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中国農村労働力の県内移転と県域経済の発展 : 松滋市のケース

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中国農村労働力の県内移転と県域経済の発展

─松滋市のケース─

任   雲

目   次 1.はじめに 2.出稼ぎの経済的・社会的効果と問題 3.農民工の現地・近辺就職の動き 4.湖北省松滋市のケース 5.農民工県内就業の経済効果の推計:県外に出稼ぎした場合との比較 6.終わりに

1.はじめに

 改革開放以降、中国の大量な農村労働力が非農業産業へ移転した。80 年代から 90 年代中頃に かけて、郷鎮企業の勃興により多くの農民工は現地で非農就職に吸収されたが、90 年代の後半か ら労働力の移転は主に東部沿海地域への出稼ぎで展開されてきた(蔡ほか 2008)。2000 年以降も その出稼ぎの勢いは衰えず、2010 年につい 1.5 億人を突破した。ただし 2009 年以後、中・西部 内陸地域から東部沿海への出稼ぎ一辺倒の流れがやや減速し、中西部地域では省内での出稼ぎ、 または県内での就業のケースが増えつつ、出稼ぎ労働者による回郷創業も加速している(韓・汪 2010a、b)。  この新しい動きは、いかなる理由で生じて、中西部地域の地方経済にとってどのような意味があ るのか。本稿は、三年間の現地調査を踏まえその答えを探りたい。筆者から見れば、中西部の農 村労働力の県内の非農部門への移転は、内陸地方の県・市地域内の自立的・内生的経済発展パター ンを形成する上に大変重要な意味合いを持ち、中国内陸の県・市レベルの地方経済の将来の成長 方式と農村のあり方を大きく影響するだろう。  本稿は、筆者の考えを裏付けるために、従来の出稼ぎの経済的・社会的効果と問題点及びその 出稼ぎの県・市域の経済発展への影響を分析したうえ、中西部地域の外部への出稼ぎ者の多い県・ 市─湖北省松滋市の実態調査から、工業化ブームと農民の現地・近所での就職の動向との関連性 を詳しく考察し、農民の県内での非農部門への移転による県域経済への影響を実証的に検討する。

2.出稼ぎの経済的・社会的効果と問題

 中国では戸籍上農村労働力が多いものの、実態として農村労働力の中の 30 代以下の約 8 割、中

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卒以上の 6 割余りは農業生産からすでに離れている(韓・汪 2010a)。表 1 のように、近年農民工 の総数はおよそ 2.5 億人を超えている。また、農民工の中に 4 割弱は地元郷鎮内に働いていること に対して、6 割以上は郷鎮から出ていて、いわゆる出稼ぎをしている。近年出稼ぎ農民工の数は、 大体年間 400-500 万人の勢いで増えつつ、2010 年についに 1.5 億人を突破している(図 1)。 表 1:中国の農民工の数量の推移(万人) 2008 年 2009 年 2010 年 2011 年 農民工の総人数 22542 22978 24223 25278  1.出稼ぎ農民工 14041 14533 15335 15863  (1)農村に家族を残して出稼ぎ 11182 11567 12264 12584  (2)家族全員を連れて出稼ぎ 2859 2966 3071 3279  2.郷鎮内就業の現地農民工 8501 8445 8888 9415     出所:『中国農民工調研報告』、国家統計局調査(95 年以降)により作成。 注:80 年代のデータは『中国農民工調研報告』により、95 年以降は国家統計   局の調査による。(対象は本年度郷鎮外で 1 か月以上に出稼ぎ者。)  農民工の出稼ぎは、働き所在地の経済に大きな貢献を果たしていると同時に、地元の農家と農 村に様々な経済的メリットをもたらしている。しかしながら、出稼ぎによりさまざまな問題が起こっ ていることも事実である。経済学者や社会学者の間では様々な見解はあるが、ここでほぼ共通認 識となっている出稼ぎのメリットとデメリットを簡単にまとめる。  出稼ぎのメリットを以下の三つに簡単に整理する。①生産要素の流動化を促進し、資源配置の 効率性を高めている。労働力の移転により、要素賦存条件が変化し、農業生産の規模化、専業化 のレベルが高まり、現代農業経済への転換が促進された(張・柳 2010、蔡 2008、韓・汪 2010a)。 ②所得増により農民の生活・生産条件が大幅に改善された。2009 年の農村百村での定点調査に

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よれば、2008 年農民一人当たり純収入の中では、出稼ぎ収入が 48.3%を占めていて、農業収入の 28.2%、現地での非農収入 23.5%を大幅に超えている(韓・汪 2010a)。出稼ぎにより、多くの農民 は貧困から脱却し、一部の人は第二次や第三次産業の起業や現代農業を行うための原資を蓄えた。 ③農民工全体の人的資源の価値を高めた。沿海地域への出稼ぎ労働者の大半は外資などの製造業 に就職しているため、産業労働者への意識の転換が進み、また能力の養成と技術の習得もできた。 その一部の人は働き先または地元で起業し、ビジネスにも成功した。また、一部は地元に戻り、村 の行政・経済のリーダーになった(張・柳 2010、孔 2006)。  一方、遠距離への出稼ぎのデメリットもよく指摘される。主な問題点として:①人材の流出:出 稼ぎ労働者の大半は若者であり、また、学歴の高いほうの出稼ぎ比率も高い。これにより、有能な 農業の担い手が少なくなるという心配が高まっている。実際に農業技術を理解できず、生産革新 に遅れる農業生産者が少なくない。②社会問題。現在若者の多く、男性の多くは遠距離の出稼ぎ に行っており、農村に中年以上の女性、子供及び老人だけが残る現象が中西部の農村で随所見ら れる。このことが 386199 現象1と揶揄されている。数千万人の子供が両親と離れ、多くの家庭で 夫婦が長期的に分かれているため、子供の教育問題や家庭問題などは多発している。③農村地域 の公共事業の衰退:エリートの流出により、村の統治力が低下し、公共事業も振るわない。例え ば水利建設が長年手つかずに放棄されたため、近年多くの地域は自然災害で大打撃を受けた(孔 2006)。  筆者が特に指摘しておきたいことは、県・市外への出稼ぎが県・市域経済に対する副作用があ るということである。つまり、県・市域内の人口の実質の減少により消費が圧縮され、地域内の産 業もこれによって規模の拡大が難しく、県域地方の GDP が圧迫される。確かに沿海地域へ出稼ぎ 者の多くは地元に仕送りを送り、その一部が消費や投資に回されたが、貯蓄超過部分は地元でよ い投資プロジェクトがないため再び都市へ流出し、地域内の成長と産業発展に貢献しない2。また 遠距離の出稼ぎにより、農家の農業など生産性投入が減少する問題もある(銭・鄭 2011)。その他に、 農村義務教育の支出は、すべて地方財政によって負担している。地方政府は大量に教育投入を行っ たにも拘らず、教育を受けた労働者の大半は他地域に流出し、地域の経済に直接に貢献できない(孔 2006)。勿論、生産面から見れば、質の高い労働力の継続的供給が経済成長の重要な源泉なので、 労働力の流出は地域内経済成長の妨げになる。こうして長期的に見れば、地域外への出稼ぎに依 存しすぎる労働力の移転は問題がある。  こうして、出稼ぎは原地域にメリットとデメリットを同時にもたらしている(任 2009)。勿論筆 者は農民の遠距離出稼ぎを批判することは毛頭ない。中西部では長年工業化が立ち遅れ、経済規 模が小さく、サービス産業も脆弱であるため、農民は県内で職をなかなか見つかず、やむを得なく 沿海地域などへ出稼ぎにしたわけで、その有効性は今でも大きい。今後暫くも東部や大都市への 出稼ぎは中西部の農民にとって魅力的な選択肢である。ただし筆者の関心事は、いわゆる出稼ぎ 以外に、現地又は近辺に就職することで、出稼ぎとそれほど変わらない経済的収益と労働力移転 の効果を達成しながらも、そのネガティブな影響を軽減又は排除することである。筆者から見れば、

