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垂直磁気記録とビッグデータ時代

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(1)

Shunichi IWASAKI

†a) あらまし 磁気記録技術は1898 年以来の長い歴史をもつが,2005 年に垂直磁気記録が実用化され,ハード ディスク装置の記録容量を10 倍以上にするパラダイムシフトがもたらされた.2010 年には年間 6 億台に達する 工業生産製品が全て垂直記録方式に置き換えられた.超小型で高精細な画像を大量に記録する性能をもつため, テレビ,コンピュータ,医療,放送,セキュリティなどさまざまな分野での新たな利用が始まった.更に,クラ ウドコンピューティングやビッグデータなどを生み出し,新たな情報化社会を築きつつある.垂直磁気記録の発 明から実用化に至る経緯と,大容量ストレージがもたらした社会への影響を述べ,科学技術の社会との統合の重 要性についても述べる. キーワード 垂直磁気記録,ビッグデータ,情報化社会,技術革新の40 年則,科学技術と社会との統合

1.

ま え が き

磁気記録技術は1898年のデンマークのポールセン による発明以来の120年近い歴史をもつ.この間に記 録技術は飛躍的な進歩を遂げてきたが,歴史的な発展 を見ると,ほぼ40年ごとに革新的な技術が発明され てきた.最初の発明から40年ほど後に磁気テープを 用いる記録方式が発明された.記録が線から面になる ことで,録音品質は画期的な進歩を遂げ,ビデオ記録 や情報記録などの新しい応用が広がった.垂直磁気記 録の発明は磁気テープの発明から更に約40年後であ る.記録が面から点へと大転換したことで,記録密度 は飛躍的な進歩を遂げた.垂直磁気記録は提唱から実 用化までに長い年月を要したが,革新技術の「死の谷」 も確信をもって切り抜けることができた.2005年に 垂直磁気記録の実用化が始まり,これを用いたハード ディスク装置(HDD)は2010年には年間6億台に達 するほどとなった.テレビ,コンピュータ,医療,放 送,セキュリティなど様々な分野での新たな利用が始 まった.更に,クラウドコンピューティングやビッグ データなどを生み出し,新たな情報化社会を築きつつ 東北工業大学名誉理事長,東北大学名誉教授

Tohoku Institute of Technology, 35–1 Yagiyamakasumi-cho, Taihaku-ku, Sendai-shi, 982–8577 Japan

a) E-mail: [email protected] ある.ここでは垂直磁気記録の発明から実用化に至る 経緯と,更に,磁気記録の研究から学んだ技術の歴史 観及び科学技術と社会との関わりについても述べる.

2.

垂直磁気記録研究の端緒

2. 1 メタルテープの発明 筆者は1949年に大学を卒業後,いったん民間企業 に勤めたが,米国と競争できるような研究をしたいと 思い,東北大学の永井健三先生の研究室の助手となっ た.永井先生は遅延回路の研究を発展させて磁気録音 を精力的に研究されていた.交流バイアス方式とセン アロイ媒体の発明で,日本のテープレコーダー産業に 多大な貢献をされていた.一見もう新たな研究の余地 はないように見えたが,永井先生からはセンアロイの 再調査を言われた.そこで筆者は交流バイアス録音の 記録機構を詳細に調べることから始めた.すると,交 流バイアスはそれまでの考えとは全く異なる働きをし ていることが分かった.そして,酸化鉄磁性粉よりも, 飽和磁化と抗磁力の大きなメタル磁性粉を用いれば大 きな出力が得られることを見出し,鉄・コバルト合金 粉末を用いたメタルテープの発明に至った.1958年の 日本音響学会の研究会で発表を行った[1], [2].メタル テープは高音質カセットテープとして,また,8ミリ ビデオテープとして実用化されたが,発明から20年 ほど後であった.研究では過去の技術を振り返ってみ

(2)

