• 検索結果がありません。

英国の地方自治-分析と見通し- アンドリュー・スティーブンズ 石 見  豊

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2022

シェア "英国の地方自治-分析と見通し- アンドリュー・スティーブンズ 石 見  豊"

Copied!
18
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

英国の地方自治

-分析と見通し-

アンドリュー・スティーブンズ 石 見  豊

   目  次 1.はじめに

2.英国の地方自治の全体像

3.グレーター・ロンドンのしくみと合同行政機構 4.地方財政の状況

5.おわりに

1.はじめに

 小論は,2019年6月26日に国士舘大学政経学部附属政治研究所主催で開催 された自治体国際化協会ロンドン事務所主任研究員のアンドリュー・スティー ブンズによる講演会「地方自治の研究:英国の場合」の講演録である。本講演 会は,英語で行われ,石見(国士館大学政経学部教授)が司会と通訳(逐語訳)

を担当した。そういった事情から両者の了解により,本講演録は,両名の共著 として発表するものである(1)

 講演会では,まず,英国の地方自治の全体像について説明し,続いて,イン グランドにおける権限委譲の最近の傾向や,地方自治体の財政状況,ブレクジ ット(英国のEUからの離脱)をめぐる状況などについて説明した。そこで,

小論においても,以下でそのような点について述べる。ただし,以下の記述で は,イングランドの状況を中心とするので,スコットランドやウェールズ,北 アイルランドについては対象外とする。

(2)

2.英国の地方自治の全体像

 第2次大戦中に英国の首相を務めたウィンストン・チャーチルは,1908年 に地方自治大臣への内示を受けた際に,地方自治について「面倒で,気がかりで,

感謝されなく,ささいなことが詰まっていて,むさ苦しいほどに細かく,絶望 や解決できない困難さが充満しているところは政府内でも他にはない」と述べ,

その職を引き受けることを辞退した。このチャーチルの言葉は,地方自治の持 つ特徴と国政におけるその位置づけ,国政に関わる政治家の地方自治に対する 評価を表していると言える。

 英国は,連合王国(the United Kingdom)であるが,それは,イングランド,

スコットランド,ウェールズ,北アイルランドの4つの地域から構成されてい る。ちなみに,イングランドでは,カウンティおよびディストリクトから構成 される2層制地域と,ユニタリー・オーソリティなどの1層制地域が混在して いる。カウンティは日本の都道府県に相当する広域的自治体であり,ディスト リクトは日本の市町村に相当する基礎的自治体である。一方,ウェールズ,ス コットランド,北アイルランドには1層制自治体のみが置かれている。スコッ

(3)

トランドおよびウェールズの1層制自治体は,ユニタリー・カウンシルと呼ば れ,それぞれ32と22のユニタリー・カウンシルがある。また,北アイルラン ドの1層制自治体は,カウンシルと呼ばれ,11のカウンシルがある。

イングランドの状況はより複雑で,上記のように,2層制地域と1層制地域 が混在している。1層制地域は,大都市および非都市部の双方にある。現在の 英国の地方自治制度は,1972年の地方自治制度改革(2)により導入されたもの であるが,1972年のしくみでは,イングランド,スコットランド,ウェールズ,

北アイルランドのすべての地域にカウンティとディストリクトから成る完全2 層制を導入した。しかし,その後,スコットランド,ウェールズ,北アイルラ ンドでは,2層制が1層制に再編されたが,イングランドでは,1層制への再 編が可能な地域のみ1層制になり,1層制への再編が困難な地域では2層制が 継続した。イングランドの1層制自治体のうち,ロンドンを除く大都市圏にお けるものについては,大都市圏バラ(Metropolitan borough)と呼ばれ,一方,

非都市部の1層制自治体については,ユニタリー・オーソリティと呼ばれる(図 表 1参照)。

�������� ����������

�2������ �� �������

��������

�������

(���)

������

(��)

������

(55)

�������

(��)

�������

(32)

������

(32)

������

(22)

������

(��) 図表 1 英国における地方自治の構造

出典:筆者作成

(4)