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これはとくに中西部の地方経済の長期的発展にとって重要な課題である。

3.農民工の現地・近辺就業の動き

 近年、とりわけ 2008 年アメリカ発の金融危機以降、中国の東部から中西部への産業移転が進み、 農民の出稼ぎの流れも変わりつつある。中西部で省内近所での出稼ぎ者の数は堅調に増え、一方、 中西部の労働者が東部沿海地域への出稼ぎがそれほど伸びていない。以下、国家統計局の調査(国 家統計局 2010、2012)に基づいて説明しておこう。  まず農民工の出稼ぎ先をみた場合、2009 年末に 7441 万人の出稼ぎ者が省外で働いて、前年同 期より43 万人 0.6%減少した。一方、省内で働く出稼ぎ者は 7092 万人で同期より535 万人増え、8.2% 伸びた。このため、省外と省内で働く農民工の割合比が 53.3:46.7 から 51.2:48.8 に変わった。さ らに 2011 年のデータを見ると、省内出稼ぎ者数は 8390 万人で、前年より 722 万人 10.1%増えたが、 省外での出稼ぎ者数は 7473 万人で前年より 244 万人 3.2%減った。これにより、省外と省内の農 民工の割合比はさらに 50.3:49.7 から 47.1:52.9 となり、2011 年に初めて省内での出稼ぎ者数は 省外に行く農民工数を上回った。表 2 で示されている地域別でみると、中、西部農民の中では依 然として省外で働く農民工が多いものの、いずれも省内近辺で働く傾向がより顕著になっている(国 家統計局 2010、2012)。 表 2:各地域の農民工の出稼ぎ先の推移(%) 出身地域 2008 年 2009 年 2010 年 2011 年 省内 省外 省内 省外 省内 省外 省内 省外 東部地域 79.7 20.3 79.6 20.4 80.3 19.7 83.4 16.6 中部地域 29.0 71.0 30.6 69.4 30.9 69.1 32.8 67.2 西部地域 37.0 63.0 40.9 59.1 43.1 56.9 43.0 57.0 全国合計 46.7 53.3 48.8 51.2 49.7 50.3 52.9 47.1      出所:国家統計局 2010 年、2012 年農民工観測報告により作成  次に、出稼ぎ労働者の受入地での統計を見れば、2009 年のアメリカ金融危機の影響もあり、東 部地域の吸収した出稼ぎ農民工の数は前年より 8.9%減少した。内訳では長江デルタと珠江デルタ ではそれぞれ 7.8%と 22.6%減った。一方、中部・西部の吸収した農民工の数はそれぞれ前年より 33.2%、35.8%の大幅増となった。2010 年に東部沿海地域の輸出産業の回復により、東部への農民 工の流入が再び大幅に増えたが、2011 年に、東部の農民工は 16537 万人で 2010 年より 324 万人 が多いもののその割合は 65.4%で 10 年より 1.5 ポイント下回った。とりわけ長江デルタや珠江デル タの農民工の数は 18 万人、7.4 万人にそれぞれ 0.3%と 0.1%微増したが、全体に占める割合は 0.9 ポイントと 0.8 ポイント減少した。他方、中部、西部に出稼ぎしている農民工の数はそれぞれ 4438 万人、4215 万人で、前年より 334 万人、370 万人増えた。全体に占める割合もそれぞれ 0.7 ポイント、 0.8 ポイントが上昇した。こうして近年、東部への一辺倒の流れが変わりつつあるといえよう(図 2)。

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      出所:国家統計局 2010 年、2012 年農民工観測報告により作成  出稼ぎ労働者の職業を見れば、2011 年東部地域で 44.8%の農民工は製造業に就業しているが、 前年度より 1.4%減少した。一方、中部、西部で農民工の製造業に就く比重はそれぞれ 23%と 15.4%で、前年度より 0.6%と 0.4%増えた。労働集約型製造業の内陸への移転が進み、農民工の就 業構造も変わりつつある。2011 年出稼ぎ農民工の平均月収は 2049 元で、2010 年より 359 元と大 幅に増えている。東部、中部、西部の平均月収はそれぞれ 2053 元(357 元増)、2006 元(374 元増)、 1990 元(347 元増)である。中部の賃金は東部より増速が高い。中部・西部での出稼ぎの魅力が 増えている。なお、出稼ぎ者中の自営業者の収入は 2684 元で、会社で働くより 669 元も高い。  最後に、本稿でケースとして取り上げる松滋市が所在している湖北省の状況を見よう。湖北省 統計局の 2011 年 3 月に公表した報告では、11 年 2 月末での省全体の出稼ぎ農民の数は 916.91 万 人で、2010 年より 51.08 万人増で伸び率は 5.90%である。中には郷鎮外県内、所謂近辺で働く人 数は 10 万弱増え、県外省内は 15 万人増えた。また郷鎮内で第 2・3 産業に着く農民の数は 363.52 万人で、前年の同期比より 26.24 万人増えた3。こうして、新たに増えた出稼ぎ農民工の中の省内 で働くのは 52.3 万人で、省外の 25.31 万より倍以上多くなっている(表 3)。 表 3 湖北省出稼ぎ農民工の流れの推移(万人) 出稼ぎ先 2011 年 2010 年 増加率% 1. 県内郷鎮外 138.23 127.46 8.44 2. 省内県外 230.99 215.74 7.07 3. 省外 546.21 520.89 4.84 4. 海外 1.47 1.73 -14.94      出所:湖北省統計局ホームページに公表したデータによる作成  以上のように、湖北省や全国の状況から見ても、中西部農民工の移動は、従来の圧倒的な東部 沿海地域への一極集中から、近年は沿海と省内周辺地域、または県内現地に分散するような局面

