東 南 ア ジア研究 39巻1号 2001年6月
集 団化解体以 降 のカイ ン- ウ社 にお ける
農業賃労働の実態 に関す る一考察
岩
井
美 佐 紀 *
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KhanhHaucommunewasatypicalruralcommunityintheMekongDeltawhichstill mainifestedclearsocialstratificationbylandholdingwhenHickey,anAmericananthr o-pologist,didfieldworkinthelate1950sandearly1960S.ButthesocialstructureofKhanh Haucommunechangedsharplyintheensuing40yearsduetoaseriesofinstitutional agriculturalreforms,agriculturalcollectivization,andtherapidgrowthofpopulation.
Accordingtoourquestionnaireof96householdsin 1996,Wefoundonlysmallland holdersandalargenumberoflandlesshouseholdsexistingbecauseofthefractionization ofland.Almostallhouseholdsareengagedinfarmingandnonfarmingwagelabor.The greatestnumberareagriculturallaborers,Womenengagedmainlyintransplantingand harvest.Amongthevarioustypesofinformalwagelaboravailable,agriculturallaboris regardedasprovidingrelativelystableincome. Mostlaborersaremanagedbyagents (tr滋m)who livein Khanh Hau. Big agents,thosewho hiresome 100laborers,are prestigiousbecausethey providestablework and paymentin advance,which helps laborersguaranteetheirdailyincome.
Ⅰ は
じ め
に
ア メ リカの文化 人類 学者 ヒッキ ー (Hickey)が現地 調 査 を行 った 1950年 代 末 か ら 60年 は じ め にか けて の カ イ ン- ウ社 は, フ ラ ンス植 民 地 時代 の大 土 地 所有 制度 が色 濃 く残 る, メ コ ンデ ル タ農 村 社会 の典型 を な して いた。10- ク タール以上 を保 有 す る 14人 の地 主 (10.8パ ーセ ン ト) の合計 土 地 面 積 は,603.41ヘ ク タール に上 り,社 内 の全 土地 面 積 の 65.2パ ーセ ン トを 占め た。 最 大 の不 在 地 主 の土 地 面 積 は323ヘ ク ター ル で, 全 土 地 面 積 の 35パ ー セ ン トを 占 め た [Hickey1964:42-43]。一 方,土 地 な し雑 業 世 帯 は,全 体 の 38パ ーセ ン トを 占め るな ど,土 地 保 有面 積 を め ぐる階層 分化 が極 めて明瞭 で あ った。1)*神田外国語大学国際言語文化学科 ;DepartmentofLanguagesandCulture,KandaUniversity ofInternationalStudies,ト4-1Wakaba,Mihama-ku,Chiba261-0014,Japan
1) ヒッキーは,1958年のカイン- ウ社の農民を,経営地規模 によって,上層 クラス,中層 クラス,下層 ク ラスというように分類 した。上層 クラスは,4-クタール以上の土地を所有するか,5-クタール以 上の土地を小作 している世帯で, 中層 クラスは 2-クタール以上 4ヘクタール未満の土地を所有す
るか,2.5ヘクタール以上 5-クタール未満の土地を小作 している世帯を指 している。下層 クラスは,/ 120
岩井 :集団化解体以降のカイン-ウ社における農業賃労働の実態 その後, ベ トナ ム共和 国時代 に行 われ た2度 の土地 改革 によ って, 土地 の再 分配 が行 われ, 大 土地所有 制 は消滅 した。 その結 果, カイ ン- ウ杜 にお け る小作 農 の大半 は段 階 的 に 自作農 に 転 身 した といわれて い る [大野 1998a:16-17]。そのため,南北統一 前 の段 階 で土地 な し層 とい え ば, 土地 改革 の恩恵 を受 け る ことがで きなか った主 に農 業賃労 働 に従事 して いた最下層世帯 に限定 され て いた。 1976年 の南北統一後 に行 われ た カイ ン- ウ社 にお け る農業集 団化 は,土地所有世 帯 の土地 を 集積 し,土地 な し世帯 も土地 にア クセ スす る機 会 が与 え られ た。 しか し,1980年代 後半 の集団 化 の解体 を決定 した 「10号決 議 」の施 行以後,共有化 され た土地 は以前 の所有者 に戻 され,2)土 地 な し世帯 が再 び大量 に出現 した。 その中 に は,元 々の土地 な し世帯 だ けで な く, 桜井論 文 に 要 約 され て い るよ うに, カイ ン- ウ杜 にお いて約40年 の間 に3倍 の人 口増加 をみ た よ うな相 対 的過剰 人 口の状態 が起 こ り,家族 の世代 間 の土地 の相続 がつ いて ゆ けず [加納 1982:88],節 たな土地 な し層 が 出現 す る事 態 が進 行 した。この よ うに,この約40年 間 の社会変動 は ヒッキ ー が描 いた南部村 落 カイ ン- ウの イ メー ジに対 して変 更 を迫 るほ どの大 きな イ ンパ ク トを持 って い る。 この よ うな土地 を持 たず に農村 内 に滞留 す る過剰 人 口問題 を解 決 す る と して, 集 団化解体以 降,カ ンボ ジア国境 付近 の開拓地 ヴ ィンフ ン- の組織 的入植 が奨励 され,1987年 か ら88年 の間 に カイ ン- ウ社全体 で215世 帯 が入植 し,カイ ンフ ン社 とい う新村 が形成 され た [大野 1998b:
2
1]。 しか し, 開拓地 で の農業投 資 に必要 な資金 を国家 か ら借入 で きる条件 を揃 え る ことがで きる 世帯 ばか りで はな く, その まま社 内 に滞留 し続 け る世帯 も多数 を 占めて い る。 この よ うな 世帯 の就業状況 は,近年非農業部 門 が顕 著 で あ るが, それ と同時 に集 団化以前 に一般 的 で あ った農 業賃労働 も復活 して い る。 その主 な理 由 と して, 集 団化 時代 に集 中的 に労働投下 され た水利 シ ステ ムな どの イ ンフラ整備 によ って稲作 の3期 化 が実現 し,農業賃労働 の雇 用条件 が確保 され\
