プレスリリース
本リリースのカラー版をご希望の方は、 慶應義塾広報室までご連絡 ください。 Tel:03-5427-1541 E-mail:m-koho@adst.keio.ac.jp 2012 年 8 月 30 日報道関係者各位
慶應義塾大学メタボリックシンドロームを改善する新たなメカニズム解明
―糖尿病の新規治療法に期待―
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科教授 渡辺光博(兼環境情報学部教授、医学部教授 (兼担))らは、スイスのローザンヌ工科大学の研究グループ(Johan Auwerx 教授)と共同で、 胆汁酸(注1)調節によりメタボリックシンドロームが改善するメカニズムを解明しました。 胆汁酸吸着レジン(注2)は、エネルギー代謝を高め、高中性脂肪血症・脂肪肝(注3)・肥 満・糖尿病を改善する効果、腸管からのインクレチン(注4)分泌を増加させ、糖尿病を改善す る効果があり、心筋梗塞や脳卒中などの血管疾患を予防できることが示唆されました。また、胆 汁酸吸着レジンと同様に胆汁酸吸着作用がある日本古来の食事であるモズクやコンニャクなど 食物繊維を多く含む日本食にもメタボリックシンドローム発症の予防効果があると考えられま す。本研究結果は、PLos ONEとNature Scientific Reportsにそれぞれ掲載されます。
PLos ONE は 2012 年 8 月 29 日(水)午後5時(米国東部時間)オンライン版に公開されま す。Nature Scientific Reportsはすでに公開されました。
1.研究の背景 胆汁酸は食事により摂取した脂質が高濃度に存在する腸管において、腸管壁に脂質が吸着する のを防ぎ、かつ、消化・吸収を助け、生体内に効率よく脂質を取り込む際に重要な役割を担って いることが知られています。しかし、消化薬としてだけではなく、日本では動物性の生薬である 熊胆(熊の胆嚢、「ゆうたん」「くまのい」ともいう。)は1500 年以上前から万能薬として用いら れ(図1)、世界中で様々な動物の胆嚢は薬として古来より用いられています。我々は最近10 年 の間に、胆汁酸が単に消化吸収のために存在するのではなく、食事と関わる全身のシグナル伝達 分子(注5)として、ホルモンの様な働きがあり、脂肪肝の抑制効果があることや肥満・糖尿病 治療の可能性につながる様々な働きをしていることを明らかにしてきました(図2)。これまで の研究では、胆汁酸をターゲットにした高中性脂肪血症、脂肪肝に対する新規治療薬開発、また、 全く新しい作用メカニズムを持ち、副作用の少ない、エネルギー代謝を高めることによる肥満・ 糖尿病治療薬の研究開発に貢献してきました。 このような新しい胆汁酸の機能を直ぐに臨床に還元する方法が、現在、高コレステロール血症 治療薬として使用されている胆汁酸吸着レジンを用いることであると渡辺らは世界に先駆け提 唱し、我々も含め複数のグループから、再現性が良く効果があることが報告されており、2008 年1 月に米国 FDA より糖尿病治療の適応が追加されました(図3)。しかしながら、その作用メ カニズムはこれまで明らかにされておらず、より効率のよい新規治療薬開発には限界がありまし た。
2.研究の概要と意義 今回、我々は、前述の作用メカニズムについて、2 報の論文で明らかにしました。胆汁酸吸着 レジンが肝臓での胆汁酸の合成を高めることに着目し(図4)検討を行いました。その結果、新 たに肝臓で生成された胆汁酸が脂肪肝を改善し、末梢では胆汁酸をリガンド(注6)とするGPCR (注7)であるTGR5(注8)を活性化し、エネルギー代謝を高め、胆汁酸を投与した時と同様 にエネルギー代謝が高まり、肥満が改善され、糖尿病の改善が認められることを明らかにしまし た(図5)。更に、胆汁酸吸着レジンにより、現在、その安全性と効果から治療薬のターゲット として注目を浴びている、GLP-1(腸管より分泌されるインクレチンの 1 つ)の分泌が TGR5 を介し促進されることを明らかにしました。 現在、世界中で糖尿病の治療薬としてGLP-1 の分解を抑制する DPP4 阻害薬(注9)が多く 使用されていますが、糖尿病患者では GLP-1 自体の分泌が低下していることが明らかにされ、 問題となっています(図6)。