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聞こえるものとしての社会関係

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Academic year: 2021

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(1)聞 こ える もの と しての社会 関係 原. 田. 隆. 司. 寺. 岡. 伸. 悟. Sound and Social Relations Takashi Harada and Shingo Teraoka Abstract: This article studies the relationship between Japanese people and sounds in modem society. As a result of industHalization and urbanization, artificial sounds havc proliferated in everyday life. The ability to reproduce sounds by technology has increased, and both in cities and country villages innumerable. loudspeakers continually broadcast announcements and background music. ]Broadcasting facilities,radios and television have bccn introduccd into schools and homcs and thc habit of listcning to sounds from a loud… speaker has bccome firΠ lly implanted in people. As a result of econonlic growth and urbanization, the noise. problem has increased rapidly. However, as a result of this, ways of thinking and ncw technology have de― veloped to try and control the sound environment, since our lives and actions have come to be dorrlinated by. an environment composed of artificial sounds.. 1990年 の新聞の投書 で も,60歳 の主婦が,「 あなた は じ. 2わ. に. はカエ ルの声 をどう聞 きますか。私は公立中学のプー ル際 に住 んでい ますが,先 に,教 頭先生が見えてカエ. 1991年 の新聞 に,千 葉県印藩郡 に住 む 34歳 の主婦 が,次 の ような投書 を寄せてい る。. ルが うるさくてご迷惑 をかけてい るとあい さつがあっ たので驚 きました。だれか学校 に苦情 を申 し入れたら しいのです。 ・…・)そ んなこと学校 の責任 ではない (・. 住宅開発 の進む この町で,「 カエ ルが うるさ くて. で しょう, と申 し上げましたが,薬 で もまかれて除去. 寝 られない」 とい う苦情 のため,栄 町役場で は,今 年 もカエル退治の専門家 を真夜 中に出動 させるらし. されたら,か わいそうです。ホ ンの,い っときのカエ ルの声 は,が まんで きない ほ どの騒音 なので しょう. い。田舎 を承知で引 っ越 して来たので しょうに。. か」 と書 いてい る. か く言 う私 も二 年前 ,こ ち らに移 り住 んだ ころ. (『. 朝 日新聞』東京朝刊 1990年 5月. 24日 )。. は,カ エ ルの合唱が気 にな りましたが,一 週間 もす ると慣 れて しまい ました。. 「騒音」 ととらえ られ る よ う になった カエ ルの 声. 夜 が明ければ見渡す限 りの どかな田園風景 です。. は,か つ て田圃 の ある暮 らしの なかで の 日常 で あ っ. 木 々の ざわめ き,小 鳥の さえず り,虫 の声 ,こ れ も. た。 また一方 ,ま ちなかでは,各 種 のスピーカーか ら. 騒音 と受け取 るので しょうか。. 流 れる人工音 が氾濫 し,「 静けさ」 と呼 ばれる ものが. どうして も気 になるのなら雨戸 を閉める等 ,自 分 で防音対策がで きるで しょう。生 きてい るものをむ. な くなった 日常がある。 生活 の風景 ともいえる音。 だがそれは,単 なる風景. やみに殺傷す ることで解決 させないでほしいのです。. にす ぎないのだろ うか。 もしそうだ とすれば,特 に近. 「シー ッ,静 かに。殺 されて しまうよ」。通 じるも. 代 以 降の音環境 の変化 は,私 たちをどう変えたのだろ. の ならカエル に教 えてあげたい。 (『 読売新聞』東京 朝干J1991年 5月 21日. ). うか。 そのような,私 たちと私 たちをとりまく音 との関わ.

(2) 甲南女子大学研究紀要第 38号. りを,音 を発生 させ る装 置 や技 術. (ス. ピー カ ー な ど). に日配 りしつつ た どつてみ たい。. 文学・文化編 (2002年 3月. ). れてい る」。 これは西洋 にはない驚 くべ きことだ とハ ー ンは言 う。「この虫 たちが西洋文明でつ ぐみや孔雀 やナイチ ングール,そ して カナ リアが占める地位 にひ. 第一章. けをとらない地位 を占めてい る, と語 りきかせてわか. ス ピーカー まで の道程. って もらうのには骨が折れる」 のだ。 ハー ンは,鈴 虫を筆頭 として秋の虫の音 を鑑賞す る. そ もそ も,音 とは何 なのだろ うか。 音 とは,あ る もの の 振 動 が ,何 らか の 媒 体 を通 し. ことが,日 本 では古来 からの長 い伝統 としてあるけれ. て ,私 た ち の 耳 (鼓 膜 )に 届 き,私 た ち が そ れ を. ども,「 音楽 をきかせて くれる虫 を定期的 に売買す る. 「音」 や 「声」 と して理解 す る とい う一 連 の 現 象 で あ. とい うのは,比 較的近年 になって始 まった」 と指摘す. る。 これは空 間的 な広 が りのなかで生 じ,時 間 の流 れ. る。江戸時代 の東京で,ひ と りの男が,あ る場所 にた. と しては瞬 間的 な現 象 で あ る。. くさんいた鈴虫 を捕 まえて壷 に入れてみると,や がて. 人間 の五 感 の なかで ,音 は聴覚 に対応 す る。聴覚 は 視覚 とは異 な り「全方位 か ら」 とらえる ことがで き. ,. 「睡 眠 中 で も異常 な音 に対 して は感 知す る とい う利 点 も も っ て い る」 (難 波 精 一 郎 1989「 聴 覚 と錯 覚」 p. 1)。. また,人 間が用 い る音声 は「文字 とは異 な つて. ,. 成長 して鳴 くようにな り,近 所 の人が ほ しがるように なった。後 にこの男 は虫を売 る「虫屋 に転職」 したの だが,彼 のお得意 さんであ った別 の男 は「養殖 とい う ことに気付 い た」。やがて この商売 は広 が り,こ ぎれ い な竹籠 に入れ られた鈴虫 は,「 歌 う虫 はいかがかな」. われわれの 身体 以外 に何物 も使 わず に発す るこ とがで. と叫 んで通 りを売 り歩 く商人が販売す る よ うにな っ. き,環 境気体 (通 常 は空 気 )を 介 して相手 に届 き,メ. た。そ して, きりぎりす,松 虫,え んまこおろぎ,う. ッセ ー ジを受 け取 る佃1の 個体 に とって も,何 ら特 別 な. まお い など,他 の虫 も売 られたが,「 鈴虫 は一番 の人. 準備 ・負担 が要 らな い とい う, きわめて簡便 な特徴 を も っ て い る」 (藤 崎 博 也 1989「 人 間 と音 声」)。 つ ま. 気者 である。虫売 り商売 か ら毎年あがる収益 の大部分 は鈴虫の取 り引 きか ら入る, と言 われてい る」 (「 虫の. り,声 の よ うな振動 は特別 な道具 を使 わな くて も発生. 演奏家」312-326)。 ハ ー ンは,こ の一 連 の 変化 を次. で きる し,聞 く側 も,耳 とい う器官 は常 に開 い て い る. のようにまとめてい る。. ので ,「 特 別 な準 備 ・負担」 を しな くて も四方 か ら届. やがて歌 う虫の養殖 と販売が金 になる仕事 となる と,野 辺に出むいて歌 う虫の調べ に耳 をかたむける. くので あ る。 「虫」 の 音 か ら「 虫 の音」 ヘ. とい う習1貫 は次第 にすたれていった。 だが今 で も都. 治 23年 )に 来 日 した ラフカデ イオ ・ハ. 会の人たちは宴 をひらく際,庭 の植込 みの中に虫の. 本名 ,小 泉 八雲 )は ,当 時 の 日本 で 日常響 い. て い た,さ まざまな音 につい て記す とともに,日 本 人. 入 った籠 を時折置 いてお く。おかげで客たちは,小 さな生 きものの奏 でる音楽 だけでな く,そ うい う調. が好 む音 につい て も書 き残 して い る。 た とえば ,こ ん. べ が思 い起 こ して くれ る野辺 の平和 の思 い出をも楽. な一 節 が あ る。. しむ こ とが で きる ので あ る. 1890年 ーン. (日. (明. (「. 虫 の演 奏 家」319-. 320)。. 田舎 の静 け さを破 るのは,蝉 の 鳴 き声 と,鳴 き声 が巫女が 神前 の舞 いで打 ち振 る小 さな鈴 の音 にそ つ. ハ ー ンの ま とめ に したが つて 鈴 虫 の 音 を聞 く とい う. くりに きこえる,あ の不思議 な小 さな鈴虫 の リー ん. 行 動 を順 に並 べ て み る と,虫 の 鳴 い て い る 野 原 に行. と鳴 く声 だけであ る。 (小 泉 八雲 『明治 日本 の面影』. く,野 原 の 虫 を採 集 して庭 に放す ,集 めた虫 を買 う. 192). 養 殖 され た虫 を買 う,と い う こ とにな る。 この 頃 に. ,. は, 日本人 は ,こ う して さまざまな方法 で ,本 物 の鈴. 現在 と比べ て静 かだった日本。ハー ンは,日 本人が 鈴虫 の音 を好 む ことに注 目 し,「 虫 の演奏家」 と題す. 虫 の音 を楽 しんで い たのであろ う。現在 の私 たちか ら. る文章 も残 してい る。 日本 の縁 日には「魔法 の提灯 の ように輝 き,小 さな木 の籠でいっぱいの屋台」 があ り. 楽 しむ とい う こ とが ,風 流 で あ り,か つ 贅沢 な こ とに. 「その籠 か らは,た とえようもないかん高 い音 が ひび いて くる」。そ して 「虫 はその出す音色 のため珍 重 さ. す れば ,庭 に虫 籠 を置 い て「野辺 の平和 の思 い 出」 を 思 われ るのであ る。 い ったい ,そ れ は ど う してであろ うか。虫の音 とい うもの に こだわ りつつ ,さ らに考 えてみ よ う。.

