75
新規参入手段としての景品提供行為
一法的評価について一一
内 田 耕 作
1 は じ め に 新規参入手段としての景品提供行為について検討を加えることは,理論的に みて興味深いことである。というのは,景品提供行為が新規参入手段として極 めて有用であるとの主張に比して,新規参入手段としての景品提供行為がどの 範囲で許容されうるのか,また許容されうるとしてその根拠は何であるのかと いうことについては,従来,充分な検討が行なわれてこなかったように思われ Dるからである。 また,新規参入手段としての景品提供行為について検討を加えることは,実 践的な意味をももっている。というのは,最近,貿易摩擦問題に関連して,景 品提供行為の規制が厳しすぎ,薪規参入を不当に妨げているとの批判が行なわ れるようになったからであり,また,その批判を受けて,現実に,景品提供行 為の規制の見直しが行なわれるようになったからである。 そこで,本稿において,まず,新規参入手段としての景品提供行為の法的評 お 価について理論的な考察を加えることにする。 ところで,景品提供行為の規制の根拠となるのは,能率競争それ自体の確保, 1)なお,新規参入手段としてめ景品提供行為について検討を加えたものとしては,次 のようなものがある。川井克倭・表示と景品の話(1972年)198−203頁,吉田文剛 (編)・靴師表示法の実務(1970年)65−67,153−56頁,川井克倭「不当景品に対す る景表法運用上の問題点」公正取引211号12,12−13頁(1968年)。, 2)なお,新規参入の容易化のための景品提供行為の規制の見直しについては,別稿で 検討することにする。76 彦根論叢第249号 顧客の合理的な選択の確保,競争者の能率競争への参コ口確保,競争者の競争 3) 単位としての存立の確保である。 そこで,以下,それぞれの景品提供行為の規制の根拠に照らしてみて,新規 参入手段としての景品提供行為がそもそも許容されうるかいなか,許容されう るとしてそれはどの範囲においてであるのか,また許容の根拠は何であるのか について検討を加えることにする。 なお,それに際しては,新規参入手段としての景品提供行為の許容性を,手 段からみた場合と効果からみた場合に分けて,考えることにする。 II 手段からみた許容性 まず,手段からみた場合の新規参入手段としての景品提供行為の許容性を, それぞれの景品提供行為の規制の根拠に照らして,検討することにする。 (1)能率競争それ自体の確保を規制の根拠とする場合 この場合,景品提供行為を競争手段として許容しうる余地はそもそも存在し ないということができるように思われる。というのは,この場合には,商品ま たは役務の特性により,品質と価格による競争が極めて強く要請されており, 品質と価格以外の競争手段は当初からその存立が否定されていると考えられる からである。 そこで,当初からその存立が否定されている競争手段を,たとえ新規参入の 手段としてであれ,一つの競争手段として認めることは,論理的に矛盾してい る。ゆえに,この場合,新規参入手段としての景品提供行為を許容しうる余地 は存在しないということができる。 ② 顧客の合理的な選択の確保を規制の根拠とする場合 景品提供行為は,そのすべてが顧客の合理的な選択を阻害するおそれがある 3) この点については,拙稿「景品提供行為の規制の根拠」香川法学7巻3・4号717 頁(1988年)参照。
新規参入手段としての景品提供行為 77 というわけではなく,それが過度になる場合にのみ,顧客の合理的な選択を阻 害するおそれがあるということができる。そこで,新規参以手段としての景品 提供行為が許容されうるかいなかも,景品提供行為が過度になる場合とそれが 過度にならない場合とに分けて検討しなければならない。 景品提供行為が過度になる場合,顧客の合理的な選択は阻害.されるおそれが あるので,景品提供行為が許容されうる余地は存在しないということができる ように思われる。というのは,能率競争のメカニズムが有効に機能するために は,顧客が,品質と価格に基づいて合理的な選択を行なっているということが 満たされていなければならないからである。したがって,新規参入手段とし ての景品提供行為も,自から,許容されうる余地は存在しないということにな る。 