 が 整っ た時、
そ れ まで何となく受け て いた 授 業 (講 義、
実 習)が、
「これ (構成 )が 何 で、
fii
∫の ために やって い て、
最終 的にどの ようになっ て いくの か…
? 」 とい う話題 が 構 成 専 攻の院 生・
学 生の 中か ら自然に生 み 出さ れ、
1
.
1
増しに議論にまで高 まっ て いっ た。
それ は、
東京 教 育 大 学 教 育 学 部 芸 術 学 科 時 代の構 成 専攻が、
「構 成+ヴィ ジュ アル・
デザ イン とい う や り方一
で、
卒 業 生の多くが (ゲラ フ ィック)デザイ ナー
に なってい る 経 過 も あ り、
「視 覚 伝 達 デ ザイ ン」 を主体に、
基礎 造形 や墓 礎デ ザインを研 究する(純 粋な)「構 成」の 二 領 域か ら なってい た が、
筑波移転 後、
教 育 学部の一
学 科 から単科 学 部に昇格し、
内容を大幅に拡 大し、
構成 専攻 は 新 し く 「美術系 に も、
デザイン系にも関連が あ り且つ 新し い造形美 術を志 向するもの 」(高山、
1996
) と して、
いわ ゆ るモダンアー
トの 「総合造形」 を 加 え、
「視覚伝達 デ ザイ ン」 は生産、
環 境、
建 築と と もにデ ザ イン の系列に分 類され、
それ ぞ れ独立 した結 果、
構 成専攻 は (私の 当 時の理解でいえば)非常に曖 昧でわ か り に くい も の になっ た、
ということ に端を発し た問題 で あ る。
私た ち学生 は、
いわ ゆ る 平 面 や立体の構 成課 題 に 取 り組む中で、
よい、
優 れた構成 (課 題)作 品と は 何か を次 第に考えるよ う に なっ た が、
課題 はいつ も あ る 実験 的な、
つ まり試 行的な も の(つ ま り、
まだ作品 化 し て いない と い う意 味で)にと ど まって し ま う とい う 不 満 を持つ よう になっ た。
私たちは、 3
人の教 官に 詰め寄っ て、 1
構 成と はfl
・∫か ? 」 の 答え を求め た が、
一
方で 美学・
芸術学 とい う理論 的 基礎と対 をなす、
美 術やデザ インな どの造 形 表 現すべて の領 域の基礎で、
いわ ば 「造形表現の原 理 研究と 芸術 全般に 関 わ る基 礎 の某礎と もいうべ き表 現 力の養 成」(同上 )とい うコー
ス卞任の高山の 説 明以上の もの は得られ な かっ た。
未 熟 な学生 た ちに は、
例えば 図式 的な進路として、
視 覚 伝 達デザイン がグラ フィック・
デ ザイナー、
総 合 造 形 はアー
ティ ス トと い う よ うな明確な解答が 必要だっ た が、
構 成 は 基 礎 造 形の研 究 者 (大 学 教官)もしく は美 術 教 師(中高 等 学 校教師)とい う よ う に、
あ く まで瞹昧 な イメー
ジ しか与えず、
そ して、
それ は四年 次の 卒 論・
卒 制(特に テー
マ の選 択 )に まで尾 を 引いた。
私の解 決は、
=一
年 次の ル ドルフ・
シュ タ イ ナー
(Rudolf Steiner ,1861 〜1925
)との衝 撃 的 な 出 会い と相 俟っ て、
結 局 「紐 結び一
考察一
教 育 に 登 場 す る 紐 結4[) SPECIALISSUEC )FJgSDVoI mNo321 〕〔B デ ザイ ン 学 研究 特 集号
び
」 とい う卒論の題 名が示す よ う に
、
バ ウハ ウス を ルー
ツ とする と い う構成の教 育 的 側面を強.