(3) 原田隆司 ・寺岡伸悟 :聞 こえるもの としての社会関係. 53. 効果音 の専門家 であ る大和定治 によれば,ラ ジオ ド. れ に対 して ,鈴 の音 が 鈴 虫 の音 に似 て い る とい う こ と. ラマ で用 い られる効果音 の 虫 の音 は,か つ ては「虫. は,「 鈴 虫 の 音」 と い う音 が ,鈴 虫 とは切 り離 され. 笛」 を使 っていた。 これは「もともとは歌舞伎や新派. て,理 解 されてい るとい うことである。 こう して音 の. の舞台で使 われていて,初 期 のラジオ ドラマ に入って. 送 り手 が,音 と音源 とを切 り離す作業 によって,「 本. きた もの」 である。「直径 三 ミリ,長 さは七 セ ンチ八. 物 の音」を流す とい う不思議 な時代 に入 つたのであ る。. ミリ」 の竹が二本 で一対 になっていて「二本 の竹笛 の 共振」 で虫 の音が生 まれる。「コオ ロギ ー),マ ツムシ (リ. (チ. (チ. ーチ ーチ. ンチ ロ リン・チ ンチ ロ リン),鈴 虫. ー ンリー ンリー ン)な ど吹 き分 け ることがで きる. 音 を作 るという作業 日本 でラジオ放送 が は じまったのは 1925年 (大 正 14年 )で あ る。それか ら 1955年. (昭 和. 30年 )頃 まで. ,. 貴重な もの」 である。「鈴虫 は二対 の笛 を口に くわえ. 「ラジオ ドラマ は,セ リフはナマ,音 楽 もナマ;効 果. て吹 くと,よ り効果的」 であ るとい う。マ イクが 1本. 音 もナマ,全 部がナマの同時放送」 であつた (大 和定. だけで放送 されてい た時 には「 しゃがんで」鳴 らして. 治 『音作 り半世紀』 121)。 次 の時代 には,録 音装置が. いたとい う (大 和定治 『音作 り半世紀 一ラジオ・テ レ. 使 えるようになって,音 響効果 は一変 したとい う。. ビの音響効果』 167)。 同 じ音響効果 の専門家 ,木 村哲人 によれば,効 果音 として本物 の虫の音 を使 うのは,な かなか難 しい。. そ の頃. [昭 和. 30年 代 中頃]は ,ラ ジオ ドラマの. 生放送 はな くな り,ア ナ ロ グテ ー プによるポ ス プ ロ,つ ま り後仕 上 げ作業 に形態 が 変 わって きま し. 現代 の優秀なマ イクと録音機 なら,虫 の音 も容易. た。 テープのない生放送の時代 は「いかに して本物. に録音 で きるのだが ,コ ピーす るとたちまち原音 の. らしい音 を表現す るか」 で精一杯 で した (擬 音効果. ツヤが失 われて,砂 をこする ような虫の声 になって. の時代 )。 ところが使 い たい音 を戸外 に録音 しにい. しまう。 きれいな虫の声 を使 うのは今 で もかな り難. けるようにな りました。そ して「どんな音が最 もこ. しい (木 村哲人 『音 を作 る』218)。. の作品 にふ さわ しいか」 と考 えられる時代 にな りま した (録 音効果 の時代 )。 録音 テ ー プの 開発 ・使用. ま してや昔 の録音機 では,録 音す るの も難 しか っ. は番組作成上 ,ま さに革命的な ことで した。 (同 上. た。「鈴虫や キ リギ リスは四万ヘ ルツの超高音で,人. 書 78). 間 は虫 の音 の ご く低音部 だ けを聞 い て い る。 (00… 0) 昔 のキカイでは,と て も虫 の声 を録 音 で きない」。 し たがって,道 具が工夫 された。. 「擬音効果 の時代」 には「同時性 とい う条件」 の下 で,「 ドラマ演出の大半 の要素が 『擬音効果』 にある」. 鈴虫 は小 さな鈴 を二十個 ぐらい,テ グス に吊 り下. と考 えられたために,関 係者 は「異常 な情熱 を傾 けて い た」。 たとえば,大 正 14年 の ドラマの なかで火事 の. げる。鈴がぶつか り合 ってはいけない。 このテグス. 半鐘 の音が重要 となったために,本 物 の半鐘 を借 りて. を静 かに振 ると鈴虫そ っ くりの音 が出る。 (木 村哲. たた くことに した。 しか し,小 さいス タジオのなかで. 人 『音 を作 る』218-219). たた くと音 が大 きす ぎてセ リフが聞 こえない。そのた めに,ス タジオの ドアを開け,廊 下を移動 しなが らた. つ ま り,鈴 虫 の音 を発生 させ るために,「 巫 女が神. たいて遠近感 を出 した。 ところが「当時の東京 は静か. 前 の舞 いで打 ち振 る小 さな鈴 の音 にそっ くりにきこえ. で した。突然 に響 き渡 った半鐘 の音 で消防自動車が出. る」 と loo年 前 にラフカデイオ・ハー ンが形容 したの と同 じ作業 ,す なわち鈴 を振 るとい う作業が行 われて. 動す る騒 ぎ」 になって しまった。 このような本物 の音 による失敗 を教訓 として,翌 年 の再放送 の ときにはい. い るのである。. ろい ろと試 して,お 釜 のフチをたた くことになったと. しか し,こ こには大 きな違 いがある。ハー ンは,小. いう. (同 上 書 272)。. また同 じ年 には推理 ドラマ で爆. さな鈴 の音 にそっ くりな鈴虫の音 , ととらえていたの. 発音が必要 となったために,当 時の陸軍 に依頼 して. であるが,音 響効果 の世界 では,小 さな鈴 を振 ると鈴. 放送局裏 の寺 の一角 にダイナマ イ トを埋め,生 放送 に. 虫そ っ くりな音が出せると考 えられてい るのであ る。. 合 わせて爆発 させた。 しか し,爆 発音が大 きす ぎてマ. 本物 の鈴虫 の音 が鈴 の音 に似 てい る とい う限 り,「 鈴. イクの機能が一 時停止 して しまい,「 放送 に出た音 は. 虫」が実際に出す音だけに焦点があて られてい る。 こ. 期待 はず れの小 さい音」 であ って,一 方 ,放 送局 の付. ,.

