• 検索結果がありません。

[グラビア]新発見のハル石(印部石) : 近世琉球の土地測量資料: 沖縄地域学リポジトリ

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "[グラビア]新発見のハル石(印部石) : 近世琉球の土地測量資料: 沖縄地域学リポジトリ"

Copied!
3
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

Title

[グラビア]新発見のハル石(印部石) : 近世琉球の土地測

量資料

Author(s)

長間, 安彦

Citation

浦添市立図書館紀要 = Bulletin of the Urasoe City Library(2)

Issue Date

1990-12-25

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/20367

(2)

新発見のハル石(印部石)一一一近世琉球の土地測量資料一一一 今年の8月、北谷町字桑江の谷間の畑地の一角花、周辺は人頭大の琉球石灰岩でほぼ円形状 10:因われた感 土中から、約17センチほど頭部を出したニーピ石が発見された。

i

J

と彫り印されたその石は、明らかに ノリレ石(印部石)である。大部分が土中 10:埋もれているので、原名(ハノレナー、小字名)の文字や碑全体の 寸法は確認されてはし、ない。この印部石は安里進氏(浦添市美術館学芸課長〉によって発見されたが、 『北 谷間切桑江村竿入帳"

075C

年、寛延

3

年)など、検地

I

[

伴って作成された、いわゆる近世の土地(登記) 台帳I[表記された方校(例 ひら原お之

f

l

l

より子下小限少

F

ニ寄四拾間)をパソコンによって分析、さらに 測量図を作成して現地調査をするという、古文書解説と考古学の踏査方法を加味した研究の成果である。こ のことは、近世琉球期の「竿入帳」記載の測量明示 がいかに正確であったかが証明されたわけごある。 北谷町字桑江![所在したノリレ石の発見以前ζl、伺 様のハルお発見及び収集がなされといない訳ではない。 沖縄県地域史協議会は、第2[毘押縄県地域史まつり (l987年11月初日-21日、浦添ifj民会館で開催)で、 各市町村収集(情報1の

I

ED部土手石〔仮称「ハノレ 石』一覧)

J

を表(小冊子)にし、また、 刊,1京物 資料の展示を行ない、その研究・保存を呼び掛けて いる。さらに、 「地域と文化J

3

3

号ζl掲載された中 村誠司・仲原弘哲共著の i羽地問切竿入憾の分析、 実地的検討ζJ時]けて」、同書34号掲載の安里進著 「近世

;

T

J

J

自問切の村と耕地一 「羽i世間切竿入帳

J

の考古学的検討」、問書

5

5

号掲載の安里進著「近世 桑江村における稲作の二形態と系譜

F

北谷間tJ

J

桑江村竿入帳jの分析から J、同書29・30合併号掲 載の仲間勇栄著

r

f伊平展島柚山竿入帳Jについて 等、優れた論文が発表されている。 〈写真1 北谷町桑江の印部石〉 ところで、印部石の設置の時代はいつであろうか、その設置理由はどうであろうか。竿入帳に「印部石

J

を 指す「山田原か之印 .•••

J

等が表記されることから田畑の竿入It伴って設置されたものである乙とが理解 されよう。つまり、検地の施行である。 琉球(沖縄)

I

[

検地が実施されたのは、

1

6

0

9

年(慶長

1

4

)

の「琉球進攻j後、翌年

9

月から

8

ヶ月かけて

(3)

行われた、いわゆる「慶長検地

J

が最初である。 ζの検地は、豊臣政権が幕藩体制社会を確立すべき、支配力の根幹 となるべく「石高制jの成立のため、全国の各藩(領地) IL行なった 「太閤検地j法を基本的ICいうが、乙の検地制度は関ケ原合戦(1600 年)後も、徳川政権(江戸幕府)に引き継がれ、家療によって島津氏 の属悶(領地)として下賜された「琉球王国

J

1<:も、 「太閤検地

J

法 が実施されたのである。 徳川幕府の慶安二年検地条目(1649年)に、 「縄先打の者は境界K 心を入れ塚を築き、紛れないようにする」ことが明記されている。さ らに、延宝五年(1677年)・貞享三年(1686年)検地条目1<:

r

地面の 入り組地へは目印を立てるj等と記される。条目1<:記された「塚を築 〈写真2

r

うるくすく原 くJ) く

J

r

目印

J

が印部石lζ類する指示なのかは、半)1然としなし、。 島袋源七文庫17

r

断片綴

J

中の「印土手井針図之事

J

、仲吉朝助編 『琉球産業制度史料』収録の「乾隆四年未御支配方仰渡党 大里間 切

J

r

田地奉行規模帳j等の史料によると、乾隆 2 -河1 5年(1737-50、元文 2 -寛延 3)、琉球で実施された元文検地(乾降の大支配とも いう)の擦三角法の隙

l

最で健認した田畑の地積不明などの時は、 く印 土 手 )1<:立ち霞かれくいろは文字〉が彫られたく印石〉によって、車

L

す乙とが、御支配奉行から間切検者、地頭代1<:申し渡されている。 このくE[J石〉は印部石、印部土手石とも表記され、 1カ間切にく印 土手yは200-300カ所もあると記される。いわゆる、現在の土地測量事業 l ζ伴って設置される「図根点

J

1<:相応するものといえる。 1989年までに浦添市内で発見されている印部石は 8基である。写真 2は沢低 1781<:設置され、今年の 10月IC発見された写真 3は同字 111 で発見された。ζの2基の石から知れるζとは、現在の小字沢抵(たく し)僚が、近世期1750年代乙ろは「うるくすく

J

r

たくし

J

の2小地 〈写真3

r

た く し 原 於J

>

名1<:分区されていたという史実が分かる乙とである。印部石はただ単 花検地資料というだけではなく、失われた地名の研究資料としての価 値も大い1<:あるといえる。 ( 長 間 安 彦 )

参照

関連したドキュメント

 HM Government, Strengthened Local Enterprise Partnerships, London: Ministry of Housing, Communities and Local Government, 2018.  Keith-Lucas B &amp; Richards PG, A History of

石川県カテゴリー 地域個体群 環境省カテゴリー なし.

兵庫県 神戸市 ひまわりらぼ 優秀賞 環境省「Non 温暖化!こ ども壁新聞コンクール」. 和歌山県 田辺市 和歌山県立田辺高等学

○珠洲市宝立町春日野地内における林地開発許可の経緯(参考) 平成元年11月13日

①自宅の近所 ②赤羽駅周辺 ③王子駅周辺 ④田端駅周辺 ⑤駒込駅周辺 ⑥その他の浮間地域 ⑦その他の赤羽東地域 ⑧その他の赤羽西地域

活断層の評価 中越沖地震の 知見の反映 地質調査.

、「新たに特例輸入者となつた者については」とあるのは「新たに申告納税

継続 平成29年度新潟県の地域づくりに関する意見交換会 新潟県総務管理部地域政策課 委員 石本 継続 ファンドレイジング福祉にいがた管理委員会