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インスリン自己注射による作為的低血糖をくりかえした小児糖尿病の1例

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Academic year: 2021

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臨床報告 〔東女医大誌 第57巻 臨時増刊頁630∼634昭和62年7月〕

インスリン自己注射による作為的低血糖を

くりかえした小児糖尿病の1例

東京女子医科大学 イケヤ キ ヨ コ ハラ

池谷紀代子・原

マルヤマ

丸山

小児科学教室(主任:福山幸夫教授) ヒトシ イシワタ シヨウコ イシバシユンタロウ

仁*・石渡 昌子・石場俊太郎

ヒロシ フクヤマ ユキオ

博**・福山幸夫

(受付 昭和62年3月28日) はじめに 慢性疾患を持つこどもたちに,心理的問題が生 じやすいことは以前から言われてきたことである し,臨床的にもよく経験されることである.代表 的な慢性疾患である糖尿病,特に毎日のインスリ ン注射が必要なインスリン依存性糖尿病児も,心 理的問題によって適切な行動がとれず糖尿病のコ ントロールに乱れが生じてくることがある.今回 過量のインスリン注射を自ら意図的に行い,意識 障害,けいれん発作を含む低血糖状態を繰り返し ていた18歳女子例を経験したので,その心理的背 景の分析と我々の治療的対応を中心に報告する. 症 例 症例:18歳,女子. 主訴:低血糖発作,体重増加. 家族歴:糖尿病なし. 既往歴:特記すべきことなし. 現病歴:インスリン依存性糖尿病の発症は4歳 である.以後コントロール不良で入退院を繰り返 していた.8歳時東京女子医科大学小児科初診. 1ヵ月半入院した後,当科糖尿病外来にて経過を 観察されていたが,コントロールは相変わらず不 良で,低血糖によるけいれんや昏睡をおこしたこ とが数回あった. 公立の小,中学校より私立女子高校商業科へ進 学し,ブラスバンド部に所属した.学校行事のと き低血糖で倒れることが何度かあった.高校三年 の途中(昭和58年9月)から,指示された食事量 では空腹感が強く,食事の摂取量が増えて体重も 増加してきたため,昭和59年2月6日,東京女子 医科大学小児科へ入院となった. 入院活現症:身長147.5cm,体重55.5kg,肥満 度30.0%,胸腹部に異常所見なし.両側深部腱反 射軽度ないし中等度低下.眼底に軽度の糖尿病性 網膜症所見(Scott IIa)を認めた. 検査所見(表1):HbA1は共に上昇, CPRは低 値,インスリン抗体高値であった.また末梢神経 伝導速度は軽度遅延していた.脳波,知能検査を 含めた他の検査所見では異常を認めなかった. 入院後経過(図1):入院後患者は食欲低下を訴 えていたが,毎夜低血糖発作を起こし,夜間の補 食が必要であった.時に意識障害やけいれんもみ *現所属 国立精神・神経センター精神保健研究所 ** サ所属 松戸クリニック

Kiyoko IKEYA, Hitoshi HARA*, Syo皿ko ISHIWATA, Shuntaro ISHIBA, Hiroshi

MARUYAMA**, Yukio FUKUYAMA〔Department of Pediatrics(Director:Prof. Y, FUKUYAMA)

Tokyo Women’s Medical College,*:Institute of Mental Health, National Center of Neurology and Psychiatry, Chiba,**:Matsudo Clinic, Chiba(Director:Dr. H. MARUYAMA)〕:Acase of childhood

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59年 2月 6 10 20 3月1 10 20 4月1 10 20 5月1 10 入院 ↓ 謝 恩 会 卒 業 式 コ ン サ 1 ト 登 校→ 注射器発見 インスリン発見 サ 聾 食物を捨てる 低 血 鼎碁 幹 OO●00●●O●●●OOO●O 100r(単位) インスリン変更 φ・・ う6・ 指4・ 委・・ 0 ウ 尿 失 禁 寺 ◎ 寺

ooさ●● 乙 o o o ●oo●●o ●oo●●●乙・●乙・o・・oo益・・さ。●o益Q◎o●oooo芒ooo乙oo L( 血糖 40mg/dI 血中インスリン 566.4μU/mI 血中。−peptide Oμg/ml インスリン開始