(4) 甲南女子 大学研 究紀 要第 38号. 近 は「地震だ」「放送局が爆発 した」 と大騒 ぎにな っ. 文学 ・文化編 (2002年 3月. ). 大 和 に よれ ば ,ラ ジオ ・ テ レビの ドラ マ や ドキ ュ メ ン タ リー 番 組 の 音 には ,次 の三 要素 が あ る 。. たとい う。 ともか く擬音効果 を探究す る うえでの最初の教訓. (一 )音 声 (人 間の声 ,セ. リフ,ナ レー シ ョン. は,本 物 の音が本物 に聞 こえない とい う, もどか し. 曲,選 曲・既成 の もの). さで した。 またもう一つ は,音 源 とマ イクの距離が. (二 )音 楽 (作. とらえに くい とい う問題 もあ りました。 この難 しさ. (三 )効 果音 (現 実音 ,抽 象音 ,誇 張音 ,無 音 ). は今 も続 いてい ます. ,. モノロー グ,証 言 ,意 見な ど). (同 上書 272)。. 実物 の音や声 は録音 され,そ れぞれにふ さわ しい効 ラジオとい う媒体 をとお して「本物 に聞 こえる音」. 果 を与 えられ,一 定 の時間の なかに編集 され,流 され. 法 の努力が,聴 取者 のラジオ受信機 では効果が得 られ. る。私 たちは,た とえそれが生放送 であ つて も録音 の ものであ って も,テ レビやラジオのスピー カーか ら. ず,音 源 か ら直接聞 こえて しまった放送局の近辺 だけ. ご く自然に流れて くる音 ととして聞いてい る。映像 を. で報 われたのである。. 伴 っている場合 は,そ れ と不可分 の もの として。. を流すために,本 物 の音源 を使 うとい う,い わば正攻. この こ とを,木 村哲 人 は 『<キ ム ラ式 >音 の作 り 方』 (1999年 )の なかで,次 のように指摘 してい る。. ,. したが って,逆 に,「 本物 の音」 で あるが故 に,ふ さわ しくない とい うこともある。 舞台 の音響効果 の専 門家 で あ る辻 亭 二 に よれば 「初秋 ともなれば必ず鳴 き出すあ の 『虫』 は神代 か ら ,. マ イクを通 り,電 波 になって家庭 に届 き,ラ ジオ 受信機 のスピー カーか ら流れ出る音は,放 送局 のス タジオで出 した音 とは全 く違 っていた (166)。. 現代 ,い や未来に到るまで季節感 だけでな く情感 を必. そ もそ も木村 によれば,映 画 や ドラマ にお い ては. ヽ 『″ に残 る音』35)。 虫笛 は,辻 によれば,手 入れが悪 亡. 「映像が作 り物 なら,音 も作 っている。 だか ら音響効. い と妙 な音が した り鳴 らな くなった りする「管理が難. 果 なので ある」。に もかかわ らず,音 (映 f象 音響 )を め ぐるきちんとした議論 はされてい ない。音響専門家 以外 の人 々は,「 画面 と音 を渾然一体 として とらえる」 か ら,「 音 と画面 の関係 を冷静 に分析す ることはで き. 要 とする芝居 の世界 にあっては,欠 かす事 の出来ない 大事 な効果音 の一 つ で あ るだろ う」 とい う (辻 亭 二. しい」 ものである。それだけではない。 鳴 き方 も単調 にな り勝 である。「ピイー ピ イー ピ イー」 とゆっ くり鳴 くか「 ピ イピイピイ」 と鳴 くか. <キ ム ラ式 >音 の作 り方』 194. 吹 き方は限 られて しまう。 ところが現実 の「本物 の. ラ ジ オ に限 らず ,テ レ ビや映 画 で も,音 は ,本 物 に. 虫」 は,種 類 も多 く,温 度差 に依 って 鳴 き方 も違 う。松虫の「チ ンチ ロ リン」 や鉦叩 きの「チ ン,チ. ないだろ う」 とい う. (『. -195)。. 聞 こ え る よ うに作 られ て い る 。 た とえば ア メ リ カ映 画. ン」等 は ど う吹 き分 けるのか難 しい。「本物 の 虫」. の音。「ラブシーンのキスだって,『 チュ ッ』 と悩 まし. を舞台 に持 ち込 み度 い. い音 は,音 作 りの大男が毛だらけの自分 の腕 を吸 った 音。 ホラー映画の 『キャー』 と耳 をつ んざく女性 の悲. そ う考 えた辻 は,新 派 の女形 の俳優 に,録 音 した. 鳴 は,男 性 の声 の回転 を早 くしたもの。 ターザ ンの叫. 「本物 の虫」 を聞いて もらった。俳優 はその音 を非常. びは反対 に女性の声 を加工 して作 っている」 のであ る. に気 に入った。そ こで辻 は,次 の公演 の ときに,こ の. 音 を作 る』5-6)ま た,日 本刀 での殺陣 の音 は,自. 録音 を使 った。 しか し,終 了後 ,辻 は,こ の俳優 に叱. (『. 菜 の真中 を横 に出刃包丁で切 る音 (123)で あ り,火 山の溶岩が噴 き上がる音 は,電 気 コンロの上の大鍋 の なかで小豆 の粉末 と水 と砂糖 とを煮 る,つ まりはア ン コを煮 る音 なので あ る。「100メ ー トル遠方 の ライオ ンを大写 しにするには望遠 レンズで出来 るが,音 はと れないか ら (… …)効 果マ ンが フライ ド・チキ ンに骨 ごとかぶ りつ く」 のである. (235)。. (同 上書 37)。. られる。 「なんて ェ虫 を出すんだ,お 前 は,芝 居 を こわす 積 もりか. !」. 「い けませんか ?」 私 は抗議 を試みた。 「い けませ ん。誰 が何 と言 って もい け ませ ん。芝 居 で は"本 物 の 女"と ん !」. (同 上書 38). "本 物 の 虫"は い け ませ.

(5) 原田隆司 ・寺岡伸悟 :聞 こえるもの としての社会関係. 辻 は,こ の俳優 の怒 りを,次 の よ うに とらえてい. い う状況 にまで拡が ったことの重要性 も見逃す こと ンサ ー トホールやオペ ラハ ウ. る。「芝居 は,芸 です,芸 がなければ客 には見せ られ. はで きない. ない。同 じように『本物 の虫』 も,芸 と言 う生活 の場. スで押 しつ け られる堅苦 しいマ ナ ーか ら解放 され. で,共 に鳴いて くれる『芸 の虫』 とは思えなか った。. て,よ うや くご くふつ うの リスナーは,自 分 の部屋. だか ら腹 を立て られたのであろ う. や性格 にあった音楽 を選べ るようになった. (同 上書 38)。. 女形. による演技 と,効 果音 としての虫の音。 いずれ も「本. (… …)コ. (ジ. ヨゼ. フ・ ラ ンザ 『エ レベー ター・ ミュージック』52)。. 物」 でないこ とが効果 を発揮するのだろ う。観客 か ら は見 えない ところで虫笛が吹かれて,そ れが場面 に合. BGMが ス ター トす る頃に新 しい タイプの音楽 を築. った ものであれば,観 客 は,そ の音源が実 の ところ何. いたエ リック・サテイは,こ んなことを述べ てい る。. であるのかを問い詰 めることはない。 この ような舞台 とい う虚構 の世界 での音 と人間 との. 「家具 の音楽」 を創造 しなければ。周囲の音 の一. 関係 とは,音 その ものが,音 源 とは切 り離 されて届け. 部 となって溶け こむ音楽 だ。 メロデ イアスで,ナ イ. られて,そ の音 のほ うがその場 ではふ さわ しい もの と. フやフォー クの音 を隠すけれ ども,完 全 に消 しは じ. して とらえられることを示 してい る。. ない,押 しつ けが ましくもない,そ んな音楽 だ。 こ の音楽 は,と きお り訪 れる気 まず い沈黙 を埋める こ. BGM一 スピーカーは空間 を作 り"人 間 を関係づける 私 たちが利用す るレス トラ ンや さまざまな店舗 のス. ともで きる。わざわざ陳腐 な文句 を口に しな くて も. ピーカーか ら流れる音。それは,そ の場 で実際 に演奏. す む。なによ りも,強 引 に割 りこんで くる町の騒音 を和 らげる ことがで きる (『 エ レベー ター・ ミュー. されてい るのではない。 はるか遠 くか ら送 られて くる. ジック』29). 信号 によって,ひ とつ ひとつの店や会社 のスピーカー が鳴 っているのである。 この BGMに ついてはジ ョセフ・ラ ンザが 『エ レベ ー ター・ ミュージック』 にまとめてい る。 1922年 ,ア メ リカで ミュ ーザ ック とい う BGMの 会社が ス ター トした。 この時期 は,ラ ジオの普及の時代 で もあ った。 1930. 1931年 に完成 したニ ュー ヨー クのエ ンパ イア・ス テー ト・ ビルで も「一見無秩序 な空間のなかに,訪 れ た人が連続性 をい くらかな りとも感 じられるように エ レベー ター,ロ ビー,展 望台には音楽 を流す必要が ,. あ った」 とい う。 しか しなが ら,初 期 の BGMは 「雰 囲気づ くりに音楽 を利用す る,仕 事 と娯楽 の空間が主. 年 に全 米 で 40パ ー セ ン トであ った ラジオの普 及率. な顧客だ った」。 ミューザ ックも,そ の初期 には,ク. は,1938年 には 82パ ー セ ン トにまで上 昇 した。「時. ラシック,セ ミ・クラシック,ポ ップ・ボー カル,ポ. 間 と空 間に人間を拡張す る究極 の手段」 とまで讃 えら. リネシア風音楽,ジ プシー音楽な どの寄せ集 めを流 し ていた (『 エ レベー ター ・ ミュージック』55-57)。 1936. れたラジオは,技 術者 の思考錯誤 の過程 で,当 時 は 「オーバー ラップする弦楽器 の音 ,そ れ もで きればな るべ く高 い音程 の音 を用 い ると,初 期 の放送につ きも. 年 になっては じめてフォーマ ッ トがつ くられた。 レス トラ ン用 の典型的 なプログラムは,次 のようになって. のだったバ リバ リとい う雑音 を大幅 に打 ち消せる こと. い る。. がわかった」。 これ には「ポ ピュ ラー ソングを交響楽 風 に飾 りたてて,大 衆受 けのいい よ うに仕 立 てた音. 朝食 タイム. (午 前七時 ―九時)に. は,朝 日の よう. 楽」 つ まり「軽音楽」が ぴった りであ った。 こうして. に元気 のよい音楽 と,カ フェイン入 りの リズム。九. ひとつのジャンルの音楽が,ス ピーカーの性能 に合 わ. 時か ら正午 までは,ラ ンチの食欲 をそそる BGMで. せて新 しく編曲や作 曲され ることになったのである。. つ なぎ,ラ ンチタイム には,ち よつぴ り気取 った軽 クラシックとスパ イスの きいた音楽。午後二時か ら. ドラマや真剣 に聴 く音楽 と共 に「家庭 の BGMと して機能す ることを意図された軽音楽 も放送 された. は,ふ たたびつ なぎの BGM。 午後五時か らの カク テル ・チ ューンには,ピ アノやエ キゾチ ックなサ ウ. ジオ もまた,ボ タンひとつ で動 く家電製品 とい. ン ドが混 じる。午後六時か ら九時のデ イナー タイム. うわ けで あ る)。 はるかに離 れた人 を結 びつ け る と. は,控 えめで静かなクラシックで栄養 をつ け,夜 の. い うラジオの能力 を讃 える声 は多いが,ラ ジオによ. ダ ンスナ ンバー に備 える。夜が更けるにつれて,音. つて,音 楽 を聴 く空間 と時間が,家 事 をしなが らと. 量 は大 きくな り,テ ンポ もア ップ してい く. (ラ. (『. エレ.