今回の発見は、これらの問題点の原因究明や解決に結びつくと考 えています。 高血糖と高コレステロール血症の両疾患に罹患すると脳梗塞、心筋梗塞など血管疾患のリスク が約5倍に増加します。(図7)。日本のみならず、これらの合併患者数は世界中で増加しており、 大きな問題となっています。(図8)(糖尿病患者数:約 890 万人、糖尿病の可能性を否定できな い人:約 1320 万人、高コレステロール血症:約 2,500 万人。高コレステロール血症における糖尿 病、境界型への早期治療介入が今後の重要な課題となっています。)本研究の検討に使用した胆 汁酸吸着レジンは、元来、高コレステロール血症の治療薬であり、さらに本研究によって血糖改 善のメカニズムが明らかにされ、血管疾患発症のリスクを大幅に低減させる効果的な薬剤と考え られます。さらに胆汁酸吸着レジンは、体内に吸収されないため重篤な副作用がない薬剤であり、 将来、糖尿病治療薬としての開発が期待されます。 更に、薬剤を飲むほどでない健常な人でも、日常の食生活において胆汁酸吸着レジンと同様に 胆汁酸吸着作用がある日本古来の食事であるモズクやコンニャクなど食物繊維を含む食材を積 極的に食することによりメタボリックシンドローム発症の予防、日本人の死因の30%である血 管疾患発症の抑制、健康寿命の延長による質の高い老後、少子高齢化に伴う医療費削減にも貢献 できると考えています。(図9) 3.今後の展開 胆汁酸吸着レジンを用いたメタボリックシンドローム治療への応用研究を推進するとともに、 胆汁酸代謝を調節することによる代謝調節機構の更なる解明、TGR5 を介した GLP-1 分泌亢進によ るメタボリックシンドローム治療への発展が期待されます。また、日本古来の食事であるモズク やコンニャクなど食物繊維摂取によるメタボリックシンドローム発症予防のエビデンスを明確 にし、国民の健康増進を啓蒙していきたいと考えています。 4.論文について 1 報目論文(PLos ONE)
Bile acid binding resin improves metabolic control through the induction of ener gy expenditure (胆汁酸吸着レジンはエネルギー代謝亢進を介して生体内代謝を改善する)
Mitsuhiro Watanabe1,6 #, Kohkichi Mor imoto1, Sander M. Houten2, Nao Kaneko-Iwasaki1, Taichi Sugizaki1, Yasushi Hor ai1, Chikage Mataki3, Hir oyuki Sato4, Kar in Mur ahashi1, Er i Ar ita1, Kr istina Schoonjans3, Tatsuya Suzuki5, Hiroshi Itoh1 and J ohan Auwer x3,#
1
Department of Internal Medicine, School of Medicine, Keio University, Tokyo 160-8582, Japan;
2
Laboratory Genetic Metabolic Diseases, Academic Medical Center, 1105 AZ, Amsterdam, The
of Bioscience, Ehime University Graduate School of Medicine, Ehime 791-0295, Japan; 5Nippon Medical School, Tokyo 113-8603, Japan, 6Graduate School of Media and Governance, Keio University, Fujisawa-shi, Kanagawa 252-0882, Japan
2 報目論文(Nature Scientific Repor ts)
TGR5 potentiates GLP-1 secretion in r esponse to anionic exchange r esins (胆汁酸吸着レジンを介して TGR5 は GLP-1 分泌を亢進させる)
Taoufiq Har ach,1 Thijs W. H. Pols,1 Mitsunor i Nomur a,1 Adr iano Maida,1 Mitsuhiro Watanabe,2 J ohan Auwer x,1 and Kr istina Schoonjansa,1
