• 検索結果がありません。

日本における市場・組織・社会・福祉の変容と結婚カップルの生活・意識の変化 利用統計を見る

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "日本における市場・組織・社会・福祉の変容と結婚カップルの生活・意識の変化 利用統計を見る"

Copied!
23
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

日本における市場・組織・社会・福祉の変容と結婚

カップルの生活・意識の変化

著者名(日)

今村 肇

雑誌名

経済論集

37

1

ページ

105-126

発行年

2011-12

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00001729/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止

(2)

日本における市場・組織・社会・福祉の変容と

    結婚カップルの生活・意識の変化

今 村

1.市場競争と経済組織が変容するなかでの日本の結婚カップルの社会・経済的位置

 づけ

 日本の企業では働く個人(男女)による子育てはこれまでどのように位置づけられ、これからど の方向に向かおうとしているのだろうか。本稿では、日本企業の賃金・雇用制度において、働く個 人(男女)が子育てを行う際の男女間での処遇の違いに注目しながら、賃金制度が成果主義的変貌 をすすめ、雇用制度が多様化と流動性を増していく中で、子育て中の結婚カップルの生活設計に与 える影響を中心に検討する。なぜここで「結婚カップル」と呼ぶのかについて簡単に説明すると、 子育てをするカップルのほとんどが結婚をして夫婦という形で子育てをするのは世界的に見たとき に、とりわけヨーロッパと比較すると決して標準的な姿ではないからである。国際比較に基づいた カップル(2人の個人)と社会や経済、国家との関わり方については、現在進んでいる別の作業の とりまとめにおいて、日本におけるこれまでの働く女性の処遇を歴史的(クロノロジカル)に検討 しているのでそちらでまとめるとして、ここでは現状の日本における結婚カップルの意識調査を中 心にその位置づけを探ることにしたい。その準備段階という意味も込めて、社会・経済を構成する 自立した主体としての「個人(男女)」と様々な社会・経済的な制度・制約に晒される「結婚カップル」 とを、以下では区別して用いることにする。  そのうえで、子育て支援のための賃金、手当、労働時間、設置施設などの調整がもっぱら企業と 個人(男女)の間で行われ、両者間での経済変動リスクの転嫁交渉という日本の夫婦をめぐる経済・ 社会構造の限界を見定めたい。一方、それと表裏一体の関係として、非営利組織あるいはソーシャ ル・エンタープライズが地域の公的サービスを提供する場合の働き手の構成にみられる、日本の企 業労働者と地域社会の担い手との相互代替・補完の関係から、今後の日本において、個人(男女) が自立して子育てを行えるための地域社会と個人(男女)との関わり方についても言及する。

(3)

 賃金制度はグローバルな市場競争の進展によるコスト削減競争の激化、さらには、企業の所有形 態の変化によるステークホルダー間の利害関係構造が変わってきたことなどによって変化する。こ れまでの日本の賃金制度の特徴は、マルチ・ステークホルダー問題として扱うことが可能である。 すなわち、長期的に利害関係を持つ従業員や取引先などが、企業の存続上最も配慮すべきステーク ホルダーである場合、それらとの長期的な取引関係を維持しようとするインセンティブが企業に働 くことになる。  これまで日本の賃金制度は、企業が労働者と共同して教育訓練のコストを負担し、その収益を企 業と労働者が分配するという、長期的な共同投資メカニズムで説明することが十分に可能であっ た。そのようなシステムの下では、年功的な勾配の急な賃金プロファイルが用いられることが多く、 同時に、それを補強する福利厚生として、配偶者手当、家族手当、住宅手当など、労働者の定着を 促す仕組みが存在していた。これまで日本の福祉サービスの一部を福利厚生という形で担ってきた 企業では、企業経営上コスト最小化は前提となるものの、結婚した男女に対する子育てへの配慮は、 企業に対する忠誠心や帰属意識、生産性を上昇させることで利潤の拡大となる可能性があった。  しかし、株主が企業の経営に大きな影響力を持つようになってくると、企業は株主に対しての配 慮により重きを置くようになる。すなわち短期的な業績指標の重視である。したがって、経営者と 従業員とのリスク負担の関係は、企業の株主重視の経営戦略への変貌によって影響を受けることと なる。1990年代半ばから、企業は配偶者手当や家族手当、住宅手当などとあわせて従業員の定着性 向を強め、帰属意識の高揚によって生産性の上昇を期待する年功的賃金と長期雇用の制度から、短 期的な業績評価と報酬とのリンクによって労働者を動機付けしようとする成果主義賃金の導入へと 変わってきた。このことは経済変動のリスクがより直接的に労働者に転嫁されることを意味する。 変化する経済環境・競争環境のなかで労働者のインセンティブを維持していくかは企業経営にとっ て重要な課題であるが、各種手当ての削減と成果主義賃金制度の導入による、生活に関わるリスク の労働者への転嫁は果たして企業の期待通りのインセンティブ向上という成果を上げることが出来 たとは必ずしも言えないようである。  このような企業のインセンティブ設計の新たな試みが成功するか否かに関わらず、賃金や手当の 変更は労働者の生涯所得機会のあり方に確実に影響を与える。それまでの賃金・雇用制度に比べ て、賃金水準の変動が大きくなり、生涯を通して安定した所得獲得の見通しが不透明となり、場合 によっては失業のリスクもより現実化した。一方で家族であることのメリットも手当などが削減さ れた給与体系では少なくなるため、男女のカップルが法的に結びつこうとするインセンティブを低 下させる要素となるだろう。  本稿の目的ですでに述べたように、本稿の視野には、賃金制度に対する年齢や子育ての有無の違 いなどによって違う反応や、地域の担い手である非営利組織やソーシャル・エンタープライズにお

(4)