図 1 ビッター法で観察した磁気テープ内部の磁化の様子 Fig. 1 Observed circular magnetization in the

recorded tape. ることも必要であること,また,実用化までには長い 年月を要することを学んだ. 2. 2 垂直磁気記録の発明 メタルテープの発明の後,筆者は過バイアス電流で 短波長出力が減少する「記録減磁」の研究に注力した. しかし,従来の磁化ループによる解析ではこの現象を 全く説明することができなかった.そこで,記録磁化 の反磁界を取り込んだ新しい記録理論を考えた.これ はセルフコンシステントな磁化過程で,「ダイナミック 記録理論」として1968年に国際会議で報告した[3]. この発表は大きな反響を呼んだ.この理論により短波 長記録での記録減磁が説明できたが,同時に,閉磁路 構造となる回転磁化モードの形成が予想された.これ は,媒体膜厚を薄くして,回転磁化モードの形成を抑 制すべきとなるが,同時に,高密度記録の極限は媒体 膜厚を限りなく薄くすることという大きな矛盾を孕ん でいることが分かった. 実際のテープの断面を磁性コロイド溶液を用いた ビッター法で観察してみた.すると,図1に示すよう に,見事に回転磁化モードが観察された[4].記録減磁 で出力がゼロとなっても,媒体内部にはしっかりとし た磁化が残っていることが確認できた.そこで,この 残留磁化を信号として取り出すことを試みた.図2の ように,短波長のビット記録をした場合,ビット連続 部は回転磁化モードによる閉磁路構造となっているた め,連続ビットの前後部からしか信号が得られない. しかし,記録テープの膜厚方向に磁界を印加すると, ビット連続部からも信号が得られた[4].これは明らか に垂直磁化成分に基づく信号であり,前後部のパルス 間の間隔変化(ピークシフト)も元に戻っていた.これ により,ディジタル信号の垂直磁化モードでの記録と いう着想を得た. 図 2 直流磁界印加による磁化モードの変換 Fig. 2 Magnetization mode change by an applied DC

field.

図 3 (a)長手磁気記録と (b) 垂直磁気記録の磁化の比較 Fig. 3 (a) Longitudinal and (b) Perpendicular

mag-netization. 2. 3 垂直磁気記録方式の開発 垂直磁化モードを考えると,これまでの反磁界によ る減磁作用が逆に増幅作用に変わり,隣接した記録磁 化は互いの反発力から吸引力に変わる(図3).しかし, 垂直磁化を利用するためには,媒体だけでなく記録 ヘッドも新たに開発しなければならなくなった.記録 媒体は膜厚方向に磁化しやすい材料を,また記録ヘッ ドは垂直方向に急しゅんな磁界を発生する構造を探す 必要があった.丁度その頃に光磁気記録の研究を進め ており,コバルト合金薄膜を当時では珍しいスパッタ リング法で作製していた.この中で,コバルト・クロ ム合金では面内磁化ループが細く,かつ傾いているも のが見つかった(図4 (a)).従来では記録性能が悪い 薄膜であったが,筆者はそれが膜面垂直方向に磁化し やすい膜であると直感した.垂直方向の磁化ループを 調べてみると,ループが太くて残留磁化が大きく,垂 直異方性膜であることが確認できた[5].非常にタイミ ング良く垂直異方性膜を見つけることができたが,こ れは,1コバルト合金薄膜のスパッタリング作製を検

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図 4 コバルト・クロム合金スパッタ堆積膜の (a) 垂直及び 面内方向磁化ループ,(b) 断面透過電子顕微鏡写真 Fig. 4 (a) Magnetization loops and (b) cross

sec-tional view of the sputter-deposited Co-Cr al-loy film. 討していたこと,2コバルト薄膜の磁化ループについ ての豊富な経験が蓄積されていたこと,及び3垂直磁 気記録の発想があり,垂直異方性膜を考えていたこと による.このどれか一つでも欠けていたら垂直異方性 膜の発見はずっと後になってしまったと思われる.非 常に幸運であった.後に,この垂直異方性は図4 (b) に示すような膜面に垂直な結晶配向微粒子に基づくも のであり,スパッタリングによる製膜が最適なもので あったことが明らかになった.

3.