周した もの に落ち着いた。
しか し、
こ の角+決は 周知のよ う に最 終 的な もの では ない、
,
これ以 降 私の1
り1
究テー
マ は、
「造形の 基 礎 教 育」 を さ ま ざ ま な観点かb
求めて い く、
つ ま り狭い、
引li性 を 深 く追 求するとい う よ り も、
いわば造 形 (教育)の 怛 界を彷律する よ )な 非 常に 広大な もの になっ て し まっ た。
つ ま り、
私の造丿1
大 術教育研 究の 多様さ!混 乱(シュ タ イナー
の 教 育芸術、
生涯学 習、
教師教育、
降 書児の這 π 教 台、
マ ル チメ デ でア美 術 教 育、
そ して基 礎迄 形 な ど )は そこに端を 虍する が、
そ れ ら にJk
通する のは、1
「)分に対し て い つ も令 体を問 趣にする観点 で あ り、
そ れ を 「構 成」 ある い は 「構成教 育」 ど、
】う名でま と めて い こ う と 思う よ う に なっ たの であ るn とこ ろで、
1構 成 (教育)」 と い う 言牙 は分 か り にく いだけでな く、.
一
般 的に 「冷た (tOo cool)」 く、
「すべ ての辿 形の旦礎では ない一
と い う批 判が あ る。
私を 「構 戊」 に こだわ らせ たの は、
「感 竜主義」 1一
操 作 主 義 1 ある いは 「パタン遊び11ひ か らびた 抽 暫 絵 画の 再⊥ 産一
と揶 揄さ れ る その 言わ を、
いわ ば 「構 成を道(タ オ ).
と して きた 片が そう いう トグマ ティ ッ ク な批 判 に さb した ま ま に してお き た くない とい う対 亅ちであ る。
そこから 得か れ る,侖文の 目 的の一
つ は、
「バ ウハ ウス の 肚界 的な影 春・
受 容 関 係の 調査」 で あっ た。
叩:界 中のデサ ィン学校へ の何らかの形の 影 響一
1
(宮II告 久 丿』
.
1971 )が ある と さ れるバウハ ウスあ る い は栴 成 教 育の 残り方ある いは 羌 展の1
」方を却 りたい と 思っ た。
私はこれ につ いて最 近お も しろ い事 実を体 験し た。
昭 和 初 期の楠 成 教 育にルー
ツ をt
.
]つ 勅 デザイ冫 旬1
究 所の カ リ キュ ラ ムが構成 (基 礎 造形 )をべ一
スに し てい る こ と で ある。
昼 問部・
夜 間部で は2
年 次まで に計ll
の 「基礎 造形.
1
科Fl
が設 置され、
専 任2
名、
(私も 含め て)非 常 勤10
名の 教 員が (通称 真鍋一
男・
高 1「1正喜 久 流の )’
[面・
、[
t/体 構 成を担当 し て い るの であ る。
(詳 細は別に譲るが )多くの デ ザイン専 門 大学が純 粋な構 成 孜育を放 棄して いる 中 で、
有能な デ ザ イナー
一
を排 出 し続 け てい るこ の学 校の基 礎 教 育た か ら こそ,
「構成 と専 門は対、「
t/する 」 と いう一
般論 を rc沢 は どの よ う に 克服し て いくの か、
少 な か らず 興味深いもの がある。さ て
、
構成の‘
’
too cool”
とい うことにつ い て は、
イギリ ス の リ サー
チ で も よ く耳に し た反 応である。
基 礎デサ イン連 動の もうつ のル
ー
一
一
ツ で あ る リー
ズ.
”1
’
術 学 校の卒 渠生 で、
1985 年のICA
の 「.
継続プロセ ス(AContinuing
Pro
しcss)」屏で基 礎 デ ザイン運動を再 認 識させ た故シッス 1レウッ ド(Thistlewood
,
David
)博十 へ の インタ ビュー
一
(1997
)で も、
私の 1なぜ基礎デ ザ インは廃れたのか ? 」とい う問い に.
