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仏教活論本論 : 第二編 : 顕正活論 利用統計を見る

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(1)

仏教活論本論 : 第二編 : 顕正活論

著者名(日)

井上 円了

雑誌名

井上円了選集

4

ページ

189-371

発行年

1990-03-31

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00002888/

(2)

仏教活論本論 第二編

(3)

      −ぷ杉⑳繍叉、ぐ

讐  蒙二鰻繊講纏舞議甥よば了膏

き顕難耀灘騨該錘難響;蓋゜︽:

 畢春ノ婿▲ε情鰺修嬬欝雀鍵燃㌢夜声喧鹸麟♪任牢p涜宇゜厨民.留

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臼一姐衰内.ノ歪派菖.舞﹀、 (巻頭) 4.刊行年月日   初版    明治23年9月29日   底本:3版明治30年6月25日

L

   1冊 2.サイズ(タテ×ヨコ)   185×124m 3.ページ   総数:368   序言: 4   資料:10〔諸宗略表他〕   目録:11   本文:343

全全金明    治

+芸

.粋年年 六五全丸 月月月月

三∪麟一紗・ガ、、\建、久聞衡治 ㌧冨※綴歎灘御﹁べぶ灘誓‖  囁,.珍、‖ば宍丁ロ  ※     央契ピ唱﹁ 村   ・.匡㎡忍  食翻●﹁林 朗 夷 賄

    .・護.驚,ミ 互  ゴ奪  七   、\・  薩憤.、裏爺一軍  魯一, 院     幕ポ祷 碕  次 妬

(4)

仏教活論本論 第二編顕正活論 序 言 一、 ]﹃破邪活論﹄を編述して以来ここにすでに三年に満たんとす。しかしていまだ﹃顕正活論﹄を発刊せざり  しは左の事情による。余、哲学館を設立して以来、館用多端にして編述に従事するいとまを得ざりし、その   一由なり、一昨年六月、欧米漫遊の途に上り久しく海外にありし、その二由なり、最初定めたる本編の序次  を変更し段節を増補するに至りたる、その三由なり。しかるに今ここに夏期休暇の際、暑を山中に避け数週   の間を得、その緒論ならびに総論の稿を脱したれば、速やかに印刷に付して世のもとめに応ずるに至れり。  読者請う、これを了せよ。 一、 ]が仏教の研究は師についてその伝を得たるにあらず、宗門に入りてその流れを汲みたるにあらず。独学独  修せるものなれば、その論述するところおのずから世間相伝の流義および説明と異なるところあるべし。か   つ余は本編中に述ぶるがごとく、仏教の全理を組織して一科の学となすものなれば、世間注釈的学風を追う  ものとその見解を異にするは必然なり。しかるに余が目的とするところは、仏教を知るものに仏教を知らし  めんとするにあらず、仏教を知らざるものに知らしめんとするにあれば、余は従来の注釈的学風にては到底  この目的を達し難きを知り、自ら進みて学理的に研究する針路を開くに至れり。しかして本編のごときは殊  更に哲学上仏教を論評せるものなれば、ひとり仏教外の人、この書によりて仏理を知るの益を得るのみなら  ず、仏教内の人もこの書によりて哲学を知るの便を得べしと信ず。 一、 {編の脱稿はわずかに数週間に成りたるものなれば、論理の精密を欠き考証の疎漏を免れ難きも、他日再校 189

(5)

 の節、更に修正するところあるべし。        90 一、  ず、人に乞うて文を飾らしめずと。本書もまたしかり、ただに文飾序評を人に乞わざるのみならず、他人に  乞うて校閲訂正せしめず、独知独了のまま、これを編述しこれを発刊するに至れり。 一、  はこれを評して、かえって真宗を鹿せりとなすべし。しかれども余がこの著のごときは哲学上仏教を論評せ  るものなれば、真宗の眼光をもって仏教を観見したるものにあらざること言を待たず。かつ余は諸宗を合同  して一体となりたるものをもって完全の仏教とし、各宗各派はみなその一片一部分に過ぎずとなすものなれ  ば、余は各宗の間に優劣を判ぜずといえども、おのおのその長所と短所あることを論ずるものなり。故に他  宗の人の余が論を読みて真宗に偏せりとなすは、余が真宗の家に生まれたる縁故と、余が真宗の長所を挙げ  たる点とを見ていうならん。また真宗の人の余が論を評して真宗を庭せりとなすは、余が真宗の家に生まれ  ながら真宗の短所を挙ぐるを見ていうならん。故にもしその駈せりとなす論と僻せりとなす評とを合してこ  れを考うるときは、余が論の公平無私なるを知るべし。 一、   て有志に配布することとなせり。しかるに本書のごときは一層字数増加せるをもって、初めより読者の便を  図り、五号文字にて印刷することに定めり。読者幸に、前編とその体裁の異なるを怪しむなかれ。    明治二三年九月一五日       著 者 誌

(6)

仏教活論本論 第二編顕正活論 一 一 一 一

日本諸宗略表

    現今の一 二宗︵寺院、住職の数は明治二〇年度の調査による︶ 天台宗 桓武帝延暦二三年、伝教︹最澄︺入唐伝来   宗派  三派  一、単称 天台宗︵山門︶ 二、寺門派 三、真盛派   寺院  四、七三〇寺   住職 三、〇六〇人 真言宗 桓武帝延暦二三年、弘法︹空海︺入唐伝来   宗派  二派  一、古義派 二、新義派   寺院  一二、九四三寺   住職 七、七六九人 浄土宗 高倉帝承安四年、源空︹法然︺立宗   宗派  二派  一、鎮西派︵単称 浄土宗︶ 二、西山派   寺院  八、三〇六寺   住職 六、六三二人 臨済宗︵禅宗︶ 土御門帝建仁年中、栄西帰朝伝来   宗派  一〇派  一、天竜寺派 二、建仁寺派 三、東福寺派 四、相国寺派 五、南禅寺派 六、       妙心寺派 七、大徳寺派 八、建長寺派 九、円覚寺派 一〇、永源寺派   寺院  六、一〇〇寺   住職 四、六〇五人 曹洞宗︵禅宗︶ 後堀河帝の朝、道元入宋伝来 191

(7)

一 一 一   寺院  一四、二四〇寺   住職 一二、〇七一人 黄壁宗︵禅宗︶ 後光明帝の朝、明︹の︺隠元来朝伝来

  寺院 五七一寺  住職三八四人

真宗後堀河帝元仁元年、親鷺立宗

  宗派  一〇派  一、本願寺派 二、大谷派 三、仏光寺派 四、高田派 五、       派 七、出雲路派 八、山元派 九、証誠寺派 一〇、三門徒派   寺院  一九、一九六寺   住職 一七、一七六人 日蓮宗 後深草帝宝治五年、日蓮立宗   宗派  八派  一、単称 日蓮宗︵一致派︶ 二、妙満寺派 三、興門派 四、       派 六、本隆寺派 七、不受不施派 八、不受不施講門派   寺院  四、九七五寺   住職 三、九五〇人 時 宗 後宇多帝建治二年、一遍立宗   寺院  五一〇寺   住職 三七七人 融通念仏宗 崇徳帝天治元年、良忍立宗   寺院  三五六寺   住職 二三一人 法相宗 シナ伝来総じて四伝あり。第一伝孝徳帝即位九年、道昭入唐伝来、第二伝     通智達入唐伝来、第三伝 文武帝大鳳三年、智鳳智鷺智雄入唐伝来、第四伝

(8)

一     肪入唐伝来、本宗一時中絶、明治一五年再興。   寺院  三九寺   住職 一四人 華厳宗 聖武帝天平八年唐の道踏、華厳の章疏を将来し、天平一二年、良弁審祥をして華厳経を講ぜしむ、     これより弘宗、近世他宗の所轄となり、明治一九年独立す。   寺院  二五寺   住職 一一人  以上一二宗三〇余派、総計 寺院七一、九九一寺、住職五六、二八〇人

