Ⅹ 道徳 神立 誠 木暮 克昌 藤本 裕一 豊かな体験を生かし、道徳的価値を深める生徒の育成 1 研究の概要 (1) 生徒の実態 道徳部では、生徒の現状を次のようにとらえている。 (2) 目指す生徒像 道徳部では、生徒の実態をふまえ目指す生徒像を次のように設定した。 ① 自らの体験を生かして、問いをもって考えることができる生徒 ② 共に考えを深めたり明確にしたりしながら語り合える生徒 ③ よりよく生きようとする力を自覚する生徒 ①の「自らの体験を生かして、問いをもって考える」とは、さまざまな体験を通して、感じたことを 見つめ、「私はなぜこうした感じ方をしたのか」を自ら問い掛けることができる。また、この問いを繰 り返すことで、自分の人生をよりよく生きていきたいとうちからの願いを強くすることができる。 ②の「共に考えを深めたり明確にしたりしながら語り合える」とは、語合いを通して、他の生徒の考 えと自分の考えを重ねたり比較したりしながら互いに深く理解し合うことができるとともに、自分と向 き合い、考えを明確にしたり見直したりすることができる生徒である。 ③の「よりよく生きようとする力の自覚」とは、快、不快の感情である。生徒が、快、不快を基準に して、行ってよいこと悪いことに気付き、「自分は、こういう人間になりたい」「自分は人間として魅力 的な生き方をしているだろうか」といった理性や内省する力など、内面的・共感的な道徳的心情をもつ ことができる生徒である。
(3) 研究の構想 本校生徒の実態と、本校道徳部が目指す生徒像をふまえて、以下のような構想で研究を進めていく。 (4) 今年度重点的に取り組む手だてについて 本校生徒の実態と、本校道徳が目指す生徒像とをつなぐ手だてを次のように考え、授業実践を進めて いく。 ① 豊かな体験を生かした単元の充実 ② 道徳的価値への追求に見通しをもたせるための導入の工夫 ③ 自らの成長や課題を実感できる振り返りの場の設定 ①体験前に求めた価値を体験後にとらえ直し、自己の生き方を発展させることができるようにするた めに、体験の前後で体験にかかわる道徳的価値を位置付けた単元構成をする。体験前の道徳の時間では、 価値に対する自分の考えを掘り起こすことで、価値を焦点化しながら体験活動する意義を考えさせるこ とができるようにする。体験活動では、初めての経験に感動し、主体的に取り組むことができるように するとともに、問いをもち続け、自分で考えて壁を乗り越え、一生懸命活動しようとするが、一方で、 情に流されてしまったり、主観的・独善的に物事をとらえてしまったりすることが心配される。そこで、 体験後の道徳の時間では、感想文や活動の様子の映像から、自ら体験したことを省みることで、価値を とらえ直し、自分の成長や変容、高まりを実感し、これからこうしていきたいという意欲をもたせるよ うにする。 ②授業の導入場面で価値に対する問いをもたせることで、価値への追求に見通しをもたせることがで きるようにする。具体的には、次の二つの問いをもたせるようにする。一つ目は、導入場面で価値につ いて明確にせず、価値にかかわる自分の考えを問いとする。そして、展開の中で価値についての考えを 深めさせ、終末に解として価値を明確にする。二つ目は、導入場面で価値を明確にし、その価値に対す る自分の課題を問いとしてもつ。終末場面では、価値を身に付けることで、どのような良いこと(快) が生まれるか、考えさせる。この場合は、快は価値を超えている。
③授業を振り返り、価値の理解・自分とのかかわり・価値の発展など自己の生き方についての考えを ワークシートにまとめさせるとともに、事前に 記述したワークシートを読み返し、価値の深ま りにかかわることが記されている部分に下線を 引かせ、生徒自身が変容したことを振り返らせ ることで、直接体験を生かしながら、内的な体 験とも言うべき心の体験を重ね、価値の自覚を 深めていくことができるようにする。さらに、 一年の振り返りをさせるために成長自己評価 (振り返りワークシート)を使って今までのワ ークシートを読み返し、自己評価することで、 道徳的実践ができているかを確かめることがで きるようにする。また、振り返ることで、新た な問いをもつことができるようにし、より確かな道徳的実践ができるようにする。 2 実践例 本年度の重点的に取り組む手だてを設定して実践した授業の流れは、第1学年の主題「働く喜び 4 -(5)」を例にすると、以下のようになる。