次に,英国の地方自治体における執政部(Executive)の状況について述べる。

英国の地方自治体には,実質的な執政部の長と,儀礼的な長がいる。前者の実 質的な長とは,議会のリーダーであり,後者の儀礼的な長とは,議会の議長で ある。議会の議長は,議会における本会議などを率いるなどの役割も果たすが,

最も主要な役割は,市民の前で儀礼的な機会に議会を公式に代表して行動する ことである。つまり,議会が仕える地域コミュニティにおける名目上の長とい うことができる。前者の実質的な長は政治上の長であるが,後者の儀礼的な長 は政治性を持たない。このように,実質的な長と儀礼的な長がいる点について は,カウンティおよびディストリクトの双方に共通しているが,ディストリク トにおける実質的な長の中には,公選の者(住民による直接選挙で選ばれる)

もいる(3)

 2層制地域におけるカウンティは,教育および都市計画,廃棄物管理および 処理,交通,図書館,社会福祉,消防および災害救助などのサービスを担って いる。また,2層制地域におけるディストリクトは,住宅およびカウンシル・

タックスの徴収,都市計画に関する申請の受理,廃棄物処理及びリサイクルな どのサービスを担っている。1層制地域の自治体は,カウンティおよびディス トリクトが担うサービスの両方を担っている(図表2参照)。

������ ��������

��自���

��������

大������

���

�����

�������

���

����

������

�����

��������

���

����������

�������

���������

������

��������

図表 2 英国の地方自治体の担うサービス

出典:筆者作成

(5)

3.グレーター・ロンドンのしくみと合同行政機構

(1) グレーター・ロンドンのしくみ

ロンドンや大都市圏では,消防や警察,公共交通のようないくつかのサー ビスが合同機関により提供される。ちなみに,イングランドとウェールズには,

41の公選の警察・犯罪コミッショナーがいるが,それにはロンドンは含まれ ていない。また,その41のうちの4人は消防に関する権限も有している。

 ロンドンの地方自治の歴史を簡単に述べると,1965年にロンドンを統治す るグレーター・ロンドン・カウンシルが誕生したが,それは1986年に廃止さ れた。1986年から2000年までは,ロンドンには公選の地方自治体が存在しな かった。1998年の住民投票(グレーター・ロンドン・オーソリティの設置の 有無を問う)を経て,2000年にグレーター・ロンドン・オーソリティ(GLA)

が設置された(4)

 GLAは,直接公選の市長と25人のロンドン議会議員を有するユニークな地 方自治の形態である。1名は議員の中から副市長を任命しなければならない。

また,その他に10名まで副市長を任命することができる。その中には,必置 の警察・犯罪担当の副市長も含まれている。さらに,有給または無給の市長へ のアドバイザーが任命される(図表3参照)。

 GLAには,多数のパートナー組織(東京都の外郭団体のようなもの)がある。

それらのパートナー組織は,GLAから補助金を得ると共に,民間セクターか らも財源を得ている。これらのパートナー組織は,都市開発などの目的のため にGLAにより設立されたものが多く,理事会や理事長はGLAの市長により任 命される。ロンドン・オリンピックの会場だった土地を管理するロンドン・レ ガシー開発公社や,OPDC(Old Oak and Park Royal Development Corporation)

と呼ばれる住宅開発公社などがパートナー組織の代表例である。

 GLAの年間歳出総額は,163億ポンドであるが,その内のかなりの部分を交 通関係の予算が占めている。ちなみに,2017年度のロンドン交通局(Transport for London)の予算は102億ポンドで,その内,48億ポンドはオイスター・カ

(6)

ード(ロンドンの地下鉄,バスなどで利用するICカード)などによる運賃収入,

26億ポンドは国からの補助金である。

 グレーター・ロンドンは,32のロンドン・バラとシティ・オブ・ロンドン(5)

から構成されている。ロンドン・バラは,公営住宅(council housing),地方税 の徴収,消費者保護,廃棄物の収集およびリサイクル,道路および駐車場,レ ジャー,社会福祉,教育などのサービスを担っている。