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に変わっている。このことは当然中西部地域の工業化の進展と密接な関係がある。以下、湖北省 松滋市のケースを通じて、地方の工業化と農村労働力の県内での就業との関係とその実態を分析 する。  

4.湖北省松滋市のケース

4.1 農村労働力移転と工業化の進展   松滋市は中部地域にある湖北省の西南部に位置し、荊州市に管轄される県レベルの市であり、 江漢平野と武陵山脈との接続地帯にある伝統的農業市である。鉄道はあるものの、高速道路はなく、 また長江沿いにもかかわらず港がまた完成されていない。どちらといえば交通不便なところである。 戸籍人口は 85 万人で、居住人口は 2010 年の全国人口調査で 76.59 万人である。市の経済力の総 合評価は全国の中流水準にある湖北省の 80 以上の県・市中で 40 位前後である。また、2010 年農 民の収入は全国の平均とほぼ同じである。あらゆる意味では、松滋市の経済状況は全国の県・市 の平均水準にあり、農業県・市の一般的状況を説明するのに良いケースと言えよう。  まず、市の経済構造を雇用構成から見よう。表 4 は市政府から得たデータであるが、市全体の 就職者数は重複計算の疑いがあり、過大になっていると思われる。筆者が市の統計年鑑を利用し て行った概算では、2011 年松滋市の戸籍人口での労働力数はおよそ 55 万で、市内での労働就業 人口はおよそ 40 万である。産業別の就業構造比はおよそ 35:12:53 である。つまり農業など第 一次産業はおよそ 12.5 万人で、鉱工業・建築業などの第二次産業は 4.5 万人で、その他第三次産 業は 23 万人である。一方、県外への出稼ぎ者数はおよそ 15 万人である。 表 4 松滋市市内労働力就業状況(万人) 2008 年 2009 年 2010 年 2011 年 第一次産業 13.47 13 15.39 14.89 第二次産業 3.04 3.65 4.2 4.51 第三次産業 29.01 29.73 30.14 34.9      出所:松滋市各年度政府工作報告により作成  次に、市の農村人口及び農村労働力の就業状況を見よう。統計資料によれば、農村戸籍人口は 近年 65 - 66 万前後で、農村労働力と就業者数はそれぞれ 36 万と 34 万前後である(表 5)。就業 者数の中に約半数は郷鎮内の現地就業であるが、残りの半数は出稼ぎをしている。市の出稼ぎ労 働者の比率は周辺県市より高く、中国でもかなり多い方である4。市政府も出稼ぎ労働者の支援を 積極的に働き、早い時期に松滋市籍出稼ぎ者が集中している沿海の町に事務所や支部を開設し、 松滋籍農民工の権益を守るために活動を展開している。

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表 5 松滋市農村労働力の状況(単位:万人)   2008 年 2009 年 2010 年 2011 年 農村戸籍人口 65.7 65.88 66.6 65.6 農村労働力 37.9 38.1 38.4 35.9 農村労働力就業者数 35.1 35.6 36.3 34.2 出所:『改革開放 30 年松滋統計年鑑』、『荊州統計年鑑 2011』及び 統計局の資料に基づいて作成  さらに、近年農村労働力の就業先の変化に着目する。近年、郷鎮内の現地就業の中に、農業生 産者数が減り、非農 (第二、三産業)への就業者数は 08 年からの四年にそれぞれ 2.37、2.59、2.9、3.1 万人で、増加する一途である。また、出稼ぎ者の中で、県内郷鎮外の就業者数は 08 年の 0.74 万人 から 09 年に 2.29 万人に急増し、さらに 10 年の 2.4 万人、11 年の 2.5 万人に年々増えている。 また、 県外に行く場合でも省内での就業は堅調に伸びている。その数はそれぞれ 1.98、2.7、3、3.02 万人 である。これに対して、省外で出稼ぎしている人数は09年において金融危機以前の08年年初より1.5 万人減少した後、10 と 11 年に多少回復しているものの、その増加の勢いは現地・近辺就職より弱 い(図 3、4)。このように、農村労働力が県内及び近辺で就職する傾向は顕著になっている。 出所:『松滋市統計年鑑 2010』、『荊州市統計年鑑 2011』などにより作成  勿論こういう流れは、県の工業化・産業化の発展と密接な関係がある。近年、松滋市政府は積 極的に工業団地を建設し、様々な工業プロジェクトを誘致し、工業化で地域経済を振興する目標 を打ち出している。その結果、松滋市の第二次産業の規模が急速に伸び始まっている。表 6 は松 滋市近年の GDP 及び第二次産業の発展規模を示している。なお、2011 年 11 月の政府の報告によ れば、2006 年と比べると、2011 年 10 月までに市の GDP は 5 年間で平均 15%成長し、第二次産 業の GDP に占める割合は 11.9 ポイント上がり 39.6%となっている、また規模企業の付加価値は 36 億元で、税金は 5 億元で、5 年間に年平均それぞれ 39.6%、25%増えた。近年労働集約型の産業、