他方,景品提供行為が過度にならない場合,顧客の合理的な選択が阻害され るおそれはないので,景品提供行為は許容されうる。ここに,自から,新規参 入手段としての景品提供行為も許容されうるということになる。 {3)競争者の能率競争への参加の確保を規制の根拠とする場合 景品提供行為によって競争者の能率競争への参加が阻害されるおそれが生じ るプロセスは,2つある。1つは,景品提供行為によって顧客の合理的な選択 が阻害されるおそれが生じる結果として,競争者の能率競争への参加が阻害さ れるおそれが生じるというものである。もう1つは,景品提供行為によって顧 客の合理的な選択が阻害されるおそれは生じないにもかかわらず,当該業界の 特殊な事情または顧客の特殊な事情に起因して,競争者の能率競争への参加が 阻害されるおそれが生じるというものである。そこで,この場合,薪規参入手 段としての景品提供行為が許容されうる余地があるかいなかも,景品提供行為 によって競争者の能率競争への参加が阻害されるおそれが生じるプロセスごと に,みていかなければならない。 まず,顧客の合理的な選択が阻害されるおそれがあるということに起因して, 競争者の能率競争への参加が阻害されるおそれが生じる場合,新規参入手毅と
はいえ,景品提供行為が許容されうる余地は存在しないということができるよ うに思われる。というのは,顧客の合理的な選択が阻害されるおそれがある場 合には,そもそも,新規参入手段としてであれ,景品提供行為が許容されうる 余地は存在しないからである。 他方,景品提供行為によって顧客の合理的な選択が阻害されるおそれは生じ ないにもかかわらず,業界または顧客の特殊な事情に起因して,競争者の能率 競争への参加が阻害さ’れるおそれがある場合,新規参入手段としてであれ,景 品提供行為が許容されうる余地は存在しないということができるように思われ る。というのは,能率競争のメカニズムが有効に機能するためには,顧客が, 晶質と価格に基づいて合理的な選択を行なっているというこ.とだけではなく, 事業者が,品質と価格に基づいて商品または役務を顧客に提供しているという ことがともに満たされなければならないからである。 したがって,競争者の能率競争への参加の確保を規制の根拠とする場合,顧 客の合理的な選択が阻害されるおそれがなく,かつ,業界または顧客の特殊な 事情に起因して,競争者の能率競争への参加が阻害されるおそれがない場合に 限り,新規参入手段としての景品提供行為は許容されうるということになる。 (4)競争者の競争単位としての存立の確保を規制の根拠とする場合 競争者の競争単位としての存立の確保のために景品提供行為を規制する理論 的根拠は,次のところにある。すなわち,資本力を有する事業者が,能率競争 の観点からみて積極的に評価されない景品提供行為を競争手段とすることによ って,資本力を有しない事業者を市場から排除するおそれが生じれば,その景 品提供行為は,競争政策からみて望ましくないということである。そこで,景 品提供行為によって競争者の競争単位としての存立が侵害されるおそれが生じ る場合は,たとえ新規参入手段としてであれ,景品提供行為が許容されうる余 地は存在しないということができる。 したがって,この場合,景晶提供行為によって競争者の競争単位としての存 立が侵害されるおそれがない限りで,新規参入手段としての景品提供行為は許
新規参入手段としての景品提供行為 79 容されうるということになる。
(5).小括
以上の検討から次のことがわかる。すなわち,第1に,能率競争それ自体の 確保を規制の根拠とする場合,新規参入手段としての景品提供行為が許容され うる余地は存在しないということである。第2に,顧客の合理的な選択の確保 を規制の根拠とする場合,顧客の合理的な選択が阻害されるおそれがない場合 に限り,新規参入手段としての景品提供行為は許容されうるということである。 第3に,競争者の能率競争への参加の確保を規制の根拠とする場合,顧客の合 理的な選択が阻害されるおそれがなく,かつ,業界または顧客の特殊な事情に 起因して競争者の能率競争への参加が阻害されるおそれがない場合に限り,新 規参入手段としての景晶提供行為は許容されうるということである。第4に, 競争者の競争単位としての存立の確保を規制の根拠とする場合,競争者の競争 単位としての存立が侵害されるおそれがない限りで,新規参入手段としての景 品提供行為は許容されうるということである。 