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ディケンズの初期「短編小説」

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デ ィケ ンズの初期 「

短編小 説」

村 田 信

20世紀の 多 くのデ ィケ ンズ (CharlesDickens,1812-70)研 究家 は、彼の'shortstories' (短 い作 品や文章 の こ と) を大体 において無視 して きた。 そ して、 その未開の作品群 に改め て 目を向け る研究家 も、評価 の定 まってい る長編小説群 と比べ る と、 その 多 くが とまどい を (1) 覚 えるほ ど出来が粗 いこ とに気づ いていた。「ク リスマ ス ・キャロル」(1843)とい う特別 の 例外 を除いて、 そのほ とん どは注 目され ない ままであ り、 ただで さえ人並 はずれて量の 多い 長編群 の陰に隠れていた、 とい うのが適 当であろ う。 さらに、デ ィケンズが 『ピックウ ィッ ク ・クラブ遺文録』(1837)で突如売れ っ子作家 に なるまでの間、継続的に書 き上 げ発表 して いた作 品 を自ら編集 し直 して一 冊に ま とめ た、 いわゆ る処女作 品集 『ボ ズの スケ ッチ集

(1836)は、 その測 り尽 くせ ぬ未完の可能性 に もかかわ らず、1970年代 までほ とん ど口の 目 (2) を見なか った。 デ ィケンズは生涯 を通 して常 に、 自作 の執筆 のほかにい くつかの大衆的雑 誌の編集 をして (3) 膨大 な量の文章 を世 に送 り出 している。 それ らは もちろん全てが創作 ではない し、 ま してや いわゆ る 「短編小説」 と呼べ る代物 ではない。 同 じデ ィケンズの研究 といって も、長編の そ れ と、 こ うした短 い作品群の研 究 とを比べ てみれば、確 かに別物 と考 えたほ うが よさそ うで ある。 それに もかかわ らず、後者の作 品群 (これ をstories.あ るいはshortstoriesと呼ばせ て もらう)は、時々大変生 き生 きと活力が あ り、技巧上 も実験的 で魅 力にあふれてい るこ と が珍 し くないO超 自然的 あるいは心理的異常性 とい うテーマ、大衆 向けの娯楽性、 そ して実 用主義 に縛 られた現実社会におけ るtfancy'(夢や 空想)の重要性 の問題 な どにおいて、デ ィ ケ ンズの一生 を貫 く大事 な考 えがすでに根づ いてい るこ とが わか るo デ ィケンズが幼少の頃に 『千一夜物語』 (TheArabianNights)な どの物語集や アデ ィソ ン とステ ィー ルによる 『スペ クティタ』(31heSpectator)な どの雑文雑誌 を読みふけ り、作 家 として もその影響 を強 く受 けたことは よ く知 られている ところだが、死ぬ まで雑 誌の編集 に執念 を燃やす な ど、ある種storiesへ の強い思 い入れがあったこ とは想像 で きる。今 日「短 編小説」 といえばポオの理論、す なわち、ひ としき り続 けて読み通せ るだけの長 さに ま とめ られ、 あ らか じめ計画 された効果 を十分 に もた らす よ うに少 しの無駄 もな く完壁に構成 され (4) た文章、とい うこ とに落 ち着 いているが、 デ ィケンズの言 うstories、あ るいはsketchesにそ れは当ては まらない。彼の作 品は、時にsketchと言 いなが ら他の 多 くのstoriesよ りも 「短 編小説」に近 か った りす るし、storyと言いなが ら単 に事実の報告にす ぎなか った りす る。こ の研究 では、彼の残 した短 い文章や作 品の うち初期 の ものにつ いて、 これ までの作家 として の評価 を踏 まえなが ら、その意義 を積極 的に跡づ けたい と思 うO

(2)