(6) 56. 甲南女子 大学研 究紀 要第 38号. 文学 ・文化編 (2002年 3月. ). た らすみ ご とな均 一 化 の プ ロセス を私 は体験 した。. ベーター・ ミュージック』58). そ の とき店 内 は客 の集団 で ごった返 してお り,そ れ さまざまな需要 と予算 に対応す るため に, ミューザ. ぞれがお しゃべ りを して い て ,言 葉 も英語 だ けで は. ック社 は ,4つ の ネ ッ トワ ー ク を作 った。月 35ド ル. なか った。 この耐 えが た い混乱状態 をなん とな く緩. で午前 十時 か ら夜 中 の三 時半 まで の レス トラ ン向け ネ. 和 して い たのが ,注 意深 く配置 されて い た ス ピー カ. ッ トワー ク。 ニ ユース ,天 気予報 ,ス ポ ー ツ速 報 ,時. ー か ら流 れて くるほ とん どサ ブ リ ミナルの よ うな音. 報 を小規模 の バ ー や グ リル に提供す るネ ッ トワー ク。 他 に百 貨 店 向 け と,個 人 の 住 宅 (ア パ ー トメ ン ト限. 楽 で あ った。再構成 された 「青春 の 光 と影」 な どの. 定 )向 け の ネ ッ トワー クがそれぞれあ った。. とつ の博愛 的 な音源 を作 りだ して い たのであ る。 モ. 1930年 代 には,音 楽 に よって 労働 者 の生 産性 が 高 まる こ とが ,研 究者 に よって示 された。戦時 中 には. ,. 曲が ,天 然 のマルチチ ャ ンネ ル騒音 を中和 して ,ひ ノラルの エ フェク トは,ノ イ ズ を耳障 りで はな くす る とい う逆 説 的 な役 割 を呆 たす た め ,会 話 もはず. 兵器 工 場 に音 楽 を配 給 した。 また 1942年 には,24時. み ,食 べ 物 までお い しくなる。要す るに音響 と社 会. 間放送 になった。. 秩序 の両面 で大成功 をお さめ る とい うわ け だ―― マ. 戦 後 ,1946年 に は「い まや銀 行 ,保 険 会 社 ,出 版 社 の オフ イス には有線放送 が流 れ ,頭 脳労働 者 の 緊張. ク ドナ ル ドの 店舗 を出 る まで の 話 か も しれ な い が (『. エ レベー ター 0ミ ュー ジ ック』 180)。. を和 らげて ,全 員が よ り楽 しく働 い て い る」 とい った 記事 が 雑誌 に登 場す る。 また別 の調査 で も「 ミュ ーザ ックに よつて単調 さが緩和 され ,時 間 のたつ のが 速 く. また こん な工 場 もあ る。 ミュ ーザ ックの ス タ ッフが 語 っている。. 感 じられ る。無駄話 は減 り,そ の結果 ,従 業員 ど う し ア トラ ンタ郊外 の衣類工場 の事務所 で ,従 業員 が. の 関係 も穏 やか になる」 とされた。. 1948年 ,ワ シ ン トン市 で は,路 面 電 車 とバ ス の一. ミュ ーザ ックに飽 きて BGMに ラジオを使 用 した。. 部 に「乗 車 中 の 音 楽」 を流 す とい う実験 が 行 なわ れ. ロ ック専 門局 にす る と職場 の 25パ ー セ ン トの 人が. た。「乗 客 が どの座 席 に座 り,ど こに立 ってい て も音. 気 に入 らなか った。 そ こで 委員会 を設 けて ,投 票 を. 楽 やお知 らせが聴 こ える よ うス ピー カーが 配置 され. 行 なった。 クラシ ック専 門局 を流 してみ たが ,結 局. ,. 音量 は会話 を妨 げ な い 程度 に設 定 され た」。実験 終 了. loパ ー セ ン トの 人 しか 気 に 入 っ て も ら え な か っ. 時 には,乗 客 の 92パ ーセ ン トが 継続 を希望 した けれ. た。 そ こで カ ン トリー専 門局 を試 してみ た ところ. ども,実 際 に 20台 以上 の 電車 とバ ス に設置 され る と. 60パ ー セ ン トの 人が気 に入 らなか った。 もう一 度. 「憲法 で保 証 され た プ ライバ シ ー と言論 の 自由 を侵 害. 会議 を開 き,日 替 わ りで 各 ジヤ ンル を流す こ とにな. ,. す る」 とい う抗議 の声 が あが った。 この裁判 は最高裁. つた。 一 日目はカ ン トリー ,次 の 日はクラ シ ック. まで持 ち込 まれたが ,抗 議側 の敗北 に終 わった。. 半 日ぐらいデ イス コ,と い う よ うに。 けれ ども,そ. ,. 1969年 ,ジ ヨンソ ン大統 領 の 就 任 式 は, ミュ ー ザ. の とき流 れて い る 曲が 気 に入 つてい る 10パ ーセ ン. ッ ク に よ つ て屋 外 拡 声 器 で 流 され た。潜 水 艦 で も. トの 人は,ま わ りの 人か ら じろ りとに らまれ るのが. BGMは 流 され ,ま. た ,世 界 の 大 企 業 上 位 50社 の う. 我慢 で きな くな った。 つい にマ ネ ー ジャー か ら ミュ. BGMが 流 され た。 こ う. ーザ ックを復 活 させ たい とい う電話が あ った。私 の. して ,1960年 代 末 か ら 70年 代 は じめ は, ミュ ー ザ ッ. 仕事 が効果 を上 げ て い る こ とが 証 明 されたわけだ。. クに とって輝 か しい時代 であ った。. 不快 な要素が 一 番少 ないの は, ミューザ ックだ つた. ち,43社 で ミュ ー ザ ックの. 現在 で は,他 社 も含 めてデジ タルステ レオ技術 で放. のだ. (『. エ レベ ー ター ・ ミュー ジ ック』 182-183)。. 送 され るが ,「 利 用 す る企 業 は,BGMを 単 一 チ ヤ ン ネ ルで 流 す」。そ の効 果 につい て ,ラ ンザ は次 の よ う に指摘 す る。. 壁 や天丼の ス ピー カーか ら流 れ る BGMは. ,そ の場 で発生す る 肉声 や物音 か ら人 々の注意 をそ ら し,個 別 の 人間関係 の維持 を可能 に して い る。 それ は も しか し. モ ノラル放送 とい うのは,一 見す る と,け ち くさ くて劣 った解決法 の よ うに思 えるか もしれ ない が. ,. た ら話 して い る当の本 人 の注意 もそ らして い るのか も しれ ない 。特定 の誰 かの好 みで はな く,む しろ 「不快. これ にはち やん と した根拠が あ る。 コ ネチ カ ッ ト州. な要素が 一 番少 ない」音 が流 れて くる とい う,現 在 の. の さほ ど大 き くないマ ク ドナ ル ドで ,こ の方式 の も. 私 たちを と りま く音 の本質 が ここにあ らわれて い る。.

