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オーストリア憲法政治における連邦参議院の独自性

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(1)オーストリア憲法政治における連邦参議院の独自性. オーストリア憲法政治における 連邦参議院の独自性 北 村 貴 1.序論 2.連邦参議院に関する憲法制度 3.憲法政治における連邦参議院の権能の動態 4.連邦参議院が独自性を発揮できない要因 5.結論. 1.序論  本論文は,オーストリアにおける連邦参議院(Bundesrat)に関する憲 法制度及びその動態について検討した上で,連邦参議院が憲法政治におい て独自性を発揮できない原因を分析及び考察することを目的とする(1)。  オーストリアは,憲法上の基本原理として連邦国家(Bundesstaat)を (2) 採用している。連邦憲法(Bundes-Verfassungsgesetz) 第 2 条は,第 1. 項で「オーストリアは連邦国家である。」と規定した上で,第 2 項で連邦 を構成する主体である九つの州(Bundesländer)を挙げている。九つの 州とは,ブルゲンラント州(Bgld.; Burgenland),ケルンテン州(Ktn.; Kärnten), ニ ー ダ ー エ ス タ ー ラ イ ヒ 州(NÖ.; Niederösterreich), オ ー バーエスターライヒ州(OÖ.; Oberösterreich),ザルツブルク州(Sbg.; Salzburg),シュタイアーマルク州(Stmk.; Steiermark),チロル州(T.; Tirol), フ ォ ア ア ー ル ベ ル ク 州(Vbg.; Vorarlberg), ウ ィ ー ン 州(W.; (3) Wien) を挙げている。これらの九つの州は憲法上の自治権を有しており,. 連邦の主権の下に結合してオーストリア共和国を形成している。   連 邦 レ ベ ル の 立 法 機 関 で あ る オ ー ス ト リ ア 議 会(Österreichisches Parlament)は,二院制を採用している。一方で,下院である国民議会 49.

(2) 憲法研究 第 52 号(令和 2 年). (Nationalrat)は,国民全体を代表する。他方で,上院である連邦参議院は, 連邦を構成する各州を代表する。こうしたオーストリアにおける二院制は, 典型的な二院制の類型(貴族院型,連邦院型,民主的第二院型)における 連邦院型に分類されるものである(4)。  しかし,連邦院型上院である連邦参議院に対しては,現実の憲法政治に おける存在意義は少ないという批判が一貫して存在している。2019 年 2 月 14 日,連邦参議院は,国民議会が可決した憲法改正法案を否決した。この 連邦参議院による憲法改正法案の否決は,連邦憲法が制定された 1920 年以 降の憲法政治史で初の出来事であった。この否決は,オーストリア憲法政 治に対して大きなインパクトを与えた。例えば,ウィーンにおける代表的 な日刊紙の一つであるヴィーナー・ツァイトゥング(Wiener Zeitung)は, この否決を「歴史的決定(Historische Entscheidung) 」と評した(5)。こう した評価は,連邦参議院が従来の憲法政治において国民議会とは異なる独 自性を発揮してこなかったからこそのものであると言えよう。  本論文では,こうした連邦参議院に対する評価の現状を背景として,連 邦参議院が憲法政治において連邦院型上院としての独自性を発揮できてい ない要因に関して分析及び考察する。本論文の構成は,以下の通りである。 第 2 節では,連邦参議院の構成及び権能がどのように規定されているかと いう点について,憲法制度を分析する。第 3 節では,憲法制度に基づいて 連邦参議院が憲法政治においてどの程度の独自性を発揮してきたかという 観点から,憲法政治の動態を分析する。第 4 節では,連邦参議院が独自性 を発揮できるか否かを規定する要因は何かという点について分析し,考察 を加える。最後に第 5 節で,結論を述べる。. 2.連邦参議院に関する憲法制度  本節では,連邦参議院の構成及び権能がどのように規定されているかと いう点について,憲法制度を分析する。. 50.

(3) オーストリア憲法政治における連邦参議院の独自性. (1)連邦参議院の構成  連邦参議院は,州を代表する議員により構成される。各州への議席配分 に関しては,連邦憲法第 34 条において規定されている。各州は,その住 (6) 民数(Bürgerzahl) に応じて,連邦参議院の議席が配分される。具体的. には,最も住民数が多い州に 12 議席が配分される。この 12 議席が配分さ れた州を基準として,住民数と議席数が比例するように残りの各州に議席 が配分される。ただし,最も住民数が少ない州でも最低 3 議席は配分され る。つまり,最も住民数が多い州の住民数の 4 分の 1 より少ない住民数の 州は,結果的に連邦参議院において過大代表される。この議席配分は,10 年ごとに実施される国勢調査(Volkszählung)の結果に基づき,連邦大統 領により確定される。2019 年現在の議席配分は,2011 年の国勢調査の結果 に基づき,2013 年に連邦大統領により確定されたものである(7)。表 1 は, 各州に配分された 2019 年現在の議席数と比例指数をまとめたものである。 最も住民数が多い州として 12 議席を配分されている州は,ニーダーエス ターライヒ州である。表中の比例指数はニーダーエスターライヒ州を基準 (1.00)として算出し,1 より大きい値となるほどに過大代表,小さい値とな るほどに過小代表を意味する。この点,表 1 からは「最も住民数が少ない 表 1:各州の連邦参議院の議席数と比例指数 連邦参議院議席数 ブルゲンラント ケルンテン. 比例指数 3. 1.40. 4. 0.97. ニーダーエスターライヒ. 12. 1.00. オーバーエスターライヒ. 10. 0.97. ザルツブルク. 4. 1.08. シュタイアーマルク. 9. 1.00. チロル. 5. 0.99. フォアアールベルク. 3. 1.17. ウィーン. 11. 1.03. (出所:筆者作成). 51.

