文学的美意識と「日本」 : 川端康成と三島由紀夫(
四)
著者名(日)
瀧田 夏樹
雑誌名
井上円了センター年報
号
8
ページ
169-196
発行年
1999-07-20
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00002696/
文学的美意識と﹁日本﹂
川端康成と三島由紀夫︵四︶瀧田夏樹§§さ
︵十﹂二︶ ﹁千羽鶴﹂ ﹃雪国﹄とともに、一九六八年度ノーベル文学賞受賞対象作品となったこの小説は、川端文学の美意識を語る に最もふさわしいものであるようにも見える。何よりも、清楚な優美さをもつ大柄の鳥たちの飛翔が、さまざま な地の色彩から鮮やかに浮かび上がって様式化された、いかにも日本文化のなかの豊かな自然を象徴するイメー ジが圧倒的である。スウェーデン・アカデミーから授与された賞状の片面は、赤い地に群れ飛ぶ千羽鶴のデザイ ンをあしらって美しい。しかしこの鮮やかな美的印象は、作品の内容ととうてい一致せず、むしろそうした洗練 味とは裏腹な内容である。それは何故だろう。 ﹁千羽鶴﹂は、作品の登場人物の一人である稲村ゆき子が、鎌倉円覚寺の茶の湯にたまたま持参した風呂敷の 図柄で、履いてきた足袋を包むのにも使っている。・王人公の三谷菊治が、初対面のゆき子を、﹁桃色のちりめん に白の千羽鶴の風呂敷をもつた﹂美しい令嬢として記憶したのが最初だったが、その印象がいつまでも消えない で続くほどに、二人の接触はいわば淡い。菊治にとってゆき子は、夢のなかを飛ぶ鶴のように、遠い憧れの対象 ではあっても、﹁永遠に彼方の人﹂として固定されており、別の人物たちと菊治の間に展開される愛や死とは、 169 文学的美意識とrB本1︵少なくとも本作品においては︶異なる次元の人である。 その茶席で、菊治にお見合いの対象として紹介されながら、それ以上には近づけられぬ筋の設定から、ゆき子 が菊治にとって逆に遠く位置づけられていることがわかる。物語は、このゆき子とは反対方向に、相当に早いピ ッチで流れていく。その茶会の席で、亡父の死後会うことのなかった、父の茶人仲間、亡父の愛人だった太田夫 人に出会い、誘われて肉体関係に入るのはその帰り道、円覚寺の向こう側の丘の旅館であった。醜悪とも反モラ ルともいえる行為だが、彼が隠微に絡めとられている糸の存在が感じられる。事態はまるで夢のなかでの出来事 のように、﹁自然﹂に行なわれ、ついぞ﹁道徳の影などはささなかつた﹂とある。だがその自然さにそぐわず、 太田夫人は、ゆき子を菊治と結び合わせようとしていた、その茶会の主催者、栗本ちか子の警告の電話を受ける と、おびえて自殺してしまう。この﹁栗本ちか子﹂という、主人公には徹底的にきらわれ、うとまれているお節 介な遣手婆的人物と描写は、他のどの人物ともちがう﹁生ぐささ﹂︵三島由紀夫︶をそなえて、ほとんど一手に、 作品の負の価値を托されているように見える。 その醜さと不潔さの印象は、時折主人公の目交に思い浮べられる﹁千羽鶴﹂の新鮮な印象とは異なり、いわば 作品の肉体から来るもので、読者にも先ず、反射的に嫌悪感を誘うその肉体の特徴が紹介される。それは、父の 愛人であった頃、八、九歳の菊治が偶然目撃した、乳房のうえの黒紫のあざで、そのあざに生えた毛を、小さな はさみで切っている場面だった。父一人の訪問だと思って、つい襟をあわせ損なったのだが、その後間もなく、 菊治の母には、﹁胸にあざがあるために結婚しな﹂かった事実を打ち明け、同情を引きながら、父との愛人関係 が子供の菊治をとおして伝わらぬような、小細工を弄した。
その父を失い、母もなくした今、菊治の周囲には、残された茶室と相当高価な茶器を含む、﹁茶﹂の雰囲気は 漂い残っているものの、菊治自身に茶道を継ぐ気はない。茶道は、彼にとって、過ぎ去ったものにしたい生活環 境であり、それ以外のものではなかった。父に連れられてそういう世界になじんだ菊治からすれば、欺かれたま ま死んでしまった母に対する義憤もあった。だが、この息子に父の不道徳を強く責める態度はなく、父母の家に 勝手知った態度で上がり込まれても、ちか子へは、反感は持ちながらも決定的なことが言えず、まして﹁過去﹂ とのつながりを切って、新しい生活に踏み込む自覚もないことが、あらわになって行く。その初めが、亡父の愛 人と交わるという無自覚な行為につながるのだが、妖婦の手管というべきか、菊治は、男女のこの上ない甘美さ を同時に知ったのである。 日ならずして、菊治が、太田夫人を呼び出す電話をかけ、彼女もうれしそうに応じたにもかかわらず、約束の 喫茶店に来なかったのは、それを知った娘の文子が、抱きついて止めるという抵抗があったからである。そのこ とを詫びに、茶会から半月ほど後に令嬢自身が菊治を自宅に訪ねてくる。彼女は茶会の日にも母と一緒に円覚寺 まで来ていながら、母が﹁だめな人﹂ではあるが﹁悪い人﹂ではないことを菊治にも知ってもらいたかったとい う理由で、つい菊治と行動させてしまったことを悔いる。﹁愛人﹂の娘として、当然、菊治などよりはるかに具 体的に自分の母と菊治の父の関係を知り、その過去の意味を認識する娘として、その息子にまで堕落を及ぼすこ とをはばかっての行動だった。母のこのデカダンスが、無垢な稲村ゆき子と菊治との﹁結婚﹂という、大切な出 発を妨げていることを知った以上は、なおさらであった。 しかし余り丈夫でない夫人は、衰弱し切った体で、菊治を訪ねて来る。そして菊治は、別の世界に誘い込まれ るように、二度目の交渉を行なってしまう。雨の降る日で、文子がつい油断して目を放したすきをついてのこと 171 文学的美意識と[ll49」