1
Laboratory of Integrative and Systems Physiology (LISP), School of Life Sciences, Ecole Polytechnique Fédérale de Lausanne, CH-1015 Lausanne, Switzerland
2
Division of Molecular Metabolism and System Medicine, School of Medicine, Keio University, Tokyo, Japan 【用語解説】 (注1)胆汁酸 胆汁に広範に認められるステロイド誘導体で、肝臓においてコレステロールから合成される。 胆汁酸の主な役割は、消化管内でミセルの形成を促進し、食物脂肪をより吸収しやすくすると考 えられてきた。 (注2)胆汁酸吸着レジン 腸管内で陰イオンである胆汁酸と結合しそのまま糞便中に排泄される。その結果、胆汁酸プー ルが減少し、胆汁酸合成が促進されるため、肝臓のコレステロール需要が高まり、LDL 受容体が 誘導され、血中コレステロールが低下する。そのため高コレステロール血症治療薬として用いら れている。 (注3)脂肪肝 肝臓細胞に脂肪が異常に蓄積した状態。 (注4)インクレチン インスリン分泌を促進に関与する消化管より分泌されるホルモンの総称。インクレチンは食後 の血糖値上昇に伴い腸上皮細胞から分泌され、中でも K 細胞から分泌される GIP と L 細胞から分 泌される GLP-1 が注目されている。これらは膵臓β細胞表面の受容体に結合してインスリン分泌 促進及びグルカゴンの分泌抑制により血糖値降下作用を示す。 (注5)シグナル伝達分子 あらゆる生命は周囲の環境に適応しなければならず、それは体内環境においても、個々の細胞 においてすらも同様である。そしてその際には、何らかの形で情報を伝達しなければならず、こ の情報伝達機構をシグナル伝達機構と称し、それに関わる分子の総称。 (注6)リガンド 特定の受容体に特異的に結合する物質の総称。 (注7)GPCR G タンパク質結合受容体、あるいは細胞膜を 7 回貫通する特徴的な構造から 7 回膜貫通型受容 体と呼ばれる。細胞外の神経伝達物質やホルモンを受容してそのシグナルを細胞内に伝える役割
をし、多くの疾患に関与しているため、市販薬の数割が GPCR を標的としている (注8)TGR5 胆汁酸をリガンドとする GPCR。 (注9)DPP4 阻害薬 DPP4 は、腸管ホルモンであるインクレチンの不活化を行う酵素(セリンプロテアーゼ)であり、 細胞膜上をはじめ可溶性タンパク質として血液中にも存在している。GLP-1 の分解を抑制する DPP4 阻害薬は、インスリン分泌を亢進させるため糖尿病治療薬として使用されている。 ※ご取材の際には、事前に下記までご一報くださいますようお願い申し上げます。 ※本リリースは文部科学記者会、文部科学省科学記者会、厚生労働記者会、厚生日比谷クラブ、各社 科学部等に送信させていただいております。 【本発表資料のお問い合わせ先】 慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科教授兼環境情報学部教授、医学部教授(兼担) 慶應義塾大学 SFC 研究所ヘルスサイエンスラボ 渡辺光博 TEL:0466(49)3516 Email:wmitsu@sfc.keio.ac.jp 【本リリースの発信元】 慶應義塾広報室(河越) TEL: 03-5427-1541 FAX: 03-5441-7640
Energy Watanabe et al.
JCI.2004
脂肪肝治療薬 高中性脂肪血症治療薬
Watanabe et al. Nature.2006 Watanabe et al. JBC.2011 Sato et al. J Med Chem.2007 Pelliccciari et al. J Med Chem.2007
Thomas et al. Cell Metab.2009
メタボ治療薬 肥満・糖尿病治療薬 こ れまで の我々の胆汁酸研究に関する 報告実績 図6 図5 図4 図3 図2 図 1
図9
図8 図7