ける労働力構造が日本の家族の現状を反映していることがある。ここでは、今後の企業と個人(男 女)のあり方に政府や地方自治体が対人社会サービス提供主体としてどう関わるべきなのか、ある いは逆に個人(男女)は自分たちのニーズにあった対人社会サービスを得るためにどうしたらいい のかを、市民参加あるいはソーシャル・キャピタルといった視点も含めて地域の社会基盤のあり方 を探ることが問題解決の糸口となることを提案したい。  そのためには多様な経済組織におけるガバナンスとインセンティブの構造を解明し、それらを統 合するかたちでの地域社会形成を目指さなくてはならない。具体的にはコミュニティ・ビジネスや ソーシャル・キャピタルなど、さまざまなキーワードが交錯する中で、個人や家族、その働き場所 である経済組織、そして新たな変化に対応する公的組織のそれぞれを総合的・相互的に組み立てる しくみづくりが求められるのである。  本稿ではその1ステップとして、一見距離がありそうな市場競争と地域社会の二つが、実はこれ からの家族、とりわけカップルのありかたを規定していく重要な要因であることを、アンケートに よる実態調査から明らかにし、広い意味でのカップルをとりまく社会・経済環境をデザインする上 での重要なキー・ファクターを整理して提示したい。 1−1.女性の就業継続からみる日本企業における子育て中の結婚カップルの位置づけ  出産を機に退職をしてしまう女性の割合が減らないことは、日本の企業における子育てをする男 女の位置づけを端的に象徴していると言えよう。図一1は、2001年の調査で、1年前の就業状況か ら、出産半年後にはどのような就業状況に変化したかをみたものであるが、最も注目すべきは、出 産前に有職であった女性のうち67.4%が出産後には無職へと変化していることだ。30代女性の労働 力率が日本において顕著に低下するM字型の労働力率曲線の背後で起こっている女性の労働市場 からの退出は、前出の内閣府(2008)によると、1歳以上の子どもを持つ初婚同士夫婦の場合、昭 和60年∼平成元年で35.7%、平成2年∼6年37.7%、平成7年∼11年39.5%、平成12年∼16年41.3% とむしろ若干高まっているのである。  それではいったい彼女たちはどういう事情が変化すれば、就業継続ができるのだろうか。21世 紀職業財団『女性労働者の処遇等に関する調査結果報告書』では、就業継続する上で必要な事項を マルチアンサーで聞いている。それによると半分以上の51.7%が「子育てをしながらでも働き続け られる制度や職場環境」と答え、同時に50.5%のひとが「やりがいが感じられる仕事の内容」と答 えており、働き続けられる制度・環境ももちろんであるが、職場そのものに働きがいがあると感じ られることも重視されることを示している。続いて、「育児や介護のための労働時間での配慮」が 41.3%、「相談できる同僚や先輩がいること」が40.2%となっている。  これらを整理すると、女性たちは働き続けるための制度や職場環境があればいいのだと答えづ

(5)

図一1 出産前後の女性の就業状況の変化 出産1年箭 現  在 (出産半年ω 無職67.4N 出産1年前に有 職だった者の 眞在の状況 有職32.2% 元常勃 元自営業 i,㌫㌦       磯      20鮪     40% 資料出所:厚生労働省『第1回21世紀出生児縦断調査(平成13年度)』 60X 80陥 10CPi つ、一方で「働きがい」や「相談できる同僚・先輩」などといったメンタル面でのバックアップも 同時に求めていることになり、これが日本における企業と子育て支援の関係を考える上で重要な糸 口となるのではないだろうか。すなわち、子育てをする男女にとって重要なことは、子どもを生ん で育てようとすることがどこまで会社や職場で受け入れられているのか、さらに言えば、一人の人 間として自分に与えられた時間をいかに自己の裁量によって判断することができるかが求められて いるのだということになる。 1−2.企業による福祉の後退と社会的セーフティー・ネット構築の遅れ 1−2−1.会社や仕事が変わると人生も変わる  グローバルな市場競争に日本経済がさらされている。市場競争での生き残りをかけて日本企業が 選択した経営効率化や組織改革は、成果主義賃金の導入や非正規雇用の柔軟な活用などを通して、 個人の生涯所得のありかたに大きな影響を与えている。そのなかで、これまでのような終身雇用制 と年功序列賃金の下の画一的な雇用者像でなく、個々の不安定性が拡大しつつ、同時に個人の選択 肢は拡大するかたちで、雇用者像は多様化している。  たとえば、ウルリッヒ・ベックはその「危険社会 新しい近代への道」(1998年邦訳、法政大学 出版局)において、生活の個人化が自前での所得獲得・社会保障プログラムの選択を個人に迫るよ うになったとし、「個人化した社会において、個々人は、自分自身の人生行路や能力や立場の認識 やパートナーシップ等の関連において、自分自身をその行為の中心として、設計事務所としてとら えることを学ばなくてはならない。」としており、そのため、「個々人にとって、個々人の運命を決

(6)

定する制度状況は、もはやたんに自分にふりかかる出来事や事情であるだけでなく、少なくとも自 分が行った決定の帰結である。(中略)人生を自分で計画し作り上げよ、というこのような圧力から、 遅かれ早かれ、職業教育や福祉や臨床治療や政策に関する新しい要求も出てくる。」と述べている。  個人が「自前での所得獲得・社会保障プログラムの選択」を迫られている代表的なものは、先に 挙げた成果主義賃金制度である。これは、企業がこれまで年功賃金というかたちで背負っていた所 得額の変動リスクを、成果主義賃金制度を導入することで、そのリスクの一部または全部を勤労者 に肩代わりさせようとしているものである。しかし、このような「選択」を迫られていることへの 個々人の反応は一一様ではない。後述するように、一方では自らの業績・成果によって所得増大の機 会が拡大することをよしとして成果をあげる積極派もあれば、逆に勤労意欲を失って所得の減少に 甘んじたまま何もしない消極派までさまざまである。

1−2−2.組織と経済の心理

 これまでは企業が年功的な賃金と様々な福利厚生によってカバーしていた生涯生活の安定は、成 果主義賃金の導入や福利厚生の削減により経済の長期停滞や構造変化といった個人では制御不能な リスクに直接晒されることとなり、個人(従業員)の不安心理が高まってきていることは疑う余地 がない。本稿も含めて少なからぬ調査は、成果主義賃金の導入によって個人にも経営リスクを自覚 させることで勤労意欲(インセンティブ)を拡大しようという企業のもくろみに、従業員は期待通 り反応していないことを示している。企業はなぜこのような勤労意欲にマイナスの影響を与えかね ず、結果的に生産性が低下するリスクを冒してまで、個人(従業員)へのリスク負担の肩代わりを させようとするのだろうか。それは、企業を取り巻く競争構造の変化のなか、企業が対処を迫られ る経営リスクが遙かに拡大していることにある。その中には、企業を取り巻く様々なステークホル ダーたちの利害を調整しつつ、企業として資金調達から製品市場競争までのプロセスを制御しつつ 企業存続を図るという問題は中心的な位置を占める。  もう少し具体的に言えば、日本の企業をめぐる背景の変化の一つとして株主の影響力の拡大があ る。これまでは、株式の相互持ち合いや従業員持ち株制度などのおかげで、日本企業は短期的な利 益を求める株主の割合を少なくとどめ、株主にまわされる分を従業員や取引先重視へとまわすこと が可能であった。しかし、グローバルな市場競争進展の中で金融市場の規制改革が進み、外国人株 主や投資ファンドなどの資金運用を目的とした株主の割合が増大したため、企業は短期的な配当や 株価を重視し、経営指標の数値向上を優先せざるを得なくなった。  そのために、企業が抱える従業員を出来るだけ少なくしてコストを減らすことが、最も効果的な 方策の一つとして浮上してくることになり、経営者の「心理」としては、より個人を大きなリスク にさらすことになる雇用・賃金制度の改革となるのは、当然の帰結ということになろう。繰り返し