158 清泉女学 院短期大学研究紀要 (第8・9合併 号 ) は じめにデ ィケ ンズのtstory'の定義 を考 えたい。 H.E.ベ イツが 『近代短編小 説』(1941) で述べ た よ うに、確 かにデ ィケ ンズは そのつ も りな ら もっ とイン クを節約 で きたに違 い な (5) い。 彼 の文章 の不経 済性 を多 くの評論家 は、真 の短 編小 説には向か ない題 材や テーマ を取 り 扱 ったため だ とさえ考 えた。 な るほ ど彼 の ご く初期 の作 品群 、つ ま り 『ボ ズの スケ ッチ集』 や 『ピックウ イ ック ・クラブ』 の 中の9つ の挿 入作 品 な どは、構成 は不十分 だ し洗練 さ も足 りないO もちろん その ため に、デ ィケ ンズの作 品 を理解 す る上 でそれ らが役 に立 た ない とい うこ とには な らないが。彼 はその とん で もない文章 量 とは対照 的 に、 自作 の解 説は悼 んだ作 家 であ るが、次 のエ ピソー ドは注 目に価 す るだ ろ う。

1852年10月 『家庭 の言葉』(HouseholdWords)の編集長 を務 め ていたデ ィケ ンズは友 人 ジ ェー ム ズ ・ホワ イ ト氏に、 私 た ちは今 ク リスマ ス特別号 の作 品 を集め て い る ところですが、 もしよろ しけれ ば、 あ なた も話 をひ とつ書 いて くれ るの では ないです か。 特別号 には何 か家庭的 な名 前 をつ けて、暖炉 を囲む家族 が語 ってい る と考 え られ るよ (6) うな短 い話 だけで構成 しては どうか と考 えて い ます。 (下線筆者) と書 き送 ってい る。 この特別号 の タイ トルは 『ク リスマ スの炉端 でひ としき り語 られ るお 話』 (A RoundofStoriesby仙eChristmasFire)であ る。 この 中には ホワ イ ト氏 の ほか に ギャスケル夫 人 も名 を連 ね てい るが、形式の上 で特 に統一 され た様 子 は な く、正 に彼 の言葉 通 りに 「クリスマ スの夜 に家族 の なか で語 られ る話」 とで もい うものが唯一 の枠の よ うに思 われ る。

デ ィケ ンズに とって、storyとは基本 的に誰かに よって語 られ た話 と考 えて よいだ ろ うOこ の研 究 の中では その ままstoriesまたはshortstoris (story,Shortstory)を使 う。 また 「短 編 (小 説)」 とす る場合 は、近代 の定義 に則 ったShortstoryと考 えていただけれ ば よい。彼 の立場 で少 し詳 し く言 えば、何 人かの登場 人物 と舞 台背景 と話 の筋が あ り、誰か語 り手か そ れ に代 わ る設定 が あ って、 その 人物 が直接物語 る とい う構 図に なってい るこ とであ る。彼 に とっては、 この よ うな話 の長 さや構成 よ りも、語 られてい る内容 こそが問題 であ った ろ う。 ではデ ィケ ンズが長編 では な くstoriesで こそ言 い表 わ したか った こ と、 あ るいは言 い表 わせ た こ ととは何 か。熱心 な読者 な らす でに気づ いているか もしれ ない。つ ま り、 ここで取 り上 げ てい るstoriesと中後期 の 多 くの長編 との間 に あ る内容 につ いての直感 的 な差 異 を考 えれ ば よい。 デ ィケ ンズの親友 であ り伝 記作者 であ るジ ョン ・フ ォー スター は、 デ ィケンズ のstoriesをあ ま り評価 していなか った よ うだが、初期 のそ うした作 品の なか では、デ ィケ ン ズは想像 力 を過度 に働 かせ す ぎる とか、 自由 な想像 にふ け るこ とが あ る としてい る。 長編 で は内在 してい る性 質の ものが、storiesでは大 いに誇 張 され顕在化す る と言 うの であ る。この 性 質 をデ ィケ ンズが 自ら使 った ものの 中か らtfancy'とい う言葉 で説明す るこ とが で きる。 彼 がstoriesの なか で、何 か を自由に表現 す るこ とが で きる と感 じて いたその原動 力がfancy