彼は そのよ う に答えた の で あっ た。
しか し、
再 度 私が 1で も、
BasicDcsigl1
はい ま だ有 効だと思う一
1
と いう 言 菓に彼 が大き く うな ずい たこ と が 強 く印 象に残っ て い る。
そ れ は、
同じ くニ ュー
キャ ッ スルの 卒 業 生で基礎デ ザ イ ン運動の研 无 者 で あ るヨー
マ ン ス(Ycomans,
Richard
)博士 も同 様であっ た。
私た ち が構成 を角 効だ と考える ことは
、
要4
還元 主義 的なモダニ ズ ム 思考に刻 し て で は な く、
そ れ が持 つ、
・
つ の 課遉 に対して、
あらゆる角度か ら挑 戦す る、
いわ ば白由で斬 新で実験自勺な 態度や (リチ ャー
ド・
ハ ミル トンが ジェ イ ム ズ・
ジョ イス の 『ユ リ シー
ズ』か ら引 用して作品化した )」
’
Epipllanジ
(本1.
i
的 意 味の実 然の山AJH
)に も似た直 覚 的な (int
し面vc)把 握は、
その一・
般 的なフ t一
マ リスティッ クで、
感1
舌卞義 的な批判を 越 え る 力 を さ ま ざ ま な側[趣で有 効 性を保ち続け る と、
私は今も感じ て いる か ら で あ る例え ば そ れ は
、
今凵 の情 赧ネッ トワー
ク社 会の中で生きて いく ために、
あ るlriiでは冷目争に、
別の 画で は 先進 的に,
そ して調和 的 にな らな け れはな らない こ とと一
致 している。
ネヅ ト ワー
ク 上 に ぶ b ドが:丿てい る.
一・
人のユー
ザー
が 目に見 え ない相 手の こ と を考え な が ら、
デー
タの や りとりを するこ とは、
言っ て みれば美と秩1
芋の原 則で実 践さ れ る (これ 毛)・
見そ う は 見えない)き わめ て合埋 的 な 構 成 的 世界の中の出来事 なので あるu
2.
「発 展 プロ セス (Developing
Process
)」 「継 続 プ ロセス (Contrnuing
Process
)」 と しての構 成 教 育イギリス の 「戸礎デザイン(
BaSic
design
)1
運動と は、
パス モ ア とハ ミ ル トンの キングス・
カ レッジの他、
リー
ズ 美 術 カレッジ(Leeds Co11cgc ofArt )で
、
ハ IJ− ・
サフ ロ ン(
Harry
Thubron.1915〜
1985 )、
ト
1−
x・
ノ丶ド’
ノン(
「
Fom Hudson,1922〜 L997
)の・
1
人によ一
って実浅さ 才1たデ ザ イン学 研 究 特 集 号 SPE⊂1・XL ISSt 10FJS 〜DVIIONo32 〔,〔13 []
美 術教 育を指し てい る
。
論 文 で は、
先の バ ウハ ウス の 影響の他 に、
1950〜60
年代を中 心と し た保 守lll
勺 なイギリスの美術 教 育の現 代 化プロセ ス を 明 らかにす ること と、
その改 革がパ ス モ ア とハ ミル トンとい う モ ダン・
アー
テ ィ ス トに よってなされ た、
つ ま り美 術 家の芸術観 が その教 育に い か に影 響する か を検
討 する こ と の3
つ を研究目的と し た。
基 礎 デ ザイン運 動は、
模 倣や美 術の応 用 とい う、
美 術が基 本的に技 能であ る とい う古い伝 統に委ね られ たシ ステ ム を 決 定 的 に変 革 し、
1
年間の 基 礎コー
ス斗3
年間のBA コー
スという現 在の専 門美術 教 育シ ステムを作りE
げた点で画 期的で ある。 そ れ を 叮能に し たのが、
当時の最先 端の ア クテ f ブ・
アー
テ でス ト(現 代 美術 家)で ある パ ス モ アとハ ミ ル トン であっ て、
私の 興 味 は 1.
一
.