もっとも,これらの場合に新規参入手段としての景品提供行為が許容されう るのは,景品提供行為がとくに新規参入の手段としてであるということによる ものではない。このことは,留意しておかなければならない。つまり,これら の場合に新規参入手段としての景品提供行為が許容されうるのは,そもそもそ れが,公正な競争を阻害するおそれがないからである。公正な競争を阻害する おそれがない場合には,景品提供行為は,新規参入の手段であるかいなかにか かわらず,本来的に許容されうるのである。 したがって,次のことが,ここでの結論となる。すなわち,景品提供行為を 手段からみた場合,新規参入手段としての景品提供行為は,上述の場合に限 り許容されうるということである。そして,薪規参入手段としての景品提供行 為が許容されうる根拠は,上述の場合における景品提供行為が,そもそも, 公正な競争を阻害するおそれがないということに求められうるということであ る。皿 効果からみた許容性 続いて,効果からみた場合の新規参入手段としての景品提供行為の許容性を, それぞれの景品提供行為の規制の根拠に照らして,検討するととにする。ポイ ントとなるのは,手段からみた場合に新規参入手段としての景品提供行為が許 容されうる範囲を超えて,新規参入手段としての景品提供行為が許容されうる 余地が存在するかいなかである。 (1)能率競争それ自体の確保を規制の根拠とする場合 この場合,手段がらみれば,新規参入手段として’の景品提供行為が許容され うる余地は存在しない。そこで,ここでは,効果からみた場合,新規参入手段 としての景品提供行為が許容されうる余地が生まれてくるかどうかが問題にな る。 効果からみた新規参入手段としての景品提供行為の’メリットは,結果として, 品質と価格による競争が促進されうるということである。他方,効果からみた そのデメリットは,新規参入のために景品提供行為が行なわれる間,少なくと も一時的に,品質と価格による競争が阻害されるということである。そこで問 題になるのは,具体的には,品質と価格による競争の,結果としての促進のた めに,品質と価格による競争の少なくとも一時的な阻害が受忍されうるかいな かである。 それゆえ,ここでの検討のポイントは,2つある。すなわち,1つは,景品 提供行為によって,品質と価格による競争が現実に促進されることになるかい なかであ』り,もう1つは,品質と価格による競争の一時的な阻害が受忍されう るかいなかである。’ しかし,ここでは,前者について検討する必要はないように思われる。その 理由は,次のところにある。すなわち,景品提供行為によって一時半にであれ, 品質と価格による競争が阻害されることは,受忍できないように思われるとい うことである。この点,能率競争それ自体の確保を規制の根拠とする場合,商
新規参入手段としての景品提供行為 81 品または役務の特性により,品質と価格による競争が極めて強く要請されてい る。したがって,一時的にであれ,品質と価格による競争が阻害されるのを許 の 容することはできない。 ② 顧客の合理的な選択の確保を規制の根拠とする場合 この場合,手段からみれば,顧客の合理的な選択が阻害されるおそれがない 場合に限り,新規参入手段としての景品提供行為は許容されうるにすぎず,顧 客の合理的な選択が阻害されるおそれがある場合には,新規参入手段としてで あれ,景品提供行為が許容されうる余地は存在しないということになる。そこ で,ここでは,顧客の合理的な選択が阻害されるおそれがある場合でも,効果 からみて,新規参入手段であるがゆえに,景品提供行為が許容されうる余地が 生まれてくるかどうかが問題になる。 効果からみた新規参入手段としての景品提供行為のメリットは,結果として, 商品または役務について顧客が充分な理解をしたニヒで,合理的な選択を行なう のが可能になるという’こどである。他方,効果からみたそのデメリットはいく つかあるが,その最たるものは,商品または役務の購買決定が景品提供行為に よって変:更されることで,品質と価格に基づいて顧客が合理的な選択を行なっ ているという市場メカニズ・ムの重要な要素が侵害されるということである。