であった。父と自分の区別さえつかなくなっているのではないかという不安がきざした程、太田夫人の行為は、 ﹁人間﹂の規範を脱して見えた。その夜、彼女は自宅で服薬自殺を遂げる。﹁愛﹂との関連でいえば、菊治が愛と いえる感情を夫人に対して抱いたのは、ようやくその死後であった、と書かれている。 茶道との関連でいっても、菊治が茶器の感覚に真に目覚めたきっかけは、この夫人との死別であったといえよ う。夫人の一七日︵ひとなぬか︶に太田家を訪ね、文子から形見にと持たされた、志野の水指しに触れると、動 悸がしそうだった。死んだ人の肌ざわりがよみがえった。母の死後、もとの家をさっさと引き払った文子の、引 っ越し先を探りあて、電話で呼び出したが、その口実が、﹁あれを見てゐると、お会ひしたくなる﹂というもの であり、それが、もう一個の志野、夫人の愛用していた湯呑み茶碗を呼び出すのである。 菊治の心は、太田文子に傾斜し、この日また出向いて来たちか子に、稲村ゆき子との話を断るむねを告げる が、ちか子は、太田夫人が死んで邪魔し、娘を菊治に添わせたいのだろうと先走ったことを口走る。そうこうす るうちに、呼び出しを受けた文子が到着するが、元来同席しづらい、それぞれ異なる動機を持ったこの三人が、 茶室を中心に交わした対話やその場の動作の描写は、まぎれもなく茶の湯として成立しており、はらはらさせる ような社交の場の緊張感は、この作品でも白眉だといえる。なかでも、つらい立場そのものの文子が、かえって あらゆる状況や立場を超越したように、自然な平静を保って動揺を見せなかった態度は、菊治自身の想像をも超 える非現実的な成り行きであったが、亡き母の志野の水指しを使った茶席におり、母愛用の志野の湯呑みを菊治 に持参した文子自身が、すでに現実とは別の世界の時間に身を任せていたのだともいえる。 この会話のなかでも、菊治は、お茶会の﹁贋物﹂ぶりを皮肉り、自分は﹁お茶とは縁切りだ﹂と文子には語
り、ちか子には、﹁稲村さんには、はつきりおことわりしといて下さい﹂と宣言している。それは、栗本ちか子 の息のかかったものの全面的拒絶という意味の強い表現であり、心の底には、現状脱出への感情の渦が見える。 だが、ちか子にとって、それは強がり以上のものには聞こえず、﹁じやうだん﹂としか受けとめられない。ちか 子は、半ばやけのような現状混乱の手を使い、一挙にこの物語を終局にむかわせる。彼女は、この作品の狂言回 しの役目をも果たしている。 夏も過ぎようとする頃、ぼんやりと縁側に寝そべって、女中の買ってきた蛍篭を眺めている宵に、ちか子がや って来て、文子もゆき子も結婚してしまったと、菊治の胸にこたえるニュースをもたらす。ちか子は同時に、京 都の家元で茶道具屋の﹁大泉﹂に会い、三谷家で道具を始末するような時には、扱わせてほしいという伝言をも らって来ていることも報告した。菊治の家の茶器のことは、ちか子の方が詳しいのだ。だが、信じ難い文子の結 婚の話は、やはり真っ赤な嘘であったことはその後すぐ判明する。 切手を貼らずに出してしまった手紙のことで、東京駅の公衆電話から、文子が事務所の菊治に掛けて来て、菊 治が結婚を祝福すると、話がちぐはぐで、彼女の結婚がどうやら、根も葉もないことであることがわかったが、 同時に、電話ではどうにもならない話しとわかり、文子が直接菊治の家に寄ることになる。彼女にも、栗本ちか 子のその嘘が理解出来ない。また、二人には真相はつかめないながら、稲村ゆき子の方の結婚の話は、文子がそ れを聞くなり、﹁それも、きつと嘘ですわ。﹂と言ってのけた程、暑い盛りの季節では、ありそうにない話であっ た。自分の立場については、苦しみ、悲しみで結婚どころではない心境が、改めて菊治に伝えられた。しかし、 このちか子の﹁嘘﹂ないし﹁ひどいいたづら﹂が、結果として、文子の将来を大きく変えることになる。 173 文学的美意識と「日本」
手紙というのは、先日来訪の折り、母が愛用していた湯呑みを菊治にもらってもらうつもりで持参し、その茶 碗があらゆる存在感で、死んだ人の記憶を呼び覚ますものであったため、正式に頂くという菊治の返事もないま ま、菊治の家に置いて来てしまった志野に関するものだったらしい。文子は、﹁つまらないものをさし上げた﹂ というわびを書いたのだと言うが、聞いてみると、その結論は、あれは割って捨ててほしいという一途なものだ ったことがわかった。もともと、三、四百年前の古い窯で、古人が大事に伝え、大勢の人が口をつけ、そうした 色の染みついた高価な作品、そして何より、口の一所の汚れには、太田夫人の愛用の跡もあると思われた。文子 に見せられた時、菊治は胸があやしくなり、﹁吐きさうな不潔と、よろめくやうな誘惑とを、同時に感じた﹂程 である。またそこには、夫人を愛した菊治の亡父の面影もそって見えた。すでに遺品としてもらった志野の水指 しのような名品にはない、官能的な生々しさがある。これを割れと、文子は言うのだ。 母の死後の文子の、思い切った行動の理由を見事に言い表わした言葉がある。それは、 ﹁死は私たちの足もとにありますわ。こはいわ。自分の足もとにも死があるのに、 かまつてゐてはいけないと思つて、私もいろいろしましたの﹂ いつまでも母の死につ というもので、過去の呪縛を恐れる聡明な現実感覚が、菊治に向かって言わせた告白である。 ると、それは、菊治から発する過去の力への、ほとんど最後の抵抗のような響きがある。 だが後から振り返 太田夫人愛用の志野は、小服︵こぶく︶の筒茶碗で、旅行に持って出る人もいたであろう。菊治の父もそうい
う筒形のを持っていたという菊治の記憶から、なかば忘れられた旅の茶箱のなかから、やはり小服の唐津を捜し 出し、志野と並べてみると、菊治の父、文子の母の心のように見えた。魂の姿とも思われた。文子の、先の述懐 は、この場面で言われたのだが、亡き人らの茶碗を間にして向かい合っている若い二人の、﹁この世にゐないや うな﹂時間のなかからの、それは、あたかも水中からもがき上がった最後の叫びのようにも聞こえる。 この志野を割る名残の一服にと、小さな茶発を使って文子が、先ずやや大柄の唐津の筒茶碗に茶を注ぎ、菊治 にすすめ、次に母の志野に茶第を使おうとして小さすぎ、手を止めたなりこわばってしまう。﹁お母さまが立て させません﹂という悲痛な言葉に応じて、菊治が立ち上がり、呪縛された人を助けるようなそぶりで、文子にい どみかかっていく。今は、菊治自身が、母と娘の区別がなくなり、毒を呑みほすわけだが、事の主演者でありな がら、儀式をとり行なう一人物のように、それは自然に行なわれた。その瞬間、文子が自分にとって絶対的なも のになり、﹁長いあひだの暗く醜い幕の外に﹂出られたと、菊治は信じた。事のあと文子は、﹁消えるやうに茶室 を出﹂たが、菊治に気がつかれることなく、母の湯呑みは、茶室の庭先の手水鉢に打ち割られていた。 翌朝、自分の未来がこんな形で開けたことに、むしろすがすがしい気持ちで、文子が勤め始めた店に電話をか けてみると、出ていず、午後も出勤していなかった。住所を聞いて、会社の帰りに、上野の間借り先を訪ねてみ たが、子供から、﹁今朝、お友だちと旅行に﹂出たという、要領を得ない答えが返って来ただけであった。菊治 の背に冷たい汗が流れ、﹁死﹂ということが足をしびれさせた。物語は、菊治の二つの独りごとが象徴する謎に 包まれて突然断ち切られる。 ﹁死ぬはずはない。﹂ 175 文学的美意識t「日本