・
人の 人 間と し て の 美 術 家 咲 術 教師に お い て、
彼 / 彼 女が持つ (実
践 する) 美 術活 動と教 育活 動が どの よ う な レベ ルで統 合さ れる の か ?」、
別の言 い 方をすれば 「優れた芸 術 家が 必ず し も よ い美術 教 師では ない と言わ れ る が本当 か ?一
と いう よ う なこと を検証 したい と思っ たことである。
な ぜな ら、
歴 史的にも美術 教 育を改革 して き たの は、
チ ゼ ック で あった り、
山本鼎であっ たりと、
教育 者では な く、
皆 美術 家 (画家)だか らであ る。
彼らの芸 術 活 動 は その美 術を リー
ドし 変革し続け た が、
同時にその美 術 教育 も大き く改 革したの である。
本 論の 結 論は
、
尸
(発展 プロセス(Devcloplng Process)〉 (継続プロセス(Continuing Proccss)〉と しての 構成教 育1
と いう言葉で示 す こと がで きる。
す なわ ち、
「発 展プロセス 」 とは1959
年にイギリス では じ め て 基 礎 デザ インを紹 介 し た展覧会(於ニ ュー
キ ャ ッ ス ル)名 で、
パ ス モア が基 礎 デザ イン を表す た めに好ん で 用 いた用 語であっ た。
「用語(基 礎 デ ザイ ン〉は、
ビク ター ・
パ ス モア が拒 絶 する もの であ り、
彼 は (発 展 プロセス)と し て作品を記述 す るの を 好 み、
その ダイナミ ックな性 質を 強 調 し、
そ して 〈基 礎 デ ザ イ ン 〉の 固定さ れ た、
静 的な 関 連1
生を拒 絶す る。
用 語 〈基 礎デ ザイン〉は、
けっ し てニュー
キャッスルで使 わ れ な かった。
そしてその コー
スは一
般に基 本コー
スま たは基 礎 コー
ス に属 するものと され、
場 合に よっ て は言 及は 基本形 態 研 究 と 主 張 された。
モ リ スデ・
ソマ リス の本 r基 礎 デザ イン』の出版 物に従 って、
そ の 用 語 は〈キュー
ビ ズム〉ま た’
1L/ Sl
’
ECIA[.
[SSUEOI,
JSSDVol.
IONu320 {B デザ イ ン学研究 特 集 号は〈印象 派 〉の よ う に採用 を さ れ た
。
」(ヨー
マン ス、
1987) パ スモア は、
自 分の コー
ス を 「某 本 形 態 (basic
【bm1
)」 あるい は 「基礎デザイン(basic design)」 と呼iSく こ とを 嫌 い、
「発 展 プロセ ス1
と規定し た。
これ は、
イ ギ リ スの 基 礎デ ザイン教 育を特 徴づ けるこ とばと なっ た。
パ スモ ア とハ ミ ル トンを含め た基礎 デ ザ イ ン教 育の関 係 者た ち は、
皆そ れぞれ 異 なっ た方法 で、
彼らの 指導 法 に つ の内 容や システム、
とりわ け、
思考プロセ スを導入 し よ う と して いた。
そ れ は、
伝 統 的なアカデミズ ム が 持つ 「技 術に基づ く美 術 教 育1
か ら、
「理念、
思考プロセ ス、
開 放 的な態度を強 調す る美術 教 育1
へ 転 換す る、
もっ と知 的 な変更で あ る。
そ れ は、
経験と制 作プロ セ ス が、
最 終 結果 よ り重要 である とい う、
プロセス優勢の 方 法(process
−
dominant way )であ る。
しか し
、
「基 礎デザ イン 」 は そ う名付 け られ ること に よっ て (必 然的に )固定化 した.
本 論の結 論の.
