― ―33 第52巻 第1号(2019年12月) p.33~45 目 次 1.研究背景と目的 2.時間における先行的利得 3.研究方法 4.事前調査 5.研究Ⅰ 51 実験1 52 実験2 53 考察:実験1・2 6.研究Ⅱ 61 実験3 62 実験4 63 考察:実験3・4 7.研究Ⅲ 71 実験5 72 考察:実験3・5 8.研究Ⅳ 81 実験6 82 考察:実験2・6 9.総合考察 注 引用文献 付録 近畿大学短期大学部准教授 2019年10月1日受理
時間における先行的利得が与えるリスク選択行動への影響
頭 師 暢 秀 抄録 先行する時間の利得は、リスクを伴った意思決定にどのような影響を与えるだろうか。本研究は、 学生を対象とした6つのシナリオ実験を通してこの疑問を探究するものである。一連の実験結果は、 まちまちとなった。先行する時間の利得によってリスク選好傾向を強化する場面もあれば、そうでは ない場面も観察された。しかし、条件によって意思決定の傾向に変化が生じた事実は、条件として提 示する情報によって消費者や運転従事者や観光客の行動を誘導できる可能性を示唆している。 キーワード プロスペクト理論、意思決定、時間、リスクThe Effects of Prior Time Gain on Risky Choice Behavior Zushi, Nobuhide
Abstract
How are peoples’ risky choices affected by prior time gain ? This research explored this question through six scenario-based experiments using students as subjects. They showed conflicting results. In some cases, the prior time gain seemed to prompt the subjects relatively risk-seeking while not in the others. That is, peoples’ risky choice behaviors may change depending on the given conditions. The findings suggested that the provided information be able may to guide the behaviors of consumers, drivers, and tourists.
Key Words
1.研究背景と目的 人々の日々の暮らしは、時間のやりくりととも にある。比較的ゆるやかなスケジュールを過ごす 日もあれば、タイトなスケジュールのなかで、何 とか隙間時間を獲得しようと奮闘するような日も あるだろう。時として、想定外の時間的余裕がふ と現れる時もある。そんな時、突如として得た時 間的余裕を、人々は、どのように利用するだろう か。消費者は、こうして現れた時間をどのように 使おうとするだろうか。配送時刻や到着時刻を意 識する仕事に就いている労働者は、どのように使 うだろうか。管見の限り、このような場面におけ る人々の行動傾向に関する先行研究は存在しない。 本稿は、未だ開発途上といえる時間の意思決定 研究において、先行する時間的利得が意思決定に 与える影響に関する基礎的データを収集すること で、偶発的に得た時間的余裕に関する人々の行動 傾向を検討する。 2.時間における先行的利得 意思決定の研究領域は、プロスペクト理論 を はじめとする単一選択問題から連続的選択問題に 対する人々の反応に関心を移してきた。人々の意 思決定は、ある時点での単一選択の場面に限らず、 それ以前に発生した結果に依存することも少なく ないだろう。金銭に関する連続的意思決定の先行 研究は、前段に発生した利得や損失が、後段の選 択に影響していることを明らかにしている。たと えば、先行する利得や損失はリスク選好行動を導 き、それぞれ「ハウス・マネー効果」「ブレーク・ イーブン効果」と称される。 先行的利得が爾後の行動傾向に影響する一例で あるハウス・マネー効果とは、いわゆるあぶく銭 のように、意図せざる収入を得たときに、人々が 高いリスクの投資行動に使用することをいう。 人々が、現状の所得を参照点として、意図せず獲 得した収入を利得と認識し、これを気楽に使って しまう現象である。 また、ブレーク・イーブン効果は、損失が先行 的に発生した場合に、リスク選好行動が引き起こ されることをいう。人々は、現状の所得を参照点 として、初期に失った所得を損失と認識し、高リ スクであっても損失を取り戻そうと行動する現象 を指す。