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人類氣候馴化に於ける氣候と疾病の問題(後編) : 気候要因の重要性の前進

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人類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵後編︶ 四〇

人類氣候馴化に於ける準準ご疾病の問題︵後編︶

i気候要因の重要性の前進一

七人類気候馴化に於ける気候要因の重要性の前進  ① 気候馴化論に於ける楽観論的見解  ゴーガス、・グレゴリー、チレント  気候馴化論に於ける楽観論的見解の由来を糺すとぎに、それがパナマ運河地帯に於ける保健対策の成功にあったことは 前稿に於いて見た。従前、熟帯に於ける罹病率や死亡率の大部分が稽もすると気候そのものに帰せられ勝ちであったこと も前に見たところであるが、このパナマ運河地帯に於ける成功の結果から、それは気候そのものではない。、気候以外の諸 要因の中でも最も重要なるものは特殊病源寄生体であって、その侵入は現在では殆んど完全に防止し得るものであるとの 主張が多数のアメリカ入に依って行はれ始めた。云う迄もなくこの主張はゴーガス及びその支持者たちに依ったものであ った。 .然るにパナマ運河地帯の↓つの成功事例を以って全熱帯にまで拡犬適用することが可能か否かと云う点から、このアメ リカ人の超楽観論に対して多数の批判が投ぜられるに至ったことは至極当然と云はねばならぬ。

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 濠洲の地理学教授グレゴリー自。帯鋸葺魯野芝。曙によれば従来の気候馴化論的丈献に見られる多数の悲観論的、 否 定的見解は気候馴化論の伝統的見解となっているが、悉く適切なる根拠に基かざる通俗的偏見であるとして、彼はそれら を斥け、黒帯気候の効果に関する証拠は∪唇●の費目ぴ自執筆にかかり、故望弓頃帥曾ざ犀岩9塁8に依って同意せられたる論文 に見られる主張こそ、過去十七年無医学界の 般的傾向に依りて支持されているものだとの讃辞を彼は与えた。その主張 たるやーー敵は疾病であって、気候ではない”と云うに外ならない。  彼が楽観論の流れを汲むことはこれでもっても明かであるが、吾汝は彼がかかる楽観論を支持するに至った思想的背景         に若干の注意を払う必要がないでもない。彼が右の見解を披歴した論説が公刊されたのは一九二四年のことで、その年た るや米国移民法案が上下両院を通過し、同年より邦人の合衆国移民に対して旅券の発行は中止せられたと云う移民問題が 渦巻く国際政局を薮で幽門は想起する必要がある。と同時に彼グレゴリーは他方、人種問題に関しては当時入口に瞼濡せ られた聴きき①9Q9自5U。巳。戸一〇鵠・の著者でもあり近代黄蝸論者の一人であることも併せ考える時に、 彼の楽観論 的・王宮には必ずしも政治言なしと断言し得ないであろう。更に言はば濠洲政府の白濠主義宣言を正当化する為の科学的支         持を与へんとする意図をもつものであることは彼の論説の結論に於いて明かである。  慎重にして屡汝悲観論的であり批判的であったQほ目算げ円9覧霞教授の見解については既に触れたが、 彼の退陣の後を うけて、濠嘱望帯医学研究所長睡夢●9貯暮。が離洲に於ける気候馴化問題に関する権威と看徹されるに到った。彼は彼     の論説に於いて、歴史的、遷化史的、宗教的、医学的資料を騙碧した研究の結果、所謂純粋の気候的有害作用は結局実在 しないという結論を得た。羨むべき楽観論と云はれる。退化・高調明の低下・高死亡率・熟帯に於ける重労働の無能力と して表示されている気候的有害作用は着衣・食事・生活様式の正しぎ適応に依って、或ひはまた予防策に依って克服され 得ることを確.渇せんと努めている。これまで白人が熟帯に於いて失敗を蒙った原因は気候にあるのではなくて、疾病原因      人類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵後編︶      四一

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     入類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵後編︶       四二 に関する知識の不足及び誤れる疾病の治療法にあるとして、彼は特に黒帯鶴舞に於ける人種一般に対し、叉特に英人に対 してすべての気候的拘束性はなくなっていると考えるのである。併しかかる見解に対してカリウス氏が投げかけた批判は 注目に価する。彼によれば、熟睡病のみを危険止するチレントの考へが正しいか否かは時が.判定するとし、彼自身として         は綜合作用を営む各種要因の重要性を強調しようとする。吾輩はこれらの楽観論的見解に対して、より詳細なる検討を次 節に於いて与へることにしよう。 ㊦

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㊦ qo臣薯9客自Ω窓09。麺・目暮電雲霧一巴℃琴三①きω嘗急詔旨零Ooざ且塁諜。昌﹃葺Φ旨き営8’浄ミ職騎醤O$鴫︾さ題藁葺“く9●ムρ一〇卜⊃心℃        \ b℃・Dα刈ート⊃cQP 家帖猟一つ﹄cQ一。       ・ 國幽均・Ω一①碁90冨葺く卸江。暴§葺①均ず一腔。名。鼻ぽ09℃o琶貯江○昌。隔け冨円き覧。巴の器8ω︸き墨客ミミ博︼O卜3ひ◎ 凌雲●9︸Φ暮。”目鼻名ぼけ。臨き跡夢。⇒。鳳寝註貢げげ①9Φ鼠註切望霞。腎。ざb庫ω同母9壁q目宏UεΦ監舞・冨。・●Ooミミミミミ、ミミ 臨黒無ミ鳶鯉b愚犠適ミミ織猷憩貸Nミ憎§愚苛ミb“ミ鴇03区。冒内覧謬O。 均b餌鳳巳”をマ師島。零の訪①函髄酸の。&。已、ε窪窪。び①ε叩N⑩隷恕資Oαさも。ミN■、欝憶肉切隷黒蕊魯破賑しd恥蔦旨智一8合ω.一〇心. 毛b弩ぼ胆軸O一Φ名且認①國p岨硫①ぼ暫。も誌ω冨謬卜湯ゴ、鎮一〇♪肉ミ。ミ騎名演黒鉱島地隷ミひ一〇ω即oD.ゆト⊃〒卜⊃︽cQ.  ② 気候馴化に於ける気候要因の重要性の増大と熱帯気候分類学的研究への要請i−ザツパi、トロル、ワード  パナマ運河地帯の保健対策の成功は熟帯病の克服を可能にしたと云う事実に基いて、前述の如き超楽観論的見解が生誕 する結果となった。然るにかかる見解に対する批判として疾病要因が捨象された揚合、果して気候要因は重要性を留めな いかという問題が提示されることになった。この間題の究明は先づ第一に医師チレントの楽観論的見解の基底を為した濠 洲クインズランド州に於ける白人の生活と、クインズランド州の気候との関係の追究から始められた。クインズランド州 には特記すべき疾病は元来存在せず、その地の気候は白人の生活にとって何らの実害を齎らさぬ、とのチレントの主張を