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例えば農産品・食品加工、機械製造及び紡績・服装産業は発展している。このように、急速な工 業化は、市内の雇用の増加に繋がり、農村労働力の県内への移転を促したのである。以下、紡績・ 服装産業を、2010 年から 2011 年 8 月までの計 3 回の現地調査の結果を踏まえ、詳しく説明する。   表 6 第二次産業と規模工業企業の発展状況の推移(億元) 年 GDP 二次産業付加価値 二次産業比重% 規模工業企業GDP 売上高 企業数 企業利潤 税金 2008 69.15 22.91 33.1 12.21 39 113 1.23 2.54 2009 80.55 28.39 35.2 17.39 62.8 140 1.83 3.38 2010 96.01 33.94 35.4 24.69 86.1 162 4.2 3.99 2011 126.78 54.46 43.0 38.27 125.76 196 7.46 6.16 出所:『松滋市国民経済と社会発展統計公報』各年版により作成 4.2 紡績・服装産業の急速な発展  松滋市では 1995 年の時点で 15 社の地方国有及び集団所有の紡績・服装企業があり、紡績のほか、 下着・子供服・皮靴・セーター等を生産していた。しかし 90 年代後半になって競争が激しくなり、 望春花紡績が上海資本に買収され民営化されたケースを除き、2003 年筆者が調査した時点ではこ れらの企業の大半は潰れた。2007 年に、市内には紡績・服装関連の企業数は 9 社しかなかった。また、 08 年、09 年に新規登録した企業の数もそれぞれ 2 社と 1 社だけに止まった。  2010 年頃から、紡績・服装産業は急速に発展し始めた。とりわけ服装・制靴などの企業数は爆 発に増え始めた。市内の新規企業登録数は 2010 年に 12 社、2011 年さらに 19 社があった。これ に伴い、雇用者数と売上高はともに急増している。2010 年市内の規模企業 162 社の中に、紡績・ 服装関連企業は 9 社あり、09 年より 4 社増えた(表 7 左側)。因みに 2011 年の 3 月に市政府のプ ロジェクトリストに載せた新規及び建設中の服装企業は 15 社に達している。表 7 右側は投資 100 万元以上の新規投資企業をリストアップしている。  2011 年末現在、市工商局で登録した紡績・服装製造加工企業の数は 41 社があり、雇用者数は 7200 人を超え、登録資本金は 1.8 億元である。中に服装加工企業は 34 社で、4036 人の従業員数 を有する。また 2011 年服装産業の売上高、税収、生産量はそれぞれ 3.98 億元、1053 万元、4811 万着であり、紡績産業の生産量は綿紗 1.2 万トン、綿布 2000 万メートルである。なお、市内に工 場を設置して入るものの、他の地域で登録されている会社(例えば福力徳靴業、天鷹制衣)の雇 用も少なくとも 800 人を超えている。さらに従業員数が数人前後で、工商局に登録していない零 細制衣工場も多数増えている。筆者が調査した二つの郷鎮においても零細工場がそれぞれ数社あっ た。これらの零細の制衣工場は中堅・大企業の下請加工を行い、下請けシステムは構築されつつ ある。また、近年制衣工場の集積により、染色、脱水などの関連企業も進出し、産業の連関効果 が高まっている。このように非登録企業の数を入れると、市の 2011 年 8 月の非正式統計では、零 細制衣工場を含み既に 180 社前後の紡績・服装及び関連企業がある。

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表 7 松滋市紡績・服装産業の近況(売上高、投資額単位万元)  2010 年規模企業状況 2011 年新設企業状況(投資額 100 万元以上、3 月まで) 規模企業名 雇用者数 売上高 新設企業名 年生産能力 投資額 11 年売上高 望春花紡績 725 10347 芭蒂娜 5000 万着 30000 神州紡績 500 13909 福力徳靴業 150 万足 1500 3000 飛龍績造 80 1490 天鷹制衣 1000 万着 3000 2000 大江紡績 40 3272 雲嶺服飾 12 万セット 5000 10000 金犀牛服飾 1500 19255 華天浄化 80 万セット 5000 2500 海興衛生 265 8365 美蓉服装 140 万着 600 300 碩興服飾* 150 1520 恒潔洗水 600 万着 1000 800 嘉豪制衣* 120 986 天鴻時装 700 万着 1200 1000 宇飛服飾* 150 1874 徳福龍制衣 300 万着 1000 500 鴻基行線業* 32 1000 聯益服装 200 万着 600 500 明珠績業 20 万着 100 600 合 計 3562 62018 望春花追加 180 万米 5000 3500 注: 左側の*付け企業は 2010 年設立された会社である。宇飛服飾、嘉豪制衣は 11 年 6 月にそれ ぞれ 350 人、300 人を雇用。福力徳靴業、天鷹制衣も一部操業開始し、それぞれ 500 人、230 人を雇用。 出所:松滋市政府 2012 年年始三級幹部会議内部資料により、筆者が整理作成  何故短期間に多数の服装企業は松滋市に群れたのか。近年沿海地域では、産業構造の高度化が 進み、労働集約型産業の内陸への移転が加速していることは周知の理由である(趙・張 2011)。し かし松滋市のように大都市から離れ、交通状況がそれほど便利ではなく、経済発展の環境がさほ ど恵まれていないところに来た理由は、とりもなおさず人的繋がりと豊富な労働力にある。松滋市 の出稼ぎ農民工の中で、制衣工・制靴工は 6 万人もいるといわれている。彼らは広東、浙江、北 京などの服装・靴産業に集団的に出稼ぎしている。多くの出稼ぎ者は 10-20 年以上が働いて、強力 的な人的ネットワークを構築できている。これらの松滋籍の出稼ぎ労働者の中に、一部の人は勤め 先でミドル管理層や経営陣に上り詰めている。さらに出稼ぎ先で創業し、ビジネスに成功した企業 家もいる。彼らは勤め先企業の移転を促したり、または戻って創業したりして、急速にその産業の 松滋市への移転と集積をもたらしたのである。以下、二つ代表的企業のケースを紹介する。  松滋金犀牛服装公司は 07 年に設立され、08 年に正式に操業した会社である。09 年、10 年の売 上高はそれぞれ 1.5 億元、1.92 億元で、11 年 8 月現在従業員数は 1500 人余り、11 年の生産高は 3 億元に達する見込みである。会社の本社は広州増城市にある。創業者章学雲氏は市内楊林市鎮の 農家の出身で、紡績専門学校から卒業した後湖北省潜江市にある紡績工場に配属され、副工場長 まで登り、1994 年に広東省に出稼ぎに行った。さまざまな失敗を経て、98 年から設備をリースし 服装生産を開始し、2001 年に広州金犀牛服装を設立した。会社はジーンズの OEM 生産を行い、