顕正活論 分科表

仏教活論本論 第二編顕正活論

第1表

論︵第2表へ続く︶︵第↓∼二七節︶ 論{

磨??俣繹齧睡b誘市︶

193

(9)

第2表

緒論

 護

 国

 論

愛理論 前段︵端緒︶︵第一、二節︶ 前段︵端緒︶︵第七、八節︶ 後段︵帰結︶︵第二七節︶

(10)

仏教活論本論 第二編顕正活論

第3表

哲学総論 前段︵端緒︶︵第二八節︶ 後段︵帰結︶︵第五四∼五七節︶ 195

(11)

第4表

  

@ー︷⋮擁⋮⋮⋮浩旛

(12)

仏教活論本論 第二編顕正活論

第5表

理論門 前︵端緒︶ 中

  

@ 

L宗鍾奏七八八節︶

  

@ 

@空

@{

サ纂霞三節︶

体象実在論

  

@ 

@∴

吹c灌ザ

     結言口 ︵第一〇一二∼一〇六節︶

体象規則論禽⋮講難二一ヨパ=  

︵第七二∼七九節︶ 後︵帰結︶︵第二二八節︶ 197

(13)

第6表

第7表

応用 門

   中

前︵端緒︶︵第一三九、一四〇節︶

善悪苦楽論﹃灘鑛

迷悟染皇鷲霞㌘霊一西

応報業亙顯塞麺蕪 

後︵帰結︶︵第一六九∼一七三節︶

(14)

仏教活論本論 第二編顕正活論

第一段 緒論

 第一節 余かつて﹃序論﹄に人世の二大義務を論じて曰く、真理を愛するは学者の務むるところにして、国家 を護するは国民の任ずるところなり、国民にして国家を護せざるものは国家の罪人なり、学者にして真理を愛せ ざるものは真理の罪人なりと。またこの二者の相離れざるゆえんを述べて曰く、護国愛理は一にして二ならず、 真理を愛するの情を離れて別に護国の念あるにあらず、国家を護するの念を離れて別に愛理の情あるにあらず、 その向かうところ異なるに従ってその名称同じからざるも、帰するところの本心に至りては一なりと。また余が 本心のあるところを示して曰く、余が真理のために喋々するもの、みな護国の精神のあふれて外に流るるものの みと。以上の数語は余が本論を述作する端緒を開くものなれば、ここに更にその理由を説明せざるべからず。そ もそも人のこの世にあるや外界に対して発動する本心に二様あり。一は利己自愛心、二は利他汎愛心、これなり。 この二者は全く相反し氷炭相いれざるがごとしといえども、その実一体にして決して離れたるものにあらず、こ の一体不離の関係を示すものすなわち仏教にして、余が愛国論もこの理に基づくものなり。今この本心を護国愛 理の二者に配当するときは、真理を愛する情は汎愛心より起こり、国家を護する念は自愛心より起こる。余はこ の二心より生ずる主義を名付けて、その一を宇宙主義といい、その二を国家主義といわんとす。すなわちわが汎 愛の心、天地の上に及ぼすときは宇宙主義を生じ、自愛の心、国際の間に及ぼすときは国家主義を生ずるなり。        99        1 もしそれ国家主義の一辺をもって真理を講ずるときはその目的を達し難く、宇宙主義の一辺をもって国家を論ず

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るときはその独立を期し難し、故にこの二者は偏廃すべからざるものと知るべし。        oo  第二節 しかるに宇宙と国家との二大主義はその体不離なるも、その目的異なるをもって、人ややもすればそ 2 の一を取りてその二を捨てんとす。たとえば学理を研究するものは宇宙の真理を目的とするをもって、その弊国 家を忘るるに至り、政治に従事するものは国家の独立を目的とするをもって、その弊学理を排するに至る。これ 他なし、理論と実際とその方向を異にするによる。しかしてこの二者全く相反するものと思うは、皮相の浅見に 過ぎず。もし深くその理を究むるときは、国家の裏面には必ず宇宙あり宇宙の裏面には必ず国家ありて、一方の 極端に達すれば必ず他方の存するゆえんを知るべし。今仏教の語をかりてその関係を示すときは、差別は平等を 離れず、平等は差別を離れざるものにして、平等の真理中に国家あり、差別の国家の上に真理ありといわざるべ からず。余の平常、意に発し口に動き身に現ずるところのもの、みなこの二様表裏の関係を離れざるものにして、 今余が本論を述作するの意またこの目的に外ならず。すなわち宇宙主義よりこれをいえば、余は誓って世界万世 のために宇宙の真理を発揮せんとし、国家主義よりこれを論ずれば、余はあくまでわが日本帝国のために国家の 富強を祈念せんとす。しかして余は信ず、我人が仏教を研究するは、一は真理のため、一は国家のために欠くべ からざる一大事なるを。ああ、この墳々たる一論にして、よくこの二大目的を達することを得ば、余が幸いこれ よりはなはだしきはなし。  第三節 余かつて﹃序論﹄中に、仏教を研究するは国家のために必要なるゆえんを述べたれども、なおそのう ちに漏らしたる二、三点をここに挙ぐべし。そもそもわが国古来の文明はその初めシナ、インドの地に発し、流 れてわが国に入り、わが固有の性質気風これに加わり、三国の元素相和し相合して、一種特有の文明を化成した

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仏教活論本論 第二編顕正活論 りしをもって、その今日わが国に存するもの、これをインド、シナに存するものに比するに、大いに異なるとこ ろあるをみる。わが国の教学、芸術、風俗習慣、国体民情に至るまで、その隣邦に異なるゆえんのもの、みなこ の理による。これわが国の数千年来、東海の表に富峰と共に秀然として聾立したるゆえんにして、また将来永く 万国の間に卓然として独立するゆえんなるべし。しかしてその文明の根元を探りまたこれを将来に伝うるは、従 来存するところの学問によらざるべからず、その学問とはなんぞや。曰く、もしその元素をもって区別すれば、 和学、漢学、仏学なり、もしその種類を挙ぐれば、言語学、歴史学、宗教学なり。古来わが国の学者は大抵、和 漢仏の三学を兼修し、和学者は漢仏を兼ね、仏学者は和漢に通じ、その著書も三者を混和せるもの多かりしが、 徳川氏の時代に至り儒仏二道を分かちて分業競争の勢いを養成せしをもって、従来混和したる三学は自然に鼎立 の形を成し、外面にては三種全く相離れたるがごとき状態を示せりといえども、その内情を尋ぬるに、そのすで に混和したる性質は依然としてそのうちに存せしをみる。しかるに今日は徳川氏の余勢を継ぎ、ひとり外面隔離 の現状をみて、永くこれをして分解せしめんとするものありといえども、数千年来混和したる一種の化合物、い ずくんぞ一朝にしてその本来の元素に溶離するを得んや。かつ我人はこれを分解するは、かえってわが国体民情 の上に大いに利害の関係あることを記せざるべからず。故に余はあくまでこの三学を保護し、永くその和合を維 持し、国家の独立にさきだちてこの独立を全うせんことを祈念してやまざるなり。けだし余はこの独立ありて始 めて国家の独立を全うすることを得るものと信ずればなり。しかして余がこれを保護するの意は、あえてその旧 来の研究法を守り注釈的学風を維持するの意にあらず。旧来の研究法は、学問の皮相を保守するを知りて、精神        捌 を発育するを知らず、これいわゆる学問を死物視するものなり。学問決して死物にあらず、機関あり、精神あり。

(17)