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白人の熟帯気候馴化の成功事例の一つとして、その他の全熟帯に拡大適用せんとするに先立ち、クインズランド州の気候 は帯熱気候とは云へ、比較的良好なものであると云うことに気付いた時に、このクインズランド州の成功事例は全熟帯に 妥当すべきものでないとの結論に達レた。何故ならば、クインズランド州は冬季の著しき冷涼さによって快適となるが如 き特殊なる気候状態を有し、且つ保護関税組織︹甘藷に対する保護関税により、甘藷栽培業者に高利潤を与え、その労働 者に高賃銀を与へる、和田註︺を実施し、有色労働者との賃銀競争の根源たる有色人の存在を排除することによって、白       ⑤ 人の気候馴化が完成されたのであって、就中クインズランド州の如き良好なる気候状態に於ける気候馴化の容易さを以て 全熟帯を推論することの危険なることが明かとなった。加うるに、白人の熟帯気候馴化の成功事例として、ブラジルのエ スピリツ・サント州に於ける事例に対する検討も行はれた結果、これも亦クインズランド州に類似せる良好なる気候状態 を有せるものであることが判明したので、前述の如き気候的有害作用なしとする見解はクインズランド及びエスピリツ・ サント州に於ける成功を誇張し、全熟帯に及ぼさんとする謬見であること明かとなり、かかる成功例を全熟帯に一般化せ        ざる様特に警告しているのはザツパー教授である。  かかる見解をもつものはこのぽかにも多い。事実、人が或る特定の地域に於いて熟帯気候の作用に関して獲得した体験 を簡単に他の地域へ転用することが出来ないことは、欝欝雨林地域内部に於いてさへ、気候的に比較的健康なる地域もあ れば然らざる地域もあることを見ても判然たる事実である。されば熟帯気候馴化に関連しても、熟帯気候に関する地域的       の 分類学的研究の須要なることが地理学者間にて主張されるに至った。  聯帯と総称されるものの中にでも、気候型式は種汝のバラエティに富んでいるから、全体としての低三度に対して一般 的結論を導さ出すことの困難なることをワード教授は早くから指摘している。この明白な事柄が従前の気候馴化論研究者 たちの多くによって何と知られなかった事か。ワード教授は熟・帯を赤道帯・貿易風帯・季節風帯とに細分し、そのいつれ      入類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵後編︶       四三

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     入類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵後編︶      四四 に於いても大洋や大陸の影響によって生ずる変形があり、また更に海面上の高度の効果によって生ずる熟帯山嶽気候を附 加するのである。白人の居住に関する限り、温帯地帯のすべての部分が等しく不快なものでもなく或いは居住を妨げるも        ⑧ のでもない。従って熟帯気候の各型式について、夫々が白人にとって利益となり不利益となる状態を彼は論述している。  就中熟帯気候馴化及び植民の問題に於いて吾人の関心は赤道近き緯度に於いて見出される高温高湿の多雨気候に関して である。即ち例へばアマゾンやコンゴーの密林気候、アフリカ西岸や南米北部の気候、典型的な冷帯ジャングル気候、蒸 暑で重苦しき〃温室﹃型の気候などに関してである。主として白人を引きつける熟覧生産物の富を吾々が見出すのは、こ れら多少とも恒常的な湿潤気候地域である。最大の農業資源を約束し、又白人植民に対して最も重大なるハンディキヤツ プを表はすのは特に雨量多き低緯度型の気候であると云ってよい。気候馴化が主として関与するのはかかる気候であると           云う事も事実である。  それ故にクインズランド州に於ける英人の気候馴化の成功例や、ブラジルのエスピリツ・サント州に於ける独乙入の成 功例、或いは西印度のジャマイカ島のシーフオード・タウン植民地に於ける独乙人の成功例は、いつれもその地域が風帯 縁辺地域にあって、その気候状態は白人居住にとって恩恵的であるからこそ成功を見たのであって、これらの成功例を以 て全熟帯に拡大適用することの不可なることが明かとなり、従って下帯全体に対する一般的結論を導出せんとすることを 避け、熱帯各地域に於ける精密なる気候分類学的研究が気候馴化論研究の前提問題として要講されることxなった。  熱帯気候の分類学的研究と並んで、問題化するのは熱帯気候の生理学的影響に関する研究である。馬韓気候を構成する 諸要素を分析して、各要素の中でも入体に対して何が最も生理的有害作用を及ぼすものであるかの問題については既に古 くから論ぜられて来た。古ぎ時代にあっては死亡率・罹病率いつれもこの気候0原因に帰せられ、その後近代医学及び細 菌学の進歩に伴う病原体の発見により、それは疾病が敵であって気候は有害作用なしとの楽観論が生れたことは前述の通

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りであるが、この楽観論者の見解に於いて気候に有害作用なしとの結論に達した論理の過程を先づ明かにしよう。その代 表的なものとして取上げられるのは前掲グレゴリー教授の見解である。  彼は﹃映帯気候の中で人体に悪作用を及ぼすと仮定される要素﹄として熟、湿熟、気温の単調性、化学的放射線、諸種 の要因を列挙して夫汝について検討している。熟思と他の気候帯との根本的相違は熟であるから、最重要性をもつのは熟 であるが、生物体は地球上のいっこの気候の中の熱よりも高温の中でさへ生物体自体を調整し、適応させんとする自働的 過程があるから、暗色の皮膚にて保護せられざる白人にとって、熟が有害であるとの見解はこの自働的過程を看過してい         ると為し、巴H。周の高温中に七分闇の滞留に成功した実験例その他を示す。併しこれらの実験例は現今の労働科学に於け る異常環境中の恕限度測定に匹敵するもので、かかる短時間の恕限度的滞留は可能であっても、長期聞に亘る熟帯滞留の 問題である処の気候馴化の可能性の証拠とはならないことは今日では誰しもが知っている事実である。  次.に湿熟の重要性を彼が重視していることは正しい。血温よりも高い湿球温度は白人にとっても黒人にとっても致命的 であるが、世界にはかかる気候はどこにもないと云う。この考へ方は前述の熟の場合と同様であって気候馴化の聞題に関す る限り大した意義をもたない。彼は人聞の活動限界は湿球温度認。国であることを指摘して、湿熟は耐え難きものであり、 快適とか個人的能率とかの見地より気候を判断する揚合には、湿熟の重要性は考慮されなければならぬことを熟知し乍ら 彼は﹁黒入が勅諭よりも高き湿球温度に耐えると信ずべき何らの証拠ある様に思へぬから、白人対黒人の植民間題に真に 影響しない﹂と云ひ、﹁U拶Q瓠陰冨霞葺昌は高き湿球温度に依って示される状態は有色人種に対するよりも白人にとって、有        害であるといふ生理的理由は何もないと私に報告している﹂と述べていることは倫湿球温度の重要性に関する認識が充分 でなかった為であり、湿熟.の重要性に関する認識は次節に論及するやうにその後直ちに展開される重要問題である。  叉熟思気候の単調性は隣接せる丘陵地方への旅行によって気候変動を獲得するこ匙が出来るし、化学放射線の有害作用      入類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵後編︶       四五