つ は、
もの ご と が最 初につ く られ た創 造 プロセスは 決 して (その 後完 成 す る )システ ム に 引 き継がれない と い う こ と、
すな わ ち 構 成 教 育も基 礎 デザ インにつ い て も、
その ルー
ツで あ るバ ウハ ウス のイッテ ン、
カンデ ィ ンス キー,
ク レー
ら の思い や努 力は造 形の 基礎教育 課 程や方 法に反映 さ れ るこ と は な く、
「制 度化」 は 1固 定 化」 を意 味し,
さ ら に最 初の 偉大 な創造 力(教 師)が偉大であ ればあ る ほど、
後の 平凡な 美術 教 師達 に は その 型 だけ が受 け 継が れ るよ う に な る。
私は、
これ につ いて以下のよ う に記 した。
「わ が 国では 昭 和30年 代 以 降のデ ザ イン の発 展と も相ま っ て、
構成 教育は小 中 学 校の図工・
美 術 教 育からデ ザ イン を専門する各 種 学 校 や 大 学 まで、
幅 広い造 形の 基礎 教育と して定 着し て いっ た。
し か し、
この構 成 教 育には 平面a
立 体構成とい う題 材に見 られ るように、
その抽 象的 な練 習が 冷た く、
子 ど もの生 活 感情を 害 す る という批 判、
あるいは バ ウハ ウスやデ・
スティー
ル の焼き 直し的 な もの という 評 価 がみられるが、
これ は イギ リス の基 礎 デザイン教 育に お い て も 共 通する。
現在の 平 面構 成 や 立体 構 成 がバウハ ウス で行 わ れた基 礎 造 形 教 育に較べて、
固定化さ れ、
矮 小 化さ れ、
魅 力のないもの にされて いるのはなぜ か。
そ の 主 な 理 由は 〈構 成 教育〉の本 質 的な問題にあ るの では な く、
そ れ が 制度と して美 術 教 育 に 持 ち 込 ま れ る時、
すなわ ち 教 育 化一
さ れ た 時に生 じ る 問題である
。
固定 化が生じ る の は、
教育 自体が持つそのような 性 質 に も よ る が、
指 導 者の力 も大 き いと 思 わ れる。
」 「継 続プロセ ス1
と い う占葉も、
]981
年 に[CA
(於ロ ン ドン他 )で基 礎 デ ザ インを 冉認誡させた 同 名のht
」
瞥 会で 企 画者の シッ ス ル ウ ッ ドが 用 いたもの である。
「発展・
継糾する プロセス」 と して基 礎デザイ ン構 成 を捉え(る こと ができ )れは、
日本の構 成 掖育の形骸化 した方法論 や その抽 射 1勺な糾 習が冷た く、
子ど もの牛 活感 情を害するとい う批 判、
あ るいはバ ウハ ウス/・ テ・
ステ ィー
ルの 焼き直し というレッ テ ルづけも排 除 で きる。
す な わ ち、
(き わ め て シンプル にti
い換える と)基 礎は応 用と単 純に対になるもの では な く、
(空 間・
時 間と ともに)変わ る とい うの が本 論の 結 論であ るn それはすで に、
1920
〜30
年代の ドイツ の バウハ ウス の でッテ ン らの 丿実硫 教育 と王950 〜60
年 代の イギ リスの パス モ アやハ ミ ル トン のそ れ が まっ た く更なっ て いることかり も説 明 で き る。
イッ テ ンの ナt
礎 果智は イッテ ン の アー
トへ の関心 が そのま ま彼の美術 教育へ 狩 ち 込 ま れ た もの であ り、
これ は イギリ ス の2
人のナ 術 教師にとって も 同 じで あ る。
ハ ベ モア は、
ヘ ッブ.
ワー
ス や ニ コルソ ンと同様 イギリ ス の初 期の(柔 ら かい 冖然な )抽 穿夏術を 代表す る 芸術 家で あ り、
ハ ミル ト ンはタ ンブルベ八 オロ ッチらと ともに大衆 文化 に 関 心 を 示 した インデ fペ ンデン ト・
グ ルー
プqG
)で活 動 し、
『い っ た い何が今凵の家庭をこ れ ほ どまで に変 え、
魅 力的な もの に してい るのか ?1.