﹁栗本一人を生き残らせて⋮⋮。﹂ ︵十四︶ ﹁波千鳥﹂ 小説の読者にとって、最も気になる疑問は、文子の生死以上に、﹁千羽鶴﹂の行方である。三島由紀夫のいう ように、コ種の古典的技巧﹂︵﹁日本の文学川端康成集﹂解説︶として、たしかに、高度の象徴的機能が要求さ れている表題ではあるが、それを認めるにしても、特に物語の後半での出来事の展開は、ほとんど﹁千羽鶴﹂と の関連を顧慮しない一方的なものであった。ちか子の﹁嘘﹂以降の筋が余りに未決定で、それが補われぬ限り、 少なくとも表題の﹁千羽鶴﹂は、何かの象徴として受けとめにくいのである。続編があるとすれば、この要求か ら書かれているはずだが、その欠けた部分を補う完成度を、その﹁続編﹂が備えることが、果たして可能なの か。とまれその続編が﹁波千鳥﹂である。 昭和二十八年四月から連載が始まった﹁波千鳥﹂は、副題に﹁続千羽鶴﹂とあるように、筋の設定から人物に いたるまで、文字通り前作を引き継ぐ意図で書かれており、取材も二度にわたる九州旅行による本格的なもので あった。だがその取材ノートを、執筆中の東京の旅館で鞄ごと盗まれるという信じ難い不運にあって、この作品 は、そういう外的理由による中断に追い込まれたという。未完結作として、読まれる機会も少なく、現行の﹁千 羽鶴﹂を完結されたものとして読む必要を、一層強める結果となっているが、著者の﹁千羽鶴﹂構想をわかりに くくさせる事情もここにある。﹃千羽鶴﹄第一章の表題﹁千羽鶴﹂も、著者が相当迷った末に命名されたと報告 されており︵﹃川端康成全集第十二巻 ﹁改題﹂︶、この続編のもつ意味は無視できないのである。
だが読者が冒頭で、あっと驚かされるのは、どうやらこれが、菊治の新婚物語であるということであり、新婦 がほかならぬ﹁ゆき子﹂である点である。物語は、新婚旅行の旅館到着から始まる。場所は﹁熱海ホテル﹂。そ してその十行目には、 ﹁お茶室をお取りしてございます。栗本先生から、お電話をいただきまして。﹂ という番頭のあいさつがあり、﹁千羽鶴﹂のあの状況がまともに引き継がれている事情を知らされる。さらに不 思議なのは、菊治がこの栗本の先回りにひどくショックを受けている様子で、今の今まで、この結婚に﹁ちか子 の手﹂を少しも感じて来なかったらしいことである。一方ゆき子は、番頭のそんな言葉など少しも気にかけてい ない風なのだ。 ちか子の指示で用意された﹁茶室﹂のなかで、菊治は、自分の動転のわけを打ち明けるが、ゆき子はさして驚 かず、﹁お師匠さん﹂が別の話を持って稲村家を訪れ、ゆき子の父をひどく怒らせたこと、すると負けずに、﹁太 田さんの奥さん﹂のことをばらすという挙に出たことを、初めてもらした。いわばゆき子は、そのような衝撃を 乗り越えて、菊治との結婚を心に決めた花嫁だった。その頃菊治は、九州の竹田から文子の長い手紙をもらい、 文子の亡き父の故郷であるという竹田にも赴いて、彼女を空しく探していた。彼女の手紙は、母や自分を忘れて 稲村ゆき子と結婚するように訴えたもので、結局これが菊治を結婚に動かした直接の動機であることがわかる。 ﹁永遠に彼方の人が、ゆき子と文子と入れ交はつたかのやうだ﹂というのが菊治の思いだった。﹁永遠に彼方の人 など、この世にはないのだらうし、そんな言葉をみだりに使ふべきではないのだらう﹂ 177 文学的美意識とr日本j
非常に理のとおった話であり、自覚を欠いた菊治がいかにも辿り着きそうな結論ではあるが、﹃千羽鶴﹄の、 張り詰めた緊張のなかで支えられていた鮮やかな象徴性は、ここで跡形もなく消える思いを否定出来ないのだ。 長編を終わらせるために、﹁葉子﹂という貴重な象徴的照準を、あっさり火中に投じた﹃雪国﹄の場合に似た喪 失感がある。したがって、ゆき子に対しては、もはや﹁千羽鶴﹂の象徴力を付与するわけにはいかなくなる。彼 女は、新婚旅行に、自分で染めたという嬬神を持参していた。旅行カバンを置いた三畳間で着物をたたんでいた 折りに、その裾の部分だけが菊治のいる部屋から望まれた。見れば、千鳥である。﹁冬の鳥だから﹂とゆき子が 言うと、﹁波千鳥だな﹂と菊治は応じてしまう。そして、そんな柄の名はないので、すぐゆき子に、﹁波に千鳥で すわ﹂と言い換えられる。つまり﹁波千鳥﹂とは、﹁千羽鶴﹂の喪失感が言わせた、実在しない名称なのだ。 ゆき子は、何一つこだわりを持たぬ、美しく素直な花嫁であるのに対し、あの﹁永遠に彼方の人だ﹂としか思 えなかった女性を妻として迎えた現在、菊治は﹁ありがたい﹂と心から思いながら、幸福ではなかった。菊治を したっているゆき子に、しかるべく応えてやれないのだ。彼を呪縛するものは、もちろん過去の一切であり、こ こへ来てわかったのだが、何一つ清算されてはいなかった。 初夜も次の日もそうであった。菊治を妨げているものがあり、ゆき子のあらゆる誘いに応じてやれず、親しみ ながらも、相手の失望が数時間先に迫っているのではないか、と恐れた。﹁自分のなにかが麻痺してゐる﹂のだ。 三日目、宿が﹁川奈ホテル﹂に移っても、情況の変わりようはなかった。沖でアメリカの軍艦の砲撃演習が不気 味に響く深夜、自分で作ったという、かわいい元禄袖のような、初々しい寝巻をまとったゆき子を腕にかかえな がら、菊治は、貫くような悲しみに襲われ、相手を深く失望させる事実を告白した。
﹁僕はね、 るさない。﹂ 不具ぢやないよ。不具ぢやない。しかしね、僕の汚辱と背徳の記憶、そいつが、まだ、僕をゆ しかし、ともかく菊治とゆき子の結婚生活はこうして始まった。 次章﹁旅の別離﹂は、一年半前に文子が九州から書いた数通の手紙の、異様に長い引用である。これを焼いて しまおうと、もう一度読み返している設定である。菊治と別れた日から三月ほど、文子は、女友達の家に身をか くしていたが、元気になり、菊治からはっきりと別れるために、父の﹁古里﹂である大分に旅立ち、その旅の 先々から書き綴った手紙だが、一種の道行文であって、その引用はやや﹁くどい﹂感じも残る。菊治が、独りで これを焼き、煙に顔をそむけていると、﹁御旅行はいかがでした﹂と、メフィストさながら、新居の廊下に上が り込んだ栗本ちか子が声をかける、その出現が無類に不気味だ。 ﹁小説新潮﹂昭和二十八年四月号から二十九年七月号まで、断続的に八章を発表したもののうち、最後の二章 が削除されて、現行の﹁波千鳥﹂になっている。そこまでの筋で残る重要なものが二つある。一つは、文子の手 紙で言及されていたもう一つの茶器、もと太田氏所蔵で菊治の父に譲られ、さらに父からちか子に渡った織部に 関する挿話である。円覚寺茶会の席で、師匠のちか子がゆき子に、この因縁の茶碗を選んで、菊治のために点前 をさせた。過去一切を知らぬ新人のゆき子は、みずみずしい手際で、見事に役を果たしたのだが、その席で、思 いがけず太田未亡人も所望して、亡夫旧蔵の、黒に早わらびのその織部でゆき子に点前してもらい、元は自家所 179 文学的美意識と「日本1