ヽ
2-クタール未満の土地を所有する世帯か ら土地な し雑業世帯 までを包含す る。つまり,小作人 tenantsであって も経営面積によっては上層 クラスに分類 される一方,土地所有者landownerで も2-クタール未満であれば,零細農家 として下層 クラスに分類された。 その分頓によれば,上層 レベルは全世帯の10パーセ ント,中層 レベルは14パ-セ ント,そ して下層 レベルは76パーセ ン トであった [Hickey1964:235]。 2)ベ トナム南部メコンデルタ農村では,1976年の南北統一以降,「生産集団」 や 「農業生産合作社」 と呼ばれる官制の集団経営組織が形成 され,すでに北部で約20年前か ら進行 していた農業集団化 が開始 された。 しか し,農業生産が停滞 したことを理由として,1988年のベ トナム共産党政治局 「10号決議」 は, 個別農家経営を主体 とする経営管理 システムに転換することを決定 し, 南部の生 産集団や合作社 はほぼ全滅 した。 この政策の施行は,集団化の歴史の長い北部 とその歴史の浅い南 部では全 く異なった展開を見せた。つまり,北部では合作社の共有地が均等 に農民 に分配 された[LeTrongCucandRambo1993:83-93;岩井 1996:87-98]のに対 し,南部では,土地は元の所 有者に返還され,土地なし層が再び出現 したのである。
東南 アジア研究 39巻1号 た ことが挙 げ られ る。 このよ うに,人 口過剰 が生 み出 した土地 な し層 およびその潜在的予備軍 ともいえ る極零細農 家 の動 向 は,今 日の メコ ンデル タ農村 におけ る社会階層関係 を土地保有面積 か らだ けで な く, 多様 な指標 を提示 す ることによ って, よ り正確 に把握 す る必要性 を迫 る点 で,極 めて重要 な意 味 を持 って いるよ うに思 われ る。 本論考 で は,集団化解体以 降 のカイ ン- ウ社 にお ける多様 な就業状況 を示 し, その中で も農 業賃労働 の実態 を明 らか にす ることを 目的 と して いる。 カイ ン- ウ社 にお ける農業賃労働 は, 主 にチ ュム (tram)と呼 ばれ る差配 によ って組織化 されてい る。差配 は, ヒッキーの研究書 に も触 れ られているよ うに, ベ トナム共和国時代 に活動 して い るが, その実態 はあま り明 らか に されていない。集団農業時代 に一旦 は消滅 して いた差配 の復活 も含 め,農業賃労働 が今 日のカ イ ン- ウ社 にお いて どの よ うな意味 を もってい るのかを考 えてみたい。 この よ うな40年 間 の 社会変容 の今 日的な表 れ方 の一端 を解 明す る ことは, カイ ン- ウ社 における階層関係 を今後考 察 す る上 で重要 な材料 となると考 え られ る。 本論考 にお いて考察す る上 で使用 す るデー タは, 1996年 12月 にカイ ン- ウ社 内の人 口が最 も集 中す るジ ン, クエ ッタン対象地 区 にお いて行 われ た悉皆調査3)によ って得 られた94世帯 の ア ンケー ト結果 と,筆者 が1997年,99年,2000年 に行 った差配 へのイ ンタ ビュー調査 お よび 96年 の世帯調査 の補足調査 の結果 によ って構成 されてい る。
Ⅰ
Ⅰ
土地保有世帯 と土地な し雑業世帯の就労形態
Ⅰト1 土地分布 と就業構造 に関す る概観 1995年 2月 に行 われ た調査結果 によ ると,カイ ン- ウ社 の世帯 数 は 1,784,人 口は 8,247人 で あ った。 その内,農業世帯が1,564で,全体 の 88パ ーセ ン トを占めてい る。 農業世帯 の内,土 地保有世帯 が1,336で,農業世帯 の 85パ ーセ ン トを 占め,一方農業労働者世帯 が 228で,同様 に15パ ーセ ン トを占めて いる。土地保有 の有無 によ って区別 すれば,土地保有世帯 はカイ ン-ウ社全世帯 の75パ ーセ ン トを 占め,土地 な し世帯 は 25パ ーセ ン トを 占めて いる。 一方,カイ ン- ウ社 の土地 台帳 (1995年 12月現在)によれば,カイ ン- ウ社 の総耕地面積 は 約62ヘ クタールであ る。台帳 に登録 されて い る1,551件4)の内,最大土地面積 は約32,000平方 メー トルで,土地保有世帯 の平均土地面積 は,約4,000平方 メ- トルであ った。このよ うに,カ 3)1996年 の世帯調査 は, グェ ン ・クオィ,大野美紀子,武永絵里抄,今村宣勝, そ して筆者の5つの 調査 グループによって行われた。 4)カイ ン- ウ杜の土地台帳は,世帯別で構成 されていない。 そのため,登録 された土地 の保有者の延 べ数 と実際の世帯が一致 しないと考え られ る。 122岩井 :集団化解体以降のカイン-ウ社における農業賃労働の実態 イ ン- ウ社 全体 で み る と, 基本 的 に零 細 農家 が大半 を 占め る状況 にな って い る。 しか し, この土地 分 布 につ いて は, カイ ン- ウ社 内 の地域 的偏在 を考 慮 に入 れ な ければ な ら な
い
。5) 1996年 に我 々が行 った ジ ン, クエ ッタ ン地 区 の世帯 調査 で は, イ ンタ ビュー対象 世帯 94の内52世帯 が土地 な し世 帯 で,42世 帯 が土地保 有世 帯 で あ った。 図 1に示 され た よ うに, この地 区 は, 人民委 員会 や診療 所,学 校 が集 中す るいわ ば カ イ ン- ウ杜行 政 の中心 で あ り,古 くか ら人 口集 中 が最 も顕著 に見 られ た地 域 で あ るた め, 土地 な し世帯 の比 率 が社 全体 に比 べて 極 めて高 くな って い る。 また, 土地 を保 有 す る42世帯 の土地 面積 も, 表 1に見 られ るよ うに, 極 めて細 分 化 して い る。 土地 を保 有 す る42世帯 の内,最少土 地保 有面 積 は1,000平 方 メー トルで,最大土地 保有面積 は12,000平 方 メー トルで あ った。 一 世帯 当 た りの平 均 土地 保有面 積 は約4,600平 方 メー トルで あ った。 表 1に よれ ば,経 営 が成 り立 っ た め の最 低 土 地 面 積 で あ る2,000平 方 メー トル以 上 4,000平 方 メー トル未 満 は13世 帯 で最 も多 か った。 平 均土地面 積 の5,000平方 メー トル前後 を 保 有 す るの も12世帯 で,両者 を合 わせ る と全体 の過半 数 を 占め る。6,000以上 10,000平方 メ-トル未 満 を所 有 す るの は 11世 帯 , そ して 10,000平 方 メ ー トル以 上 を所 有 す るの は6世帯 と な って い る。 この土地 保有 状況 を見 る と,1958年 に ヒ ッキ ーが示 した階層分類 は今 E]の状 況 を全 く反 映 し て いな い ことを示 して い る。 