(7)

になるが、それに対して従業員の「心理」は、かならずしも経営者の期待通りに行ってないことは すでに書いたとおりである。 1−2−3.個人のインセンティブと社会経済システム  このような日本企業における雇用・賃金制度変化の一一一一方で、NPOやワーカーズ・コレクティブ など、非営利の組織を結成してその中で発生する収益の分配を自らのルールで制御しつつ多様な勤 労意欲の達成を図り、あわせて社会の必要とするサービスの提供を目指そうとする組織は日本にも 定着しつつある。いくつかの調査結果によれば、非営利組織における勤労意欲は、株式会社に代表 される営利企業と比べると顕著に高いことが示されている。働いている人たちの年齢や家族状況、 あるいは非営利組織の収益構造などを考えると必ずしも単純に比較することは出来ないが、明らか に使命(ミッション)をもち、利潤動機に影響されない自立度の高い働き方の満足度が高いことは 事実である。  ミルグロム=ロバーッ(1997)によれば、組織における依頼人(雇用主)が、代理人(従業員)か ら最大限の貢献を引き出すためには、業績評価の測定精度と、インセンティブ(ここでは出来高に 応じた賃金率)の強度、そして本人の努力以外の要素による不確定要因のリスクの関係について、 インセンティブの強度をいくら上げても、業績評価の測定精度が低かったり、また、本人の努力以 外の要素による不確定要因が多かったりする場合には、逆にインセンティブを低下させる場合が示 されている。もともと、不完備性の強い労働契約において、雇用主が従業員に期待通りのインセン ティブを発揮させるためには、基本給と出来高給の割合の組合せ、そして出来高給のインセンティ ブ強度を十分に調整して設計する必要がある。 1−2−4.日本企業と成果主義賃金、福利厚生の個別化、家族手当の変化  1990年代から現在に至る過程で、日本の企業はそれまで雇用システムのなかで負担していた個人 の生涯に関わるリスクを、目に見えるかたちで従業員の側に移転する作業を継続してきた。特に子 育てをする結婚カップルが晒されるリスクは、それまでの家族をまとめて面倒を見ていた仕組みか ら個人を単位とする福利厚生に変更する中で、大きな変貌を遂げてしまったといえるだろう。とり わけ注意すべきは、企業への帰属意識や忠誠心の維持による生産性向上に貢献があったことが多く の研究によって検証されているさまざまな家族単位の手当を削って、成果主義賃金による個々の労 働者のインセンティブ向上へと多くの企業が一斉に転換していったことである。  そのようなリスク転換がなぜ起こったのかを、政治的な視点から「レジーム」の変容として簡潔 な見取り図を描いているのが宮本太郎(2008)である。戦後日本の福祉政治の展開を「雇用レジー ム」と「福祉レジーム」の二つにわけ、戦後日本においては前者が後者の未成熟を補う形で発展し

(8)

たが、それを支える雇用とセットになった「仕切られた生活保障」は1990年代の構造改革の時代を 通じて雇用レジームが解体する中で未成熟なままの福祉レジームの問題が露呈したとしてその過程 を明確に示している。  ここでいう「雇用レジーム」とは、終身雇用や年功的賃金制度に裏打ちされた企業が家族のリス クを負担して、賃金だけでなく福利厚生という形でさまざまな福祉サービスを提供した戦後経済成 長から1980年代までの日本企業において大勢を占めた雇用システムのことを指しており、本節冒頭 にあげた出産を前後して、出産前に有職だった女性の67.4%もが離職するという数字が1980年代か ら現在までほとんど変化していないという事実は、男性中心の雇用保障によって福祉の一端を担う というこれまでの「雇用レジーム」の経験から抜け出せずにいるという企業の一面と、それまで企 業が担っていた福祉の一面を依然として受けとめられずにいる国や社会の一面の両方を示している のである。  このような企業による福祉の分担が低下している典型例は、企業による家族手当支給率低下と、 支給対象に子ども限定が実施されるようになったことである。家族手当は、主として配偶者および 扶養中の家族に対して、給与を補填する形で支払われていて、これまでの男性雇用を中心とする世 帯形態に合わせた支給が行われていたが、ここ数年をとってみても顕著に減少し、なおかつ扶養す る対象者により額の決め方を変えている事業所がふえてきている。人事院『民間給与の実態』によ ると、家族手当を支給する事業所の割合は、2003年86.3%、2004年83.0%、2005年83.1%、2006年 79.3%、2007年78.8%と、7.5パーセントポイントも減少している。さらに同調査によれば、家族手 当の額の定め方では、「配偶者のみ特定、その他は扶養人員順」が依然として一番多いものの減少 し、一方で「配偶者、子、弟妹等の別」が増えてきている。後者のみの数字を追ってみると、2003 年30.1%、2004年316%、2005年32.7%、2006年34.3%、2007年34.5%とこの5年間で5パーセント ポイント増えている。 1−2−5.企業の存続と結婚カップルの存続  文字通り「マルチ・ステークホルダー」問題をどう解決するかということが重要になる。第一義 的には、企業の会社経営にとって資金調達の成否に影響を与える株主の評価が直接的な懸案である ことはまちがいない。しかも昨今の世界的な景気急落の状況では資金繰りが企業の存続を左右する ことになり、株式市場における自社の評価をいかに高めることが求められる。しかし、それ以外に も企業の存続と利害関係を共有するステークホルダーはいるわけで、株主総会だけでなく、労働組 合との交渉や、取引先・調達先との連絡会議などはそういったさまざまなステークホルダーの利害 を相互に調整する重要な場所となる。  なかでも従業員は、その能力向上だけでなく勤労意欲の向ヒもまた、企業の成果に重要な影響を

(9)