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     人類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵観編︶       四穴 は適当なる着衣によって避けられ得るとして、前述の四因子は白人の熟帯不適性に対して何らの根拠を与へることが出来          ⑫ ないと結論している。だが現今の労働科学は異常環境に於ける恕限度・恕限時間の研究及び黒ハ常環境下の労働に依る健康        ⑬ 破綻の例証を多数報告している。即ち喝病或いは喝病死などとして具象化された状態がそれである。だが恕限度及び恕限 時聞の限界内に於いて健康破綻なきことは当然のことであって、グレゴリーの如く、之を以て撃方気候の下に於ける長期 滞留の聚合にも健康破綻なく、従って熟帯気候には有害作用なしとの証拠とすることは出来ない。異常環境下に於ける有 害作用の如きものが熱帯気候の下にたとへないとしても、野方気候そのものの中には何か白人の居住を妨げる要因がある のではないか一と云ふ点に解決の端緒を求めて研究が進められることになった。即ちその研究が次節述べる通り至適温 度或いは快適温度の研究へと発展す惹こととなったのである。  ⑤O騨昌甥。︸ご国譲ε笹。。魯。炉εΦ器8多多。9L胃㊦b易。。討巨。♪き幽一げ詰Ω雪幕bv肉§§旨洋琴置目き§二8らρ一鉾8・  ◎ 国p昌oQ㊤箸自一dび霧島①ヨ。。9ま野¢茸山霞しq鐘。e琶σ壁創段穿・b聲q鴛魯象①壽諾碑。二二器ρOo愚、8蕊達§も。§昏。§ミ翁賊ミ恥ミミ苧   o§鳶§慧轟ミ慧壁常着g︾一8c。、μGρ蚤   囚鱒二〇Q巷℃。汀O霞安詳⇔9鱒巨窪洋導謎。マ名。巽ぎ象の。ぎ切智監置。・寓蕩け霞ω覧。︸霞。窟望ぎ屑b穿芽蓬田ロ9賦8く8日越召出Φ誉冒島9﹃<07   。、き冨密蜀富9。・爵霞b昌。・8臼巨㌍ききミミ恥謁袋§魯らぎき窪bc。二〇ωS鉾G。タ⊂ρ一ρ       −  ㊥      ︿§. @’ @・ @g@ 言09巳曾需宥”q暮。塁。甑。臼8冨O㊦。・舅島①一富ω。異象09毒σ身  瞬ぎ冨①きぎぐ霧。・昌一①qg葺冒ε窪感気㊤♪肉ミ§匙智鵠ミ遮勢さ亀3 囲80馳ω・ホ. 國。び①昌O。O・零鴛幽“臣。b。。一ぎ鑑N密々8。h夢①≦臥け①因霧。ぎ夢①頃。窟・。。.毎§ミ§、肉愚ミ鳳ミ恥§疑詳§ミ§§騎ミミ㍉§誉、 も馬Qり名9。・凱昌oqけ8一8ご唱・閣O. き軌“りやま9 釣名・曾。σQ。蔓二暮霞−屋。一巴Ψ。三Φ営ρ︾贈P培一・ ミ3やト⊃刈ポ贈隙●

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⑬  唱仁川知帯順  曲振倍仙加儒生学  山ハニ百ハ  ③  ハンチイントンの体感温度の認識と快適温度と至適温度との比較1ーハンテイントン︵一九三〇年︶  ハンテノーントンは気候と人類生活との相関関係について遺した多くの著述のなかで、彼が気候馴化を主題とせるものは 極めて馨れである。吾汝は辛じて彼の一論細目δ團常①9。ぬ9艶出①9自尊露爵興の中で気候馴化なる題名を冠せる一小 節を見出すことが出来る。この耳翼に於いても彼は至適温度を指摘しているが、これは前稿にて取扱つた彼の論文に、ま た後の彼の主著﹃気候と文明﹄の中に牧録されている内容と同一のものである。それを特に藪で吾汝が取上げる理由は彼 が至適温度と比較するに快適温度を以てし、両者の一致を主張しているのが実にこの論文に於いてであるからでおる。  彼の至適温度の表示は乾球温度の示度に依っていることは前述した。そして人体に感覚される温度は乾球示度では不正 確であり、湿度の効果も併せて表示せる﹃体感温度﹄の示度に依らなければならぬことも前述した。彼はこの論文に於い てはこの点の認識にも到達してをり、単に温度のみならず湿度の効果をも併せ考慮せんとして引用したのが所謂﹃実効温 度﹄に基く快適温度であった。この実効温度を実験測定の上で図表化し、その図表上に快適温度帯を規定したのはアメリ カ緩房換気工学協会b彰Φ昏壁の。勢ぐ9国敗けぎαq窪q<豊国駐轟国護一塁㊦話︵臣●oQ・国・<・国・︶であることも前稿にて述べた。  ハンチイントンは統計データの相関関係より規定せる前記の至適温度の信頼度を確証せんが為に、更にb。Q混く国 の実 験的方法に依って決定された快適温度との比較を試みた結果、 ﹁藪に記載された実験に関する最も重要なる事実は既に与 へられた統計的結果と密接に一激していることである。絶対的至適は六五度或いは六六度鰭あり、相対湿度は八○%であ る様である。かかる状態は冷涼なる温室にて見られる状態に等しく、春の如き爽かさをもち、暑くも感ぜず寒くも感ぜず         働いても休んでも不快を伴ふことなき種類の状態である﹂といふ。然るに体感温憂一−実効温度11快適温度なる一連の      人類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵後編︶      ∴       四七

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     入類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵後編︶      四八 感覚的温度表示の指数と、単なる空気の温度の表示にすぎざる乾球温度の示度に基ける至適温度との比較を行ふこと自体 に容易ならぬ問題がある。と云ふことは実効温度に関する次の如き説明に依って明かとなるであらう。  実効温度亀富。け才。容蟹℃霞鉾d腎。︵国6︶とは﹁簡単に云へば温度.湿度.空気六度に応じ㌃人聞が感ずる寒暖の度合ひの 任意的指数であると定義することが出来る。・故に実効温度は漏度ではない。温度・湿度・空気流度の読み取りを組み合せ た処の一つの混合指数である。そしてこの混合指数が温度・湿度・空気流度の成分に拘泥しないで、豊野或いは寒冷に依 って人体内に生ぜられる生理的実効を示すものであることは実験の結果の示すところであるから、 これを実効温度と呼 ぶ。所与の空気状態に対する実効温度指数で表された数値は流度毎分一五−二五眼︵殆んど無風一和田註︶の場合、或い は相当の流度ある場合、所与の状態の感覚と同じやうな寒暖の、感覚を誘発するところの飽和的空気の温度に依って決定さ れる。︹例へば︺その空気状態が水蒸気で飽和された綾。嗣の静止せる空気中で経験する感覚と同じ暖かさの感覚を誘発        する時に綾。国日をもつているとする﹂  故に実効温度の指数を以て表示された快適温度と、乾球温度の示度を以て表示されたハンチイントンの至適温度とを直 接比較することは出来ない。 それにも拘らずハンチイントンがこの比較を敢て為した結果によって、﹁絶対的至適は綾。 ∼①①。であり、相対湿度はOQO渓である﹂ ︵既出︶ところに両考の一致を見たとするが、彼は如何なる方法によってこの比較 を行ったかには触れていないので、牝牛はその方法を推定すれば大体次の如くである。実効温度は温度︵乾球︶と湿度と 流記との混合指数であり、この三要素の組合せの幾何によって、幾通りかの同一の実効温度を得ることが出来るから、い ま彼のいふ﹁綾。∼①①。とcOO渓﹂と流度Oを与えて、かかる条件を満足する実効温度を同図表から逆に検出すれば①心。国日と なる。 この数値は彼がこの論丈の中で第五図として引用しているbω国く團の実効温度図表上に明示されている快適温度 線、即ち最大多数の被検者が快適なりと感じた実効温度①駆。の数値と一致する。