す なわ ち, ヒ ッキ ーの階層 分類 で いえ ば, 2ヘ ク タール以上 の土 地 を保 有 す る中上層 農家 は皆無 で あ る。6世 帯 が 10,000平方 メー トル以上 の土地 を保 有 して い る とい うこ とは, 土地 を購 入 し,集 積 す る傾 向 も微 少 なが らあ る こ とを示 して い る。 しか し, 全 体 と して は零 細 化 の傾 向 が極 めて強 い といえ る。 この40年 間 の人 口増 加 と土地 細 分化 の プ ロセ スを こ こで具体 的 に論 じる ことはで きな いが,対象 地域 で明 らか な ことは,世代 的 な土地 な し化 が最 も先鋭 的 な形 で進行 して い る と考 え られ る ことで あ る。 また,1996年 の世帯 調 査 で明 らか にな ったの は,土地 な し世帯 のみな らず,零 細化 した土地 保 有世 帯 に も広範 に見 られ る多様 な就業 形態 で あ る。 表2に示 され るよ うに,最 も多 い就業 内容 は,男女 と もに賃労 働 (lam m ll&n)で あ る。 表 5)実態 として,土地所有規模 はアップと呼ばれる集落 ごとに大 きく異なっているため, カイン-ウ社 全体の25パーセ ントを占める土地 な し雑業世帯の比率 も,集落 レベルで見れば,かな りのば らつ きがあるように思われる。本来, カインハウ杜は, 国道 1号線を挟んで東西 3キロに延びる2つの 旧村落, トゥオンカイン (TtrUng Khanh)社 とニ ョン-ウ (Nh(yn H牟u)社が 1つに統合され て1917年に誕生 した行政村で,それぞれの旧社の景観 は大 きく異なる。旧 トゥオンカイ ン社 に属 していた,国道1号線北部の2つの集落,すなわちジン(Dinh)およびクエッタン(Quye/tTh畠ng) は,国道に並行に両集落を貫通する幹線道路を中心 に住居が並ぶ人口桐密地域である。 一方,国道 以南のカウ (Cまu)および トゥトゥ (Thd Tliu)は, 国道 と運河に囲まれた広い空間の中に住居 が散在す る人口希薄な空間である。 そのため,土地な し雑業世帯の比率 も, 当然 クエッタンおよび ジン集落では高 く, トゥトゥおよびカウ集落では低いと予想することが可能であろう。 123東南 ア ジア研 究 39巻 1号 表1 対象地域 の土地保有規模 土地面積 (rrf) 世帯数 0- 2,000 6 2,000- 4,000 13 4,000- 6,000 12 6,000- 8,000 3 8,000- 10,000 2 表2 対象地域 の就業構成 男性 女性 合計 賃労働 小商売 ・自営業 大工 ・左官 工員 教員 ・公務員等 10,000- 6 運搬 ・バ イクタクシー 出所 :1996年世帯調査 および1999年 技術 ・修理 補足調査 によ って筆者作成。 開拓 その他 124 31 46 77 8 40 48 28 7 35
0
18 18 6 9 15 120
12 5 0 5 50
5 6 0 6 出所 :1996年世帯調査および1999年補足調査 によって筆者作成。 注 :開拓 は,主 に ヴィンフン県 に住民票 を持つ者 を対象 とす る。岩井 :集団化解体以降のカイン-ウ社における農業賃労働の実態 には賃労働 の具体 的 な作業 内容 が示 されて いないが, ここで は賃労働 を農業労働 や内職 な どに 限定 す る。 その特徴 は,職業訓練 を必要 とす る専門性 もな く本人 の労働 力 のみ に依存 し, 資本 を必要 とせず, カイ ン- ウ社 内外 の不特定多数 の雇用主 (多 くの場合,個人) に雇用 され,仕 事量 が安定 せず,季節性 が あ るとい うことで あ る。ヒッキー と同様 に1950年代末 にカイ ン- ウ 社 で社会調査 を行 った- ン ドリーによ ると,年 間雨季 1期作 のみだ った この時期, カイ ン- ウ 社 内 の成人 の3分 の2か ら4分 の3が4カ月近 くも様 々な形 の雑業 に携 わ って いた [Hendry 1959:72-75]。 女性 の賃労働 は,後述 す るよ うに,移植 や収穫 な どの農作業 が ほ とん どで あ るが, その他 に 手提 げや麦 わ ら帽子 な ど日用雑貨 の内職 が あ る。多 くの場合,これ らを複数組 み合 わせてい る。 一 方,男性 の場合,作業 内容 は養魚池掘 りか らあぜ作 り,水 田の耕起 ・脱穀 ・籾 の運搬 な どの 細 々 と した農業関連 だ けでな く,雇用主 の要求 に合 わせて運搬,水門 ・用水路 の掘削,建設現 場 の補助 な ど広範 に及ぶ。 1996年 時点 での賃労働 の 日当 は, 男性 が 30,000 ドンであ るのに対 し,女性 はその半額 の15,000 ドンで あ った。 次 に多 い業種 は,青果,負,家禽頬,布地 や陶器 な どの行商や キオスク, バ イ クタクシー, 運搬業,床屋,茶店,仕立屋 (店舗 を構 えず 自宅 で行 う ミシ ン掛 け も含 む) な どの店主 を含 め た 自営業者 で あ る。 キオ スクや茶店 な どは, 自宅 の一部 を店鏑 に して い る。 ジ ン地 区 の市場 に 集 まる野菜 や精 肉,魚 な どの生鮮食料 品や簡易 な スナ ックを販売 す る行商人 な ど も多 いが, そ の ほ とん どが女性 で あ る。 男性 の専門職 の ほ とん どは,大工 と左官業 であ る。 主 に家業 と して 引 き継 いだ り,数年 の見習 い期間 を経 て独立 した者 で あ る。 運搬業 は,主 に男性 の仕事 で, バ ガ ッ ト車 (Ⅹebagat) と呼 ばれ るエ ンジ ン付 き台車 で籾 や野菜,豚 な どを雇 い主 の要求 に応 じ て運 ぶ。 しか し, これ らの業種 は自営業者 と呼ぶ に はあま りに も零細 で,不安定 で あ る。 一方,安定 した給与 を得 て い る教員 や公務員 が15人,そ して歩合制 だが毎月 ほぼ同額 の賃金 が見込 め る工場労働者 も18人 いる。 表 の中の18人 の工員 は,1990年代 にカイ ン- ウ杜近 隣 に で きた台湾 との合弁企業 で あ る縫製工場 や民 間 の カ シューナ ッツ加 工工場 に勤務 して い る。6) これ らの工 員 は全 て20歳前半 の中卒以上 の若年女性 で あ るが,彼女 たちの以前 の業種 の ほ と ん どが 自宅 での ミシ ン掛 けか農業賃労働 で あ った。若年女性労働 の この よ うな業種転換 は,後 に見 るよ うに,地元 ジ ン, クエ ッタ ン地 区 の差配 の労働管理 に影響 を与 え,廃業 にまで至 る結 果 とな って い る。 6)カイン-ウ社では,人民委員会が集団化解体後から,周辺の工場への勤務希望者を募 り,職業紹介 所のような業務を始めている。年齢や経験などの条件が適合 し,面接や実習をクリアすれば,人民 委員会がいわば保証人 となり,就職を促進 している。 125
東南 ア ジア研究 39巻1早
Ⅰ
ト2