そ こで問題となるのは,具体的には,顧客が商品または役務について充分な理解 をした上で,合理的な選択を行なうのを結果として可能とするために,品質と 価格に基づいて顧客が合理的な選択を行なっているという市場メカニズムの重 要な要素が,現実に侵害されるのを受忍することができるかいなかである。 それゆえ,ここでの検討のポイントは,2つある。すなわち,1つは,どう 4) もっとも,大阪読売新聞社事件東京高裁決定(昭和30年11月5日,審…決集7巻169 頁)は,新規な事業者が新たに当該事業分野に登場するにあたっては,競争場裡にそ こばくの地歩を占めるまで景品その他のサービスをもって顧客にアピールすることは 一般に知られるところであり,これをもって独占禁止法上もあえて違法とするには当 たらない場合もある旨判示し,新聞業にあっても新規参入手段としての景品提供行為 が許容されうる余地があるとの立場を示している(173−74頁)。また,この立場を支 持するものもある。日本新聞協会・新聞と独占禁止法(1961年)97頁参照。
いった条件のもとで,商品または役務について顧客が充分な理解をした上で, 合理的な選択を行なうのが可能になるか・ということであり,もう1つは,品質 と価格に基づいて顧客が合理的な選択を行なっているという市場メカニズムの 重要な要素が,現実に侵害されるのが受忍されうるかいなかである。 しかし,ここでも,前者について検討する必要はないように思われる。その 理由は,次のところにある。すなわち,景品提供行為によって,品質と価格に 基づいて顧客が合理的な選択を行なっているという市場メカニズムの重要な要 素が,現実に侵害されるのを受忍することはできないように思われるというこ とである。この点,品質と価格による競争が機能するためには,顧客が,品質 と価格に基づいて合理的な選択を行ない続けることが必要であるが,景品提供 行為によって顧客の購買決定が変更されることは,単に一時的に,品質と価格 に基づいて顧客が合理的な選択を行なうのが妨げられるにとどまるものではな い。それは,実際のところ,顧客の購買決定行動のパターンに作用するもので あり,品質と価格に基づいて合理的な選択を行なうという顧客の購買決定行動 のパターンそのものを侵害するものである。したがって,品質と価格に基づい て顧客が合理的な選択を行なうことが妨げられるのを受忍することは,市場メ カニズムの機能化それ自体の破壊を是認することになる。 なお,顧客が消費者である場合には,品質と価格に基づく合理的な選択の阻 害は,とくに許容されえないように思われる。というのは,品質と価格に基づ いて消費者が合理的な選択を行なうということそれ自体が,消費者保護の中核 をなすことがらであるからである。 また,景品提供行為は,商品または役務:について顧客に充分な理解をさせる ためにただ一つ残された手段であるというわけではない。そういった手段とし ては,他にも,品質と価格に基づいて顧客が合理的な選択を行なっているとい う市場メカニズムの重要な要素を侵害しないものが存在する。このことも,品 質と価格に基づく顧客の合理的な選択の阻害は許容されえないとの結論を補強 する。
新規参入手毅としての景晶提供行為 83 (3}競争者の能率競争への参加の確保を規制の根拠とする場合 この場合,手段からみれば,顧客の合理的な選択が阻害されるおそれがなく, かつ,業界または顧客の特殊な事情に起因して競争者の能率競争への参加が阻 害されるおそれがない場合に限り,新規参入手段としての景晶提供行為が許容 されうるにすぎず,競争者の能率競争への参加が阻害されるおそれがある場合 には,,新規参入手段としてであれ,景品提供行為は許容されえないということ になる。そこで,ここでは,競争者の能率競争への参加が阻害されるおそれが ある場合にも,顧客の合理的な選択が阻害されるおそれがない範囲で,新規参 入手段であるがゆえに,景品提供行為が効果からみて許容されうる余地が生ま れてくるかどうかが問題になる。 効果からみた新規参入手段としての景品提供行為のメリットは,新たな競争 単位が市場に追加される結果として,品質と価格による競争が一層促進される 可能性があるということである。他方,効果からみたそのデメリットは,事業 者が,品質と価格に基づいて商品または役務を顧客に提供しているという市場 メカニズムのもう1つの重要な要素が侵害されるというこどである。