背景・目的
手術部位感染予防のための抗菌薬使用に関して は,2016 年に「術後感染予防抗菌薬適正使用のた めの実践ガイドライン」1)(以下,ガイドライン) が発刊されている。当院外科においては,クリニカ ルパスでガイドラインに従った術後感染予防抗菌薬 (以下,予防抗菌薬)の選択が設定されているが, 患者特性(腎機能および体重など)に応じた投与間 隔および投与量の調整は主治医に委ねられていた。 周術期患者の薬学的管理について,日本病院薬剤 師会 学術委員会学術第 3 小委員会が作成した「根拠 に基づいた周術期患者への薬学的管理ならびに手術 室における薬剤師業務のチェックリスト」によると, 薬剤師は術前から抗菌薬の選択や投与量・投与タイ ミング・術中追加の投与設計が求められている2)。 また,さまざまな領域において予防抗菌薬のクリニ カルパスの導入によって薬剤選択,投与期間の適正 化,薬剤費の減少が報告されている3)〜 7)。これらの 報告の多くは薬剤師が積極的に関与しており,予防抗 菌薬の適正化に薬剤師が果たす役割は大きい。しか し,薬剤師の介入が,患者特性(腎機能および体重 など)に応じた適正な投与に対して有効であるかに原 著
術後感染予防抗菌薬の適正使用に向けた病棟薬剤師による
電子カルテを用いた処方提案の効果
ついては明らかではない。そこで 2018 年 1 月より, 患者特性(腎機能および体重など)に応じた予防抗 菌薬の適正使用の推進を目的とし,電子カルテを用 いて,入院時に病棟薬剤師による主治医・手術室看 護師への予防抗菌薬の投与間隔および投与量の提案 を開始したので,その効果について検討を行った。Ⅰ.対象と方法
1.対象 当院外科において,悪性腫瘍切除術かつ予定手術 の患者を対象とした。調査期間は 2017 年 1 月〜 12 月(薬剤師介入前群),2018 年 1 月〜 12 月(薬剤 師介入後群)とした。術前から継続して抗菌薬を使 用していた患者およびセフェムアレルギーの患者は 除外した。 2.方法 1)業務介入 当院外科ではクリニカルパスを用いてガイドライ ンに準拠した予防抗菌薬を登録している。従来,病 棟薬剤師は予定手術患者に対して,抗菌薬によるア レルギーの有無について確認し,提案がある場合に 主治医のみへ連絡していた。2018 年 1 月から病棟 要旨:2016 年に発刊された「術後感染予防抗菌薬適正使用のための実践ガイドライン」において,手術部位別の予防抗 菌薬の適応や,患者特性に応じた術中投与間隔および 1 回投与量などが勧告されている。当院外科においては,クリニ カルパスによりガイドラインに従った予防抗菌薬が設定されていたが,腎機能や体重に応じた用法用量の調整は主治医 に委ねられていた。2018 年 1 月より,予防抗菌薬の適正使用割合向上のため,病棟薬剤師が電子カルテ上で主治医・手 術室看護師に処方提案を行う介入を開始した。予防抗菌薬適正使用割合は介入前 / 後で,全群:62.0%/87.4%(P<0.001), 腎機能低下群:34.0%/86.3%(P<0.001),過体重群:20%/92.3%(P=0.001)と有意に改善が認められた。病棟薬剤 師の介入により予防抗菌薬の投与間隔および投与量の適正割合が向上することが示され,取り組みを継続することで, 手術部位感染発症割合の減少や抗菌薬による有害事象防止につながる可能性があると考える。 国立病院機構京都医療センター薬剤部1),国立病院機構大阪医療センター薬剤部2), 国立病院機構京都医療センター外科3),同 感染制御部4) 熊谷康平1),畑 裕基2),村津圭治1),畑 啓昭3,4) 【索引用語】 予防抗菌薬,抗菌薬適正使用,薬剤師,患者特性薬剤師が外科における予定手術患者全例に対して, 電子カルテ内に作成した予防抗菌薬チェックシート (図 1)を用いて患者特性(腎機能および体重)に 応じた抗菌薬の投与間隔・投与量を確認し,電子カ ルテ内の患者掲示板において主治医・手術室看護師 へ報告する業務介入を開始した。主治医は必要であ れば予防抗菌薬の処方を修正し,手術室看護師は, 手術時に病棟薬剤師が記載した患者掲示板をもとに 主治医へ予防抗菌薬の投与量・追加投与間隔の確認 を行うこととした。 2)調査・評価項目 患者因子として年齢,性別,入院日の体重,体格 指数(body mass index:以下,BMI),推算糸球体 濾過値(estimated glomerular filtration rate:以下, eGFR),individualized BSA eGFR(eGFR ─ ind), 手術因子として切除部位,手術時間,薬剤因子とし て予防抗菌薬の種類および体重・eGFR─ind から推 奨される 1 回投与量と投与間隔を,電子カルテと手 術記録を参照し,後ろ向きに収集した。 予防抗菌薬投与に関して,手術部位に対する投与 薬剤の選択,患者特性(腎機能および体重)および 手術時間に対する術中の 1 回投与量と投与回数が, すべてガイドラインを遵守された場合を適正と評価 し,それ以外を不適正と評価した。主たる解析項目 は,薬剤師介入前後における予防抗菌薬のガイドラ イン遵守割合とした。その他,不適正な投与が行わ れた場合の理由,腎機能低下患者・過体重患者ごと の適正使用割合を検討した。 3)統計学的処理 2 群の全患者におけるガイドライン遵守割合は, R version 4.0.0(R Foundation for Statistical Com-puting,Vienna,Austria)で R package8)を用い,
