J. L. Mursellの音楽教育論 : 基礎篇
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(2) 69. J. L. Mursellの音楽教育論. 6・結. 練. (3)訓. 語. (付録)マーセル著書一覧. (4)社会性の発展 (5)教養範囲の拡大. 1.緒. ロ. ①. コロンビア大学教育学部教授であるマーセル(Mursell, 在アメリカ音楽教育界の指導的立場にある第一人者であるo. James. Lockbart)は,現. その研究は,教育心理学およびこれを基礎として展開した音楽教育論が主な対象で,主 要著書は1927年以来,約15冊を数え,そのうち音楽教育に関するものは,約半数の8 冊である。 ②. (巻末. 著書一覧参照) of Musical. 著書のうち, 1927年のPrinciples. Education. (音楽教育の原理)は,. 青柳善吾氏の邦訳(昭和5年刊)があり,日本におけるヤーセル紹介の唯一のものであるo しかしこの書はすでに40年前のものであり,現在の価値は極めて少ない。 ⑨. 1). マ-セルの全署作中,もっとも重要と考えられる著書は,次の四書であるo in Music Education Values (音楽教育の人間的価値). Human. Silver. 2). The. -. Growth. Principles. Education:. Silver. Teaching. (音楽的成長のための教育). -. and. Programs. (音楽教育の原理と計画). 1956. 「学校音楽指導の心理」である.. このうち,しばしば日本でも引用される書は,. ④. (学校音楽指導の心理). 1948. -. Music. Music. 1938 for Musical. Education Ginn. 4). of School. Psychology. Silver. 3). 1934. -. マ-セルの音楽教育論は,教育学的には,デ31-イ(J・. Dewey)の流れをくむもの. で,. 1)教育は生活である。 2)教育は成長である。 3)教育は社会過程である。 4)教育は経験のたえざる再構成である。 というデューイの教育観が随所にみられるo. また心理学的には,ゲシュタルト心理学の流. 派に属する考え方であるo ⑤. マ-セルの教育論は,戦後日本の音楽教育思潮に,直接間接に導入され,アメ1)カ. の占餌による教育政策からも,多かれ少なかれその影響をうけていることは当然であるが, まだ氏の近年の音楽教育論を,系統的に紹介したものはない。 ⑥. 本論では,もっとも近著である ``Music. を主とし,. EdllCation. :. Principles. and. Programs''.
(3) 70. 松 ``Education ``The. for. Musical. Psychology. 井. 三. 雄. Growtb'J. of School. Music. Teacbing''. を割として考究し,マ-セルの音楽教育論の基礎となる考えをまとめた。 ⑦. というこ <成長(growth)> マ-セルの音楽教育論のもっとも中心となる思考は とで,音楽教育において, <音楽的成長(musical growth)>の概念がその中心思考であ. る。マ-セルの音楽教育の目的観を一言にして言えば,. 「音楽教育ほ,音楽的成長(の過. 堤)を助成し,育成すること」といえる。. この音楽的成長の内的本質は<音楽的感受性(musical. responsiveness)>の育成で <技術(technique)>は外的表出で, 技術中心の教育では音楽的成長は育成されないと考え,あくまで,音楽的成長の中心を音 あり,これが音楽的成長の中心課題であるとし,. 楽的感受性においたo なお,音楽学習の蘭域としての,リズム・読譜および歌唱・器楽・聴取(鑑賞)の各学 習活動も,すべて音楽的成長という観点からその方法を展開し,これら学習活動の相互関 係を,. と. <統合性(integration)>. <創造性(creation)>でまとめているのが,マ-也. ルの音楽指導計画の骨組みである。. 2.音楽的成長の概念 (1)音楽的成長(Musical ①. 近代教育において,. Growth) <成長(growth)>の用語が盛んに流通し,音楽教育の分野. でも,この語を使用することに大きな意義がある。. <音楽的成長(musical growth)>の概念は,音楽教育の実践上の諸問題を解決する 鍵となり,問題に建設的な解答を与えていくものである。 