(1956
)とい う長い題 名の絵 画によっ て、
ポッ プ・
アー
トの 先駆者と して知 られ る 圭、
術家で あ るn こ こ でも う1
つの結 論が導き出 さ れる。 そ れ は、
ニ ュー
キャ ッ スル で 課 さ れ た課題 (線、
点、
か た ち、
ポ ジ/ 払ガ な ど)に は明らかにバウ ハ ウ ス に おける基 礎 教育 と 同 じ 指 導.
方針 が みられ、
ま た そ れ ら がパ スモ アとヘ ミル トンの 作 品と類似して い る こ と である。
すな わ ち、
拙論の研 究 目的にあげたバ ウハ ウスかb の何ら か の..
・
g
も、
ナ ィt
∫家の去 術観が彼 の 教 育 観へ の 影 響も 両方と も あっ た とい うこ とで あ る。
さらに重要 なこ と は2
人の 芸 彿家の 這いである。
パ ス モ アとハ ミル トン の教 育は彼ら の現 代云術に開す る興 味 関心と矢[哦及 び それ によ一
.
)て展 開 さ れ た 彼 ら 自 身の作品制 作の方 法 に 非 常 に 密 接 な関 連が あった。
2
人 は まっ た く違う夬術 観と教 育観を 打 っていた が、
お 1・
1:い に尊 敬し合い、
袖い合っ て、
そ れ がこ の学 板の新 しい基 礎コー
スという考え と実践 を 大 き く発展させた。
ア ロ ウェ イ がr
九人の抽 象芸 術 着《』 の中で述べ て いる よ う に、
パ ス モ アの構 成作 品はモ ン ド リア ン か ら 発展さ せ た ビー
ダー
マ ンの 構 成(構 造)主莪理論と その レ リー
フ研究か ら影 響 を 薯けて いた。
パ ス モ アは、
三 次元の構成 は論理的に絵画か ら差 展したも の で彫 刻 か ら で はない と考えていた。
彼の学 生 た ちは、
マー一
ク形 成の プロセス(線 描 )か ら始 まり、
線とか た ちの探 求(線 描と絵画)を 通 して、
空間に お ける平 面の研 究(彫 刻と 構 成 )へ と導か れ た。
パウ ル・
ク レー、
特 に 彼の 『教 育スケッチブック』 は、
パ ス モ ア とハ ミ ル トン に強い 影 響を与え た。
ク レー
の運 動 論 は彼らのゴ 術と級育の キー一
ワー
ドに なっ た。 モ ホ リ=
ナギの影 響につ い ては 構 戊 的で総 合的な側面 が 彼 らの 作 品に も みbれ、
ま た ハ ミル トンのキー
ワー
ドである1
思 号」 と い う概 念は ナギの科 学 的 な方 法を攴え る原則であっ た.
バ ス モ ア は直感 力と カ リスマ 的な魅 力によっ て、
自分の美 術と 教 育を進めて いった が、
よ い美術巨川練と は分 析 的な研 究とい う科 学 的な 艮鷲に しっ か り基づい て いな く て は な らないと 考 え て お り、
ハ ミル トンや サ ブロ ンと同様 に創造 活 動にお けるli
「⊥1然の 」 訪果 を過 卜評 価 す るこ と は な かっ た。
・
方、
学生 た ちが基 本的な視 ず凵
現 身を 研 究 するレ自に、
ハ ミ ル ト ン は 1芸桁 的な個 性」 と 「側 乍の 魅 力1
は 車要 視せず、
「論理に基づいた糸口果一
だけ を認め る と いう 教 育方 針を徹 底させ た。
彼は ま た、
上口代 芸 術家の 芸術 活 動に関する さ まざま な分析プログ ラ ムが現 代 美 衙 教 育に 応 川できる こ とを見抜いて い た。
キングス・
カレッ シに おい て、 196
凶二にハ ミル トン がパ スモアか ら基 礎コー
スを引き継いだ と き、
点、
線 かた ち、
かた ちの関 係、
ネガ/ ポジ、
空間 充 填、
2
−
ilrliの発 屏 や色彩な どの練 習 は 同 様に研 究が紂けられ ると同 時に、
1
⊥1
分 自身のゲシュ タ ル ト{ギ ブソ ンの心 埋 学 及 びデュ シ ャ ンか ら吸収し た理 侖や彼の仲 間の[G
の メ ンバー
たちのポッ プな アイデアなど力 伯極 的に取 つ人 れ ⊃れ、
実 験され た。
す なわち、
パ ス モア が自 然 か ら独、「
t:し た完全 に 抽 象 的 なアフ 囗…
チ を 主張して い たの に 対 して、
ハ ミル トンは観察と創 作と自由な構 戊 のバラ ン ス を取る よ う に 「劬 したの であ る。
テ ザ イ ン学研究 特 集号 SPE⊂AL ISSUi OI ISSD
L
,
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].