Interrupted Time ─ series analysis(分割時系列解
析:以下,ITS 解析)を行った。その他の統計解析 には EZR9)を使用した。2 群の全患者における連続 変数の比較には Mann─Whitney U 検定,2 群の腎 機能低下および過体重患者における名義変数の比較 には Fisher の正確確率検定,2 群以上における名義 変数の比較には Pearson のχ2検定を用いて検定処 理を行った。統計学的有意水準は P<0.05 とした。 4)倫理的配慮 本研究は人を対象とする医学研究に関する倫理指 針に基づき,当院の倫理審査委員会の承認を得て実 施した(受付番号:20─028)。
Ⅱ.結 果
1.患者背景 薬剤師介入前群(2017 年 1 月〜 12 月)は 355 人, 薬剤師介入後群(2018 年 1 月〜 12 月)は 404 人であっ た。両群の患者背景を(表 1)に示した。年齢,性別, 過体重患者,BMI,eGFR,腎機能低下患者,切除 部位,手術時間において両群間に有意差は認められ なかった。患者因子による予防抗菌薬の調整が必要 な患者は全体で 28.9%(219/759),腎機能低下によ るものが 25.8%(196/759),体重 80kg 以上による ものが 3.0%(23/759)であった。 2.薬剤師業務介入の効果 薬剤師介入前後におけるガイドライン遵守割合 は,それぞれ 62.0%(220/355),87.4%(353/404) であり,ITS 解析の結果,薬剤師の介入後は遵守割 合が有意に上昇していた(P<0.001)。また月毎の 適正割合は,薬剤師介入後群において,全月で 80%以上を達成していた(図 2)。 両群間における投与量もしくは投与間隔が不適正 であった内訳について図 3 に示した。腎機能におけ③
抗菌薬を選択してください 空欄を選択してください②
①
図 1 予防抗菌薬チェックシート(術後感染予防抗菌薬適正使用のための実践ガイドライ ンより引用改変) ①:使用予定の予防抗菌薬を選択 ②:手術直前の身長・体重・eGFR を手入力 ③:自動計算される投与間隔・投与量を電子カルテ患者掲示板へ記載る過量投与が 85.5%(159/186)と最多で,体重に おける過少投与 5.4%(10/186),体重における過量 投与 4.8%(9/186),腎機能における過少投与 4.3% (8/186)と続いた。 両群間の腎機能低下および過体重患者における予 防抗菌薬のガイドライン遵守状況を図 4 に示した。 薬剤師介入前後において,患者特性に応じた予防抗 菌薬調整(腎機能低下時の投与間隔延長・体重 80kg 以上時の投与量増加)の適正割合は,それぞれ 34.0% (32/94)から 86.3%(88/102)(P<0.001),20%(2/10) から 92.3%(12/13)(P=0.001)へと有意に上昇した。 予防抗菌薬の選択については両群ともにすべての 患者でガイドラインを遵守していた。一方,薬剤師 介入後群において,薬剤師が処方確認・提案を実施 できていなかった患者が 9.2%(37/404)認められた。
Ⅲ.考 察
本研究では,投与薬剤の選択については,薬剤師 -12 -11 -10 -9 -8 -7 -6 -5 -4 0 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 -3 -2 -1 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 P<0.001 遵守割合( % ) 介入前群 介入後群 月 図 2 予防抗菌薬のガイドライン遵守割合 *:Interrupted Time─series analysis 表 1 患者背景 薬剤師介入前群 n=355 薬剤師介入後群 n=404 P値 年齢(歳) 中央値(四分位範囲) 70 (65 〜 77) 70 (61 〜 77) 0.306 a) 性別(人) 男性 184 (51.8%) 200 (49.5%) 0.561 b) 女性 171 (48.2%) 204 (50.5%) 体重(人) 80kg 以上 10 (2.8%) 13 (3.2%) 0.834 b) 80kg 未満 345 (97.2%) 391 (96.8%) BMI(kg/m2) 中央値(四分位範囲) 22.3 (20.0 〜 24.5) 22.6 (20.2 〜 25.1) 0.128 a) eGFR(mL/min/1.73m2) 中央値(四分位範囲) 66.7 (56.8 〜 77.1) 67.2 (56.4 〜 77.4) 0.771 a) 腎機能低下患者(人) eGFR─ind 50.0mL/min 以上 261 (73.5%) 302 (74.8%) 0.740 b) 50.0mL/min 未満 94 (26.5%) 102 (25.2%) 切除部位 食道 12 (3.4%) 18 (4.5%) 0.746 c) 胃 72 (20.3%) 67 (16.6%) 肝胆膵 73 (20.6%) 81 (20.0%) 大腸 129 (36.3%) 155 (38.4%) 乳腺 65 (18.3%) 76 (18.8%) その他 4 (1.1%) 7 (1.7%) 手術時間(分) 中央値(四分位範囲) 255 (173 〜 336) 262 (177 〜 356) 0.320 a)介入前群・介入後群の両群でガイドライン遵守割合 は 100%であった。