音楽の学習は,すべて音楽的成長の過程における活動として取扱われなくてはならない し,後に述べる. <音楽能力>は,音楽的成長の過程から生まれる。. したがって,学習活動の経験も,リズムと音楽的成長・読譜と音楽的成長・歌唱と音楽 的成長・器楽と音楽的成長・聴取(鑑賞)と音楽的成長というように,音楽的成長の概念 を中心に計画される。 ②. 音楽的成長ほ,いうまでもなく「育って大きくなる」ことであるが,樹木によい実. をみのらせる最上の方法は,樹木の健全な成長に意をそそぐことにある。 音楽教育においては,この成長の過程が重要で,音楽教育は「音楽的成長(の過程)を 助成し,育成すること」であり,この音楽的成長の過程において,音楽能力すなわち音楽 的感受性や,音楽的技術が養われる。 音楽能力は,音楽感覚を基礎とした音楽的感受性と,表現としての技術が問題となるが、 音楽的成長は音楽感受性がその中心課題であり,技術が中心課題ではない。 ⑨. 音楽的成長の特質についてほ,次の四境があげられる。. 1)音楽的成長は,,人間形成のた釧こおこなわれるものである。. 2)音楽的頃長は,. 「音による詩的価値の追利であり,人間が本性としてもっている.
(4) 71. ∫.L′.Mursellの音楽教育論. 音楽的欲求を刺戟し,助成していく過程である。 in wordless. (荏)マ-セルの音楽観ほ,音楽とほ「言葉の無い詩(music. poetry)」であり,人間. 感情の表現を,言葉でなく音によって表現するものであるとする。 音楽は,感情の音による投影表現であり,音楽は,純形成美の芸術でほなく,感情意図を抽象 的に音によってあらわす芸術であると言う。 例えばシュ←ベルトの「きけ. きけ. ひばり(Bark,. Hark,. the. lark)」は詩の内容というよ. りは,詩の感情価値を人々に伝えているものであり,べ-ト-ヴュソの「田園交響曲」は,ベー トーヴェンも自ら語っているように,田園の生活描写ではなく,田園生活の喜びの感情をあらわ しているものである。音楽でいう意味とほ,感情上の効果にかかっているものであると考えるo. 3)音楽的成長は,すべての精神的成長と同じく,音楽の本質的な意味が,しだいに明 確になり,採められ,拡げられていく過程であり,それは覚えることでなく,一つ一つ感 じながら獲得していくものである。 4)音楽的成長は,すべての精神的成長と同じく,その過程は連続的なもので,けっし て一足飛びに速成されるものではなく,このた糾こはよき<レディネス(readiness)>(堤 在進行中の過程を,そのまま続行しようとするかまえ。)が必要である。 Responsiveness) ( 2 )音楽的感受性(班u8ical ①. 用語について. responsは本来<反応・応 responsivenessを<音楽的感受性>と訳した。 responsは 答・感応>の意であり,慣用上は<反応>である。したがってmusical musical. <音楽的反応>. となる。反応といえば,. 「刺戟によって生ずる活動」であり,音楽の場合. は,意識的な聴覚感覚の反応である。しかし日本の音楽教育では,音楽的反応という用語 はあまり使用しないし,意味もとりにくい。 responsiveness を音楽的感覚による<感受 musical マ-セルの記述の内容からは, 性> とすることがもっとも内容的に適する。感受性はsensibilityあるいはsensitivity. の語があり,マ-セルの文中にも. sensitivity. の語がまれに使用されているが,主に. responsの語を使用している。このようなことからmusical. responsivenessを音楽的感. 受性と意訳するのがもっとも適切と思われる。 ②. 音楽的感受性は,人によってその質と量は違うが,だれしももっている本性で,特. 種の能力ではない。. 音楽教育は,可能なかぎりにおいてこの感受性を成長させることが,音楽的成長の中心 課題で,音楽感受性は「素材としての楽音(高さ・強さ・音色)を,それ自身およびリズ ム的に構成して表出されたものを感受すること」であり,いいかえればリズム感・旋律 感・和声感などの感受性をさす。 音楽という樹木の成長は,音楽的感受性が根幹となって成長すもので,音楽的感受性は, 音楽的感覚によるばかりでなく,連想や心像を伴うものである。. (注)例えば,赤い色を見れ. ば,赤の感覚を経験し,赤い花を想起するなどと同意) ⑨. 音楽における内的本質は,楽音やリズムによって構成された音楽の感受性であり,. 技術はこれを表出するための外的表出である。したがJ,て指導の方法は次のような考え方.