これらの効果は、金銭的選択問題におい て概して支持されている。 先述の問題意識から、本稿の関心は、時間に関 する先行的利得が爾後の行動傾向に与える影響で ある。予定通りの状態を参照点として、実際には それよりも早く活動が終了した場合にこの時間差 を利得と、遅く終了した場合に損失と認識すると 仮定し、一連の研究を通じて、不意に獲得した時 間的余裕がもたらす意思決定の変化を検討する。 3.研 究 方 法 同種の意思決定問題に関する先行研究と同様、 本研究ではシナリオ実験法 を用いた。事前調査 の結果から、被験者である大学生にとって身近な 状況を想定した。授業の短縮を先行する時間的利 得として設定し、バスを利用しての通学場面を描 いたシナリオを示した。本調査の質問紙の一例は、 付録の通りである。 表紙に依頼文と問い合わせ先を示し、調査目的 と回答方法の概要を説明した。【問1】では、確 実な到着時間と確率的な到着時間を示し、これら 2つの選択肢から1つを選ぶよう求めた。両選 択肢のもたらす結果の期待値は同値である。【問 2】では、被験者のシナリオに対する理解度を把 握するための質問を設け、【問3】で【問1】の 選択理由を自由回答として求めた。【最後の質問】 として、被験者の特性を尋ね、フェイスシートと して、年齢と性別の回答を指示した。本稿では、 【問1】、【問2】の一部、【問3】を分析に用いた。 一連の調査は、無記名の個別時記入式の質問紙 で実施し、授業中に担当教員の依頼に応じてその 場で回答する集合調査形式で行った。実施には、 依頼・説明と回答を含めて10分間程度を費やした。 ― ―34
参加したことによる謝礼等のインセンティブは提 示しなかった。 研究目的を推察した回答を避けるため、各実験 に参加する被験者群の重複を避け、被験者間比較 を行った。 4.事 前 調 査
Leclerc, Schmitt and Dube(1995)や頭師(2018) は、時間の先行的損失の検討のために飛行場での 待ち時間を想定したシナリオを用いた。しかし、 最大の待ち時間が7時間に達する点や、特に被験 者となった日本の学生にとってなじみの薄い状況 設定に課題があったため、想定しうる被験者にとっ て、より現実的なシナリオの開発を目指す必要が あった。そこで、一連の調査を効果的に実施する ために、事前調査を行い、シナリオとして想像し やすい状況を探究した。 事前調査で用いたシナリオは、時間的な選択問 題に特化するために、一切の状況的描写を排除し たシナリオを使用した。すなわち、次のような内 容である。 あなたは、30分短縮したところです。今、どちら を選びますか。 A:これ以上、時間を短縮することも延長するこ ともしない。 B:50%の確率で9分の節約ができ、50%の確率 で9分の延長となる賭けをする。 2019年1月17日と23日に、関西地方の短期大学 生を対象に行った調査には、37人が参加し、36人 が回答した。有効回答率は、97.2%だった。爾後 の時間について変化のない選択肢Aを選択したの は23人(63.9%)で、確率的に変化する選択肢B を選択したのは13人(36.1%)だった。 さらに、時間を得したと感じた経験を自由回答 で問うたところ、電車に1本早く乗れた時や予定 よりも早く家に着いた時といった移動を伴う学校 に関する状況が散見された。そこで、時間におけ る利得を予定より早く活動が終了する場面とした。 そして、これらの回答を参考に、本研究で使用す るシナリオが描く状況を通学場面に設定すること にした。 5.研 究 Ⅰ 時間における先行的利得が意思決定に与える影 響を直接的に観察するため、2 つの実験を行い、 それらの結果を比較した。 予定に間に合うか予定よりも早く活動が終了す るよりも、予定から遅れる方を好む人が多いとは 考えにくい。そこで、時間的利得が先行すること で、結果的に通常よりも遅れることがない状況描 写と、時間的利得がないため、結果的に通常より も遅れる可能性を含む状況描写を比較することに より、先行的利得の存在が確率的選択肢を選好さ せる傾向の発現を予想している。 51 実験1 実験1で提示するシナリオには、所与の条件と して通常よりも授業が15分間早く終了し、帰宅で きる状況を描いた。被験者は、2 つの選択肢のな かから1つを選んだ。要旨は次の通りである。 所与:授業が予定よりも15分早く終了した。 A:いつも通りの時間がかかる。 B:50%の確率で4分30秒早く帰宅し、50%の確 率で4分30秒遅く帰宅する。 調査対象者は、関西地方の私立大学に通い、ビ ジネス系の講義を受講している大学1年生60名 だった。調査は、2019年5月30日に実施した。 【問2】において、「このシナリオの内容は、良 く理解できたと思う」という質問に対して、7 点 尺度の1点(そうは思わない)と回答した者11名 を、シナリオの内容の理解度が極めて低かったと みなして、分析から除外し、49名を分析対象とし ― ―35