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急速に成長したが、2006 年ごろから労働力の不足やコストの上昇などの問題に苦しみながら、創 業者は実家である松滋市に新工場を建設することに踏み切った。現在広東松新塘にある工場と本 部を松滋市に移転する考えもある。  芭蒂娜服飾は、98 年に創業した女性のワンピースなどの高級服装を生産する会社であり、全国 で百貨店での販売のほか 1000 店の販売チエンを展開し、海外にも進出している。創業者が杭州人 で、本社と主な生産基地も杭州市にあるが、制衣工約 1 千人の中に 6 割は松滋市の出稼ぎ者である。 会社は内陸市場を見据えしながら、労働力の供給を確保するために、2011 年 9 月に松滋市で合計 3 億元を投資し、生産・研究開発基地を建設し始めた。すべてのプロジェクトを完成すれば、生産 高 20 億元、雇用約 8 千人の規模に達する見込みである。社長は起工式でインタビューを受け、松 滋市を選んだ理由を「松滋籍の従業員が会社の発展に大きな貢献をしたことで、芭蒂娜も松滋市 の発展に貢献し、市と共に成長したい」と答えた。2011 年調査時点現在、会社はすでに数百人の 制衣工を募集し、杭州市にある工場で研修を行っている。  近年、松滋市の党・政府のトップはお正月などのとき沿海都市に赴き、松滋籍制衣工が集中し ているまたは松滋市籍企業家が設立した制衣企業を慰労訪問し、回郷創業や企業の地元への移転 を誘致している。服装企業は松滋市に進出する際に、他の産業と同様政府から様々な優遇政策と 便利を受けている。筆者の調べでは、各郷鎮に進出している多くの服装会社は、統廃合で閉校となっ た小・中学校の校舎や旧政府の敷地を利用して工場を設置している。政府は非常に安い価格で土 地と建物を売ったり、または一定期間無料で利用させたりしている。全国の郷鎮に設立された多く の企業はこの形で費用を節約できた。一方、労働局などの関連部門も工場の従業員を安定的供給 するために、職業紹介などを積極的に行っている。   4.3 服装産業における農民工の県内就業の状況  松滋市内に紡績・服装産業の急速的進出は農民工に就職の機会を提供している。本節は、筆者 が 2011 年 8 月に調査した金犀牛、嘉豪、碩興三社の情報に基づいて農民工の就職現状を説明す ることにする。なお、三社の中に金犀牛は市街に隣接する工業団地にあり、他の二社は沙道観鎮 にある。  まず三社においては、1 割ほどは学校卒業後直接に入った若者や省外で出稼ぎした経歴を持た ない人であるものの、9 割前後の作業員は 30-40 代で、以前出稼ぎにした人である。また、女性 は 6-7 割を占めている。これらの回流農民工は若いとき遠方に出稼ぎ、服装企業に勤めた熟練制衣 工であるが、すでに結婚し子供を産み、実家で老人や子供の世話をするため帰ってきたのである。 彼女たちにとっては、家の近辺で働けることは、安心して家族と生活できると同時に農業より高い 収入を得ることができ、まさに一石二鳥である。一方、企業にとってもこれらの労働力の大半は熟 練工で、人員の訓練などにそれほど手間を掛からない。  金犀牛の従業員 1500 人余りで、その 8 割は会社の宿舎に泊まるが、市街または工場近辺に住む 農民工は通常はバイクで通勤している。嘉豪と碩興の従業員数はそれぞれ 300 人、50 人である。

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両社は松滋と公安県、荊州区との境に立地しているため、市内の農民工だけではなく、市外の近 隣村からの農民工も出稼ぎに来ているが、従業員の半数は 1-2 キロの範囲以内に住み、通勤してい る。他の半数は宿舎に住む。ただし会社は残業や夜勤のとき安全上の理由を考慮し、通勤する従 業員にも宿舎を用意している。例えば嘉豪の宿舎は従業員の 7-8 割を収容できる。  従業員の報酬に関して、金犀牛の場合現場作業者の平均賃金は 2500 元で、組長などの管理者 は 4000 元以上であり、一方、嘉豪と碩興両工場の賃金はおよそ 2000 元前後で、管理者の賃金は 3000-4000 元前後である。賃金は沿海の広東省と比べて 300-500 元より低いが、従業員が沿海への 出稼ぎと比べると高い交通費や生活費を支出しなくて済むため、実質の収入は以前と大差はない。 また、すべての会社では社内食が無料に提供され、祝日や祭日以外は月休 4 日制になっている。  社会保障に関して、調査した会社は労災保険や失業保険をすべて加入させている。ただし年金 について調査した会社は従業員をすべて加入させる用意があると答えたが、会社は基本給の 20% 相当の金額を負担し、従業員個人は 8%を負担するため、多数の農民工が年金に加入していない。 その理由として、①農民工の流動性が比較的高く、保険を掛けるのは会社と農民工双方にとって も面倒である。②従業員の大半は 30 代で、老後のことをあまり考えず、保険料を払いたくない。 ③農民工は土地を持っているため、会社を辞めてもそれなりの生活ができる。また、低コストの農 村年金と医療保険に加入すればよいので、企業年金に加入したくない5などがあげられる。  三社の調査を見れば、就職者の大半は 30-40 才の女性で、小・中学生の子供を持つ主婦であり、 農作業が忙しいときの重要な労働力である。彼女たちは、週 4 回定休ないしは 2 回定休・二回自 由休暇を取ることができる。この休日を利用し、家で掃除や休みで帰った下宿している子供のた めの仕立てなどを行たり、親戚・親友の間の様々な行事に参加したりする。または農作業を手伝う。 収穫の時期には、従業員の多くは 1-2 週間の休みを取り、実家で農作業を行う。当地は綿花の重 要な産地で、調査時点では綿花の収穫季節に入り、一部の従業員は休暇を取って帰宅し農作業を していると工場が説明した。また、調査した金犀牛と碩興の二社は学校の夏・冬休みの間に、従 業員を安心させて仕事に集中させるために、工場の敷地内に空調完備のルームを用意し従業員の 留守する子供を集め、スタッフを配置し宿題指導を行い、会社の社員食をタダで提供したという。  なお、中間管理層や技術の責任者の多くは、沿海地域の企業に長年働いた経験があり、人脈も ある。故郷に戻り、しばらく働いた後、独立する人も少なくない。金犀牛の工場長の紹介によれば、 松滋で操業以来、会社から独立した人は 60 人以上にもいる。彼らは前述の零細工場を設立したり して、大企業や中堅企業から下請けをし、事業を拡大している。碩興での調査では、会社が忙し くなった時、鎮内または県のほかの郷鎮にある零細工場 3-4 箇所にアウト・ソーシングをしている。 こうした零細工場作業の場合、管理費が安く、税金も殆ど払わないので、従業員の給料は場合によっ て正式な会社より高く設定できる。したがってときとき大企業の従業員もこれらの零細工場に流れ てしまう。金犀牛などは従業員の待遇や福祉を改善し、安定的勤続に腐心している。  こうして、数千人の出稼ぎ労働者は地元に戻り、新設された服装工場に働いている。一部の人 が独立したりしたため、更なる雇用も生まれている。大多数の労働者は現地・近辺での就職を実