研究のフィロソフィー

媒体用の垂直異方性膜は見つかったが,記録ヘッド はまだであった.短冊状の軟磁性材料にコイルを巻く などの実験を繰り返した後,寸法の大きな補助磁極を 記録媒体の裏側に置き,補助磁極側にコイルを巻いて 励磁することで,短冊状の主磁極先端からは急しゅん な垂直磁界を媒体に加えることができた(図5).しか も,補助磁極の先端面は広いので,主磁極位置が多少 ずれても安定して動作してくれた. これで垂直記録方式用の垂直異方性媒体と単磁極 ヘッドが揃い,新しい記録方式の可能性を実証的に示 すことができた.そして,1977年6月に米国のロサン

ゼルスで開催されたIEEE Magnetics Society主催の

国際応用磁気会議(Intermag)で垂直記録システムの 最初の論文を発表し[6],翌年には媒体[7]とヘッド[8] についても発表した.77年の発表には世界中から大き な反響があったが,これまでとは全く異なる方式のた め,実用化には全てを変える必要があった.検討すべ き課題は山ほどあり,是非とも研究指針が必要であっ た.そこで従来の長手(面内)記録方式と新しい垂直 記録方式を並べて比較してみた.すると,媒体とヘッ 図 5 垂直磁気記録用単磁極磁気ヘッド Fig. 5 Single-pole head for perpendicular recording.

図 6 垂直磁気記録と長手 (面内) 磁気記録の相補性 Fig. 6 Complementarity between two recording

sys-tems. ドが異なるだけでなく,媒体に要求されるパラメータ がほぼ逆になっていることを見出した(図6).例えば, 媒体膜厚や飽和磁化は長手方式では小さくする必要が あるのに対し,垂直方式では大きくできる.したがっ てこの表により,従来とは逆の領域を調べればよいこ とが分かった.これなら全てを調べる必要はなく,新 しいことでも従来と同様以上のスピードで研究が進め られる.ここで,補助磁極を用いた単磁極ヘッドでの 記録状態を見ると,従来のリングヘッド記録で空いて いた空間を補助磁極と主磁極が丁度埋める構造となっ ている.これは二つのヘッドを足すと媒体以外の全て の空間を埋め尽くすことになり,互いに相補的な関係 になっていることを示している.したがって,これら は対立ではなく,互いに相補的な関係になっていると みることができる.筆者はこれをN.ボーアの波動と 粒子の相補性原理に倣い,垂直記録と長手記録の相補 性と呼んだ[9].この相補性の発見は垂直記録の研究を 大いに加速することとなった. しかし,垂直記録用の記録媒体と記録ヘッドを用い た研究を開始した当初は,記録・再生の感度が低く, 再生では従来のリング型ヘッドを用いる必要があった.

(4)

図 7 2層膜媒体による記録感度と再生感度の増加 Fig. 7 Increase in the record and read sensitivities.

図 8 長手記録と垂直記録での記録の上限の決まり方 Fig. 8 Recording limit in two recording systems.

そこで,記録媒体の垂直磁化層の下に軟磁性層を設け, 記録磁化を馬蹄形にして再生出力を高めることを検討 した.実験してみると,一桁大きな出力が得られ,更 に,記録も一桁小さな電流で可能であることが分かっ た(図7) [10].これは,電気回路での相反定理そのも のである.これにより単磁極ヘッドでも,2層膜媒体 を用いることで大きな再生出力が得られるようになり, 筆者は垂直記録方式の実現に確信をもった. 垂直記録と長手記録での記録の上限の決まり方を考 えてみると,図8に示すように,長手記録では抗磁力, 残留磁化,及び膜厚という構造的性質が決定する.一 方,垂直記録では,このような制限はなく,媒体のグ レイン寸法というミクロな物性が決定することになる. これは増幅器の真空管とトランジスタの違いのように, 記録の決まり方が質的に全く異なることを示してい る.フロッピーディスク型の実験装置でこれらの違い を確認できた.すなわち,再生できる線記録密度は再 生ヘッドで制限されており,媒体のミクロな限界まで 記録できていると推測されるデータが得られた(図9). 更に,飽和磁化の大きな記録媒体を用いても,面内記 録とは異なり,記録が全く制限されないことも確認で きた(図10).その後,実用段階で補助磁極を主磁極 図 9 垂直記録の記録密度特性

Fig. 9 Linear density dependence of perpendicular recording.