た。したがって、有効回答率は、81.7%であった。 選択行動の結果は、リスク回避の選択をした者 は29名(59.2%)、リスク志向の選択をした者は20 名(40.8%)だった。 自由回答を検討したところ、リスク回避を選択 した者は、予定の確実性やギャンブルへの抵抗感 を述べていた。リスク選好を選択した者は、通常 よりも早く帰宅できることが確保されているため、 さらに早い帰宅に賭けたいという積極的な選択理 由や、時間的余裕から、いつもとは異なることを してみたいという冒険心を理由に挙げていた。 52 実験2 実験1との比較検討のために、所与の条件とし て授業が予定通り終了した場面を設定した。そし て、確率的選択肢においては、結果として時間的 損失が発生する可能性を提示した。シナリオの要 旨は次の通りである。 所与:授業が予定通り終了した。 A:いつも通りの時間がかかる。 B:50%の確率で4分30秒早く帰宅し、50%の確 率で4分30秒遅く帰宅する。 調査対象者は、関西地方の私立大学に通い、ビ ジネス系の講義を受講している短期大学生57名 だった。調査は、2019年9月25日と26日に実施し た。 実験1で用いた基準に則り、シナリオの内容が 理解できなかったと回答した5名と、回答に不備 のあった4名を分析から除外し、48名を分析対象 とした。したがって、有効回答率は、84.2%だっ た。 リスク回避の選択をした者は、33名(68.8%)、 リスク志向の選択をした者は15名(31.3%)だっ た。 自由回答を検討したところ、リスク回避者は、 予定の確実性や計画性のほか、ギャンブルへの嫌 悪感といった理由を挙げていた。リスク志向者は、 少しでも早く帰宅できる可能性を追求する意思や ギャンブルを楽しもうとする意思を挙げていた。 53 考察:実験1・2 授業がいつも通り終了した場合にリスク選好を 選択した者が31.3%だったのに対し、授業が15分 早く終了した場合にリスク選好を選択した者は40.8% だった。約10%のシフト量に過ぎず、予想との乖 離が認められる。ただし、サンプル数を勘案すれ ば、この結果をもって、先行する時間的利得が意 思決定に影響したと断定することはできない。 自由回答からは、被験者個人の特性が意思決定 に影響している可能性がうかがえる。 6.研 究 Ⅱ 研究Ⅱでは、研究Ⅰで用いたシナリオに描いた 時間幅を変更し、事前に獲得した時間的余裕の程 度によって変化するのかどうかを実験した。時間 的余裕が増加することで、爾後の時間的選択の幅 が拡大することから、リスク志向の強化が予想さ れると同時に、爾後の時間的損失幅も拡大するた め、リスク回避の強化も考えうる。 61 実験3 実験3では、実験1で表した時間を倍増させた。 すなわち、所与となる最後の授業が、15分ではな く30分早く終了したとシナリオを変更した。これ にともない、【問1】の選択肢に示す時間は、4 分30秒から9分に変更した。これらの点を除いて、 実験1・2と同内容を用いた。シナリオの要旨は、 次の通りである。 所与:授業が予定よりも30分早く終了した。 A:いつも通りの時間がかかる。 B:50%の確率で9分早く帰宅し、50%の確率で 9分遅く帰宅する。 ― ―36
調査対象者は、関西地方の私立大学に通い、ビ ジネス系の講義を受講している短期大学生49名 だった。調査は、2019年6月12日、13日、18日に 実施した。 研究Ⅰと同様に、シナリオの内容が理解できな かったと回答した4名と、回答に不備のあった1 名を分析から除外し、44名を分析対象とした。し たがって、有効回答率は、89.8%でだった。 リスク回避の選択をした者は23名(52.3%)、リ スク志向の選択をした者は21名(47.7%)だった。 自由回答では、リスク回避を選択した者は、予 定の確実性のほかに、いつも通り変化のないの生 活を優先したい意思やギャンブルが好ましくない 結果に終わることを避けたい意向を述べていた。 リスク選好者は、早く帰宅したいという意向を述 べ、遅れたところで通常よりも早く帰宅できる点 にメリットを見出していた。また、リスク選好者 のなかには、ギャンブルの面白さや、さらに獲得 することになる時間での行動内容に言及する者も いた。 62 実験4 実験3との比較検討のために、授業が予定通り 終了した場面を設定した。実験2と同様に、確率 的選択肢には、結果として時間的損失を経験する 可能性が示されている。シナリオの要旨は、次の 通りである。 