これに供するに新鮮の栄養をもってするときは、勃々として生気を発し、森々として繁茂するものなり。故に余 は旧来の学風を一変して、わが従来の諸学に理学哲学の栄養を与え、これをして十分に発育せしめんことを期す。 これ余が今日哲学館を設置して、わが国に久伝せる和漢仏を正科とし、欧米各国の理哲諸学を助科とし、他日日 本大学を創立するをもって目的とするゆえんなり。  第四節 つぎに三学の種類についてこれを考うるに、一国の独立を維持するには、その国の言語と歴史と宗教 とを保護するより急要なるはなし。言語は広く貴賎、上下、異等の人民にわたり、横にその思想を接合して、一 国の人心をして散失せざらしむるに力あるものなり。これを空間上、人民を結合するという。歴史は縦に古今歴 代を貫き、その沿革風習を維持して、従来の民情国体をして永続せしむるに力あるものなり。これを時間上、人 心を持続するという。しかして宗教は、古今を貫きて変ずることなく、上下にわたりて異なることなく、いずれ の世、いずれの人を問わず、一味平等、一定不変の教義をもって貫徹継続するものなり。故に宗教は空間上、時 間上、共に人心国体を結合持続するに力あるものなり。故に一国に固有の言語、歴史、宗教なくんばすなわちや まん。いやしくも言語あり、歴史あり、宗教ある以上は、国家のためにこれを講究し、これを養成せざるべけん や。今わが国のごときは千余年の久しき伝来せる一種固有の言語あり、歴史あり、宗教あり。その文学といい、 史学といい、宗学といい、共にその美なること一歩も他邦のものに譲らず。あにこれをおいて問わざるの理あら んや、いわんやその存廃は国家の独立に関するをや。ただ今日この三学の欠点は、これを講究する方法よろしき を得ざるにあり。これ余が哲学館を設立して、その講究法を改良せんことを計画するゆえんなり。  第五節 かくのごとき道理あるをもって、余は心力を尽くして国家のために、わが国従来の和漢仏三学を保護

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仏教活論本論 第二編顕正活論 し、文学、史学、宗学を振起せんと欲するものなり。しかるに今日世間の論ずるところをみるに、余輩の解する ことあたわざるものあり、なんぞや。曰く、世間の論者は西洋学を講究するを知りて、日本従来の諸学を講究す るを知らず、日本従来の諸学を講究するを知るも、ひとり和漢両学講究の必要を感じて仏学研修の必要を知らず、 文学史学を維持するの急務を知りて、宗教を保存するの急務を感ぜざること、これなり。なんぞ見ることの狭き や、なんぞいるることの小なるや。しかしてその論者は大抵和漢をもって日本固有の学となし、ひとり仏教は外 国伝来のものとなすがごとし、これ余輩の最も惑うところなり。もし外国伝来と自国本有とを論ずるときは、現 今わが国に存するもの百中の九十九は外国伝来にあらざるはなし、なんぞひとり仏教のみしからんや。百科の技 芸、万般の器用みな外国伝来なり。ただそのうちに世人一般に認めて日本固有品となすものはなんぞや。その初 め外国より入りきたりしも、これをわが国に伝えて千百年を経過し、わが国の国風民俗と混和して一種特有の発 達を現ぜしものをいうにあらずや。果たしてしからば、仏教も純然たる日本固有の宗教というべし。なんとなれ ば、その教は千数百年間日本に流伝し、日本固有の性質と混和して、一種別伝の宗派を化生したるにあらずや。 その事実のごときは今日わが国に存する仏教と、インドおよびシナの仏教と異なるところあるを見て知るべし。 かつ仏教はわが皇室国体と密接なる関係を有することは、史上に照らして明らかなる事跡にして、余輩の喋々を 待たざるなり。今日存する大寺巨刹の寺格僧位等は、みな先皇の親勅によりて裁制せられたるものにして、古来 皇帝皇族の仏門に帰して建立せられたる仏寺、今なお存するものいくたあるを知らず。実にわが国の仏教は先皇 の定め給うところにして遺詔の存するところなれば、いやしくも皇統一系の日の下に生育するわが日本臣民たる        03        2 もの、なんぞこれを外物視して不問におくの理あらんや。もし仏教今日の弊風に至りては、これを弘通するもの

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の罪にして、仏教の罪にあらず。かつその弊風のごときは、進みてこれを改良するをもって、わが国の臣民たる        04 ものの先皇に対する義務といわんのみ。      2  第六節 しかるに世間の論者中仏教のかくのごとき重大の関係を有するを知らずして、ただに仏教の改良に注 意せざるのみならず、かえってこれを排斥せんとするものあり。余この論者に対して一言をただせんと欲するも のあり。わが国朝野の人士相会することに曰く、日本は美術国なり、わが輩は国家のためにこの固有の美術を策 励せざるべからずと。そのいわゆる固有の美術とはなんぞや。もしこれを分析してその本源を尋ぬるときは、一 としてシナもしくはインドの伝来にあらざるはなし、その外国輸入なること、わが仏教に異ならず。しかるにこ れを日本固有の美術と称するは他なし、たとえその初め外国より入りきたりしも、その後数百年間これをわが国 に伝えて、一種特有の発達を呈し、一種の日本風を帯びて、今日その祖先たるシナ、インドに存するものと大い にその性質を異にするによる。仏教またしかり。わが国今日の仏教は日本風を帯びて、シナ、インドに存するも のと大いに異なるところあるにあらずや。故に美術をもって日本固有となすときは、仏教も同時に日本固有とな さざるべからず。もしこの二者共に日本固有のものとなすときは、朝野の人士が美術を策励するをもって国家の 義務となすと同時に、仏教を振起するをもって国家の義務となさざるべからず。しかるに美術にありては、その 盛衰を旧来の無学無資の美術家に任ぜずして、朝に野に衆人争うてその改良に力を尽くし、ひとり仏教に至りて はこれを旧来の僧侶に一任して、だれもその改良に注意せざるは、果たして国民たるもののその国固有のものに 対する公平の見なるや、これ余輩の大いに怪しむところなり。そもそもわが国従来のものにして国家の利益とな るもの、なんぞひとり美術に限らんや、仏教も国体の維持、国家の独立に関係あるにあらずや。かつわが国の従

(20)

仏教活論本論 第二編顕正活論 来美術国たりしゆえん、またその美術に一種の特色あるゆえんのものを分析してこれを考うるときは、必ずその 原因となるべきもの別に存するや明らかなり。これを万国の美術史に徴するも、美術の本源は多く宗教上より発 するをみる。けだし宗教上の高尚優美の思想、流れて美術となりて外観に現ずるによる。わが国あにひとりしか らざるの理あらんや。これによりてこれをみるに、わが美術の本源となり精神となるものは仏教中にありて存し、 仏教中優美の思想がその光を美術の上に発現したるや疑いなし。これわが国の美術史を研究するもののみな許す ところなり。果たしてしからば、わが美術を振起せんと欲するときは、その精神たる仏教を振起せざるべからざ るは必然の理なり。しかるにその精神を問わずして、ひとりその表象を発育せんとするも、あに得べけんや。  第七節 その他、仏教と国家との関係については、種々述ぶべき理由多しといえども、この﹃顕正活論﹄の目 的はもっぱら仏教の真理を証明するにあれば、余が国家のために仏教を改良せんとする問題はつぎの﹁護法活論﹂ に譲り、これより余が真理のために仏教を振起せんとする理由を示すべし。そもそも護国と愛理は、余が考うる ところによるに、一にして二ならざるをもって、今余が仏教の真理を開発せんとするは、すなわち国家の独立を 祈念するものなり。余は護国の情を離れて別に真理を愛するの心を有するものにあらず、この二種の心は余が平 常懐抱するところの丹誠の一心なり。この一心、学界に対すれば愛理の精神となり、政界に対すれば護国の元気 となるのみ。今仏教の真理を開顕するに、まず余が講究の方法、世間一般に用うるところのものと大いに異同あ ることを一言せざるべからず。その異同とは左の二項なり。   第一項仏教を哲学上より講究すること︵仏教哲理論︶        05        2   第二項仏教を活物視して講究すること︵仏教発達論︶

(21)