(2) 合同行政機構とその権限

 次に,新しい地方自治体間の連携のしくみとしての合同行政機構(Combined

authority)について説明する。合同行政機構は,2011年以降設置され,現在,

イングランドに10の合同行政機構が設置されている。合同行政機構は,カウ ンティやディストリクト,1層制自治体などが参加する自治体間の連携のしく みである(6)。10の合同行政機構のうち,8は公選首長を有していて,2は公選 首長を持たない。

�����

1965�� ��������������������

1986�� ��������������������

� � � � ���������������������

1998�� ������������������������������

2000�� ���������������������

�����

��������

� ��������������������������������

� ��������0������1��������������

� ���������������������

��������

� ��5���4����������1���������������

��������

図表 3 グレーター・ロンドン・オーソリティの概要

出典:筆者作成

(7)

 合同行政機構には,国(中央各省)との交渉により権限が委譲される。図表 4は,公選首長を有する8の合同行政機構(グレーター・マンチェスター,テ ィーズ・バレー,ウェスト・ミッドランド,リバプール・シティ・リージョン,

ウェスト・オブ・イングランド,ケンブリッジ・アンド・ピーターバラ,シェ フィールド・シティ・リージ

ョン,ノース・オブ・タイン)

に委譲されている権限を示し ている。各合同行政機構が有 する権限は,合同行政機構と 国(中央各省)との交渉の結 果であるので,合同行政機構 ごとに異なりが見られる。

�� ���

����

�� ����

��

����

����

������

�� ���

����������

���

��

��������� �����

����������

��

����������

�����

�����

��

����������

����

�����

����������

�����

��

���������

���������

����������

��������

図表 4 合同行政機構に委譲されている権限

出典:筆者作成

(8)

4.地方財政の状況

2018年度の地方自治体の歳出状況について見ると,歳出の45%は200万人 の自治体職員の人件費に支出されている。1999年3月から2018年12月まで の地方自治体と中央政府の職員数を比較すると,2010年頃までは地方自治体 の職員数のほうが多かったが,2010年を境に地方自治体の職員数は減少に転 じる一方で,中央政府の職員数では増加傾向が見られる。中央政府が職員数を 増やしている背景には,一部の学校が中央政府により直接管轄されるようにな った点,中央省庁がブレクジット(EU離脱に伴う事務の増加)に備えて増員 を図っていることなどが要因となっている。

地方自治体は,国(中央政府)の緊縮財政政策の被害を被ってきた。特に,

2010年に誕生した保守党・自由民主党による連立政権の下で,デイビッド・

キャメロン首相とジョージ・オズボーン財務大臣により推進された国からの補 助金の削減と,非常に制限された自治体の課税自主権がこの状況を生んだ。と りわけ,イングランドの自治体の財源の激減が,スコットランドやウェールズ に比べて目立っている。

また,2009年度と2017年度の都市部および非都市部の地方自治体の支出総 額を比べると,都市部における自治体の支出の減少のほうが激しい。これは,

非都市部の自治体では保守党により支配されているのに対して,都市部の自治 体は労働党や自由民主党などの野党により支配されているからである。つまり,

国は野党の支配する都市部の自治体への補助金を,与党の保守党が支配する非 都市部に比べてより減らしてきたということである。例えば,北イングランド の都市であるバーンスリー(Barnsley)では,2009年度から2017年度の間で 40%の削減,リバプールでは30%(市民一人当たり816ポンド)の削減とい う状況である。

イングランドの北部と南部では,削減率にちがいが見られる。北部の都市 では20%の削減であったのに対して,南部の都市(ロンドンを除く)では9%

の削減であった。ロンドンの削減率も大きかった。英国の総人口に占めるロン

(9)

ドンの人口の割合は16%であるが,財源削減に占める割合は30%であった。

こうした全体的な削減の傾向に対して,オックスフォードとルートンの2つの 市では,それぞれ15%と21%の財源の増加が見られた。

削減されたサービスの大半は法律で義務づけられていないサービスである。

現在,多くの地方自治体が住民に提供するサービスを必須のもの(法律で義務 づけられている)に集中化させている。社会福祉(social care)は需要が最も 増大している法律で義務づけられている自治体サービスの一つである。社会福 祉は,国が負担するNHS(National Health Service,国民保健サービス)(7)とは 異なり,地方自治体の財源から支出されている。また,地方財源が削減され,