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村 田 :テ ィケ ン ズの初 期 「短 編 小 説」 159 であった。 fancyとは空想、夢、幻想 な どと訳す こ とが許 され るだ ろ う。 それは、極言すれ ばデ ィケンズの人生観 の軸 をなす ものであ り、『辛 い時代』(1854)に描かれていた功利的 な 実用主義 に打 ち克つ ための、 あいまいだが きわめ て重要 な もの であ る。 この言葉 は彼の文章 に繰 り返 し現 われ るが、かつてワズワー スや コール リッジが使 った よ うに明瞭 に定義 され た 批評概念ではな く、む しろ 日常 の過剰 な事実の連続 に疲れ た人々の心 を癒 す とび き りの万能 薬の よ うに使 われている。デ ィケンズに とってfancyとはimaginationと同義 であ る。 この 言葉 に彼が こめ た意味は、単に 日常的世 界か らつかの まの間逃避 す る とい うこ とか ら、創造 的 な眼 を通 して 日常世 界 を新 し く非 日常的 な ものに変形 させ て しま うこ とまで、か な り幅広 い ものである。 fancyは彼の文学理 念 として基本的 な ものであ り、長編小 説の様 々 な場面 に もそれ ぞれ形 を変 えて現 われ る。デ ィケンズ 自身は、 そ うした こ とを集 中的に実現 で きる場 であ るがゆえstoriesを大切 に思 っていた よ うであ る。 こ うして出来上が った作品群 は必ず しも全 て理想 に叶 うもの では ない。 多 くは長編に取 っ て代 わ られ るべ きものであるが、 なかには人間心理 の深奥 に到達 した と思 われ る、切 r)込み の鋭 く冴 えた作 品 もある。 そ うい う作品 を 『ボズの スケ ッチ集』 と 『ピックウィック ・クラ ブ』の中に求めてみたい。 storiesの執筆 に限 ってみれば、デ ィケ ンズの作家生活は3つの時 (7) 期 に分 け られ る。 I 初期 (1833-40):雑誌 『- ンフ り-親方の時計』 で本格 的に分 冊形式の長編 に手 を染め るまで、精 力的に数 多 くのstoriesを書 いた。 II 中期 (1840年代) :多分デ ィケンズ本 人が大衆 はshort storiesを望 ん でいない と (8) 考 えて、 ク リスマ スの作 品以外 ほ とん ど書か なか った。 m 後期 (1850-68):自前の2つの雑誌 を中心 に、再 びか な r)の数 をこな した. 今 回の研究は この うち、初期 の一部 に該 当す る。 す でに 多 くの研究家が述べ ている通 り、デ ィケンズが少年期 (特 に彼 自身が生涯 を通 して (9) 一番幸せ な ときを過 ご した と感 じていたチ ャタムでの時期) に接 した様 々 な文章や文学 は、 彼の創作上の想像 力に決定的な影響 を与 えた。 人が幼 い ときに読んだ ものは必ずその後の辛 く厳 しい現実社会 を生 き抜 くための糧や道具 となる と、信 じていたデ ィケ ンズは、幾度 とな 川 くそ の 効 用 を文 章 に も して い る。 そ の 中 心 が す な わ ち、先 に 論 じたfancyで あ り、 imaginationであ り、 そ してそれ らをstoryとして体現 した ものが いわゆ るfairytales(塞 話、寓話、お伽話の類)であ るo実際、彼がその時期 に読みあ きった ものは、『千一夜物語

や 『魔 人の物語』 (ThetalesoftheGenii,byJamesRidley)であ り、 そ して 『タ トラ-』

・lト (TheTatler)、 『スペ クテ ィタ』、『ア イ ドラー』 (Theldler)といった総合雑 誌であ った。 こ ういった総合誌には、時事 的 な解説や ルポル ター ジュな どのほか、大衆 を惹 きつけ る 「物 語」、「お話」が必ず用意 されていた し、小 さ くしてその魅 力に取 りつかれ たデ ィケンズは、

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160 清 泉女学 院短期 大学研 究紀要 (第8・9合併号 )

書 き手の側に回 った後 もその絶大 な威力、利 き目を信 じて疑 わなか った。 その結果、そこか ら彼のshortstoriesを形作 る2つの形式 も生れて きた と言 え るだ ろ う。