この二者は余がその意見を世間普通の仏学者と大いに異にするところにして、従来種々の批評を招きたる点なれ ば、ここにその意見を開陳して、世人の惑いを解くこと決して無用の言にあらずと信ず。  第八節第一項仏教哲理論今第一項の意を述べんとするに、まず世間の仏者の評するところを分析して、そ の理の当たらざるゆえんを説明するを要す。世間の仏者中には左の二論をとるものあり。   甲 仏哲有別論 すなわち仏教は宗教にして哲学にあらず、故に仏教を研究するには仏教一学をもって足れ     りとするの論。   乙 仏教兼哲論 すなわち哲学は仏教中の一部分なり、故に仏教を研究すれば哲学を研究するを要せざるの     論。 これ哲学と仏教との関係を知らざる論にして、あえて深く責むるに足らずといえども、世の無智の輩、この説に 雷同するの恐れあれば一言弁明せざるを得ず。まず第一論すなわち仏哲有別論は、余輩ももとより同説にして、 いまだ仏教と哲学と同一にして差別なしと断言したることあらず。その異なる要点を挙ぐれば、仏教は安心立命 の法にして、哲学は真理研究の学なり。しかれどももし人ありて、仏教は哲学にあらざるをもって、仏教者は哲 学を研究するを要せずというに至りては、余輩同意を表することあたわず。畢寛人のかくのごとき意見をとるは 左の二点より起こる。   イ 仏教の外に宗教あるを知らず   ロ 仏教の外に諸学あるを知らず  第九節 まずこの第一点を述ぶるに、古来日本には宗教と称すべきものは仏教のみなれば、他教と真理を争う

(22)

仏教活論本論 第二編顕正活論 ことを要せず、儒教のごとき一種の道学ありしも、これ現世の教にして未来の法にあらず。故をもって当時の論 は仏教中の諸宗諸派の間に本末を争うに過ぎざりし。しかして諸宗諸派は共に釈迦一仏を奉戴して教祖となすを もって、仏教全体の上に理非を争うものなく、だれに向かってこれを論ずるにも、仏教は釈尊自証の法なり、仏 陀顕示の教なりというをもって足れりとなせり。故に当時にありて仏教を研究するものは仏学一方を修むるを要 せしのみ。しかるに今日にありては、仏教の外にヤソ教あり、回教あり。そのうち仏教の正面に論陣を張り、ま さに雌雄を一戦の下に決せんとするものはヤソ教なり。この敵に対して仏教は釈尊自証の真理なり、疑うべから ず信ずべしとなにほど喋々するも、全く無効なりとす。ヤソ教者もまた必ずいわん、わが教は上帝啓示の真理な り、疑うべからず信ずべしと。二教かくのごとく相争うときは、いずれが果たして真理なるや非理なるや、けだ しこれを決する期なかるべし。もし仏教者は進みて他教と理非を争うを欲せず、退きて自ら信ずるをもって足れ りとすというにおいては、あえて哲学を兼修する必要なきがごとしといえども、いやしくも世間に立ちて自ら信 じまた人をして信ぜしめ、仏教の真理を開顕しヤソ教と優劣を争わんとするに至りては、必ず哲学を兼修せざる べからず。なんとなれば、哲学は論理の原則、真理の標準を考定するをもって目的とするものなれば、いかなる 宗教にてもその真非を判定せんとするときは、哲学の裁判を待たざるべからざればなり。なお物の寸法を判ずる に尺度を要するがごとし。哲学は真理の尺度なり、真非を裁決する法廷なり。たとえ仏教中に真理を測定すべき 論理法あるも、これ仏教者ひとり自ら許すところの論理法にして、その敵たるヤソ教の許さざるものなるときは、 これを用うるも徒労に属すべし。たとえば外国と物品を交換するに、その物価の標準とするものは両国の共に許        ㎜ すところのものならざるべからざるがごとし。故に仏ヤ両教の間に真非を較せんとするときは、仏ヤ両教の外に

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ありて両教共に許すところの標準を用いざるべからず、すなわち哲学あるのみ。哲学は諸学諸教の上に立ちて公       08 平不偏の真理を判定するをもって、目的とするゆえんは総論に入りて余が論ずるところをみて知るべし。故に余 2 は今日の仏者は哲学を兼修して、仏教の真理を世界に発揚するをもって目的とせざるべからずと断言せんとす。 これ哲学兼修の必要なる第一理由なり。  第一〇節 つぎに第二点に移りてこれを述ぶるに、今日の仏者中にはその敵とするところのものひとりヤソ教 にして、そのほかに真非を争うものなしと自信するものあり。これ今日諸学の存することを知らざる論なり。今 日の諸学には、物理学あり、化学あり、天文、地質、生物、生理等幾種あるを知らず。この諸学は真理を学界上 に立つるに至りてはみな宗教に反対するものなり。否、宗教を排斥するものなり。仏教者曰く、わが教は釈尊自 証の説なりと。彼これを駁して曰く、これ虚説なりと。仏教者曰く、霊魂不死なり、極楽あり地獄ありと。彼こ れを斥して曰く、これ妄談なりと。かくのごとく仏教の所説を排するものあるときは、仏者は黙してやむべきか、 また理論上真非を争わざるを得ざるか。もし真非を争わんとするときはなにによりて争うべきや。彼の説はみな 実験よりきたるものなり、仏教者これと争うべき実験を有するや。かくのごとき実験の諸学に対して仏教の真理 を立てんとするときは、哲学によらずして何学を用うべきや。かの諸学の実験は有形にとどまるも、この哲学の 研究は無形に及ぼすをもって、仏教のごとき無形上の真理は、哲学によりて証明せざるべからざること明らかな り。これ余が今日仏者の哲学を兼修するを必要となす第二理由なり。  第一一節 余がかくのごとく、仏教は真理を諸学と共に争わざるべからずというの一論を立つるについては、 世間の論者の問いに答えざるを得ざるものあり。その論者は曰く、仏教者が真理を学問上に争うは無益なり、よ

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仏教活論本論 第二編顕正活論 うしく愚民を目的として実際上の布教を務むべしと。その論、誠にしかり。余はかつて仏教を振起するは実際に あることを論じ、本論においても殊更に﹁護法活論﹂の一編を設くるは、全く実際上の必要なることを示さんと 欲してなり。しかれども学理上真理の有無を証明せずして、ひとり実際上の振起を図ること難し。たとえ愚民と いえども、多少その奉ずるところの教、真理なりと認定するをもって信ずるなり。もし一方に愚民ありてこれを 信ぜんとするも、他方に学者ありてその非理を鳴らすときは、愚民もまた惑うに至るは必然なり。かつ仏教者ひ とり真理を論ぜざるをもって目的とするも、その敵たる他教者が真理を説くときは、あにこれに対して黙するを 得んや。およそ仏教者がその教を世間に弘布するには二種の競争あることを知らざるべからず。一は実際上の競 争、一は理論上の競争なり。かつこの世界は競争場裏なることを忘るるべからず。進みては競争し、退きては競 争し、至るところ競争場ならざるはなし。布教の方法をもって実地相争うは実際上の競争なり、教理の優劣を較 して真理相争うは理論上の競争なり。この二種の競争に加わり、その二者に勝ちを占むるもの、始めて社会の舞 台に独歩することを得るなり。しかるにひとり実際上の競争に加わりて一時勝ちを占むるも、理論上に敗をとる ときは、到底社会に勢力を得ることあたわざるは必然の理なり。故に余は、仏教者が社会の競争に加わりて勝ち を占めんとするときは、必ずまず哲学上真理の存否を論明せざるべからずというなり。  第一一一節 かつ仏者は、今日は学界開港の時なることを知らざるべからず。昔日は鎖港の時なり。鎖港の時に ありては政府中に外部省を置くを要せず、外交政略、万国公法等を講究するを要せざりしも、開港の今日にあり ては広く万国の法律事情を講究せざるべからざるがごとく、今日の仏教は諸学の間に交通を開くに至りたれば、       09       2 仏教者は広く諸学の原理事情を知らざるべからざる時に際せり。これ実に仏教世界、開港の日というべし。この