地方経済が脆弱な自治体ほど,社会福祉費の増大が大きいという点には注意が 必要である。さらに,イングランド北部の自治体では,カウンシル・タックス による税収も少ない。つまり,今日の自治体財政は,社会福祉事務の負担と自 治体をめぐる財政改革の両方の問題の検討の必要性に直面している。

(10)

5.おわりに

 最後に,英国の地方自治をめぐる最近のいくつかの傾向とその評価について 述べる。第1に,ビジネス・レイト(8)を地方自治体が保有することや国からの 補助金を段階的に廃止する提案は,現在保留になっている。また,新しい法案 では,ビジネス・レイトの資産評価を現在の5年ごとから3年ごとに変更し行 うことになっている。

 第2に,イングランドへの権限委譲はそのほとんどが延期されている。合同 行政機構への新しいDevolution Dealによる権限委譲には期待が持てない。「権 限委譲枠組み」の発表もブレクジット後に延期されそうである。

 第3に,英国の地方自治体のサービス提供のあり方として,サッチャー政権 以降,「外注化(outsourcing)」や公民の連携手法のPPPが志向されてきたが,

現在,自治体自身によるサービスの直接提供手法である「内部化(insourcing)」 に置き換える傾向が見られる。その背景として,外注化やPPPが自治体によ る直接提供と比べて効率性(経費削減)の面であまり効果がないことが挙げら れる。また,地方自治体は財源不足を補うために,地方債を用いた不動産開発 や投機からの収入に益々向かう傾向が見られる。

 第4に,国が発表した「産業戦略(Industrial Strategy)」という白書(政策 文書)が,ブレクジットの状況下における国内政策のあり方を整理していると 言える。ただし,同戦略の中で用いられる「場所(places)」という情熱的な 言葉は,地方自治体間と関係の地元経済界との連携のしくみであるLEP(Local Enterprise Partnerships,地方産業パートナーシップ)(9)における場合と同様に,

地方自治体の果たすべき役割について不明確である。

 また,現在および今後,英国の地方自治をめぐる論点や争点としては,次の 点が挙げられる。第1に,英国の地方エリアが現在得ているEUからの地域開 発関係の補助金や農業関係の補助金(農業関係補助金は年間に240億ユーロ)(10)

が,ブレクジット後にどうなるのかについては不明確さを残している。提案さ れている「共存繁栄基金(Shared Prosperity Fund)」はあまり詳細が決まって

(11)

いない。

 第2に,イングランドの2層制地域の再編成について国(中央政府)は明確 な見方を示していない。ただし,2020年にいくつかのカウンティで再編が進 むかもしれない。

 第3に,ブレクジットに関する争点として,住宅や若い将来世代などの問題 が英国政治を規定する争点になるが,国(中央政府)は必要とされる所(地方 自治体)に権限や資源を委譲することより,小規模で臨時的な機関(開発公社 など)の設置や,目標の設定などの手法をより好むことが予想される。

 第4に,もう一つのブレクジットに伴う争点として,一部の地方自治体によ る業績の悪さ(もたつき)が,地域間の不均衡を広げている。地域に対するア イデンティティの問題はあるかもしれないが,公選の地方自治体よりノーザン・

パワーハウス(11)のような広域の地域レベルの政策がより好まれるように見える。

 「財政的な分権が『地方民主主義』を活気づけ,政治を感動的なものにする」。 2013年のロンドン財政委員会における元ロンドン市長で現在の英国首相であ るボリス・ジョンソンの言葉である。ロンドン市長も経験したジョンソン首相 が,首相として英国の地方自治に対して,どのような姿勢を取るのか,関心が 持たれるところである。

(12)

補足

 講演会では,次のようないくつかの質問がフロアーの学生から出され,講演 者(スティーブンズ)との間でやり取りされた。

【質問 1】2010年以降,地方自治体の職員数が減少し,その一方で,中央政府 の職員数が増加した背景として,ブレクジットに備えて中央各省が職員数の増 員を図っていたことを理由として挙げていたが,ブレクジットが国民投票で決 まったのは2016年で,時期的に少しずれているのではないか。