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現し、沿海とそれほど変わらない現金収入を得ることができた。また彼らが地元で生活しているた め、遠距離出稼ぎによる様々な家庭や社会問題も解消された6

5.農民工県内就業の経済効果の推計:県外に出稼ぎした場合との比較

 本節では、松滋市のデータを利用し、農民工が県外就業した場合と比べて県内就業の経済効果 を実証分析する。図 3、図 4 により 2011 年の市農村労働力の郷鎮内の移転は 2008 年より 0.73 万 人増えた。同じ期間に郷鎮外県内の移転人数は 1.76 万人増えた。それにより四年間農村労働力が 県内に移転した総数は 2.49 万人になる(簡単に推計するため 2.5 万人とする)。以下、2.5 万人が すべて県外に移転(出稼ぎ)した場合と比べて、市内就業の経済効果の増分を推定する。 5.1 一人当たりまたは一世帯当たりの経済状況の変化  5.1.1 農家の所得変化  農民工の個人レベルの収入を見れば、再び 2011 年国家統計局の農民工調査の結果を用いて説 明するが、県外出稼ぎ者の月平均収入は郷鎮内就職より 261 元高い。さらに詳しく見れば、直轄 市の平均月収は 2302 元で、省会都市 2041 元、地区市、県市、郷鎮での収入はそれぞれ 2011 元、 1982 元、1961 元で、都市間の格差が存在する。このように見れば、依然として県外への移転は県 内特に郷鎮内就職(県内への移転)より収入が高い。  しかし農民工の個人収入というより、農民工の非農への移転が農家全体の家計所得(総収入) にどのような貢献をしているのかを見ることがより重要である。杜(2010)は、2002 年全国農家 調査を用いて以下の発見を明らかにした。すなわち、県外への出稼ぎ農民工の収入は県内農民工 より高いが、家庭単位で農家の総収入を見た場合、県内就業のほうはむしろ高い。県内就業の場合、 家庭年可処分所得は 3507 元増え、非農就業のない農家家庭より 31.2%増えるのに対して、県外就 業した場合、家庭年可処分所得は 1879 元増え、非農就業のない家庭より15.9%高い。言い換えれば、 農家レベルを見る場合、県内での非農移転の貢献は県外への出稼ぎより大きい。県内就業が県外 就業より農家一世帯の総所得は 3507-1879 = 1628 元増となる。  その主な理由は、県内に就業した場合、家庭の農業生産を手伝うことができ、または兼業して いるため、農業経営の収入を高めることができる。これにより機会コストが低く抑えられたと考え られる。これに対して、県外への出稼ぎは家庭の農作業をカバーすることができず、機会コストが 高い(一部の家庭が耕作放棄(「撂荒」)または他人にリースしている)。また、遠距離出稼ぎした 場合、在外生活費や交通出費が高い等の問題もある7。杜(2010)の計量分析によれば、2002 年 県内での移転により農家全体の年平均可処分所得は 1584 元で 13.75%増えたことに対して、県外 への移転は 677 元で 5.4%の増収効果しかなかった。  2011 年にその増収効果はどうなっているのか。ここで 2011 年でも県内就業対県外就業の効果 は 2002 年と変わらないと単純化する。つまり、収入増の所得に占める割合は変わらないとする(近 年中西部の賃金が沿海と縮小しているため、家庭の増収効果がもっと増えているはずである)。国

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家統計局 2003、2011 年の統計年鑑のデータを用いて計算したら、2011 年農家総収入=一人当た り総収入×世帯人数= 3.782 万元で、2002 年農家総収入= 1.424 万元である。従って 2011 年農家 総収入対 2002 年農家総収入の比率は 2.66 となる。それにより、2011 年現地就業対出稼ぎ就業の 農家平均所得増は 2.66 × 0.1628 = 0.433 万元である。なお、松滋市の統計は全国平均とそれほど 差はなく、ここで計算した全国平均の結果をそのまま松滋市に当てはまるのも大きな差はないと思 われる。  5.1.2 農家の家庭支出の変化  前述の杜(2010)や多くの研究により、県内農民工が農業をカバーでき、農業生産に積極的に 参加するため、これらの家庭は農業生産にコミットできる。そのため、県外出稼ぎの農家より市内 就業の農家の農業などの生産性支出比率も高いと考えられる(例えば銭・鄭 2011、李・李・梁・ 費 2010)8。ただしこれに関する詳しい統計がないため、本文では県外・県内非農就業の農家の生 産性支出比率の差を無視して推計するしかない。統計年鑑によれば松滋市 2010 年農家一人当たり の平均総収入が 8484 元で、生産性支出 1823 元で、消費性支出 3961 元である。よって総支出係 数は 70%で、生産性支出と消費支出係数はそれぞれ 21.5%、49%前後である。なお、農家一世帯 平均人口が 3.81 である。図 3、図 4 を見れば、非農就業の県内と県外への移転は大体 3:8 である。 5.2 県内経済に与えるマクロレベル効果  では、県内就業は県外就業より県域経済に与えるマクロ経済効果を考えよう。その直接経済効 果は、農家世帯の総収入増収部分による消費増と現地就業者が県内における消費分との合計とす る最終需要増、そして農家の経営性支出の増加による中間需要増に分けられる。  2011 年松滋市内の就業者の年平均収入が 25797 元であるため、ここでは控えめに農民工の県内 就業の平均年収を 2.2 万元とする。県内就業者一人当たりの年間消費を月に 500 元と控えめに設定 した場合、年間消費額は 0.6 万元となる。(2011 年農民家族世帯一人当たりの消費金額は 4670 元 であるが、老人や子供と比べると、働き世帯の消費性向が高いと考えられる)。また、2.5 万人が 市内に就業しているため、全部県外の遠距離地域へ出稼ぎに行ったケースと比べると、三つの効 果がある。 ① 現地就業による就業者個人消費増=一人当たり消費額×現地就業人数       = 0.6 万元× 2.5 万人= 1.5 億元 ② 農家の家計所得増による消費需要増=一家の所得増×消費支出係数×世帯数       = 0.433 万元× 49.5%× 2.5 万= 0.536 億元 ③ 経営性支出による中間需要増=所得増による経営支出増       = 0.433 万元× 21%× 2.5 万= 0.227 億元  従って最終消費需要増は①+②= 2.036 億元で、中間需要増は③= 0.227 億元である。さらに直 接効果は以下のように計算できる。