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 藪で快適温度線は如何にして決定されたかを説明して置く必要があると思ふ。卜6Q重く国は実効温度の二つのスクールを 発表している。その一つはしd霧譜ω。巴Φであり、被検者は衣服の複雑なる影響を除く為に腰部まで裸にされて測定され ⑮      ⑰       更に匪ω国く国は実効温度の指数に基 た−。その二は29ぎ巴ω。巴①であり、被検者は通常の衣服を着用して測定された。 いて快適温度帯を測定した。それは人工気候室内に於いて多数の被検者に十五分毎に﹃快適に感ずるか、そうでなければ もっと温きを望むか寒きを望むか﹄といふ質問を為しつつ、室内の温・湿度状態を変へて行き、その結果一人或いはそれ 以上の被検者が当該空気状態に於いて快適なりとした空気状態の範圏を極端的快適温度帯Φ蓉お白①8日皆界N。器とし、被 検者の多数︵UO凝以上︶が快適なりとした範團を平均快適温度藤津Φ冨σq①8日b。算撃器と云い、被検者の最大多数が快適 なりとした特別の.実効温度を快適温度線8日曽洋讐冨ぎ①と呼んだ。  かやうにして決定された①ら。團日の快適温度線に対してハンチイントンは絶大の信頼を置ぎ、その快適限界について彼 は﹁この状態︹ひ心。国士和田註︺から一度でもずれる揚合にはそれは直ちに知覚し得る﹂と述べてその快適限界の厳密さを代 弁しているけれども、皮肉なことにその後陛。国日なる快適温度線はその測定者bの国く国自らによって修正されなければ         ならぬ数値であり、その修正値は①①。雨冷であることが公表されていることにはハンチイントンは気付かないらしい。  この聞の事情を説明すれば次の如くである。快適温度帯は夏と冬とで相違するが、冬季快適温度帯は一九二三年に通常 の衣服を着用せる被検者に依って決定された。これはZ9唐匙の。巴。が公表される一年半前のことであり、従ってZ98舘 立泳①の図上にこの快適帯を図示し得なかったといふ理由があった為に、着衣の被検者に依る快適帯を止むを得ず要急の 被検者に依って測定されたヒd器ざω。鑓。の図上に仮りに重ねて表示しなければならなかった。この切ゆ巴Qω。ρ。H①に於いて         平均快適帯の限界は試案的に①H∼①り。日日に置かれ、快適温度線は①幽。即日︵亡ご三一〇︶に置かれたのである。 ハンチイント ンがこの論壇第五図に引用せるものは明かに①幽。国日を指しているから、右の快適温度線であることに間違ひはない。然      入類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵後編︶       四九

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/      人類気候馴化に於ける気候と疾瘡の問題︵後編︶       五〇 るに↓九二四年には2。奪鑑望箪Φが慌しく確定された。このスケールに基いて、bω臨く團は改めて快適帯のデータを計算 し直した上で、この着衣の被検者に俵って決定された快適帯を当然のこと乍らZ9目豊ω邑Φの上に置いた。この修正に よると、平均快適帯は①ω。∼“H。累日︵ツ列O胃bP孚。一 のOP一①︶の限界内に固定され、快適温度線は①①、今日︵劉。導当無D邑①︶に固定さ     れた。云ふ迄もなくこれらの数値は冬季快適帯に関するものである。ハンチイントンはかかる修正値には気付かないで、 ﹁この状態︹ひ心。強弓︺から︼度でもずれる回合にはそれは直ちに知覚し得る﹂︵既出︶と述べ、快適温度限界の厳密さを代 弁しつつ、この快適温度と自己の検出にかかる至適温度との一致を主張しているところに吾人の了解に苦しむ節がある。  更にもう唄つの疑問はハンチイントンが彼の至適温度との比較の対象として取上げているところの①A。国日なる快適温 度線︹修正前に於ける和田註︺は実に合衆国の冬季に於ける快適温度線である。而して快適温度線は冬季と夏季とでは季節 差があって前者は後者よりも低い。この揚合、ハンチイントンはなぜ冬季の快適温度との比較を試みただけで、夏季のそ れとの比較を試みなかったかの理由については全然弁明するところがない。ハンチイントンの至適温度と修正前の冬季快 適温度線との一致を認めることにしても、夏季快適温度線とは全然一敷しない。夏季のそれと一致しなくてもよいといふ 理由が明かでない限り、冬季のそれとの一驚が・情張されても全体的には無意味である。  相対湿度に関しては彼はOoO畿であるとするが、彼が比較の対象として取上げるboQ国く邑の実験とは全然一致しない。 後者の実験では相対湿度は約し。O∼刈O酸の限界の聞を変化させて行はれた。併し最も快適な範園は未だ決定されていない。 国母く舘臼ω魯。9。h勺昌に。穿践夢に於ける同様の実験では、乾球温度刈Q、国以下の場合でさへ、裸体の被検者の約半数に 依って湿度刈O渓は冬季には若干湿潤であることが発見され、夏季にはωO畿の湿度は着衣せる被検者の約狗に依って若干乾 燥しすぎると断定された。温度が適当な限界に保たれる限りでは、被検者の大部分は、湿度がQ。O畿から①O男の聞にある時 には湿度の感覚︵即ち高過ぎる。遣過ぎる或は中位︶を看破することが出来なかった。これは団。奉渾自怨讐その他に依

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る研究と一致している。より正確なる知識が得られるまで快適帯実験に用いられた相対湿度の範園却ちG。○畿∼δ畿までに       ⑳ 快適帯を制限することが望ましいであろうとも云はれるから、ハンチイントンの指摘せる○。O譲とは明かに一致しない。  かくの如く、ハンチイントンは乾球示度に基く至適温度を自から規定し、 これがbの国く唐の実効温度に基く快適温度 と一致することを主張するけれども、彼がその一致の精密度を主張する限り、継目はこれを認めることは出来ないことは 上記の説明に於.いて明かであらう。それにも拘らず、蕉門がこの論文の有つ意義を示したいのは、彼が至適温度を以て気 候馴化の指標と為さんとの試みが見られるからである。 ㊥ ⑧ ⑤