(5) 72. 松. 井. 三. 雄. によることがよい。. 1)ダンスを習う場合・ある指導者は,もっぱら<ステップ>を強調して教える。し かしこれは失政である。. むしろ<リズム感>から入るべきである。基本的なリズム感を把睡させ,しかる後ス テップに導く方法こそ,主張する方法である。 リズムは内的本質,ステップほ外的表出であり,内にひそむ本質的なものを強調するこ とから始めなければならない。. 2)数学において,. <思考>が内的本質, <計算>は外的表出であるo 数学は計算の積みかさねではない。考えることから入るべきである。 3)作文において, <言わんとすることを伝える>ことが内的本質で, <文法や句読 点>は外的表出であり,作文では意味を伝えることが強調されなければならない。 ハムレットの戯曲は,作品の内的意図が巧みなゆえに偉大なのである。 4)音楽の場合も,これらと同じである。勿論,外的表出としての技術も整えなければ ならないことは当然であるが,内的本質はそれよりも大切であり,指導の方法もこれから 導くということである。 ダルクローズ(Dalcroze)がピアノの指導に先だち,あるグループの生徒に導入として -カ年問,リズムの身体反応の訓練からはいり,その後ピアノの初歩的指導をほどこした. この場合,リズム訓練からほいらなかった生徒にくらべ,四倍もの進歩を遂げることを 実証した. ④. 以上のように,音楽的感受性を伸長させることにより,技術的なものを学ぶ場合も,. 正しくしかも上手に学ぶし,技術的にむずかしい練習も,練習の目的を理解して行うから, 興味をもってこれにあたり,努力してやる意志もともなうものである。 主張すべきは,. 「内から外へ」働くようにせねばならないということで,技術的・機械. 的に組織された音楽指導計画では,蓄積と集合の結果行われ,. 「外から内に」働くゆきか. たとなり,望ましい方法とはいえないo ⑤. 1)機械的教育は,蓄積(accumulation)や集合(asembling)によって行われ,. それは「外から内に」働くものである。 前述の例でいえば, ○. ダンスで,ステップを一つ一つ積みかさね七,はたしてよい舞踊家が養成されるか。. ○. 数学において,運算の構みかさねによる,計算の技術が中心となり,物の考え方が 無視されてよいか。. ○. 語学の学習は,単語を増すだけで上達するのでなく,如何に意志を伝えるかが大切 ではないか。. ○. 音楽で,技術の上達や理論のみに重点がおかれ,音楽的感受性が無視されると,か えって音楽的には貧弱な結果がもたらされる。. 2)機械的教育法では,たとえよい結果が出たとしても,それほ,多くの時間と努力を. 代償とt,て畢?た緯果であり,望ましい方法ではない。ピアニストやヴァイオリニストが,.