そこで問 題となるのは,具体的には,品質と価格による競争が一層促進されるというこ とを結果として可能とするために,事業者が,品質と価格に基づいて商品また は役務を顧客に提供しているという市場メカニズムのもう1つの重要な要素が 一時的に侵害されるのを受忍することができるかいなかである。 それゆえ,ここでの検討のポイントは,2つある。すなわち,1つは,どの ような場合に,新たな競争単位が市場に追加される結果として,品質と価格に よる競争が一層促進される可能性があるのかということであり,もう1つは, 事業者が品質と価格に基づいて商品または役務を顧客に提供しているという市 場メカニズムのもう1つの重要な要素が,一時的に侵害されるのが受忍されう るかいなかということである。 まず,後者から検討しよう。事業者が品質と価格に基づいて商品または役務 を顧客に提供しているという市場メカニズムの重要な要素が,一時的にでさえ 侵害されるのが許容されえないとすれば,その余のことを検討する必要はない。
この点,市場メカニズムのこの要素は,たしかに,市場の機能化にとって極め て重要であるということができるが,顧客が品質と価格に基づいて合理的な選 択を行なっているという市場メカニズムのもう1つの要素と比べて,最終的な ものではない。また,市場の機能化が一時的に妨げられたとしても,前提によ れば,顧客の利益が直接的に侵害されるわけではない。したがって,景品提供 行為によって新たな競争単位が市場に追加される結果として,品質と価格によ る競争が一層促進されることになるとすれば,その新規参入手段としての景品 提供行為は,許容されてもよいということになる。 そこで,ここに,どのような場合に新規参入手段としての景品提供行為によ って,品質と価格による競争が一一層促進されることになるのかが問題になる。 最初に検討しなければならないのは,新規参入手段としての景品提供行為に よって常に,市場における競争単位が増えることとなり,究極的には品質と価 格による競争が一層促進されることになるということができるかどうかである。 しかし,新規参入を図った企業が常に市場に参入できるわけではない。それは, 景品提供行為を波及または昂進させただけで,退出することも考えられる。そ れゆえ,この場合,新規参入手段としての景品提供行為はすべて,許容されて もよいということにはならない。 そこで,次に,新規参入を図った企業が現実に市場に参入できる蓋然性が高 く,かつ,究極的に品質と価格による競争が一層促進されることとなる場合に は景品提供行為を認め,そうでない場合には景品提供行為を認めないというこ とができるかどうかが問題になる。この点,振り分けの基準を明確にすること は必ずしも容易ではないが,理論的には,新規参入を図った企業が現実に市場 に参入できる蓋然性が高く,かつ,究極的に品質と価格による競争が一層促進 されることとなる場合には,景品提供行為を認めることができるように思われ る。というのは,当該の景品提供行為によって,競争単位を増やすことが可能 であり,その結果,晶質と価格による新たな競争を惹起することが可能である からである。 ゆえに,新規参入を図った企業が現実に市場に参入できる蓋然性が高く,か
新規参入手段としての景品提供行為 85 つ,究極的に品質と価格による競争が一層促進されることとなる場合には,た とえ景品提供行為によって競争者の能率競争への参加が阻害されるおそれがあ るとしても,顧客の合理的な選択が阻害されるおそれがない範囲で,新規参入 手段としての景品提供行為は許容されうるということができる。 (4)競争者の競争単位としての存立の確保を規制の根拠とする場合 この場合,手段からみれば,競争者の競争単位としての存立が侵害されるお それがない場合に限り,新規参入手段としての景品提供行為が許容されうるに すぎず,競争者の競争単位としての存立が侵害されるおそれがある場合には, 新規参入手段としてであれ,景品提供行為は許容されえないということになる。 そこで,ここでは,競争者の競争単位としての存立が侵害されるおそれがある 場合にも,効果からみて,新規参入手段であるがゆえに,景品提供行為が許容 されうる余地が生まれてくるかどうかが問題になる。 効果からみた新規参入手段としての景品提供行為のメリットは,新たな競争 単位が市場に追加されうるということである。