対 象 地 域 の 就 業 状 況 対 象 地 域 の 過 半 数 を 占 め る土 地 な し世 帯 は, も ち ろ ん 単 独 の 業 種 に従 事 す る だ け で は な く, 家 族 員 が 多 様 な 複 数 の 雑 業 に 従 事 しな が ら生 計 を維 持 して い る。 表 3に よ れ ば , は ば 全 て の 世 帯 が 大 工 ・左 官 , 運 搬 な ど の 自営 業 と, 農 業 労 働 , 内 職 な ど の 賃 労 働 の 組 み 合 わ せ で 生 計 を 立 て て い る こ とが わ か る。 しか し, す べ て の 土 地 な し世 帯 が , 従 来 ヒ ッキ ー が 分 類 した よ う な下 層 レベ ル の小 規 模 の 商 売 や 賃 労 働 に 従 事 して い る わ け で は な い。 教 員 や 役 人 な ど, 安 定 的 な 給 与 所 得 者 世 帯 に 混 じ っ て ,精 米 業 や ラ イ ル ア (lailda)と呼 ば れ る籾 販 売 業 者 な ど, よ り大 規 模 な 投 資 を 必 要 と す る が 収 入 も高 い企 業 家 タ イ プ の 富 裕 な 自営 業 者 も登 場 し始 め て い る。 ま た , 5世 帯 は カ イ ン- ウ社 に は土 地 を も っ て い な い が , ヴ ィ ン フ ン開 拓 地 で の農 業 に従 事 す る 自作 農 で あ る。 この 表 に は 表3 土地 な し世帯 の就労形態 番号 ( )内は女性賃労働 その他の業種 番号 ( )内は女性賃労働 その他の業種 10
野菜販売,雑貨,大工 280
縫製工,商売,大工,教員ゲインフン開拓 2 1 (1) 大工,軍隊,左官,修理 29 1 (1) 30
大工 30 0 40
大工 31 1 (1) ゲインフン開拓 50
大工,キオスク 32 0 縫製工,葬祭楽団 6 3 (2) 大工 330
布地販売 7 2 (2) 左官,ゲインフン開拓 34 3 (3) 陶器販売 8 3 (1) キオスク,修理 350
キオスク,運搬 90
運搬,青果販売 36 1 (1) 教員, ゲインフン開拓 10 2 (2) 内職 370
餅米酒製造 ll0
宝 くじ販売,出稼ぎ (ホーチ ミン市) 380
家禽類販売 12 2 (1) 教員 390
ヴインフン開拓 130
床屋 40 1 (0) キオスク 14 3 (1) 賃労働 410
商売,縫製工,左官,芸人 150
お粥販売,バイクタクシー,日用品販売 420
運搬,左官 16 2 (1) 左官,漁業 43 1 (0) 魚販売 170
左官 440
菓子販売,建設 180
子どもの仕送 り (国内外) 450
運搬,建設 190
菓子販売,大工,左官 46 1 (1) 大工,内職 20 2 (2) 内職,粉運搬 47 2 (1) 左官,縫製工, 210
精米 48 3 (2) 縫製工 22 1 (0) 米販売,縫製工 490
運搬,縫製工 230
米販売,縫製工 50 1 (1) バイクタクシー 24 1 (1) 大工,左官 51 1 (0) 修行,宝 くじ販売 25 260
0
運搬,内職大工,左官 52 1 (0) 仕立て,葬祭糞団 出所 :1996年世帯調査 および 1999年補足調査 によ って等者作成。 126岩井 :集団化解体以 降の カイ ン- ウ杜 にお ける農業賃労働 の実態 収入 や学 歴 な どの情報 が盛 り込 まれて いな いため, その因果 関係 を は っき り読 み とる ことはで きな いが, これ らの層 は,土地 な しとはい って も,極 めて独立 自営 的 な様相 を見せて お り,他 の雑業世帯 とは階層 的 に区別 しな けれ ばな らな いで あろ う。 一方,土地保有世帯 の農外就業状況 を見 てみ ると (表 4),多 くの零細 農家 の収入 を副次 的 に 支 えて い るのが, 多様 な雑業 で あ る。賃労働 にキオ スクや大工 な どの 自営業 も含 めれ ば, はば 全 て の世帯 が就業 して い る。 す なわち, 当時か ら零細農家 は, 不安 定 な農業収入 を補完す るた めに長 い農閑期 に多 くの雑業 に従事 しな ければな らなか った とい う点 で は, 今 日の就業形 態 と 大 きな違 いはな いよ うに思 われ る。 また,教 員 や公務員 な どの給与世帯 が5世帯,専 門技術 を もつ薬剤 師, ドライバ ー,芸能 ・ 美術 関係者 の世帯 も5世帯 あ る。社行政職員 の身分 は公務員 に準拠 す るが,人民 委員 会 による 任命制 で あ るため,相対 的 に不安 定 な立場 にあ る。土地保有世帯 の就業形態 にお ける土地保有 面積 と職 種 の相 関関係 は, それ ほど明確 に表 れて い るとはいえないが, 10,000平方 メー トル以 上 を保有 す る世帯 にお いて,比較 的専 門技術 を要 す る職種 に多 く就 いて い る傾 向が見 て取 れ る 表4 土地保有世帯 の就労形態 番 号 保有地面積Lm :1 (号禁 性 その他の業種 番号 保軍慧苧積 (号禁 性 その他の業種 1 1,000 1 (0) 23 4.000 2 (2) 運搬,縫製工 2 1,000 1 (1) 24 4,000 0菓子製造,運搬,キオスク,縫製工 3 1,000 1 0う 25 5,000 1 (1) 野菜販売 4 1,500 0キ オ ス ク .茶 店 26 5,000 0縫製工 5 1,800 0内職,果実販売 27 5,000 3 (2) 家禽販売 6 1,800 2 (0) 28 5,000 0運転手 7 2,000 2 (1) 29 5,000 1 (0) 刺 繍 8 2,500 2 (2) 大工,左官,縫製工 30 5,000 0運搬 9 2,500 0茶店,大工 31 5,500 0 キ オ ス ク 10 2,700 l いう 杜峨員,信用合作社 32 6,000 - 不明 ll 3,000 2 (1) 教員 33 6,000 1 (0) 縫製工,伝統的薬師,青果販売 12 3,000 0電気工,縫製工,アルミ工 34 6,800 0 キ オ ス ク 13 14 15 333,,,000000000 2 (0): ≡喜声望竺‥芸志副 ; 1…………汗 (1): 芸 WeS-IB(ト チミン市) 16 3,000 5 (3) 内職 38 10,000 0教員 17 3,000 不明 39 10,000 1 (1) 工員,運搬,芸人 18 3,300 1 (1) 40 10,000 1 (0) 仕立て,米販売 19 3,500 0左官 41 10,500 0美術家,公務員,教員,修理上 20 4,000 0内職 42 12,000 1 (0) 工員 21 22 4,4,000000 11 し(0い) 平均 4,571 35(19) 出所:1996年世帯調査および1999年補足調査 によって筆者作成。 127
東南 ア ジア研究 39巻1早 ので はないだろ うか。 しか し
,1
9
9
6
年 の世帯調査が1
0
0
世帯 ほどの ジン,クエ ッタン地区に限定 しているとはい う ものの, ヒッキーの時代 に 「企業家農民」
と して規定 された,精米 ・米売買 や木材運搬業 など の多角化経営 を行 う富裕農家 の活動が はっきりと見 られない [Hickey1