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  最終消費増直接効果=∑ 2.036 億元の中で各産業への支出額×その産業の市内自給率  (1)   中間需要増直接効果=∑0.227 億元の中で各産業への支出額×その産業の市内自給率   (2)    『荊州市統計年鑑 2011 年』によれば、2010 年松滋市農家の生活消費の構成は食品 40.2%、衣服 4.8%、居住 16.1%、家庭設備及びサービス 7.1%、交通通信及びサービス 8.46%、娯楽用品及びサー ビス 3.38%、医療保健 7.4%、その他の商品及びサービス 12.62%となっている。勿論県・市レベル では農家の消費の各産業に割り振れる詳しい統計はないため、また、産業別の県内自給率の統計 もないため、ここでは大ざっぱな推定しかできない。松滋市が農業の重要な産地であり、またセメ ントや建築財の生産が多く、農家の消費の県内自給率は比較的高いと考えられる。ここで各産業 の平均自給率を 0.75 とする。一方、農業生産に対する経営性支出から見ると肥料、飼料、農薬、 種代、機械設備などが主な項目であり、県内自給率が比較的低いと思われる。経営性支出の対応 産業の平均自給率を 0.55 にする。従って、  直接効果=最終消費増直接効果+中間需要増直接効果=2.036×0.75+0.227×0.55=1.754(億元)    なお、市全体に与える経済効果は、以下のように計算できる(小長谷他 2012、藤川 2005)。       ∆X={I-(I-M)A}-1 (I-M)∆F    式の中に(I-M)は自給率で、A は投入係数行列である。(I-M)∆F は直接効果である。  なお、{I-(I-M)A}-1は乗数となる。また、一般的に経済効果を計測するとき     経済効果=直接効果+間接一次効果+間接二次効果+…    しかし中国では県レベルの産業連関表の統計データが作られていなく、産業連関による生産誘 発額など間接一次、二次効果の推計をあきらめるしかない。ここでアプローチを変え、ケインズ乗 数を用いてもっとも単純な推計を行う。市全体の消費性向を 0.6 として、すべての産業の市内自給 率を 0.6 としよう。これにより乗数= 1 ÷(1 -消費性向×自給率)= 1.562 である。従って、         ∆GDP= 乗数× ∆ 需要増= 1.562 × 1.754 = 2.74 億元    表 8 は、上記の推計結果、及び農民の消費性向と県内自給率がともに低いケース、そして高いケー スのシミュレーションの結果をまとめている。 表 8 出稼ぎより県内就業による経済効果のシミュレーション 消費性向 県内自給率 直接効果(億元) 乗数 総効果(億元) 最小効果 0.5 50% 1.754 1.33 2.33 中レベル効果 0.6 60% 1.754 1.562 2.74 最大効果 0.65 70% 1.754 1.83 3.21

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 以上のように、中間レベルでは、松滋市の 2.5 万人の市内就業は県外出稼ぎより年間 2.74 億元 の GDP 増の効果をもたらいしている。これは 2011 年市の GDP の約 2.17%を占めている。これに より県外での出稼ぎより県内での就業は、県域経済全体への活性化と経済成長にプラス効果があ ると言えよう。  最後にその社会的効果を触れておこう。松滋市での調査で分かるように、農民工の現地就業に より、家族の面倒を見ることができ、子供の教育や成長にプラスであり、家庭の幸福度の上昇に つながる。また、農民工は地域行政のガバナンスや地域文化・行事などの活性化にも寄与する。  繰り返しになるが、松滋市は中国では平均水準の状況である。本節で分析した経済効果は、中 国の中西部地域においても一般性が有すると考えられる。  

6.おわりに

 本稿は近年農村労働力の移転の新たな動向に着目し、松滋市のケースを分析することによって、 その動きと地域の工業化・産業化との関連、さらにその経済的・社会的効果を検討した。本稿の 基本的主張は、県外への出稼ぎは農民自身と出稼ぎ者の流出地と流入地にとって経済的効果が大 きい一方、流出地と家族にもたらすデメリットも否定できない。近年内陸地域の工業化により、返 郷農民工が増加し、県内就業が増えたことは、県域地方にとって大きな経済的・社会的効果があり、 地方経済・社会の疲弊を防ぐのに重要な役割を果たしている。  長い間、中西部内陸の県・市地域では、工業化のレベルが低く、経済規模も小さかった。現地 就職の魅力がなく、雇用供給も少なかった。そのため、大半の農家にとっては東部沿海地域への 出稼ぎは最も魅力的な選択であった。最近、内陸の多くの地域では工業化が進み始め、地域内の 雇用も以前より拡大している。このため、一部出稼ぎ者も地元に還流し、県内就職が確実に増え てきている。今後地域の工業化がさらに進み、地域内でより多くの雇用を創出できれば、今まで出 稼ぎ一辺倒の流れが変わり、地域内の経済循環が改善し、県域経済の持続可能な発展を促進でき よう。  さらに言えば、こういう地域内工業化発展のパターンが確立できれば大きな意義が有する。まず、 県内に就業した農民工は土地や自宅を離れる必要がなく、大都市への過密な集中が一定程度で軽 減される。次に、県市レベルの中・小都市を中心に、農村と小市鎮の混在、農業と工業の立地の 近距離化を進めさせれば、農村の過疎化が一定程度緩和され、農村の文化と自然の保全も可能と なる。長期的にみれば地域の農業と非農産業とのバランス、そして経済・社会のバランスの取っ た持続可能な発展も可能であろう。  本稿は、データの制約と調査の不備のため、あくまでも初歩的分析であり、その結果の一般性 も限定的である。現地就業の農民工に対してその現地就職の理由と原因、収入と支出の詳細につ いてアンケート調査を行い、ミクロレベルの計量分析を行えれば、現地就業のメカニズムとその経 済的効果をより客観的に評価することができると考えられる。これは今後の課題としたい。