図 10 記録密度特性の媒体飽和磁化 Ms による違い Fig. 10 Linear density dependence for media with

various Ms. の隣において磁力線を水平膜を通して表側に戻す構造 にした.2層膜媒体によってこれが可能となった.

4.

社会の反響

垂直磁気記録方式に確信を得た筆者は,垂直磁気記 録の構想がまとまりつつあった1976年に学術振興会 に磁気記録第144委員会を設立し,学界と企業との共 同研究体制を整えた.研究の進捗とともに,特に翌年 のIntermagでの発表以降は世界中から注目されるよ うになった.筆者の米国の友人は,「知らない間に日本 が非常に進んでしまった」と1982年のエレクトロニ クス誌に述べた.国内でも1980年3月の朝日新聞の 「社会戯評」で,受験生が記憶量を羨むとして取り上 げられた.中でも一番の反響は,1984年の米国の上

院でIEEE Magnetics Societyの当時の会長が,日本 の応用磁気研究の学術雑誌を一刻も早く翻訳出版すべ きと訴えたことである.実際,翻訳ジャーナルが1985 年から10年間ほど出版された.現代では夢のような 話である.最近,様々な分野で国際化が叫ばれ英語教 育が重視されているが,真の国際化は先ずその伝える べき内容が国際的に評価されるようにすべきである.

(5)

IEEE Magnetics Society誌に掲載されたものと,第 144委員会が主催した垂直磁気記録国際会議(PMRC) の論文集に掲載されたものとを示す.IEEE誌掲載論 文数は初期は順調に増えたが,1987年辺りをピーク に一度急激な減少を示している.これは,なかなか実 用化が進まないことで世界的な関心が薄れてしまった ことを示している.90年代の関連論文はほとんどが日 本からのものである.この間に,筆者らは3年ごとに 国際会議を開催し,世界的な停滞期に活発な研究活動 を行ってきた[11], [12].達成された面記録密度の年次 推移を見ると,図12のように80年代に伸び悩んだ従 来方式の記録密度が,90年から急激な増加を示して 図 11 IEEE磁気ソサイエティと PMRC での垂直磁気 記録関連論文数の年次推移

Fig. 11 Annual number of papers in IEEE and PMRC journals.

図 12 垂直記録と面内記録の面記録密度の年次推移 Fig. 12 Annual change in the areal recording

den-sities for perpendicular and longitudinal recording. しまった[13].しかし,この間も垂直記録方式は一歩 先を行く成果を示し続け,面記録密度の年次推移は初 期から不変であった.90年代末になると従来記方式 での原理的な限界が認識され始め,垂直記録への関心 が再び集まるようになった.これを決定付けたのが, 2000年に加国トロントで開催されたIntermag会議 で日立グループが行った垂直記録ハードディスク装置 (HDD)のプロトタイプの発表であった[14], [15].発 表会場には聴衆が殺到し,会場が小さめであったこと もあり,筆者も含め多くの入りきれない聴衆が出た. そして2005年には東芝から携帯型ビデオ・オーディオ プレーヤーの大容量HDDとして垂直記録方式が実用 化された[16].90年代の世界的な停滞期は正に「死の 谷」であったが,垂直記録方式への確信と歴史的観点 をもっていたため,揺らぐことなく研究を推進できた. 垂直記録方式が実用化されて以降のHDDの年次生 産台数の推移をみると,図13のように二つの大きな 変化が分かる.一つは面内方式から垂直方式へわずか 数年で転換してしまったことである.このような急速 な転換はあまり例がなく,垂直磁気記録が社会から待 ち望まれていた技術であったことを示している.二つ 目は,生産台数と総記録容量がこれを機に大きな増 加を示したことである.年間生産台数は2010年には ピークの6億台超となり,その後も5億台ほどで推移 図 13 ハードディスク装置 (HDD) の世界生産台数と垂 直記録方式の割合の年次推移

Fig. 13 Annualy produced HDDs and the rate of the perpendicular recording system.