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臼冒ぎ弓夢薫=三ぎ。98b”臣の葭h㊦9。晦9ぎ帥ざ窪Ω芝①鉾冨♪旨内∋回巨己戸O。乱ご・︸。費団二営農鰍。︸。要9島島註響自象鍵3客 団¢一8Pづ6区. ρ即団薦ざ口Φ叶鎗”麟。毒ε需Φ疹。国陶。巳ぐ○邑。巳℃。轟ε三囲監雲量島O︹爵罫・けO財弩∼隷ミミ攣、愚鳶磯亀℃ミ譲“、O§ミ職ミ軸ミ騎 く。ピ斜一お翻ダ心切ω◎ 国●ρ出。轟穽2§幽O.剛.唄遣ζ=︸︶興強熱乱H日σq巨巳の9国ρ︻乾OO巨8冒e ︵名護翼ε卜勉輿図鐸奪籠亀“融§㌃ぎ︸.P∫ 這トっω︸娼・H8・ 即ρ自。罐馨き・。滋ρ即唄護回3”Oo。謡お国色。99回匡二歳碧㏄㊦財。・。。℃同登戸δ&耳く卿艮。蕊b犀く電。。三。。。︸臨.動N掴高目 §爲蕊黛無箭識糟49ωρ一〇トっ合唱・おω・ ρ℃●唄謎]自鎚創名・国●寓躍︸霞”国鵠の。咳く①融雪速鑓α肖話卜煽窟ぎ急ざぎ9話嘗均一く。暮置9試。昌高目〇三①導。。’︾。塾風唄肉.国ぎ蕊§㍗ 9詳く。即ωρち鍵いやωωO・      、 ρ”団績ざ島p。着雪β冨誠亀”国司Φ註さ目窪篇白け最。奢詳げ99︸旨。9︸室鯵輿図肉ぎ蕊§“詠きぐ2.c。ポ一露9緊。。ρ ρ即団掌。牲豊Φけ鋒団。閤8q・。Φ爵Φ国醜。。江く。日①き唱霞餌ε器困巳9やお︽   ,       、 ま篤執 奪馬“ 奪、“    一 人類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵後編︶ 五一

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     人類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵後編⋮︶      五二  ゆ 至適温度は果して気候馴化の指標となるかーテライス、ストーン︵一九三八年︶        ⑳  ハンチイントンは至適温度の人種差・地域差は微少であることを指摘する。彼の所論に従へば、この至適温度の人種的 類似から、人類の出現地が晶帯ではないにしても、適度の温熟.のある処であったことを推論し、至適気候は夏季に二三・ 九度Cを越えること甚しからず、冬には︼二・八度を下ること著しからず、叉最高温の月の二六・九度から最寒月の↓○ 度までの年較差ある処であると考へている。かかる地が原始的人種の至適気候であって、現在それはパレスチナかフロリ ダ辺りに類似する。従ってアマゾン盆地や紅海甫端の如き蒸暑地域はかかる至適温度から離れているから、人類は倫かか        ⑳ る地域では完全に気候馴化していないと主張し、叉黒帯白人は彼らの至適からずっと離れている気候の中に生活している と想像され、彼らが至適から離れていることを克服することは冷涼なる気候の場合より以上に、遙かに困難であると想像      される、と云ふ。かかる主張から至適気候は果して気候馴化の指標となるかといふ問題が検討されなければならない。  ハンチイントンの至適気候を以て気候馴化の指標とせんとする試案に影響されて.至適気候の代りにbの丸く国の快適温 度を以てその指標とせんとする試みがその後プライス氏によって試みられた。体感温度に関係をもつ事柄であるが故に解 読よりも後者の方が合理的であることは云ふ迄もない。ハンチイントンに依れば前述の如く白人・黒人・アジア人に対す る気候的至適は著しくは異るものでなく、温度上の差は僅かに四度か五度腎に過ぎぬといふ。これに対し、モーム氏はジ        ヤバに於いて、ジヤバ入・支那人・欧人の快適温度を測定︵b。Q閏〆、国の測定と同一方法に依る、和田註︶せる結果、 類似せる を登輸し、且つ合衆国に於けるbω泣く国測定による夏季快適温度帯と略汝同一であることを知った。 この事実から吾々 は快適温度にも志んど人種差のないことを知り得るのである。或いはまた此らの入類にとって快適帯の人種差は微細であ ると云った方がよいかは後述する。  次に地域差があるかどうか。半期はト。Ω書く国の実験に依れば同一地点︵夏季の測定はボストンに於いて、冬率の測淀はピツ

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ッバークに於い︵行はれたが、緯度の上から見︵も大体同一地点と見徴し︵差支へないであろう。和田註︶に於いて夏季と冬季とでは 快適温度帯にも差、即ち季節差があることは明瞭である。この場合ボストンの夏七月平均気温は隠山。冬二月!Hめ。○で、 年較差団Q。ω。Oであるのに対して、快適温度の季節差は団bQ。○︵U。岡︶国葬である。気温の季節差に伴って右に示す如く快 適温度帯に差が生ずるのであるから、気候条件を著しく異にする二地点に於ける快適温度帯の地域差が存在すると考へる         ことは不当ではない。例へばヴエルノン氏の測定によれば、英国と米国との夏季快適温度の差は英国の方がU。︵団︶二日 低い。これは英人が米人よりも.凌ぎ易い夏に馴化しているからであるといふ。試みにロンドンの夏七月平均は蜀。Qであ り、ボストンのそれはbっ図躯。oであって、両論の気温の差はU郎。であるのに対して、快適温度の差は鴎bo。O︵U。冒︶国Hで ある。又前述のモーム氏が米国の夏の快適温度帯とジヤバ島の快適温度帯とが略四一激するといふが、ボストンの夏七月 平均齢躯。に対し、バクビャの年平均舘・団。で、両地の差はQゆ60。にすぎない。従って現在知られているデータでは、気温の 地域差の大小に拘らず、快適温度の地域差の最大値はPO。。oを越えないことが明かとなる。要するに入種差は微細である。 地域差の最大値はPOQ。○に過ぎない。これはハンチイントンが乾球温度の示度に依って、至適温度の入種差・地域差がい つれも口Oo。Oを越えない程度の微少であるとの主張と一致している。 − ハンチイントンは﹁熟.帯白人は彼らの至適からずっと離れている気候の中に生活していると想像され、彼らは至適から 離れていることを克服することは冷涼なる気候の場合より以上に遙かに困難であると想像される﹂として、至適温度を気 候馴化の指標とせんとする。而して至適温度・快適温度に於ける人種差も地域差も微細であることは前述の儲りであるが 人種差・地域差が微細であるから、これらを看過してよいとするならば、即ち入種差・地域差が存在せざるものと見徹す ならば、熟帯白房が至適温度・快適温度から遙かに離れた気候の中に生活しているのと同じ様に、ジヤバ人も亦至適温度 ・快適温度から遙かに離れた気候の中に生活していることになり、従ってジャバ人は心入と同様に気候馴化に困難がある      人類気候馴化に於けろ気候と疾病の問題︵後編︶       五三