【講演者の回答】ブレクジットが国民投票で決まったのは2016年で,地方自治 体の職員数が減少し,中央政府の職員数が増加したのは2010年で確かに少し 時期がずれている。ただし,2010年にこのような変化があったのは,ブレク ジットの影響ではなく,上記でも説明したように,一部の学校の管轄が地方自 治体から国に移管されたことや,2010年に誕生した連立政権が緊縮財政政策 を取り,国から自治体への補助金を減らし,それにより自治体の職員数が減っ たことなどの影響である。2016年以降も中央政府の職員数が増えていること については,ブレクジットに備えるという理由が加わると言える。

【質問 2】英国が以前,当時のEC(ヨーロッパ共同体)に加入した際にもフラ ンスの反対などがあったと聞いているが,今,EUから離脱するというのは英 国のわがままではないか。また,EUから離脱することは英国にとってもデメ リットが大きいと思うのだが。

【講演者の回答】英国がEUからどういう形で離脱するかにもよるが,人やモ ノの移動が制限され,関税などがかかるようになることにより,英国のみなら ずEU側も経済的損失を被ることが指摘されている。実際,英国から他のヨー ロッパの都市に生産拠点や事務所を移す企業も出始めている。このような目に 見える経済的なデメリットに対して,ブレクジット(英国のEUからの離脱)

を選択した人の理由は,移民への警戒感やEU官僚による規制への反発などの 心理的な問題であった。両者の議論がなかなかかみ合わないところが最も大き な問題である。

(13)

【質問 3】スコットランドやウェールズでは,地方自治体は1層制に再編され たが,イングランドでは,なぜ2層制地域と1層制地域が混在しているのか。

なぜイングランドと他の地域の間にはこのようなちがいがあるのか。

【講演者の回答】2層制から1層制への再編は,1990年代半ばのメージャー保 守党政権下で実施された。スコットランドやウェールズの自治体では,労働党 が強く,その労働党の政治的拠点を再編するという政治的なねらいもあり,2 層制から1層制への再編は強行された。一方,イングランドにおけるカウンテ ィは保守党の地盤で,保守党内から2層制から1層制への再編に反対意見があ った。そこで,抵抗が少ない地域のみで,2層制から1層制への再編が実施さ れた。その結果,2層制地域と1層制地域が混在する状況になった。

【質問 4】ロンドンには公選の市長がいるという説明だったが,カウンティや ディストリクトにも公選の首長はいるのか。

【講演者の回答】理論的にはカウンティも公選の首長を有することが可能であ るが,実際には現状ではカウンティには公選首長は存在しない。ディストリク ト・レベルには,15人の公選首長がいる。また,ロンドンおよび8つ(10か 所の内)の合同行政機構に公選の首長がいる。

【質問 5】ブレクジットは,多くの点で英国社会に変化や影響を与えると思うが,

ブレクジットが英国の地方自治に与える変化や影響は何か。

【講演者の回答】一つは,上記の説明でも触れたが,EUからの地域開発や農 業関係の補助金がなくなり,それに代えて,今後どのような補助金がどのよう な形で導入されるのかが不透明な状況であるが,そのような状況の下で地域社 会の一体性が確保されるのかという点が大きな争点になる。もう一つは,ドー バーなどの海に面した港湾都市における問題で,港湾へのアクセスをどう管理 するのかが大きな問題になるだろう。

(14)

 注

 (1)  小論の本文(講演録)部分については,スティーブンズの講演内容を石見が翻 訳したものであるが,注および参考文献は石見の責任において執筆したもので ある。

 (2)  イングランドでは,カウンティとカウンティ・バラ(特別市)の間に対立が見 られ,それを解決するためにも,地方自治制度の改革が目指され,王立委員会

(レッドクリフ・モード委員会)が設置され,同委員会は,1層制自治体(カウ ンティ)と,3つの大都市圏地域(バーミンガム,リバプール,マンチェスター)