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際に当たり諸学の間に立ちて諸学の規則を考定するものは哲学なり。故に哲学を研究するはあたかも開港の今日、 万国公法を講究するがごとし。更にさかのぼりて古代学界、鎖港の日を案ずるに、仏教家はひとり仏学を研究す るをもって足れりとなせり。しかるに当時の仏学者は傍ら儒典をうかがい、論孟︹論語、孟子︺を読まざるものな かりしはなんぞや。これその国に行わるる一般の学なりしによるや明らかなり。今わが国に行わるる学は幾種あ るを知らず。これをことごとく研修するは容易の業にあらずといえども、そのうち最もわが仏教に近きものを兼 修するは、昔日の学者が論孟を読むとなんぞ異ならんや。  第=一一節 その他、仏教者はその教の普通の宗教に異なることを記せざるべからず。普通の宗教中には、ある いは顕示教あり、あるいは自然教あり。顕示教とは人間以上のものの天啓顕示によりて起こりたる宗教をいい、 自然教とは人間自然の道理力、宗教心の発達に従って起こりたるものをいう。今仏教はこれを顕示教とするも普 通の顕示教に異なり、これを自然教とするも普通の自然教に異なるをもって、余はこれを智力的宗教すなわち哲 学上の宗教というなり。その哲学上の宗教たるゆえんは、その教中の大半は哲理の研究に属すればなり。その理 由は総論に入りて論明すべきをもって、今これを略す。果たしてしからば、仏教と哲学とは親密なる関係を有す るをもって、仏教者は必ず哲学を兼修せざるべからざること明らかなり。  第一四節 つぎに第二論、すなわち仏教兼哲論に対して弁明すべし。その論者は曰く、仏教は世間、出世間を 兼ねたる道にして、哲学は世間の学のみ。また曰く、仏教は過去、未来、現在、三世の法にして、哲学は現在一 世の学に過ぎず、故に哲学は仏教の一部分なりと。余これに答えて曰く、仏教を世間の外に出つる道といわば、 哲学もまた世界の外に出つる学ということを得べし、なんとなれば、その論究するところ宇宙現象の外に及ぼせ

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仏教活論本論 第二編顕正活論        ばなり、また仏教は哲学を兼ぬるといわば、哲学また仏教を兼ぬるということを得べ        し、なんとなれば、仏教者曰く、仏教は宗教と哲学とを兼ぬるも、哲学は宗教の部分        を有せざるをもって、哲学は仏教の一部分なりと。哲学者は必ずこれに答えていわん、        哲学は仏教中に存する部分をもって尽きたるにあらず、また仏教の外に数種の宗教あ       り、上に図を掲げてその関係を示すべし、あたかも甲乙両圏の互いに交接するがごと       し、甲は哲学なり、乙は宗教なり、その交接したる丙の部分すなわち仏教なり、果た       してしからば、仏教かえって哲学の一部分にあらずやと。これを要するに、仏教と哲 学とは、その種類初めより異なるをもって、二者互いに包容するところあるも、これによりてその範囲の大小を 判定すること難し。他語にてこれをいえば、哲学決して仏教の一部分ならず、仏教決して哲学の一部分ならざる なり。しかるにまた一説ありて、哲学は人智以内に限り、仏教は人智以外に及ぼすの別ありという。この説一理 あるに似たれども、哲学と仏教の間にかくのごとき分界を立つることまた難し。今その理由を一言するに、まず 人智思想の範囲に二種の見解あることを弁明せざるべからず。たとえば、わが眼前の現象世界は人智思想以内に        あり、その世界の外に存する実体、無象世界は人智以外にありとするは通常の見解 にして、この実体世界も思想知識以内にありとするは哲学上の見解なり。今哲学を 評して人智以内となすは、けだしこの通常の見解によるものなるべし。しかるに哲 学は、現象世界の実究にとどまらず実体世界に及ぼしてその存在を論究する以上は、        狙 決して人智以内に限るというべからず。ただ仏教は人智以外より人智以内に及ぼし、

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哲学は人智以内より人智以外に及ぼすがごとき方向の異同あるのみ。しかしてもし仏教の真理を学理上証明せん とするときは、人智以内より人智以外に及ぼす哲学の研究法を用いざるべからず。  第一五節 また論者が仏教は三世の説、哲学は一世の説と唱うる論に対して一言するに、理学はあるいは一世 の説と名付くることを得るも、哲学は必ずしも一世の説と限るべきにあらず。たとえば未来世界のごとき、天堂 地獄のごとき、霊魂不死のごとき問題は、論理、思想の及ぶ限りは哲学において推究せざるを得ず、過去世とい えども、これを推究するはもとより哲学の本分なり。ただ仏教と哲学との別は、要するに左の一点にあり。仏教 は釈迦自証の法にて自ら証見せしものを衆人に訓示したるものなり、哲学はおのおの自ら進みて推究せんことを 目的とするものなり。故にこの二者において論明するところ大いに異同あるをみるなり。以上述ぶるところをも って仏教兼哲論を評するに、仏教と哲学とは互いに包含するところあるも、哲学の全分ことごとく仏教中に存す るにあらず、二者おのずから性質の異なるありて、なにほど仏教を研究するも別に哲学を兼修せざれば、哲学を 知ることあたわざるなり。  第一六節 上来、仏哲有別論および仏教兼哲論に答えてその説明を与えたれば、仏教と哲学との関係の密接な ること、ならびに仏者が哲学を兼修するの必要なることは、その理すでに明らかなりと信ず。その理すでに明ら かなれば、余が仏教を哲学上より講究するゆえん推して知るべし。それ余は仏教を信ずるものに仏教を信ぜしむ るを目的とするにあらず、仏教を知るものに仏教を知らしむるを本意とするにあらず、世間、仏教を知らずして 仏教を排するもの多きをもって、これに対して仏教の真理なるゆえん、仏教の信仰すべきゆえんを示さんと欲す るなり。もし仏教の真理は釈迦一人に帰してあえてこれを問わず、仏教の解釈は旧来の轍を守りてあえてこれを

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仏教活論本論 第二編顕正活論 変ぜざるときは、到底その教をして今日の人に知らしむること難し。もしこれに反し、その教をして人に知らし め、人をしてその真理なるゆえんを信ぜしめんと欲せば、旧来の解釈を一変して哲学上の解釈を下し、今日の学 理に照らして是非を判定せざるべからず。かつもし仏教は不幸にして学理上より講究するの価値なく、ただこれ を信ずるは釈尊その体を信ずるより外なきときはまたやむをえざるも、今仏教中に含有する真理の宝珠は、哲学 の琢磨にあいてますます光輝を発揚すべき宗教なるに、これを愚俗の塵中に埋めて永くその光をして生ぜざらし むるは、実に玉石混同のうらみなきあたわず、余が平素真理を愛する一念、あにこれを黙視するに忍びんや。こ れ余が哲学上より仏教を講究してこの編の著あるに至りしゆえんなり。  第一七節 第二項仏教発達論 以上、第一項哲理論を略述し終わるをもって、これより第二項の発達論を弁明 すべし。普通の仏教者は仏教は釈尊のときに最も発達せしものにして、その後漸々退化して今日に至ると信ずる をもって、その学風のごときは釈尊所説の経典を注釈し、もしくはその注釈を注釈するをこととし、字句文章の 解釈にとどまり、更に活眼をもって字句の裏面に含むところの仏教の精神いかんを問うことなく、ついにその学 をして発育進化せざらしむ、これいわゆる注釈的学問にして発達的学問にあらず。余はこれを仏教を死物視する ものとなす。死物は発育の力を有せず、活物は発育の力を有す。今余が仏教をみるは、これを活物とし、これに 栄養を与えてますます発達せしめんことを期するなり。故に本書のごときは、この発達の目的をもって編述し、 従来人の死物視したるものを転じて活物となし、仏教体中に有機組織を開かんとするものなり。これ本書を総題 して﹃仏教活論﹄というゆえんなり。        13  第一八節 仏教を活物視し、また活物視せざるを得ざるに二理由あり。その一は仏教外に存する理由にして、 2