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4:2
3
6
]。 ここで早急 に結論づ けることはで きないが,一般的傾向 と して見 られ るのは,零細化 が進 ん だ結果,大半 の土地保有世帯 は,土地 な し世帯 と全 く変わ らない多様 な雑業 に従事 してお り, かつての 「企業家」活動 を行 う上層農民 のイメージとはほど遠 いとい うことであ る。 む しろ, 土地 な し世帯 の中か ら, かつての 「企業家農家」 のよ うな自営業者 が出現 している事実 は,今 後 よ り詳細 な就業構造 を分析す ることによ ってカイ ン- ウ社 の階層分類 を行 う必要性が問われ ているよ うに思 われ る。 Ⅰト3 農業賃労働者 の実態 先 に見 たよ うに,対象地区 にお ける業種 の中で圧倒的に多数 を占めたのは,女性 の農業賃労 働であ った。彼女 たちの大半 は,土地 な し世帯 に集中 してお り,土地保有世帯 において も零細 農家 に偏 る傾 向が見 られ る。 すなわち,農業賃労働 は, カイ ン- ウ社 における主要 な女性 の就 業形態であると考え られ る。 女性 の農業賃労働 の作業内容 は,前述 したよ うに,移植 (直播の場合 は間引 き) と収穫であ るO労働投入量 は,土地面積 に応 じた一定 の 目安 があ り,コ ン(
C
6ng)
で表 され る。1
コ ンは, 労働者 1人 の1日8時間労働 を表 す単位である。 労賃 はコン数 に応 じて支払 われ る。平均的な 地味の土地 の場合, 1ヘ クタール当た りの移植 にかか る労働量 は 50- 60コ ンで,収穫 にかか る労働量 は30コ ンで計算 され るが,圃場 の状態 および天候 に応 じて多少 の変動 もあ る。1コン 当た りの労賃 は,先 はど見たよ うに,1
5
,
0
0
0
ドンか ら1
6
,
0
0
0
ドンほどであ る。 農業賃労働 の形態 は,2通 りある。 一つ は,本論考で取 り上 げる差配 による組織的労働 (dit
r
也m)
である。 もう一 つ は,土地保有者が直接雇用す る自由契約労働(
l
a
ods
ngngoa
i)であ る。この2つの雇用形態 の相違 は,主 に土地保有者 の土地面積 によって生 じている。すなわち, 比較 的大規模 な土地面積 を保有 す る農家 は差配 に依頼 す るが,多 くの労働力 を必要 と しない 零細農家 の場合 は, 自家労働力を補充す る目的で暫定的に労働者 を雇 うのである。 そのため, 賃労働者 の側か ら見 ると,大規模 な土地 を管理す る差配 の支配下 にいる方が, よ り安定的な雇 用機会を得 られ る。 女性 の農業賃労働従事者の年齢層 は,近年増加 している若年層 の工場労働者 に比べ ると,広 範囲で,平均的に年齢が高 い (表5
)。対象地域 において,現役 の賃労働者の最高齢 は5
6
歳 で, 最年少者 は1
3
歳 であ った。女性 の賃労働 で は,60歳前後 が最高齢 となる。それ以降 は,自宅で の内職 など,比較的軽度 な労働 に移行す る。 農業賃労働で は,年齢 による賃金格差 はな く,経1
2
8
岩井 :集団化解体以降のカイン-ウ社における農業賃労働の実態 表5 対象地域における農業賃労働者の年齢および学歴 小学校 レベル 中学校 レベル 不明 合計 20歳未満 20-30歳未満 30-40歳未満 40-50歳未満 50歳以上 3 6 5 9 4 2 9 4 1 1 0 1 0 1 0 5 16 9 ll 5 合 計 27 17 2 46 出所:1996年世帯調査および1999年補足調査によって筆者作成。 注:小学校 レベルとは,小学校中途退学および卒業。中学校 レベル とは,中学校中途退学および卒業。 験 は賃金 に反映 されない。 また,学歴 を見 ると, ほ とん ど全 てが中卒以下 であ るが,年配者 ほ ど小学校 中途退学者 が 目立 ち,学歴 が低 くな る傾 向が見 て取 れ る。 工場労働者 の対象年齢 にあ る若年層 の多 くは,職業訓練 の機会 を得 るな ど して,今後 さ らに, フォーマルセ クターでの勤 務 に移行 して い く可能性 は大 きいが,30歳代以上 の賃労働者 はその よ うな趨勢 か ら取 り残 さ れ,事実上極 めて制約 された就業機会 しか得 ることがで きない と思 われ る。
Ⅰ
Ⅰ
Ⅰ
差配 による農業労働管理 と雇用関係
ⅠⅠト1 差配 の管轄地域 ・規模 とプ ロフ ィール 本章で はチ ュムと呼 ばれ る差配 に焦点 を当て,具体的 に差配 による組織的労働管理 の実態 を 見てみたい 。差配 は,もともと1975年 の南部解放以前 の カイ ン- ウ社 において農業労働調整 を 行 う職業 と して存在 していた。- ン ドリーによ ると,1958年 当時3人 のチ ュムがいたが,その 実態 はあま り詳 しく述 べ られて いない [Hendry1959:72-75]。その後,1960年代 か ら75年 の 南部解放 まで のチ ュムの変遷 につ いて は不 明で あ るが,現役 の差配 の イ ンタビューによれば, 解放 まで は複数 の チ ュムが存在 した よ うで あ る。 そ して1979年 か ら本格的 に集団化 が開始 さ れ ると,一旦 は消滅 したO カイ ン- ウ社 におけ る差配 の復活 は,農業集団化解体直後 の1986- 87年 頃に始 ま った。集団 化解体直後 に差配 を開始 したの は,クエ ッタ ン地 区,ジ ン地区,トゥ トゥ地 区の 4人で,ほぼ社全 体 の農業雇用 を網羅 していた。その後新 たに1995年 に クエ ッタ ン地 区,トゥ トゥ地区,カウ地区 に4人の差配 が参入 したが,彼 らが手配 す る賃労働者数 は30- 50人 と,比較的小規模 で あ った。 1997年 の調査時点 の差配 の人数 は,表6に示 したよ うに,8人であ った。その内訳 はクエ ッ タ ン地区 に 2人, ジン地区 に1人, カウ地 区 に 1人, そ して トゥ トゥ地 区 に 4人であ った。こ の8人の差配 の性別構成 は,男性 3人,女性 5人で あ った。その後,1999年 に行 った迫調査 に よ ると, クエ ッタン地 区 とジ ン地 区の差配 が廃業 し, その数 は6人 に減少 してい る。廃業 した 129東南 ア ジア研究 39巻1号 表6 カイ ン- ウ社内の差配の労働管理状況 土地面積の単位 :ヘクタール 居住地区 氏 名 生年 開始年 1労働者数 土地面積997年 の差配状況 保有地面 積 備 考 クエ ツタン クニ ッタ ン ジ ン卜ウ トウ卜ウ トウトウ 卜ウトウ トウ