(6) 73. ∫.L. Mursellの音楽教育論. このような技術のみに時間と努力をかけても,その結果は良い実のりは得られない。 3)しかし機械的方法では「組織的かつ順序正しい」ということがある。テストをする 場合は,たしかにこの方法がよいかもしれないょ しかし極端な例は,一枚の絵を措くのに,画面を部分部分に小分けし,その一つ一つを 措いて,最後にこれを合せるというようないき方をする人は,おそらくないであろう.. たしかに過程としては順序だっているように見えるが,出来上った絵ほきわめて奇妙な ものであろう。. 要ほ音楽感受性からはいり,その表れとして音楽技術を取扱うようにしていくのが主張 する「内から外へ」の方法である。 音楽教育の新しい,進歩的な計画は,技術が根幹なのではなく,音を媒体とする情緒的 表現価値に対する感受性を育てることが中心なのである。そして技術はこの上にうちたて られるものである。. 特に幼少の樹木ほ,その板幹としての音楽感受性の成長に意をそそぐことにより,将来, 樹木の成長はすばらしいものとなる.. 3.音. 楽. 性. (1)音楽性と音楽能力 <音楽性(musicality)>は,一般には「その人の音楽能力に対する可能性を総合した を, もの」と解するが,マ-セルは, <音楽能力(musical <音楽性(musicality)> ability)> と同義に解している。 音楽性で注意することは,音楽性を<演奏能力>. としての<技術>のみで判断して. はならないことであり,むしろ強調されることは<受容性>としての<音楽的感受性> であり,この感受性こそ音楽性の基礎であり,一般に<音楽的素質(musical. quality)>. といわれているものは,実はこの音楽的感受性をさすものである。 音楽的感受性は,音楽学習の筑域では聞く学習活動としての<聴取(listening)>ある いは<鑑賞(appreciation)>の面で主に取扱われる。 (ノ2)音楽性と遺伝との関係. \. 音楽性(音楽能力)は一体,遺伝するものか,あるいは訓練によって習得されるものか が問題となる。. もし音楽性が遺伝される特別の天才的能力で,生れつきによってきまるものなら, べての児童に音楽を」というスローガンは,ほなはだ疑問となるo たしかに音楽性は,人によってその質と量は異なるものであっても,だれしももってい る本性的なものであり,それでこそ,教育によって助成し育成する可能性があるのである。 ドイツやアメリカの調査でも,音楽性は決定的な遺伝によるということの証明はない。 むしろ重要なことは,家庭や社会における音楽的環境であり,特に家庭環境による影響が 強いという調査が多い。 ①ドイツの-ッカー(IIaecker)・ツイエソ(Ziehen)・コツホ(Koch)・ミラーエソ. 「す.
(7) 74. 松. 井. 三. 雄. (Mjoen)等の調査研究 一数百家族,. 4,000人の調査一. 括論として,音楽性の遺伝は,決定的な結論を下し得ない。 ⑧. アメリカのスタントソ(Stanton)の調査研究. 85人の調査一 一有名な音楽家六家族, 結論として,音楽性の遺伝に関する証拠は,きわめて少ない。 ⑧. アメリカのフィース(Feis)の調査研究. -285人の音楽家の家族調査一 結論として,音楽性は決定的な遺伝によるものであることは証明することは出来ない。 ・しかし遺伝的傾向というものは存在する。 ・それよりも重要なことは,親たちが他の芸術に卓越したものを持つ場合,.tの家庭. 環境が,音楽性に重要な影響をもつ。 (3)音楽性と他の能力との関係 ある特定の能力と他の能力の関係について,ロンブローゾ償説>をたて,人間のエネルギーには限界があり,. (Lombroso. (伊)は<補. 「一つの方面で優秀な能力を示せば,. 他の方面での能力が欠ける」という説を主張し,これに対してソーンダイク(Thorndike (栄)は<相関説>をたて「一つの方面に優秀な能力を示すものは,他の方面にも優秀 である」と主張した。. この二説の賛否はともかくとして,音楽性と他の能力の関係について,ドイツのレヴェ ス(R6v6cz)・パンネソボルグス(Pannenborgs) 楽的能力と一般知能の関係の調査一によると,. ・ミラ-. (Miller)等の調査研究一昔. 「音楽的才能と一般知能は並行する」と. いう調査研究がある。 「多方面の才能 マ-セルによれば,すぐれた音楽能力をもつ者は,他の一般能力も高く, が,たまたま環境の影響によって,音楽に向って開かれたものであり,音楽能力は決して. 孤立したものでなく,一般的優秀性と並行するものである」と主張した。 ○. 以上,音楽性(音楽能力)のまとめとしてマ-セルは次のように述べている。. ①. 音楽性は,人間的才能の特殊な孤立したものでなく,文化という広い範囲と並行す. るものである。 ②. 音楽性の成長をめざす音楽教育は,広い文化的発達と相互に関連すべきもので,訓. 練の特殊化されたものではないoたとえ専門的な音楽家にしても,彼らの人間的成長が, 専問と同様に広くなければ,洗練された音楽的方向にむかって,多くのものが失われてし まう。 ③. 音楽は,優秀な一般能力をもつ児童のた糾こ特に重要である.音楽を通して教育す. ることは,彼らの文化的生活の全体に対して,音楽は親和力をもって触れあうものである。. ④音楽教育では,技術の点から?み計画さるべきでなく,自己表現とか,感情解放と か,創造性という点からも計画さるべきで,音楽的感受性を基礎と・して「内から外へ」計 画さるべきものである。.