及ぼす要素を構成しており、従来から日本の企業が得意としていた分野でもある。それでは、なぜ かつて得意であった企業の特徴がここにきて薄れつつあるのだろうか。その最大の原因は競争の激 化によるコスト削減と生産性の向上の圧力の結果、従業員という企業業績への最大の貢献者の動機 付けの方法に変化をもたらしたからである。  1990年代の半ば以降、多くの企業は賃金コストの柔軟化に積極的にとりくみ、各種手当ての廃止 と成果主義的要素の取り入れがこぞって行われた。もともと男性雇用中心のシステムを維持するた めには、配偶者や子どもまでも取り込んだ手厚い生活支援体制が、最終的には企業への忠誠心や帰 属意識を家族にまで拡大することで長時間労働の稼ぎ手を支えてきたことはすでに明らかであり、 それがまた結婚カップルの存続を支えてきたのである。

2.賃金制度の変化に対する結婚カップルの反応について

 それでは市場競争と経済組織が変容するなかで、前節で述べたような日本の結婚カップルの経 済・社会・政治的位置づけが変化し、とりわけ賃金・報酬制度の成果主義・実績主義への変更が行 われる中で、夫婦がどのような考え方・反応をしているのかを、筆者がおこなったアンケート調査 をもとに検証してみよう。  本稿では、(財)雇用情報センター「これからの賃金制度のあり方に関する研究会」(今村 肇 (2004)など)、および神奈川県「多様な働き方研究会」(同(2005)『NPO、ワーカーズ・コレクティ ブ等にみる多様な働き方一その現状・課題・可能性一』)において、それぞれ筆者が中心となって 行ったアンケート調査のデータを用いて行う。  まずここで紹介する調査結果は、成果・実績主義の賃金制度変更が勤労者の意識と生活にどのよ うに影響をおよぼすかを分析した今村(2004)のデータのうち、家族に対する配慮に関する質問項目 に着目して、年齢や扶養子供の有無などについてクロス集計結果をおこなったものである。1 1 本章の分析に用いたデータは、今村(2004)において、Webモニター調査を利用して行ったものである。  働いている男女で、主たる家計責任を負っている人に対して行った。  ①調査地域:全国  ②抽出フレーム:Yahoo!リサーチモニター  ③調査対象:20∼59歳男女個人年収と世帯年収が拮抗している人  ④調査期間:2003年11月5日∼2003年11月10日

 ⑤有効回答数

合計 20歳代 30歳代 40歳代 50歳代 送付数 2,838 750 750 750 588 有効回答数 1,585 469 482 377 257

(10)

2−1.結婚カップルが直面している不安は何か  勤労意欲および生活不安に関しては、一般的に若い世代ほど成果主義への制度変化によって勤労 意欲が高まり、また年齢の高い世代ほど老後の生活に対する不安が高まる傾向がみられる。図一2 では若い世代ほど勤労意欲が高まったと答えた割合が高く、また年をとった、特に50代に関しては 制度変化によって勤労意欲が低下したと答えたものが半分を超えている、というように賃金制度の 変更が世代間で正負逆の結果をもたらしている。ただし、たとえば20歳代でも40%弱で勤労意欲が 低下したと答えていることには注意しなければならない。すなわち、全体として勤労意欲の低下層 が優勢である中で、かろうじて20歳代および30歳代の若い世代で、勤労意欲の高まっているのが確 認できる程度である。        図一2 年齢階層別・制度変化後の勤労意欲の変化 50歳代 40歳代 30歳代 20歳代 0% 20% 40% 60% ロ高まった ■変わらない ロ低下した 80% 100%  一方、生活不安については図一3に示すとおり、年齢の高い世代の方が老後に対する不安が制度 変化によって大きくなっているという傾向は明らかである。引退が近づきつつある年代の50代の方 が、引退まではまだ間がある20代、30代よりも、不安を感じる程度は高くなっている。 2−2.賃金制度において家族に対するどのような配慮が求められているか  賃金制度における家族への配慮については、必要と答える者が多いものの、その結果生じる格差 が貢献度の低い者に高い賃金をはらうのは容認できないという、相反する見解が混在している(図 一4)。  もっとも多かったのは「家族構成違いで生計費は異なるので賃金面で配慮すべき」で、43.1%が 選択している。ところが2番目に多かったのは「家族配慮の結果、能力のない年長者が高給なのは 許せない」の34.3%であり、家族構成に対する配慮が必要と答えておきながら、一方で家族構成へ の過剰な配慮による格差には反対という、相反する見解が混在しているのである。今回の調査対象 が、後で述べるように20代から50代までほぼ均等に標本をとったこと、また全員が世帯主であるこ

(11)

図一3 年齢階層別制度変化による引退後生活見通への影響度 50歳代 40歳代 30歳代 20歳代 0% 20% 40% 60% 80% 100% 田老後の生活が大  いに不安になった  (−2) ■老後の生活がや  や不安になった  (−1) 口特に変化はない  (±0) 口老後の生活がや  や明るくなった  (+1) ■老後の生活が大  いに明るくなった  (+2) とを考えると、とりわけ後者の「反感」が強いことには注意を払う必要があり、後ほどクロス集計 によって詳細にその背景を探ってみる。  以下、3番目以降はいずれも家族構成や扶養手当などを維持するべきであるという選択肢だった。 すなわち、「扶養関連等手当は愛社精神を高めるため廃止すべきでない」が31.4%、「家族形態の違 いに応じて、いっそうきめ細かく配慮すべき」が29.3%、家族や扶養関連の手当は既得権であり手 をつけるべきではない」が23.7%と続いている。先ほど述べたように、家族手当による貢献とあま りにも乖離した格差には反対でありながら、やはり家族構成に配慮した賃金、扶養関連の手当を望 む声は大きいといえよう。  その反面、少数ではあるが、賃金制度の中での家族への配慮や扶養関連手当などは廃止すべきで あるという選択肢を選んだ者もいた。「扶養家族有りで手厚い賃金が支払われる制度は廃止すべき」 が8.5%、「国の社会保障で対応する部分で企業は配慮の必要がない」が82%であった。後ほどクロ ス集計によってさらに吟味されるが、とりわけ後者の「企業は配慮」すべきではなく「国の社会保 障で対応」すべきと答えたものが、複数回答にも関わらず少なかったのはこういった家族への配慮 は企業が賃金制度で行うべきと言う認識が強く、公的に対応すべきと言う認識が弱いことを示して はいないだろうか。 2−3.年齢によって異なる家族への配慮に対する見解や期待  賃金制度における家族への配慮についてどう思うかを年齢階層別にみると、年齢によって顕著に 異なっていることがわかる。これは言わば、賃金制度における世代間の利害の対立と見ることがで きよう。若い世代はこれから家族を持つことになり、そのための生活費用がかかるため、年をとっ