(4) 憲法研究 第 52 号(令和 2 年). 州でも最低 3 議席」という規定が,ブルゲンラントやフォアアールベルク の過大代表をもたらしている点を読み取れる(8)。  連邦参議院議員は,各州議会が選任する。選任方法に関しては,連邦憲 法第 35 条により規定されている。選任方法は,比例代表の原則に従う。 まず,それぞれの州において,州議会の議席数に応じて政党に対して連邦 参議院の議席が配分される。次に,各政党が,配分された議席数と同数の 連邦参議院議員及びその補欠を決定する。この点,連邦憲法第 35 条第 1 項は,州議会で 2 番目に多い議席を有する政党には少なくとも 1 議席を配 分しなければならない旨を規定している。つまり,憲法制度上,一つの政 党がその州における連邦参議院の議席を独占できない。また,被選任資格 は,連邦憲法第 35 条第 2 項の規定により,当該州議会の被選挙権を有す るものに与えられる。換言すれば,連邦参議院議員は,必ずしも州議会議 員である必要はない。   連 邦 参 議 院 議 員 の 任 期 は, そ の 議 員 を 選 任 し た 各 州 議 会 の 立 法 期 (Gesetzgebungsperiode)に従う。連邦参議院議員は,州議会議員選挙が 実施された後に選任されてから,次の州議会議員選挙が実施されて新たな 連邦参議院議員が選任されるまでの期間,その職にある。この点,全 9 州 のうちの 8 州において,州議会議員の任期は 5 年となっている。ただし, オーバーエスターライヒ州のみ,州議会議員の任期は 6 年となっている。 また,同じ 5 年任期を採用している州であっても,州により州議会議員選 挙の時期は異なっている。したがって,連邦参議院議員全体に共通する任 期は存在しない。 (2)連邦参議院の権能  連邦の立法過程における連邦参議院の主な権限として,①国民議会への法 案提出,②国民議会が議決した法案に対する反対の議決,③特定の内容の 憲法改正に対する同意,④憲法の部分改正における任意的国民投票の要求と いう四点を挙げられる(9)。以下では,これら四つの権限に関して,概括する。 52.

(5) オーストリア憲法政治における連邦参議院の独自性.  第一に,「国民議会への法案提出」である。連邦憲法第 41 条第 1 項は, 「立法提案は,国民議会議員,連邦参議院若しくは連邦参議院議員の 3 分 の 1 の動議又は連邦政府の提案により,国民議会に提出される。」と規定 している。この点,1920 年に連邦憲法が制定された当初の第 41 条の規定 は,国民議会議員及び連邦政府にのみ法案提出権を認めていた。これに対 して,まず,1988 年の第 55 回連邦憲法改正(10)により,連邦参議院による 法案提出が憲法制度化された。次に,1992 年の第 60 回連邦憲法改正(11)に より,連邦参議院議員の 3 分の 1 による法案提出が憲法制度化された。こ れらの連邦憲法改正は,いずれも立法過程における連邦参議院の関与の拡 大を意図したものである。  第二に, 「国民議会が議決した法案に対する反対の議決」である。連邦憲 法第 42 条は, 「法案の議決は,憲法法律に別段の定めがない限り,連邦参 議院が当該議決に対して理由を付して反対しない場合にのみ認証され,公 布できる。 」と規定している。この「理由を付した反対」に対しては,連邦 参議院の通常の議決要件,すなわち総議員の 3 分の 1 の出席の下で過半数 の賛成という要件が課されている。しかし,連邦参議院が反対の議決をし た場合であっても,国民議会の再可決により法案は成立する。さらに,この 国民議会の再可決に対しては特別多数は要求されておらず,1 度目の議決と 同じ総議員の 3 分の 1 の出席の下で過半数の賛成という要件で足りる。つ まり,連邦参議院は,実質的には法律の成立を遅らせる権限を有するのみ である。その意味で,この連邦参議院の権限は,停止的拒否権(Suspensives Veto)とも呼ばれている(12)。なお,連邦憲法第 42 条第 5 項の規定により, 連邦参議院による反対の議決の対象に予算に関する法案は含まれない。  第三に,「特定の内容の憲法改正に対する同意」である。連邦憲法第 44 条第 1 項は,「憲法法律又は通常法律に含まれる憲法規定は,国民議会に より,総議員の半数以上の出席がある場合にのみ,投票の 3 分の 2 以上に より議決することができ,その旨(「憲法法律」,「憲法規定」)を明示する ものとする。」と規定している。この第 44 条第 1 項の規定は,いわゆる 53.

(6) 憲法研究 第 52 号(令和 2 年). 「通常の部分改正(Teiländerung)」のための手続に関するものである。通 常の部分改正の手続は,オーストリア憲法の改正手続における基礎となる。 通常の部分改正以外の憲法改正手続は,通常の部分改正の要件に対して別 の要件が付加される。この点,国民議会による議決に加えて,連邦参議院 による同意が必要となる部分改正が二つある。一つは,連邦憲法第 34 条 及び第 35 条の改正である。前述したように,連邦憲法第 34 条及び第 35 条は,連邦参議院の構成について規定している。これらの規定の改正のた めには,国民議会の議決に加えて,連邦参議院における通常の議決かつ 4 州以上で過半数の議員による賛成が必要となる。この改正手続は,1920 年の連邦憲法制定時から制度化されている。もう一つは,州の立法及び執 行の権限を制限する憲法改正である。この場合には,国民議会の議決に加 えて,連邦参議院において総議員の半数以上の出席の下で 3 分の 2 以上の 賛成が必要となる。この改正手続は,1984 年の第 51 回連邦憲法改正(13) により新たに制度化された。なお,「連邦憲法第 34 条及び第 35 条の改正」 及び「州の立法及び執行の権限を制限する憲法改正」のいずれに関しても, 連邦参議院が否決した場合には,国民議会は再可決できない。その意味で, 特定の内容の憲法改正に関しては,連邦参議院は絶対的拒否権を有してい ることになる。  第四に, 「憲法の部分改正手続における任意的国民投票の要求」である。 連邦憲法第 44 条第 3 項は,「連邦憲法の全面改正及び国民議会又は連邦 参議院の 3 分の 1 の要求があった場合の部分改正のみ,第 42 条の規定に 従った手続が完了した後,連邦大統領による認証の前に,全連邦国民に よる投票に付される。」と規定している。オーストリアにおける憲法改正 (14) の際の国民投票は,基本的には全面改正(Gesamtänderung) の際の義. 務的国民投票のみである。ただし,部分改正の場合においても,国民議会, 連邦参議院いずれかの 3 分の 1 の議員の要求に基づいて,任意的国民投 票を憲法改正手続に付加できる。この制度は,議会における少数派の保 護という趣旨に基づくものである。連邦参議院に関しては,連邦参議院に 54.