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その二は仏教内に存する理由なり。まず第一理由を述ぶるに、仏教の盛衰進退は社会の事情に従うものにして、 これをして生育せしむるも社会なり、これをして老死せしむるも社会なり。なんとなれば、仏教は一個の生物が 天地間に生存すると同一理にして、仏教体外に囲続せる百般の文物は、あたかも生物の身体を囲続する万象万化 に異ならず。生物もしその間にありて生命を保全せんと欲せば、外界の諸象に順応適合せざるを得ず。そのよく 適合したるものは生存し、適合せざるものは亡失するは、いわゆる適種生存の理法なり。いやしくも宇内に住息 し社会に生存するもの、一としてこの理法に従わざるはなし、仏教あにひとりしからざるの理あらんや。社会百 般の文物は仏教体外の諸象なり。その諸象に順応適合することあたわざるときは、仏教その生存を保全すること あたわざるや明らかなり。これ古来仏教史上に盛衰の変ありしゆえんにして、社会の変遷と共に仏教の変遷しき たれるはみなこの理に外ならず。すなわち世の文明盛んなりしときに仏教盛んなりしはそのよく外象に順応した るにより、世の文明盛んなりしときに仏教かえって衰えたるは外象に順応することあたわざりしによるなり。  第一九節 かつ我人はこの順応の規則に二種あることを知らざるべからず。その一は実際上の順応なり、その 二は理論上の順応なり。なお競争に実際、理論の二種あるがごとし。競争すでにこの二種あれば、順応にもその 二種あるの理はたやすく推知すべし。布教伝道の方法そのよろしきを得て、よく社会の事情に適合するはいわゆ る実際上の順応なり、仏理の論究説明よくその時代の学術に適合するはいわゆる理論上の順応なり。実際上の順 応を欠くときは仏教衰微せざるを得ざるはもちろんにして、理論上の順応を誤るときも同一の運命に属すべし。 たとえば世間の学術は非常に進歩したるに、仏教は依然として旧風を守り更に進歩せざるときは、いわゆる内外 順応せざるものなり。古代の宗教のつとに亡びて今日に伝わらざるもの多きは、みなこの順応を誤りたるによら

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仏教活論本論 第二編顕正活論 ざるはあらず。ヤソ旧教の近世に衰え、新教の今日に盛んなるに至るも、前者は内外の順応を欠き、後者はよく 順応したるによるのみ。しかして今日ヤソ教者がその教義を種々に解釈して、今日の学説に適合せしめんことを 務むるはなんぞや。ただこの理論上の順応を全うせんとするの意に外ならず。故に仏教も今日の世界に生存し、 今日の諸学に競争して将来の隆盛を期せんと欲せば、実際上の順応と共に理論上の順応に注意せざるべからず。 しかるに余がみるところによるに、世間の仏者はこの二種の順応あるを知らず。しばしばこれを知るものあるも、 ひとり実際上の順応あるを知りて、理論上の順応あるを知らざるもののごとし。故に余はこれに対してこの二種 の順応あることを示さんと欲し、この﹃顕正活論﹄において理論上の順応を説明し、つぎの﹁護法活論﹂におい て実際上の順応を説明すべし。しかしてその理論上の順応は、仏教の研究を従来の注釈的にとどめずして、今日 の学理に照らして発達的に論定するにあり。もし仏教を発達的に研究せんと欲せば、あたかも生物が外界より食 物をとりて発育するがごとく、その栄養供給を外界の諸学にとらざるべからず。これ余が今日の仏教者は哲学を 兼修せざるべからずというゆえんなり。かくのごとく栄養を外界にとるも、仏教の体質はやはり従来の性質を失 わざるべし。なんとなれば、仏教は活物にして死物にあらざればなり、その体すでに活物なれば必ず精神あり。 今外界よりとるところの食物は、この精神の力によりて、ひとたび仏教に変質し、仏教の身体となりて発育すべ し。あたかも生物は種々異様の食物を外界よりとるも、草木は草木の形質を失わず、鳥獣は鳥獣の遺伝を存し、 人類はやはり人類を相続すると同一理なり。  第二〇節 かくのごとく仏教を活物視し仏教の発達を目的とするときは、仏教内部の事情に反対するというも        15        2 のあらん。故に余はこれよりさきに挙ぐるところの第二理由を述ぶべし。今これを仏教内部に考うるも、従来す

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でに発達の進路をとりたること明らかなり。まずインドをもって発達の初期とし、シナを第二期とし、日本を第 三期とするときは、各期共に著しき発達を現ぜしをみる。釈尊五〇年間の説法は大小両乗を兼説せりと称して、 天台家にては説法の順序を五時に分かち、第一時に﹃華厳経﹄を説き、第二時に﹃阿含経﹄を説き、第三時に﹃方 等経﹄を説き、第四時に﹃般若経﹄を説き、第五時に﹃法華経﹄﹃浬樂経﹄を説きたりとなす。﹃阿含経﹄は小乗 なり、華厳、般若、法華、浬薬は大乗なり。方等は大小両乗に通ず。小乗とは仏教中の浅近の部分をいい、大乗 とは深遠の部分をいう。なお小教大教というがごとし。故に釈尊はその一代中に大小両乗を兼説せりといえども、 本邦伝うるところによるに、その滅後四〇〇年間は小乗ひとり盛んなりしという。そのうち初め一〇〇年間は宗 派いまだ分かれず、一味の法を流伝せり。百余年を経て異論初めて起こり、上座、大衆の二部分派し、そののち 上座部より一一部を分かち、大衆部より九部を出し、仏滅後四〇〇年の終わりには本末合して二〇種の分派を生 ぜり。五〇〇年のとき外教の勢力盛んにして仏教大いに衰微の兆しを現ぜりという。六〇〇年に至り馬鳴始めて 大乗を説き、七〇〇年に至り竜樹また大乗を弘め、九〇〇年に至り無著、世親両師世に出でて大乗の諸論を講述 せるも、仏滅後一〇〇〇年間は大乗の宗派いまだ起こらず、一一〇〇年に至り護法、清弁両師の争論あり、一七 〇〇年に至り戒賢、智光両師の異説ありて始めて大乗に宗派を分かつに至れり。その宗は法相、三論の両宗なり。 自余の諸宗はシナに入りて分派せり。シナにありては毘曇、成実、律、三論、浬築、地論、浄土、禅、摂論、天 台、華厳、法相、真言の=二宗起これりという。日本にきたりては三論、法相、華厳、倶舎、成実、律、天台、 真言、禅、浄土等、十余宗の起こりしをみる。しかして現今存するものは、法相、華厳、天台、真言、臨済、曹 洞、黄葉︵以上三宗は禅宗︶、浄土、真宗、融通念仏、時宗、日蓮の一二宗なり。その各宗中の分派を算すれば総