ひ とつは、詳細 で写実的 なsketchと呼ばれ る ものであ る。 『ポズのスケ ッチ集』 の真骨頂 は正 に それであ り、 その副題 が 「あ りふ れ た生 活 とあ りふ れ た人々 を生 き生 き と示 した」 (IllustrativeofEverydayLifeandEverydayPeople)とあ るように、 多 くの市井 の人々 とその何気 ない 日常生活に題材 を求めている。 もうひ とつ は、異常 な普通 でない物語 であるO それは大体 においてセ ンセ イシ ョナルであ り、異国情緒風 であ り、超 自然的で さえある。必 ず しも心地 よ くないこ と、好 まし くないこ と、不気味 なこ とも語 られ る。 自らの体験か ら、 彼は後者の作品群が人間にいろいろの異常 な心理 を引 き起 こす こ とも承知 していて、 その ま ま生涯にわたる異常心理へ の傾倒 を示 している。 (12) 『ボズのスケ ッチ集』 は4部構成、仝56作 品か ら成 っている。 第1部 我 らの教 区 (Ourparish) 7 第2部 情景描写 (Scenes) 25 第3部 人物描写 (Characters) 12 第4部 物 言吾 (Tales) 12 タイ トル を一 見 した ところ、第 4部 「物語」の名 の下 に集め られた12編の なかに も、デ ィ ケンズの不気味 でお伽話的 な題材への傾倒 を示す よ うな ものは見当た らない. 第3部 「人物 描写」 中の5編 も、形式上 は 「物語」 に含め て考 えて よい ものだが、 いずれ も人間の愚行や (13) 馬鹿 さかげん を笑劇仕立 てに した ものばか りである。 ただ書かれ た順番 に したが って読んで み た場合、ひ とつの明 らか な傾 向がある。 この17編 は執筆時期 に よって大 まかに8、 5、 4 編ずつに分別 で きるが、書かれた時期 に大差 はない ものの、後になれはなるほ ど、 そU)構成 上の完成度 は高 まってい く。最後の

4

編-「グレー ト・ウイングルベ リの決闘

TheGreatWingleburyDuel 「ラムズゲイ トの タッグズ家

TheTuggsesatRamsgate

「黒 いベ ール

TheBlackVeil 「酔 っ払 いの死

TheDrunkard'sDeath

これ らの うち前の2編 は笑劇風、後の2編 は メロ ドラマ風 で、習作時代 とも言 える時期 な が ら、 その最終段 階 らし く、か な りの創作上の力量 をうかが わせ る。 それに とどまらず、 こ の

4

編には 『ボズのスケ ッチ集』のほかの作 品にはない、 人間の心理 的乱れや混乱 といった ものが、ひ とつ のテーマ として取 り上げ られている。前の2編 は ドタバ タ喜劇 なが ら、人間 の心の不安定 さや あ る種 の狂気 を話の筋の中心に している。後の2編の うち 「黒 いベ-ル」 (14) は正面か ら特異 な状況下 に置かれた人間の狂気 を取 り上 げてい る。 この作 品はアン ・ラ ドク

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村 田 1.テ ィケ ン ズの初 期 「知舶 小 説」 161

