〔原 著〕 (東京女医大誌第27巻第8号頁401−422昭和32年8月)
死因別乳児死亡率の都鄙別観察
第1報 戦
前
東京女子医科大学衛生学教室(主任吉岡博入教授) 中 ナカ 島 ジマ 幹 ミキ 恵 工(受付昭和32年5月29日)
緒 言 近来,わが国の乳幼児死亡率の低下は著しいも のがあり,出生1,000に対する乳児死亡率は,1954 年には44.7という値を示すにいたっている。これ は大正7年の188.6に比べると,じつにその%に あたるのである。乳児死亡についての研究は,乳 児死亡の概況1)、5),死亡率低下の原因4・;”7,社会 的因子の影響等8)9),数多くみられるが,それらの 研究の結果,乳児死亡率低下に関して,社会的文 化的環境が大きく働いている事は明らかである。 この二会的:交化的環境の影響をみるためには,都 鄙別10)一一 14)による観察が重要な役割をなすものと 考えられる。そこで私は,わが国の諸地域の都市 化に伴ない,乳児死亡がいかなる様相を呈しつつ 現在にいたっているかを観察するために,統計資 料の不備な昭和19∼21年をのぞいて,明治以来, 昭和18年までを「戦前」として,全国及都鄙別に ついて,三大死因別に,乳児死亡率の観察をおこ なってみた。 資料及研究方法 資料:内閣統計局 明治32年∼昭和18年日本帝国人 口動態統計 内閣統計局 明治39年∼昭和13年日本帝国死 因統計 研究力法:全国については明治32年より昭和18年ま で,、都榔別については明治39年より昭和13年までの各 年度の乳児死亡率(出生1,000対)を,三大死因別に 観察し,さらに乳児死亡率性比について観察をおこな つた。 三大死因とは,従来「乳児死亡の三大原因」として, 先天性弱質,肺炎,下痢及腸炎があげられているが, これをやや拡大して取扱い,①先天性疾患として, 先天性弱質と先天性奇形を含め,② 呼吸器疾患とし て,肺炎に急性気管支:炎を含めた。慢性気管支炎につ いては,体質が素因となる鴨息性気管麦炎の多い事等 より考えて,これを除外した。③消化器疾患とし て,下痢及腸炎をとった。 旧邸の区分は,人口10万以上の都市地方と10万以下 の農村地方とに分けた。 死亡率性比は,女児乳児死亡率を100とした場合の 男児乳児死亡率を算出した。すなわち 死亡率性比一ッ灘鑑肇・・…
研究結果
1)全乳児死亡率の概観(表1,図1参照) 全国的には,明治32年より数年聞は150代で著 変なく経過し,明治41年より上昇の傾向をみせ, 42年には167.3となり,以後は減少してゆくが, 大正3年より再び増加しはじめ,インフルエンザ 流行期の大正7年には188. 6となって観察45年間 最:高の値を示す。大正8年以後は,大正10∼12年 年にやや遅滞をしめす以外は,ほぼ順調に減少の 途をとり,昭和15年には遂に・90. 0と100を割り, 16,17,18年にいたっている。 農村では,全国とほぼ同様の経過をとり,明治Mikie NAKAZIMA (Department of Hygiene, Tokyo Women’s Medical College) : Observations on
the infant death−rates classified by the causes of death in Japan into urban and rural, Report 1 −Before World War ll一一
2 200 乳 用150 = 率 ’R ioo 芒、 8噛 鳥50 一 全 凶 −一.…・都 市
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一.黶E_ 村
∼∼ン受/Kx、
SX ’. .’k タ ./、 ゾ父『∠瞑し/》 v一. S一 θ 明3」 日βjg REtl 3 図1 表1全乳児死亡率(出生1,000対) 大4 大g 大ノ伊 HS Jr 年 γぺ 全乳児死亡率(出生1,000対) 年 度 全 日召ノ。 日ij 15国降 市 農 村
明32 33 34 35 36 37 38 3{ 40 41 42 4: 44大1
2
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5
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7
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9
10 11 12 13 14昭1
2
3
153. 7 155. 0 149. 9 154. 0 152. 4 151. 9 151. 7 153. 6 151. 3 158. 0 167. 3 161. 2 158. 4 154. 2 152. 1 158. 5 160. 4 170. 3 173. 2 188. 6 170. 5 165. 7 168. 3 166. 4 163. 4 156. 2 142. 4 137. 5 141. 7 137. 6 179. 8 177. 8 202. 0 207. e ユ83。3 191. 4 160. 0 170. 9. 179. 5 193. 9 191. 6 196.5 207. 2 182. 1 183. 0 186. 4 180. 6 193. 5 162. 7 150. 9 141. 8 145. 7 134. 6 151. 7 149. 2 154. 6 164. 2 159. 4 155. 8 15g..8 150. 5 156. 8 157. 7 168. 5 171..2 187. 0 169. 3 164. 0 166. 4 164. 7 160. 2 155. 6 141. 3 136. 1 141. 2 138. 0 4 5 6 7 8 9 10 1ユ 12 13 14. 15 16 17 18 142. 1 124. 1 131. 5 117. 5 121. 3 124. 8 106. 7 116. 7 105. 8 114. 4 106. 2 90. 0 84. 1 85. 5 87. 1 14ユ.2 116. 9 126. 9 106. 0 107. 7 110. 3 9ユ.4 %.3 91. 4 98. 4 142. 3 125. 1 132. 3 119. 7 124. 5 128. 3 110. 5 122. 3 109. 7 118. 9 42年に小さな山を作り,大正7年には最:高の山 187. 0を示し,以後順調に減少してゆくが,最低 は,昭和12年の109。7で,100を割るにいたってい ない。 都市では,はじめ農村より高率で,明治39年に 179.8ではじまり,41年から更に上昇して,明治 42年には207. 0という値を示す。明治43年には再 び減少をはじめ,大正元年には160.0となるが, 大正2年から再び増加しはじめ,大正7年207。2 という最高値を示す。以後,再び減少の傾向にあ り,関東大震災における東京,横浜市の乳児に対 する影響が,大正12年の,都市のみの山となって 表われているほかは,減少の一途をたどり,その 程度も著しい。昭和3年には農村地方と交叉し表■ 三大死因と全乳児死亡との割合(全乳児死亡10G対) 年 度
先天性疾患
呼吸器疾患
下痢及腸炎
三大死因合計
1全国
1 16.7 e 18.3 i 19.1 11..髄濃.縫副齢r農
村1全 1 朗32 33 34 35 36 37 38 39’ 40 41 42 43 44 大1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 ユ.2 13 14 昭1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 Lu.r., 1 18. 8 19. 3 18. 7 18. 0 20. 4 20. 9 20. 8 18. 8 19. 5 19: 6 19. 7 20. 3 19. 2 19. 0 18. 7 20, 2 20. 6 20. 5 19. 9 19. 6 19. 6 2?一, 8 ’ 23, 2 23. 6 24. 4 23. 0 22. 8 23. 2 24. 0 23. 3 24. 3 27. 9 28. 5 29..4 29. 5 29. 3 29. 2 29. 6 25. 1 28. 8 26. 2 28. 4 20. 8 19. 7 ユ、7,8 16. 8 18. 4 ユ7.2 18. 5 17. 0 15. 8 14. 9 15. 6 16. 6 17. 3 17. 1 16. 1 15. 8 16. 3 16. 6 18.{ 19, 2 20. 5 19. 6 19. 4 19. 6 21. 6 19. 9. 22. 4 24. 8 25. 5 27. 4 28. 3 28. 1 27. 6 20. 4 21. 0 21. 1 19. 0 19. 6 19. 8 19. 8 2e. 6 190 5 19. 4 19. 0 20. 6 2!. 0 20. 8 20. 3 20. 1 20. 0 23. 5 23. 7 24. 2 25. 0 23. 4 23. 3 23. 7 24. 3 23. 8. 24. 6 28. 6 29. 2 29. 8 29. 7 29. 6 29. 61