(12)

  図一4 賃金制度における家族への配慮のあるべき形(M.A.回答) 50% 40% 30% 20% 10% 0% 43.1% 34.3% @礁ぽ <懸 31.4%    29.3% 23.7%

蒙㌢ 8.5%

8.2% 涜[灘漂・︳・

灘熱馨

べ, 12.9% .誓

灘・簸

芯げ

f

    4.3% P.0% 扶養家族有で手厚い賃金が払われる 制度は廃止すべき 高給なのは許せない 家族配慮の結果、能力ない年長者が 企業は配慮の必要はない 国の社会保障で対応する部分で 手をつけるべきでない 家族や扶養関連の手当は既得権で 賃金面で配慮すべき 家族構成違いで生計費は異なるので 高めるため廃止すべきでない 扶養関連等手当は愛社精神を 家族形態の違いに応じて、 一層きめ細かく配慮するべき 家族構成に配慮した制度とすべき その他 特になし た世代よりも家族に対する配慮を望む声が多いのが特徴といえる。それに対して、年をとった世代 は一般論として比較的冷静にこの問題に答えている傾向がある。以下、図一4のなかから注目すべ き項目をあげ見解や期待の違いを探ってみよう。  まず、年功的な賃金に対して、全く対照的な結果を示した二つの設問に着目する。一つは、「扶 養家族がいることだけで手厚い賃金が支払われるような制度は廃止すべき」という見解であり、こ れは比較的中高年世代の方が賛成している。すなわち、全体の平均は8.5%なのに対して、50歳代 は11.7%、40歳代は10.1%が支持しており、これから扶養家族を抱える期間が長い20歳代、30歳代 が平均より低いのと対照的である。  それに対照的なのは「家族への配慮の結果、能力のない年長者が高給を取るのは許せない」とい う見解である。これは、若い世代の圧倒的な支持を得ている。全体の平均が34.3%であるのに対し て、20歳代で40.5%、30歳代で41.1%という数字である。一方で、50歳代で21.0、40歳代は26.8% と、中高年世代からはあまり支持されていないのがわかる。  後者では年功的運用の要素が大きいこれまでの賃金制度に対する若い世代の反感を拾っている可 能性がある一方で、前者ではこれから生活費が上昇していく若い世代が、年功的賃金上昇をむしろ

(13)

肯定的にとらえているという結果になったようだ。  次に注目すべき二つの見解のうち一一つは、「国の社会保障で対応すべき部分であり、企業は配慮 する必要はない」である。この見解は、おそらく子育ての最中であるところの30歳代の支持がきわ めて低く、むしろ20歳代が8.1%と、40歳代から50歳代のパーセンテージに近い値を示している。  一方、「家族や扶養関連の手当は既得権であり手をつけるべきでない」という見解に対しては、 30歳代、40歳代が共通して平均値以上の支持を示しているのに対して、20歳代と50歳代はともに 平均値以下の支持しかしていない。  国よりはむしろ企業に家族支援の期待をしている労働者の実態がここでは明らである。つまり、 子育てなどの負担に最も直面している30歳代、40歳代の世代が、前者では国の社会保障ではなく自 分が雇われている企業の対応に期待していること、また、後者では企業の家族手当などの既得権を 剥奪されることは経済的な痛手であると認識していることが示されている。20歳代が逆の傾向を 図一5 年齢階級別・扶養家族有で手厚い賃金が払われる制度は廃止すべきと思う割合 平均 50歳代 40歳代 30歳代 20歳代 難影灘堀

羅灘灘⑫

・鮪⑳三ぽ簗 鰍影 . 1.7% 影纒灘纒鑛・灘雛蒙騰灘。灘難 ※ぽ ◇ ユ 10.1% 彩彩慈灘懇霧影灘老該隠§き念灘豪※S影ξ嚢嚢藷 蘂護該該嚢毯i織翼 7.1% 鋲辮懇∀ 。⑳凛灘而轟鰯濠影箋嚢麟黍慈繊影竃ij灘蒙㌶ 6.8% 0% 2% 4% 6% 8% 10% 12% 14% 図一6 年齢階級別・家族配慮の結果、能力ない年長者が高給なのは許せないと思う割合 平均 50歳代 40歳代 30歳代 20歳代 0% 5% 10%     15%     20%     25%     30%     35%     40%     45%

(14)

示しているのは、自分自身の世代が子育てや介護に直面している割合が少なく、家族や扶養関連に 対する国の役割や社会的な既得権に対する実感がわかないという可能性があり、前2者と同様実際 に経済的負担に直面しているかしないかで賃金制度に期待するものが異なることは明らかである。  最後に、最も全体の支持が多かった「家族構成の違いにより生計費は異なることから、賃金面で 配慮すべき」だが、この見解に対する支持をみても20代がもっとも大きく45.8%、それに対してほ かの3つの世代ともに平均値以下となっている。年功的あるいは家族配慮的な賃金制度の恩恵をす でに受けているものはそれ自体に関してあまり自覚をしていない。むしろ、これから自らの生涯を やりくりしなくてはならないという世代の方が、その生涯にかかる生活費をどのように工面するか について非常に関心が高いといえよう。そのほか、図一4にあった家族や扶養関連の手当が従業員 の会社への帰属意識に関わるという見解に示されているように、これからの若い世代に対して十分 な働くインセンティブを与えられるかということは、単に業績・成果主義の賃金と言うだけでなく、 彼らが背負うこれからの生涯のリスクをどの程度までカバーできるかにかかっているといえよう。 業績・成果のみの追求で、従業員を甚だしいリスクにさらしたままでは、企業が望む成果主義賃金 によるインセンティブは得られないことは明らかである。 図一7 年齢階層別・国の社会保障で対応する部分で企業は配慮の必要はないとする割合  平均 50歳代 40歳代 30歳代 20歳代 096 2% 4% 6% 8% 10% 12% 図一8 年齢階級別・家族や扶養関連の手当は既得権で手をつけるべきでないとする割合 平均 50歳代 40歳代 30歳代 20歳代 0% 5% 10% 15% 20% 25% 30%

(15)