(7) 原田隆司 ・寺岡伸悟 :聞 こえるもの としての社会関係. だれかが 聞 こ う として流 して い るので はな く,た だ音 が ,不 快 で はない もの として ,流 れて い るので ある。 それ はサ テ イが述 べ た よ うに,そ の場 の沈黙 を見 事 に 打 ち消 し,同 時 に外 佃1か らの騒 音 も打 ち消 す 音 で あ. 57. 音環境 を研究 してい る中川真 によれば, ドイツのケ ルン駅 は「天丼が高 く, しか もひっ きりな しに列車が 発着す る」 ために「音声 の伝達 には最悪の条件 を備 え て いる」。 しか し,「 驚 くべ きハ ー ド面 での工 夫 が あ. な所 には, どこで もス ピー カーか らの音が流 れて い る. る」 ために,ア ナウ ンスが明瞭 に聞 こえるとい う。そ れは「地上 か らお よそ五 メー トルの ところに,ほ ぼ五. とい うの は,当 然 であ る。. メー トル間隔でず らっとラウ ドス ピーカーが 吊るされ. る。 ここ まで くれ ば,地 球 上 のお よそ人 間が訪 れそ う. てい る」 か らである。「列車取 り扱 い量 では ヨーロ ツ 1970年 代 中頃 ,ジ ヤー ナ リス トの エ ドモ ン ド・ モ リスは,世 界 中 に缶詰音 楽 が 存在す る ことを抗議 す る紀行文 を 『ニ ュー ヨー ク ・ タイム ズ』紙 に発 表 した。彼 が と りわけあ きれ たの は (驚 い ては い ない. パ有数 であ り,各 ホームの アナウ ンスが,列 車音 とと もにポリフォニ ックに交錯 している。 アナウ ンスの音 声 は適度な抑制 をもち,そ の繊細 さ明瞭さには驚 くば か りだ」 とい う。「構内情報 を正確 に伝 える とい う命. リアの旅館 ,カ リフ ォル ニ アの ワイ ン醸造所 ,ロ ッ. 題が,律 儀 な ドイツ人をして,こ こまで精度 の高 い伝 達装置 をつ くらせた」 (中 川真 『音 は風 にのって』 174. キ ー 山脈 のパ イクス 山 の頂上 ,ポ リネシア諸 島 の浜. -175)。. の だが ),バ チ カ ンの システ イナ礼 拝 堂 ,オ ー ス ト. BGMが 流 れて い た こ とだ った。 あ. 時 間や空 間 に合 わせ て 音 楽 を流 す の で は な く,音 が. る とき乗 ったエ ー ル ・ フラ ンスのボー イ ング 707で. 時 間 を区分 し,空 間 に特 定 の 彩 り と意 味 を与 えて 固定. は,音 楽 が うる さす ぎてスチ ユ ワー デ スの声 が 聞 こ. してい る。本物 らしい音 で もな く「ふ さわ しい音」 で もな い。BGMや アナ ウ ンス は,そ の 場 に「溶 け こ. 辺 の小屋 に まで. えなか った とい う. (『. エ レベー ター ・ ミュー ジ ック』. む」音 と言 われるけれ ども,実 は,溶 け こんでい るの は,そ の音 を聴 か され る,そ してそ の場 にい るか ぎ. 260)。. 個 別 の 人 間関係 を大 切 に維 持 す るあ ま り,機 内 で は ス チ ュ ワ ー デ スの 声 まで消 して しま う音 楽 が流 れ て い. る。 さらには,音 によつて,人 を追 い払 うこともで き るようになってい る。. り,そ の音 か ら逃れ られない,私 たちなのか もしれな い。明瞭 な音 ,私 たちはただそれに従 うことしかで き ない。音 を変えるのではな く,人 間のほ うが,そ の場 か ら立ち去 るのである。音がない場所 とは,人 間が い くべ きではない場所 ,な のか もしれない。. 奇妙 な逆転現象であ るが, ミューザ ックを利用 し た群衆操作 は,人 を追 い払 うために用 い られること. ふたたび,音 響 の専門家の意見 を聞 こう。. があ る。 1992年 『ロサ ンゼルス ・タイ ムズ』紙 に 掲載 されたある記事が,全 米 に笑 い を巻 きお こ し た。その記事 によれば,南 カリフォルニ アのサウザ. 現在 ,音 響効果 は新 しい加工機器 やデジタル・テ ープレス・ レコー ダーなどの開発 ,シ ンセサイザ ー. ン ド・オー クス地区のセブンーイ レブンのチェーン. の利用 などで「創造効果」 の時代 に入 ったともいわ れてい ます。 (00… 0)ラ イブラリーや市販 の CDが. 店 にたむろするテイーンエージャー を追 い払 うため に,親 会社 のサウスラン ド・コーポレー ションが ミ ューザ ックを設置 した とい うので ある。 ・…0)こ. 充実 して きた こともあ り,そ の 中か ら好 みの ものを 選 ぶ,選 択 の時代 といって もいいで しょう。仕事 の. の話 のお もしろい ところは,流 した音楽が典型的な エ レベー ター・ ミュージック専門のチャンネルだっ. 煩雑 さもあ り,根 元 か ら, ものを作 ることを忘れが ちです。 で きてい るものを使 うわけですか ら,そ の. (・. たことだ. (『. エ レベー ター・ ミュージック』261)。. これほどにまで,わ た したちは, どこにいて もス ピ. 音響が持 っている特性 ,で きて きた過程 とい うもの が把握で きません (大 和定治 『音作 り半世紀 ―ラジ オ・テ レビの音響効果』31)。. ー カーか ら流れて くる音 を,そ の場 に「自然 な もの」 として聞 き,ひ とたび,そ の場 にあわない と思 う音 が 流 されれば,そ の場 を立ち去 るとい う反応 しかで きな いのである。. 音 を聞 くとい うことは,本 来 は,聞 こえて きた音 を てがか りにして,音 源 を推測する とい うプロセスであ る。かつ て鈴虫の音 を聞 くために,鈴 虫のいる野辺 に でか けた り,鈴 虫 を手 に入れて,日 の前 の本物 の音 を.

(8) 甲南女子大学研 究紀 要第 38号. 文学・文化編 (2002年 3月. ). 鑑賞 していた人々は,音 源 と音 との間 にどんな道具 を. 始 まった前後 の大 正末期 の無線雑誌 には,そ う した記. も差 し挟 まない とい う意味 において,風 流なことをし. 事 があ ふれてい る。 曰 く「一 家 団集 して天来の妙 音 に. ていた。. 聞 き入 って こそ ,初 めて ラヂ オの ラヂ オたる所 以が あ. 現在 ,さ まざまな場所 で スピーカーか ら流れている 音 を聞 く. (聞. かされる)私 たちは,「 で きて きた過程」. るのであ る」 と (土 橋 同上 )。 こ う して ,拡 声 器 の 開 発 は熱 を帯 び,「 ワル ツ 26号 」,「 シ ンガー」 とい った. どころか「流れて くる」過程 さえも把握 で きない し しようとも思わない,ま してその音源 については言 う. 音 質 の 良 い拡声器 が次 々 と開発普及 して い ったので あ. まで もない。映画や テ レビを見るの とまった く同 じよ. 土橋 に よる と,大 正 一二 年 には 品川駅 で駅舎用 とし. うに,私 たちは,あ る場所 とそこにスピーカーか ら流. て高声電話機 を設置 ,使 用 を開始 した とい う。 また明. れてい る音 とを「渾然一体」 の もの として しか とらえ. 治神宮競技場 な どで も使用 され る よ うになって きた。. ないのであるか ら。. 鉄道高声器 の 製造 は,多 くの企 業が参 入す る こ ととな. ,. る。. り,昭 和 八 ∼九 年 には大阪地下鉄 が 車内放送 を開始 し. 第二章. 遍 在 す る ス ピー カ ー. て い る。 また昭和 四 ∼五 年 になる と,ラ ジオマニ アや 町 の電 気商 が拡 声装置 を組 み たて ,貸 しア ンプ業 を始 め る よ. 拡声器 と学校 このような私 たちと音 との関係 の変化 について,さ. うにな った。 こ う して拡声器 は次 第 に普及 し,人 々の. らに問 うために,拡 声器 とラジオの登場 0普 及 を追 い. 生 活 に入 り込 んで い った。昭和 一〇年 頃 には,デ パ ー. かけてみ よう。. ト,劇 場 ,そ して工 場 な どに,大 出力 の 拡 声 装 置 が. 長年学校教育 の研究 を行 って きた土橋 は,放 送教育. 次 々 と納 入 されて い った。銀座 の松 阪屋 デパ ー トに店. 成立 との関わ りか ら拡声器の歴史をまとめてい る。以. 内放送用 の拡声器が設置 され たの は,昭 和八年 であ る. 下ではそれに依 りつつ,ま ず拡声器 の普及か ら辿 って. (岩. 土 橋 は,日 中戦争 の 戦死者 を村 の小 学校 で 「公 葬」. み よう。 マ イクとア ンプ,ス ピーカーで電気式拡声装置が誕 生 したのは,一 九一五年. 間 =土 橋 2001)。. した さい ,拡 声器が用 い られた こ とを記憶 して い る。. (大 正四)で ある。その直後. か ら拡声器 を使 った実験的な試 みが行 われ,一 九二 〇. 当時小学生 だ った筆者 は,校 庭 に直 立不 動 で 整列. 年 には大統領ハーデ イングが,拡 声器 を使 って一二万. し,ス ピー カーか ら流 れ る哀切 きわ ま りない 弔辞 の. 五千人の民衆 に向かって語 りかけた。 さらに,翌 年 に. 朗 読 を聴 い た。昭和. は,ア ー リン トン戦没者墓地の追悼会 と無名戦士碑 の. イク ロホ ンは,祭 壇 の前 と横 に一基 ず つ 立 て られて. 除幕式が行 われたお り,そ の模様 が拡声器 によって十 万人の参会者 に くまな く伝 えられ,電 話 ケーブルで送. い た。 そ ん な情 景 が 鮮 明 に よみ が え って くる。 ま. られ,各 会場 で拡声器 によって拡大 された。それは. われた こと も記憶 に鮮明 に残 っている。(土 橋 2001). ,. 12・. 13年 頃 の こ とで あ る。 マ. た,村 祭 りの演芸会 に貸 しア ンプ と電気蓄音機 が使. ニ ュー ヨー クやサ ンフラ ンシスコといった都市 の人 々 に伝 えられた。人 々は襟 を正 して聞い たとい う. (土 橋. 2001)。. 拡声器が集 団指導 に便利 で あ る こ とが わか って くる と,各 地 の学校 で は,拡 声器 を導入 しようとい う動 き. 日本 で も拡声器 に対す る関心 は高 ま り,一 九 二 四年. がめだ って きた。 そ の 目的 の ひ とつ は,ラ ジオ学校放. 秋 ,拡 声装置 を用 い た大 イベ ン ト「第 二 回無線電話普. 送 を全校 児童 に聴取 させ る こ とで あ った。 また ,他 に. 及博 覧会」 が 東京 で行 われた。会場 内 に取 り付 け られ. は,朝 礼 にお ける校長訓話 ,運 動会 ,ラ ジオ体操 な ど. た拡 声器 と,都 内 のデ パ ー ト,銀 座 の 日蓄 ,カ フェ ー. に使 われ る よ うにな ってい った。土橋 に よる と,昭 和. な どに取 り付 け られた受信機 に よつて ,一 般市民 に も. 一五 年 の東京 の小学校 で ,全 校拡声装置 を所有す る小. 公 開聴取 された。銀座 の 日蓄前 な どは ,交 通巡査 が出. 学 校 は 12.2パ ーセ ン ト,ラ ジ オ受 信 機 を備 え て い る. 動す るほ どの人気 で あ った とい う (土 橋 2001)。. 小学校 は 88パ ーセ ン トを数 えた。. 研究者 の拡声器 へ の 関心 を一 層高 め る契機 となった. 昭和十年代 も後半 に入 る と,社 会 は戦時体制 へ と移. の は,当 時 「放送無線電話」 と呼 ばれて い た ラジオの. 行 して い った。昭和 17年 には東 京 へ の 空襲 が始 まっ. 実現 で あ った。当時 の ラジオは,各 人が耳 に管 を差 し. た。校 内放送 に も皇 国民意識 を高揚 させ る内容 が増 え. 込 んで 聞 く装置 で あ ったか らだ。 日本 で ラジオ放送が. た。 さらに情勢が緊迫 して くる と,校 内放送 は防空 ・.