(7) オーストリア憲法政治における連邦参議院の独自性. 多くの議員を送り込めない小規模な州を保護するためのものであると言 えよう。 (3)小括  以上,本節では,連邦参議院の構成及び権能がどのように規定されてい るかという点について,憲法制度を分析した。連邦参議院は,憲法制度上, 州代表として設計されている。他方で,その権限は,国民議会と比較して かなり限定的である。ドイツにおける連邦参議会やスイスにおける全州議 会(Ständerat/ Conseil des Etats/ Consiglio degli Stati)など,他の欧州 の連邦院型の上院と比較しても,オーストリアにおける連邦参議院の権限 は下院である国民議会と比較して弱いものとして位置付けられる。. 3.憲法政治における連邦参議院の権能の動態  本節では,現実の憲法政治において,連邦参議院の権能がどの程度行使 されているかについて分析する。 (1)国民議会への法案提出  連邦参議院が法案提出の権限をどの程度行使しているかを明らかにする ために,連邦参議院及び連邦参議院議員の 3 分の 1 による法案提出件数の 推移を分析する。図 1 は,第 17 立法期から第 25 立法期まで(15)の各立法 期において提出された法案全体の件数と連邦参議院及び連邦参議院議員の 3 分の 1 による法案提出件数をまとめたものである。  法案全体の件数に占める割合は最も大きい第 14 立法期で約 1.9% であり, 他の立法期は 1% にも満たない。第 18 立法期において,連邦参議院議員の 3 分の 1 による法案提出が憲法制度化された。しかし,法案提出件数の増 加には繋がっていない。なお,法案の全体の件数と連邦参議院及び連邦参 議院議員の 3 分の 1 による法案提出件数との間には,5% 水準で有意な相 関関係があるとは言えない(16)。つまり,法案全体の件数の多少に関わらず, 55.

(8) 憲法研究 第 52 号(令和 2 年). ����. ���. 900. 7. 800. 6. 700. 5. 600 500. 4. 400. 3. 300. 2. 200. 1. 100 0. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 0. ����������� ��������������������������������. 図 1:各立法期における法案提出件数 (出所:筆者作成). 連邦参議院及び連邦参議院議員の 3 分の 1 による法案提出件数は圧倒的に 少ないのが現状である。 (2)国民議会が議決した法案に対する反対の議決  連邦参議院が法案に対する反対の議決という権限をどの程度行使してい るかを明らかにするために,連邦参議院による反対の議決件数の推移を分 析する。図 2 は,第 5 立法期から第 25 立法期まで(17)の各立法期における 連邦参議院による反対の議決件数をまとめたものである。  連邦参議院による反対の議決件数が法案全体の件数に対して占める割合 は,非常に小さい。基本的には 0% から 4% までの間を推移しており,例 外的に第 16 立法期のみが約 11% となっている(18)。なお,法案全体の件数 と連邦参議院による反対議決件数との間には 5% 水準で有意な相関関係が あるとは言えない(19)。つまり,法案全体の件数の多少に関わらず,連邦参 議院による反対の議決件数は圧倒的に少ないのが現状である。 56.

(9) オーストリア憲法政治における連邦参議院の独自性. ����. ���. 900. 50. 800. 45. 700. 40 35. 600. 30. 500. 25. 400. 20. 300. 15. 200. 10. 100 0. 5 5. 6. 7. 8. 9. 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25. 0. ����������� �������������������. 図 2:各立法期における連邦参議院による反対の議決件数 (出所:筆者作成). (3)特定の内容の憲法改正に対する同意  連邦参議院が特定の憲法改正に対する同意の権限をどのように行使して いるかを明らかにするために,憲法改正回数について分析する。この点,連 邦参議院の同意が必要な憲法改正のうち, 「連邦参議院の構成及び選出方法 に関する憲法改正」に関しては,第 2 共和国において該当する憲法改正法 案が国民議会に提出されたことはない。したがって,以下の本項における 分析の対象は, 「州の立法及び執行の権限を制限する憲法改正」に限定する。  第 25 立法期までは,連邦参議院は憲法改正に対する拒否権を行使して こなかった。表 2 は,第 20 立法期から第 25 立法期までのオーストリア における全憲法改正回数(20)をまとめたものである(21)。  期間中の全 391 回の憲法改正のうち,第 44 条第 2 項に基づく改正,すな わち連邦参議院による同意が必要となる改正は計 136 回成立している。この 136 回という回数は,同期間内に国民議会が州の立法及び執行の権限を制限 する憲法改正を可決した回数と完全に一致する。すなわち,連邦参議院は, 57.