・r・ンス革孟↓帳

インスリン中止 寺 ● 低血糖発作(要静注) 苫 痙攣を伴うもの O 低血糖発作(補食のみ) 図1 入院後の経過(その1) 表1 検査所見 検査所見:血液一般,生化学異常なし. HbA111.6%(5.5∼8,0) 血中Gpeptide O.3ng/m1以下(1.0∼3.5) 尿中C−peptide O.6ng/day インスリン抗体55%(7%未満) 未梢神経伝導速度: 正中神経30.8∼36.4m/sec(53.0±1.4) 尺骨神経42.3∼48.5m/sec(55.1±6.4) 前脛骨神経322∼35.9m/sec(50.1±9.3) 脳波正常 IQ=98 られ,補食できないためのブドウ糖の静注や点滴 を受けた.摂取カロリーに比べて,相対的にイン スリンが過剰になっているための低血糖と考え て,インスリンを徐々に減量していったが,低血 糖は改善されず,むしろ増悪傾向を示した.つい にインスリンを中止したが,中止期間中も連日ブ ドウ糖の静注が必要であった. 低血糖発作時の血中インスリン値が566.4μU/ mlと高く,血中CPRはOng/mlであったため,患 者が勝手にインスリンを注射して低血糖を起こし ていることが強く疑われた.また,種々の症状が 必ずしも血糖値と平行せず,血糖値が20mg/dlで も意識がはっきりしている時がある反面,50mg/ d1以上でもけいれんが生ずることがあること,ブ ドウ糖でなく生理食塩水を静注しただけでけいれ んが消失したこと,静注開始後にけいれんが生じ てきたり,周囲に人が大勢いるとけいれんが長く 続くことなどから,低血糖けいれんだけでなく, ヒステリー発作が混在していると思われた.昭和 59年4月14日,偶然インスリンのはいった注射器 が発見され,作為的低血糖症と確診された(図2). 病棟内の薬品管理を厳しくして,インスリンを 入手できないようにし,患者を二人部屋から五人 部屋に移して一人で注射しにくい環境をつくると 共に,主治医との定期的面接と不十分な部分を補 う意味で交換ノートを開始した.同時に,心理治 療士による本人および母親のカウンセリングを 行った.インスリンや注射器はその後も時々発見 されたが,注射しにくくなったためか,食物を捨 てたり,低カロリー食品を多量に食べるような異 常行動がみられた.しかし,「自分の気持ちがこと ばとしてつたえられる」ようになるにつれて,静 注を要するほどの低血糖は減少してきた.母親の 一631一

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59年 5月 15 20 6月1 10 20 7月1 10 20 8月1 10 食物を捨てる食物を捨てる大部屋へ移床 インスリン,注射器母親からの手紙 自分から希望して補食する 姻ル 冊 “ 妙 砂 発見 畢 脚 ノーカロリーの食物を食べる ノーカロリーの食物を食べる 畢 珊 聾 聾 蓋。。。。。。。。。。.。。。。_。。。。。。_。。。。。。。。。。。。。。δ。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 糖 イ1F: ξ。 落4・ 奎・・

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単位) 島→謬 考 ↓ 多 。 ●

:搬驚脚注)