(6)

図 14 新旧ハードディスク装置の比較 Fig. 14 Comparison between new and old hard disk

drives. している.総記録容量は数百EB (エクサバイト)に達 している.これは記録容量の増大が新たな社会的な需 要を作り出したことを示している.すなわち,垂直記 録技術の導入により,大容量メモリーを必要とするク ラウドコンピューティングやビッグデータという新技 術の基盤ができたことを示している.このような大規 模な変化は,単に性能が向上したことだけでは生まれ ず,性能の飛躍的な向上と同時に寸法や消費電力,価 格の大幅な低下があったことが重要である.図14に 示すように,2007年の垂直記録HDDは1980年代の ものと比べ,記録容量が大きく増加した一方,重さや 寸法,消費電力は大幅に減少した.重さに対する記録 容量は26万倍にもなった.また,市販HDDの価格 は1985年から2010年で1/20以下となったにもかか わらず,容量は60万倍以上となった.価格に対する容 量は実に130万倍以上となった.したがって,HDD の急速な普及は性能の飛躍的な向上と導入コストの大 幅な低下の二つが同時に達成されたことによっている といえる.

6.

垂直磁気記録の社会への影響

次に垂直磁気記録による大容量ストレージの出現が 社会に及ぼした影響について述べたい.HDDは大容 量化とともに,コンピュータだけでなく非常に多くの 分野で使われるようになった.例えば,家庭ではTV やビデオカメラの映像の保存,放送での画像,映像の 編集や保存,セキュリティ分野では爆発的に増加した 監視カメラの映像の保存,医学分野では電子カルテと 連動した3次元高精細画像の解析・保存,など様々な 表 1 情報技術とストレージの歴史

Table 1 History of information technology and stor-age system. 分野に広く浸透している.しかし,とりわけインター ネットでのクラウドコンピューティングやビッグデー タのバックボーンとしての応用と普及は我々の生活を 大きく変えつつある.特にビッグデータは,ソーシャ ルネットワーク情報,ショッピング情報,交通状況,携 帯電話の位置情報,交通機関での移動状況,セキュリ ティ情報などから,医療,気象・宇宙,農業情報など 実に様々な分野で大規模情報が活用できるようになり, 情報が新たな価値を生み出すようになったといえる. 人々の生活も大きく変わった.更に,2011年の東日本 大震災では大量の津波映像がインターネット上に保存 され,悲惨な状況を全世界が共有した.また,その膨 大な記録が映像として後世に残されることになった. 将来の防災技術の発展への貢献が期待される. ストレージ技術の発展とビッグデータの関係を表1 に示す.2000年に日立が初めて垂直記録HDDを発 表し,2005年に東芝が製品化した.2007年には記録 容量1 TBの3.5インチHDDが発売されている.こ れと並行して世界の年間データ量が100 EBになり, 2008年には主要な企業がクラウドサービスを開始して いる.2010年にHDDの年間生産台数が6億台に達 したが,この年からビッグデータという言葉の普及が 始まっている.米国のオバマ大統領によるビッグデー タイニシアティブの提唱はこの後の2012年である. したがって,ビッグデータは垂直記録HDDの普及に 伴って発展してきたといえる. 垂直磁気記録はテラ(1012)の技術を初めて実現し た.これが情報技術(IT)の近年の飛躍的な発展の原 動力の一つとなっているといえる.すなわち,クラウ

(7)

興味深いことを見出した[17].すなわち,第一に重要 な出来事は凡そ40年ごとに出現していることである. 磁気記録技術の発展を見ると図15のように,1898年 の初期の線状のワイヤーレコーダーから約40年後の 1935年頃に面状のテープへの記録が始まり,記録性 能が格段に向上した.音質の革新だけでなく,録画や コンピュータ用ディスクも可能となった.垂直磁気記 録の提唱はそれから更に40年ほど後の1977年であ る.そしてIT社会の進化をもたらした.この凡そ40 年ごとに技術的な革新があることは他の分野でも見ら れる.例えば,増幅器では3極真空管(1906年)から トランジスタ(1949年),更に超LSI (1980年代)へ の革新はほぼ40年毎である.通信でもマルコーニの 無線通信(1901年)からマイクロ波通信(1940年代), 更に光通信(1980年代)への革新も約40年毎である. 筆者はこれを技術革新の40年則としているが,研究 者の世代交代に対応すると考えている. もう一つは,新技術の発展を見ると,多くの技術が 発明後実用化されて広く普及するまでに凡そ20年か かっている(図16).八木宇田アンテナも商用テレビア ンテナとして使われるまでに20年ほどを要した.コ ンピュータもENIACからPCとして普及するまでに 20年,またレーザも発明からシングルモード光通信と なるまでに20年以上を要している.筆者はこれを技 図 15 磁気記録技術の歴史的発展 Fig. 15 Historical development of the magnetic

recording.