(10) 憲法研究 第 52 号(令和 2 年). 表 2:オーストリアにおける全憲法改正回数 立法期 第 44 条第 1 項に基づく改正 第 44 条第 2 項に基づく改正 計. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 計. 78. 32. 35. 25. 56. 29. 255. 31. 17. 16. 17. 37. 18. 136. 109. 49. 51. 42. 93. 47. 391. (出所:筆者作成). 第 25 立法期までは国民議会が議決した憲法改正法案に対して全て同意し てきたのである(22)。  他方で,序論でも説明したように,第 26 立法期において初めて連邦参 議院が憲法改正に対する拒否権を行使した。対象となった法案は,バイオ マス発電所に対する補助金などを内容としたグリーンエネルギー法改正 (Ökostromnovelle)である。このグリーンエネルギー法改正は,憲法規定 を含み,かつその憲法規定が州の権限を制限するものであった。したがっ て,国民議会のみならず連邦参議院における 3 分の 2 以上による議決も要 求された。この点,2019 年 1 月 30 日に国民議会において 3 分の 2 の多数 により可決された。しかし,同年 2 月 14 日,連邦参議院において 3 分の 1 以上の反対により否決された。こうして,グリーンエネルギー法は,憲 法政治史上初めて連邦参議院が憲法改正に対して同意しなかった事例,す なわち拒否権を行使した事例となった。 (4)憲法の部分改正手続における任意的国民投票の要求  1920 年の連邦憲法制定以降,連邦参議院議員の 3 分の 1 により憲法の 部分改正手続における任意的国民投票が要求された事例は存在しない(23)。 前述のとおり,この制度は連邦参議院に多くの議員を送り込めない少数派 の州を保護するためのものである。その制度が活用されていないというこ とは,すなわち,少数派の州が多数派の決定に対して異議を唱えた事例が 存在していないということである。. 58.

(11) オーストリア憲法政治における連邦参議院の独自性. (5)小括  以上,本節では,現実の憲法政治において,連邦参議院の権能がどのよ うに行使されているかについて分析した。第一に,連邦参議院及び連邦参 議院議員の 3 分の 1 による法案提出件数は圧倒的に少ない。第二に,国民 議会が議決した法案に対する連邦参議院による反対の議決件数も圧倒的に 少ない。第三に,連邦参議院は州の立法及び執行の権限を制限する憲法改 正に対する拒否権を 2018 年までは 1 度も行使しておらず,2019 年に初めて 否決した事例が「歴史的決定」と評された。第四に,連邦参議院議員の 3 分の 1 が憲法の部分改正手続における任意的国民投票を要求した事例は存 在しない。これらの点を総合すると,連邦参議院は,現実の憲法政治におけ る権限行使に関して,独自性を発揮した機会は圧倒的に少ないと言えよう。. 4.連邦参議院が独自性を発揮できない要因  本節では,連邦参議院が現実の憲法政治において独自性を発揮できない 原因について分析及び考察する。具体的には,「四つの要素」が組み合わ さることにより,連邦参議院が独自性を発揮できない状況が形成された点 を明らかにする。ここでいう四つの要素とは,①憲法制度における「政党 単位の連邦参議院議員選出方法」,②政党組織における「国政政党の組織 率の高さ」,③政党組織における「政党執行部の強さ」,④政党システムに おける「両院における与野党の構成比の一致度の高さ」である。以下,こ れらの要素がどのように組み合わさることにより連邦参議院が現実の憲法 政治において独自性を発揮できないかについて論じる。 (1)前提:オーストリアにおける主要な国政政党  前提として,現在のオーストリアにおける主要な国政政党について以下 で概括する。2019 年 6 月末時点のオーストリアにおいて,六つの政党が 国民議会または連邦参議院の少なくともいずれか一方に議席を保有して いる。第一に,オーストリア国民党(Österreichische Volkspartei: ÖVP; 59.

(12) 憲法研究 第 52 号(令和 2 年). 以下,国民党)である。国民党は,かつて二大政党として位置付けられた 政党のうちの一つで,中道右派政党である。第二に,オーストリア社会民 主党(Sozialdemokratische Partei Österreichs: SPÖ; 以下,社民党)である。 社民党は,かつて二大政党として位置付けられた政党のうちのもう一つで, 中道左派政党である。第三に,オーストリア自由党(Freiheitliche Partei Österreichs: FPÖ; 以下,自由党)である。自由党は,極右政党,ポピュ リズム政党として位置付けられる。これら三つの政党が,国民議会と連邦 参議院の双方において議席を有している。第四に,緑の党(Die Grünen) である。緑の党は,環境保護政党として出発し,現在は中道左派政党とし て位置付けられている。2017 年に実施された国民議会議員選挙で議席を 失ったため,連邦レベルでは連邦参議院にのみ議席を有している。第五に, ネオス―新オーストリア自由主義フォーラム(Das Neue Österreich und Liberales Forum: NEOS; 以下,ネオス)である。ネオスは,自由主義政 党として位置付けられており,2013 年に実施された国民議会議員選挙で 初めて国民議会における議席を獲得した。第六に,イェッツト―リスト・ ピルツ(Jetzt ‒ Liste Pilz: JETZT;以下,イェッツト)である。イェッ ツトは,2017 年に緑の党から分裂した政党であり,2017 年に実施された 国民議会議員選挙で議席を獲得した。緑の党が 2017 年の国民議会議員選 挙で議席を喪失した原因の一つが,このイェッツトとの分裂である。以上 の六つの政党が,オーストリア議会においての議席を有する国政政党であ る。政党システムの観点からは,かつてのような二大政党制ではなく多党 制として位置付けられる(24)。 (2)国政政党単位で構成される連邦参議院  憲法制度における「政党単位の連邦参議院議員選出方法」という要素(①) と政党組織における「国政政党の組織率の高さ」という要素(②)の組み 合わせにより,「国政政党単位で構成される連邦参議院」という帰結がも たらされる。 60.