O 低血糖発作(補食のみ) 図2 入院後の経過(その2) 面会頻度が増し,患者との間で手紙をやり取りは じめたところ,血糖コントロールに意欲がみられ るようになった.小児糖尿病サマーキャンプにボ ランティアとして参加し,低血糖を1回起こした が,おおむね良好なコントロールを示して,昭和 59年8月16日退院となった. その後:患者は退院後,自宅近くのスーパー マーケットでレジ係りのアルバイトを始めた.当 時の患者の希望は看護短大を受験することであっ た.しかし,母親をはじめ家人の反対で受験をあ きらめ,昭和60年4月より調理師学校に通うこと になった.この間1週間に2∼3回の低血糖発作 を認めていたが,比較的体調は良いと本人は報告 していた. 昭和60年8月9日,風邪症状をきっかけとして 低血糖発作が頻発し,救急外来より入院となった. この出来事は患者にとってショヅクであったよう で,入院期間中に,頭痛,調戯を主とする心気的 訴えがつづき,そのことを理由に一日中病室にこ もる生活であった.時に拒食,アスピリンの大量 服薬などの出来事があった.無気力,悲哀感心 気的訴え,不眠などに対して抗うつ剤(クロミプ ラミン)を使用した.通院しながら再度生活を立 て直したいとの本人からの申し出を受け入れ,昭 和60年11,月9日退院となった.尚この入院期間中 はインスリン自己注射による作為的低血糖は認め なかった. 現在までに三つの病院の看護助手あるいは事務 員として就職しているが,いずれも2∼3ヵ月で 退職しており,社会的適応状態は良好とは言えな い. 考 察 作為的低血糖は,あちこちの病院へ入退院を繰 り返し,虚偽の多い劇的な症状や生活史をのべる Munchausen症候群1)2)に含まれる.従って,この 症候群に特徴的な性格の歪み,特に未発達,未熟, ヒステリー的性格およびマゾヒスティックな傾向 を持ち,これに加えて,インスリンや経口血糖降 下剤に詳しい糖尿病患者3)∼6)や医療関係者4)で,若 い女性に多いと報告されている.日本では仲村に より13歳女性の糖尿病患者の報告がある7).我々 の症例も,若い女性の糖尿病患者であり,入院前 には,学校の旅行やクラブの合宿のときなど,特 別な行事のときに決まって低血糖発作を起こして 倒れていたこと,入院中の低血糖発作時,その症 状が必ずしも血糖値と平行せず,周囲に人が大勢 いる時に症状が強かったり,生理食塩水の静注で けいれんがおさまったりすることなどから,ヒス

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テリー的性格およびマゾヒスティックな傾向が疑 われた. インスリン自己注射による作為的低血糖の診断 は,以前は非常に困難であった鋤.近年ヒトC− peptideのradioimmunoassay値(CPR)の測定が 可能になり4)8),疑えば血糖値,血中インスリン値 との同時測定により,容易に診断されるように なってきた.C−peptideはインスリンの中間産物 であるが,外因性インスリンには含まれていない ので,CPR値はそのまま膵B細胞の機能すなわち インスリン分泌能を反映する.つまり低血糖時に 血中インスリン値が高値を示した場合,CPR値が 低ければインスリン分泌能は低く,従ってこのイ ンスリンは外因性インスリンと推測できる.逆に CPR値が高ければ内因性インスリンの増加,すな わちインスリノーマの疑いが強い.自発性低血糖 を示す疾患にインスリン自己免疫症候群がある が9)lo>,この患者もCPR高値を示す10).またイン スリン抗体も,一般にインスリン注射の既往があ ると生じるので,作為的低血糖の診断の参考にな るであろう(表2). 14年間の糖尿病歴は患者の性格形成に非常に大 ぎな影響を与えたと想像できる11)12).食事の規制 から慢性的な欲求不満になり,毎日の注射は自分 が病気であることを確認させる.合併症や将来の 生活への不安も徐々に大きくなっていくであろ う.一般に糖尿病児の両親は,児童期までは過保 護,過干渉であるという印象がある.本例も,始 めは母親が常にインスリンを注射していて,過保 護的に接していたようだが,最近はむしろ放任的 で,無関心ともとれる状態であった.しかし,患 老は18歳でありながら精神的にはなお未熟で母親 に依存する気持ちがかなり強く残っていた.これ ら種々の要因が複雑に絡み合い,患者本来の性格 を修飾して,ヒステリー性格とマゾヒスティック な傾向を生じたと考える(図3). 間近にクラブの定期演奏会や卒業式をひかえて の入院は,患者にとっては不本意なものであった らしい.勝手にインスリンを注射しはじめた結果, 入院が長引き,高校卒業後に通い始めた調理師学 校も病院からにならざるを得ず,またなじめない 表2 インスリン乱用による作為的低血糖 の診断 1.低血糖 2.高インスリン血症 3.血中,尿中C−peptide低値 参考:インスリン抗体陽性 インスリン,注射器などの発見 両親の療育態度 糖尿病による情緒障害 直接誘因 ・食事制約への不満 E合併症に対する恐怖・将来への不安・注射に対する慣れ Eその他 (マゾ?) ・入院の i・目標の・学校へ 性 格 iヒステリー) 作為的低血糖 ヒステリー発作 現在の病態 図3 病態発症の機序 入院のストレス 学校への不適応 ことを理由に休学してしまった.家が遠く,年齢 も18歳であるという理由で,家族の面会もほとん どなかった.いままでの励みであったクラブとい う目標を失い,新しい環境になじめず,家族は無 関心である,と言う状況が直接の誘因となって, 患者は病気の中に逃げ込み,インスリン注射を続 けていたのではないだろうか. しかし,一方では,患者にとってこの入院は糖 尿病児から糖尿病をかかえながら生活する成人へ の転機になったようである.担当医と担当の心理 治療量を中心にした医療側の治療方針は,患者の 行為を非難したり,インスリン注射を強制的にや めさせるものではなかった.な:によりも患者自身 の自律と自覚をうながすことであった.この方針 によって,結果的に,本人の成長と手離れをもた らせたと著者らは確信している. 内心の欲求を言語化できるようになり,母親と の関係が改善され,看護婦になりたいという新し い目標を見い出し,作為的低血糖は消失した. 結 語 インスリン自己注射による作為的低血糖の18歳 女子インスリン依存性糖尿病例を経験した.生来 の性格に長期にわたる糖尿病による二次的な情緒 障害が加わり,種々のストレスが重なって,特異 一633一