蔵のその茶碗をほめた。菊治の父とのことで、終始ちか子に嫉妬されいじめ抜かれて来た母子にとって、それは 本来、耐え難い成り行きだった。 母を奪われた文子にとって、あの茶碗もまた、罪の因縁の深いものとして、清算されねばならないものだっ た。菊治の裁量で、出来れば遠ざけてほしい、と書いてあった。そこで菊治は、久しぶりにご機嫌うかがいに現 われたちか子に、あからさまな嫌味を吐き続けた挙げ句、いきなりあれを譲ってほしいと高飛車に要求して、ち か子を鼻白ませる。しばらくして、﹁お祝い﹂としてちか子が持参したその織部は、菊治の手で、志野の水指し とともに道具屋に高額で売られ、その大金の半額がちか子に届けられた。だがちか子は早速、その金は受け取れ ぬ、それなら、道具屋から買いもどします、とまで言い張った。 もう一つの筋は、﹁新家庭﹂の章名に現われている、この夫婦の幸福についての詮索に関する。﹁接吻﹂と﹁抱 擁﹂だけで愛の充足があり得るのかどうか。だがゆき子には、それが、菊治の気に病むほどには不自然でなく、 十分新しい驚異であり、充足であるらしいといった考察。ゆき子はゆき子なりに、気は使っているので、里の者 をしばらく家に寄せつけなかったりはしたが、それも深刻な事態にはならず、こだわらぬ、おだやかで純粋な性 格が、菊治の、とかく過去へ走ろうとする病的な思考を、日常の時間に次第に引き戻してくれるようである。ゆ き子は、ささやかながら﹁株﹂をやっていたり、高価な茶碗の﹁過去﹂にこだわって、始末しなければと気をも む、﹁茶人﹂の潔癖などからは程遠い、いたって健康で現実的な一面もそなえた、現代子でもあった。菊治の知 らぬうちに、近隣との付き合いも好もしい具合に始まっており、新家庭はすでに出発しているらしいのだ。
最終的に削除された二つの章にもこの二つの筋はそのままつながっていることが確かめられる。全集第二十二 巻に収録されているその﹁春の目﹂﹁妻の思ひ﹂の章は、この物語の納まる方向についても、大いに示唆的で、 本質的にこの作品が、ほぼ完結していたことがうかがえる。先ず第一の﹁織部﹂に関しては、これを買い戻した ちか子がそれを届けに現われ、菊治にひどく冷たくあしらわれ、折から訪ねて来ていたゆき子の母に、新婦にお 茶の心がもどるまでの間といって、あずけて行く。︵﹁春の目﹂︶それから間もなく、栗本ちか子が倒れたと、菊 治の留守中に報せがあり、あれ以来菊治の家に置きっ放しになっていた織部は、気をきかせたゆき子の手で、そ の報せを持ってきた女にことづけて返された。見舞いにも行かずにいると、回復したというちか子の礼状が一旦 届くが、五月の半ば、ちか子は心臓麻痺で、みとる者もなく亡くなっていた。︵﹁妻の思ひ﹂︶ 第二の、夫婦の問題では、ゆき子のなかに入ってゆけない菊治が、ゆき子のあらゆる心身の反応を外から観察 し、しきりにあせりを感じている様子が紹介される。︵﹁春の目﹂︶ゆき子から、自分は不幸ではない、とはっき り言われたり、また幸不幸などどうでもいい言葉ではないか、となだめられる。さらには、さり気なく精神的不 能について老歯科医に相談をかけ、その症状がごくありきたりのもので、そのうち治るものだという答えを得て 気が軽くなるといった日々で、菊治の緊張が次第にほぐれていく次第が描かれている。ゆき子との接触も少しず つ密になり、なじんでいき、月日が流れる。︵﹁妻の思ひ﹂︶ 所で、ここまで一般化され、緊張を解かれた男女には、もはや小説としての弾力や展開を維持することは無理 なのであり、特に﹁ちか子﹂の急死は、ただちに、﹃千羽鶴﹄から引き続く小説力学の中心を失わせる事件とい え、それは小説の終わりをも意味していた。この不可思議な中断、未完成のあり方を含め、﹃千羽鶴﹄と﹁波千 181 文学的美意識と「日本」
鳥﹂の関係は、同じ著者、同じ設定による、全く違った作品性の創出として興味深い。 しい日本の私﹂で川端康成は、﹃千羽鶴﹄に触れてごく短く、 ノーベル賞受賞講演﹁美 ⋮⋮日本の茶の心と形の美しさを書いたと読まれるのは誤りで、 と警めを向けた、むしろ否定の作品なのです。 今の世間に俗悪となつた茶、それに疑ひ と述べているが、主体性のないヒーローを、文子とゆき子という二人の女性が、それぞれに傷を負いながら、 ﹁茶道﹂という名の汚染地帯から救い出そうとする形は、むしろ﹁波千鳥﹂を待って十二分に説明されており、 無自覚な菊治への懲罰の意図も、ここで初めて明らかになっている。著者のいう﹁否定の作品﹂とは、決して誇 張した言い方ではないのであり、﹁茶﹂が文字どおり全面的に否定されているのも、﹁波千鳥﹂での強い方向性と いってよい。そしてこの道を代表する人物が、茶や茶器に通じ、これを渡世と社交の具としてしたたかに立ち回 る、旧世代生き残りの女師匠であってみれば、この人物の醜悪さは、そのまま、旧来の﹁茶道﹂に対する著者の 憤りの表れととって誤りではあるまい。﹁警め﹂と、著者は言う。著者の関心は、過去に呪縛される、戦後の若 い世代に向けられているところが大きいと思われる。 ここに、川端康成の思う﹁茶﹂が、﹁西行の和歌における、宗舐の連歌における、雪舟の絵における、利休が 茶における、その貫道するものは一つなり﹂と芭蕉の説いた、あの日本文化の原点の美を基準とした厳しいもの であり、その遠い理想が、温かく清らかな﹁千羽鶴﹂で象徴されたものであることが確認される。そして敗戦 を、真の悲しみで迎えた著者が、﹁﹃かなしみ﹄とは、美といふのに通ふ言葉だ﹂︵﹁ほろびぬ美﹂︶と書き、﹁横光