14. 8 16. 1 16. 5 17. 6 16. 8 18. 4 19. 6 18. 5 19. 4 20. 1 19. 4 19. 9 17. 2 17.3. 17. 7 17. 5 17. 9 18. 6 17. 9 19. 4 19. 7 19. 0 18. 2 17. 9 19. 6 20. 6 20. 9 2e. 1 21.6 21. 4 20. 3 19. 5 20. 8 20. 2 19. 9 21. 1 20. 9 20. 3 21. 4 22. 6 23. 0 22. 2 23. 7 23. 0 23. 4 18. 6 21.7 20. 4 18. 7 19. 5 16. 4 19. 2 20. 0 15. 8 18. 1 18. 4 18. 4 18. 1 21.1 20. 1 18. 7 17. 9 19. 7 20. 3 21.9 20. 7 22. 7 21. 8 22. 2 20. ]. 22. 6 22. 5 21. 5 24. 2 22. 6 21. 9 24. 2 26. 4 18.5 20. 2 19. 9 19. 5 19.9 17. 2 17. 1 17. 5 17.7 17. 8 18. 6 17. 9 ’19. 5 19. 5 18. 9 18. 2 17r 8 19. 8 20. 6 20. 8 20. 0 21. 4 21. 3 20.0 19, 5 20. 6 19. 8 19. 4 20.5 20. 9 19. 9 20. 7 21. 7 8. 9 7. 1 3. 7 3.3 3. 5 3. 7 3. 9 4.3 4. 8 5.ユ. 11. 5 12. 3 13. 0 12. 3 13. 3 14. 9 15. 3 15. 4 15. 8 16. 1 17. 1 16. 8 18. 1 18. 9 20. 1 20. 4 20. 3 21. 1 21. 2 20. 6 21. 8 22. 5 20.8 21. 2 19. 7 18. 0 17. 1 18. 3 1Z 3 14. 1 15. 1 15. 8 14. 2 15. 3 14. 7 犀1.餐...市1農村 ]1 4. 8 6.1 5. 4 16. 4 20. 1 ユ9. 5 17. 6 18. 4 21. 1 20. 7 1{.1 21. 2 22. 2 21. 4 20. 5 21. 1 24. 6 20. 6 22. 2 21. 7 22. 5 21. 6 20. 1 20. 5 22. 5 19. 5 19. 2 19. 3 17. 1 15. 8 17. 3 14. 8 13. 7T
4. 3 4. 7 5. 0 11. 0 11. 7 12. 4 12, 5 12. 8 14. 3 14. 7 15. 1 15. 3 15. 6 16. 6 16. 4 17. 7 18. 3 20. 0 20. 1 20. 1 20. 9 21. 2 20. 7 22. 0 22. 5 21. 1 21.5 19. 8 18. 2 1Z 3 18. 4 1Z 9 17. 4i
全国1都Tli農村
..i..tttt.t 40. 4 41. 5 39. 3 39. 7 39. 6 40. 8 41. 5 43. 2 45. 1 荏6.0 49. 7 51. 7 49. 8 49. 3 5ユ..3 51. 6 52. 2 52. 7 53. 9 56. 1 57. 3 55. 7 55. 9 56. 4 62. 5 64. 2 64. 8 65n 6 65.8 64. 8 65. 3 66. 0 64. 9 65. 7 67. 5 67. 6 67. 4 68. 1 68. 0 65. 9 67. 7 63. 1 66. 7 64. 5 66. 5 44. 2 47. 5 43. 6 51. 9 58. 0 53. 1 55. 3 55. 4 52. 7 53. 7 53. 1 56. 2 57. 6 59. 6 56. 7 55. 6 58. 8 56. 9 61. 4 62. 8 63. 7 63. 9 61. 3 62. 3 64. 2 62. 0 64. 1 65. 6 66. 8 65. 8 67. 5 67. 1 67. 7 43. . 2 45. 9 46.0 49. 5 51. 2 49. 4 49. 4 50. 9 51. 5 51. 9 52. 7 53. 8 56. 1 56. 9 55. 6 56. 0 56. 1 63. 3 64. 4 65. 1 65. 9 66. 0 65. 3 65.7 66. 3 65. 5 65. 9 67. 9 67. 9 68. 0 68. 0 68. 2 68. 7 て♪なお減少をつづけ, 昭和10年には,早.くも 91. 4となつ..ている。 pt@408. 一一一4 都鄙死亡率曲線の交叉は,昭和3年におこなわ れ,明治,大正を通じて,農村より高率を示して きた都市は,昭和3年以御ま,昭和13年まで,.つ ねに農村より低率となるσ 以上の事柄を老察するに,都市においては、,明 治から大正にかけては,都市化に伴なう社会的環 境が,乳児死亡にとって悪条件となって表われ, 、そq)後,都市の衛生施設等の発展が1都市文化の 向上と相まって,農村乳児死亡率にさきがけて, 都市乳児死亡率低下という現象をもたらしたもの 1σ ス諺赫鋤婦・・4、疏・;.丹ぎ・1・瀦Z;』・浬Z・屍6弼學1“漸話憂1乙ノ,、8 年 ノ欠 図■一1乳児三大死因の全死因に対する比(全乳児死亡100対) 百6D 50 分 次 呼吸器疾憲 図ll・一2 乳児三大死因の全死因に対する比(全乳児死亡率100対) 80 百7 分60 り』 明「 ’ 大・tt ・「’t ・ ” ”昭 3r・4e4・・42・4J・“4 x23Vf67e9/〃〃2/3・/u/239−S6789’σノ”2.!j 年 . 次 図■一3乳児三大死因の全乳児死亡に対する比(全乳児死亡100対)
と老えられるのである。 n:)三大死因の全乳児死亡において占呵る割合 (表H,図H1∼3参照) 三大死因合計による死亡は,全国では,明治32 年に全死因の40.4%を占めているが,明治年間に は大差なく,43年には51.7%で半数を占めるよう になる。その後次第に増加し,大正末期より昭和 にいたり62∼68%となり,約%を占める。 農村及都市における割合は,(表E,図ll 一2,3 参照)農村,都市ともに,近年になるにつれて, 三大死因による死亡の割合が,増大していること がみとめられる。 大正中期以前は,三大死因による死亡は,農村 より都市が大きい割合をしめし,大正中期以後 は,農村の方が大きい割合をしめすようになる (図省略,表H参照)。 これを,各死因別にみると, a)先天性疾患(表H,図■1∼3参照) 全死因中首位を占め,全国では,明治32年には 16. 7%で,その後漸増し,昭和14年には29.6%を 占めるにいたっている。 都市及農村地方でも,ほぼ同経過をとるが,都 市では,農村より,明治40年以降つねに低い割合 をみせている(図省略,表H参照)。
b)呼吸器疾患(表H,図H1∼3参照)
先天性疾患についで多く,全国では,明治32年 には14。8%である。明治41年より,呼吸器疾患の 占める割合は漸増し,43年より大正1年までは漸 減し大正4,5年より再び増加してゆき,昭和年 間には著変なく,昭和18年には23。4%となる。 農村では,全国とほぼ同様の経過をたどる。 都市でも,ほぼ農村と同様に高低を示してい る。 明治41年までは,都市が農村より高い割合を占 乳50凱
享 曾3ρ 筆2・g
彗/o め,42年から44年までは,逆に農村の方が高い割 合を占めるようになる。大正年間は,都鄙の差は 不定で,昭和年間にいたると,つねに都市の方が 農村より高い割合を占めるようになる(図省略, 表H参照)J c) 下痢及腸炎(表fi,図■1∼3参照) 全国では,明治32年に8.9%で,35年に3.3% となるまで漸減するが,36年より以後は,次第に 下痢及腸炎の全死因に対する割合は大となってゆ き,42年忌は11.5%,大正12年には20.1%とな る。昭和5年には22.5%となるが,6年以後は減 少してゆき,昭和18年には14.7%となる。 農村では,全国とほぼ一致した経過をとってい る。 都市では,急激に増加し,大正3年冬は既に 21.1%となる。その後は著変なく高低をしめしつ づけるが,昭和6年より農村同様に減少してゆ く。 昭和2年までは,つねに都市の方が,農村より 高い割合を示しつづけ,昭和3年以後は,昭蒲5 年に農村と同率になる以外は,農村より都市が低 い割合を占めるようになる(図省略,表H参照)。 皿)各死因別乳児死亡率 (A):先天性疾患(表皿,図皿一1参照) 全国では,明治37年,38年に減少をしめす以外 は,明治41年まで徐々に増加し,その後大正4年 頃まで,ほぼ水平な経過をしめしているが,大正 5年より増加しはじめ,大正6年より急激に上昇 し,大正7年には最高値38.9となる。その後,大 正12年に死亡率上昇をしめす以外は減少をつづけ るが・昭和8年より再び上昇し・昭和14年まで31 ∼35の値で一年おきの高低をしめし,昭和15年よ り再び減少しはじめ,18年には24. 7となり,これ が最低値である。一全 国