図一9 年齢階級別・家族構成違いで生計費は異なるので賃金面で配慮すべきとする割合 平均 50歳代 40歳代 30歳代 20歳代

徽灘撚

㌶撚.灘繍驚ぴ      怒該 43.1% 彩巖状驚㌘、 灘 x裟綴※ 41. % 蘂鍮滋㌘ 灘該漁麟麟 叫∨w

U

渓露 42.4 ぶ灘嚇難㌶慾灘 珍徽総灘影冤41.7% 灘灘灘滋鑛 c 《難難鷲. .8% 39% 40% 41% 42% 43% 44% 45% 46% 47% 2−4.現実に扶養する子供のあるなしで大きく変わる家族への配慮に対する見解や期待  賃金や手当に対しての見解は、現実に扶養する子供があるかないかで、大きく異なることが、扶 養するこどもあるなしと家族への配慮のあり方に対する8つの見解とのクロスによって示される。 扶養する子供のある場合は、賃金制度の中で子供に対する配慮を強く望んでおり、少子化への対応 という配慮だけでなく、従業員のインセンティブを確保するためにも、賃金制度の中での扶養する 子供への配慮は引き続き必要であることを示唆する。  以下、設問の順にその概略をまとめてみよう。  まず、最初の二つ、「扶養家族がいることだけで手厚い賃金が支払われるような制度は廃止すべ き」と、「家族への配慮の結果、能力のない年長者が高給を取るのは許せない」である。いずれも、 扶養する子供のいない層に強く支持されており、扶養する子供がいるという現実が、家族への配慮 に対する肯定的な見解へと導いていると考えられる。ただし、両者を比べてみると、パーセンテー ジの大きさでは、後者すなわち能力のない年長者が高給を取ることへの反感は相対的にきわめて強 いことがわかる。  さらに、次の2つ、「国の社会保障で対応すべき部分であり、企業は配慮する企業は配慮する必 要はない」と、「家族や扶養関連の手当は既得権であり手をつけるべきでない」という見解につい ては、やはり、扶養する子供がいる方が、国への期待も大きく、また既得権としての家族や子供へ の配慮を失うことへの抵抗は大きい。  最後に、「家族構成の違いにより生計費は異なることから、賃金面で配慮すべき」については、 当然の帰結であるが、現実的な問題を抱えるかどうかによって、両者のパーセンテージの差は顕著 に大きく、家族構成違いによる生計費の差異への配慮は約10ポイントとなっている。現在扶養中の 子供があるという現実に深く関わる者への関心が高いのは当然のことであろう。

(16)

図一10 扶養子供有無別・扶養家族有で手厚い賃金が払われる制度は廃止すべきとする割合 扶養する子供はいない 扶養する子供がいる 0% 2% 4% 6% 8% 10% 〔覇、、 12% 14% 図一11扶養子供有無別・家族配慮の結果、能力内年長者が高級なのは許せないとする割合 扶養する子供はいない 扶養する子供がいる べ 」 9.6% ジ    竺霧㌧       33.1 28% 30% 32% 34% 36% 38% 40% 42% 2−5.扶養する子供の有無は、生活の安心にどう影響するのか  以上を総合すると、生活への不安はこれから扶養が発生する可能性があったり、現実に扶養する 子供があったりする方が高いことが、日本における賃金・雇用制度が抱える課題であることは明ら かである。図一15の生活への影響とのクロス表では、扶養する子供のある方が、明らかに生活への 不安を感じるようになっている。「現在の生活が不安定になり、不安を感じている」では、子供有 りが16%であるのに対して、子供無しが10%と少なくなっている。また、「将来に不安を感じるよ うになった」でも、子供有りが56%であるのに対して、子供無しが51%とやはり少なくなっている。 子供無しの場合は、「変化はない」が35%であり、子供有りの25%弱と比べると、子供が有ると賃 金制度変更による生活への影響を感じやすいと思われる。このように両者の違いが顕著に出ている ことは、残念ながら現在の賃金制度改革では不安解消が出来ていないことを示している。つまり、 企業と結婚カップルの間での努力だけではこの不安は十分解消されないことを示している。

3.地域社会のサービス・雇用環境変化の中で夫婦はどう対応するのか

 ここまでみてきたとおり、営利企業においては株主という強力なステークホルダーや、市場競 争の中での企業存続という最優先課題が存在するため、子育て支援に代表される家族への配慮は、 CSRという企業評価への投資と回収を含めても、一一定のコスト・ベネフィットの確保が前提とさ れる。でなければ企業は利益をヒげることができず、金融市場からの資金調達もままならず、存続

(17)

図一12 扶養子供の有無別・国の社会保障で対応する部分で企業は配慮の必要はないとする割合 扶養する子供はいない 扶養する子供がいる         0%         2%         496         6%         8%         10%         12% 図一13 扶養子供の有無別・家族や扶養子供の手当は既得権で手をつけるべきでないとする割合 扶養する子供はいない 扶養する子供がいる         0%      5%         10%         15%         20%         25%         30% 図一14 扶養子供の有無別・家族構成違いで生計費は異なるので賃金面で配慮すべきとする割合 扶養する子供はいない 扶養する子供がいる 扶養する子供はいない 扶養する子供がいる 0%     5%    10%    15%    20%    25%    30%    35%    40% 図一15 扶養子供の有無別・制度変化による生活への影響 45%   50% 國現在の生活が不安定になり、不安を  感じている ■将来に不安を感じるようになった 口将来の見通しが明るくなった 口変化はない        0%      20%     40%     60%     80%     100% 自体が脅かされることになる。そのため、企業単独の資金負担力のみで賃金や労働時間等の対応に よる結婚カップルの子育て支援コストを負担させるのは、企業業績によって変動することは当然な がら、一定の限界が存在することは明らかである。企業と労働者の創意工夫という次元で、子育て 支援の課題の解決を迫ることは、逆に本来の企業活動に一定の負荷を上乗せすることになるはずだ

(18)