(8) ∫.L. Murse11の音楽教育論. 75. 4.目的設定について (1)音楽教育の目的ということについては,アメリカでもよい意見は極めて少ない。 人間の価値や,望ましい精神を発達させるた糾こ,音楽はどのような価値があるかを考 え,音楽教育が思いつきの音楽経験の累積によるものでなく,計画性をもって行われ,目 的意識がたえず背景になければ,はっきりした行動をとることができない。しかし目的の 設定は,長い時間をかけてきめられるもので,本当によいものは,急いでほ作り得ないo. アメリカでも,この目的の考究があまり活発でない理由は何であるか。 ①. 一般の教育者は極めて多忙で,その日暮しの授業に精一杯であり,さしせまった問 題でない目的の考究は後まわしになる。また目的というものは,実際の授業にあまり関係 のない,雲の上の非実際的なもので,実践とはかけ離れたものであると思われがちで,目 的ととり組む意欲が極めて少ない。 ②. 一般の教育者は,目的の設定は,専門の教育者の仕事で,私達は専門家のような基 礎的な思考がないとする傾向が強い。 ③. 一方,音楽専門家を自負する人々は,多くは技術面の指導のみに傾き,教育的な見 地から,音楽指導のことを考えたり,特に目的について考えることが少ない。 などをあtヂているo. (2)さて目的論の設定について次の各項を吟味してみようo ・なぜ目的について考えるか。. .どのように目的について考えるか。 ・いつ目的について考えるか。 ・誰が目的について考えるか。 ①. なぜ目的について考えるか。. なぜ目的について考えるかを否定する理由ほ殆んどない。目的のないところに,計囲は たたないからである。. 学習の課程は,目的から出発するが,簡明に述べられた目的は,罪実際的であったり, それに続く計画と全く関係がなかったりする。そうかといって,もっとぴったりした目的 について,時間をかけて考察することもしない。目的を明瞭にすることは,よい音楽計画 どのように教えるか,器 をたてる上に必須の条件である.例えば読譜ほ何年位から始軌 楽ではどんな楽器を使い,いつから始めるのがよいか,音楽鑑賞は何の為にし,どう扱う かなど,いろいろな問題点がある。. このような問題の良い解答ほ,唯一つしかない。それは「判断の選択に理由をもつこと」 である。その理由の根拠は,目的によるものであり,目的がはっきりしていないと,聡明 な行動がとれないのである。 ② 目的をいかに考えるか。 .目的について考える時,最初「いろいろな年令層の人」について考えてみることで. ある。即ち音楽性が芽ばえる4, 5才の幼児から,児島青年に至る年令層の違う人々に.