では2層制自治体(カウンティとディストリクト)に再編することを提案した。

1970年6月の総選挙で誕生したヒース保守党政権は,労働党政権下での案とは 全く異なる,イングランドの全域をカウンティとディストリクトから成る2層 制に再編することを盛り込んだ1972年地方自治法(実施は74年)を制定した。

これによって,カウンティ・バラは廃止され,それまであった市(non-county borough council),町(urban district council),村(rural district council)は,ディ ストリクトに再編(小規模市町村は合併)され,長年問題になっていた都市と 農村の対立,カウンティ・バラとカウンティの対立が解消された(Keith-Lucas

& Richards 1978 pp.212-215)。

 (3)  英国の地方自治体の内部構造は,元来,「委員会制」と呼ばれるもので運営さ れてきた。委員会制とは,わが国のように首長(執行部)と議会が明確に分か れてなく,議会が議決機関としての役割と行政各部を監督する二重の役割を 担っていた。また,議会の運営は,幹部議員で構成する「委員会」が担ってい た(Wilson & Game 2002 p.29)。自治体への行政需要の増加などに対して,

このしくみでは,十分にその要望に応えられていないのではないかという点か ら,1960年代や70年代においてもモード委員会やベインズ委員会などで繰り 返し改善方策が検討されてきた。ブレア労働党政権は,1998年の白書『現代の 地方自治-住民との関わりの中で(Modern Local Government: In touch with the

people)』の中で,従来の委員会制は,その意思決定過程が不透明であり,責

任が不明確で,組織運営的にも非効率であると批判した。この白書を受けるか たちで制定された2000年地方自治法では,いくつかの改革の選択肢が示され,

自治体が選ぶことになった。ただし,従来の委員会制に近い「リーダーと議員 内閣制度」を採用する自治体が多かった。これは,議員により互選されるリー ダーと何人かの議員が内閣(執行部)を構成するしくみである。さて,この時 に示された選択肢の中に公選首長制もあった。2001年5月から2002年1月に

(15)

かけて,いくつかの自治体で公選首長制の導入をめぐる住民投票が実施された が,可決されたのは少数であった。また,2012年5月3日,2011年地方主義 法に基づいて,10の都市で公選首長制導入をめぐる住民投票が実施されたが,

可決されたのはブリストル市のみであった。

 (4)  グレーター・ロンドン・カウンシルはイングランドの他の6つの大都市圏カウ ンシルと共に1986年に廃止された。表向きの理由は,基礎レベルのディスト リクトとの間に業務の重複があり,非効率との説明であったが,実際の理由は,

これらの自治体では労働党の勢力が強く,サッチャー政権に批判的であったか らである。

 (5)  シティ・オブ・ロンドンは,32のバラと同じレベルの自治体であるが,特別な 位置づけを有している。例えば,シティ・オブ・ロンドンには,市民議会(Court of Common Council)と参事会(Court of Aldermen)という2つの議会を有して いる。意思決定機関としての重要な役割を担っているのは市民議会(100人の 議員で構成)であるが,その議員の選挙には,シティ・オブ・ロンドンの住民 に加えて,企業にも投票権がある(従業員の規模に応じて票が割り当てられる)。 市民議会の議長は,市長(Lord Mayor)が務めるが,その市長は参事会のメンバー

(25人)から選ばれる。市民議会の議員は25の選挙区から選出される。各選挙 区の定数は,人口や企業の規模に応じて異なる。一方,参事会は市民議会と同 じ25の選挙区から各1人選出される。参事会員には,通常,ビジネスなどで 立派な業績をあげた人がなる。また,シティ・オブ・ロンドンの警察は「ロン ドン市警(City of London Police)」と呼ばれ,グレーター・ロンドンを管轄する「ロ ンドン警視庁」とは異なる別の組織である。このような点に,シティ・オブ・

ロンドンの独特の性格が見られる(竹下 2008 pp.63-65)。

 (6)  合同行政機構に関する設置根拠法は,2009年地方民主主義,経済開発,建築 法(Local Democracy, Economic Development and Construction Act 2009)であっ た。2011年4月のグレーター・マンチェスター合同行政機構や,2014年4月 のシェフィールド・シティ・リージョン,ウェスト・ヨークシャ,リバプール・

