原 著
〔書女廃轟4第鷺元鞘〕
喫煙の脳血栓症に及ぼす影響および一過性脳虚血発作と
一過性全健忘との差異における血液レオロジー的検討
東京女子医科大学 神経内科学教室(主任 ナガ ヤマ タカシ長 山 隆
丸山勝一教授) (受付 平成元年3月11日)Hemorheological Study in the Effect of Smoking on Cerebral Thrombosis,
and in the Difference between Transient IschemicAttack and Transient Global Amnesia
Takashi NAGAYAMA
Department of Neurology(Director:Prof. Shoichi MARUYAMA), Neurological Institute,
Tokyo Women’s Medical College
We have already reported that whole blood viscosity was significantly increased with elevated hematocrit in patients with cerebral thrombosls of internal carotid system and with transient
ischemic attack(TIA), But there is still controversy regarding to the influence of blood viscosity upon
cerebral thrombosis。 In an attempt to clarify the量nterrelation among cerebral thrombosis, smoking and hematocrit,28 patients suffering from cerebral thrombosis were compared with matched−controls
concerning to age, sex, hypertension and diabetes mellitus. In patients w孟th cerebral thrombosis there were significantly more smokers than in controls, but there was no significant hematocrit difference betweerl smokers and non−smokers, suggesting that smoking is a risk factor affecting through other
mechanisms than hematocrit elevation.
Hemorheological tests were done in 29 patients with transient global amnesia(TGA)and 20
age−matched patients with TIA. They included hematocrit, blood viscosity, red blood cell deformability
index(RBC・DI), and fibrinogen concentration. TKe TGA patients showed normal blood viscosity and decreased RBC−DI obtained at mid and high shear rates, suggesting that the disturbance of microcirculation by decreased erythrocyte deformability may lead to reversible ischemia in hipo・
campus. The TIA patients showed, however, increased blood viscosity and normal RBC・DI obtained at high shear rate, suggesting that the disturbance of blood circulatiQn in the arteriole phase may play a role in pathogenesis of TIA.
.緒 言
血液レオロジーは血液の血管内における流れと
血漿や血球成分との関連を扱う分野である.著
者1)は虚血性脳血管障害の病型と血液粘度につい
て検討し,内頚動脈系血栓症と一過性脳虚血発作
(TIA)とにおいて全血粘度とヘマトクリット値の
有意な上昇を認めたことを報告した.近時,喫煙は脳血管障害の危険因子であること
が疫学的に証明されつつある.喫煙は二次性多血
症を引き起こすと考えられている2)ことから血液
粘度にも関連する可能性がある.また,一過性全
健忘(TGA)は脳血管障害に由来する症例が多い
と考えられている3)∼8).しかし,動脈硬化を基盤と したTIAと同じとすることに反対する意見9)∼11) もあり,その発現機序については未だ定説がない.本研究の目的は喫煙の脳梗塞に及ぼす影響につ
いて,また,TIAとTGAとの相違について血液
レオロジー的観点から検討することにある.対象および方法
1.脳血栓症と患者対照
昭和58年1月より昭和62年12月までに当科に入
院した脳血栓症およびこれらと性別,年齢,危険
因子である高血圧および糖尿病の有無について条
件を一致させた脳血管障害以外の神経疾患症例を
患者対照群とし,1対1で抽出したところ28組が
得られた(表1).脳血栓症の内訳は,男性20例(平 均63±13歳,34∼86歳),女性8例(平均65±13歳,35∼83歳)であった.患者対照群も同じく男性20
例(平均63±13歳,34∼86歳),女性8例(平均65±13歳,35∼83歳)であった.患者対照の内訳は変
形性頚椎症12例,脊髄小脳変性症6例,パーキγ
ソン病3例,筋萎縮性側索硬化症3例,胸郭出口
症候群2例,筋緊張性頭痛2例であった.これら
について喫煙歴と入院時のヘマトクリヅト(Ht)
を検討した.一日の喫煙本数と喫煙年数の積が200
以上の者を喫煙者とした12).喫煙習慣の全くない者を非喫煙者とした.途中から禁煙した者は除外
した.脳血栓症の診断はNINCDSの診断基準13)
に従って臨床症状,CTスキャン,脳血管撮影所見
に基づぎ行った.推計学的検討は脳血栓症の発症と喫煙歴の有無
に関する独立性の検定と歯群間でHtの検定を
行った.検定はMcNemarの検定と分散分析によ
表1 Matched−pairs of cerebral thrombosis and patient control
Riskfactor Number Age串
Hypertension Diabetes mellitus
(一) (一) 18pairs 64±11
(+) (一) 8pairs 63±11
(一) (+) 1pair 49
(+) (+) 1pair 60
卓=Results are mean±SD.