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仏教活論本論 第二編顕正活論 じて三十余派ありという。かくのごとく最初一味一途の宗教が、漸々世の移るに従い、国の異なるに従い、多岐 多端に分かれ十余宗三十余派となりたるは、そもそも発達にあらずしてなんぞや。余はこれを仏教の発達という。 かつそれ仏一代所説の教門は大数八万四千ありと称するも、その経典もとよりかくのごとく多からず。経典少な しといえども、後世これを敷桁注釈せるものはなはだ多し。論あり、釈あり、釈の釈あり、これを総計するとき はその数幾万巻あるを知らず、これまた仏教の発達にあらずしてなんぞや。  第二一節 仏教の宗派および注釈にかくのごとき変遷あるはその理由を尋ぬるに、仏教体外に存する社会百般 の事情の変遷、これが原因となるや疑いなし。そもそも社会は活物にして次第に発達進化する以上は、その発達 の際、世の勢いと国の事情とに従って種々の変化を現ずるや必然なり。その変化の間に生存する仏教のごときは、 また世により国に従って種々の変遷なきあたわず。インドにはインドの変遷あり、シナにはシナの変遷あり。本 朝にきたりても、源平以前と以後とは社会の大勢一変せしをもって、仏教の事情もまた大いに異なりしをみる。 すなわち源平以前は仏教中智力的諸宗ひとり繁盛を極め、源平以後は情感的諸宗大いに競起せり。今その原因を 考うるに、当時諸宗の祖師はひとり仏典に明らかなるのみならず、その時の事情に通じ、諸宗の学者はひとり仏 学を知るのみならず世間の諸学に達し、今日の時機に応合すべき宗旨は仏教中のこの部分なりといい、今日の諸 学に適合すべき解釈は仏教中のかの部分なりといえり。これによりてこれをみれば、古来諸宗の起こる諸派の分 かるる解釈説明の異なるは、みなかくのごとく社会の変遷に応合せんとせるに外ならず。しかしてその時機に適 する法は漸々繁盛に向かい、適せざるものは漸々衰滅に帰するは、余がいわゆる順応の規則に従うものなり。こ       17       2 の規則に従って変遷し、一仏教分かれて二となり、三となり、ないし一〇となり、一〇〇となるがごときもの、

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これを仏教の発達という。        18  第一一二節 仏教は釈迦滅後に至りて発達せるのみならず、その在世間の説法中にすでに発達の次第ありしをみ 2 る。さきに挙ぐるところの五時の説法についてこれを考うるも、初めに華厳大乗の法を説き、つぎに阿含小乗の 法を説き、つぎに大小通説の方等を説き、つぎに般若大乗の法を説き、つぎに法華浬薬を説けり。これ小より大 に進み浅より深に入る発達の次第によるものなり。しかるに初時の華厳は、大乗なるは発達の順次に合せざるが ごとしといえども、一代の説教を草木の発達にたとうるときは、その種実中に花を成し実を結ぶゆえんのものこ とごとく初めより存するがごとし。しかしてその発育するやまず芽萌を生じ、つぎに茎幹を生じ、つぎに枝葉を 生ずるがごとく、華厳は仏教の種実を説きたるものにして、そのうちに大乗の花を成すゆえんのもの存すといえ どもただちに花を生ぜず、まず小乗の芽萌を生じ、つぎに大小両乗に通ずる茎幹を生じ、つぎに般若の枝葉を生 じ、終わりに極大乗の花を成し実を結ぶに至る。法華はすなわち大乗の花すでに開き終わりて種実を結ぶがごと く、初時華厳の種実に帰せり。故に﹃華厳経﹄をもって根本法輪となし、﹃法華経﹄をもって摂末帰本法輪となす。 法輪とは釈迦の説法をいう、摂末帰本とは阿含等の浅近の諸法を摂取して実大乗の根本に帰入するをいう。なお 草木の種実より出でて種実に帰するがごとし。これ仏一代の説法の発達なり、その滅後の発達もまたこの順序に よる。仏一代の説法は種実のごとく、そのうちにはもとより大乗の花も実も共に存せりといえども、最初に発生 したる部分は小乗の芽萌なり、すなわち滅後四百年間小乗ひとり盛んなりしという、これなり。そのつぎに大乗 起こり諸宗の分かれたるは、あたかも茎幹を生じ枝葉を生ずるがごとし。すなわちシナ、日本に伝来してより、 大小両乗の諸派諸流、数十百に分かれたるをみて知るべし。

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仏教活論本論 第二編顕正活論  第二三節 かくのごとく考うるときは、仏教は次第に発達して伝来せしや明らかなり。けだしその発達あるは 精神の存するにより、精神の存するは活物なるによる。その体すでに活物なれば今後も永く発達すべし。しかる に普通の仏者は必ずいわん、釈迦仏は正像末の三時を説き、正法五百年、像法一千年、末法万年と。滅後の時代 を三世期に分かち、仏教の次第に廃頽する順序を予言せり、今はすなわち末法の時なれば仏教次第に衰滅するは 必然なり、かつ仏教は進化を唱うるものにあらずして、退化を唱うるものなれば、釈迦仏在世の時はその最も発 達したる時にして、その後次第に退歩して今日に至れるなりと。余これに答えて曰く、古来東洋にては退化を唱 え、近世西洋にては進化を唱うるは、東西全くその説を異にするがごとしといえども、まず進化退化の解釈、東 西おのおの異なるところあるを知らざるべからず。西洋にて進化と称するは、単純一様の事物が変じて複雑多様 に移り、その多様の中に諸部分の秩然として存し、その間に連絡あるものをいい、退化とはこの複雑多様の事物 が単純一様に帰するをいう。しかるに東洋にては単純一様より複雑多様に移るを退化とし、複雑多様が単純一様 に帰するを進化とす。たとえば太古は単純一様の時代なり、今日は複雑多様の時代なり。これを東洋流に解する ときは、社会は上古より次第に退化せりといわざるべからず、西洋風に解するときは進化せりといわざるべから ず、これただ進化退化の見解の差なり。余が今仏教の発達と称するは、この西洋流の進化の順序をとるものをい う。仏教は歴史上よりこれをみるに、単純より次第に変じて複雑に移りしは明らかなる事実なり。宗派の分かれ しゆえん異説の起こりしゆえん、およびその諸宗諸説の間に、自然に区域の判明なりしと同時に関係の密接なり しがごときは、みな仏教の進化発達といわざるべからず。もし東洋の見解に従わば、これ退化なりというべし。       ㎜  第二四節 この進化退化の見解を草木の上に考うるときは、種実の発生して茎幹を成し枝葉を成すは、西洋の

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いわゆる進化発達なり。その茎幹を成すゆえんも、枝葉を成すゆえんも、ことごとく一個の種実中にありて具備 せざるはなきをもって、その種実の純一無雑の時をもって最も完全なるものとなすは、東洋流の解釈なり。今こ れを仏教の上に考うるに、仏一代所説の種実中に大乗小乗、諸宗諸派の原理ことごとく具備せりとみるときは、 仏在世の時代をもって仏教の最も完全したる時となさざるべからず。その後一仏教の千枝万葉を分出したるは、 そもそも発達の末にして、種実の純一無雑なるにしかずとなすは、従来一般に用うるところの退化説なり。しか るに余が見解は、純一無雑の仏教の種実が社会百般の文物を食物として、これをその体内に摂取し、これをその 種実中に包有する原形に変質し、次第に発育して数十丈の大幹となり、幾千万の枝葉を生じたるは、余がいわゆ る発達論なり。これを要するに、余がごとく仏教発達論をとるも、従来の解釈のごとく退化説を守るも、ただそ のみるところ異なるのみにて、あえてその説の矛盾するにあらざるなり。  第二五節 およそ事物には必ず表裏二様の関係ありて、表面に発するところのもの少量なるも、表面に含むと ころのもの多量なることあり、裏面に包有するもの少量なるも、表面に発現するもの多量なることあり。今余が いわゆる発達論は、裏面に包有する勢力の発して表面に現ずるをいう。故にそのすでに発達したるのちは裏面の 潜勢力、多少その量を減ぜしは必然なり。もしその潜勢力の最も多量なる時を挙ぐるときは、正法の時期をもっ て第一とせざるべからず。仏教に正像末の三時を立つるは、けだしこの裏面の見解なり。もし表面の見解によれ ば、仏教者は多量の勢力の外部に発現するをもって目的とせざるべからず。これ余が発達論を唱うるゆえんなり。 かつそれ仏教者は仏教体中にも表裏二様の説あることを記せざるべからず。その表面の説に従えば、仏教は釈尊 顕示の教法にして、我人はこれを崇信するより外なしといわざるべからず。裏面の説に従えば、われすなわち釈