所与:授業が予定通り終了した。 A:いつも通りの時間がかかる。 B:50%の確率で9分早く帰宅し、50%の確率で 9分遅く帰宅する。 調査対象者は、関西地方の私立大学に通う、ビ ジネス系の講義を受講している大学1年生42名 だった。調査は、2019年9月19日に実施した。 シナリオの内容が理解できなかったと回答した 2名と、回答に不備のあった2名を分析から除外 し、38名を分析対象とした。したがって、有効回 答率は、90.5%であった。 リスク回避の選択をした者は30名(78.9%)、リ スク志向の選択をした者は8名(21.1%)だった。 自由回答では、リスク回避した者が、予定の確 実性やリスクへの嫌悪感を示した一方で、リスク 選好の選択をした者は、展開を楽しみたい、日常 に変化を求めたいといった選択後の出来事に対す る肯定的な見方を示していた。 63 考察:実験3・4 研究Ⅰの2倍の時間的余裕を得たことで、シフ ト量が変化した。授業がいつも通り終了した場合、 リスク選好を選択した者は21.1%だったが、授業 が30分早く終了した場合、リスク選好を選択した 者は47.7%だったことから、約25%のシフトが認 められる。これは、研究Ⅰでのシフト量の2.5倍に 相当し、先行する時間的利得が意思決定に影響す る可能性を示唆している。 研究Ⅰとの比較において、提示したシナリオの 状況下で、先行する時間的利得量の拡大が意思決 定に影響を与える可能性がうかがえるが、別の状 況下で異なる結果が生ずる可能性は否定できない。 7.研 究 Ⅲ 実験5は、爾後に明確な予定がある場合、意思 決定に変化が生ずるのかどうかを検証した。 71 実験5 所与の条件として、実験3のシナリオに爾後の 予定の存在を提示し、その有無が与える意思決定 への影響を検証した。シナリオの要旨は次の通り である。 所与:授業が予定よりも30分早く終了した。 録画し忘れたテレビ番組に間に合う。 A:いつも通りの時間がかかる。 B:50%の確率で9分早く帰宅し、50%の確率で ― ―37
9分遅く帰宅する。 調査対象者は、関西地方の私立大学に通い、ビ ジネス系の講義を受講している大学1年生41名 だった。調査は、2019年7月25日に実施した。 本調査の質問紙は、実験3のシナリオにある 「今日の最後の授業は、予定の時刻よりも30分早 く終了しました。」の直後に、「そのため、録画予 約し忘れたテレビ番組に間に合いそうです。」の 一文を加えることで、帰宅後に予定があることを 明示した。 上述の点を除いて、他の部分は実験3と同内容 である。 シナリオの内容が理解できなかったと回答した 4名と、回答に不備のあった15名を分析から除外 し、無回答1名を除外し、21名を分析対象とした。 したがって、有効回答率は、51.2%であった。 リスク回避の選択をした者は18名(85.7%)、リ スク志向の選択をした者は3名(14.3%)だった。 自由回答では、リスク回避を選択した者は、確 実性のほか、急いで帰宅する必要性がないこと、 ギャンブルの結果に対する恐怖心を述べていた。 リスク選好者は、さらに早く帰宅できる可能性に 賭けようとする意思を示していた。 72 考察:実験3・5 爾後の予定を明確に提示しなかった実験3のリ スク選好者の割合は、47.7%だった。これに対し、 爾後の予定を明確にした実験5のリスク選好者の 割合は14.3%に過ぎなかった。 爾後の予定があっ たとしても、確率的選択肢で最も遅く帰宅する時 刻がその予定に間に合う場面では、ギャンブルを する理由があまり見当たらないようである。前段 に時間的利得を得たとしても、既に予定があった 場合には、それを活用することができないため、 確実な選択肢を選好する人々が多くなると考えら れる。とはいえ、選択は爾後の予定の重要性にも よるだろう。 8.研 究 Ⅳ 実験2において、授業が予定通り終了した場面 で、確実にいつも通り帰宅する選択肢と、いつも より早く帰宅することになるか遅く帰宅すること になるかの確率的選択肢を設定したところ、リス ク志向者の割合は31.3%だった。この結果が意外だっ たことから、確率的選択肢で提示する時間の変更 を試みた。 81 実験6 単純な実験として、実験2で表した時間を半減 させることでどのような影響が起こるのかを観察 した。シナリオの要旨は次の通りである。 所与:授業が予定通り終了した。 A:いつも通りの時間がかかる。 B:50%の確率で2分15秒早く帰宅し、50%の確 率で2分15秒遅く帰宅する。 調査対象者は、関西地方の私立大学に通い、国 際系の講義を受講している大学生76名だった。調 査は、2019年9月17日に実施した。 実験1で用いた基準に則り、シナリオの内容が 理解できなかったと回答した12名と、回答に不備 のあった9名を分析から除外し、55名を分析対象 とした。したがって、有効回答率は、72.4%だっ た。 リスク回避の選択をした者は、47名(85.5%)、 リスク志向の選択をした者は8名(14.5%)だっ た。 自由回答を検討したところ、リスク回避者は、 確実性や計画性のほか、遅く着く可能性の嫌悪、 を挙げていた。リスク志向者は、起こりうる結果 の差が4分30秒という選択肢間でも、早く帰宅で きる可能性への期待を挙げていた。 82 考察:実験2・6 4分30秒から2分15秒への時間幅の変化が、意 ― ―38