が、こういった子育て支援に追われる労使の共倒れの危険については、現在のところ表に出てきて いないようだ。  営利企業における結婚カップルの働き方をどう変えていったらいいのか、変えることができるの かという問題を考えるとき、非営利組織における働き方と、それによって提供される対人社会サー ビスが我々に示唆を与えてくれる。すなわち、一つは、前節までの営利組織である企業における報 酬と動機付けのあり方とは異なった、より自らの自主性を組織運営の原理に生かせ、家庭生活との 両立が可能で、なおかつ社会的使命(ミッション)を果たすことも出来る代替的な働き方の選択肢 として、またもう一つは、子育て支援に関わる保育サービスなどの、サービスを受ける側と提供す る側の情報の非対称性を解消してくれる供給主体としての注目である。  ここでは、神奈川県・多様な働き方研究会(2005)、『NPO、ワーカーズ・コレクティブ等にみる 多様な働き方一その現状・課題・可能性一』において、筆者らが中心となって行ったアンケート調 査のデータを用い、地域における非営利組織と家族との関係を探ってみる。特に注目すべきは、本 稿の前半で述べたとおり、営利企業におけるこれまでの男性雇用保障による家族への福祉サービス 提供と、ちょうど裏腹の関係を示している非営利組織の担い手となっている主婦層や退職者たちの 存在である。2 3−1.少ない賃金や労働時間で働き、少ない家計責任  NPOおよびワーカーズ・コレクティブともに、賃金水準は年収300万円に達していないものの割 合が高く、また労働時間もその大部分が週40時間未満の短時間就業者である。まず報酬(年収)を 見てみると、NPOでは約90%、ワーカーズ・コレクティブでは約85%が年収300万円に満たない人 たちである。したがって、未回答を除くと、年収300万円以上を受け取っている人は、NPO法人で 6%弱、ワーカーズ・コレクティブでは3%弱にしかならない。これでは、生活をするのに十分な 収入を稼いでいるとはいえない状態である。  次に、NPO法人やワーカーズ・コレクティブに働く人たちの世帯類型や家計における所得状況 を、図一16∼図一19で見てみると、他に主たる所得者がいる家計に属していて、自らの家計での所 得責任は軽い人が多いことがわかる。  NPO法人では、7割以上が夫婦を中心とした世帯で、ワーカーズ・コレクティブでは9割近く がそうであることがわかる。とりわけ、夫婦と子供という類型は、両方でもっとも多く、NPO法 2 ここで用いたアンケート調査の概要は以下の通りである。調査対象:神奈川県内のNPO(NPO法人)およ  びワーカーズ・コレクティブ。調査時期:2003年10月∼12月、回収状況:NPOは送付団体数749に対して有  効回答数209(回収率27.9%)、ワーカーズ・コレクティブは、送付団体数228に対して有効回答数104(回  ‖又率45.6%)

(19)

人で37.7%、ワーカーズ・コレクティブで70.4%と圧倒的に占める割合が高い。  ちなみに、調査対象者の男女別構成については、NPO法人は女性が60%、男性が38.5%(未回答 あり)、ワーカーズ・コレクティブでは女性が97.2%、男性が0.9%(未回答あり)と圧倒的に女性 の割合が高いという結果が出ている。一方年齢別構成で見ると、女性は圧倒的に中年層が多いのに 対し、男性の場合はNPO法人では、60代が47.8%、次いで70代以上が18.3%となっている。  すなわち、先ほどの所得や労働時間が一般の正規労働者と比べて少ないという事実とあわせる と、NPO法人やワーカーズ・コレクティブの支え手たちが、主たる稼ぎ手としての夫を持つ家庭 の主婦、あるいは引退した高齢者たちであることは明らかである。 図一16 世帯類型 NPO法人(個人) 0.0      あなた    あなたと親   あなたと子ども あなたと子どもと親 あなたと子どもと孫       夫婦     夫婦と親   夫婦と子ども  夫婦と子どもと親  夫婦と子どもと孫      その他      未回答 10.0 6.5 20.0 30.0 40.0 9 1 1 8 0 1.9 1.5 1.5 .7 m系列1 図一17 家計での位置づけ NPO法人(個人) O.O     主な仕事       副業   余暇の有効活用 家計の補助的な仕事    アルバイト 生きがい、社会貢献      その他      未回答 10.0 20.0 30.0 40.0 169 1.5 Q.3 10.8 0.4 37 6.5 24.2 3 ■系列1

(20)

         図一18 世帯類型 WCo(個人)        1−4世帯類型       0.0      20.0      40.0      60.0      80.0      あなた    あなたと親   あなたと子ども あなたと子どもと親 あなたと子どもと孫       夫婦     夫婦と親   夫婦と子ども  夫婦と子どもと親  夫婦と子どもと孫00      その他      未回答「09 α5 0.5 6.1 0.5 0.5 10.8 0.5 7 8.9 0.0 0.5 0.9 1 70.4 ■系列1 図一19 家計での位置づけ WCo(個人)      0.0     10.0    20.0 主な仕事     副業  余暇の活用   家計補助  アルバイト 社会貢献活動    その他    未回答 30.0    40.0    50.0    60.0 54.5 ■系列1 3−2.減少し続ける専業主婦と、経済的に自立する若い世代の女性たち  多様な働き方の受け皿として注目されている非営利組織であるが、実際にはその働き手の多くは 家庭の専業主婦層や引退後の高齢者であるという事実は、これからの非営利組織を支える働き手の 構造に不安が伴うことになる。とりわけ、ワーカーズ・コレクティブに至ってはそのほとんどが中 年の女性たちによって支えられており、今後世代が交代していく中で、専業主婦層がどのように推 移するかの予測はきわめて重要な意味を持つ。  そこで、先ず図一20によって、専業主婦層の推移を見てみると、1980年には1,093万人で、全配

(21)

偶女性の37.1%を占めていたサラリーマン世帯の専業主婦が、859万人、26.5%と大幅に減少して いることがわかる。さらに、図一21によって、現在の状態と今後の状態を聞いたものを見ると、現 在46.9%が専業主婦の状態であると答えているものが、将来もそのままを希望するものは16.9%と なり、今後専業主婦層が大幅に減少することが予想される。  一方で、世代別に家計を支えている女性たちの割合を比べてみると、「世帯の家計の主たる収入 であり、生活を支えている」「世帯の家計の補助する収入であり、生活を支えている」と答えるも のの割合が、20代後半から30代では合計で6割を超えている。前者の主たる収入であると答える割 合だけに限っても、30∼34歳ではほぼ4割となっており、50代の女性たちでは、合計でも4割、主 たる収入だけに限ると2割以下という状況とは対照的である。 図一20 専業主婦の割合とサラリーマンの専業主婦世帯数 (万人)      (%) 1200 10◎e 800 600 400 200 0 40 30 20

ロ綴麺i㌶帯

◆一一全有配偶女性に  占めるサラリーマ  ン世帯の専業主  婦の割合 10 0    1980年  1990年  2000年 出所:総務省「国勢調査」「労働力調査特別調査」 図一21既婚女性の現在の就労形態と希望する就労形態 専業主婦 非正規雇用 フルタイム  ロ現在の就労形態 .3ロ希望する就労形態       0       20       40       60   〈%) 出所:(財)生命保険文化センター「生活設計と金融・保険に関する調査第4回一既婚女性の生活設計に関する    調査」