・…一・ s 市 一・一t _ 材rl、・ぐ諮阪
。.明33 .明3S、 、明苧3 大4 ..tt.犬e一 ’ X14一 一.『’fifi5‘’t t tt日召10 年 次 図皿一1先天性疾患による乳児死亡率(出生1,000対) 一 405 一 Hels表III先天性疾患による乳児死亡率(出生1,000対)
年度
先 天 性 疾 .患 先 天 .性 弱 .質 先 天 性 ・奇 形 ! 全劇都市
明32 33 34 35’ ea 37 ss 39 40 41− 42 43 44大1
2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14昭1
2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 25. 7 28. 4 28. 8 29.’0 29.5 28. 6 27. 4 31. 4 31.6 32. 9 31.’4 31. 4 31. 1 30. 4 30. 9 30. 4 30. 4 31. 9. 35. 1 38. 9 35. 0 32. 9 33. 0 32. 6 37. 2 36. 2 3E.6 33. 5 32. 6 31. 4 33. 0 29. 8 30.6 28.5 33, 9 35. 6 31. 4 34. 4 31. 0 33. 4 31. 6 27. 3 24. 3 25. 1 24. 7 37. 4 35. 1 36. 0 35. 1 33. 8 33. 0 29. 7 29. 1 −28. 3 28. 9 29. 9 32. 7 35. 8 30. { 29, 5 29. 4 28. 1 32. 1 30. 7 29. 0 29. 0 28. 6 26.1’ 27. 7 25. 3 25..2 23. 7 26. 7 28. 1 24. 9 27. 3 25. 7 27. 2 農村i全 劇都
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Ut 1農 1 31. 0 31. 4 32. 6 .31.1 31. 2 30. 9 30. 5 31. 0 30.6 30. 6 32. 0 35. 3 39s 2 35. 3 33. 2 33. 4 33. 1 37. 7 36. 8 34. 2 34. 2 33. 1 32. 2 33. 7 30. 4 31. 5 29. 4 35. 6 37. 4 33. 0 36. 3 32. 5 35. 2 /30. 9 30. 8 30. 5 29. 8 30. 3 29.8 29. 9 31. 2 34. 3 38. 1 34. 3 ’32, 3 32. 3 31. 9 36.1 34. 8 32. 1 31.9 31. 1 29. 9 31. 5 28. 4 29. 2 27. 2 31. 8 33. 6 29. 4 32. 3 29. 1 31. 4 30. 0 26. 0 23. 0 23. 3 23. e 34.・3 32. 8 32. 1 28. 9 28. 1 27. 5 28. 2 28. 8 31. 8 34. 7 30. 0 28, 7 28. 5 27, 4 30. 9 29. 1 27. 3 26. 9 26. 8 24. 5 26. 1 24. 0 23. 8 22. 2 24. 3 25. 7 22. 9 25. 0 23. 5 25. 0 30.6 30. 6 30. 4 29. 9 30. 5 30. 0 30. 0 31. 4 34. 5 38. 3 34. 7 32.6 32. 7 32. 5 36. 6 35. 4 32, 7 32. 6 31. 7 30. 7 32. 3 29. 1 30. 1 28. 1 33. 6 35. 5 31. 0 34. 3 30. 6 33. 2 Q. 53 0. 57 0. 55 0. 61 0. 55 0. 59 0. 56 0. 70 0. 84 0. 83 0. 69 0, 62 0. 66 0. 67 1. 07 1. 40 1. 47 1. 59 L 46 1. 44 1. 45 1. 35 1. 34 1. 28 2. 07 2. 05 1. 98 2. 05 1. 97 2. 03 1. 96 1. 66 1. 61 1. 74 1. 68 1 O. 81 1. 02 0. 83 0. 80 0. 94 0. 83 0. 72 1. 09 0. 94 1. 12 0. 94 0. 85 0. 84 0. 69 1. 21 1. 66 1. 75 2. 03 1. 81 ユ.57 1. 55 1. 36 −1. 40 1. 41 2. 44 2. 39 2. 09 2. 32 2. 25 2. 27 村 i I O. 51 0. 54 0. 53 0. 60 0. 52 0. 57 0. 55 0e 67 0. 83 0. 81 0. 67 0. 59 0. 64 0. 65 1. e5 1. 37 1. 44 1. 53 1. 41 1. 42 1. 44 1; 35 1. 33 1. 25 1. 97 1. 97 1. 95 1. 97 1. 89 1. 961
農村では,全国とほぼ一致.した経過をしめす。 .最高は大正7年の39.2で,最低は昭和7年の29.4である。 都市では,明治39年37.4よりはじまり,概ね順 調に減少をつづけて,大正3年28.3まで低下す る。大正4年からは,農村と一致した経週をとっ て上昇し,大正7年には35.8となる。その後も, 大正12年に農村と同様の山をえがく以外は減少を つづけ,昭和7年23.7が最低値である。昭和8年 から再び増加し,ユ3年まで25∼28の値で,…年お きの高低をしめしている。 明治年聞,都市は農村より高率で,大正元年に 都鄙死亡率曲線の交叉がおこなわれ,その後はつ ねに都市は農村より低率をしめしつづけ,減少の 度合も著しく,都榔の差は年とともに大となる。 農村に比べて著しい都市乳児死亡率減少の様相 をみる時,祉会的影響に動かされることが少ない 先天性疾患においても,医学の進歩により,死亡 率改善の余地があることが想像されるのである。 次に,先天性疾患を,先天性弱質と:先天性奇形 とに分けて観察してみる。 ①:先天性弱質(表皿,図皿一2参照) 全国では,明治42年より:大正4年までは,ほぼ 水平な経過をしめし,大正5年から増加しはじ め,大正7年38.1,大正12年56.1という大きな山 をしめして以来,減少の傾向がみられるが,昭和 8年より再びやや増加し,昭和15年からは減少し つつあり,昭和16年,18年には同率で,23.0とい う値となる。以上の経過は,前述の,先天性疾患 としての図IH−1とほぼ同様の曲線の形をとり, 大正7年及12年に死亡率上昇の山をしめし,その 後近年になるにつれて減少するが,昭和8∼14年 に再び高率をしめし,15年から減少してゆく。:最: 低値は昭和16年及18年の23.0である。 農村では,全国とほぼ同経過をとるが,昭和6 年頃よりの上昇は著明である。最高値は大正7年 の38.3で,最低値は昭和7冊子28.1である。 都市では,大正7年及12年に死亡率上昇の山を しめす以外は,近年になるにつれて,著しく減少 をつづけるが,昭和8年からは,やや高率をしめ す。最:高値は大正7年の34.7で,:最低値は昭和7 年の22.2である。 明治年間,都市は農村より高率で,都鄙死亡率 曲線の交叉は,大正元年におこなわれ,以後,つ ねに都市は農村より低率となり,その差をひろげ ながら減少してゆく。 ・2 先天性奇形(表出,図皿一3参照) 実数においては少なく,:先天性疾患としてまと 乳60 児 ).o 死 亡 率40 臼30 三 // 29 討10
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0 明33 日月38 目皿一一2 乳 児s.o 死4.o 亡 率30 忌2わ 筆 1/o 蛙 0 日月33 fi月38 B月43 大4 夫9 犬〆4 1i召s SGiO 年 次 先天性弱質による乳児死亡率(出生1,000対) 一一@全 国二1二遷 蒋