))フの 『ユー ドルフォーの惨劇』 (TheMysteriesofUdolpho.1794)や 当時 人気 を博 して いた雑 誌 『ブ ラ ックウ ッズ ・エデ ィンバ ラ ・マガジン』の影響 を受 けている とされ るが、注 目すべ き点は、以後何度 もこの精神異常 の問題がshortstoriesに姿 を現 わす ことであ る。 そのあ らす じは次の よ うであ る。開業 したばか りの ある若 い医者が嵐の夜初めての患者 を 迎 える。患者は 「非常 に背の高 い婦人で、正式 な喪服 を着て いて」顔 のほ うは 「厚 い黒 いベ (15) ールで包 まれていた」 (p.372)。彼女は医者に 自分 では な く別 の あ る病 人 を助 けてほ しい と 懇願す るが、「絶体絶命の危機 にあ りなが ら」その病 人には今す ぐ面会 で きない し、 ただ翌朝 なら可能 だが、 その ときにはす でに 「人の助 けの届か ない ところに行 って しま う」と言 う (い ずれ もp.374)。医者はその婦人 と病 人が助け を求めて待 って いるはずの場所-翌朝行 くこ と を約 束す る。真相 は最後の場面 までわか らない。医者 は荒涼 とした地 区 を抜けて約 束の家 に 着 くが、病 人は身動 きひ とつせ ずベ ッ トに横 たわ っている。診察 を始め、光 りを入れ よ うと カーテ ンを開けた とき、真相が明か され る。病 人は、 その朝絞首刑 に され た死刑 囚であ り、 そ して依頼の婦 人の息子 であった。 この作 品は明 らかに、息子 を思 うあま り取 り乱 した母親 が、 ひ ょっ とした ら手当てに よっ て奇跡的に命 を取 り戻すか も知 れ ない とい うはか ない望 み を抱 いて、あ る医者に処置 を頼む とい う母親の愛情 の物語 とも言 える。 しか し、他 のデ ィケンズの作 品 と比較 してみ る と、「黒 いベー ル」の際立 った特徴 は、 その話の箭ではな く、精神錯乱 とい う問題 を強調 して いるこ とである。終 りの場面 で婦 人は悲 しみのあま りにつにい狂気 に陥 る。 そこまでの悲惨 な経路 はあ りふれているO「母親 は友人 も金 もない未亡 人で、父親の ない我が子に与 えよ うと自分 に 必要 な もの まで我慢 していた。 当の少年 は、母親の切 なる思 い を気に留めず、 自分 の ため に 数 々の苦難 を忍んで くれたこ と- 母親 は心 では絶 え間 な く気遣 い、体 も進んで節 食 しては やせ た- も忘 れて、放 蕩 と犯罪の生活に飛 び込んで しまう。 そ して こん な結果に なって し まった」(p.381)。 それに もかかわ らず、 この結末に至 るまでの、依頼 して きた婦人のみ な ら ず、若 い医者の心理的状 態は相 当に常軌 を逸 している。 冒頭早 々に医者 は まだ患者の ないま まに うたた雇 を して 「定 まらぬ想像」(p.371)をめ ぐらせ てい る し、婦 人が訪れた際の会話 も、 この想像 的 (精神的)混乱 とも呼ぶべ きものに不思議 な符合 を見せ る。 「ずぶぬれ ですね」 と彼は言 った。 「ええ」 この 人物 は小 さ く低 い声で言 った。 「それにおかげんが悪 いのでは」 と医者は、婦人の声の調子が痛みに苦 しむ人のようだ ったので、思 いや ってつけ加 えた。 「ええ」と答 えがあ り、「とて も悪 いんです、体 ではな くて精神 的に。(後略)」(p.373) 同様 に、若 い医者は、 その奇妙 な約束 をした夜 なか なか潅つかれぬ ままに、 おか しいのは 婦人だ としなか ら自らとりとめ もな く乱れた心理状態に陥 る。

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162 清泉女学 院短期大学研究紀要 (第8・9合併号 ) それか ら再 び、 この婦人の知性 は混乱 を来 していたのだ とい う初めの印象に立 ち返 った。 そ してそ う考 えるこ とが 多少 な りとも満足の行 く問題解答の方法だったので、彼 は婦 人 は狂 っていた と信 じるこ とに しようと頑 なに決心 した。 しか し、 この点につ いて疑心暗 鬼はす ぐにかれの心 に忍び寄 り、長 くぼんや りした眠れぬ夜の閉 じゅ う繰 り返 し姿 を現 わすのだった。 その間、彼はそ うす まい とす る努 力に もかかわ らず、 あの黒いベ ール を 混沌 とした頚の中か ら消 し去 るこ とが出来 なか った

。(

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3

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)

ドゥプ リー ズ氏が指摘 しているよ うに、翌朝医者が通 り抜けて行 く荒涼 とした地 区のか な (16) り細か い描写 も、彼の不安定 な心理 を客観的に投影 した と考 えて よい。 これだけの例 を見れ ば、 この作品におけ るデ ィケンズの意図が、人間の精神 異常 に こそあると言えるだ ろ う。 そ して、 これは同 じく 「物語