薬剤の選択については,既存の 報告通り,クリニカルパスのみで十分に有用である ことが示された10)。 一方,薬剤師介入前群においては患者特性に応 じた予防抗菌薬の投与量・投与間隔の調整は十分に 行われておらず,とくに腎機能や体重などの患者特 性に応じた処方調整が組み込まれていないクリニカ ルパスでは,適正な使用が十分に行われていないこ とが示された。薬剤師介入後群では,適正使用割合 が,介入後早期にかつ持続的に向上したことから, 当院における病棟薬剤師による業務介入は非常に有 用であったと考えられた。 当院では,手術室における薬剤師業務には診療報 酬が認められていないことから11)手術室に薬剤師 が常駐しておらず,手術時に薬剤師が予防抗菌薬に ついて直接介入することが困難である。しかし,手 術室に薬剤師が常駐しない環境においても,術前の 病棟薬剤師による業務介入が適正使用割合を向上さ せることが示せたのは本研究の長所と考えられる。 また病棟薬剤師からの提案内容を主治医だけではな く,手術室看護師と情報を共有したことにより,抗 菌薬の不適正な投与を 2 重に確認・防止できる体制 にしたことも有用と考えられた。 本研究には限界がいくつか考えられる。本研究で は,薬剤師介入後群においても完全なガイドライン 遵守には至らなかった。原因として,不適正群の多 くは予防抗菌薬投与間隔の短縮であり,手術創汚染, 手術時間延長や糖尿病既往などの手術部位感染ハイ リスクと報告12)されている症例に対して,主治医 判断で投与間隔が短縮された可能性が考えられる が,手術部位感染リスク因子に関する検討は十分に 行えていない。また,休日入院などにより薬剤師の 介入が漏れた患者が一部に認められたことから,今 後は休日入院への処方提案システムを構築し,より 有効性の高いものにする必要がある。また,介入前 後の単純な比較であり,本介入以外に影響する因子 を十分に排除して検証することができていない。こ の点に関しては ITS 解析を用いることで補うこと とした。さらに,本研究では,ガイドライン遵守割 合を主たる解析の対象としたが,遵守割合の増加が 手術部位感染や副作用の減少につながるかについて は検討ができていない。これに関しては,今回の研 究対象症例数では手術部位感染発生割合や副作用出 患者数(人) 0 20 40 60 80 100 120 介入前群 介入後群 過少 過量 過少 過量 腎機能 体重 図 3 全患者における投与量もしくは投与間隔が不適正の内訳 介入前群 a P<0.001* 120 100 80 60 40 20 0 介入後群 適正 不適正 患者数(人) 介入前群 b P=0.001* 16 12 8 4 0 介入後群 適正 不適正 患者数(人) 図 4 患者特性における予防抗菌薬のガイドライン遵守状況 a:腎機能低下(eGFR─ind 50mL/min 未満) b:過体重(80kg 以上) *:Fisher の正確確率検定
文 献 1) 公益社団法人日本化学療法学会 / 一般社団法人日本 外科感染症学会 術後感染予防抗菌薬適正使用に関 するガイドライン作成委員会編:術後感染予防抗菌 薬適正使用のための実践ガイドライン,第 1 版,東 京,杏林舎,2016;9─18 2) 舟越亮寛,佐藤裕紀,堀内賢一,ほか:周術期患者 の薬学的管理と手術室における薬剤師業務に関する 調査・研究.日病薬師会誌 2016;52:1243─1245 3) 倉本恵里子,平畠正樹,中浴伸二,ほか:歯科領域 における日帰り手術後の経口抗菌薬適正使用に向けた 取り組みとその効果.医療薬学 2018;44:422─428 4) 濱津佑太:クリニカル・パスと薬剤師(57)計画と 実践のノウ・ハウ 周術期使用抗菌薬の適正化を目 的とした薬剤師の取り組み.医薬ジャーナル 2015; 51:1976─1980 5) 岸川礼子,室 高広,岡田みずほ,ほか:経皮的カ テーテル心筋焼灼術パスでの抗菌薬予防投与に関す る研究.日クリニカルパス会誌 2016;18:37─41 6) 丹羽 隆:今見直しておきたい! 術後イベントの 薬学的管理実践ポイント;感染症(手術部位感染症, 尿路感染症).薬事 2018;60:1625─1629 7) 松木祥彦,石毛宏治,石田雅也,ほか:アンチバイ オグラムとクリティカルパスを用いた抗菌薬投与支 援が抗菌薬適正使用に及ぼす影響.日環境感染会誌 2019;34:28─39
8) Patrick English : its. analysis : Running Interrupt-ed Time Series Analysis. R package version 1.4.1. https://CRAN.R─project.org/package=its.analysis 9) Kanda Y : Investigation of the freely available