表2 Transient global amnesia, transient ischemic attack and control
Number
Age* Transient global amnesiasransient ischemic attack
bonroI 29 Q0 R4 62±11 U0±12 T7±17
ホ:Results are mean±SD.
り行った.
2.TGAとTIA
当科においてTGAと診断された29例(男性18
例,女性11例,年齢34∼80歳,平均62歳)とTIA
と診断された20例(男性12例,女性8例,年齢
37∼80歳,平均60歳)について血液レオロジー的
に検討を加えた.対照は健常成人34例(男性16例,女性18例,年齢31∼81歳,平均57歳)である(表
2).TGAの診断はCaplanの診断基準14)を満た
すものとした.すなわち,①発作の出現が他者に
より目撃されている.②発作中の機能障害は繰り
返される質問と健忘に限られる.③他の重大な神
経学的徴候を示さない.④記憶消失は一過性で,
数時間から1日持続する.なお,てんかんや脳腫
瘍など原因疾患の明らかなものは除外した.TIA
の診断はNINCDSの診断基準13)に従った.
3.方法
検査は肘静脈よりヘパリン(5U/ml)加採1塾し
Ht,血液粘度,血漿フィブリノーゲンを測定した.血液粘度は東京計器社製円錐平板型粘度計を用い
て測定した.ずり速度は18.75,37.5,75,375sec−1 を採用した. また赤血球変形能を山口ら15)の方法により求めた.これは血液粘度とHtより計算によって赤血
球変形能を求める方法である.すなわち,正常者
群における全血粘度と血漿粘度の比(縦軸)とHt
(横軸)との間の回帰直線(1)を求めた(図).これにより全血粘度に及ぼす血漿粘度の影響を差し
引くことができると考えられる.次に,症例の全
血粘度に対する血漿粘度の比(B)と,その症例の
晋・yA
号 1 一640一hematocrlt
図 Red blood cell deformability index(RBC・DI)2。)
WBV/PV:ratio of whole blood viscosity tQ
plasma viscosity
2A−B
×100(%)
RBGDI=
Htと同一のHtにおける回帰直線上の比の値
(A)とを比較した.これにより全血粘度に対する
血漿粘度の比に及ぼすHtの影響を差し引くこと
ができる.したがって,回帰直線からの隔たり
(B−A)は全血粘度から血漿粘度とHtの影響を
差し引いたものとなり,赤血球変形能の低下分を
反映していると考えられる.Aを赤血球変形能
100%とし,これからB−Aを差し引いた値を変
形能指数とした.結 果
1.脳血栓症に及ぼす喫煙の影響
喫煙の有無により脳血栓症群と患者対照群を二
分し,Htを比較した(表3).男性ではHtは脳血
栓症群と対照群の喫煙者が各々42.5±3.0%,
40.2±47%,非喫煙者が各々43.5±4.0%,39.4±表3 Hematocrit value of cerebral thrombosis
and matched−control with or without smoking Patients Contro1 Male Smoker 42.5±3.0(15) 40.2±4.7(6) Non−smoker 43.5±4.0(5) 39.4±=4.7(14) Female Smoker 37.7±1.0(3) 43.3±2.4(2) Non−smoker 37.3±2.9(5) 36.7±3.8(6)
Results are mean±SD(number),
表4 1ncidence of smokers in cerebral thrombosis and rnatched.control Control Total Smoker Non−smoker Patients Smoker mon−smoker 62 12 @8 18 P0 TotaI 8 20 28
Results are paired−number.
Statistical signi且cance(McNemar):p<0.05. 4.7%であった.