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図HI−3 日月V3 大∠≠ 入9 大/4 日召5 日日ノ0 年 次 先天性奇形による乳児死亡率(出生1,000対). Brij /5 一一 407 一8 めた.揚合には,その特徴はかくれてしまうが,同 じ先天性疾患の範囲に属していても,:先天性弱質 とは著しく異なる様相を呈している。 全国では,明治年間及大正前半においては,大 正6,7年に,0.84,0.83にと小さい山をしめす 以外は,0。53∼0.70の聞を著変なく経過している が,大正12年より急に上昇をはじめ,昭和元年に は1.59となる。昭和2年より少しつつ下降してゆ くが,昭和8年に再び上昇して2.39と最高の値と なる。昭和8年より14年までは,さしたる変化な く高率で,昭和15年より再び下降している。 農村では,全国とほぼ同経過をとって近年にい たっている。 都市では,明治42年から大正11年までは,1.12 ∼0.69の間を上下し,大正12年には農村同様上昇 をしめし,昭和元年に2.03となるまで増加する。 昭和2年から再び減少をはじめ,昭和5年目で死 亡率は低下するが,昭和6』年より再び増加しはじ め,昭和8年には2.44となって最高値をしめす。 その後も,昭和10年に2.09となる以外は,2.39∼ 2. 25の間にある。 都市は,終始農村より高率で,大正11年及昭和 5年に,農村の値に近づく以外は,都鄙死亡率曲 線は,つねに著明な差をしめしている。 かように,先天性奇形による乳児死亡率が,都 市につねに高く,しかも近年にいたりなお上昇し ている原因は,いずれにあるであろうか。日本よ り乳児死亡率の低い,米,仏,ニュージーランド などにおける先天性奇形の死亡率が,日本のそれ より高いこと2)と併せ考えて,いささか興味ある 問題であるが,なお戦後の状況を観察して,後の 老察にゆずりたい。 (B)呼吸器疾患(表IV,図IV−1参照) 全国では,明治32年に22.7をしめしr死亡率 は,次第に増加して,42年には32. 5となり一つの 山をえがく。この山は,後述のごどく,明治32年 より上昇しつつあった肺炎による乳児死亡率に, これまた,32年頃より高率を保ちつづけていた急 性気管支炎による死亡率が合したために表われた ものである。ついで43年には32.0におち,44年に は急激に一下降し,さらに:大正元年には26.6とな る。しかし大正2年以後再び上昇の傾向をしめ し,大正7年には36,5と大なるピークをなすにい たる。この年は,インフルエンザの世界的流行期 にあたるので,呼吸器疾患による死亡率の上昇 は,当然であると云えよう。大正8年以後は,多 少の動揺はあっても,ほぼ順調に低下の傾向にあ る。最高は大正7年の36.5,最低は昭和17年の 19.7である。 農村では,全国とほぼ一一twした死亡率の推移を しめしており,最高は大正7年の36.5,最低は昭 和12年の22.7である。 都市では,明治39年33。4よりはじまり,急激に 上昇し,最初の山は,明治41年の41. 3である。こ 』れは全経過中の最高値で,後述の肺炎及急性気管 支炎:の観察によってわかるごとく,急性気管支炎: による死亡率の最高をしめした年に,やはり急激 に上昇をつづける肺炎による死亡率の合したため に表われたものである。ついで42年よりほぼ順調 に減少をつづけ,大正3年には28.4となるが,大 正5年より再び増加をきたし,.大正8年38・2を頂 点とする山をえがく。大正9年より減少をはじめ た死亡率は,大正12年再び急激に上昇し38.2とな .る。以後は昭和10年まで減少をつづけるが,11年 より再び上昇の傾向をしめして13年にいたる。 都市は,明治年間及び大正年間は,‘つねに農村よ 乳50 児 死40 宴 ↑30 止 すコリ 亨 リ ノリ 書 一子 国 ’….一・一 s 市 一・一一・ ョ 村
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明33 明錫 唄43 大4 図IV−1 大げ 大/4 EB5 昭/0 次 呼吸器疾患による乳児死亡率(出生1,000対) 日G!∫表IV.呼吸器疾患、による孚L児 乞亡率C出生1,000対) 1 呼
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0 明33 明39 明43 ×4 大q 大1V B召5『 ’e召/0 年 D欠 図W−2肺炎による乳児死亡率(出生1,000対) 日Gノ∫ 乳30 星 Y.L 2s 亡 率20 密 生ノ5 T・ : /O act s 一一S 登
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\『’・・ アこ㍗磐㌔襲_一_一、 一.一・ 一... pmli“.一一1’.;.・Yk 0 日月33 明3S 図IV−3 明43 大4 大9 大ノ4 昭5. 日召!O ff 次 急性気管支炎による乳児死亡率(出生1,000対) 大M12年には33.4と最高値をしめすにいたる。そ の年9月に発生した関東大震災が,東京,横浜に おいて社会的悪条件をもたらし,かような呼吸器 疾患の高死亡率をもたらしたと考えるべきかと思 われる。大正13年からは,各年動揺をしめしつつ も減少の傾向にあり,昭和10年には18.7まで低下 するが,11年からは再び上昇の傾向をしめして13 年までつづいている。 都市は,最:初から農村より高率で,各地の動揺 も著しい。昭和年間に入ってからは,次第に都鄙 の差はちぢまり,都鄙死亡率曲線の交叉は昭和10 年におこなわれ,農村の方が低率となるが,12年 には再び都鄙死亡率曲線は交叉し,都市の方が高 日召’ケ 率となって,13年にいたっている。 ② 急性気管支炎(表IV,図IV−3参照) 全国では,明治32年14.5よりはじまり,ほぼ水 平な経過をとって,明治43年頃いたる。44年には 急激に下降して11.5となり,つづいて大正元年に は10.0となる。インフルエンザ流行の影響が,大 正5,6,7年に,10.2,9.9,10.5という高率をも たらした以外は,減少の一途をたどりつづける。 最高は明治41,42年の16.7で,最低は昭和16,17, 18年の2.7である。 農村では,全国とほぼ一致した経過をたどり, 最高は明治42年の16.5,最低は昭和12年の3.8で ある。都市では,明治39年の18.3よりはじまり,明治 41年に20,9となるまで増加し,42年から減少をは じめる。44年には急激に下降して10. 0となり, その後は,大正5,6,7年にも9.1,8.5,8.5と いう山をしめすにとどまり,そ.の後も順調に減少 して,最:低は昭和10年の1.9という値である。 明治43年までは,.都市が農村より高率で,44年 に都鄙死亡率曲線の交叉がおこなわれ,その後は, 農村の方が都市より高率をしめしながら,都鄙と も減少の途をとっている。 急性気管支炎:による乳児死亡率の推移をみて, 前述の先天性奇形によるものと比較すると(図HI −3,図W−3参照),先天性奇形が近年になるに つれて死亡率上昇をしめしているのとは,正に対 瞭的である。急性気管支炎においては,明治,大 正,昭和へと,近年になるにつれて,死亡率は低 下してきている。これには,医師の診断上に変化 があったことも考えられるが,すべての社会的環 境,条件にそって,死亡率が改善されたとみなし てよいであろう。 (C)下痢及腸炎(表V,図V参照) 全国では,明治32年に13.7をしめすが,一旦減 少して35年には5.1となる。これが全経過中の最: 低値である。36年より上昇をはじめた死亡率曲線 は,42年にはさらに急激に上昇し19.3となる。そ の後もいくばくかの消長をしめしつつ上昇し,最 高は大正12年で32.8となっている。その後漸減し て,昭和10年には18.3となり,昭和14年からは著 明な減少をみせ,昭和16年には1s2. 0となってい る。 農村では,全国と同様の経過をたどり,最高は 大正12年差32。1,最:低は明治39年の6.5である。 都市では,明治39年に8.7で,42年には急激に 増加して34.4となる。その後も大正元年lc一一・旦下 降する以外は高率をしめしつづけ,最:高は大正7 年の46.0である。大正8,9年と滅少し,10年よ り再び上昇して11年に小さな山をつくり,12年以 後は減少をはじめ,昭和13年まで概ね順調に減少 をつづける。 都鄙死亡率曲線の交叉は,昭和3年目おこなわ れ,それ以前は都市は農村よりつねに高率で,明 治42年∼大正7年中は』,都市は農村の約1.5∼1.9 倍の死亡率をしめしている。大正12年預から,都 市は減少の傾向をみせるが,農村が減少をはじめ 表V下痢及腸炎による乳児死亡率(出tkl, OOO対) 年 度 全