(9) 76. 松. 井. 三. 雄. ついて広範囲にわたって考えてみることである。 しかもそれらの人々の現在および将来についても考えてみることである。 「いろいろな状態の人」について考えることである。静かな人,快活な人, 睡康な人,病弱な人など,いろいろな状態の人々について考え,しかもこれらの人々が, ・次に,. 成長していく過程において,幸福,災難,成功,失敗,喜び,悲しみなどいろいろな場面 に遭遇する。. このような場合,音楽は如何なる役割をはたすかを考えることが,一つのよい手がかり になる。. ・案外忘れられている考察は, トが得られる。. 「音楽の社会的な考察」で,これはたいへんよいヒン. 「音楽をもって何 ・またある考えとしては,音楽そのものを目的とすることよりも, かをする」ということに目的をおくと,よりよい結果が生まれることも考えられる。 音楽で何かをしたいと思っている人こそ,音楽について,より意慾的な学習をする人々 である。例えば,コンクールのためという機会をもつことは,子供が出来るだけ上手に演 奏しようと思うし,これはすばらしい音楽学習の機会であり,そこに目的を考えてみるこ とである。. 要は・音楽は人間にとって如何なる役害陀はたすか,どのような効果があるかを広い範 囲にわたって考えてみることが大切である. ③. いつ目的について考えるか。. われわれほ目的についてまれにしか考えないが,目的は常に念頭におくべきである。. われわれが考えつく多くの目的実のヒントは,毎日の仕事のうちにみつかることもある。 例えばどうにもならない行状の生徒たちが,たまたま楽団を組織したことによって,きわ めてよい結果が生れたとすれば,このことを無関心に素通りしないで,この貴重な機会か ら,なぜ音楽が彼らをそうさせたかを考えてみることである。 要は目的はいつも,機会あるごとに考えるようにする。 ④. 誰が目的について考えるか。. まず考えられることは,学校の普通の一般教員である.この人達ほ広い視野で,しかも 現実にふれあったなかで,目的について考えられる位置にある。 つぎにもっとも中心となって考える人は,音楽の専門教員である。音楽教員はいはば発 電所であって,最も重要な提案者でなければならないoしかし現実はかならずしもそうで ないのは,どこに原因があるかを反省しなければならない。. 5.ある目的の提案 音楽教育の目的の第一原則は,今までしばしば述べてきた,. <音楽的成長>というこ. とである。. この第一原則から,拡張して考えた第二の目的を提案したい。それには音楽を次の三つ の立場にたって考えてみた。.
(10) 77. ∫.L. Mursellの音楽教育論. nature) living). ・人間の本性(human. ・人間の生活(human growth) ・人間の成長(human 総括的にいえば, 「人間形成のための音楽教育」という観点にたつものである。 「音楽によって,音楽を通しての教育」(edu音楽教育は「音楽のための教育」ではなく, cation. in and. through. music)ということが,その背景になる。. この第二の目的について,次の五項目を提案したい。 ○. 楽しみ(Enjoyment). ○. 成. 功(Success). ○. 訓. 練(Discipline). ○. 社会性の発展(Social. ○. 教養範囲の拡大(Widening. Development) Cultural. Ⅲorizons). 以下これについて説明する。. (1)目的第一:. <楽しみ>. (Enjoyment). 音楽の目的提案の第一として,音楽による<楽しみ> ○. ということをあげたい。. 人間は本性として,音楽を楽しむものである。人間がもし音楽を楽しまないなら,. 世界中にこれほど多くの音楽があふれていないであろう。音楽教育の計画に,楽しみとい うことが欠険した場合に,その音楽計画はいたるところで破綻をきたす。 音楽による楽しみ,あるいは喜びということは,目的というよりは,むしろ本質的なも のといってもよい。. ○. 楽しむということほ,生活の良い一面である。しかし楽しみにも良い楽しみもあり,. 惑い楽しみもあり,多くの種煩がある。人々に有害な影響を与えたり,悲惨な方向に導く 楽しみもある。しかし音楽の楽しみは,人間の楽しみのうち,最良の一つであり,楽しみ のもっとも純粋なものの一つと言えるo 音楽の楽しみは,音楽経験が幾度か繰返されているうちに,その楽しさは次第に深めら れ,おどろくほど新しくなる。また音楽の楽しさは多様な面をもち,鑑賞され,演奏され, 創作され得るものである。 ○. 音楽の楽しさは,児童生徒の身心の発達に応じて,各種の音楽経験を与え,しかも. その楽しさに成長ということが,量と質の面で考えられなければならない。 例えば鑑賞の経験において,その楽しさほ,理解や価値評価にまで成長し,歌唱の楽し さは,歌をうたうことができるという単純な楽しさから,より技能的な面へ成長する。器 楽の演奏では,いつも新しい可能性をみいだし,技術が単に機械的な苦役にならぬように, 楽しさのうちに,技術的成長がなされなくてはならない。 ○. 音楽は物質的に幸いをもたらすものではないが,人の心に光明をあたえることが出. 来る。リズムというものも,自然の神秘としての「時間・空間における秩序」を,音の世 界で時間的に開いてくれる。. ∼音楽の楽しみは,たしかに生涯の大きな幸福と価値の一つであり,それは一生涯続くこ.