これらの4群間の分散分析では有意差はみられ
なかった.女性では脳血栓症群と対照群の喫煙者
が各々37.7±1.0%,43.3±2.4%,非喫煙者が各々 37.3±2.9%,36.7±3.8%であり,やはりこれら 4群間には有意な差は認められなかった.しかし,この28組について喫煙者の比率を検定し以下の結
果を得た(表4).脳血栓症例に喫煙歴があり,対
照に喫煙歴がない不整合ペアは12対あり,反対に
脳血栓症例に喫煙歴がなく,対照に喫煙歴がある
不整合ペアは2対であった.従ってナッズ比は6
となり,これはMcNemarの検定よりκ2値は
5.79となり,脳血栓症と喫煙との間には推計学的
に有意(p<0.05)な相関を認め,脳血栓症には喫 煙老が対照に比し多いということができる.2.TGAとTIAの比較
1).血液粘度の比較血液粘度の結果を表5に示した.全血粘度は,
18.75sec−1においてTGA群, TIA群,対照群でそ れぞれ6.20±0.95,6.79±1.66,6.08±0.91cPで 各群間に有意差はなかった.75sec−1においてはそ れぞれ,4.65±0.54,4.88±0.92,4.40士0.45cPで,分散分析の結果,TIA群では対照群に比し有
意(p<0.05)に高値であった.375sec−1において はそれぞれ3.72±0.42,3.85±0.72,3.57±0.60cPで,有意差はなかった.血漿粘度はそれぞれ
1.37±0.09,L41±0.06,1.37±0.13cPで, TIA 群では対照群に比し有意(p<0.05)に高値であっ た.2)赤血球変形能指数の比較
赤血球変形能指数の結果を表6に示した.ずり
速度18.75sec一1において求められたデータでは
TGA群, TIA群,対照群はそれぞれ96.5±9.8%,表5 Blood viscosity in TGA, TIA and control
Shear rate(sec−1) 18.75 75 375 375(plasma)
TGA (29) sIA (20) bontro1 (34) 6,20±0.95 U.79±1.66 U.08±0。91 4。65±0.54 S.88±0,92* S.40±0.45] 3.72±0.09 R.85±0.72 R.57=ヒ0。60 1.37±0.09 P.41±0.06* k37±0.、3コ
Results are mean±SD(cP),
表6Red blood cell defo㎜ability index in TGA, T王Aand control Shear rate(sec−1) sGA (29) sIA (20) bontrol (34) 18.75 X6.5±9.8
F証節
75唐燕ラ
375 P::莚1:l199.7±18.0Results are mean±SD.
Statistical significance(analysis of variance):串(P<0.05),
91.8±9.4%,99.9±11.9%で,分散分析の結果,
対照群に比しTIA群が有意(p<0.05)に低値を
示した.ずり速度75sec−1においてはそれぞれ
92.2±7.1%,91.3±7.2%,99.0±8.2%で対照群に比しTGA群, TIA群共に有意(p<0.05)に低
毒を示した.また375sec−1においてはそれぞれ
95.1±5.6%,95.9±7.3%,99.7±:18.0%で,対照群に比しTGAが有意(p<0.05)に低値を示し
た(表6).3)血漿フィブリノーゲン値の比較
血漿フィブリノーゲン値はTGA群では332±
75mg/dl, TIA群では280±93mg/dlで,両者に有 意差はなかった.考 察
喫煙が脳梗塞の独立した危険因子であることは
Framingham studyをはじめとして近年数多く
報告されている16)∼19).今回の検討で高血圧と糖尿病という脳梗塞の二大危険因子を適合させても喫
煙は脳血栓症群に有意に多い比率で認められたこ
とより,やはり独立した危険因子として発症に何
らかの関連を有していると考えられた.しかし
Htは喫煙者群に有意に高いとは言えず,1
∼2%程度のHtの違いは血液粘度にはほとんど
影響しないのでこの点については喫煙の影響は無
視できると考えられた.つまり喫煙はヘマトク
リット値や血液粘度を介さずに作用する危険因子
であると推察された. 粘性とは液体の変形速度に対する抵抗であり,粘度とはその強さを表すものであると定義され
る,ずり応力とは流動する液体に接した面内に働
く接線力である.ずり速度とはずり応力によって
移動した液体の速度である.ずり速度は静脈相に
おいては遅く,毛細血管相においては速く,動脈
相においてはその中問であると言われている.
ニュートン流体においてはニュートンの粘性法則
によりずり応力とずり速度は比例する.すなわち
(ずり応力)=(粘度)×(ずり速度)と表される.粘度とはその比例定数である.血液
のよケな非ニュートン流体においてはこの比例関
係は成立せず,粘度は一定値ではなく条件により
変化するので見かけ粘度という.粘度の単位は
poise(dyn・sec/cm2)が用いられる.血液粘度を規定するもっとも重要な因子はHtとされてい
る20).Htに次いで血液粘度への影響が大きいとされているものは赤血球変形能や血漿粘度である.