」1

2

編 中の最後 を飾 る 「酔 っ払 いの死」 に もっ とあ ざやかに表現 されている。 この作 品は もっ とメロ ドラマ仕立 てであ り、人間の狂気 を焦点に しているのが容 易にわか る。語 り手が言明す るよ うに、主 人公である父親 の零落 は型通 りの ものであ り 「あ ま りに よ くあるこ となので、 どの人間の一生の出来事 に も珍 しい とも言 えない」(p.484)。アル中の父 親 は心 の優 しい妻 を顧 みず、息子 たちを家か ら追 い出 し、娘 を食い物に し、つ いには妻は傷 心の うちに死んで しまうO娘 も兄弟のひ とりが殺 人犯 となって助 け を求め家 に帰 って きた と き、父親がわずかばか りの酒のために 自らの息子 を警察 に売 って しまうの を見て、 とうとう 父親 を見捨て る。 ここで もや は り、デ ィケンズの狙 いはお定 ま りの破滅- の道 を詳述す るこ とでは ない。 アル中の父親 に見 られ る、理不尽 とも不可解 とも言え る人間の異常心理 である。 冒頭部分 にアル コ- ルは 「ゆっ くりだが確実に利 く毒 を激 し く求め るこ とと同 じであ り、(中 略)それは飲む もの を狂お しくも堕落 と死へ急 き立て る」(p.484)と表現 され、結末の父親の 自殺

(

川への身投 げ)を待つ まで もな く、息子 を酒のために売 って しまった瞬間に、「彼は飲 んで しまった。 そ して彼 の理性 は失 くな った」 (p.490) とあ るよ うに、す でに正 常 では な い。 ただ父親の来 した異常 は、単 にアル コールのための悲劇 とい うだけでな く、 そのアル コ ールが もた らした絶対的 な孤独、家族か らも遊離 して しまった人間 としての淋 しさをも原因 とす るのであ る。 以上述べ て きたよ うに、『ボ ズの スケ ッチ集』の うち最後に書かれた

4

つの作 品は、デ ィケ ンズが人間の異常 な精神状態 を問題 として捉 えずにい られ ないこ とを示 している。 なるほ ど 後に書かれ る数 多 くの完成度の高 い作品 と比べ る と習作の域 を出ないが、殊に「黒 いベール」 や 「酔 っ払 いの死」での問題の捉 えかたは非常 に鋭 くは っき りしている。「酔 っ払 いの死」の 始めに見 られ る次の部分 は、彼の この問題へ の興味 を端的に示 していて面 白い。 死の訪れ るの を待 ち見守 るのは恐 ろ しいこ とだ。望 みが な くなった とか回復の見込が な い と知 るこ とも恐 ろ しい。 そ して長 い夜- 病の床 を見守 るものだけがわか るよ うな夜 - のや るせ ない時間 をただ座 って過 ごす こ とも恐 ろ しいこ とだ。心の底の秘密一一 何

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村田 :ディケンズの初期「短編′ト説」 163 年 ものあいだ哲積 し隠 され た もの- が、 あなたの前 に横 たわ り意識 もな くして誰 も助 け よ うの ない者 の 口か ら吐 き出 され るの を耳 にす る とき、 そ して熟 に うな され て い る う ちに 自分 の仮 面がつ いにはが され て しまえば、一生保 ち続けて きた慎 みや 抜 け 目な さが いかに役 立 た ない ものか を思 うとき、 ぞ っ と寒 さを覚 える。 人はた くさんの奇妙 な話 を 臨終 の うわ言の うちに語 って きた。す なわ ち、悪事 や犯 罪に満 ちていて、立 ち会 ってい る人間が それ を見聞 きして気が狂 って しまわ ない として も、恐怖 の うちに逃 げ 出 して し まわずにはい られ ない よ うな色々 な話 を。 そ して 多 くの者 は哀れ に も、 人知 れず、 名前 を口にす るだけで勇敢 な人間 さえ も逃 げ出 させ て しま うよ うな行為 の数 々 を うわ言 にわ め きなが ら、 この世 を去 って行 った。 (p.485) ここにはデ ィケ ンズの 人間心理- の並 々 な らぬ興 味 と、 あ る意味 では、 それ が暴露 され る こ と- のか な り生 々 しい不安 が うかが え るo デ ィケ ンズの初期 のstoriesには笑劇仕 立 ての もの、喜劇仕 立 ての ものが 多いが、同時 に こ の2作 品の よ うな ものが書かれ た こ とは、1835年 とい うご く駆 け 出 しの頃 (初め て作 品が雑 誌 に載 ったのは1833年 )既 に、大衆 に広 く受 け 入れ られ ていた (と少 な くともデ ィケ ンズは 確信 していた)喜劇 的 な世 界 を越 えて、独 自の世 界 を も構築 しよ うと考 えて いた こ とを示 し てい る。今 回取 り上 げた4編の よ うに、彼 はshortstoriesの中に、それ までは通常 考 え られ なか った世 界、つ ま り 「あ りふれ た生 活 とあ りふれ た人々」 とは大 き くかけ離 れ た種 類 の経 験 に満 ちた世 界 を作 り出そ うとしていたの であ る。 それは先 に延べ た とお り、小 さい頃 に耽 読 したいわゆ る不思議 な物語や不気味 な物語 に培 われ て きた もの であ る。『ピックウ イ ッ ク ・ クラブ』 に挿 入 された9つの作 品 もまた、 こ うした非常 な る世 界、異常 な心理 に埋 もれ た世 界 を探 ろ うとデ ィケ ンズが手 を伸 ば した成果 であ る。 この9編の分 析 につ いては次 回に譲 り た い 。 注 (1) この論文中に言及するデ ィケンズの作品について、その英語の タイ トル と発表年 をここに列 挙 してお く。以下 言及の順O 「クリスマス ・キャロル」 -'AChristmasCarol"1843

