自己組織化についての個人的な妄想
浅川伸一 <[email protected]>
1
自己組織化とは
1.1
広義の定義
はじめに非常に抽象化して「自己組織化」を説明すれば、「自己組織化シス テムとは、経験と環境の関数として基本構造が変化し、合目的的システムが 自然にでき上がること」と定義することができる。例えば、人間は自己組織 化システムである。だれもが一個の有精卵から次第に複雑な構造を発生させ て行ったのだから。もっとも、すべての生物は自己組織化システムであるし、 太陽系も自己組織化システムだと言うことができる。あるいは、もっと大き く銀河系、宇宙全体は自己組織システムであると考えることができるかも知 れない。 脳はシナプス結合の可塑性によって、神経細胞間の結合状態が変化する自 己組織化システムである。感覚器官を通じて外界の情報を取り入れ、効果器 (手や足) を通じて外界に働きかけている。この外界との相互作用が自己組織 化システムのキーポイントである。閉じたシステムでは絶対に複雑なシステ ムは形成されない。熱力学の第 2 法則に矛盾することはどんな場合でもあり 得ないからである。脳のなかのどこかに外界に対するイメージ、いわば世界 像が形成され、この世界像に基づいて合目的的な思考や行動が出現する。こ の開いた系における自己組織化は散逸構造とかシナジェニックスと呼ばれる こともある。1.2
自己増殖するロボット
John von Neumann は晩年「機械は成長したり、増殖したりすることは可 能か」という問題を考えた (フォン・ノイマン, 1975)。彼によれば原理的に は可能だと言うことになる。彼はロボットが周囲にある部品を集めて自分と 同じものを作っていくというモデルを考えた。自分の身体と同じものができ るためには、ロボットは自分の身体を調べるか、または自分自身の構造情報 を持っていなければならないが、その情報もすべて部品からなる構造体に保 持されていなければならない。 ノイマンはまずセルラモデルで自己増殖を考えた。このモデルでは、無数 1
の同じ構造をしたセル (細砲) が格子状に配列されている広い平面を考える。 彼はこの平面上にチューリングマシンが作り込めることができることを証明 した。チューリングマシンが作れたということは、各セルの状態を決めること でセル平面上に任意のコンピュータを埋めこむことができたということであ る。自己増殖はセル平面の別の場所に自分と同じコンピュータを作れるかと いう問題になる。万能製作機械が自分自身の設計図を埋めこんでコンピュー タを作ることができれば良いわけである。自分の子どもの機械を作るのに用 いられ、さらに設計図を複写してその機械に与えるという形で自己増殖機械 を作ることができる。 われわれ生物の細砲は分裂するときに、まさに同じことを行なっている。 DNA に含まれるアミノ酸の組み合わせが自己複製を行ない、複雑な生物を形 成させることができる。DNA の構造は突然変異を経てより有用なシステム になりうることは遺伝的アルゴリズムの有用性を考えれば理解できる。ノイ マンは突然変異についても考察している。実際に小さなパーツをランダムに 結合させることによって簡単なロボットを作るという実験も行なわれている。
1.3
生命の起原
さらに初め始めから始めるとすれば、30 億年前原始地球の原始スープの中 から長い年月をかけて自己複製を始めた生物の発生にさかのぼることができ るだろう。最初の生命とは簡単な自己複製機能を持った高分子タンパクだっ たのだろうか。原始生命の出現に超越的な創造者の存在を仮定するべきなの だろうか?それとも、現在の生物の持つ自己複製機能の創発を認めるべきな のだろうか?現代生化学の研究成果は、超越的な創造者の存在を仮定しない、 生命発生のシナリオを描き始めているように思われる。この単純な自己増殖 機能を持ったタンパクからやがて細砲が作られ単細胞生物へ、さらに多細胞 生物へ、さらに陸上へと進出し、火を発見し、文字を発明し、知的活動を行 なうよう実例が今の我々人間である。生物が自身の知的活動をシミュレート するようになるまでには、多用なレベルでの自己組織化が行なわれて来たの だろう。2
問題の本質はどこにあるのか
さて、以上述べたように「自己組織化」は非常に壮大なテーマである。こ の問題に直接答えるのには筆者には荷が重すぎる。現代的な意味でのニュー ラルネットワークにとっても上記のような意味での「自己組織化」は実現さ れていない。現在のニューラルネットワークにできることは、極論すれば、 外界の構造を獲得することができるという点である。もうすこし具体的にい えば、外部入力の統計的構造を内部のシナプス伝導効率の変化として表現す 2ることができる、ということである。ここから、知的な活動を創発できるこ との間には厖大な距離がある。ここでは自己組織化という壮大なテーマの入 口、外界の情報から意味のある構造を作りだす、という点に的を絞って説明 したい。 外界の情報すなわちデータの相互関係を効率良く表現することは情報科学 の分野でも中心的な問題であり、おそらくこのような能力が脳の働きの特徴 の 1 つである。外界の構造が脳内の地図として表現されていることは良く知 られた事実である。網膜上の位置と第一次視覚野、内耳の周波数特性と第一 次聴覚野との関係などである。大脳皮質全体のたかだか 10 % を占める第一 次感覚野で起こっていることの類推から、特定のカテゴリーにおける知識表 現が脳の各部位の位置関係として表現されているという可能性があるだろう と考える。 すなわち、さまざまなレベルの情報表現の自己組織化に対して、たった 1 つの同じ機能的原理が働いているのではないか、という仮説である。第一次 感覚野で表現されている情報表現と同じ機能的原理が、知的なレベル (各種 の連合野、あるいは前頭葉) でも同じであると考えてはいけない理由はない はずである。 仮に、この同一の機能的原理が高次の知的活動のためにも働いているのな ら、低次の感覚受容野から階層的に高次の連合野にいたるまで自己組織化に よって我々の知的活動のある部分が説明可能なのかも知れない。自己組織化 によって高度に抽象的な概念が階層的に重ね合わさっていた場合にどのよう なことが起こるのでだろうか。第1次感覚野が物理的な特徴量を表現し、第 2次感覚野が具体的な概念を表現しているとしたら、連合野は抽象的な概念 を表象しているのかも知れない。連合野の連合野である前頭葉では概念の概 念の概念が形成されているというのは誇張のしすぎだろうか。
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教師なし学習
パターン認識の立場でニューラルネットワークにおける自己組織化を捉え るのなら教師なし学習であるということができる。この意味では教師ありの 学習の場合に比べて見込のない問題にも見える。しかし、次のような理由か らやはり教師なし学習も重要なのである。 • 環境情報 (外部入力データ) は必ずしも全て教師信号が存在するわけで はない • 情報の自動的なクラスタリングが可能である。明確なラベル付けを持 たない学習によって情報の確率的構造が自動的に表現される。 • 自己組織化によって外部環境の情報が効率良く圧縮されていれば、その 後の情報処理が効率良く進むだろう。 3引用文献
フォン・ノイマン (1975). 自己増殖オートマトンの理論. 岩波書店. (原典: Theory of Self-Reproducing Automata, John von Neumann, edited and completed by Arthur W. Burks, 1966, the University Illinois Press).