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     人類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵後編︶       五四 といふ論理に帰結するが、事実は全く反対であって、ジャバ入はジヤバに於いて健康なる生活を送っている。或いは又ア メリ吻の夏季快適温度とジヤバの快適温度の差が微細であることよりすれば、米人がアメウカの夏を暑いと感ずると同様 に、ジヤバ人も亦常夏のジヤバの気候を常に暑いと感ずる繹であるが、然らば米人はジヤバ人と同様に熟帯にても馴化し て生活するに問題はないかと云ふに、米人の熟帯気候馴化には相当困難な問題があるやうである。従ってジヤバ人と米人 との熟計気候に対する馴化の点では相当な相違がある課である。その相違は、いま吾汝が論議の範園を快適温度に限定し て考へる時に、 一体快適温度の如何なる相違に依存するかを究明しなければならない。  だから、藪でもう一度吾汝は快適温度そのものについて検討してみる必要がある。人種を異にする揚合に見られる快適 温度上の差であれ、地域を異にする場合に見られる快適温度上の差であれ、そのいつれの場合にも快適温度上の差には厳密 には一通りの温度差だけを考へてはならない。本節既に快適温度帯には極端的快適温度帯、平均快適温度帯、並に快適温 度線あることを述べたが、ハンチイントンやプライスの前述の如き論議にのぼせられた人種差・地域差といふ快適温度の 差は最大多数者が快適と感ずる請合の快適温度線の差を意昧する。これに対して一人でも快適と感ずる場合の極端的快適 温度帯の特に上限、換言すれば快適帯の上部限界にも差がある。吾汝が気候馴化の指標として重大であると老へるのは 寧ろ後者である。モーム氏の測定の結果を引用して、﹁ジャバの快適温度帯は⑩O鹸にも達してをり、合衆国に於けるより も多数の人員がその地の高湿に於いて快適に感じていることを示している。iそれはジャバ気候の高温高湿への適応で           あることは疑いない﹂と述べたのは皮肉にもプライス氏の研究協力者たるストーン氏であった。吾汝が快適温度帯の差が 微細であるにも拘らず、無視さるべからざる重要性を主張したいのは、湿度に関して指摘された微細なる差が極めて重大 なる意義をもつと考へるからである。即ち吾々は高湿への適応が熟帯気候馴化を証明する一つの重要な手懸かりであると 考へるからである。荷このことの詳細については拙稿﹁気候馴化研究方法の批判ーー!室内実験的方法への疑義﹂︵彦根論叢 咋 嚇

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五号 八九一九〇頁︶に於いて論じたから重複を避けたい。  要するに、 ﹁将来の研究がこの見解︹ハンチィントンの至適温度の入種差・地銀差なしとする見解、和田註︺を確認するならば 竃馬に於ける人種が夫々異った体験をするのは気候そのものの為ではなくて、むしろ疾病とか食物とか生活水準とかの如 き諸因子の為であり、これらの諸因子は或る有合には克服され得るものであるといふ意味がよくわかることになる﹂とい ふプライスの論断がそのまま受取り難き所以が明かになったことと思ふ。従って吾汝が熟帯気候馴化に於ける高湿への適 応如何、 即ち如何なる程度までの高湿を快適と感ずるか、換言すれば快適と感ぜられる高湿の限界を越える時に蒸暑感 ω畠≦旦Φが始まるから、如何なる気温と湿度に於いて蒸温感が始まるかといふ事が、熟帯気候馴化に於ける最も重大なる 因子として、永久にその重要性を消滅せざる因子ではなからうかと考へるのである。

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国︸冨貞。詳ゴ国q9ぎσq85”日げΦ国常①oけ亀O目臼碧①き亀薯①暮げ。♪づ6ω一ρ 導鯛猟堕やωPcQ. 專職猟顕娼・ωPρ ρ℃・冒。謹帥ご琴暮σ魯きΩ㊦嵩謁ぼq①炉εΦ♂b鳴§鷺ミ恥ミ、§さ§博多論爵気㌢野ミ餅乞○●♪一¢ωざ掃ρ⇔9巴守。彰℃臥○①“毛げ界① oDX菖亀ωぎ畠①円唇営易導やDco⊆︹堕口cOひ弓 団.自.<Φ巨op“Hq。国露Φ9一くの6①還雪暮舞Φo弓Oo。︸ぎ槻弓。著霞亭①しd①算霞冒9図。隔Oo崔ho匡∼冒ミ、§ミミ寒§も。帖識黛、尊鷺驚醤ぶく9co、 一〇Pgb℃ωP¢−ω¢⊂Q・ 唐Ω謄国畿○①”名黙けooロ。げ諸。凌一口夢Φ日弓。覧易︺Z・団.︸一〇ωO︸ワゆcoひ. 摩篤“︸や一〇cQ・ ⑤ 蒸暑限界に基く熱帯気候の地域的研究一白人居住適地の研究ーマルネル︵一九四〇年︶   一 疾病要因が克服されようとも、 蒸暑感ω。げ司乙Φが白人の熟帯気候馴化に於ける要因として永久にその意義を失はない     人類気候馴化に於ける気候と疾病の問題く後編︶       五五

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     入類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵後編︶      五六 のではあるまいかといふ事は前節にて述べた。この事に関聯して注目すべき点は熟覧気候に馴化せる原住者たちの蒸暑感 の始まる限界と、温帯に居住せる白人の、温帯にて蒸暑感が始まる限界とが異ることであり、従って蒸暑限界の差は熱帯 気候に馴化せる者と、 馴化せざる温帯入との相違を意画するのではないかと云ふ点にある。 従って温帯人が温帯に於け る蒸暑限界を越えて、熟帯に於ける蒸暑限界に達することが下帯気候馴化の一つの指標ではないかといふ設問が提示され る。  本来、蒸暑限界の昌≦匙Φσq冨昌Nは移行性のものであることは周知の事実であって、慣れO①霜A酬讐昌潮騒弱化、入庫、耐       ⑳ 熟訓練、耐寒訓練に応じてその限界は移行するものである。.実際に於いて、蒸暑限界は数字的曲線を以て表示され得ると しても、実際上は多かれ少なかれ広き漸膨面をもつているものであることを強調して置かねばならない。なぜならば強き 日照、着衣増加、高齢、アルコール飲用、緊張せる身体的精神的労働、飽食に依って蒸暑感覚は開始される。即.ち蒸暑限 界は快適帯の中へ向って転位されるのである。これとは逆に、空気運動、着衣減少、輻射増大、馴れ、高禽なる心的情趣        ⑳ は蒸暑感を減少するものである。就中、薮で下賎が注目すべきは馴れによる蒸暑中の減少である。  嘗ては気候馴化論に関心を養せし楽友浅井得一氏の自からの体験談一彼がゼルマ国ラングーンに赴きしその年にあっ ては高温高湿の夏は耐え難きものであったが、次年の夏にはそれ程耐え難いといふ感じはなくなっていた。−Ilは確かに 蒸暑限界の上昇的転位を示す実例で、それが熟帯気候馴化の可能性を示す指標であることを物語る具体的事例であると云 ってよい。併し乍ら馴れに依る蒸暑限界の上昇的転位と滞留期間との数値的な相関関係についての知識は全く未知の領域 にある。浅井得︼氏に見られた蒸暑限界の上昇的転位が直ちに白人の場合に適用せられないであらうことは事実であると しても、上昇的転位の程度の人種に基く数値的相違についてはこれもまた現在全く未知の領域にある。  マルネルの研究に於いては白苗齢に北欧人に依る蒸暑限界の上昇的転位即ち蒸暑限界の克服の困難さを承認するが如き