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な症状を呈したものと考えた.これらのストレス を除去することで症状は消失し,糖尿病のコント ロールも改善された. 本論文を東京女子医科大学小児科学教室教授在任 20周年を記念して,恩師福山幸夫先生に捧げます.尚 本論文の要旨は第3回日本小児心身医学研究会にて 発表した. 文 献

1)Asher R:MUnchausen’s syndrome. Lancet

1 :339−341, 1951

2)保崎秀夫:MUnchhausen症候群.臨床精神医学

14:553−556, 1985

3)Bruni B, Bossi L, Tonso F:Ipoglicemia fatt−

izia da to sicofilia insulinica in diabetico in・

sulino・dipendente. Min Med 65:3190−3196,

1974

4)Scarllet JA, Mako ME, Rubenstein AH et al: Factitious hypoglycemia, Diagnosis by mea− surement of serum C−peptide immunoactivity and insulin−binding antibodies. New Engl J

Med 297:1029−1032,1977

5)Berkowitz S, Parrisb JE, Ficld JB: Facti・ tious hypoglycemia, Why not diagnose before

laparotomy P Am J Med 51:669−674,1971

6)Whelton MJ, Samels E, Williams HS et al:

Factitious hypoglycemia in diabetic:Meta−

bolic studies and diagnosis with radioactive isotopes. Metabolism 17:923−927,1968

7)仲村吉弘,飯田英紀,尾前輝雄:13歳小児糖尿病 女児にみられたFactitious Hypoglycemia.糖尿

病21:1095,1978

8)Mayefsky JH, Sarnaik AP, Postellon DC:

Factitious hypoglycemia. Pediatrics 69:804

−805, 1982 9)平田幸正,石津 注,大内伸夫ほか:インスリン 自己免疫を示した自発性低血糖の1例.糖尿病 13:312−320, 1970 10)平田幸正:インスリン自己免疫症候群.糖尿病 18:547−550, 1975 11)田喚尚子,井出幸子,南 信明ほか:若年発症糖 尿病の精神的側面一特に血糖自己管理症例につい て一.糖尿病 25:1191−1191,1982 12)岡田泰二,宮井陽一郎,大藤 真:心理的ならび に代謝的不安定を伴った青年糖尿病へのアプロー チ.糖尿病 25:83}836,1982

参照

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