血漿粘度を決定する因子はおもに血漿中の蛋白成
分,その内でも特にフィブリノーゲン21)やグロブ リンであり,そのほか脂質成分22)も影響を及ぼす.ずり速度が低い場合には赤血球凝集も起こり,血
液粘度を修飾するが,フィブリノーゲンはこの赤
血球凝集の際赤血球同士をつなぐ働きもする.
一方,アルブミンは赤血球表面に接触して膜表面
の荷電を中和し,赤血球同士の反発力を減弱させ,赤血球凝集を起こしやすくするといわれている。
血液は非ニュートン流体であり,ずり速度によ
り見かけの粘度は変化する.したがって,ずり速
度が異なると,求められた変形能指数も異なるこ
とがある.赤血球変形能を決定する要因は,①細
胞表面積に対する容積の比,②赤血球細胞膜の変
形能,③細胞内液の粘稠度,の3つといわれてい
る23)24).そして,高ずり速度における血液粘度は赤血球変形能,特に細胞内液の粘稠度を反映すると
いわれている.赤血球変形能指数は対照に比しTGA, TIAと
も二値を示したが,TGAでは中および高ずり速
度における粘度から求めた指数が低く,TIAでは
低および中ずり速度から求めた指数が前転であっ
た.したがって,TGAで高ずり速度において赤血
球変形能指数が低溶を示したことは毛細血管相に
おいて内部粘度の影響が強く現れて変形能の低下
を招き,その結果,微小循環障害が生じていると
推察される.TGAの発症機序は不明であるが,虚
血に対して脆弱性のある側頭葉,特に海馬の機能
低下がその要因の一つとされており,微小循環障
一642一表7HemorheolQgical comparison between
TGA and TIA
Shear rate uessel phase
Low
Mid HighVein Artery Capillary
Effective factor RBC≠№№窒?№≠狽奄盾 Intracellular @viscosity Viscosity TGA @ TIA Increased
RDI TGA
@ TIA Decreased Decreased cecreased DecreasedRDI;red blood cell deformability index.
2.一過性全健忘と一過性脳虚血発作の血液レ
オロジー上の違いについて検討した.TGAでは
低ずり速度より高ずり速度において赤血球変形能
指数が即値を示すことから海馬近傍の可逆的機能
障害に毛細血管相における血流障害が関与してい
る可能性が示唆された.これに対して,TIAでは
血液粘度の上昇により動脈ないし細動脈領域にお
ける循環障害が原野となっている’可能性が示唆さ れた.害がここに可逆的な機能障害を引き起こしている
可能性を示唆する.それに対して,TIAでは高ず
り速度より求められた変形能指数は低下していな
かったことから毛細血管相における赤血球変形能
の低下はTGA程には生じていないと考えられ
た.血液粘度はTIA群で75sec−1において有意に上
昇していた.これは動脈相において血流状態の悪
化を生じやすいことを示唆していると考えられ
た.一方,TGAでは上昇を認めなかった.
血液粘度と赤血球変形能の両者を合わせて考え
ると,TGAでは毛細血管相における赤血球変形
能の影響が大きく,TIAでは動脈相における血液
粘度の影響が大きいと考えられた(表7).すなわ
ちTGAは毛細血管レベルの血流障害により発症
し,TIAは動脈または細動脈レベルの血流障害に
より発症すると考えられる.TGAとTIAの臨床
的特徴を比較すると前者では再発や完成型脳卒中
への移行が後者に比し少なく,予後がよいという
報告9)ゆや,頚動脈硬化性病変が少ないという報
告11)もある.これらの病態の違いは血液レオロ
ジー上の相違を反映しているのではないかと考え
られた.結 語
1.虚血性脳血管障害の危険因子として注目さ
れている喫煙について疫学的,血液レオロジー的
に検討した.その結果,脳1血栓症では喫煙者が対
照に比し多いと考えられた.しかし,Htには有意
差は認められず,喫煙はHt以外の要因に作用し
て脳血栓発症に何らかの関連を有していると考え
られた. 稿を終えるにあたり,ご懇切な御指導,御校閲を賜 りました丸山勝一教授に心より感謝致します.まとめ の段階で御指導をいただきました竹宮敏子教授,御指 導および御助言をいただきました小林逸郎助教授,そ して,直接御指導をいただいた内山真一郎講師に深謝 申し上げます,文 献
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