外な結果をもたらした。実験6のリスク選好者の 割合は、14.5%だった。これは、 実験2の31.3% の半分に満たない。 両者の与える見かけ上の差異が意思決定行動に 与えた差異は、無視することができない程ではな いだろうか。変化の理由として考えられるのは、 人々の認知における閾値の存在である。たとえば、 3 分間という時間を境にして、リスクを負ってで も追及する価値を認める者が増加するといった可 能性を推察することができる。 9.総 合 考 察 時間の次元において先行的利得が意思決定に影 響することを予測し、学生を対象にシナリオ実験 調査を実施した。 研究Ⅰでは、時間の先行的利得による意思決定 への影響がそれほどみられなかった。しかし、先 行的利得を倍増させた研究Ⅱでは、影響が示唆さ れた。研究Ⅲは、爾後の予定の存在が、先行的利 得を獲得したときの意思決定に影響するのかどう かを検証した。その結果、リスク選好の程度は低 下した。研究Ⅳで、研究Ⅰの一部を変更して、確 率選択肢がもたらす結果の差異が与える意思決定 への影響を検証したところ、差異が観察された。 したがって、時間の先行的利得は、意思決定にあ る程度の影響を与えているといえそうである。た だし、その利得の幅と予想される意思決定の結果 によって人々のリスク性向は変化しやすい。これ らの結果から、実務面において次のような含意を 汲み取ることができる。 スーパーマーケットをはじめとする小売店では、 顧客の店内滞在時間が購買行動に影響することが 知られている。本研究から、消費者が想定して いた予定よりも何らかのサービスが早く終了した 場合、ある程度の割合でその他の消費者とは異な る行動傾向が発生する可能性が明らかになった。 滞在時間が短くなることで時間的利得を認識した 一部の消費者は、急いでそこを立ち去ろうとする だろう。これは、小売店にとって販売機会を逸す る現象である。しかし、滞在時間が短い消費者は、 衝動買いをする傾向が強い ことから、店内レイ アウトの工夫によって、彼らに対する購買機会を 増強することも可能だろう。 また、道路交通における渋滞は、道路運送業に 従事する労働者にとっても観光客にとっても大き な課題といえるだろう。一連の実験を通して、そ の割合はまちまちではあるものの、確率的選択肢 を好む人々が必ず存在している。 すなわち、何らかの選択肢が存在していれば、 そちらにも人が流れることを意味している。そし て、その選択肢に描かれる結果によって、意思決 定に与える影響も変化している。したがって、人 の流れを誘導できる可能性が認められる。 たとえば、道路上の電光掲示やカーナビゲーショ ン上の掲示を通じて、雑踏警備や交通渋滞のコン トロールに利用できるだろう。観光客は、計画よ りも早く目的地に到着する可能性を知覚したとき、 それを時間的利得と認識し、計画とは異なる別の 道を試すかもしれない。これは、主要観光地の周 辺に位置する観光地にとって訪問可能性を高める 効果が見込まれる。 本稿では追究していないが、自由回答には個人 の特性と行動の相関を示唆する内容が含まれてい た。特に、不確実な選択肢を否定的に受けとめた 描写と肯定的に受けとめた描写が混在している。 リスク回避行動の理由には、予定の確実性や安定 性が多く挙がったのに対して、リスク選好行動の 理由には、不確実な将来を忌避するのではなく楽 しみにするといった解釈がみられた。個人の特性 と選択行動に注視した研究の必要性が認められる。 さらに、選択行動が、被験者の置かれている状 況に影響されている可能性が認められた。たとえ ば、バスに乗車するというシナリオの描写に対し て、バスが空いているかどうかに言及している自 由回答があった。また、自分の通学時間が2時間 かかることを述べ、その分母に対する時間の短縮 ― ―39
度合いを考えている描写があった。つまり、状況 によっては、選択が変わる可能性を示している。 時間はそれが置かれた状況に意味づけられる特性 をもつ資源といえる。今後の研究においては、時 間を意思決定の文脈で扱うために必要な前提条件 として、汎用性の高い状況面の探究も必要だろう。 (注)