『ピックウィック ・クラブ遺文録』ThePosthumousPapersofthePickwickClub1837 『ポズのスケッチ集』型 とSketchesbyBoz1836

『辛い時代』 HardTimes1854

(2)最初の本格的研究は、 VirgilGrillo,CharlesDickens'Sketchesby Boz:End in 仙e

B

e

g

in

n

i

ng(Boulder,Colorado:ColoradoAssociatedUniv.Press,1974)である。引 き続 き、 Dua-eDeVries,Dickens'sApprenticeYears(New York:HarvesterPress,1976)に詳

しく、さらにDeborahA.Thomas,DickensandtheShortStory(Philadelphia:Univ.of PennsylvaniaPress,1982)では、デ ィケンズのshortstoriesとい う観点か ら新 たな研究が さ れている。

(3) 携わった3つの雑誌 を年代順に挙げてお く。

(8)

164 清泉女学院短期大学研究紀要(第8I9合併 号 )

『家庭 の言葉』 HouseholdWords1850-59 『一年 中』 AlltheYearRound1859-70

(4) 「構成の原理」 ''ThePhilosophyofComposition",1846.

(5) HerbertE.Bates.TheModem ShortStory.中西秀 男訳 (開文社、1958年 )

1

.回顧」 の *O

(6) Thomas,op.°it.,p.3. (7) Thomas.op.cit.,p.6.

(8) 1843年 か ら48年 にかけて毎年(1847年 は除 く)ク リスマ スに発表 され た5作 品は、1852年一 冊 に ま とめ られ 『ク リスマ スの本』(ChristmasBooks)とな って い るD

(9) Chatham- ロン ドンの東50キ ロほ どの テム ズ)Ir沿いにあ るEEl舎町o

(10) 幼少の読書体 験全般 につ いては、前掲Devriesの研究 に詳 しい (pp.4-8,24-26)O (ll) 前者2つ は前述 の通 り、18世 紀初期 アデ ィソン とステ ィー ルの コンビに よる もの。後者 は18世 紀半 ば ジ ョンソン博士 に よる。 (12) その構成 と現在の形に ま とまるまでの改訂 の様 子 は、筆者の論文 「『ポ ズの スケ ッチ集』の由 来 と改訂過程 」 (清泉女学院短期 大学研 究紀要4号、1986年、英文 )に ま とめ てあ る。 (13) DeVries,op.°it.,p.93. (14) 拙 訳 (清泉女学院短期 大学研 究紀要7号、1989年 )参考。 (15) 「黒 いベ ー ル

「酔 っ払 いの死」の訳 は拙訳 に よる。 引用の後のペ ー ジ表記 は、 Thelllustrated Dickens版 (London:OxfordUniv.Press.1957)に よるo

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