他方,効果からみたそのデメリ ットは,既存の競争者の競争単位としての存立が侵害されるということである。 そこで問.題になるのは,具体的には,新たな競争単位が市場に追加されること を可能とするために,既存の競争者の競争単位としての存立が侵害されること が受忍されうるかいなかである。 それゆえ,ここでの検討のポイントは,2つある。すなわち,1つは,競争 政策上,新たな競争単位が市場に追加されることがどのように評価されうるか ということであり,もう1つは,競争政策上,既存の競争者の競争単位として の存立が侵害されることがどのように評価されうるかということである。 しかし,ここでは,前者について検討する必要はないように思われる。その 理由は,次のところにある。すなわち,景品提供行為によって既存の競争者の 競争単位としての存立が侵害されることは,受忍できないように思われるとい うことである。このことは,競争者の競争単位としての存立の確保が景品提供 行為の規制の根拠となるゆえんを探れば,容易に理解することができることの
ように思われる。この点,競争者の競争単位としての存立の確保が景品提供行 為の規制の根拠となるのは,資本力を有する事業者が能率競争の観点からみて 積極的に評価されない景品提供行為を競争手段とすることによって,資本力を 有しない事業者を市場から挑除するのを防止することが,競争政策からみて必 要であると考えられるということによる。そこで,資本力を有する事業者が新 規参入の手段として景品提供行為を用いることによって,既存の競争者の競争 単位としての存:立が侵害されることになれば,その景品提供行為は許容されえ ないということになる。 また,景品提供行為は,新規参入を図るために残されたただ一つの手段では ない。そういった手段としては,他にも,競争政策上問題になる余地がないか, または少ないものが存在する。このことも,既存の競争者の競争単位としての 存立が侵害されることになれば,資本力を有する事業者による景品提供行為は 許容されえないとの結論を補強する。 ⑤ 小 括 以上の検討から次のことがわかる。すなわち,第1に,能率競争それ自体の 確保を規制の根拠とする場合,新規参入手段としての景品提供行為が許容され うる余地は存在しないということである。第2に,顧客の合理的な選択の確保 を規制の根拠とする場合,顧客の合理的な選択が阻害されるおそれがない範囲 を超えて,新規参入手段としての景品提供行為が許容されうる余地は存在しな いということである。第3に,競争者の能率競争への参加の確保を規制の根拠 とする場合,顧客の合理的な選択が阻害されるおそれがない限りで,たとえ業 界または顧客の特殊な事情に起因して競争者の能率競争への参加が阻害される おそれが存在するとしても,新規参入を図った企業が現実に市場に参入できる 蓋然性が高く,かつ,究極的に品質と価格による競争が一層促進されることと なる場合には,新規参入手段であるがゆえに,景品提供行為は許容されうると いうことである。第4に,競争者の競争単位としての存立の確保を規制の根拠 とする場合,景品提供行為によって競争者の競争単位としての存立が侵害され
新規参入手段としての景品提供行為 87 るおそれがない範囲を超えて,新規参入手段としての景品提供行為が許容され うる余地は存在しないということである。 したがって,次のことが,ここでの結論となる。すなわち,景品提供行為を 効果からみた場合,新規参入手段としての景品提供行為は,顧客の合理的な選 択が阻害されるおそれがない限りで,たとえ競争者の能率競争への参加が阻害 されるおそれがあるとしても,新規参入を図った企業が現実に市場に参入でき る蓋然性が高く,かつ,究極的に品質と価格による競争が一層促進されること となる場合に,許容されうる余地が追加されるということである。そして,そ・ の根拠は,次のところに求められる。つまり,消極的には,この範囲にあって は,顧客の合理的な選択が阻害されるおそれはなく,したがって,直接的に顧 客の不利益になる可能性は存在しないということであり,積極的には,新規参 入によって能率競争が活発となり,その結果,顧客の利益となる可能性が存在 するということである。 IV む す び 以上,新規参入手段としての景品提供行為の許容性について,まず手段の面 から,続いて効果の面から検討を加えてきた。