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O B月33 明38 日月43 大4 大9 大t4 目召5 ’ 目召10 9召i5 年 ’ 次 図V 下痢及腸=炎による乳児死亡率(出生1,000対) 上述の事実がいかにしておこったかを老察する に,わが国が,明治末期より大正初期の近代社会 への形態を整えつつあった過程において,都市に おける乳児が,いち早く悪条件としての環境の影 響を受けるこどを余儀なくされ,加うるに大正7 年頃のインフルエンザ流行が,下痢及腸炎の原因 aとなる腸管外感染の源をなし,また乳児肺炎の胃 三型としても混在して,高死亡率となって表われ る基礎をなしたものであろう。さらに丈化の滲 透,衛生思想の普及等により,都市の乳児死亡率 が改善されつつある一方,農村ではこれらの恩恵 を受けることおそく,また消化器疾患において は,一般生活水準が大きな基盤となっているた め,農村乳児死亡率改善は遅々たる歩みを呈して いるのではなかろうか。 IV)乳児死亡率性比 一般に,男児出生が女児出生を超過し,男子の 死亡が女子の死亡より多いことは,よく知られて いるところである10)。また,一般に乳児死亡率低 下に罪なつて両性比率は増大し,乳児死亡率の低 い国における両性比率が,乳児死亡率の高い国よ りも:大きいということをLenzはみとめているユ5)。 そ.こで,前述の三大死因による乳児死亡率におけ 乳/ノ。 児 f/5 死 亡〃0 率 但ノ05 ヒヒ/00 ・ L ㌔ミ , る性比を観察せんとするのであるが,男女乳児死 亡の性比をみるのに,その実数を用いたのでは, 男女出生の差異から考えて不合理であるので,す でに「研究方法」においてのべたように,女児乳 児死亡率を100コ口て,男児乳児死亡率を算出し, これを以て乳児死亡率性比として観察した。 (A)全乳児死亡率性比(表VI,図VI参照) 全国では,明治32年頃,110を上下している死 亡率性比は,明治39年に急速に低下し104.6とな る。明治40年には再び上昇し112.5となり,その 後は109∼115の間を上下しつつ,次第に上昇して ゆく。これによって,出生性比が,103∼106の間 にほぼ一定しているユ。)のに比べて差異のあること がわかる。明治39年に死亡率性比が小であるの は,同年が丙午にあたるために,女児の出生届出 がおこたられ,そのために高出生性比をしめして いるといわれていること10)と関連して考えると,・ うなつかれるものがある。すなわち,女児出生届 数が,おそらく実数よりは少ないのにかかわら ず,死亡においては,届出をおこたることができ ないため,女児乳児死亡率は大となり,このため 39年の死亡率性比が小となったと考えられるわけ である。 95 全 ……一一s
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国 市 村 へ , ,’一一》、ノN 、’ efi 33 明」δ ・日月ゲ3 大午 大9 大IV 日65 年 次 図vr全乳児死亡率性比 山ノe 肥!タ表VI全乳児死亡率性比
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10 11 12 13 14 15 16 17 18 110. 6 1認:l llgig 19:i: 12S£ 1:8ig lsgigl織
i,oglg l諾:l l鴻:l lll:割 ユ11.21 111.2 1 112.2 i 113.4 1 110.9 1 119・Y ll?,A’ l i据:l ll,il: ll‘,lg l12ig llg16, l12ig 113. 4 113. 5 100. 3 116. 8 ro9. 8 112. 1 110. 9 111. 3 110. 3 109. 2 106. 2 1.11. 7 109. 5 111.1 111. 5 113. 7 110. 4 113. 8 108. 4 109. 9 112. 0 112. 8 111. 8 115. 6 114. 2 115. 0 112. 6 113. 8 114. 3 116. 0 117. 2 114. 7 118. 3 119. 8 115. 4 104. 9 112. 2 110. 1 109. 4 110. 0 109. 5 110. O ユ09.5 108. 7 109. 4 111. 0 110. 7 110. 5 109. 2 110. 7 111. 3 111. 5 111. 3 112. 2 113. 4 110. 8・ 113. 1 112. 6 112. 9 112. 0 113. 6 111. 5 112. 0 114. 0 112. 7 113. 7 112. 7 113. 3 農村では,全国と同経過をとって推移してい る。 都市では,明治39年の死亡率性比は1001 3で非 常に小であり,40年には116.8と急激な上昇をみ せるのは,39年の女児出生が40年に繰入れられた ためであろう。明治39∼40年をのぞくと,「死亡率 性比は106∼120の間を近年になるにつれて増大し ている。 都市は農村より高性比の年が多く,とくに昭和 年間は,つねに農村より高性比をしめしつづけて いる。都市における乳児死亡率減少の著明なるこ とによって,乳児死亡率性比の推移は,Lenzの いうことと合致している。 (B)各死因別乳児死亡率性比 a)先天性疾患(表VE,図Vff−1参照) 全国においては,明治39年に100.6となった以 外は,明治及大正初期はほぼ105∼110の間にあ り,大正中期より次第に増大して,大正14年には 115.1となる。その後も多少の動揺はあるが,110 ∼116の間にあって,上昇の傾向をしめしている。 農村も,全国とほぼ同経過をとり,明治39年の 100.0をのぞけば,1G5∼115の間にある。 都市では,明治39年の108ユ,大正3年の108・5 という値をのぞけば,すべて115∼127の間にあ る。明治年聞一旦上昇し,大正3年までには下降 するが,大正4年より再び上昇し,大正6年には 126。 7となり,その後も動揺をつづける。昭和年 代に入ってからは再び上昇の傾向をしめすが,昭 和13年には116.7に下降している。 都市は,終始農村より高性比をしめしつづけ, 農村が近年になるにつれて高性比をしめす傾向に あるのに引きかえ,各年の変動が著しく,その推 移は一定の傾向をしめしていない。 ① 先天性弱質(表皿,図Vll−2参照) 全国では,明治42年中ら大正9年までは,105 ∼110の間にあり,次第に上昇して,大正10年頃 より昭和にかけては110∼115の聞を増加してゆ く。 農村でも,全国とほぼ同経過をとり,105∼114 の闇を徐々に上昇してゆく。 都市では,変動の振幅が大きく106∼125の間に あり,大正初期}C一一旦下降するが再び急激に上昇 し,大正中期より後期にかけては減少の傾向にあ り,昭和に入って再び増加の傾向をしめす。 都市は,終始農村より高性比で,変動の振幅も 農村より著しく大である。 ② 先天性奇形(表田,図V[一3参照) 一 4−18 一14 .表w 先天性疾患乳児死亡率性比
年度
明32 33 34 3ら 36 37 38 39 40 41 42 43 44 大1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 昭1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 L一.1−Q先天性疾患
全 国 106. 9 107. 7 109. 1 110. 5 107. 7 105. 4 109. 5 100. 6 109. 3 107. 6 106. 6 108. 3 107. 0 107. 1 107. 0 106. 5 108. 2 109. 9 110. 8 109. 4 10{.3 109. 2 110. 9 110. 7 112. 9 112. 0 115. 1 112. 4 114. 1 114. 4 114. 0 113. 7 1玉.5.5 113. 9 113. 2 114.5 113. 7 115. 4 116. 0 114. 1 116. 8 115. 4 115. 6 113. 2 115. 3 都 市. 108.1 120. 4 115. 9 120. 4 歪.20.6 121.2 116. 8 114.8 108. 5 119. 4 121.6 126.7 117. 3 121. 9 115. 0 123. 7 112. 9 118. 4 113. 9 120. 2 117. 3 121. 3 121. 7 122.6 118. 6 ].18. 7 125. 4 122. 1 122.6 120. 4 122. 4 .125. 0 116, 7 農 村 ユ00.0 ].08. 3 107. 0 105. 6 107. 3 106. 0 106. 1 ユ06.7 106. 8 107. 1 109. 2 109. 8 108. 8 108. 6 108. 5 109. 7 110. 5 112. 7 111. 8 114. 8 111. 8 112. 9 113. 3 113. 0 ユ13.0 115. 1 111. 9 111. 6 113. 1 112. 6 113. 9 113. 9 113. 4 先 天 全 国 性 弱 質 106.7 108. 1 106. 8 106. 2 106. 5 106. 6 108. 0 109. 4 110. 8 108.8 108. 8 108. 4 110. 4 110. 6 1ユ2.7 111. 6 114. 0 111. 3 113. 0 113. 2 113. 2 112. 4 113. 9 112. 5 112. 4 113. 4 113. .1 114.6 115. 6− 113. 3 115. 9 112. 4 115. 5 112. 8 114. 0 都 市 1ユ9.6 120. 2 119. 9 116. 1 112. 1 109. 2 118. 2 120. 8 124. 8 119. 0 12ユ.5 114. 6 122. 