君 僕は日本の山河を魂として君の後を生きてゆく﹂ ることを、われわれに知らしめるのである。 (「 「辞﹂︶と呼び掛けたことの、具体的な一例がここにあ ︵十五︶ ﹁みつうみ﹂と﹁眠れる美女﹂ ﹁みつうみ﹂は、﹃山の音﹄が完成の形で刊行された昭和二十九年、一年間﹁新潮﹂誌上に連載され、﹁眠れる 美女﹂は、日本ペンクラブ会長としての活動が実り、海外での川端康成評価も高まった昭和三十五年から三十六 年にかけて、同じ雑誌に連載された作品である。ともに、川端文学のデカダンスを表象する傑作といってよいだ ろう。﹃眠れる美女﹄は、昭和三十八年に毎日出版文化賞を受けるなど、世評も定まっているが、﹃みつうみ﹄に ついての評価は一定しているとは言い難い。﹁新潮﹂︵昭和四十七年・第七号・川端康成読本︶の作家アンケートで は、石原慎太郎が、この作品を好きだと表明したところ、三島由紀夫の怒りにふれたことが報告されている。し かしこの作品に指を屈した作家は、吉行淳之介、瀬戸内晴美、森内俊雄と多く、三島由紀夫には﹁破綻﹂としか 見えない部分から、川端作品の整った美にはない、独特の魅力を感じていることがうかがえる。 主人公、桃井銀平は、今日の社会病理的名称、﹁ストーカー﹂を思わせる、どこから見てもうさんくさく一向 にさえぬ、脱落した中年の人物で、数人の美少女のあとを追って、空想がらみの美的快感にひたる、日陰者的な 筋立てである。そのコンプレックスとして、醜い足のことが述べられ、社会の裏側を歩くきっかけを作ったの が、﹁猿みたいに長くて、しなびたやう﹂な足指、不気味に曲がる関節へのひけめであるかのような叙述がある。 始め軽井沢のトルコ風呂に現われ、裸になって、湯女︵ゆな︶にもませ、その自分の不気味な足について殊更な 183 文学的美意識と「日本」
釈明をする。だが作品を読みすすめていくうちに、銀平の人生が、家庭とか社会とかいう人間のつながりの外で もあり得る、耽美的生活のために選びとった、反社会的だが、精神的には自制的ですらある行為であることがわ かってくる。その耽美生活に必要な、あらゆる感覚の享受能力は、最初のトルコ風呂の場面でも十二分に発揮さ れ、サービスしてくれる、半裸の若い女性の体を視覚で隅々まで探ったばかりか、耳から﹁天女のやうな声﹂を しみ込ませるためには、言わでものことをしゃべって、相手に話をさせようとする。ていねいだが無駄口は余り きかない湯女の手際で、うす汚れていた銀平の体が、すみずみ迄洗われていく間に、うす汚れた銀平の生活が 生々しく回想されて、読者を驚かせる。 たとえば銀平が或る女の後をつけていく。思わずも、距離が接近していたらしく、女が恐怖を感じてか振り払 ったハンド・バッグが、銀平の顔をしたたかに打った。目の前に青い革のバッグが転がっており、開いた口から 千円札の束がはみ出している。場所はさびしい邸町の近く。顔を打たれたショックで銀平はわれに返る。拾った バッグのなかには、十万円の束が二つと千六百円、それに銀行の預金通帳が入っており、残高は二万七千円で、 貯金のあらかたを引き出したばかりの所と見えた。銀平はそれを拾い、女が逃げてしまったので、途方にくれ、 風呂敷を買って包む。金が目当てではなかったのだが、犯罪になってしまった。そこで、通帳を含め中のものは 全部焼却し、燃えないものは丹念に捨てた。犯行は届けられなかったので、少し胸が明るみ、﹁麻薬中毒者が同 病者を見つけたやうな﹂よろこびを感ずる。﹁受動者﹂あっての快楽なのだ。水木宮子というその、二十五歳の 犠牲者は、これまでにも、男によく後をつけられたことがあり、これが初めてではない。そういう魅力を自分で も意識しているが、今回は、不気味な経験だった。
次いで、桃井銀平がこの道に墜ちたそもそものきっかけが語られる。高等学校の国語の教師として、相手は教 え子の玉木久子だった。同病者として選んだ目に狂いはなかったが、親友に真面目一方の恩田信子がおり、その 密告がもとで、銀平は教職を追われることになる。犠牲になった久子も他校に転校するが、両者の関係は切れ ず、久子の父の邸の焼け跡の塀のなかを、逢引きの場所にしている。一度、久子に誘われ、家までつけていき、 部屋にしのび込んだが家人に見つかり、遠ざけられた。さらにもう↓度、部屋にいるところを父母に見つかり、 帯を使って二階から逃げる。それからは、逢えずにいたが、久子の卒業式の日偶然、例の邸跡で恩田と一緒のと ころを見つけることが出来た。転校先は、たとえ一日も出席しなくても卒業出来るような高校だったのだ。しっ かり者の恩田信子が、大学に行く勉強をするよう説得に来てくれていたのである。銀平は、力つくで、恩田を引 きはなし追い返すが、久子は、自分の心の傷がまだ癒えていない、﹁先生のことを忘れられたら忘れたい﹂と、 訴えるような声で言うのだった。銀平は、﹁さう、それでいいんだ﹂と言うが、刺すような悲しみを感ずる。焼 け跡に普請の音が始まって、それ以後一年半か二年になるが、二人は会うことなく過ぎている。 その後、銀平が後をつけることになる少女は、坂道で出会った、柴犬を連れた少女だった。﹁白い毛糸のセエ タアを着て、ごつい木綿のズボンをはいて﹂いる少女の、﹁奇跡のやうな色気﹂に打たれ、その肌の色だけから も、死んでしまいたい、或いは少女を殺したいほどの、悲しみに襲われる。心を決めて話し掛け﹁犬﹂の話で近 づこうとするが、犬に飛びかかられ、少女の反応はいたって健康な無関心とでもいうものだった。逆に、土手の 向こうから上がって来た大学生と手をつなぎ、銀平を﹁目がくらむほど﹂驚かせた。銀平は、土手の青草に寝転 がって、幸福そうな二人を呪わしく眺めている。やがて二人は別れ、彼は立っている学生に、口笛を吹きながら 近づいて声をかけるが、﹁用がない﹂といって嫌がる相手を話に引き込もうとして、肩に手を掛け、突きとばさ 185 文学的美琶識と「Ei本:
れ土手をころがり落ちる。銀平は少女の美しさを語り合うつもりだったのだが、世間には通用しない礼儀知らず な行為であることは、本人もよくわきまえており、泣きたくなるだけである。そして思うことは、これで、あの 少女はもうこの道を通らないだろうということで、思わず、玉木久子の名を喉にかすれる声で呼ぶ。 次の日、だが少女は来た。銀平は、警戒されたと思い、深い溝に体をかくして待ってみたのだ。下から見上げ るような位置から、少女が犬を連れて行くのを見、土手の上で学生が待っているのを見、向こうへ行く二人の膝 から上が青草に浮かんで動くのを見た。学生が、﹁怪しい男﹂のことを話したのだろう、帰りはこの道を避けた らしく、そして土手の青草に寝そべっている銀平の前に、少女は二度と姿を現さなくなった。その少女の名﹁町 枝﹂を知ったのは、町内の蛍狩りの宵だった。きっと来るだろうという予想どおりに見つけ、暗やみにまぎれて 側ちかくから、連れの、この前とは違う学生との話を盗み聴く。前の学生は病気だが見舞いにも行けない不幸せ を、少女は嘆く。﹁水野さんに、蛍を取つて行つてあげたいわ。﹂連れの学生﹁水木﹂は、蛍は陰気だからお見舞 いにはよくないと言っている。町枝は﹁やつばり蛍をあげたいわ﹂という。銀平は、橋のたもとの蛍売りから二 百円で買って持っていた、甲州産二十七匹入りの蛍篭を、町枝のバンドにそっと引っ架けてやる。﹁自分の心を 少女のからだにともすやう﹂な気持ちで。 以上が、桃井銀平の﹁犯行﹂なのだが、川端康成は、銀平の﹁被害者たち﹂の間に、人脈的なつながりを持た せるという、構成上問題のある方法をとる。すなわち、学生﹁水木啓助﹂は﹁水木宮子﹂の弟で、その友人﹁水 野﹂の若すぎる恋人が、十五歳の﹁町枝﹂であり、水野家からの反対に悩んでいる。宮子は、戦争世代で、いい 男運に恵まれず、﹁有田音二﹂老人の世話を受けている。その有田はある会社の社長だが、その秘書が、銀平の