(13) オーストリア憲法政治における連邦参議院の独自性.  まず,連邦参議院議員の議席は,比例代表の原則に従い,州議会におけ る議席数に応じて各政党に配分される(①)。各政党は自らの党に所属す るものを,連邦参議院議員及びその補欠に任命する。したがって,任期中 の離党という例外を除けば,無所属の連邦参議院議員は存在しない。換言 すれば,原則として,連邦参議院議員は政党に所属することになる。  次に,オーストリアにおいては,国政政党の組織率(党員数対有権者比) が非常に高い(②)。図 3 は,オーストリア,ドイツ及びスイスにおける 国政政党組織率をまとめたものである。図 3 からは,オーストリアにおけ る国政政党の組織率が年々減少傾向にあるが,それでもドイツやスイスと 比較して高いことが読み取れる。. (%) 35 32.54. 30. 29.91 29.36. 25. 25.89. 26.95. 20. 17.95 14.74. 15. 13.27. 10 5 0. 1946. 1956. 1966 ������. 1976. 1986 ���. 1996. 2006. 2017. ���. 図 3:オーストリア,ドイツ,スイスにおける国政政党の組織率 (出所:筆者作成).  ①と②の要素が組み合わさることにより,オーストリアにおける連邦参 議院は国政政党単位で構成される。理論的には,国政政党の組織率が高い と,州議会においても国政政党が議席を獲得し,地方政党の議席獲得が 61.

(14) 憲法研究 第 52 号(令和 2 年). 困難となる。州議会で議席を獲得した国政政党が連邦参議院議員を選任す るため,結果的に連邦参議院も国政政党単位で構成される結果となる。連 邦参議院をめぐるオーストリアの憲法政治の現実は,こうした理論的帰結 と一致している。表 3 は,2019 年 6 月末時点での国民議会,連邦参議院 及び州議会における政党別議席数をまとめたものである。表 3 から読み取 れるように,九つの州議会の議席数を合計した 440 議席中,前述の六つの 政党以外の議席数は僅か 9 議席に過ぎない(25)。つまり,国政政党が州議会 においても議席の大部分を獲得し,連邦参議院も国政政党単位で構成され ているのである。 表 3:国民議会,連邦参議院及び州議会における政党別議席数 ÖVP 国民議会 連邦参議院. SPÖ. 61. FPÖ. 52. Grünen. 51. NEOS. 0. JETZT. その他. 10. 7. 2. 計 181. 22. 21. 16. 2. 0. 0. 0. 61. 州議会(計). 136. 133. 110. 37. 15. 0. 9. 440. ① Bgld.. 内訳. 11. 15. 6. 2. 2. 0. 2. 36. ② Ktn.. 6. 18. 9. 0. 0. 0. 3. 36. ③ NÖ.. 29. 13. 8. 3. 3. 0. 0. 56. ④ OÖ.. 21. 11. 18. 6. 6. 0. 0. 56. ⑤ Sbg.. 15. 8. 7. 3. 3. 0. 0. 36. ⑥ Stmk.. 14. 15. 14. 3. 3. 0. 2. 48. ⑦ T.. 17. 6. 5. 4. 4. 0. 2. 36. ⑧ Vbg.. 16. 3. 9. 6. 6. 0. 0. 36. 7. 44. 34. 10. 10. 0. 0. 100. ⑨ W.. (出所:筆者作成). (3)国政政党の利益を代表する連邦参議院議員  「国政政党単位で構成される連邦参議院」 (① + ②)と政党組織における 「政党執行部の強さ」という要素(③)の組み合わせにより,「国政政党の 利益を代表する連邦参議院議員」という帰結がもたらされる。 62.

(15) オーストリア憲法政治における連邦参議院の独自性.  執行部が意思決定の主導権を有しているという意味において,オースト リアの主要政党はいずれも集権的である。オーストリアにおける主要政党 は,他国と比較して複雑な組織構造を有している(26)。主要政党は,国家 構造と類似した構造,すなわち,地方レベル,州レベル,全国レベルとい う階層的組織となっている。さらに,国民党は,こうした階層的組織に加 えて,利益団体を中心とした機能的組織も有している(27)。政党内におけ る権力配分のあり方は,各政党により異なる。しかし,国民党,社民党, 自由党といった連邦レベルで政権を担った経験を有する政党に関する共通 点として,党執行部の影響力が強く,個々の議員の影響力が弱い点を挙げ られる。この点は,オーストリアにおける政党にとって最も重要な国民議 会議員選挙が比例代表制を採用しており,投票基準が個人投票(Personal Vote)ではなく政党投票(Party Vote)となっている帰結である。すなわ ち,有権者の選択基準が個人ではなく政党であるため,個々の議員の影響 力は弱く,政党執行部の影響力が強まるのである。  ①,②,③の要素が組み合わさることにより,オーストリアにおける連 邦参議院議員は国政政党の利益を代表するようになる。もちろん,国政政 党は州組織も有しているため,政党の意思決定の過程においては州の利益 も考慮される。他方で,九つ全ての州の利益が完全に反映されることは, 現実的にはあり得ない。利益調整の過程で,特定の州の利益が損なわれる 場合もあり得る。憲法制度の趣旨に鑑みるのであれば,州の利益を損なう 政党執行部の決定に異議を唱える役割が,その州から選出されている連邦 参議院議員に対して期待される。しかし,政党執行部の影響力が強いため, そうした連邦参議院議員の本来の役割は果たされ難い。つまり,州の利益 を代表する連邦参議院議員という憲法制度上の本来の趣旨が実現できてい ないのである。 (4)独自性を発揮できない連邦参議院  「国政政党の利益を代表する連邦参議院議員」 (①+②+③)と政党シス 63.