Kahneman and Tversky(1979) Thaler and Johnson(1990)
Battalio, Kagel and Jiranyakul(1990); Keasey and Moon(1996); Cardenas, De Roux, Jaramillo and Martinez(2014) 心理学研究の分野において長い歴史を持つシナリオ実 験法には( Weiner, 1980)、次のような利点を挙げる ことができる。たとえば、金銭的・時間的コストが関 係する課題を効率的に扱うことができる(Bitner, 1990)。 また、倫理的な問題や失敗した場面を実際に体験させ ることで発生する問題を避けることもできる(Smith, Bolton, and Wagner, 1999)。 さらに、実験者はシナ リオを通して被験者に接し、実際のリスクに関与して いないことから、実験者の信頼性が課題ともならない (Loewenstein and Thaler, 1989)。
シナリオで提示した所与としての時間的余裕と選択肢 に示した時間は、Thaler and Johnson(1990)の金銭 的選択で用いられた値を時間に読み替えてを用いたが、 当然のことながら金銭と時間が同値とはいえない。日 常の場面において受け入れやすい値として扱ったまで である。 理解度の差によって、選択傾向が異なる可能性が暗示 された。確率的選択肢は理解度が高い被験者が選ぶ傾 向がみられた。たとえば、「このシナリオは、良く理 解できたと思う」の質問に対して、「そう思う」に近 い7,6 ,5 を回答した者は、確実な選択肢Aを5人 (21.7%)が、確率的な選択肢Bを6人(46.2%)が選 択した。一方で、「そうは思わない」に近い1, 2 , 3 を回答した者は、確実な選択肢Aを11人(47.8%) が、確率的な選択肢Bを6人(46.1%)が選択してい た。シナリオの理解度の差異、言い換えれば、文章読 解力が行動傾向に影響している可能性が考えられ、教 育分野での研究課題として無視できない結果だが、本 稿の研究領域を逸脱するため、注に留める。 たとえば、Chaturvedi(2015)や Attri and Vinay
(2018)。
Chaturvedi(2015)
引用文献
頭師暢秀「時間の次元におけるブレーク・イーブン効果の 検討」近畿大学短大論集,51(1),(2018),2537. Attri, Rekha and Jain Vinay“ A Study of Factors
Affecting Customer Shopping Behavior ”Journal of Marketing Management, 17(1),(2018), pp.3852. Battalio, Raymond, John Kagel and Komain Jiranyakul “ Testing between Alternative Models of Choice
under Uncertainty: Some Initial Results ”Journal of Risk and Uncertainty, 3(1),(1990), 2550. Bitner, Mary Jo“ Evaluating Service encounters: The
Effects of Psysical Surroundings and Employee Responses ”Journal of Marketing, 54,(1990), 69 82.
Cardenas, Juan Camilo, Nicolas De Roux, Christian R. Jaramillo and Luis Roberto Martinez“ Is it my money or not ? An experiment on risk aversion and the house-money effect”Expermental Econom-ics, 17(1),(2014), 4760.
Chaturvedi, Ramesh Kumar“ The Influence of Avail-ability of Shopping Time on Impulse Purchase Tendency ”Journal of Marketing Management, 14 (2),(2015), 4762.
Kahneman,Daniel and Amos Tversky“Prospect Theory: An Analysis of Decision Under Risk”Econometrica, 47,(1979), 263291.