(9) 原田隆司 0寺 岡伸悟 :聞 こえるもの としての社会関係. 59. 彙晟 易料 尋仁 襲 農 :[. 笙 13 嘔. 1を .°. ・ 木 秀ヒ. の る 特tこ. 「` カ. 塁ヾ. る 末. [. 4放 送号. ). (『. 葬 の事 の. 郎ひ成を磁たる. (昭 6。. 響舗 の一樹だけが搬つ. F舗からの. お とづれ. ‐ ●. ︻四月八日AK放選︼. る 自じ の 由∵. 優 等 ど にな る諄. と こ 供憲 子 の 書 l都. こ ・ 田 供ぎ 子 の 舎二. ラジオが語 る子供たちの昭和史 I』 より ). 防火 な どの 緊急情報伝達 の メデ イア として重 視 されて. 屋上 に取 り付 け られた木製箱形 ス ピー カー は,遠 くま. い く。 また ,そ れは ,学 校 だ けで な く,周 辺 の地域社. で音 を運 び,地 域 の 人 々 に も警報 を伝 えた。農村部 な. 会へ の伝達手段 と して の役割 を担 う こ ととなる。土橋. どで は,学 校周辺 の農地 で働 く人 々 にい ち早 く警報 を. はい っ。. 知 らせ ,き わめて便利 だ った とい われ る (土 橋 2001:. 「本土空襲が本格化す ると,全 校式拡声装置 は,“ 警. 72)。. 」. 報伝達用"と して学校ばか りでな く,地 域社会 にとっ. 音響 メ ー カ ー も,昭 和 16年 ,大 平 洋 戦争 に突 入 し. ても不可欠 な役割 を持 つ ようになった。学校 の屋外や. て以 来 ,本 業 で あ る レコー ド業 に もま して ,軍 需 品 の.

(10) 甲南女子大学研 究紀 要第 38号. 60. 文学 。文化編 (2002年 3月. ). 注意 して耳 を傾 ける, とい うか たちが 形成 されて い っ た。 戦争が終 わ り,戦 後 の学校復興 の なかで ,拡 声器 は 時計 な どとともに,学 校 に必 須 の装置 と して設置 され る こ とが さらに多 くな る。昭和 三二 年当時 ,全 校式拡 声 装 置 を設置 して い る小 学 校 は全 国小 学 校 の 31.4% にの ぼ った。 これ は ラジオ受信 設備 の あ る学校 の 52. %に あたる。 そ の後 ,音 響機器 メー カー な どは,よ り 優 れた拡声装置 の 開発 に力 をい れ ,そ れ は さ らに普及 し,や が て現在 の よ うな,す べ ての学校 に拡声装置が つ け られ る に至 る の で あ る. (『. 日本 ビ ク タ ー 五 〇 年. 史』)。 この よ うに して ,地 域社会 に も学校 に も,拡 声器が 広 くい きわた った。環境庁 は拡声器放送 を以下の四 つ に分類 して い るが ,こ れが 現在拡声器が用 い られ る様 をよ く表 して い る。. 1。. 特定空間向け拡声機放送…工場 ,事 業場 ,運 動 施設 ,音 楽施設その他 の特定 の使用す る場所 にお. 高声令達機. (潜 水艦用 100ワ. ッ ト拡声装置,昭 和 15年. いて,構 内用 として行 う拡声機放送。. ). 2。. 二誦t事喜. 公共空間向け拡声機放送 …道路 ,海 辺 ,公 演 そ の他 の不特定 の人が 自由に使用する場所 で行 う拡 声機放送 または拡声機放送 を行 う者が 占有す る場 所 か らその外 に向けて行 う拡声機放送。. 3.定 置式拡声機放送…公共空間向け拡声機放送 の うち,固 定 または仮設 された拡声機 によリー定 の 場所 で行 う拡声機放送 をい う。. 4.公 共空間向け拡声機放送 の うち,定 置式拡声機 放送以外 の もの (航 空機 ,車 両な どに搭載 された 拡声機によ り行 う拡声機放送)を い う。 (『 地域 の 昭和 15年 ころの ビクター 製軍 用拡 声 器 (100W) 突貫 l号 。 シンガポール攻略にも活躍. 音環境計画』 ). ある時 は固定 された場所か ら,ま たあ る時 は移動 し なが ら,一 方的 に音や声が流れて くる。拡声機 の偏在 ともい える状況が,現 代 の音環境 を作 り出 した。 群馬県 の明和村 は,周 辺部へ の企業進出 によって人. 昭和 16年 ,50Wお よび 100W のホーン型 スピーカー。兵器 と して活躍. 口増加が著 しく,一 万人を越える ようになった。その. 日本 ビクター五〇年史』 より. ため,「 隣組 を利用 した回覧板 が回るのが遅 くな った. (『. ). り,サ ッシ窓の建物が増えて屋外放送が聞 こえな くな 研究 ・生 産 に追 われて い った。 た とえば ビクターは潜. った りして きたため,『 行政側 のお知 らせ を公平 に早. 時 ,高 声令達機 と呼 ばれ. く流す』 ことを狙 って」,「 声 の回覧板」 を全戸 に設置. 水艦用 の拡声器 システム. (当. た)を 開発 した。. す ることにした。「村内 には,三 十二本 の屋外放送施. この ように,ラ ジオや拡声器が普 及す るなかで ,放. 設があ る」。 しか し,「 家の立て替 えや新築で聞 こえに. 送者側 か ら一 方向的 に伝 え られ る もの に,多 くの 人が. くくなってお り,長 く放送す ると『赤ちゃんが寝付 い.