iパ ス モ ア とハ ミル トン の美 術と教 育はこの よ う に 対 照 的な もの で
、
だか らこそ お 彑いを補 完し合え た の であろ う。 し か し、
パ ス モ アが以 下に述べ る よう に、
イギ リス の基 礎デ ザイン運動を魅 力 的に して い る の は彼ら /.
人の個性だ けでは な かっ た。
「理 解 し て お く 必 要 が あ る の は、
ニュー
キャッスルで リ チャー
ド・
ハ ミ ル トンお よび 私自身お よびリー
ズでハ リー ・
サブロ ンお よび トム・
ハ ドソ ン によっ て発達 さ せ られ た基 礎コー
ス のた めの ひとつの統一
された思 考、
システム ま た は計 画はなかっ た と い うこと である。
実 際 全 体 は、
幾分こちゃ まぜになっていな が ら、
統一
体の外 観 を 示 す 集 合 的 な 展 示 物 を なして いる。
言い換え ればいろいろ な廃 車 の固ま り が山の よ う に捨て られ る と、
そ れらが ピ ラ ミッ ド のような 統一
体を 形 づ く る よ う に まった く 経験 的で、
実 験 的 な 手 順 を踏むもの であったd…
私の考えでは、
ニ ュー
キ ャ ッス ル/ リー
ズの 〈バベルの塔〉は そ の偉大な力 と生 命 力であった。
」 こ のよ うな 基 礎コー
ス に共通の哲 学は な かっ た と い うパス モアの 回想 は、
あ る 意味で は 正 し く、
ま た 別 の意 味では まった く 止 しいとは言え ないだろう。
イッ テ ンや カンデ ィ ン スキー
や ク レー
な どの 偉大な個 性の集
ま り に よ る多 様 性に よっ て特 徴づけられる バウハ ウ ス の基礎 教育と同様に、
イギ リスの某礎 デ ザイン運 動 を際 だた せて い るの も そう したダイナ ミズム であっ た。
し か し、
1959
年の 「発展 プロセス 」とい う 最初 の 合同展の作 品の外 観に よっ て示 されたように、
ニ ュー
キャ ッスル/リー
ズの基 礎 デ ザ インにモデ
ル が まっ た く な かっ た とい う わ け で は な く、
いわばバ ウハ ウス をモダニ ズムの シ ンボル と して用いた。
サ ブロ ンの研 究を通して、
エ リッ ク・
フ ォ レス トは、
基 礎コー
ス に お け る共通の基 礎の存 在を次の よ う に述べ てい る。
「よ り専 門 化さ れ た 研究に は必 ず 前 段 階 とし て 必要な あ る 〈基 本 的 な 〉 活 動が存 在し、
二 〇世紀 美 術に はこれ ら の 活 動 を 導 く <要 素 〉 と 〈原 理〉を 見つ け ること ができる。
」ま た
、
ロジャー ・
コー
ルマ ンの 基 礎コー
ス の定 義 は、
表現の表 面 化にある視覚 情 報を学生に気づか せ る という ものであっ た。
学 生は視覚 的な さ ま ざ ま な現 象 の 問に あ る 基 木 的 な 関 係 を 認 知する という 問題に関わ る。
す な わ ちそれ は 形 態、
色 彩、
空 間 などの形式要素 の1
り1
究を意 味 した。
基 礎コー
スに お ける基 本は、
視覚 44 SPL (11AL