(11) 78. 松. 井. 三. 雄. とができるものである.. (2)目的第二:. <成功>. (Success). われわれは音楽によって, <成功>の経験を子供に与えるようにしたい。 ○ 成功性ということは,別に音楽に限ったことではなく,すべての教科にも言い得る ことである。. 例えば,子供が数学の問題に取り組む場合, 慾と,. 「私はこの問題を解いてみせる」という意 「私はこんな難かしい問題が解けた」という成功の喜びをもたせることである。こ. れと同じ行き方を,音楽の教科でも考えてみるのである. 「私はこのフルートをふいてみたい」という意慾と,. 「私はフルートがふけた」という成. 功の喜びを,音楽の教科でも体験させることを考えたい。 O. 「お前は音楽ができないのだ」という暗示を与えることは∴指導者のとるべき態度. ではない。子供自身の経験のなかで,. 「私は歌うことができる」,. 「私は楽器をひくことが 「私は曲を作ることができる」という成功の経験を与えることは,子供の将来に. できる」,. とって,非常に有益な体験になる。 ○. それには,第一に<多様な音楽の機会を与える>ようにし,しかもたやすい課題. のみにとどまらず,程度に応じた難かしい課題も与えるように計画したい。成功の喜びは. 困難なものを解決した時ほど,その喜びも大きい。第二には<激励してやる>ことであ るoそして子供が自信と激励によって学習意慾を増し,困難なことにも進んでとりくむよ うになる。. O. 「私はこんな困難な仕事をやりとげた」という成功の経験は,単にその教科のため. の成功にとどまるものでなく,広く子供の生涯にいい結果をもたらす。. 「私は音楽ができる」という簡単なことがら,この平穏な成功性は,人間生活の広い成 功の可能性に対し,非常によい方向にむかわせるものである. (3)目的第三:. <訓練>. (注)音楽教育でほ,. (I)iscipline) disciplineをtrainingと受けとる方が適切である0. この目的は,前掲の<成功>の項に, ′必然的に関連する。 望ましい方向にむかって・子供の程度に応じて,困難な練習にも積極的にあたらせ,訓 練を通して,成功の喜びを得させるように,音楽教育の計画をたてるようにしたい。 ○. 訓練といっても,授業時間中静かにすわり,すべて同じ動作をし,動揺もなく時間. が終るというようなことは・たしかに訓練のたまものであるが,ここではそのようなこと. をいっておるのではなく,音楽の本質に向って訓練することをさす。 ○. 訓練は・目標に向-て,. JFR序正しく,規律だ-たやり方のなかで行われるべきで,. 決して放任のなかで成就するものではない。. ○. 音楽は,技術なしには表現できないし,技術は音楽表現のために必要であることは. いうまでもないo特にこの技術の上達は,訓練や努力によってもたらされるし,読譜の成 功も,反復練習という訓練によるものである。 要ほ音楽計画の中で,訓練を通して,音楽の本質に向わせるようにし,音楽による訓練.