職場体験学習をする前に、学級活動では「職業の三要素ってなに?」、総合的な学習の時間では「仕 事内容を調べよう」について学習している。さらに、道徳では主題「働く喜び4-(5)」を行い、職 場体験の展望を考えさせた。職場体験終了後、感想文を読んだり体験の様子の映像で見たりしながら、 職業に対する思いや考えを共有し、体験前後の自分の変容をふまえながら、働くことの喜びについて語 り合った。そして、働く喜びについての理解、職場体験学習を通しての自分の変容、これから自分なり に発展させていくことへの思いや課題についてワークシートに書かせた。 3 省察と展望 (1) 実践例について 実践例での問いは、職場体験学習の前後の授業いずれも、導入で価値を明確にし、その価値に対する 自分の課題を問いとしてもたせたものである。体験学習前の授業では、「仕事に喜びをもって前向きに 取り組むことができるだろうか」という問いをもたせることで、資料に登場するトイレ掃除に取り組む 西山さんのように職場体験を頑張りたいという生徒が多かった。二人の生徒は、ワークシートに次のよ うな記述をしていた。 ①西山さんの「仕事が嫌で嫌でしょうがなかった」という気持ちは、私にとってかなり同情できると 思いました。そして、職場体験学習では、西山さんの達成感をぜひ味わってみたいです。興味がわ かない仕事でも一生懸命がんばりたいと思います。 ②ぼくは、職場体験の仕事内容を聞いたとき、仕事がきつそうで、とても嫌な気持ちになりました。 でも、今日の授業を受けて、とても気持ちが変わりました。ぼくはとても「個人性」を意識してい たけれど、「社会性」にも気持ちをおいて、それを「個人性」につなげるようにして、西山さんの ように考えていきたいと思いました。職場体験では、嫌な顔をせず、うれしそうに仕事を頑張り、 いい汗をかきたいと思いました。 ①の生徒は、トイレ掃除をするのが嫌な西山さんの気持ちを理解し、自分も仕事をすることが嫌な自 分を振り返っている。しかし、授業の最後には、職場体験学習で達成感を味わいたいという前向きな考 えに変化していることがわかる。②の生徒は、職場体験の仕事が辛い、大変だという印象をもっており、 なかなか頑張ろうという気持ちになれない自分がいたが、西山さんの通して、気持ちが変容し、頑張ろ うという気持ちをもつことができた。 ただ、多くの生徒は、「仕事を楽しん で行いたい」「今からドキドキしてい る」など、職場体験への期待感や不安 感をもっていることがわかる。働くこ との意義を理解し、授業での価値を自 覚し、職場体験にしっかりと臨もうと する意欲は見られた。しかし、問いの 「働く喜び」の快となる、人に喜ばれ るこ と が と て も 快 いか ら 一生 懸 命働 き、それが、自分自身も快くなること につながることを記述している生徒は いなかった。 職場体験終了後の感想文(総合的な学習の時間でのまとめ)を見ると、楽しい職場体験ではなく、実 際に活動してみて、人とのふれあいや体験して認識した大変さや働くことのすごさを知ることができた。
道徳のワークシートではないが、体験 前の道徳のワークシートに記述してい た内容にはない、体験したからこそ書 かれたことが記述されている。右のワ ークシートは、病院で体験活動をした 生徒のものである。この生徒は協力す ることの大切さや患者さんとのコミュ ニケーションの大切さなど、体験した から そ の 結 果 と し て 感 じた ので は な く、体験と同時に感じたことが記述さ れている。また、これらの感想を体験 後の道徳資料として提示した。事業所 が約60カ所もあり、ほとんどの生徒が 異なった体験をしてきたが、食品加工 所で体験をしている生徒の様子を映像 で見たり資料を読んだりして、共感す ることができた。