(16) 憲法研究 第 52 号(令和 2 年). テムにおける「両院における与野党の構成比の一致度の高さ」という要素 (④)の組み合わせにより,「独自性を発揮できない連邦参議院」という帰 結がもたらせる。  オーストリアにおいては,国民議会における与党の構成比と連邦参議院 における与党の構成比の一致度は高い。図 4 は,立法期ごとの国民議会 及び連邦参議院における与党の議席割合(28)の変遷をまとめたものである。 図 4 からは,両院の与野党構成比の一致度は高いことが読み取れる。国民 議会における与党の議席割合と連邦参議院における与党の議席割合との間 には,強い正の相関関係が確認できる(29)。. (%) 100. 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0. 5. 6. 7. 8. 9. 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 ����. �����. 図 4:各立法期における与党の議席割合 * 灰色の期間は ÖVP と SPÖ による連立政権の期間 ** 破線は憲法改正の可決に必要な 2/3 のライン (出所:オーストリア議会事務局提供資料に基づき筆者作成).  以下では,通常の法案の場合と憲法改正法案の場合とに大別して,連邦 参議院の独自性の発揮について分析する。  まず,通常の法案の場合である。第一に,与党が国民議会と連邦参議院 64.

(17) オーストリア憲法政治における連邦参議院の独自性. の双方で過半数の議席を有しているならば,基本的に連邦参議院は法案に 反対しない。すなわち,連邦参議院が独自性を発揮することはない。第二 に,与党が国民議会で過半数の議席を有するが連邦参議院では過半数の議 席を有していないならば,連邦参議院は法案に反対する。すなわち,連邦 参議院は独自性を発揮する。戦後のオーストリアの憲法政治において,与 党が国民議会で過半数の議席を有するが連邦参議院では過半数の議席を有 していない立法期は,第 16 立法期のみである。この第 16 立法期は社民党 と自由党との小連立政権であった。前節の図 2 で示したように,第 16 立 法期は国民議会が議決した法案に対する反対件数が極めて多い立法期で あった。こうした第 16 立法期の現象は,「与党が国民議会で過半数の議席 を有するが連邦参議院では過半数の議席を有していないならば,連邦参議 院は法案に反対する」という理論に適合的な事例である。  次に,憲法改正法案の場合である。第一に,与党が国民議会で 3 分の 2 の議席を有しないならば,連邦参議院は国民議会が可決した憲法改正法案 を否決しない。与党が 3 分の 2 の議席を有していない国民議会において憲 法改正法案が可決されるためには,国民議会において憲法改正に対する与 野党合意が形成されていなければならない。国民議会において与野党合意 が形成されていれば,連邦参議院における与野党の構成比にかかわらず, 連邦参議院は憲法改正法案を否決しない。第二に,与党が国民議会と連邦 参議院の双方で 3 分の 2 の議席を有しているならば,やはり連邦参議院は 憲法改正法案を否決しない。第三に,与党が国民議会で 3 分の 2 の議席を 有するが,連邦参議院の 3 分の 2 の議席を有しないならば,連邦参議院に おいて憲法改正法案が否決される可能性がある。国民議会において与野党 合意が形成されないまま与党のみで可決すると,連邦参議院において野党 が反対するからである。与党が国民議会で 3 分の 2 の議席を有するが連邦 参議院では 3 分の 2 の議席を有していない立法期は,第 26 立法期のみで ある。この第 26 立法期は,前述した連邦参議院が憲法政治史初めて憲法 改正法案を否決した立法期である。国民党と自由党との連立政権の下で, 65.

(18) 憲法研究 第 52 号(令和 2 年). 国民議会において与党であった国民党と自由党の賛成により,憲法改正法 案が可決された。しかし,連邦参議院においては,与党が 3 分の 2 の議席 を有しておらず,社民党の反対で憲法改正法案は否決された。この点,社 民党に所属する連邦参議院議員 21 名全員が,憲法改正法案に反対した。 ここから,連邦参議院議員が州単位の行動ではなく政党単位の行動をとっ ている点を読みとれる。この第 26 立法期の現象は,「与党が国民議会で 3 分の 2 の議席を有するが,連邦参議院の 3 分の 2 の議席を有しないならば, 連邦参議院において憲法改正法案が否決される可能性がある」という理論 に適合的な事例である。 (5)小括  以上,本節では,連邦参議院が現実の憲法政治において独自性を発揮で きない原因について分析及び考察した。独自性を発揮できない連邦参議院 は,①憲法制度における「政党単位の連邦参議院議員選出方法」,②政党 組織における「国政政党の組織率の高さ」,③政党組織における「政党執 行部の強さ」,④政党システムにおける「両院における与野党の構成比の 一致度の高さ」という四つの要素の組み合わせの帰結としてもたらされる。 この点,近年のオーストリアにおいては分極的多党化の傾向が生じており, その結果,④の要素が欠けやすくなっている。第 26 立法期において連邦 参議院が憲法改正法案を否決したように,④の要素が欠けると連邦参議院 が独自性を発揮するようになる。ただし,その独自性の発揮は,「州代表」 という連邦参議院の本来の趣旨に沿うものではない。. 5.結論  本論文は,オーストリアにおける連邦参議院に関する憲法制度とその動 態について検討した上で,連邦参議院が憲法政治において独自性を発揮で きない原因を分析及び考察した。連邦参議院は,憲法制度上,州代表とし て設計されている。他方で,その権限は,国民議会と比較してかなり制限 66.