easy ─ to ─ use software ‘EZR’ for medical statis-tics. Bone Marrow Transplant 2013 ; 48 : 452─458 10) 渡辺昌則,塙 秀暁,三島圭介,ほか:待機的大 腸手術の予防抗菌薬遵守に関する retrospective study.日外感染症会誌 2016;13:287─293 11) 関本裕美,山口崇臣,島田志美,ほか:病棟薬剤業 務の実践(現状と今後の展望)手術室における薬剤 業務の評価と今後.医療 2015;69:525─529 12) Korol E, Johnston K, Waser N, et al : A systematic
review of risk factors associated with surgical site infections among surgical patients. PLoS One 2013 ; 8 : e83743
“Guidelines for proper use of prophylactic antimicrobial for surgery” published in 2016 recommends the selection, dose interval and dosage of prophylactic antimicrobial according to patient characteristics for each surgical proce-dure. In our hospital, prophylactic antimicrobial had been set by the clinical path, but the adjustment of interval and dosage according to renal function or weight had been left to surgeons. Since January 2018, the ward pharmacists have started the electronic patient record─based prescription suggestion in collaboration with surgeons and operat-ing room nurses for the purpose of improvoperat-ing the appropriate use of prophylactic antimicrobial. Appropriate use ra-tio of prophylactic antimicrobial before/after the intervenra-tion was significantly improved. The rara-tio was the follow-ing:all groups:62.0%/87.4%(P<0.001), renal impairment group:34.0%/86.3%(P<0.001), overweight group: 20%/92.3%(P=0.001). It has been shown that the ward pharmacist’s intervention improved the appropriate use ratio of dose interval and dosage of prophylactic antimicrobial. Our intervention may lead to reduction in the inci-dence of surgical site infection and prevention of adverse events by antimicrobial.
Kohei Kumagai1), Hiroki Hata2), Keiji Muratsu1), Hiroaki Hata3, 4)
Department of Pharmacy, National Hospital Organization Kyoto Medical Center1)
Department of Pharmacy, National Hospital Organization Osaka Medical Center2)
Department of Surgery, National Hospital Organization Kyoto Medical Center3)
Department of Infection Control, National Hospital Organization Kyoto Medical Center4)
Effect of prescription proposal using the electronic medical record by ward pharmacists for proper use of antimicrobial prophylaxis for surgery
現割合への影響を評価することが困難であり,今後 対象症例数が増加した後に改めて検証をする必要が あると考える。