ISSじEC)FJSSDVol mNo32 〔)03 デ ザ イン学 研 究 特 集 号的 な 問題 解 決の際に
、
ある段 階か ら次の段 階へ と学 生 を導く「活 動に よる発 見(
finding
−
out−by−doing
)」 とい う原 理で あっ た。
言い換え る と、
パ ス モ ア が述べ る よ うに、
基 礎コー
スは 「終点 で は な く、
ただ出 発点 だけ が規 定さ れる相 対的な展 望を想 定する1。
す な わ ち始 ま りは明確で あ る け れ ど も、
結 果 は 明確で は な く、
学 生 に客観 的な 研究に基づいた分 析 的 な研 究 ばか りでな く、
直観 的な探 求を行わ せ る よ う な、
ま さ に 「発展す るプロセス 」で あっ た。
こ の点はハ ミル トン も共通の 思考を持って いた。 ハ ミ ル トンの教 育 日的は、
思 考 方 法を示すこ とその もの に あった。
ただ、
彼らの違いは、
ハ ミル トンがス タ イル とイデオロギー
を普及 させ る こ とに は ほ とん どポイ ン トを置 か な かっ た と卞張したの に対し て、
パ スモ ア は抽 象 美術の基 礎と して基礎コー
スを考え た点で あ る。
彼 らは、
美術 教育を.
一
・
般 的な知 識、
技 能の伝 達ではなく、
新し く、
柔 軟な芸 術や その 制作に向けた止 しい態度と思 考様 式と批 判的 洞察 を 生 み 出 すこ と と捉 え ていた。
そ れ は、
入学してき た学 生 の美術に対する先入観を捨てさせ、
普 通は使わ ない材 料を教室 に持ち込ま せ る 実 験 的 な 美術 教育 を 生 み 山 し た。
も ち ろ ん、
これ は バ ウハ ウスの手 法であっ た。 し か し、
こ の 教育の基本 的なアイデア は 彼 ら 自身の 美術 へ の 興味から生じたも の であっ た。
某礎 デザイ ン教育とは
、
もっ と 般 的に 言 えば、
美 術 教 育に お け る創 造 教 育の つ だと も言える。 1
基礎 コー
スは自分の ア イデアをつ く り 出 したので は な く、
自分の中に眠って いた 思考 様 式を引き出した亅とい う、
卒 業生の ステ ィー
ブン・
バ ック リー
のコ メ ントが 示 す よ う に、
基 礎デ ザイ ン教育が 目指し た もの には fアイ デア、
方 法とテ クニ ッ クを押し付けるよりむ しろ、
個 人の生 まれつ きの 可能 性を解 放する 」 と い う美術 教 育 の一
つ の本 質 的な 目的があっ たこと も事実であ る。
その 後、
某礎 デ ザインの 考え方はパ スモ アがコ ウ ル ドス ト リー
ム委 員会の 委 員に な るこ と に よっ て、
職 業 指 向 的な資 格で あるデザ イン国 家デ ィ プロ マ (NDD
)を廃止 して、
「芸術の一
般 教 育」 と し て の性 格 が強い美 術e
デ ザ イン国家 デでプロ マ (Dip
AD 、
後のB .
A .
(美 術&デ ザ イン))を設け、
同 時に古い 2 年の 中 等 教 育コー
ス+2
年の 国家デ ィプロマ を、
1年の前デ ィ プロ マ・
コー
ス (Prc−
Diploma、
後の基 礎コー
ス)+3
一
年のディ プロ マ あるいは学位コ