シティ・リージョン,ノース・イーストの各合同行政機構などは,同法に基づ いて設置された。その後,2016年都市・地方自治権限委譲法(Cities and Local Government Devolution Act 2016)が制定された。同法は2009年法を修正する 性格も持っていた。2016年法で加えられた修正点の一つに,合同行政機構を構 成する自治体のうち,公選首長制への変更に同意しない自治体がある場合,当 該自治体は合同行政機構から離脱しなければならないという内容がある。また,

(16)

2009年法では,合同行政機構の機能として,経済開発や再生,交通,構成自治 体が移管に同意するその他の機能についてのみ定めていたが,2016年法では,

この制約を取り除き,国務大臣に制定法上での機能や公的団体(public bodies)

の有する機能の合同行政機構への移管を認めた(石見 2016 pp.41-43)。  (7)  戦後英国の福祉国家建設の基礎となったベバリッジ報告(1942年)の中でも,

貧困,不衛生,無知,怠惰と並んで疾病が戦後再建をはばむ「巨人(脅威)」 の一つに挙げられていた。NHS(国民保健サービス)は,「無料で公平な医療 を全国民に」という理念の下,1948年に誕生した。しかしながら,1990年代 後半になると,NHSは長い待機時間,院内感染,スタッフのモラルの低さなど から,「崩壊の危機」が叫ばれた。これに対して,ブレアは,2000年に「NHS プラン」なる改革の基本構想を発表し,医師や看護師の待遇改善,医療機関へ の資源の追加投入といった「飴」と,病院の情報開示や業績管理といった「鞭」

を使い分ける改革を実施した(武内・竹之下 2009)。

 (8)  ビジネス・レイトは,非居住用資産に対象にした税金である。1990年までは地 方税であったが,1990年にサッチャーによりコミュニティ・チャージ(ポー ル・タックス)が導入された際,ビジネス・レイトの管轄が国になり,成人数 に応じて自治体に還元される地方譲与税的な性格と運用に変更された。コミュ ニティ・チャージは,1993年にカウンシル・タックスに改革されたが,ビジネ ス・レイトの性格と運用には変更が見られなかった。

 (9)  LEP(地方産業パートナーシップ)は,2010年に誕生した保守党・自由民主党

から成る連立政権により導入された。それまであった地域開発公社(Regional

Development Agencies: RDA)に代えて導入されたものである。RDAがイング

ランドの9つのリージョン単位で設置されていたのに対して,LEPはリージョ ンより狭いサブ・リージョン単位で設置された(カウンティ単位で設置された LEPもあった)。また,RDAが,多くの職員や資産を有したのに対して,LEPは,

構成する自治体と地元の企業が人を出し合い,構成自治体のどこかの建物に事 務所を置くなどの点で安上がりなしくみである。ただし,LEPは単なる「おしゃ べりの場」で大した役割を果たさず,存在感が薄いとの声もある。また,一部

のLEPでは,対象地域に重複が見られる(一部地域が複数のLEPに属している)。

国は,LEP単位で地方産業パートナーシップを策定することを義務づけており,

この機会に,対象地域の重複を解消し,LEPの機能の強化を目指している(HM Government 2018, The Comptroller and Auditor General 2019)。

 (10)  EU加盟国の農業政策は共有化されていて,それは共通農業政策(Common

(17)

Agricultural Policy: CAP)と呼ばれる。英国がEUから離脱すると,英国は独自 の農業政策を実施することになる。従来のCAPでは,補助金の交付方法が,所 有する農地の広さに基づいていたため,CAPの補助金の半分近くが大規模農家

(上位の1割)に交付され,小規模農家(下位2割)には補助金総額の2%しか 交付されないなどの不公平さが問題視されていた。このような点をどう改善す るかが,ブレクジット後の英国独自の農業政策の課題である。EUから加盟国 に交付されていた地域開発関係の補助金は欧州構造基金(European Structural Funds)と呼ばれる。これは,加盟国の地域間の社会的・経済的不均衡を是正 することを目的としたものであり,EU予算の中でもCAPに次いで大きく26%