学生時代の友人で、頼まれて、銀平が一時期演説の原稿を書いてやっていたことがある。その有田はまた偶然、 久子が転校した先の高校の理事長でもあり、彼のお声がかりで彼女は卒業も出来たのだという。この狭い﹁わが 町﹂的な人脈が、桃井銀平というアウトサイダーの物語と抵触する力として、作品のなかで奇妙に働いているの が感じられる。これは確かに、﹁破綻﹂といってよい矛盾を生む構造といってよかろう。 桃井銀平の行動半径が知れたものであることもわかってしまうが、一方でこの男を、この余計者生活に落とし めた、極めて不幸な半生と、深い罪の意識のイメージが、彼の行動の合間にフラッシュバックしてひらめくので あり、読者は安心して町内物語には没入出来ないのだ。銀平の父は、数えで十一歳の時、殺されたといううわさ がある。しかも、父の死後、故郷の人々は、銀平の家を忌み嫌った。彼は周囲の人々に見下されつつ育つのだ。 二つ年長の幼なじみ、母方の従姉﹁やよひ﹂からさえ、時にうとんじられた。しかも、折りにふれて、心に浮か ぶのは、﹁母の村のみつうみ﹂の四季の情景、母の豊かさと父の呪いの両方を含んだ、銀平がそこから出発した 宿命の風景である。 銀平の人生に不安を与える、もう一つの原因は、学徒兵として出陣する前の荒れた生活の時代、下級の娼婦に 生ませたのかも知れない、自分の﹁子供﹂に対する罪の意識である。﹁銀平さまの子です﹂という手紙をつけた 捨て子が彼の下宿先に置かれたことがあった。女の子だったが、証拠があるわけではないので、友人と、その子 を﹁路地の家﹂に返しに行き、路地に置き放しにして逃げた。その次の日の昼すぎから雪が降り、友人とは﹁昨 夜でよかつた﹂と言い合ったが、赤ん坊の生死は確認していない。その子の幻が今、銀平を悩ましている。鬼気 せまるイメージは、土手の土の底に赤ん坊がおり、銀平の歩みについて来るのが、ありありと感じられるという のだ。一緒に遊んだ友人は戦死してもう此の世にはいない。 187 文学的美意識と「日本」
桃井銀平が背負っている孤独には、日本の社会のもつ理不尽な冷やかさ、時代の激動が残していった澱のよう な罪の跡が、べったりと付着していることがわかる。蛍狩りという平和な祭りの夜、﹁町枝にあこがれた自分に 反逆し﹂、﹁この世で最も美しい山﹂である﹁火山岩と火山灰とで荒れた高山﹂、﹁どのやうな色にも﹂染まる場所 をめざす。その一つが、上野の地下道である。とはいえ、そこは敗戦直後のようにはもはや活気を呈してはいな い。完全に落ちこぼれた浮浪者の常宿であり、あいまいな売春の男女の巣である。そこで、銀平は、どちらから ともなく目が合い、後をつける形になった、うす汚れた醜い女と連れ立って俳徊し、酒を飲む。聞けば、亭主が 戦死し、十三歳の女の子を中学に通わせているという。お互いに﹁なにか気になる人﹂だったのだが、銀平は、 この汚い現実が自分に必要なのだと思う。そして小説は何事もなく、突然終わるのだが、われわれはここに、復 興途上の東京の、復興していない心の廃櫨をさ迷う主人公の姿に、川端康成の傷の深さを読むことが出来る。そ れは、作者が用意した物語の枠を越えての、終わりない放浪であるかに見える。さて、 たちの悪いいたづらはなさらないで下さいませよ、眠つてゐる女の子の口に指を入れようとなさつたりす ることもいけませんよ、と宿の女は江口老人に念を押した。 という出だしで始まる﹃眠れる美女﹄は、およそ川端康成の小説のなかで、最も暗く、救いのない作品である。 作家の好みの言葉を使えば、﹁魔界﹂の果て、その先は灰色の海しかない、荒い波音の響く海岸の別荘あとを施 設に使った、一種の売春宿が舞台である。後世、少女売春を﹁援助交際﹂という、舌触りのよい言葉でくるんだ 日本社会の慣行に従えば、﹁眠れる美女の家﹂だが、ここは、十代の処女を集めた独特のシステムで、客は、す
でに男性機能を失った年齢層の老人たちである。どこからともなく集められた美少女は、強い薬を飲まされた昏 睡状態で客を迎える。昏睡は徹底しており、彼らは、客が朝帰るまで目を覚まさず、何をされてもわからない。 客は、温かくしつらえられた八畳間で、一糸もまとわぬ少女と、誰にも妨げられぬ一晩を楽しむことが出来るの である。 客は、お相手をする﹁遣手婆﹂役の、宿の中年の女以外にはいかなる人物にも会えないので、わかるのは、表 面上のことだけである。当年とって六十七歳の江口由夫は、ここに都合五回通うが、読者が受け取るものも、そ れぞれの時の出来事と、その都度彼の胸に去来した、家族のことや過去のアヴァンチュールへの思いに集中され る。だが、先の﹁念押し﹂が、いくら﹁安心の出来るお客さま﹂相手のものであったとしても、何の保証にもな らないのは自明であり、事実、枯れはてた老人とは違い、無資格を隠し、いわば仮面をつけてぬけぬけと潜入し ている江口自身、﹁口に指を入れ﹂ることはおろか、見られていないのを幸い、﹁たちの悪いいたづら﹂にも及ぼ うとする。強い服薬作用を含め、無防備な少女たちは、極めて危険な状態にさらされているわけだが、この、生 命をもてあそぶ産業の根の深さは、作品のなかに巧みに隠されていて表には出てこない。 この種の快楽がいかに﹁死﹂と密接しているかは、作品のなかで江口自身も体験することになる。一つは、知 り合いの﹁福良﹂専務が、この場所で急死し、遺体を極秘裡に、近所の温泉宿に移動させねばならなかったとい う噂。もう つは、江口自身が五回目に遭遇した、一人の少女の死である。この死には、禁制の一つ、冬場に使 う電気毛布のスイッチを、裸の少女のために切ってはならぬということを、守らなかった江口の過失がかかわっ ているらしい。法の目を逃れることが至上なので、江口のこの過失も答められることはないに違いない。だが、 初めは、少女たちが眠っていて起きないことが納得ゆかず、しきりに起こそうとまでしていた江口が、二人をあ 189 文学的k意識と「H本,