カ ウ ルオン.ヴアン.グエングエ ン .テ ィ .トウフィ ン .テ ィ .ハ イヴァン.ティ.夕インスアンレ .テ ィ .ナムレ .テ ィ .リエ ウレ .テ ィ .マイレ .タイ ン .チ ャイ 111111119952996099994248485466 152 1111111989987989999599987995602 2116050400050502050 403035020300 0.00.0.0.00.0.3695257 集 団化解体後 か ら差配 を行 って いたが,他 地域 よ り居住地 区 内 の ほ うが多 いo依労 働者 は居住地 区 内出身者 で,依 頼 者 も者 も多 い○集 団 化 時 代,水 路 整 備 の た者 は居住地 区内 出身者 だが,依頼 者 は固社 出身者であ るo 夫 は, 1有者 である〇 一万, 賃労働者 の大半 が他依頼 者 の居 住地 区 の賃労働 者 の大半 が周辺 の工場定 して いな い○境 界 を接 す る他社 の依頼以 前 クエ ツタ ン地 区合作社 の労働 管理担以前 は, 農業賃労働者 であ ったが, 仲間配 が廃業 したため,労働者 を吸収 す るoで, その農作業 も行 う○評議会委員 も兼務 しているo半 数 は境 界 を接 す る他 社 の 出身 者 で あ有者 の多 くも依頼 して くるo頼者数 は固定 していない当o 近 隣 に工場 がで きたため, 若年層 を以 前 は,近 くの工 場 に勤 務 して いたが,収入 が得 られ なか ったので辞 め たo離婚中心 に労働者数 が減少 したが,周 辺 の差差配 を始 めた当初 は, 3か らの要請 もあ り, 差配 とな ったo しか1出来 高制 で自 らも農業労 働 しなが ら帳簿 をつ け るoたまに他 の差配 の下 で賃労働 す るo労働に勤 務 す る よ うに な った こ と もあ り,たが, 1めは同地 区 の地 区長 を務 めてお り, 社人民を した か つた0両 親 は土 地 保 有 者 な のた0 1る○ 他社 には, 差配 が いないため土地保して一 人娘 が い るので,家 の近 くで仕事しンハ ウ社 の税務担 当職員 を務 めて いるo9, 197年 時点 で は他社 の労働者 を集 めて い, 1999年 に廃業 したo,990008年 には廃業 したo993年 に大勢 にな った○ 労働者 の9割以上 が居住地 区内 の土地保rrf8時間以上働 いて も安 定 した失 う○ 0人 の労働者 だ つ0 1994年 か らカイ994年 よ り夫
出所: 1997年 および1999年 の筆者 によるイ ンタ ビューに基づ き作成0
岩井 :集団化解体以降のカイ ン-ウ社における農業賃労働の実態 主 な理 由 は, 前 述 した よ うに90年 代 に入 り地 元 地 域 に幾 っ か の合 弁 ・私 営企 業 が進 出 した こ とによ って若年 女性労働 が吸収 され た結 果, 村落 内で農業労働者 を調達 す るのが困難 にな った とい うこ とで あ る。 これ は, ジ ン地 区 の差配 の場 合 が最 も顕 著 で, 最盛期 で あ った1989- 91 年 の200人 か ら,1997年 に は4分 の 1程度 の50人 に減少 し, カイ ン- ウ社 内 の農業労働者 は 残 って いな い とい う極端 な状況 が進行 し,最 終 的 に依頼者 が いな くな って しま った とい うこと で あ る。廃 業 しな いまで も,大半 の差配 が労働者 数 を大 幅 に減 ら して い る。 もう一 つ の理 由 は, 後 発 の小 規模 の差配 が,依 頼 主 を増 やす ことがで きなか ったた め に賃労 働者 へ の雇用提供 が安 定 せ ず,規 模 を維 持 で きず に廃 業 に追 い込 まれ た とい う クエ ッタ ン地 区 の差配 の ケ ー スで あ る。 結局, 廃業 した2人 の差配 の賃 労働者 の大半 は, クエ ッタ ン地 区 の有 力 な1人 の差配 に吸 収 され た。 この よ うに,1990年 代半 ば以 降, 増加 した差配 の淘汰 が起 こった よ うで あ る。 表 6に示 され た差配 の プ ロフ ィールを見 る と,1997年 当時 に活動 して いた差配 の内,土地 を 持 たな い差配 は3人 で あ り,残 りの5人 は土地 保有者 で あ った。 土地 を持 た ない差配 の以 前 の 職 業 は,農 業賃労働 が2人, 工場 勤務 が1人 で あ った。 土地 を保有 す る差配 は, 自 らの土地 で も農業賃労 働 を必要 とす る兼 業農家 で あ る。 廃業 した差配 は, 以前農業賃労働 を して いた2人 で あ った。 基本 的 に, 差配 と農 業賃労働者 の居住地域 , お よび依頼主 の保 有地 の区域 は一致 して い る。 す なわ ち, クエ ッタ ン地 区 の土地保 有者 は同地 区 に居住 す る差配 に作業 を依 頼 す る。 賃労 働 者 に と って も作業場 が 自宅 に近 い方 が便利 で あ る。 隣接 す る地 区で は, 差配 が相互 に競 合 して い る。 特 に, 多 くの労働 者数 を手配 す る差配 は ど担 当管理 区域 も広範 囲 に自 ってお り,依 頼主 の 土地保有 者 の土地 範 囲 はカイ ン- ウの社境 を超 え近 隣 の村 落 に まで及 んで い る。 ⅠⅠト2 差配 の労働管理 お よび労賃 支払 い方 法 それで は,具体 的 に差配 の仕事 の内容 につ いて見 てみ よ う。前述 した よ うに,ヒ ッキ ーや - ン ドリーが調査 した時代 に比 べ, 今 日の カイ ン- ウ社 で は,集 団化 時代 にお け る潅 概施設 の整備 が進 み,年 間 の稲作 は 1期 か ら
3
期 へ と拡大 し,それ に従 って農作業期 間 も大 幅 に長期化 した。 移植 お よび収穫 作業 の機械化 が全 く進 んで いな い今 日の状況 で は,それ は,農業雇用機 会 が3倍 とな った ことに等 しく,年 間 を通 して安 定 した賃労働機 会 が得 られ るとい うことを意 味 す る。 ジ ンや クエ ッタ ン地 区 の耕 地 で は, 3期作 の内,2期 を移植, 1期 を直播 きに変 え るパ タ-ンが定着 して い る。7)直播 きの場 合 ,移植 に相 当す る作業 は,苗 の間 引 きで あ る。移植 や間 引 き 7) カイン-ウ杜においては,3期化がほぼ達成されており,農暦 もほぼ一致 しているが,稲作の作付 け方法は国道以北 と以南の各集落で異なっている。 すなわち, クエッタン, ジン集落では,夏秋米 (陰暦で3月末か ら7月半ば),冬春米1(同,7月末か ら10月末)は田植えを行い,冬春米2(同, 10月末か ら2月)を直播 きに変える。一方,カウ, トゥトゥ集落では,3期 ともほぼ直播 きが行わ れている。 この作付 け方法の相違は,後述するように,労働投入量の違いとなって表れて くる。 131東南 ア ジア研究 39巻1号 は専 ら女性労働 によ って行 われ るが,収穫 は男女 と も携 わ ることがで きる。 しか し,差配が戦 力 と しているの は, チ ュム ・カイ (移植差配) と呼 ばれ るよ うに,移植 を含 めた女性労働力で あ る。男性労働者 が村落内で携 わ る雑業 は,前述 したよ うに多岐 に亘 るので,収穫作業 のよ う な農業労働 はその内の一つ にす ぎず, また,差配 が介在 す る組織 的な農業労働 か ら見れば,男 性労働 力 は限定的で副次的な存在 で しかない。 差配 による農業労働者 の組織 の方法 は,作業 内容 や規模 によ って異 な る。 まず,作業内容 の 違 いにつ いて見てみたい。上述 したよ うに,差配 の労働管理 が必要 な農作業 は移植 と収穫 であ り,単位面積 当た りの標準投入労働量 (コン)はほぼ一定 であ る。す なわち,