を占めている。構造基金の運用期間は7年間で,2014~2020年の間に総額で 106億ユーロが英国に交付される予定である。2017年総選挙の際の保守党のマ ニフェストでは,ブレクジット後に従来の構造基金に代わるもの(英国独自の 地域支援の補助金のしくみ)として,「連合王国共存繁栄基金(United Kingdom Shared Prosperity Fund)」の創設が約束された。

 (11)  ノーザン・パワーハウスのアイデアは,2014年に当時のジョージ・オズボーン 財務大臣の演説の中で初めて言及された。それは,ロンドンの経済力に匹敵す る原動力をイングランドの北部にも作るという発想である。労働党政権下にお いても,北部の3つの地域開発公社(ノース・イースト,ノース・ウェスト,ヨー クシャ・アンド・ザ・ハンバー)が連携するしくみである「ノーザン・ウェイ」

などがあった。北部がどこを意味するかは不明であるが,2018年7月にノーザ ン・パワーハウス担当大臣は,11の地方産業パートナーシップ(LEP)が「N11」

という新しい団体を形成すると発表した。また,同年9月,北部の合同行政機 構の市長や代表者たちは,初めての「北部代表者会議」に集まった。ノーザン・

パワーハウスの目的も不明確であるが,北部に投資を引き付けることを中心に した「包括的な看板(概念)」と言える(Bradley-Depani 2016)。

(18)

 参考文献

 Bradley-Depani N, Butcher L & Sandford M, The Northern Powerhouse, London: House of Commons Library, 2016

 HM Government, Strengthened Local Enterprise Partnerships, London: Ministry of Housing, Communities and Local Government, 2018

 Keith-Lucas B & Richards PG, A History of Local Government in the Twentieth Century, London: George Allen & Unwin, 1978

 Paun A & Macrory S ed., Has Devolution Worked?, London: Institute for Government, 2018  Sandford M, Devolution to Local Government in England, Briefing Paper No.07029, London:

House of Commons Library, 2019

 The Comptroller and Auditor General, Local Enterprise Partnerships: an update on progress, London: National Audit Office, 2019

 Wilson D & Game C, Local Government in the United Kingdom, 3rd ed., Hampshire:

Palgrave Macmillan, 2002

 石見豊「イングランドにおける合同行政機構の設置と権限委譲の動き」『国士舘大学  政経論叢』第178号,2016年

 スティーブンズ A(石見豊訳)『英国の地方自治』芦書房,2011年

 武内和久・竹之下泰志『公平・無料・国営を貫く英国の医療改革』集英社新書,2009年  竹下譲監修・著『よくわかる世界の地方自治制度』イマジン出版,2008年

参照

関連したドキュメント

Given a compact Hausdorff topological group G, we denote by O(G) the dense Hopf ∗-subalgebra of the commutative C ∗ -algebra C(G) spanned by the matrix coefficients of

The operator space analogue of the strong form of the principle of local reflexivity is shown to hold for any von Neumann algebra predual, and thus for any C ∗ -algebraic dual..

Key words: Brownian sheet, sectorial local nondeterminism, image, Salem sets, multiple points, Hausdorff dimension, packing dimension.. AMS 2000 Subject Classification: Primary

We describe a filtration of Pic( L I ) in the last section as well as the proofs of some facts. We also discuss there the small objects in some local stable homotopy categories...

This paper will blend well-established ideas of Conner-Floyd, tom Dieck, Atiyah, Segal and Wilson with recent constructions of Greenlees and recent insight of the author to show

In Section 7, we state and prove various local and global estimates for the second basic problem.. In Section 8, we prove the trace estimate for the second

In this paper we focus on the relation existing between a (singular) projective hypersurface and the 0-th local cohomology of its jacobian ring.. Most of the results we will present

In Theorem 4.2 we prove, given existence and uniqueness of so- lutions, the strong Markov property for solutions of (1.1), using some abstract results about local martingale