3 112. 0 118. 4 112. 8 118. 9 115. 2 121. 1 122. 3 121. 7 117. 3 117. 9 123. 7 121. 0 121. 6 119. 2 121. 3 125. 0 116. 5 農 村 105. 4 10Z 5 105. 8 105. 5 1.06. 1 106. 6 106. 9 108. 3 109. 4 108. 2 ユ.07.5 108. 0 108. 9 106.6 112. 2 111. 3 113. 0 110. 7 112. 0 1ユ.2.1 112. 2 112. 0 113. 5 111. 3 110. 7 112. 3 112. 0 113. 0 113. 6 113. 2 先 天 性 奇 形 全 国 都 市 118. 8 111. 1 131. 9 177. 3 150. 0 108. 9 128. 6 エ.33.3 131. 9 132. 4 142. 1 141. 2. 150. 0 132. 1 132. 2 13e. 6 147.1 142r 0 139. 7 137. 2 135. 8 133. 9 159. 2 141. 9 130. 9 127. 8 124. 4 127.・ 2 119. 5 122. 5 135. 8 133. 1 117. 6 121. 7 129. 5 182. 5 128. 1 ユ84. 5 154. 0 264. 7 89. 7 164.8 141. 1 236. 4 158. 1 129. 6 127. 0 173. 8 163. 5 107. 7 143. 4 140. 7 150. 3 132. 3 121. 1 140. 6 134. 8 130. 6 168. 3 136. 4 136. 1 135. 6 131. 5 122, 8 121. 0 農 村.! s 114. 9 107. 7 131. 9 176. 7 139. 5 ユ11.3 122. 4 133. 3 124. 3 130. 0 141.8 142. 9 147.1 126. 3 125. 8 129. 4 147. 4 140. 9 140. 2 139. 8 1,35. 2 133. 9 165. 0 135. 8 129. 1 125. 9 121.0 125. 1 118. 5 124. 0 全国では,実数が少ないためもあろうが,その 変動は著しく,109∼177の間を動揺.している。明ノ3ij 5−C 児/25 死 亡ノ20 率 lt5 柱 比〃o 105 100 /tN ,’ h v ・’ 1 tt lhh
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呼 吸 器国 疾 患 肺 炎 急 性 気 管 支 炎 明32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44大1
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2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 117. 3 117. 0 114. 2 115. 5 114. 6 112. 5 116. 4 106. 2 116. 2 112. 5 114. 1 116. 3 112. 1 113, 3 111. 9 112. 3 111. 9 115. 4 113. 4 114. 7 113. 4 113.6 ユ14.7 119. 2 114. 0 115. 1 115. 6 112. 7 115. 1 114. 7 1ユ.3.2 114.0 117. 9 112. 1 114. 7 116. 9 116.5 118. 5 115. 2 116. 8 116.7 115.6 116. 3 114. 1 115. 3 都 市 104. 9 122. 5 1i3. 7 116. 9 117. 4 112. 9 115. 4 107. 0 110. 4 117. 8 12C. 4 113. 3 118. 0 114.6 116. 9 114. 9 120.6 115. 9’ 120. 3 119. . 7 109. 6 115. 0 115. 8 118. 5 114. 6 117. 9 115. s 115. 8 12L 2 114.7 121.1 117. 8 117. 2 農 L 村i全 国 106. 3 115. 8 112. 8 113.7 111. 7 111. 4 113. 0 112.6 112. 3 110. 5 113. 4 ・ 113.6 114. 4 113..2 113. 1 114. 5 119. 3 113. 9 114.8 112. 3 112. 8 115. 4 1ユ.4.2 116. 8 116. 0 118.1 112. 1 114. 6 116. 5 117.2 ,117. 9 115. 2 116. 4 123. 3 118. 2 116. 1 119. 6 116. 8 115. 7 118. 2 105. 9 120. 2 115. 9 115. 6 115. 9 112. 9 114. 9 113. 0 113.5 112. 6 114. 6 113.1 115.8 ,114. 4 113. 6 114. 8 121.7 115. 2 116.6 116. 4 112.6 115.9 114. 5 118. 1 114. 7 118. 8 113. 1 116. 0 118.6 117. 3 118.7 116. 4 117. 8 116. 9 116. 5 116. 4 114. 6 116. 6 都市暖
1一 村 全 国 101. 3 125. 3 114. 7 114. 0 119.6 107. 2 116. 5 105. 3 112.0 114.0 118. 0 106. 7 118. 0 114. 7 114. 8 1ユ2.3 119. 7 116. 6 121. 1 119. 5 110. 0 116. 5 115. 5 118. 4 114 5 119. 0 116. 9 117. 6 121.5 1ユ5.0 119, 7 119. 1 118. 0 106. 0 119. 0 116. 4 116. 1 114. 6 113. 3 114. 7 113. 5 113. 6 111. 9 113.8 114. 0 115. 5 114. 3 113. 6 114. 7 122. 8 115. 3 115. 9 115. 3 112. 8 115. 8 114. 2 118. 2 117. 3 118. 7 113. 3 115. 1 118. 0 117.{ 118. 4 116. 0 117. 7 114. 1 116. 3 113. 1 112. 7 11..3. 1 110. 3 114. 9 106. 4 113. 0 109. 4 112. 7 110. 3 111. 0 110. 5 109. 9 110. 0 110. 2 117. 0 114. 1 112. 1 110. 6 113. 5 114. 5 112. 3 109. 5 109. 5 112. 5 113. 5 112. 3 115. 4 112. 0 111. 4 113. 6 107. 3 108, 1 107. 7 工.12。1 114. 7 109. 1 111. 1 115. 6 110. 7 116. 0 111.5 107. 7 都 市 108. 0 120. 0 112. 8 120. 0 115. 2 126. 4 112. 8 111. 8 106. 4 131. 0 127. 5 138. 0 117. 9 114. 5 127.8 128. 3 125. 5 111. 1 115. 4 120. 5 107. 7 104. 9 118. 2 118. 8 115. 4 109. 7 107. 7 100. 0 118. 2 111. 1 135. 3 105. 3 109. 1 農 村. 1ca. 5 113. 2 109.6 111. 5 109. 0 109. 0 11e. 4 111. 0 110. 0 107. 8 1ユ.5.8 112. 8 111. 9 110. 3 113. 2 114. 1 110. 5 109. 2 110. 8 112. 1 113. 0 113. 6 114. 5 111. 3 110. 9 115. 2 106. 8 112. 5 109. 5 113. 9 115. 8 111. 1 110. 0 治末期より大正初期にかけて,著明な高性比をし めし,一旦下降して,大正3年頃からは110∼150の間を増加してゆき,大正10年を頂点として再び 下降し,大正14年,昭和6年と,数年おきに高性 比をしめす。昭和年代には,ほぼ減少の傾向にあ るが,昭和14,15年にもわずかながら増大する。 先天性弱質におけるよりも,性比が一般に大であ る16)。 農村では,全国とほぼ同傾向にある。 都市で「は,少数のだめもあって,性比の変動の 振幅が著しく大きく,265∼90の間にある。とく に,明治,大正年間は,著しい高低をしめし,昭 和にいたっては,「コ和7年に高性比をしめすほか ‘は,・さほど著明な変動はみられなくなる。 明治及大正初期は,概ね都市の方が農村より高 性此をしめしつつ著しく変動するが,大正中期及 一一一