(11) 原田隆司 。寺岡伸悟 :聞 こえるもの としての社会関係. たばか り』『病 人が い る』 と苦情 が 出 る」 よ う にな っ. ピー カー をたて ,拡 声器 か ら一 斉放送 を流す。 ラジオ. た。声 の 回覧板 とは,「 通常 の電話 の 受 話 器 に切 り替. 放送 や ,命 令伝 達 ,空 襲警報 な どが 流 された。. え装置 とス ピー カー をつ け るだ け。四 チ ヤ ンネ ル方式. 戦後 もラジオの普及 は続 いた。昭和 三〇年代 半 ば に. で ,火 事 な どの 緊急放送 もで きる」 もので ,ボ リュー. は,NHKの ラジオ正式受信 契約 世帯 は一八 〇 〇 万 世. ム も調節 で きる とい う. 朝 日新 聞』群馬版 1993年 4. 帯 を こえ,世 帯普及率 で九〇 %と な った。 しか し,ラ. 音 環 境 の 変 容 の 中 で屋 外 にあ つた拡 声 器. ジオの聴取率 自体 をみ る と,昭 和 二 〇年代末 か らは減. が ,一 軒 一 軒 の なか に入 り,小 さなス ピーカー となっ. 少 の道 を辿 ってい く。 それは テ レビが 登場 したか らで. た一例 とい える。. ある。 ラジオ界 には,一 時 ,テ レビとの受容者 の取 り. 月 14日. )。. (『. 合 い が は じまる とす る厳 しい議論 も出た。 しか しやが ラジオの普及 次 に私 たちは,ラ ジオについ て も見 てお くこ とに し よ う。 ラジオは,人 々の生活 に,そ れ まであ りえなか. て調査 が進 み ,ラ ジオの聴取率 の低 下 に歯止 めがかか り,む しろ上昇 に転ず る気配 をみせ ,両 者 に機 能分化 が生 じて い るこ とが わか って きた ので あ る。. った よ うな音 を持 ち込 んだ存在 だか らだ。 エ ジソ ンに よる蓄音機 の発 明が 一 八七七年。 そ のわ. 聴取 の 「個人化」 となが ら聴取. ず か二 年後 には, 日本 に蓄音機 が持 ち こ まれた。 しか. 一新 しい音環境の生成 一. し明治 二 〇年 か ら三 〇年代 になる と各地 に大道蓄音機. ラジオが普及 し始 めた頃,そ れはたいてい一家 に一 つの貴重品であ り,人 々はその前 に集 って放送 を聴 い. 屋が 出現す る。料金 を払 った客 だ けが 蓄音機 か ら出て ・都 々 逸 ・詩 吟 な どを,縁 日な どで 鳴 ら した (吉 見. た。言 い換 えれば,放 送 を聴 くために,人 々は ラジオ の前 に集 まったのであ る。 しか し,戦 後 ,そ の座 には. 1995:92)。. テレビとい う新 しいメデ イアが座 ることとなった。そ. くる ゴム管 を耳 にさ し,音 を聴 くこ とがで きる。端唄. 蓄音機 が 日本 の一 般家庭 生 活 に大 きな影響 をお よぼ. のためラジオは,集 団的聴取 の主役 の座か ら追われた. し始 め るの は,日 露 戦 争 以 降 の こ とで あ る (吉 見 同. のである。それが二 〇年代末 か らの聴取率 の低下 とな. 上 )。 明治 四 〇 年代 以 降 ,徐 々 に蓄音 機 が家庭 に普 及. って示 された。. し始 め る。 この こ とは複製 された音 (声 )が ,生 活 の. しか し,さ らなる普及 と開発 によつて,ラ ジオ価格. 日本 で 最 初 の 定常 的 な ラ ジ オ放 送 は,一 九 二 五 年. は低下 し求めやすい もの となってい く。 また形 も家具 並 の大 きさか ら, どんどん小 さく,い わゆるポー タブ. (大 正一 四)に 芝浦 の東京放送局 か ら始 め られ た。当. ル化が進む。 これ らの ことによつて,人 々の ラジオ聴. 初 ,珍 しい文 明機器 で あ った ラジオは,一 九二 〇年代 以 降各 地 で 頻 繁 に 開 か れ て い た博 覧 会 や展 覧 会 (上. 取 に,新 しい二つのかたちが生 まれた。 一つ は,ラ ジオ聴取 の個人化 である。昭和三七年 の. 述 )で の ラジオ実演 で ,拡 声器 とともに大 きな注 目を. 総理府世論調査 によると,各 家庭 のラジオ所有台数 と. 集 めて い った。 ラジオ受信機 は ,公 務員 の初任給 の倍 ほ どもす る高. 聴取態度 の関係 は,複 数台 ラジオを持 っている家庭 ほ ど,一 人でラジオを聴 いてい る割合が高いことが示 さ. 級 品 か ら比較 的手 頃 な もの まで様 々で あ った。 また一. れてい る。 とくにそれは,ホ ワイ ト・カラー層 におい. 部 には受信機 を手作 りす るマニ ア もい た。当時放送受 信料 が徴収 されて い たが ,大 正末期 か ら昭和初期 にか. て一層顕著 であ った。都市中間層 の生活がラジオの個 人聴取 とい う新 しい音生活 を生み出 していつた。. け ての聴取者 の増加 とともに,値 下 げ されて い った。. 二つ 目の変化 ,何 か他の ことをしなが らラジオを聴. 放送時 間 も,放 送 開始 当時 の一 日六時 間程度 か ら昭和. く,い わゆる「なが ら聴取」 とい う態度が増 えて きた. 一二 年 頃 には一〇 時 間程 へ とのびて い った。聴取者数. ことである。先 にみたアメリカと同 じようにラジオを. は,放 送局 と聴取契約 を結 んだ人 に限 って も,大 正 一 四年七 月末 で四万六千 人が ,翌 一 五 年六 月末 には二 一. 聴 くことが第一ではな く,家 事 や作業 とい う第一 目的 を行 い なが らラジオ を聴 く とい う,い わ ば今 日の. 万人 とい う ぐあ い に,急 激 に増 えて い つた。太平洋戦. BGMに. 争突入寸前 の 昭和 一 六年 には,ほ ぼ 国民 の 四割以上が. の「背景」 の一つ となるような流 れが,こ こで生 まれ たのだ。拡声器 か ら流 れ出す ラジオの音 は,生 活 の. 中に入 ってい く過程 で もあ った。. ラジオ放送 を聴 い て い た とされ る。第 二 次世界大戦 も 厳 しい局面 を迎 える と,農 村 を中心 に有線放送設備 の 設置 が進 め られた。地域 の 中心部 (役 場 や学校 )に ス. もつ ながるような聴 く態度 ,音 が生活 ・行為. 様 々な時間や場所 に拡散 し,人 々はそれに よつて「個 「音環境」 のなかに入 り始 めたのである。 人の」・.

(12) 甲南女子大学研究紀要第 38号. 文学 ・文化編 (2002年 3月. ). 5.近 隣 ・生 活 系. テレビにもラジオにもスピー カーが付 いてい るので. そのい くつかを,具 体的 に見 てみることに しよう。. あ るか ら,個 人化 と「なが ら聴取」 とは,私 たちが 目 の前 にスピーカー を置 いているとい うことである。そ れは,別 の言 い方 をすれば,彩 しい数のスピー カーの. ◇ 自動車. 前 に人間が位置 し,そ の音 の聞 こえる範囲のみ行動 し. 現代都市 におけるもっとも主要な騒音源 は 自動車で. てい るとい う状況が, 日常生活 のさまざまな場面 で生. あろ う。一九五〇年代後期 か らは じまったモ ー タリゼ. じてい るとい うことであ る。. ー シ ョンによって 自動車 は大衆化 した。一九六〇年 1000 haあ た リー五〇台 にす ぎなか った 自動車保有台. 第三章. 数 は,一 九六九年 には一三〇〇台 に達 した。一九九四. 騒音 の成 立. 年福岡市 で行 われた騒音調査 では,支 配的音源 として 近代 化 とともに,私 たちの生 活 に入 り込 んで きた多. 自動車音が しめる地域が図のように広が つていること. くの機械。私 たちの社 会生活 は,こ の機械 な しには成. が確 かめ られてい る。 このことの持 つ意味 について. り立 たな くな ってい る。機械 の 多 くは動力 で動 く。そ. 騒音 についてのある研究書 は次 のように述べ てい る。. して それ は様 々 な音 を発 生 させ る。私 た ち の 音 環 境. 「 自動車 の生活へ の取 り込み とともに,日 常 の音 も質. は,こ の機械 たちが 発生 させ る人工 音 な しには考 え ら. 的に変化 した。量的にはアノイア ンスの部分 だけが拡. れ な くな った。. 充 し,細 々と した生活 の音 ,季 節感 をもたらす種 々の. ,. 騒音 にた い す る公 の 取 り締 ま りは,明 治 10年 の 大. 自然 の音が失 われていった。 自動車 の出現 は,公 共空. 阪府令 にお い て ,鉄 加 工 業 ,か じや な ど騒音が問題 に. 間である道路 をことごと く占領 しただけでな く,道 路. な る業 種 は人 家 の 密 集 して い な い 所 へ 移転 す る こ と. を単 なる通路 に変えて しまった。道ばたでの人々の会. や ,近 隣住民 の承諾 を得 るこ とを定 めた こ とには じま. 話 は 自動車 の騒音 にか き消 され,子 供達 の格好 の遊び. る。本格 的 に騒 音 が産 業公害 と して規制 され る よ うに. 場 で あ った道路 は危険 きわ ま りない空 間 となった。 」. な ったのは ,第 二 次世界大戦後 ,東 京都 (昭 和 24年 ). (『. の 公 害 防止 条例 が は じま りで あ る (厚 井 ・奥 田 ・金. 地域 の音環境計画』 ). 自動車 の存在が地域生活や人間関係 を変えて しまっ. 城 )。. たことが,そ の音 のあ りかたに よ く現 れてい るとい う. 戦後 は,他 の 多 くの 自治体 で も公害防止条例 が制 定 され ,ま た無数 の騒音 を巡 る問題 0争 い が行 われて き. のである。. た。昭和 四 二 年 に制 定公布 された公害対策基本法 にお. ◇家庭電化製品 (洗 濯機 など). い て ,騒 音 は,大 気 の汚染 ,水 質 の汚濁 とともに国 の. 家庭 に電気製品が入って くるためには,ま ず電化が. 法的規制 を加 える対象 となるこ とが 決定 された。 この. 不可欠 で あ ったことはい うまで もない。家庭 の電化. よ うに してで きた騒音 規制法 は,1)工 場 お よび事 業. は,ま ず,電 灯 が入ったことによっては じまる。電化. 場 にお け る事業活動 に伴 う騒音 ,2)建 設 工 事 に伴 う. の時期 は明治か ら昭和へ と,地 域 によってかな りの差. 騒音 ,3)自 動 車騒音 に係 わ る許容 限度 を定 め る こ と. があるが,電 灯 がはい ることによって家庭生活 にもた. を三本柱 に して い る。新幹線 ・空港 ・国道 な ど,さ ま. らされ る変化 は あ ま りに大 きな もの で あ っ た。人 々. ざまな 「音源」 につい ての争 い が 行 われて きた。現在. は,農 村 では夜 なべ 仕事 がで きる よ うにな り,生 活時. は産業系 の騒音 問題 が 減 り,生 活系 の音 問題 に中心が. 間帯 を変化 させ た。 そ して電 灯 か らは じまった電化 は. 移 ってい る とされ る。. 家庭 に様 々 な電気 製品 を招 きい れたのであ る。. 現在 , 日本騒音制御工学会で は ,社 会 の主 要 な音源 動車 ・航空機 ・鉄道 ・船舶. 1。. 交通系. 2。. 建設系 (建 設機械 ・建設現場. 3.工 場 ・ プラ ン ト系. ). た。戦後 一〇年 が たつ と,洗 濯機 や テ レビ・電気冷蔵 庫 は三種 の神器 と呼 ばれた。 そ の なかで も真 っ先 に. ). (鍛 造 工 場 ・石 7由. ト・発電所 0廃 棄物処理施設 4。. ,. た とえば,ラ ジオ ・扇風機 ・電気 アイ ロ ンな どで あ っ. を五 つ に分類 して い る。 (自. 戦前 まで に電 化 されて い る地域 で見 られた製 品 は. ,. 化学 プ ラ ン. ). まず 昭和 三〇年代 後半 か ら普及 しは じめたのが洗 濯機 で あ った。洗濯 は, もっ とも時 間 と労力 の費 や され る. 建 築 設 備系 (ポ ン プ ・送風 機 ・冷凍機 ・ボ イラ. 家事 の一つで あ ったか ら,洗 濯機 の導入 に よって女性. ・冷却塔 ・デ イーゼルエ ンジ ン・ 自家発電用 ガス. の家事 時 間 の短縮 につ なが った こ とは よ く知 られて い. タ ー ビ ン). る。そ の代 わ り,家 庭 には洗濯機 をまわす 音 が 響 くよ.