7.

科学・技術と社会の関わり

垂直磁気記録の研究は前述のような技術の発展につ いて学ばせてくれただけでなく,もっと広く科学技術 全体,更に社会との関わりについても思索を拡大して くれた[18].科学・技術と社会の関わりでは,「科学は 知を広げて文化を生む」が,「技術はものづくりを通し て社会を形成し文明を作る」と考えている.筆者の体 験では,30年前の垂直記録の発想は科学であったが, 今はそれが普及して技術となり,大規模データの活用 を可能として新たな情報化社会,すなわち文明を築き つつあるといえる.その社会は数百EB (1020バイト) もの情報を皆が共有し,かつ自らもそれを発信できる 社会である.技術が社会と矛盾のない統合を達成する ことが特に求められている. 筆者は1998年に学術会議での仕事として,科学あ るいは研究,科学技術が社会とどのような関係にある べきかを検討し,新しい学術と社会の研究モデルを提 案した[19].従来の基礎研究応用研究開発研究と いうリニアーなモデルではなく,創造,展開,統合の モデル研究が強く相互循環すべきというモデルである (図17).創造は仮説を作るいわゆる科学であり,展開 は科学の結果を標準化し普及させる技術である.その 技術をいかに実社会と統合しうまく融合させるかが最 重要課題である.学術と社会との関係は,創造,展開 図 16 技術発展の 20 年則

Fig. 16 20-year rule in the development of new tech-nologies.

(8)

図 17 学術と社会が相互循環する新しい研究モデル Fig. 17 Circular research model for academia and

so-ciety. を通して実社会と統合することで文明を形成すること である.したがって,全体の仕事が人間性あるいは倫 理性をもつ必要がある.ここで,各モデルは同じ価値 をもち,相互に循環している.したがって,研究はこ のモデルのどこから始めても良いことになる.また, この循環モデルは自然科学だけでなく,人文科学や社 会科学も包含している.

8.

む す び

垂直磁気記録技術は高性能化と低廉化を同時に達成 した.このような技術は多くの人々に使われるように なり,文明の基盤を形成することとなる.大容量スト レージの出現により,膨大な情報を操る高度情報化社 会が築かれつつある.ビッグデータが登場し,人工知 能やインターネットは大きな発展を遂げた.更には, IoT時代も予見されており,新しい産業の出現が期待 される.科学技術は社会を大きく変える力をもってお り,それ故,豊かな社会の実現,Quality of Society (QoS),を目的として推進されるべきである.科学技 術に携わる人間は社会への貢献の仕方に対して確かな ビジョンをもつべきである. 最近筆者は垂直記録の小著を上梓した[20].近代日 本史に表れる40年則にも言及した.ご覧いただけれ ば幸いである.終わりに本論文の作成に当たり本多直 樹氏(東北工業大学)の協力を得たことを加え感謝の 意を表したい. 文 献 [1] 永井健三,岩崎俊一,守屋忠雄,“合金粉末による磁気録 音テープについて(報告 1),”日本音響学会昭和 33 年度 研究発表会講演論文集,2-2-2, pp.105–106, 1958. [2] S. Iwasaki and K. Nagai, “Some consideration on

the design of high output magnetic tape for short wave-length recording,” SCI. REP. RITU, B-(Elect.

Comm.), vol.15, no.1, pp.85–93, 1963.

[3] S. Iwasaki and T. Suzuki, “Dynamical interpretation of magnetic recording process,” IEEE Trans. Magn., vol.MAG-4, no.3, pp.267–276, Sept. 1968.

[4] S. Iwasaki and K. Takemura, “An analysis for the circular mode of magnetization in short wave length recording,” IEEE Trans. Magn., vol.MAG-11, no.5, pp.1173–1175, Sept. 1975.