1
マウ(
1
0
,
0
0
0
平 方 メー トル)当た りの標準投入労働力 は,移植 で5
0- 6
0
コ ン,収穫 で3
0
コ ンであ る。 1人 の 労働者 (コン)が規定通 りの労賃 を稼 ぐためには,8時間労働が原則で あ る。 午前中 は,6時3
0
分 か ら11時 まで,午後 は1時か ら3
時3
0
分 まで とな っている。 通常,移植 の労働投入量 は 規定通 りであるため, 1マ ウの土地 を 1日で移植す るには5
0- 6
0
コン (人) が必要 である。 一方,収穫 の場合,標準 で は 1マウの土地 を 1日で収穫 す るには3
0
コン (人)が必要 とされ る が,実 際 は差配 の管理 す る労働者 の人数 に応 じて投入量が その都度変化す る。 多 くの場合 は, 標準投入量 よ りも多 くの労働力が投入 され る。例 えば,1,
0
0
0
平方 メー トルの土地 で収穫 を請 け 負 う場合,本来 な らば3コ ン,つ ま り8時間労働 の労働者 が3人必要 とな るが,実際 は数十人 の労働者 で一斉 に収穫 し, 5分 か ら 10分 で済 ませて しま うとい うことも希 で はない。 つ ま り, 差配 は,労働者 の中か ら3人 を選んで丸 1日働 かせ るので はな く,労働者 を一斉 に投入 し,均 等 に賃金 を分配 す る方 を選択 して いるのであ る。 そのため,1回の農作業 で労働者 1人 ひ とり が受 け取 る労賃 は,当然少 な くなる。実際 には,1,
0
0
0
平方 メー トル しか持 たない零細農家 が差 配 に依頼 す ることはないので,標準労働力 と実際 の労働投入量 に際だ った差 はないが,実 際の 労賃 も状況 に応 じて異 な って くる。 このよ うな投入量 の相違 は,労働技術 の難易度 によ るもの であ る。最 も単純作業 である収穫 は誰 もが参加 す ることがで きるが,技術 と経験 が必要 とされ る移植 は, 1期以上 の訓練 が必要 とされ る。 このよ うに,収穫作業 において規定以上 の労働力 を投入 す る点 で は共通す るが,投入方法 は, 差配 の規模 によ って 2通 りに分 かれ る。す なわち,1
0
0
人以上 を管理す る大規模 な差配 は,労働 者 を適宜 グループに分 け,作業 日程 の調整 をす るが,100人以下 の小規模 の差配 は,管理す る全 ての労働者 を毎回一挙 に投入 す る方法 を とる。 おそ らく,依頼主 である土地保有者 の土地面積 と差配 の規模 は関連 が あ ると思 われ るが,世帯調査 で はその点 を明 らかにす るデー タがないの で,今後 の課題 と したい。 具体 的 に差配 の労働管理方法 を見てみよ う。 カイ ン- ウ社 で最大規模 の 200人 の労働者 を管 理 してい るクエ ッタ ン地 区の レ ・タイ ン ・チ ャイ (LeThanh Trai) 氏 の場合, 居住 区域 に 従 って労働者 を4つの グループに編成 している。 各 グループは3
0
人か ら54人 までの労働者 で 132岩井 :集 団化解体以 降 の カイ ン- ウ社 にお け る農業賃労働 の実態 構成 され て い る。 労働者 の年齢構成 は,16歳 か ら 20歳 までが 25人,21歳 か ら 30歳 までが 40 人 で あ るのに対 し, 31歳 か ら45歳 まで は 135人 で, 圧倒 的多数 を 占め る。 チ ャイ氏 は, 請 け 負 った土地面積 に関係 な く,農作業 の スケ ジュールに従 って, この 4つ の グループを順番 に当 た らせて い る。 あ る 1日の収穫 の状況 を措写 してみ よ う。 チ ャイ氏 は, この 日 2人 の依頼者 か ら計 14,000平 方 メー トルの土地 で の収穫 を,54人 の グル -プに割 り振 った。その内訳 は, 1人 の依頼者 の土 地 8,000平 方 メー トル (便 宜 的 に土地 A) に は 30人 を, も う 1人 の依頼 者 の土地 6,000平 方 メ - トル (同 様 に,士 地 B) に は 24人 を充 て た。土 地 A で 収 穫 に従 事 した 30人 は,総 額 360,000ドンを平等 に分 けて, 1人 当た り 12,000ドンを稼 いだ。 一方, 土地 Bで収獲 に従事 し た 24人 は,総額 270,000ドンを平等 に分 けて, 1人 当た り 11,250ドンを稼 いだ。複数 の依頼主 が集 中す る農繁期 には,順番 に 4つ の グルー プを ローテー シ ョンで毎 日作 業 に従事 させ るが, 上記 の よ うに土地面 積 に応 じて投 入労働力 を調 整す る必要 が あ る。 このよ うに,労働者 に対 す る差配 の最 も重要 な職務 は, それぞれの労働者 に均等 に作業 を割 り振 ることによ って,安定 的 な雇用機会 を提供 で きるよ う労働 日程 を調 整す ることによ って労 働者 間 の収入格差 をな るべ く生 まれないよ うにす ることで あ る。 1回 当 た りの労賃 が少 な くて も,多 くの機 会 を労働者 に均等 に提供 す ることで,安定 的 な経済生活 を保 障す ることがで きる。 特 に,若年女性 の よ うな工場勤務 とい う選択肢 を持 たな い中年以上 の女性 たちに とって,年間 を通 して安定 的 に就労機会 が期待 で きる農業労働 は,生計 を維持 す る上 で も重要 な役割 を もっ て い ると考 え られ る。 さて,差配 自身 の報酬 は,主 に依頼主 と労働者 の双方 か ら受 け取 る しくみ にな って い る。 差 配 は,依頼主 と労 働者 か ら自身 が管理 した労働量 に対 してそれぞれ 30コ ンごとに1コ ンずつ, す なわ ち合 わせ て2コ ン分 を手数料 と して受 け取 る。 例 え ば,30コ ンを必要 とす る lヘ ク ター ルでの収穫 を請 け負 う際,差配 は依頼 主 と労働者 か ら 2コ ン分 の 30,000ドンを受 け取 ることに な る。 この計算方法 は, へ ン ドリーの時代 と異 な って い る。 1958年 当時,一定 の作業 に対 して 労 働 者 と依 頼 主 か ら受 け取 る差 配 の報酬 の割 合 は, 今 日の よ うに 1対 1で はな く, 1対 2で あ った [Hendry1959:74-75]。この よ うな依頼主 が支払 う手数料 の軽減化 は, この間 の土地保 有世帯 の急速 な零細化 の結 果 と考 え られ る。 労賃 の支払 いは,基本 的 には収穫後 で あ る。 す なわ ち,依頼主 が収穫後,籾米 を売却 し,差 配 と清算 した後 に支払 われ る ことにな って い るので,作業後 にす ぐ労賃 を受 け取 るわ けで はな い。作業後,差配 は各労働者 の名前 と金額 を記載 し,期末 に清算 す る。 チ ャイ氏 の よ うに大規 模 で依頼主 が ほぼ固定 して い る場合 は,農作業 を依頼 す る土地保有者 は各期末 に労賃 を一括払 いす る。 中 には,収穫 直後 に依頼主 がすで に現金 を用意 して い る場 合 も見 られ る。 一方,労働 者 - の労賃 の支払 いは1カ月か ら1カ月半 ほどで清算 され,帳簿 に記載 され た累計金額 が,各 133