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\1Nl〈 〉 \! バ 1/ ’c 燕 ハ il ili 岡ノ5 75 明33 明38 gAil 3 図皿一3 大4 大9 大/4 日召5 . 年 次 急性気管支:炎による乳児死亡率性比 一 4i7 一 日己/o 日召1518 昭和年代では,昭和7∼12年に,都市が農村より 高息比をしめす以外は,都鄙死亡率性比の曲線 は,交錯している。 b) 呼吸器疾患(表皿,図vnト1参照) 全国では,明治39年にユ06.2となる以外は,U2 ∼119の聞を動揺しつつ,近年にいたっている。 農村では,全国とほぼ同様の経過をとり111∼ 119の間を上下している。 都市では,105∼123の間を上下して,その変動 の振幅は大であるが,年次による一定の傾向とい うものはみとめることができない。 明治39年,大正2,3,6年,昭和元,2,5,10 年に,農村が都市より高性比をしめす以外は,概 ね都市の方が,高性比である。 ① 肺炎(表V皿,図Vlll−2参照) 全国では,明治39年の105.9をのぞくと,112∼ 123の間にあり,さしたる変化なく推移している。 農村では,全国とほぼ一致した経過をとり,明 治39年の106・0をのぞくと,112∼123の間にある。 都市では,変動の振幅が大きく,明治39年の 101.3,40年の125.3という値をのぞくと,105∼ 121の聞を上下する。 都市の方が,農村より変動の振幅が大きいが, 都鄙死亡率性比の曲線は交錯して,:先天性疾患及 後述の急性気管支炎においてみられるような,都 市の高性比という現象はみとめられない。 ② 急性気管支=炎(表皿,図取一3参照) 全国では,明治39年にやはり低く106.4で,こ れをのぞけば,明治年間は116∼109の間をやや減 少しつつさしたる変動もなく推移し,大正年間か. らは比較的急な変化をしめしつつ108∼119の問を 動いている。 農村では,106∼115の間を,全国の傾向とほぼ 一致して動いている。 都市では,大正3年までは106∼126の間を上下 し,大正4年から急激に上昇し131.0となり,さ らに大正6年には138.0となる。その後は128∼ 111の間を上下するが,昭和5年から減少をつづ けて,昭和8年には性比100.0となる。9年から 再び上昇をはじめ,11年には135。3という高性比 をしめすが,12,13年には再び低下している。 都市は農村より変動の振幅が大で,また概ね高 性比の年が多い。明治及大正年間は,大正3年を のぞくと,つねに都市が農村より高性比であり,、 昭和年代には都鄙死亡率性比の曲線は交錯する が,’昭和11年には都市は著明な差をしめして,農 村より高性比となっている。 表D(下痢及腸炎乳児死亡率性比
年則全
国1都 市峰 村
明32 33 34 35 3no 37 ss 39 40 41 42’ 43 44 大1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 昭1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 1,,.18 110. 0 111. 4 111. 5 112. 5 ユ10.0 116. 0 114. 3 107. 8 114. 7 120.0 107. 0 106. 8 107. 0 106. 2 108. 2 108. 4 108. 1 109. 6 109. 6 110. 4 107,1 111. 4 112.2 1 io7. g l iog.6 1 112.4 1 111. 4 109. 8 112. 3 112. 0 111. 3 109. 8 110. 0 110. 6 110. 6 112. 3 111.6 112. 5 111. 0 107.6 i 112.6 1 108.8 旨 f 112. 4 113. 0 ユ14.2 94. 4 122. 7 109. 5 110. 7 105. 4 111.6 108. 9 112. 2 106. 8 111. 9 109. 1 108. 3 107. 4 111.7 109. 5 117. 5 104. 9 ユ11.4 110. 2 110. 6 114. 9 116. 2 115. 6 112. 5 109. 6 108. 9 109. 2 115. 0 11L 8 111. 0 113. 5 112. 7 110. 2 108. 1 115. 4 112. 3 106. 3 108. 4 107. 0 105. 9 107. 5 10s. 4 108. 1 109. 5 109. 6 110.9 106. 6 111. 4 111. 5 108. 2 ユ09.5 112. 9 111. 6 108. 8 112. 4 111. 1 110. 8 110. 1 110. 2 110. 7 109. 4 112. 7 111. 5 112, 3 110. 8 107. 5c)下痢及腸炎(表工X,図IX参照) 企国では,明治39年の107. 8をのぞけば,死亡 率の低い明治32∼41年は比較的高性比で110∼120 /30 /25 乳/20 児 死”5』 亡〃0 率 ノ05 ・随 /oo 比 f5
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の間にある。明治42年から近年にいたるまでは, 106∼114の間を動揺をしめしつつも増加の傾向を みせている。 一 全 国 一一一・都 市 一・一農 村/\ へ. \
pt…t x,, ’一W一.., .7 ” Xs 90 明jJ 明ガ 入4 大9 大/4 昭5 年 次 図D(下痢及腸炎による乳児死亡率性比 農村では,全国とほぼ一一一ikして,106∼115の間 を動いている。 都市では,明治39年には,女児死亡率は男児死 亡率を上まわり,死亡率性比は94.4となる。これ は前述の丙午の影響によるものであろう。明治40 年にはやはり丙午の影響と思われるが,122. 7と いう高性比をしめす。明治41年からは105∼116の 間を動揺しつつ近年にいたっている。 明治39年に都市は農村より著しく低性比をしめ すが,40年には逆に都市が高性比となり,その後 は都鄙死亡率性比の曲線は交錯している。しか し,明治44年,大正元,2,4,10年,昭和元,2, 3,8年には,都市が著明な差をもつて高性比をし めしている。 総 括 昭和32年より昭和18年にいたる期間の全国にお ける三大死因別乳児死亡率,明治39年より昭和13 年にいたる期間の三大死因別都鄙別乳児死亡率な らびに上記各乳児死亡率性比について観察をわこ なったが,それを総括すると,次のごとくであ る。 1)全乳児死亡率の概観 全乳児死亡率は,全国では,明治末期及大正初 期に死亡率上昇をみせ,大正7年に最:高となり, それ以後は年をおうて減少している。 農村では,全国とほぼ同経過をとっている。 都市では,明治42年,大正7年に高死亡率の山 をつくる。:大正8年以後は減少の傾向にあり,大 正竣年に高死亡率をしめす以外は,減少をつづけ B召/0 昭/5 ている。 都鄙死亡率曲線の交叉は,昭和3年におこなわ れ,それ以前は都市がつねに高く,昭和3年以後 はつねに都市が高率をしめしている。 n:)三大死因の全乳児死亡において占める割合 三大死因の合計による乳児死亡率の全乳児死亡 率に対する割合は,全国でははじめ40. 4%で,そ の後年とともに割合を増し68%におよぶ。 農村,都市とも,近年になるにつれてその割合 を増す。 三大死因合計の全乳児死亡に対する割合は,大 正中期以前は,農村より都市の方が大であるが, 大正中期以後は,農村の方が大きい割合を占めて いる。 a)先天性疾患 全死因中首位を占め,全国, 農村,都市とも,その全死因に対する割合は,年 と共に大きくなる。 都市は,農村より概ね小さい割合を占めてい る。 b)呼吸器疾患 全死因中2位を占め,全国, 農村,都市とも,その全死因に対する割合は,近 年になって,わずかながら増大している。 都市の方が,農村より,大きい割合を占めてい る年が多い。 c)下痢及腸炎 全国では,その全死因に対す る割合は,明治35年まで一亘減少し,明治末期か ら増大してゆき,昭和6年から再び減少してゆ く。 農村では,全国とほぼ同様に推移する。 一 419 一20 都市では,明治年聞及大正:初期に増加するが, その後は著変なく高低をしめし,昭和6年から』 は,全国同様に減少してゆく。 昭和2年までは都市が農村より大なる割合をし めし,昭和3年以後は農村が急なる割合をしめす ようになる。 皿)各死因別乳児死亡率 (A)先天性疾患 全国では,大主7年,大正12 年に死亡率上昇の山をえがく以外は,近年になる につれてやや減少し,昭和8∼14年に再び高死亡 率をしめすが,15年か.