(22)

図一22 年齢階級別収入の位置付け ∼24旋 25・・d2gth 30ぺ34境 G5∼39th 4◎〔44貴 45∼49療 5一4撮 55∼69衰 6◎r64寅 65〆69旋 フo∼ア4歳 フ5歳以上          0      2〔〕      40      60      80      100        (%) 出所:厚生労働省「コミュニティ・ビジネスにおける働き方に関する調査報告書概要」(2004年6月18日) 3−3.あらたな個人(男女)と経済組織・社会基盤としての福祉社会のあり方     ヒューマン・キャピタルからソーシャル・キャピタルへ  NPOやワーカーズ・コレクティブのこれまでの中心的な担い手であった主婦たちは、これから もサービスの担い手であり続けるのか、あるいは今後のコミュニティ・ビジネス等の提供者はどの ように対応するのだろうか。また、これまでは雇用保障された男性と家計を共有する主婦が大きな 担い手であった日本のNPOやワーカーズ・コレクティブは、地域の対人社会サービスの供給者と して期待されているものの、そのマンパワーは今後だれが支えていくのだろうか。  一方で、もはや家族・企業の経済的領域で結婚カップルの諸課題を解決するのは難しく、ニーズ が多様化し、家族形態も多様化するなかで、雇用・労働・学習などの時間帯もますます分散化して いくことが予想される。NPOやワーカーズ・コレクティブなどの非営利組織においてはヒューマン・ キャピタルの蓄積を行い、さらにそれをさまざまな組織や個人間のネットワークの拡大というソー シャル・キャピタルの蓄積に拡大し、時間の経過とともに動的に変化していく自らのニーズを的確 に読み分け、それに応じたサービスを自ら供給してかなくてはならないのではないだろうか。  本稿は、営利組織と非営利組織に関するそれぞれ独立して行われた調査を用いたもので、今後は さらに比較可能なフレームワークを用いて検証すべきことは言うまでもないが、日本における家族 支援をめぐって、個人(男女)、企業、政府・地方自治体の関わり方に関して十分に読み取れたも のは少なくない。すなわち、これからの日本における個人(男女)のゆくえは、単に個人と個人の 結びつき、あるいは個人とそれを雇用する企業の問題としてとらえるのではなく、むしろコミュニ ティ・ネットワークの一一員として、またソーシャル・キャピタルの核となる構成要素として、相互 に異なる利害や欲求の調整を自律的におこない、自ら必要な対人社会サービス供給に関わっていく 意思とスキルが求められているのである。  少子化対策と両立する生活の安全を生み出すのに、企業と個人(男女)の間だけでそのリスク

(23)

の移転をし合うことは限界が見えている。企業と個人(男女)の間でリスクをカバーし政府がその 周辺を支えるという生涯リスク構造の構図ではなく、コミュニティやさらにその大きなものとして の国家というレベルで、企業・個人・政府に加えてさまざまなコミュニティが、社会と組織の変容 によって生じたセーフティー・ネットの隙間をどのように補い、有機的な組織体に形成していくか が重要な課題となる。そのためには、今後さまざまな形で形成される組織のガバナンスやインセン ティブの設計に関して更なる調査研究を行いつつ、サービス提供の現場との相互フィードバックが 必要である。本稿においては十分論じることのできなかった、地域の対人社会サービス供給のガバ ナンスとそれに関わる個人(市民)のあり方については機会を改めて論じたい。 [参考文献] 今村 肇(2001)、「経営戦略における人材マネジメント戦略 一人材タイプ別の戦略等一」、これからの賃金制   度のあり方に関する研究会『経営戦略における賃金制度を中心とした処遇』、(財)雇用情報センター 今村 肇(2002)、「業績・成果による評価制度と人的資源管理」、これからの賃金制度のあり方に関する研究会   『業績・成果を重視した賃金制度における評価とその結果の反映』、(財)雇用情報センター 今村 肇(2004)、「勤労者からみた賃金制度に対する意識と生活、」これからの賃金制度のあり方に関する研究   会『勤労者生活の安定を図る賃金制度のあり方』、(財)雇用情報センター ウルリヒ・ベック(東廉伊藤美登里訳)(1998)、『危険社会一新しい近代への道』、法政大学出版局 楠田丘(2002)『日本型成果主義 人事・賃金制度の枠組と設計』、生産性出版 厚生労働省(2004)、『雇用創出企画会議第二次報告書 ∼ コミュニティ・ビジネスの多様な展開を通じた地域   社会の再生に向けて ∼』、厚生労働省 Dore, Ronald(2001)、 Stock Market Capitalism:Welfare Capitalism(藤井真人訳[2001]、『日本型資本主義と市場主   義の衝突一日・独対アングロサクソン』、東洋経済新報社.) Milgrom, Paul and Robe直s, John,(1992), Economics Or anization and Mana ement, Prentice Hall,(奥野・伊藤・今井・   西村・八木訳(1997)『組織の経済学』、NTT出版) 宮本太郎(2008)、『福祉政治 日本の生活保障とデモクラシー』、有斐閣 守島基博(2001)、「経営戦略の人材マネジメントにおける重要性」、これからの賃金制度のあり方に関する研究   会『経営戦略における賃金制度を中心とした処遇』、(財)雇用情報センター 労働政策研究・研修機構(2004)『企業の経営戦略と人事処遇制度等に関する研究の論点整理』、労働政策研究・   研修機構(労働政策研究報告書No. 7) 八代尚宏(1997)『日本的雇用慣行の経済学』、口本経済新聞社

参照

関連したドキュメント

婚・子育て世代が将来にわたる展望を描ける 環境をつくる」、「多様化する子育て家庭の

 我が国における肝硬変の原因としては,C型 やB型といった肝炎ウイルスによるものが最も 多い(図

に関連する項目として、 「老いも若きも役割があって社会に溶けこめるまち(桶川市)」 「いくつ

関係会社の投融資の評価の際には、会社は業績が悪化

1989 年に市民社会組織の設立が開始、2017 年は 54,000 の組織が教会を背景としたいくつ かの強力な組織が活動している。資金構成:公共

意思決定支援とは、自 ら意思を 決定 すること に困難を抱える障害者が、日常生活や 社会生活に関して自

区の歳出の推移をみると、人件費、公債費が減少しているのに対し、扶助費が増加しています。扶助費

個人は,その社会生活関係において自己の自由意思にもとづいて契約をす