東南 ア ジア研究 39巻1号 労働者 に支払 われ る。 しか し,土地 を持 たない大半 の農業労働者 は,食費 や冠婚葬祭 の出費 な ど, 日常 の消費生活 に支障を きたす ことが多 く,労賃 の前借 りを差配 に頼 む場合が多 い。差配 に とって,農作業 の 労働管理 を円滑 に行 うことに加 えて,労働者 の労賃 を前払 い した り,借金 に応 じた りす ること も重要 な仕事 である。 このような差配 と労働者 の関係 は,単 な る雇用者 と被雇用者 の契約関係 とい うよ りも, む しろパ トロンークライア ン ト関係 に極 めて近 い性格 を持 っているといえ るO なぜ な らば, カイ ン- ウ社 のどの差配 も,差配 の条件 と して 「威信」 を挙 げてお り,依頼主 に 対す る実績 と同時 に,労働者 との信頼関係 が必要 であ ると異 口同音 に答 えている。 い くら借金 がか さんで も,労働者 に対す る冷酷 な取 り立 て は行 わない とい う,「温情」 を意識的 に心 が け, 労働者が 自身 の組織 か ら離脱 す るのを防 いでいる。 へ ン ドリーによると,1950年代 の差配 は,村落評議会
(
vi
l
l
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gec
oun
cil)の任命制であ り, 公的な存在 であ った [ibid.:79]。 なぜ任命制であ り,任命 され ると, どのよ うな利点 があ るか につ いて, へ ン ドリーは述べていない。 また, 当時 の差配 と農業労働者間の人格的関係 につ い て も明 らかで はない。一方,今 日の差配 は社人民委員会 の任命制 で はな く, 自営業 の一種であ り, 自由に開始 した り廃業 した りしている。 ただ,今 日の差配 の一部 は, チ ャイ氏 のよ うに集 団化時代 に労働管理 の責任者 を していた り, サ ム氏 のよ うにカイ ン- ウ社 の現役税務職員 を し ているな ど,現社 当局 と何 らかの形 でつ なが っているとい う点 で は, 当時 の差配 の立場 と共通 しているといえ るか もしれない。社 当局 の任命 はない ものの,彼 らの職業的 「威信」が,公的 な権威 と何 らかの関係 にあるので はないか といえそ うであ る。 この点 につ いて は, さ らに今後 の検討が必要 である。Ⅰ
Ⅴ
お
わ
り に
今 日のカイ ン- ウ社 において顕在化 したの は,数多 くの土地 な し層 と零細下層農家で構成 さ れて い る人 口桐密 な世界 であ る。 す で に限界 に達 して い る農業 で は,今後 この過剰 な人 口を 養 ってい くことは不可能 である。 彼 らに とって,安定 した現金収入源 とな る農外賃労働 が最 も 必要 とな っている。 しか し,農村地域 にお ける工場 やサー ビス産業 などの フォーマルセ クター の雇用機会 は極 めて限 られている。 それゆえ, カイ ン- ウ社 内で は,不安定 であるが多種多様 な雑業収入 が全ての世帯 の家計 の主要 な要素 とな ってい る。 この現金収入 を雑業 に依存 せ ざる を得 ない就業構造 は,商業米生産 を支 えた 1950年代末 の村落 内の極 めて明確 な階層構造 が今 日大 き く転換 していることを物語 って いる。 しか し,一方で,農作業 のほとん どが賃労働 によ って行 われ るよ うに,農業 の商業化 の度合 いが依然 と して高 い。 これ は,稲作3期化 によ って農業生産構造 が変化 したために,農作業, 134岩井 :集団化解体以降のカイ ン- ウ社 における農業賃労働 の実態 特 に移植 と収穫 につ いて,雇用機会 が拡大 した ことと関連 している。 フォーマルセ クターにお け る雇用 が促進 されない中で,唯一社 内で安定 した雇用機会 とな って い る女性 の農業賃労働 は,土地保有 の有無 に関係 な く,全 ての世帯 に深 く浸透 している。 そのため, カイ ン- ウ社 内 で も最 も人 口桐密 で,土地 な し雑業層 の比率が相 当に高 い クエ ッタン, ジン地 区 において,特 に農業賃労働者 の数 が他 の業種 に比 べ最 も多 い とい う特徴が表 れてい る。 ただ,農業賃労働者 の年齢 や学歴 の関係 か ら明 らかなよ うに,圧倒的多数 は低学歴 の中年以 上 の女性 たちで ある。 若年 の労働者 は, フォーマルセ クター-の転業 の機会 を得て,減少傾向 にあ る。すなわち,農業賃労働者 の大半 は,今後 も農業労働 か内職,小商売 などの低収入 の雑 業 に従事 せ ざるを得 ない とい う点 で,極 めて不安定 な立場 にあると考 え られ る。 近 い将来, 田 植機 や稲刈 り機 な どの導入で失業 した際,彼女 たちが どのよ うに対応す るのか,今後 その動 向 を追跡す る必要 があるであろ う。 こうした中で,農業雇用 を組織化す る差配 の存在 は,農業賃労働者 の生活 を制度的 に支えて いると考え られ る。 差配 の 「威信」 は,単 な る雇用関係 に とどま らず,多少 の生活上 の困難 に 直面 して も社会経済的生活 を維持 してい くことがで きる安全弁 のよ うな意味を持 っているので はないだ ろ うか。 さて,以下2点 を今後 の課題 と したい 。 まず は,多数 を占め る土地 な し層 の さ らに詳 しい分析が必要 である。本文で も述べたよ うに, 土地保有世帯 が零細化 し,土地 な し層 と同様,極 めて多様 な雑業 に就労 している状況 において, 土地保有面 積 によ ってのみ階層分類 す る ことは不可能 で あ る。 言 い換 えれ ば,土地 な し層 も ヒッキーのよ うに下層 クラスと してひ と くくりにす ることは もはやで きない。土地 な しの経緯 (理 由や世代 な ど),生活 ス タイル (仕送 りな ど),業種 の規模 や収入 な どを総合的 に考慮 し,階 層構造 を明 らか にす る必要 があ る。 次 に,差配 の機能 を さ らに詳 しく検討 し,今 日のカイ ン- ウ社 における社会経済状況 の中で の位置づ けを行 う必要 があ る。 本論考で は,主 に農業賃労働者 と差配 の関係 に限定 したが,依 頼主 であ る比較的大規模 な土地保有者 と差配 との関係 を明 らかに した上 で,差配 の機能 につい て考察 を深 めなければな らない。 参 考 文 献
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