てがわれたこの五回目では、ほとんど死体を組みし易く見るような、大胆な空想にふけっていたことに、読者は 気づく。指で少女らの歯茎をなぞり、ついた口紅を少女の髪にこすりつけるしぐさなどから、江口が、すでにし て、性を物として扱える、したたかな﹁客﹂になっていることがわかる。 猟奇的な着想と、少女たちとの接触の迫真の描写、性と死の哀歌が物語を見事に成立させている、文句なしの 名人芸であるが、この作品には、方向がなく、未来性がない。宿の裏は暗く陰って、まるで地獄に接しているか のようだ。枯れはてた老人に化けて、禁断の場所に潜入し、性の最後の冒険を試みる江口老人のあり方には、三 島由紀夫のとは違う意味で﹁仮面性﹂を思わせるものがある。江口老の﹁由夫﹂という名もなにか気になる。昭 和二十六年八月十日の三島宛て書簡には、﹁禁色は驚くべき作品です。しかし西洋へ行かれればまた新しい世界 がひらけると思ひます。﹂という読後感がある。﹁禁色﹂を無条件には評価していない言い方であるが、この﹁西 洋﹂とは何を意味しているのだろうか。 ︵十六︶ ﹁仮面の告白﹂から﹁禁色﹂へ 無論この西洋云々は、同年十二月、朝日新聞特別通信員の資格で、翌年五月までの世界一周旅行に出発する、 若き三島由紀夫への、はなむけと取るのが常識であるが、﹁禁色﹂との関連でいわれていることが重要だと思わ れる。川端康成にとって、﹃仮面の告白﹄から﹁禁色﹂に続く、この異色作家の強烈な自己表現の行く手は、大 いに気掛かりであったに違いない。 ﹃仮面の告白﹄は、昭和二十四年に書き下ろし長編として出版され、初めは戸惑いをもって迎えられたが、や
がて世評を確立し、真に三島由紀夫の文学的出発を画する作品となったばかりか、最重要な作品とみなされるに 至っている。﹁この作品は、私の﹃ヰタ・セクスアリス﹄であり、能ふかぎり正確さを期した性的自伝である﹂ と、出版予告にうたっているように、言葉の正当な意味で、先行作、森鴎外の﹁ヰタ・セクスアリス﹂の告白性 を踏まえていた。著者自身、外国語︵ドイツ語︶のタイトルを当初から考えてもいたらしく、O①ω 旨ぬΦ乞O古コ一一− 6古oOoω6巨Φo宮ω一〇ぴoづΦ一コΦωζ①目oω︵ある男の異常な性生活︶といった、副題めいた文字が下書き原稿に見られ る。この﹁異常な﹂の部分は、﹁奇妙な﹂︵ωO白△O﹁亘四﹁O︶、﹁常軌を逸した﹂︵。×NgS°。合m︶、﹁風変わりな﹂︵°。Φ〒 。・ @日Φ︶、﹁法外な﹂︵口ぴ隅ω田目甘︶といった形容詞の入れ替えが見られ、異常性を的確に外国語で表現しようとす る執着を示している。日本語の表題からはすっかり消えたこの重大な内容は、すべて﹁仮面﹂の背後にかくれる ことになったので、ここに﹁仮面の告白﹂という表現そのものの難解さが生じ、評論家のなかには、右の著者自 身の言葉をまともにとらぬ人も現われた。﹃三島由紀夫の世界﹄のなかで村松剛は、 ﹃仮面の告白﹄が﹁能ふかぎり正確さを期した性的自伝である﹂ ンであることはいうまでもない。 ということばは、それ自体がフィクショ とまで断言している。だが、著者のこの売込みの言葉には、寸毫のフィクション性もないととるべきである。 ﹁仮面﹂の語がわかりにくくした分を補うものとして、著者は、﹁告白﹂という語を忘れなかった。この恥ずか しい真実を﹁告白﹂する勇気を与えたものが、明治四十二年七月﹁昴︵スバル︶﹂に発表され発禁処分を受けた、 森鴎外の﹁ヰタ・セクスアリス﹂であることも、著者が述べているとおりであろう。しかし、それを信じるため lg1 文学的美意識と「日本」
には、この程度の文学表現すら許されなかった旧時代の頑迷さよりも、表現者の勇気と大胆に驚嘆する必要があ る。 この鴎外の作品は、主人公の名前その他すべての与件が微妙に変えられてはいるが、﹁金井湛︵しつか︶﹂が鴎 外その人であることは一目瞭然である。[その名は彼の講︵いみな︶高湛からとられている]鴎外が明治七年十二歳 で、規定学齢に達していなかったにもかかわらず、誕生を二年早めて、第一大学区医学校予科に入学したこと は、周知の事実であり、それが十九歳で東京大学医学部卒業、ついで陸軍軍医副任官という異例の早さの出世に つながっていく。学業の点では楽についていけた鴎外だが、この成長期の年齢での二年の背伸びが、どんな無理 を彼の肉体、精神生活に強いたかの、いわば涙ぐましい物語ともいえる内容である。 金井は、周囲の青年たちより常に年少で、性的にもおくれ、寄宿する機会に当たって、常に年長の友人から迫 られたり、狙われたりする立場に甘んじざるを得なかった。読書では他を抜きんで、また、﹁倒三角形の目﹂が ﹁稜立つ﹂きつい容貌が、そうした機会を容易には近づけさせなかったが、短刀を携え油断なく行動して身を守 らなければならなかった。だが、危機一髪という経験もないわけではなかったという。六歳で、枕絵のからみ合 った男女の姿態をひそかに見せられ面食らう場面に始まり、後年ドイツ留学中に味わった、様々の都市での様々 な女たちとのアヴァンチュールに終わるこの性の自伝で、大きな比重を占めるのが、これら十代の青年期で﹁男 色﹂に悩まされた経験であるのが際立っている。金井の性意識が攻撃的でなく、受け身なのも、これといささか 関連があるかも知れない。﹁少し書きにくい﹂などとぼやきながら、とことんまで書いてしまった、この作品の 告白的大胆さを、三島由紀夫は、的確に読み抜いていたと言えるのだ。 鴎外の作品には、﹁気障﹂とも﹁気どり﹂︵花田清輝︶とも取れるまえがきの部分がついているが、﹁スバル﹂