(12) 79. ∫.L. Mursellの音楽教育論. の経験をもたせるように努めることである。 (Social Development) (4)目的第四: <社会性の発展> を増進させることができる。 われわれは音楽によって, <社会性の発展> ○. 学校はたしかに健康な社会的発展を育成する適切な場所であり,孤独な学習環境よ. りも,このような学校環境の方が,よりよく学習の効果を挙げ得ることは,各種の調査が これを証明している。. 学校でわれわれが音楽の学習をする時,他の環境で音楽の学習をするよりは,よりよい 効果があげられるし,特に学校での音楽は,社会性を増進させるよき教科である。 ○. 斉唱・合唱・合奏などは,グループ的協力により,社会性の発展に向うよい経験の. 場である。 独唱や独奏の場合でも,伴奏者との協調が必要であり,グループ・個人とも,. <聴衆>. というものを無視して場が構成されないもので,いずれにしても,音楽は社会性の発展を 進めろ,よき教科である。 ○. 音楽はもともと,社会性の強い芸術で<社会的芸術>. とよばれるほどであり,こ. のことは特に心にとめておく必要がある。. (5)目的第五:. (Widening. <教養範囲の拡大>. 音楽は人々の<教養の範囲を広くする> ○. Cultural. IIorizons). ことに役立つ。. 音楽には多くの内容がある。自然・国・郷土・家,そして人間の悲しみや喜びなど. の感情に至るまで,生活の各種の経験から音楽は生まれる。 われわれが音楽に共感するためには,生活経験の豊かな背景により,音楽自身のもって いる意味を感受し共鳴する。. 例えば,ある古い音楽を聞く時,その作曲者の生きていた時代と環境の人間生活に接触 することもできる。. 音楽は音楽のみを純粋に孤立して扱うべきでなく,人間の生活や環境の中で扱うべきで, 音楽は各人の広い教養に反映して受けとれるものであるo O. 音楽から教養が啓発される場合もあるし,教養が鳴り響く音楽に投射して音楽に感. 銘する場合もある。いつまでも低俗な音楽に興味をもっているのは,その人の音楽的成長 ないし人間的成長がないといっても過言でほない。 ○ 要は音楽によってわれわれの教養の範囲を拡大し,道に高い教養は,高い価値の音 楽に共鳴し得るもので,その度合は音楽的成長の程度にかかっているものである.. 6.結 ○. 語. 以上,マ-セルの音楽教育論の基礎的な考えを考察したが,その中心となる思考ほ,. <音楽的成長>の概念である。 この<音楽的成長>の基礎となるものは,. <技術>ではなく,. <音楽的感受性>で. と同義であり,音楽成長の過程で養われるものであ <音楽性>は<音楽能力> るが,音楽性を技術のみで判断してはならない。むしろ重要なものは音楽的感覚による音 ある。.
(13) 80. J. 松. 井. 三. 雄. 楽的感受性であり,この音楽的感受性を基礎として,技術にむかい,. 「内から外へ」働く. 方法が望ましいのである。 また,音楽教育の第一の目的は,. <音楽的成長>であるがJ,これをさらに拡大した第 二の目標として,人間の本質,人間の生活,人間の成長という観点から考え,「音楽によっ <成功> て,音楽を通しての教育」という主張を反映させ, <楽しみ> <訓練> 会性の発展> <教養範囲の拡大>の五項目を提案しているのが,マ-セルの音楽教育論. の基礎概要である。 日本では,音楽教育の目標を<美的情操>. <社. という考えにおくのが普通であるが,マ-. セルは,これとよほど考え方が臭っているわけであるo しかし本研究では,マ-セルの思考をそのまま紹介し,あえて批判を加えなかった。 なお,これに続く内容としては,音楽的成長の展開として,表現(歌唱・器楽・創作) および鑑賞の学習活動を述べ,これらを統合性と創造性でまとめているわけであるが,マ ーセルの統合観は,人間の総体に関する統合で, 如何に関与するか」を論じているものである。. (付録) Mursell著書一覧. 「人間性における経験の統合に,音楽が.
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