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仏教活論本論 第二編顕正活論 迦なり、弥勒なり、仏陀なり、今日の末法を転じて正法の時となすも、われにあらずしてだれそやの識見を有せ ざるべからず。今余が発達論はまたこの裏面の説によるものなり。世の仏者も退きて自ら信ずるには釈迦顕示の 教法とし、進みて世間に対するときは、余と同じく末法を転じて正法となすの気力を発するを要するなり。  第二六節 人あり問いて曰く、およそ生物の発達するには必ずその定限ありて、進化してその定限に達すれば 退化せざるべからず、故に仏教の発達にも定限あるべしと。余これに答えて曰く、生物の発達にはその定限ある も、社会の発達にはあるいは定限なしというものあれども、余は社会の発達にも定限あることを信ずるものなり。 仏教中には成住壊空の説ありて、ひとり社会のみならず世界の寿命に定限あることを示せり。これをもってこれ を推すに、仏教の発達にも必ず定限あるべし。しかれどもその定限は人類のごとく五〇年ないし一〇〇年の短歳 月にあらず、また二千ないし三千年間をもって定寿とする規則あるにあらず、社会の発達する限りは必ず発達す ることを得べし。しかしてその盛衰のごときは、仏教自然の天性に存するにあらずして、これを弘伝する人にあ り。その人よくこれをして順応発達せしむるときは栄え、しからざるときは衰う。故に仏教者は社会の事情を観 察してこれに順応する方法を講じ、諸学の栄養を摂取してこれを発育する進路をとらざるべからず。実に今日は 哲学のごとき最良の栄養品眼前に存するをもって、数百年来萎靡して振わざる仏教、その生気を回復する好機に 会せりというべし。  第二七節 上来述ぶるところこれを約言するに、余が本書の著あるは真理を愛し国家を護する本心より出でた るものにして、国家と仏教との関係を論述するは﹁護法活論﹂に譲り、真理と仏教との関係は正しく本編、すな       21 わち﹃顕正活論﹄の目的とするところなり。さきに﹃破邪活論﹄を作りしも、これこの目的を達する階梯に過ぎ 2

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ず。今まさしくその論を説くに当たり、まず余は仏教の見解を普通の仏者と異にするところあれば、その理由を 示すを必要なりと信じ、ここに緒論の一段を設くるに至れり。普通の仏者は仏教は釈尊自証の法にして世の諸学 と関係なきものとなす、余は仏教は哲学の道理に基づきて組織したる智力的宗教となす、これその異なる第一点 なり。つぎに普通の仏者は仏教の退化を信じ、あるいはこれを死物視するも、余はこれを活物視し、これに哲学 の栄養を与えて、その内部に含有する勢力をして十分に発達せしめんとす、これその異なる第二点なり。故に余 がこの編の目的とするところは、哲学の水を仏田に注ぎ、数百年来学問の早魅によりてまさに枯れんとせし仏教 の苗種を回らして、再び生気を発せしめんとするにあり。﹃顕正活論﹄の名称、その実を表すというべし。しかし て余がここに一言を付せざるを得ざるものあり。上来余が仏教に哲学の栄養を与うるといえる意は、草を化して 木とし、仏教を変じて哲学となすの謂にあらず、仏教は仏教なり。ただその仏教中に存する哲学の部分と宗教の 部分とを分界し、その両元素の諸経諸論中に散見混同せるものをおのおのその類に従って彙集し、またこれを概 括して一貫の理脈を抽出し各部分の関係をして判明ならしめ、仏教体中に一種の有機組織を構成するをいう、す なわち仏教をして一種の系統を有する学に組織するをいう。その組織法に至りては哲学の規則によらざるべから ず、これ余が哲学をもって仏教発達の栄養となすというゆえんなり、これ余が講究法の従来の注釈的学風と大い に異なりというゆえんなり。本編は総論、各論の両部に分かち、総論は哲学総論、仏教総論の二段に分かち、各 論は有宗論、空宗論、中宗論、通宗論、結論の数段に分かち、まず総論より論述すべし。その第一段にては仏教 は哲学中のいかなる部分に位するやを概論し、第二段にては仏教中にいかなる哲理の存するやを総説せんと欲す るなり。

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仏教活論本論 第二編顕正活論

第二段 総 論第一 哲学総論

 第二八節 この一段は哲学総論と題して哲学の組織を略明せんとす。しかして哲学総論を仏教総論の前に掲ぐ るは、余が緒論中に示せしごとく、仏教は哲理に基づきて組織したる宗教なれば、仏教の真味を知るには哲学上 より入らざるべからざるをもってなり。余が﹃破邪活論﹄第一節に、その教理に至りては確固不動、哲理の大磐 石の上に立つものにして、理論の激波百方これに当たるも到底破るところにあらずと説きたるは、この理による。 かつ余が仏教をみるはこれを一種の活物とし、哲学発達の規則に従って成長発育したるものとなすをもって、哲 学を知らざれば仏教の本意を解すること難し、故に哲学総論を第一段に置くなり。余はかくのごとく仏教を哲理 上発達的にみるをもって、釈迦の年代つまびらかならず、大乗は仏説にあらず、日本仏教の原書伝わらず等とい うがごとき駁論あるも、これに答うるを要せざるなり。余は緒論にも論ぜしごとく、釈迦は仏教の種実を与えた るものにして、その種実、インドにありてはインドの発達を呈し、シナにありてはシナの発達を呈し、日本にき たりては日本固有の性質に従って発達してわが国一種の仏教となりたるものなれば、その今日インド、シナの仏 教と異なるところあるは、その日本に入りて発達したるゆえんを示すものなり。あたかも同一種の草木の種実が、 地味の異なるに従って異なりたる発達を呈すると同一理なり。しかれども松の子は松にして梅にあらず、梅の子 は梅にして竹にあらざるがごとく、仏教はインドに発達しても、シナに発達しても、ひとしくこれ仏教にして、       23 ヤソ教にあらず、回教にあらず。その和、漢、インド、三国の仏教が同一の種実より出でたることは、各国の仏 2

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教中に一理脈の貫通して存するをみて知るべし。その理脈の存することは、次段に仏教総論を説くに当たりて論       24 明せんとす。これを要するに、余がいわゆる仏教は今日今時わが国に伝わり、各宗共にこれを認めて仏教となす 2 ものをいい、その仏教の起源根本となる祖師を釈迦と名付くるなり。しかして余が仏教を称して真理なりという はその説、哲学の道理に合するによる。  第二九節 宗教解釈 余はこれより哲学の組織を論じて、そのうちに宗教の地位を定めんとするに当たり、ま ず世界に存する一切の宗教を合類するときはいかなる名称をこれに与うべきやを論じ、つぎに学界に存する諸種 の哲学を分類するときはいかなる地位に宗教を置くべきやを定めざるべからず。かくのごとく合類分類すること を仏教にては教相判釈という。各宗祖師が一宗を開立せんとするときには、必ず仏一代教を判釈するを要す。こ れをもって法相宗には有空中三時教の分類あり、天台宗には五時八教の教判あり、華厳には五教十宗の釈義あり。 これ仏の一代教に通達する人にあらざればあたわざるをもって、至難はすなわち至難なりといえども、一仏教中 のことのみ。今余が判釈はあらゆる宗教、あらゆる哲学に貫通して立つるところのものなればその顛難知るべき なり、いわんや先輩の承伝なきをや。あたかも人跡なき深山幽谷を駿渉するがごとし。しかるに余いささかみる ところあり、一切の宗教に通じ諸科の哲学を貫きて一種の新判釈を試みんとす。まず宗教を分かちて智力的、情 感的の二種とし、哲学を分かちて有象、無象の二類とし、有象哲学に理論、応用の両学を分かち、無象哲学にも 理論、応用の両学を分かちて、智力的宗教学は無象哲学中の応用学とするなり。その表左のごとし。

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