らは減少している。 農村では,全国とほぼ同経過をとる。 都市では,ほぼ順調に減少をつづけ,各年度の 消長は農村と概ね一致して1、・る。 明治年間は,都市が農村より高率で;大正元年1 に都鄙死亡率曲線の交叉がおこなわれ,その後は 農村が都市より高率をしめす。 ①:先天性弱質全国では,大正7年及12年に 死亡率上昇の山をしめし,その後近年になるにつ れて減少するが,昭和8∼14年に再び高率をしめ し,15年から減少してゆく。 農村では,全国とほぼ同経過をとる。 都市では,大正7年i大正12年に死亡率上昇の 山をしめす以外は,近年になるにつれて著しく減 少をつづける。しかし,昭和8年からはやや高率 .を・レめす。 都鄙死亡率曲線の交叉は大正元年で,以後都市 は農村より低率で,その差をひろげながら減少し1 てゆく。 ② :先天性奇形 全国では,大正6年,7年, 昭和元年,8年等に死亡率上昇の山をしめしなが ら,近年になるにつれて増加してきたが,昭和15 年からはやや減少している。 農村では,全国とほぼ一致した経過をしめす。 都市では,明治42年rv大IE11年には1.12∼O, 69 の間を上下し,大正12年から農村同様に上昇を、は じめて昭和元年にいたる。昭和2∼5年には死亡 率は低下する.が,昭和6年から再び上昇し昭*ll 8 年には最高値となり,その後も昭和10年にやや低 下する以外は高率をしめしつづけている。 都市は農村より終始高率で1都鄙死亡率曲線の 交叉はみとめられない。 (B)呼吸器疾患 全国では,明治42年及大正7 年を頂点とする死亡率曲線の山をじめし,大正8 年以後は,次第に減少の傾向をしめしている。 農村では,全国とほぼ一致した経過をとる。 都市では,明治41年,大正8年,大正12年に高 死亡率の山をしめし,大正13年以後ほぼ順調に低 下してゆく。 都市ははじめ農村より高率で,年とともにその 差をちぢめ,昭和5年に都鄙死亡率曲線がはじめ て交叉する炉,その後は都鄙死亡率曲線は交錯し て,昭和13年にいたっている。 ① 肺炎 全国では,大正7年及大正12年に高 死亡率の山をしめし,明治年間から大正初年にか けては上昇し,大正末期から昭和にかけては,1動 揺をしめしつつもわずかながら下降の傾向にあ る。 農村では;全国とほぼ一致した経過をとる。 都市では,「大正12年を頂点とし,明治年間及大 正中期には死亡率は概ね増加の傾向にあり,大正 末期及昭和にいたっては減少の傾向をしめしてい る。 都市は,はじめ農村より高率であるが,近年に なるにつれて都鄙の差はちぢまり,都鄙死亡率曲 線の交叉は,昭和10年忌ユ2年におこなわれ1てい るQ ② 急性気管支炎 全国では,明治43年までは ほぼ水平な経過をとり,44年以後は大正5ん7年 にわずかに上昇した以外は,順調に減少して,近 年は著しく低率となる6 農村では,全国とほぼ同経過をとっている。 都市では,明治41年に高死亡率をしめし,以後 は大正5∼7年をのぞけば年とともに順調に減少 をつづけているQ 都市は碧…村よりはじ一め高率で,都鄙死亡率曲線 の交叉は明治44年目おこなわれ,それ以後都市は 農村よ、りつねに低率である。 (C)下痢及腸炎:全国では,大正12年を頂点と して,ゆるやかな死亡率曲線をえがき,大正12年 以前の約20年間は,概ね徐々に増加し,大正13年 以後の約20年間は,徐々に減少している。 、農村では,全国とほぼ一致した経過をとる。 都市では,大正7年まで比較的急速に増’癒し, 大rg 8年以後は,大正11年の小さな山をのぞけ ば,順調に減少をρづけている』 、・s市ははじめ農村より幽しく高率であるが,昭 和3年に都鄙死亡率曲線は交叉し,以後は農村よ
り低率となる。’ IV)乳児死亡率性比 (A)全乳児死亡率性比 全国では,期治39年を のぞくと109∼115の聞にあり,近年になるにつれ て,高性比となって.ゆく。明治39年の低出生比 は,丙午の影響によるものと思われる。 農村では,全国と同経過をとる。
都市で馬明治3昨峨出生比・4晦嶋潮
回をのぞくと,ユ06∼120の間塗近年になるにr)れ て増大する。 都市は,農村より高性比の年が多之,.昭和にい たっては,つねに都市が高性比である。 (B)各死因別乳児死亡率性比 a)先天性疾患 全国では,明治39年をのぞく と105∼116の間で,徐々に増大している。 農村は,全国とほぼ同経過をとり,明治39年の 100。0をのぞけば105∼115の間にある。 都市では,明治39年の108.1,大正3年の108・5 という値をのぞけば,115∼127の間にある。 都市は,つねに農村より高性比で,その変動の 振幅も大である。①先天性弱質全国では,明治42年から大正
9年までは105∼110の間にあり,大正10年頃から 昭和にかけては110∼115の問を増加してゆく。 農村では,105∼114の問を徐々に増加してゆ く。 都市では,106∼125の間を動揺している。 都市は,農村より終始高性比で,変動の振幅も 大である。 ② :先天性奇形 全国では,109∼177の間に著 明な動揺をしめしている。 農村では,全国とほぼ同傾向である。 都市では,265∼90の間を上下し,明治,大正 年間の高低;はとくに著しい。 明治及大正初期は,都市が農村より高性比をし めすが,大正中期及昭和年代では,都鄙死亡率性 比の曲線は交錯している。 b) 呼吸器疾患 全国では,明治39年をのぞい ては,112∼119の間を上下する。 農村では,全国とほぼ同経過をとる。 都市では,105∼123の間を上下している。 都市の方が,概ね農村より高性比をしめしてい る。 ① 肺炎 全国では,明治39年をのぞくと112 ∼嬢3の間にある。’ 農村で!む.全国.ζほぼ同経過をとる。 都市偶明治39年の低牲比・、4}Q年q)高性比をの ぞぐと,105∼1毎の間にある。tt 都市の方が,.変動の振幅が大であるが,都鄙死 亡率性比の曲線は交錯しており,都市の高惟坊と いう珊募は明らかでない・ ②急性気管二二:全国では}明治39年をのぞ くと,明治年忌はユ16∼109の闇をやや減少し,大 正年間か.らは108∼119の間を上下している。 農村では,.106∼115の間を全薗とほ1ぼ∴致して 動いている。・ 都市では,大正3年までは106∼126の聞にあ り,大正4年からは138∼111の間を急激に上下す る。昭和5年から減少をつづけ昭和8年に最低と なり,その遠いちじるしい上下の振幅を示す。 都市は,農村より変動の振幅が大きく,概ね高 性比の年が多い。 c) 下痢及腸炎 全国では,明治39年をのぞく と,明治32∼41年は107∼120の間にある。明治42 年からは106∼114の聞にあって増加の傾向をしめ している。 農村では,全国とほぼ一致して106∼115の間に ある。 都市でぱ,明治39年には94.4で,40年には122.7 であるが,その後は105∼1!6の聞を動揺しつつ近 年にいたっている。 都鄙死亡率性比の曲線は概ね交錯しているが, 都市が農村より高性比をしめす年も屡々みられ る。 稿を終るに臨み,終始御懇切なる御指導,御校閲を 賜わった,吉岡博入教授ならびに諸岡妙子助教授に, 謹んで感謝の意を表す。 文 献 1)瀬木耳雄:乳幼児死亡の概況,其一一一“,其二,公 衆衛生雑誌,2,72,252(昭22) 2)渡辺 定:日本に於ける乳幼児の死亡率と死因 の推移,衛生統計,6,8号,7(昭28) 3)甕 君代:本邦月告別乳児死亡の時系列的研究 第1報∼IV報,東京女医大向,25,100(昭28), 24, 22, 89, 98 (HB29) 4)..久保秀史:近年の乳児死亡率低下の原因につい て,衛生統計,1,4,5号,9,6,7号,6(昭23) 5)山下 章・柳沼安雄:乳児死亡の原因に関する 統計的観察,衛生緯計,3,10,11号,ユ9(昭25) 一一S2i 一22 6)丸山 博:乳児死亡の統計的分析,衛生統計, 4, 6号, 26(日召26) 7)安田 実:本邦小児の注目すべき死因とその年 令的移動について,金沢医科大学衛生学教室業報 (風土衛生学研究),9号(昭24) 8)渥美夏千里:諸種環境の乳児死亡に及ぼす影響 日本公衆衛生学雑誌, 1, 117 (昭29) 9)松田摩耶子:最近に於ける本邦乳児死亡率に及 ぼす社会的諸因子の影響,公衆衛生学雑誌,5, 275 (日召24) 10)諸岡妙子:本邦都榔保健状態の分析,第1報為、 第3i報,東京女医大誌,22,7,67,95(昭27) 11)矢ケ崎徳蔵;乳児死亡に於ける都市と農村との 差i異,小児保健研究,6,127(昭13) 12)Hanssen:農村より工業都市への過渡期に於 ける乳児死亡率,労彷科学研究,15,742(昭13) 13)沢谷寅蓬:工場地帯居住者の乳児死亡率につい て,労功科学研究,15,498(昭13) 14)村上賢婁;農村の乳児死亡に関する研究,特に 早期並に晩期死亡と社会的環境との関係,東京医 事新誌,2931号,1371(昭10) 15)勝木新次・岩崎辻男:本邦乳児に於ける両性比 率,民族衛生,2,89(昭7) 16)高橋英次:新生児死亡の性比,弘前医学,4, 244 (同召28)