(19) オーストリア憲法政治における連邦参議院の独自性. されている。他の欧州の連邦院型の上院と比較しても,オーストリアにお ける連邦参議院の権限は弱いものとして位置付けられる。こうした憲法制 度上の権限の弱さに加えて,連邦参議院が現実の憲法政治おける権限行使 に際して独自性を発揮できる機会は少ない。連邦参議院が独自性を発揮で きない憲法政治の現象は,「政党単位の連邦参議院議員選出方法」,「国政 政党の組織率の高さ」,「政党執行部の強さ」,「両院における与野党の構成 比の一致度の高さ」という四つの要素の組み合わせの帰結である。  本論文はオーストリアにおける連邦参議院を分析対象としたものである が,日本における憲法政治に対しても若干の含意を導き出せる。日本にお ける参議院の独自性に関して,「参議院に地方代表としての性格を与える べき」という主張はしばしば聞かれる参議院改革案である。この点,本論 文の分析結果が明らかにしているように,憲法制度上は地方代表になるよ うに設計しても,必ずしも地方代表という趣旨が実現するとは限らない。 つまり,参議院に地方代表として適切な独自性を発揮させるためには,憲 法制度以外の条件をも考慮しなければならない。それらの条件を考慮せず に単に憲法制度を改革するだけでは,参議院の実質的改革には繋がらない であろう。  本研究に残された課題として,一般的理論の構築という点を挙げられる。 本研究は,オーストリアにおける連邦参議院を対象とした事例研究に留 まっている。オーストリア以外の事例も対象とした比較研究を実施し,そ こから連邦国家型上院に関するより一般的な憲法政治理論を構築する必要 があろう。. 67.

(20) 憲法研究 第 52 号(令和 2 年) 註 ( 1 ) 本論文は,2019 年 6 月 30 日時点の情報に基づき執筆されている。 ( 2 ) オーストリア憲法は,多様な法源で構成されている。連邦憲法は 1920 年に制 定され,現在もオーストリア憲法の中核となっている。他方で,連邦憲法と同 等の効力を有する法律である「憲法法律(Verfassungsgesetz)」,同じく連邦憲 法と同等の効力を有する条約である「憲法の地位にある条約(Staatsvertrag mit Verfassung)」,更に一般の法律及び条約の中の規定で,連邦憲法と同等の効力を有 するものである「憲法規定(Verfassungsbestimmung)」もオーストリア憲法の法 源となっており,連邦憲法と同格の憲法規範である。なお,連邦憲法の条文に関し ては,連邦首相府(Bundeskanzleramt)のウェブサイト内の連邦法情報システム により,最新の改正を反映させた全文を閲覧できる。(https://www.ris.bka.gv.at/ GeltendeFassung.wxe?Abfrage=Bundesnormen&Gesetzesnummer=10000138) な お,連邦憲法の邦訳に関しては,2011 年時点の全訳として,渡邊亙(2012)「各国 憲法集(3)オーストリア憲法」, 『国立国会図書館調査及び立法考査局 基本情報シリー ズ⑫』,25-115 頁がある。 ( 3 ) ウィーンは,連邦首都(Bundeshauptstadt)であり,単独の基礎自治体(Gemeinde) のみで連邦州を構成している。 ( 4 ) オーストリアにおける Bundesrat に対しては,「連邦参議院」という日本語訳を 当てることが一般的である。その由来は,ドイツにおける Bundesrat が日本におい て連邦参議院と訳されてきた点に求められよう。この点に関して,筆者は,オース トリア議会を構成する二つの院に関して,それぞれの院の性質及び訳語の統一性と いう観点から,Nationalrat を「国民議会」,Bundesrat を「連邦議会」という日本 語訳を当てるべきであると考えている。しかし,日本の衆議院,参議院及び外務省 はいずれも公的な文書などでオーストリアにおける Bundesrat に対して「連邦参議 院」という訳語を当てている。日本において研究業績が十分に蓄積されていないオー ストリア憲法の領域において公的機関と異なる訳語を用いた場合には,混乱が生じ る懸念がある。したがって,本論文においても,Bundesrat に対して連邦参議院と いう日本語訳を当てるものとする。なお,初宿正典は,ドイツにおける Bundesrat に関して,その立法過程における実質的役割に注目して,日本語語を「連邦参議院」 から「連邦参議会」に変更することを提案している(初宿正典(2018)『ドイツ連 邦共和国基本法 全訳と第 62 回までの全経過』,信山社,i-ii 頁)。 ( 5 ) Wiener Zeitung 14. 02. 2019. ( 6 ) ここでの住民(Bürger)は,公民権を有する住民を指す。すなわち,外国人など を含めた全住民を表す概念ではない。他方で,選挙権を有しない年少者であっても, 公民権を有していれば住民に含まれる。 ( 7 ) BGBl. II Nr. 237/2013. ( 8 ) ただし,2019 年時点で最も過大代表されているブルゲンラントに関してでさえ, 本来 2 議席が配分されるところを 3 議席配分されている程度の過大代表であり,そ こまで大きなものではない。. 68.