そこで、「体験を通 して、働く喜びは見つかったろうか」 という問いを投げかけ、語合いをさせ た。語合いでは、自分が体験してきた ことやそのときの楽しかったこと、辛 かったことなどをそれぞれ率直に語り 合うことができた。他の生徒の体験と 自らの体験を突き合わせることで、お 互いに共感を呼び、自分の考えを更に 深めることができた。授業終末でのワ ークシートの記述には、次のような感 想を記述している生徒がいた。 ①振り返ってみると、職場体験の前後の気持ちがこんなに違うことを知った。職業について自分の見 方や考え方、イメージが変わり、成長した気がする。今まで将来について何も考えてこなかったけ れど、この学習を通して、人のために働きたいという意欲をもたせてくれた。 ②職場体験や今日の語合いを通して、働くことは大変でつらいこともあるけれど、1番は「やりがい」 だと思った。職場体験で、患者さんから「ありがとう」と言われたとき、とてもうれしかった。ま た、語合いでは、様々な仕事の「自慢」を聞いて、自慢できるようになるためには、その職業を好 きになることが大切で、その仕事を長く続けられると思った。 ①の生徒は、体験前後での自分の変容に気付くことができた。体験してきたことを道徳で振り返り、 自分が行ってきた体験を見直すことで、成長した自分がいることを認識することができた。また、これ からの自分にもふれ、人のために働きたいという意欲をもつことができた。体験前には考えられなかっ たことが体験後の道徳を通して実践していこうとする意欲につながっていった。②の生徒は、お互いに 体験したことを語り合いながら、他の生徒の考えに共感し、仕事を続けていくためにはその職業を好き
になることが大切であるということを学ぶことができた。また、働くことはとても辛いことではあるが、 これを乗り越え、一生懸命活動するこ とで、やりがいというものを見いだす ことができるということを学ぶことが できた。これは、問いに対する快を見 いだしたことになる。 右のワークシートは、体験前のワー クシートと同じ生徒のものである。こ の生徒は、体験前に楽しんで行いたい と考えていたが体験後は、積極的に行 った自分を発見できたことや、相手の ために自分がすべきことを考え行動し たことが自分自身の達成感につながる のだということを振り返ることができ た。 (2) 今後の展望 道徳の授業を更に高めるためには、教師同士が授業を見合い、授業を練り上げていくことが大切であ る。そのためには、各学年の道徳をリレー式に実践していくことができるようにしていきたい。 例えば、A教諭の実践では、問いが「クラスの向上を考えて、役割を果たしているか」では、Yes か No で答えるものになってしまう。また、 語合いにもっていく中心発問の内容で は、生徒が語りづらい。そこで、B教 諭の実践では、問いを「最高のクラス にするために自分にできることは何だ ろうか」とプラス思考に修正し、中心 発問も鈴木さんの気持ちの変化を考え る内容に変え、語り合わせる。さらに、 C教諭は、これまでの実践の発問では、 生徒が鈴木さんの心情を深く掘り下げ て考えようとすることができないと感 じ、価値とは反対のとらえ方で追発問 を投げかけるように工夫した。 このように、授業を見合うことで、問いのもたせ方や発問、語合いに向かう中心発問などが修正され、 生徒に道徳的価値の自覚を認識させ、実践していこうとする意欲をもたせることができる。さらに、こ のような蓄積が、本校道徳部の週提案として、よりよいものになっていき、教師の指導力が磨かれてい くものと考える。 <参考文献> 1) 加倉井 隆 (2008) 『中学校 新学習指導要領の展開』 明治図書 2) 横山 利弘 (2009) 『平成20年改訂 中学校教育課程講座 道徳』 ぎょうせい 3) 岩上 薫 (2009) 『Q&A 新学習指導要領と道徳教育の改善ポイント』 教育開発研究所 4) 岩上 薫 (2009) 『Q&A 道徳的実践力を高める道徳授業の改善ポイント』 教育開発研究所