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後記:本研究は科学研究費補助金基盤研究(B)海外学術調査(平成 21 ‐ 23 年度)「中国西部地 域農村近代化に関する調査研究―土地・労働力・産業化・インフラを中心に―」(代表:座間紘一) の研究成果の一部である。また、中国の現地調査に当って、市常務副市長(当時)趙茂安氏を始め、 多くの方にお世話になった。関係者に感謝したい。 1 3 月 8 日、6 月 1 日,9 月 9 日はそれぞれ女性、児童、老人の祝日である。386199 は婦人、児童、老人を指す。 2 松滋市の調査で、金融機関の貸出残高対預金残高比が極めて低い。全国の県域レベルではそのような問題も広く みられる。この問題に対して、制度的要因で都市部に吸い上げられたという批判的通説はあるが、筆者はやはり 地域内の経済構造の問題が一番大きな要因だと思う。 3 湖北省統計局ホームページ(http://www.stats-hb.gov.cn/structure/tjfx/qstjfx/zw_10350_1.htm)。 4 荊州市統計年鑑 2011 によれば、2010 年松滋市の出稼ぎ農民の比率は 51.2%で、荊州市 7 県・市の中にもっとも高く、 平均の 42%より大幅に超えている。 5 国務院発展研究中心課題組(2011)の調査でも、農民工の多数と多くの企業は年金に対して消極的態度を取って いる。農民工の多数は政府の補助金を得て保険料の安い「新農保」(新型農民年金)と「新農合」(新型農民合 作医療)を選好している。武漢では農民の年間節約は 1782 元もある。 6 筆者は 2010 年、2011 年に四川省金堂県に紡績・服装・制靴産業や農民工の回郷創業について同じ調査を行った。 そこで得た情報と松滋市との状況は非常に似ている。

7 Knight and Song2005 は、現地での非農就業の平均収益率や限界収益率は県外出稼ぎより低くないとの結果を明 らかにしている。Knight ・鄭曲恒・李実(2011)を参照。李・李・梁・費(2010)の実証分析によれば、県内就 業は農家の生産に補完的役割、県外出稼ぎは代替的役割を果たしている。 8 李・李・梁・費(2010)の西部農村 1074 世帯農家に対する実証研究によれば、県内就業は農家の養殖・畜産そ して非農自営業活動に顕著な促進作用を果たしている。一方、県外出稼ぎは資本の累積を促進しているものの、 農家の上述の生産経営活動にネガティブの影響を及ぼしている。 参考文献 蔡昉・王徳文・都陽(2008)、『中国農村改革与変遷:30 年歴程和経験分析』格致出版社・上海人 民出版社 杜鑫(2010)、『労働力転移対中国農村居民経済福利的影響』 知識産権出版社 国家統計局(2010)、『2009 年農民工監測報告』中国国家統計局ホームページ 国家統計局(2012)、『2011 年我国農民工調査監測報告』中国国家統計局ホームページ 国務院発展研究中心課題組(2011)、「農民工市民化進程的総体趨勢与戦略取向」『改革』第 5 期 国務院発展研究中心課題組(2010)、「農民工就業総体態勢与政府因応」『改革』第 6 期 韓俊・汪志洪等 (2010a)、「中国農民工問題総体趨勢:観測十二五」『改革』第 8 期 韓俊・汪志洪等((2010b)、「中国農民工供給態勢与十二五時期走向」『改革』第 9 期 Knight ・鄭曲恒・李実(2011)「中国の民工荒与農村剰余労働力」『管理世界』第 11 期 孔祥智(2006)、「四川省農村労働力有序流動与転移研究」『調研世界』第 5 期 李聡・李樹茁・梁義成・費徳曼(2010)、「外出務工対流出地家庭生計策略的影響」『当代経済科学』 5 月号

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銭文栄・鄭黎義(2011)、「労働力外出務工対農戸農業生産的影響」『中国農村観察』第 1 期 石智雷・楊雲彦(2012)、「家庭禀賦、家庭決策与農村労働力回流」『社会学研究』第 3 期 張永麗・柳建平(2010)、『流動転形与発展─農村労働力流動対流出地的影響研究』中国社会科学 出版社 趙浩興・張巧文(2011)、「内地農民工返郷創業与沿海地区外力推動」『改革』第 3 期 小長谷一之・前川知史編(2012)、『経済効果入門』 日本評論社 任雲(2009)、「 中国西部経済と国内・国外経済とのリンケージ」『桜美林エコノミクス』第 55 号 藤川清史(2005)、『産業連関分析入門』日本評論社

表 5 松滋市農村労働力の状況(単位:万人)   2008 年 2009 年 2010 年 2011 年 農村戸籍人口 65.7 65.88 66.6 65.6 農村労働力 37.9 38.1 38.4 35.9 農村労働力就業者数 35.1 35.6 36.3 34.2 出所:『改革開放 30 年松滋統計年鑑』、『荊州統計年鑑 2011』及び  統計局の資料に基づいて作成  さらに、近年農村労働力の就業先の変化に着目する。近年、郷鎮内の現地就業の中に、農業生 産者数が減り、非農 (第二、三産業)への就業者
表 7 松滋市紡績・服装産業の近況(売上高、投資額単位万元)  2010 年規模企業状況 2011 年新設企業状況(投資額 100 万元以上、3 月まで) 規模企業名 雇用者数 売上高 新設企業名 年生産能力 投資額 11 年売上高 望春花紡績 725 10347 芭蒂娜 5000 万着 30000 神州紡績 500 13909 福力徳靴業 150 万足 1500  3000 飛龍績造 80 1490 天鷹制衣 1000 万着 3000 2000 大江紡績 40 3272 雲嶺服飾 12 万セット 5000

参照

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