(21) オーストリア憲法政治における連邦参議院の独自性 ( 9 ) なお,その他の権限として,欧州連合の立法及び計画に関する諸権限(連邦憲法 第 23e 条以降),州の自治的活動領域の事項に関係する条約への同意(連邦憲法第 50 条第 2 項),執行権に対する検査権,質問権,要望決議権(連邦憲法第 52 条), 憲法裁判所に対する「連邦法律の憲法違反」の申立て(連邦憲法第 140 条),憲法 裁判所裁判官の推挙(連邦憲法第 147 条第 2 項)が挙げられる。なお,これらの権 限は,国民議会にも認められており,連邦参議院にのみ認められた権限ではない。 (10) BGBl. Nr. 341/1988. (11) BGBl. Nr. 276/1992. (12) Vgl. Berka, Walter(2018)Verfassungsrecht, 7. Aufl., Verlag Österreich, S. 190; Öhlinger, Theo und Harald Eberhard(2016)Verfassungsrecht, 11. Aufl., facultas, S. 199. なお,オーストリア議会は,こうした連邦参議院の停止的拒否権を,延期的拒 否権(Aufschiebendes Veto)とも評している。Vgl. Republik Österreich Parlament Website, „Einspruchsrecht des Bundesrates“,(https://www.parlament.gv.at/ PERK/NRBRBV/BR/AUFGBR/index.shtml) (Letzter Zugriff 14, Mai. 2019) (13) BGBl. Nr. 490/1984. (14) 全面改正とは,「憲法の基本原理を変更する改正」を意味する。この点に関する 詳細は,北村貴(2019)「オーストリア憲法の基本原理―法秩序における位置付け と本質的要素―」,『比較憲法学研究』第 31 号,178-179 頁を参照されたい。 (15) 第 17 立法期(1986. 12. 17 - 1990. 11. 4)は,連邦参議院による法案提出を憲法制 度化した第 55 回連邦憲法改正が成立した立法期である。第 25 立法期(2013. 10. 29 2017. 11. 8)は,期間が終了した立法期のうちで最も直近のものである。 (16) R = 0.49,p = 0.237 (17)  第 5 立法期(1945. 12. 19 - 1949. 11. 8)は,戦後最初の国民議会議員選挙による 国民議会の立法期である。第 25 立法期は,脚注 14 を参照。 (18) この例外的事象の原因は,第 4 節で言及する。 (19) R = 0.052,p = 0.824 (20) 連邦憲法だけではなく,憲法法律や憲法規定などの改正も含む憲法改正回数である。 (21) 第 19 立法期までのデータに関しては現時点では N. A. となっている。 (22) なお,第 18 立法期までの期間に関しても,連邦参議院は「州の立法及び執行の 権限を制限する憲法改正」に全て同意しており,拒否権を行使していない。 (23) なお,国民議会議員の 3 分の 1 により憲法の部分改正手続における任意的国民投 票が要求された事例も存在しない。 (24) オーストリアにおける政党システムに関しては,北村貴(2018)「オーストリア における政党システムと憲法政治―二大政党制から多党制への変遷の背景と帰結」, 『法政論叢』第 54 巻第 2 号,207-223 頁を参照されたい。 (25) 内訳は,ブルゲンラントの 2 議席はリスト・ブルゲンラント(LBL),ケルンテ ンの 3 議席はチーム・ケルンテン(TK),シュタイアーマルクの 2 議席はオースト リア共産党(KPÖ),チロルの 2 議席はフリッツ(Liste Fritz Dinkhauser)の議席 である。なお,これらのうち,オーストリア共産党は地方政党ではなく国政政党で. 69.

(22) 憲法研究 第 52 号(令和 2 年) あるが,1959 年の国民議会議員選挙で議席を喪失して以降,国民議会における議席 を有していない。また,国民議会の「その他」2 議席は,当選後に離党した 2 名で ある。 (26) オーストリアにおける政党の組織構造に関しては,see. Müller, Wolfgang C. (1996) “Political Parties”, Volkmar Lauber ed. Contemporary Austrian Politics, Routledge, pp. 59-102. (27) 具体的には,職能別のオーストリア農民同盟(Österreichischer Bauernbund), オーストリア経済同盟(Österreichischer Wirtschaftsbund),オーストリア労働者 事務員同盟(Österreichischer Arbeitnehmerinnen- und Arbeitnehmerbund)とい う三つの同盟に加えて,高齢者のためのオーストリア年長者同盟(Österreichischer Seniorenbund),青年のための青年国民党(Junge Volkspartei),女性のための女 性国民党(ÖVP-Frauen)という六つの組織である。 (28) 図 4 で示された第 26 立法期の与党の議席割合は,2019 年 5 月 18 日までの国民 党と自由党との連立政権に基づく数値である。2019 年 5 月 19 日,国民党と自由党 との連立政権が崩壊し,5 月 27 日,国民党のクルツ(Sebastian Kurz)が連邦首 相を務める連邦政府が国民議会により不信任された。その後,短期間のレーガー (Hartwig Löger)暫定政府を経て,6 月 3 日,憲法裁判所(Verfassungsgerichtshof) 長官であったビアライン(Brigitte Bierlein)を連邦首相とする連邦政府が成立した。 ビアラインによる連邦政府は,2019 年 9 月 29 日に実施予定の国民議会議員選挙ま での暫定政権としての性格を有しており,閣僚も政党色を排した構成となっている。 この点に関しては,北村貴(2020)「2019 年オーストリア政治に対する憲法制度的 分析」,『法政治研究』第 6 号,161-181 頁を参照されたい。 (29) R = 0.93,p = 0.000. 【謝辞】  本論文執筆にあたり,オーストリア議会事務局のメラニー・アンマン氏(Fr. Melanie Ammann)及びモニカ・ツィブラ氏(Fr. Monika Czibula)から,詳細な統計データを 提供して頂いた。ここに記して謝意を表したい。. 70.

(23) オーストリア憲法政治における連邦参議院の独自性. Individualität des Bundesrates in der österreichischen Verfassungspolitik Takashi Kitamura Zusammenfassung Dieser Aufsatz präsentiert eine Analyse und Betrachtung zu der Individualität des Bundesrates in der österreichischen Verfassungspolitik. Dieser Aufsatz setzt sich aus folgenden Inhalten zusammen. 1.Einleitung 2.Verfassungsinstitutionen für Bundesrat 3.Dynamik der Befugnisse des Bundesrates in der Verfassungspolitik 4.Warum kann nicht der Bundesrat seine Individualität demonstrieren? 5.Schluss. 71.

(24)

表 2:オーストリアにおける全憲法改正回数 立法期 20 21 22 23 24 25 計 第 44 条第 1 項に基づく改正 78 32 35 25 56 29 255 第 44 条第 2 項に基づく改正 31 17 16 17 37 18 136 計 109 49 51 42 93 47 391 (出所:筆者作成) 第 25 立法期までは国民議会が議決した憲法改正法案に対して全て同意し てきたのである (22) 。  他方で,序論でも説明したように,第 26 立法期において初めて連邦参 議院が憲法改正に

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