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見解を披歴している。彼は蒸暑限界の上昇的転位の問題に触れることなく、温帯に於ける蒸暑限界を基準として、熟帯居 住地がその限界を越える期闇が一年忌うち幾ヶ月あるかを算出して白人居住適地を算出し、決定せんとするのである。こ の場合、彼が基準とせる蒸暑限界の決定は重要な問題点となるであらう。  蒸暑感は一体何故に惹起するか、それは人体の標準皮温はω①U。○と決定され、吸入された空気は肺臓内でGゆ9U。Q或い はそれより若干高い温度に暖められる。。。①飯。の空気は↓立方米につき最高電命㎎の水蒸気を包含することが出来る。換算 すればQ。①軌。の飽和空気一立方米中の水蒸気の重さは恥じ。㎎である。この爵σqと戸外空気.中に存在せる水蒸気︵鵬︶との差は 生理的飽和不足量℃げ嵩三。σq陣の魯。酸玉江σ9自国σq・・審熾N齢と名付けられる。それは深呼吸する毎に、単位立方米の空気に対して 最高どの程度の水蒸気が入体から取去られるかといふ專を示している。空気の比較的高き水蒸気含有量は少量の飽和不足 量に匹敵することになる。狙撃はかかる場合最も著しく低下すみ。人は空気を重苦しく、蒸し暑いといふ感覚をもつ。だ       ⑳ から蒸暑感の根源は気温と湿度とに基くものだと云ふことは明確である。  それ故に蒸暑限界を表示するのに彼は乾球示度によらず、体感温度的示度を以てせんとしたことは正しい。蒸暑限界の 研究の風骨となっているものは次の諸研究である。 箆Φ誌畠醇や∪門戸窪の蒸暑限界に則り、bき郵幹霞や甫。言①詳め蒸 暑感の数値を利用して、○霧8匪が一つの蒸暑限界を提示している。 この限界は冒き爵馨?Q霧審易曲線として癖馬文献 にも表示されているもので、脚ご㈹Φに依れば、この限界は熟帯に於ける五〇〇人以上のものについて研究され、 有効なる ことが立証されている。而もこの限界は独乙の緯度に於ける休止、軽装の人体が野遊なき空気中にいる瘍合にも適用され るとい勉・マルネルは訂§馨診.・霧白線をクリモグラフにて表示し・これ量ねて研究対象となる鍵のクリモグ    繕 うフを表して、幾ク月聞その地が蒸暑限界内にあるかを表示するものである。 ︵図表参照︶  又前節にて説明した実効温度を以て蒸暑限界を表示せんとする実験も行はれてをり、その結果は口無9霞に依って犯さ      八類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵後編︶      五七

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     人類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵後編︶ れている如く、課。︵○︶消日の限界線に於いて蒸量感が始まることが究明されている。 湿度刈O畿以下の領域のみを快適帯とするのが通例となっているが、 30’ 35’ 嶋:喝   鵠   55   60   65   70   鴨   8臼   85   ㎝W。 20e 2S’ 蒸暑感域 ︵=。こ。誓8§頃・§歪﹀碧。・亙       3Φ寄8        1  ぺ遡藁鞍翠 4岨 弱  一 6  −o 器 ーー 郡 !一 V”m5’ 20’ Z5’ 3D’ 35’ uaTU l.蒸暑限界Cftstens氏に依る。 匪,熱帯に於ける蒸暑限界Stone氏(但    し被検体の50%につぎ立証された)   に依る。 Josef Marner : Die 1{limfttigche Be− dingungen t’ilr die Siedl”ng von Nord− europfiern in den Mropen. Archiv der deutschen See!varte ecnri des Marine− ebservatoriums, Bd. 60. Nr. 1, S. 13, に拠る。 基く蒸暑限界の表示は、いつれも﹃静止せる空気﹄といふ仮定に基づいていることを看過してはならない。 .作用﹂をこの嵌合考慮に入れる時には、事情は異って来る。実際問題として気候の生理的作用にとって最大の意義は風に 与へらるべきである。熟帯縁辺に位置せるクインズランドの如きは、貿易風による汗の蒸発が比較的高き温度にも耐え易 すからしむるが故に、風は体感温度の場所的差異を形成する上に大きな役割を演ずる。風向と風速はそれ故に本質的に重        要性がある。入は人体の放熱に対する風の作用を所謂﹃冷却強度﹄トぴざ巨琶膓σq宏撃㊦を用いて実験的に決定せんとした。 その結果人体の皮温がG。9α。Qの恒温をもつものと仮定して、 冷却強度は気温と風速との簡に次の如き簡単な関係式が成 立することが明かにされている。即ち、  缶11︵O・罷十〇●鳶く﹂︶︵○。①h一詠︶ 皆鰯 舵W一門\ω8︵塑薩一貫覧旨∂真砂︶        五八          叉実効温度図表の上に於いて相対 これに対してバタビヤに於ける研究︵既出︶に依れば 熟帯に於ける快適帯はりO訳の高湿にまで達している。 即ちかかる高湿に於いても疑いもなく馴れが見られ る。快適帯の上限は団U。︵Q︶国円まで達している。こ のバタビヤの体験は一九三七年ゆ呉窪頸に依るアフリ カ細帯旅行中に於ける蒸三三研究に依って裏付けされ るに到っている。 ︵図表参照︶  かくの如く、U勲饗器﹃Φ7Q霧滞巨の曲線の如きクリモグ ラフ上の蒸暑限界の表示晒並びに実効温度︵自6︶に       然るに﹃風の