[5] 岩崎俊一,山崎英俊,“垂直磁気異方性をもつ Co-Cr ス パッタ薄膜について,”昭和 50 年度電気関係学会東北支部 連合大会講演論文集,2A-17, p.27, 1975.

[6] S. Iwasaki and Y. Nakamura, “An analysis of the magnetization mode for high density magnetic recording,” IEEE Trans. Magn., vol.MAG-13, no.5, pp.1272–1277, Sept. 1977.

[7] S. Iwasaki and K. Ouchi, “Co-Cr recording films with perpendicular magnetic anisotropy,” IEEE Trans. Magn., vol.MAG-14, no.5, pp.849–851, Sept. 1978. [8] S. Iwasaki and Y. Nakamura, “The magnetic field

dis-tribution of a perpendicular recording head,” IEEE Trans. Magn., vol.MAG-14, no.5, pp.436–438, Sept. 1978.

[9] S. Iwasaki, “Perpendicular magnetic recording,” IEEE Trans. Magn., vol.MAG-16, no.1, pp.71–76, Jan. 1980.

[10] S. Iwasaki, Y. Nakamura, and K. Ouchi, “Per-pendicular Magnetic Recording with a Composite Anisotropy Film,” IEEE Trans. Magn., vol.MAG-15, no.6, pp.1456–1458, Nov. 1979.

[11] S. Iwasaki and N. Honda, “Strategy for implementa-tion of perpendicular magnetic recording,” J. Magn. Soc. Japan, vol.21, no.S2, pp.1–8, Oct. 1997. [12] S. Iwasaki, “Discoveries that guided the beginning of

perpendicular magnetic recording,” J. Magn. Magn. Mat., vol.235, no.1-3, pp.227–234, Oct. 2001. [13] J.C. Mallinson, The Foundations of Magnetic

Recording, p.197, Academic Press, San Diego, 1993. [14] H. Takano, Y. Nishida, M. Futamoto, H. Aoi, and Y. Nakamura, “Possibilities of 40 Gb/in2perpendicular recording,” Digest of Intermag 2000, AD-06, Toronto, April 2000.

[15] H. Takano, Y. Nishida, A. Kuroda, H. Sawaguchi, Y. Hosoe, T. Kawabe, H. Aoi, H. Muraoka, Y. Nakamura, and K. Ouchi, “Realization of 52.5 Gb/in2 perpendicular recording,” J. Magn. Magn. Mat., vol.235, pp.241–244, Oct. 2001.

[16] Y. Tanaka, “Fundamental features of perpendicular magnetic recording and design considerations for fu-ture portable HDD integration,” IEEE Tran. Magn., vol.41, no.10, pp.2834–2838, Oct. 2005.

[17] S. Iwasaki, “Lessons from research of perpendicu-lar magnetic recording,” IEEE Trans. Magn., vol.39, no.4, pp.1868–1870, Sept. 2003.

[18] 岩崎俊一,“科学技術研究への提言—垂直磁気記録の体験 から,”応用物理,vol.81, no.8, pp.676–680, Aug. 2012.

(9)

岩崎 俊一 (名誉員) 1949東北大学・工卒,東京通信工業(株) 入社.1951 東北大学電気通信研究所助手, 1964同教授,1986 同所長.1989 東北工業 大学学長.2003 日本学士院会員,2016 東 北工業大学名誉理事長.学術振興会第 144 委員会委員長,テレビジョン学会副会長, 電子情報通信学会副会長,日本応用磁気学会会長,日本学術会 議会員などを歴任.IEEE フェロー,文化功労者,瑞宝重光章, 日本国際賞,文化勲章,ベンジャミン・フランクリンメダルな どを受賞.

図 3 (a) 長手磁気記録と (b) 垂直磁気記録の磁化の比較 Fig. 3 (a) Longitudinal and (b) Perpendicular
図 4 コバルト・クロム合金スパッタ堆積膜の (a) 垂直及び 面内方向磁化ループ,(b) 断面透過電子顕微鏡写真 Fig. 4 (a) Magnetization loops and (b) cross
図 8 長手記録と垂直記録での記録の上限の決まり方 Fig. 8 Recording limit in two recording systems.
Fig. 13 Annualy produced HDDs and the rate of the perpendicular recording system.
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