その結果,次のことが明らかと なった。 まず,新規参入手段としての景品提供行為が許容されうるかいなか,許容さ れうるとしてそれはどういった範囲においてであるのかということについては, 次のことが明らかとなった。 第1は,能率競争それ自体の確保を規制の根拠とする場合,手段からみても 効果からみても,新規参入手段としての景品提供行為が許容されうる余地は存 在しないということである。 第2は,顧客の合理的な選択の確保を規制の根拠とする場合,次のようにい うことができるということである。つまり,顧客の合理的な選択を阻害するお それがない場合には,新規参入手段としての景品提供行為は許容されうるが, 顧客の合理的な選択を阻害するおそれがある場合には,手段からみても効果か
らみても,新規参入手段としての景品提供行為が許容されうる余地は存在しな いということである。 第3は,競争者の能率競争への参加の確保を規制の根拠とする場合,次のよ うにいうことができるということである。つまり,1つに,顧客の合理的な選 択が阻害さ.れるおそれがなく,かつ,業界または顧客の特殊な事情に起因して 競争者の能率競争への参加が阻害されるおそれがない場合には,新規参入手段 としての景品提供行為は許容されうるということである。そして,もう1つに, 顧客の合理的な選択が阻害されるおそれがない限りで,たとえ業界または顧客 の特殊な事情に起因して競争者の能率競争への参加が阻害されるおそれがある としても,新規参入を図った企業が現実に市場に参入できる蓋然性が高く,か つ,究極的に品質と価格による競争が一層促進されることとなる場合には,新 規参入手段であるがゆえに,景品提供行為は許容されうるということである。 第4は,競争者の競争単位としての存立の確保を規制の根拠とする場合,次 のようにいうことができるということである。つまり,景品提供行為によって 競争者の競争単位としての存立が侵害されるおそれがない場合には,新規参入 手段としての景品提供行為は許容されうるが,競争者の競争単位としての存立 が侵害されるおそれがある場合には,手段からみても効果からみても,新規参 入手段としての景品提供行為が許容されうる余地は存在しないということであ る。 次に,新規参入手段としての景品提供行為が許容されうる根拠については, 次のことが明らかとなった。 第1は,景品提供行為を手段からみた場合,新規参入手段と.しての景品提供 行為が許容されうる根拠は,景品提供行為がそもそも公正な競争を阻害するお それがないということに求められるということである。 第2は,景品提供行為を効果からみた場合,新規参入手段としての景品提供 行為が許容されうる根拠は,消極的には,顧客の合理的な選択が阻害されるお それはなく,したがって,直接的に顧客の不利益になる可能性は存在しないと いうことに求められ,積極的には,新規参入により能率競争が活発となり,そ
新規参入手段としての景品提供行為 89 の結果,顧客の利益となる可能性が存在するということに求められるというこ とである。 もっとも,景品提供行為が新規参入手段であるがゆえに許容されうることと なる固有の範囲は,極めて限られたものであるということに留意しておかなけ ればならない。しかも,この固有の意味での新規参入手段としての景品提供行 為が現実に許容されるまでには,克服されなければならない執行上の問題が数 の 多く横たわっているように思われる。 (1988 ● 2 ● 1) 5)実質的な問題としては,次のような問題がある。すなわち,新規参入手段としての 景晶提供行為とそうではない景品提供行為とをどのように区別するか,業界または顧 客の特殊な事情に起因して競争者の能率競争への参加が阻害されるおそれがあるとし ても,顧客の合理的な選択が阻害されるおそれがない範囲をどのように確定するか, 新規参入を図った企業が現実に市場に参入できる蓋然性が高く,かつ,究極的に品質 と価格による競争が一層促進されることとなる場合をどのように確定するか,といっ た問題である。 他方,技術的な問題としては,次のような問題がある。すなわち,固有の意味での 新規参入手段としての景品提供行為の許容を,現行の景品提供行為の規制の体系にど のように盛り込んでゆくかといった問題である。