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、  国簿部讐罵無℃巨σ身。巴\。管b。。・。。︵皿弼胃^︶  肺簿独薗○。植翰興寅臨蕊,日\。。①○π^撫興呼。  風速及び気温の平均値から○。霞器は上掲公式を用いて冷却強度を算出し、 その量によって経験的に段階を設けてい る。ω畠書室の知合は前者と異ってカタ寒暖計︵拙稿気候馴化研究方法の批判一室内実験的方法への疑義彦根論叢五号参照︶ を用いて冷却強度を測定し、それを前者同様の段階に従って温覚を区分している。勿論冷却強度は人体の奪熱量を極く正 確に表示しているものでもなく、又測定器械を用いた葺合には直接人体の感覚と器械による冷却強度の差は大きいといふ 難点は指摘されているけれども、とにかく主観的温覚を冷却強度といふ客観的数値に依って表示し、それに基いて一つの         空聞の生理学的比較を可能にするのである。この点に関してはトロル氏の主張が先行することを忘れてはならない。彼は 一九三三年に温覚は気温と湿度だけに基くのではなく、空気適度や輻射熟.にも依存していることを述べ、気候馴化研究の 上に於いて、温覚に基く気候分類学的研究の必要を主張している。  マルネルの研究に於いては冷却強度の段階に基いて対象地域が幾ケ月蒸暑限界内にあるかを算出し、又一方ピ弩。二言? ○器審口ω曲線に基いてもクリモグラフ上に対象地域の蒸暑限界内にある月数を表示し、 以て言入居住適地り選定の手懸か りと為さんとする。蒸暑限界の上昇的転位の重要性ば既に吾々の論及したところであり、マルネルもその重要性を認識し つつも、未知の領域にあるものとして之には触れず、右の如くに蒸暑限界に基いて白人居住地を選定せんとすることは、 換言すれば白人の熟帯気候馴化能の発動を強要せざる処、即ち蒸暑限界を著しくは越えざる居住地域を探求せんとするこ とは、焼入の熟蚕気候馴化に於いて蒸暑限界が明かに克服し難き要因たることを認識せることを意味している。従って熟 々気候馴化に於いて疾病要因が掃滅せられ、気候各要素の有害作用なきことが立証せられた曉と難も、蒸暑感は最後まで 熟… ム気候馴化の要因として残されるのではないかと云ふ事をマルネルは裏付けていると考へたい。      入類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵後編︶       五九

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  人類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵後編︶      六〇        、 q。器馬多多昌霧脚∪ごげ嵩弓勢一。。。ぎ弓dΦ島口09冒09き隔自象①o曵一二貯蹟ぎ箒虫。藁。胃。冨霞p汀幽①昌輝。豊強﹂装ミ喩詩、潜ミ駄逡黒鴨蕊忠鳴ミ騎§ 蔑蕎“§も・§篭論8い総遷ミ。篭袋ミ砂切9びρ乞賢♂一潔ρ尊D・H一・ 国ぴΦ監20Q・一ω 国びg幽3G農・ろ−=.      − 国び①5測斜。Ω.=山N 国ぴ①賢負詳り慶●一ω魅 国び鍔斜20ロ圓◎ 国ぴg側3ω・一♪一ρ悼ω. O胃H炉○浮團鶏ε聾ω島①臣薙髪甑a冨β鱒陣胃Φb輻㎝。。ざ暮自刃⇔動臣話Ω導NΦ昌博きき遥ミ恥寒嶺勢h呉織き一碧ω㌧鉾ω9 結 論  族類気候馴化に関する研究業績の大部分を吾人は白人種の努力に負ふている。四百年に亘って世界熟帯植民事業に従事 した彼らは、惨澹たる失敗を喫しなければならなかった揚合も頗る多かった。人類気候馴化論も実にこの失敗の体験に鑑 み果して熟帯は白人に依って植民される可能性ありゃ否やの問題を迫博すべく、その研究が要請せられたことは既述の通 りである。吾汝日本人の熟帯気候馴化の問題を考へるにあたって、此ら白人の研究を他山の石として充分利用すべきであ ることは云ふ迄もない。        ノ  吾汝は人類気候馴化要因のうち、社会的経済的要因についてはこれを第二部に於いて論及することとして、第一部の三 編より成る論説に於いては、要因のうち、専ら自然的側面のみを究明して来た。要因それ自体は気候馴化論の研究の進捗 に伴って漸次明確に把握されることになるが、研究初期段階に於いては、気候馴化の失敗が気候要因によるか、疾病要因 によるか、或いは気候要因とは聞接的関聯しか有せざる副次的気候要因によるかの主要問題が解明せられざるままに、そ

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の失敗は悉く熟帯気候の有害作用の為であると解せられ、従って気候概念それ自体、延いてはまた気候要因も漠然たる広 き内容を包含していたといふべきである。この段階に於いて発表された古き気候馴化論は悉く悲観論的見解に立つもので あって、 一縷の希望さへも懸けることはなかった。  然るにパナマ運河地帯に於ける熟帯病の克服を可能にした処の近代医学衛生学の進歩は白面の熱帯気候馴化を熟帯の一 部領域に於いて成功に導くことになり、薮に於いて始めて疾病要因と気候要因との完全なる分離が認識されるに至った。 即ち今までの失敗の原因は疾病要因に基くものであって気候要因に基くのではない。而も疾病要因は間もなく完全に克服 され得るとの見解を以て、気候馴化論に楽観論的見解を与へた。この見解に従へば熟帯気候馴化の困難は第二次的間接的 気候効果、即ち熟帯生活の放縦、不適当な食事、性的耽溺、劣等民族への接近などの要因に基くものであるとし、此らは また容易に克服することも可能なる要因であるとする。而してパナマ運河地帯に於ける成功やその他若干の熟.帯地域に於 ける成功の事例を以て、全熟帯に之を拡大適用し、白人熟帯気候馴化の容易なるを結論するものであった。  かかる楽観論に対して数多の批判が投げられた。前述の悲観論とこの楽観論の中間に第三のグループに属する見解があ る。真理は常に両極端の申聞にあるといふべきであらうか。この見解に於いては玉響病の克服の可能性は認める。即ち疾 病要因の重要性の後退を認める。このことは熟帯病の消滅を意味するのではない。消滅しないが克服し得るものとして一 応気候馴化問題から捨象して、問題を考へんとする時に、要因として残されるものは気候要園だけである。既述せる如く 気候要因の生理的効果の有害性が強調されようとする。就中重要視されるのは熟帯気候の人体に与へる蒸暑感である。  この蒸暑感に基いて熟帯気候の地域的分類学的研究によって白人居住適地を選定せんとすることは、明かに気候馴化の 問題を回避した事柄であり、その根底には寺入の春帯気候馴化の否定的観念が潜在するものと考へねばならぬ。       一九五五・一・二三稿 入類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵後編︶ 六扁

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入類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵後篇︶ 拙稿﹁人類気候馴化に於ける諸要因について﹂  第一部 人類気候馴化に於ける気候と疾病の問題︵前・中・後編︶  第二部 人類気候馴化に於ける経済的要因と文化水準の問題 本稿は第︼部の後編である。前編は彦根論叢第二〇号に、中編は第二二号に賢良、 六二 第二部は地理学評論に寄稿の予定。 後極 塞稿は昭和二十九年度文部省科学研究費に依る各個研究﹁ブラジル特にアマゾン流域に於ける邦人農業移民に関する経済地理学 的研究﹂の基礎調査第三報とする。 , 避

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