時代の鴎外は、意外に、公的・私的な危機にさしかかり、これを何とか乗り切ろうとしていた時期だったとする、 小堀桂一郎氏の指摘が、大いに示唆的である。︵﹃選集第一巻解説﹄︶わが性生活を世間に公表告白しようとす る衝動には、表向きにも裏にも、相当の理由があるだろうが、﹁気障﹂や﹁気どり﹂とは関係がない。 そして、﹁能ふかぎり正確さを期した﹂三島由紀夫もまた、少なくとも、ほとんど仮面の必要はなかった。仮 面の機能は、場合によっては、告白とは相容れぬものだからである。この二語が組み合わさったために生じた難 解さについては、すでに触れた。では﹁仮面﹂とは何だろうか。 ﹁永いあひだ、私は自分が生れたときの光景を見たことがあると言ひ張つてゐた。﹂という出だしの、﹁私﹂が 著者自身をさしているのは自明である。多くのエピソードを連ねて、述べられていく﹁性の歴史﹂が、著者のも のであることにも疑問はない。著者がこれを、出来るだけ正確に告白するというのであるから、これらの事実を 多少ともぼかす意味での﹁仮面﹂などは、必要のないものであろう。表題の﹁仮面﹂は、この告白のために特に 着けたものでないことがわかるのだ。﹁仮面﹂はこれまでも着けられていたのだが、読者も周囲もそれに気がつ いてくれない。そこで、﹁この見せかけに騙されないで下さい。これは仮面です。本当の私をお見せします﹂と いうのが、この場合の﹁仮面﹂なのである。 ﹁仮面﹂とは、自分を﹁正常な人間﹂だと装うために、着け続けてきたものを指すのであり、零歳の頃の自分 の異常な敏感さの回顧に始まり、正常人とは違う性感のため、正当な意味での結婚不適合を思い知った最近ま で、次第に自分の顔面にはりついた偽りの自我をそう呼んだものである。物語は、正常に回復しようとする、何 度もの努力の空しさと挫折、苦しみに満ちている。そして、﹁正常な﹂人々には全く理解してもらえぬ、ホモ・セ 193 文学的美意識と「日本」
クシャルなるが故の二重生活の実態を、﹁正確に﹂伝えるべく、若い男らしい肉体に惹かれ陶酔にいたる過程や、 その深層にひそむ、一種暗く残酷な欲望の実在が、重々しく論理的な文体で披渥されているのだ。 ﹁お前は人間ではないのだ。お前は人交はりのならない身だ。お前は人間ならぬ何か奇妙な生きものだ﹂ と苦しみの底の声はいう。マルセル・プルースト、ヴィンケルマン、ミケランジェロといった、世界史の巨人た ちを、﹁私と同系列の衝動の持・王﹂と発見しながら、日本にはこういう存在を許すものがない、と思いつめてい たことも含めて、これら告白の事実は、フィクションとは無縁である。ただ、著者も認めるように、この﹁私﹂ が物書きであるという事実の告白だけがない。たとえば東京大空襲のあった昭和二十年三月九日から十日にかけ ての行動と観察は、恐らく寸分の狂いもない報告であろうが、将来性を期待されていた文筆の世界での語り手の 位置は、完全に捨象されており、この前後から始められた、文業の大先輩でよき理解者、川端康成との通信など の事実ももちろん一切触れられていない。そういう社会性をみずからはぎ取った作品性は、生々しい具体性をも ちながら、やはり一種の抽象化をまぬがれていない。 これは、文学の告白的性格をはかる、極めて重要な基準にかかわる。この作品を最も評価したのは、﹁近代文 学﹂の同人たちであり、三島由紀夫を一挙に文壇の寵児に押し上げたといわれる。とはいえ、﹁仮性同性性愛﹂ 研究についての、豊富な素材を提供したこの小説が、真の意味での﹁アウトサイダー﹂研究の対象となり得ない としたら、それはやはり、近代小説としては、限定された位置づけに、甘んじなければならなのではないだろう か。しかしまた、それが﹁ゲイの芸術﹂の本質だという見方も成り立つ。
﹃禁色﹄の第十二章は、﹁○昌勺碧蔓﹂と名づけられている。だがその章の始めの方で、著者は、﹁ゲイとはア メリカン・スラングで男色家の意味である﹂という解説を加えなければならなかった。﹁ゲイ﹂が、アメリカ発の 真新しい性風俗として、日本の読者に紹介されている姿だ。多くの友人から﹁悠ちゃん﹂と呼ばれている南悠一 は、﹃仮面の告白﹄の﹁私﹂の悩みをそのまま引き継いだような、美しいゲイ・ボーイのヒーローである。ギリシ ャの青銅彫刻に見る、非のうちどころのない体形の青年で、遇う人をことごとく魅了してしまう力をそなえてい る。悠一は、しかし老いたる文豪、檜俊輔︵ひのきしゅんすけ︶の老檜な忠告を受けて、結婚生活に入り家庭を もち、﹁仮面﹂をつけたままの自我で、母を安心させ、妻の康子をあざむく。一方で、悠一の本来の自我は、こ の美青年の美を利用して、自分を苦しめて来た女性どもに復讐を企て、若がえろうとする老作家﹁檜﹂の援助も あって、楽々と羽をのばすに至った。仮面があまりにうまく着いているので、悠一に惚れ込んだ女たちはすっか り騙されさんざん苦しむが、その悠一が、自分の夫と結ばれている現場を見てしまった女の一人︵伯爵夫人︶ は、衝撃のあまり失踪してしまう。 以上が、川端康成が前述の書信で、 ﹁驚くべき作品⋮⋮しかし⋮⋮﹂という感想を書いた、﹁禁色﹂第一部の あらましである。﹁仮面の告白﹂とは対照的に、裏社会の日陰者としてではあるが、ゲイたちが、舞台いっぱい に活躍する、先ずはオペレッタ風ともいえる構成であり、その着想が新らしく、また例えばゲイ喫茶﹁ルドン﹂ での、ほとんど目配せで仲間を見つけつながりをつける、彼ら独特の隠微で精妙な性風習のうがちも、人目を驚 かせるに足るものである。しかし悠一が、とうてい不可能としてもがいていた結婚成功、そして半ば打算つく で、檜俊輔が引き入れた表の社交の場がなければ、これらの話はあり得ないものだった。悠一の類稀な、独特の lg5 文学的美意識と「日本」
美しさに対する老作家の感動がはじめにあって、ストーリーは始まったのである。この老人は、融通無碍に舞台 を闊歩する悠一のすべての始まりであり、その意味で恩人である。 折から、三度目の全集をまとめようとしている檜俊輔が、最初の全集を出したのは、四十五歳の時だ、として 紹介されている。現在六十六歳で、執筆はもう止めているが、これから出そうとする全集が二十巻にもなろうと いう、かつて多作を誇った人であったという。その顔は、﹁醜いとしか言ひやうのない﹂﹁精神によつて蝕まれた 顔﹂である。悠一が、この老作家と知り合ったのは、いわば彼の熱烈なファンである康子を介してであった。狙 介な精神性をうたわれていながら、超脱したはずの世間に対して、今なお並々ならぬ関心をもち、血をたぎらせ ている老作家に、モデルといえる人は実在しないだろう。だが、何故、一介の同性愛青年の物語が、一般的には 魅力に乏しい、老作家の紹介から始められなければならなかったかを考えると、当時、四十九歳で出し始めた十 六巻全集を、なお刊行中であった、多産な壮年期の川端康成からの投影を感ぜざるを得ない。軽薄味が売り物と もいえる騒々しい﹁禁色﹂の舞台と﹁文豪﹂とでは、どうにも付き合いが悪く、﹁檜﹂は忘れられがちな登場人 物といえるが、悠一のすべてを知り、表の世界に彼を結びつける重要な役割を担っているのである。それ故にこ そ、川端康成の、﹁⋮⋮しかし⋮⋮﹂という接続詞にもたせた意味も、決して軽くはなかったことが理解される のである。 ︵未完︶