Keasey, Kevin and Philip Moon“ Gambling with the house money in capital expenditure decisions: An experimental analysis”Economic Letters, 50(1996), 105110.
Leclerc, France, Bernd H. Schmitt and, Laurette Dube “ Waiting Time and Decision Making:Is Time Like
Money ?”Journal of Consumer Research, 22(1995), 110119.
Loewenstein, George and Richard H. Thaler“ Inter-temporal Choice”Journal of Economic Perspectives, 3(4),(1989), 181193.
Smith, Amy K., Ruth N. Bolton and Janet Wagner“ A Model of Customer Satisfaction with Service Encounters Involving Failure and Recovery”Journal of Marketing Research, 36(3),(1999), 356372. Thaler, Richard H. and Eric J. Johnson“ ambling with
the House Money and Trying to Break Even: The Effects of Prior Outcomes on Risky Choice ” Management Science, 36(6),(1990), 643660. Weiner, Bernard“A Cognitive
(Attribution)-Emotion-Action Model of Motivated Behavior: An Analysis of Judgments of Help-Giving ”Journal of Person-ality and Social Psychology, 39(2),(1980), 186200.
― ―41 ◆
付録
「時間に関する意思決定」調査H①(2
0
1
9年5月)
当アンケートは、匿名で扱われ、短時間で全てお答えいただけます。当アンケートには、あなたが意 思決定をする状況が描かれたシナリオが1つ入っています。当アンケートの目的は、時間に関して、 人々がどのような意思決定をするのかどうかを測定することです。 それぞれのシナリオを注意深くお読みいただき、選択肢AまたはBをお選び下さい。そして、自由回 答欄は、できるだけ詳しくお答え下さい。当アンケートにおいて、正答や誤答はありません。あなたの ご意見をそのままお示し下さい。 もし、当アンケートに関してコメント、質問、要望がございましたら、[email protected] まで ご連絡下さい。 このたびは、当アンケートにご協力いただき、まことにありがとうございます。― ―42 ◆
シナリオ
想像してください。あなたは、いつもバスで通学しています。あなたの自宅前には、Aコースのバス かBコースのバスが停車します。AコースのバスもBコースのバスも同じ種類のバスで運行され、通常 の乗車時間も同じです。 Aコースのバスは、今日も、いつもと同じ時間がかかります。 Bコースのバスは、今日は、道路事情のために、 50%の確率でいつもよりも4分30秒早く到着し、 50%の確率でいつもよりも4分30秒遅く到着します。 あなたのバス定期券は、どちらのコースにも乗車することができます。今日の最後の授業は、予定の 時刻よりも15分早く終了しました。大学前のバス停には、AコースのバスとBコースのバスが同時に発 車しようとしています。 今、どちらを選びますか。 A:Aコースのバスに乗車する。 B:Bコースのバスに乗車する。 【問1】あなたの選んだ選択肢を○で囲んでください。 A B― ―43 ◆ 【問2】ここからの質問には、あなたの気持ちを最も的確に表す番号を○で囲んでください。 このシナリオは、遅れそうになっていることについてのものだ。 1 2 3 4 5 6 7 そうは思わない そう思う このシナリオは、あなたが間に合う状況を描いている。 1 2 3 4 5 6 7 そうは思わない そう思う このシナリオに描かれているスケジュールは、厳密だ。 1 2 3 4 5 6 7 そうは思わない そう思う このシナリオを想像した時、間に合うためには、私はラッキーでなければならない。 1 2 3 4 5 6 7 そうは思わない そう思う AとBを選ぶ時、私は計画を前もって立てることを考えた。 1 2 3 4 5 6 7 そうは思わない そう思う このシナリオでは、帰宅するまでにどれだけの時間がかかるのかをできるだけ正確に予測したかった。 1 2 3 4 5 6 7 そうは思わない そう思う 私が選んだ選択肢は、自分の時間を計画するために最も良いものだ。 1 2 3 4 5 6 7 そうは思わない そう思う 私が選んだ選択肢は、本当に最高のものだ。 1 2 3 4 5 6 7 そうは思わない そう思う このシナリオの内容は、良く理解できたと思う。 1 2 3 4 5 6 7 そうは思わない そう思う
― ―44
◆
【問3】あなたは【問1】で、 AまたはBの選択肢を選びました。その選択肢を選んだ理由を詳しく述 べて下さい。
― ―45 ◆