(13) 原 田隆司 ・寺 岡伸悟 :聞 こ える もの と しての社 会 関係. 63. 0 0%. 扇風機 掃除機 自転車 〃ス湯沸 し機 カラーテレビ. (“ 年 まで ライ トバ ン 含 む ). 乗用車. 0ヽ. 訪百ヽ薄言葛航す可冨F葛 可高万可 58。. 64.2. 259.2∞ .261.262.263.2. 。 2. 68.2. 65.2 “ 67.2. 70.2(年. 69。 2. 月). 71.2. 経済企画庁 『消費 と貯蓄の動向』. 人口 5万 以上の都市居住世帯 の耐久消費財保有率. (鈴 木淳『新技術の社会誌』より). 華 街 や東 京 の 渋 谷 ,原 宿 な どで は ,そ うい う店 は三 割 くらい しか な い とい う。 内 向 きに設 置 して い た ス ピー カ ー を外 向 きに変 え た 店 に理 由 を 聞 く と,「 そ の 方 が. 客 が寄 って きて,物 が よ く売 れる」「客 との コ ミュニ ケー ションを求 めて」 とい うことであ り,若 者 の間で も「曲の聞 き分けが楽 しい」「店 の人 と音楽 の話 で盛 り上が る」 な ど,支 持す る声 が圧任l的 で あ つた とい う。 この研究者 は「若者 は概 して 『 うるさい』 のが平 昼 間支配的音源 の広 が り (福 岡市 ,1994) 公害防止の技術 と法規』 より (『. ). 気 で,『 うるさい空間には親 や教 師 が入 って こない』 とい う意識 も働 いて,こ うした音環境 を好 むようだ。 外向 きス ピーカーは,店 がそ う した気分 を敏感 につか. うにな った。 この よ うに,家 庭生活 を しば しば「便 利. んだのだろ う。客層 に応 じた音環境 の街が 自然 にで き. に」変化 させ る電化製品が ひ とつ購 入 され るご とに. あが つたケース」 と分析 してい る. あた ら しい機械音が家庭 内 に増 えて い ったので あ る。. 夕刊 1999年 2月 3日. ,. (『. 毎 日新 聞』大阪. )。. メ ー カー に対 して も,音 につい て対 策 を求 め る声 が 増 えて い った。. ス ピーカーか ら大音量 で流れる音楽 は,こ の街 に集 まる若者達 にとつては コ ミュニケー シ ヨンの手がか り. 昨年大阪 で 百人 の主婦 に電気冷蔵庫 につい て意見. とな り,大 人たちには「騒音」と受け止 められてい る。. を聞 い た ところ,デ ザ イ ンよ りも,氷 が 早 くで きる. 冒頭 で触 れたように,視 覚や触覚 とは異な り,耳 と. 性 能 よ りも,モ ー ター音 を小 さ くす る こ とを望 んだ. い う器官 は常 に開いてい るので,音 は「特別な準備 ・. 主婦が トップで 44人 を占めたそ うで す。 (朝 日新 聞. 負担」 をしな くて も四方か ら届 くものである。その音 を聞 きた くない とい う人 は,そ の場 に行 かない とい う. 1968年. (昭 和. 43年 )5月 16日. ). 方法 しかない。 機械音 は,私 たちの生 活 の 中に広 く蔓延 して い った. 電車 ・バ スの中な どの注意放送 の多 さを問題 にする 「拡声器騒音 を考 える会」 がかつ て,地 下鉄車内 での. ので あ る。. 放送が「親切す ぎる,音 量が大 きす ぎる, もっと整理 結び. 音 と環 境. してほ しい」 と数社 に訴えたところ,会 社傾1か らは. ,. む しろもっと詳 しく丁寧 に案内 してほ しい とい う人の 大阪のアメ リカ村 (大 阪市中央区西心斎橋 )は ,若. ほ うが多 い,と 言 われた とい う。 (拡 声器騒音 を考 え. 者達が集 まる街 である。ある研究者 によれば,こ この. る会編 1991: 15)つ ま り「みんな町を歩 きなが ら電. 魅力 のひとつ は「外向 きスピーカー」 だ とい う。大音 量 のスピーカー を設置 してい る店 の うち過半数が,店. 車 に乗 りなが ら,い や至るところで懇切丁寧 に連絡 さ れたい・注意 されたい・挨拶 されたい ・管理 されたい. 内でな く路上に向けて取 り付 けてい る。大阪の他 の繁. のであ り,そ うされないことが昔痛 つ まり「迷惑」 な.

(14) 甲南女子大学研 究紀 要第 38号. 64. の だ。 」 (中 島. 文学 ・文化編 (2002年 3月. 00000. 1996:89)と い う「公 的機 関 に よるパ. ター ナ リズム とそれ を要 求す る人 々 とい う共謀 構造」 (中. 島. ). 1996:87)が ここにあ る。家 で も学校 で も,ス. ピー カ ー か ら流 れ て くる音 に慣 れ て しま った 私 た ち は,放 送音 が ない とい う空間 にはな じめ な くな って い るのだろ うか。 拡声器 は もともと西洋で作 られ た もので あ り,西 洋 人 は,そ のデ メ リッ ト=無 関係 な人 々 までそ の伝 達範 囲 に含 んで しまう, とよ く理解 して い る。 しか 学校 にお ける音環境計画概念. し日本 で は,メ リ ッ トだ けが 重 視 され て 入 って き た。音 に関 して , 日本 人が もっ と注意 を向ける よ う になるの はなか なか難 しい 。 そ の最大 の理 由 は ,学. 奇醜摘り茅Lの 音:. 校 や 自治体 な ど,本 来 は こ う した問題 を啓蒙す る立. _ ≒. 場 にあ る所 が ,無 自覚 な まま拡声器騒音 の発生源 に. 一. ―・. 1. =―. な ってい るか らだ。 (鷲 見 1991:43). シェ ー フ アー とい う研 究者 は,近 代化 を構成す る産 業革命 と電気革命 に よって,「 元 の音 とその 音 の 電 気 音響 的 な伝達 ・再生 との 間 の分裂」 が生 じた といい. ,. それ を音分裂症 (schizophOnia)と 名付 け て い る。 会館 における音環境計画概念. われわれは,音 をその作 り手 か ら分離 した のだ。 (…. … )元 来す べ ての音 は オ リジナ ルで あ り,音 は. (『. 行政における音環境の考え方』より ). 気 が な くな って す ぐに出 て きた とい う。 また あ る学 生. BGMが な って い な い の で 隣 の テ. ひ とつ の 時間 にひ とつの場所 で しか生起 しなか った. は 喫 茶 店 に入 っ たが. ので あるが ,<近 代 >以 降 ,音 はその出 自を失 い文. ー ブ ルの 話 が まる聞 こえだ った 。 互 い にな ん とな く声. 脈 か ら切 り離 されて ,い くらで も再生産 した り,加. を低 く して話 して い る と,会 話 が は ず まな くて 困 った. 工 した りす る こ とがで きる よ うになったので あ る。. とい う。 (中 川真 『平 安 京. この こ とは単 に音 が そ の作 り手 か ら “ 分裂 "し ただ 分裂 "す け で な く,社 会的 ・文化的 な文脈 か らも “. 私 たちの生活や行動 の 日常性が,こ のような音分裂 症以後 の音 にかたちを与 え られて維持 されて い るこ. る こ とを意 味す る。 (0・ …・)環 境 との 関係 にお け る. と。 いいかえれば,音 はシェー ファーのい う「分離」. “ 意味 "が 失 われ たか らで あ る。 そ の 結 果 ,環 境 に. した ことによって,ス ピーカー とい うものが新 しい音. とって必 然性 の ない音 や有害 な音 な どが 現 れ る よ う になるのであ る。音が空 間 に立 ち現 れ る とき,空 間. 源 とな り,私 たちが経験す る地面であ り壁 であ り空気 になったとい うことなのであ る。雑音あるいは騒音 と. に意 味 を与 え るの が <近 代 >以 前 で あ った とす れ. は,き ちん とス ピーカーか ら流 されて い ない音 を指. ば ,そ の意味が失 われて しまったのが <近 代 >以 降. す。私 たちの一部が不快感 を感 じようがそれは関係 な. で あ る とい え よ う。 い わば ,音 は匿名化 して ,空 間. い。私 たちは音 の主人公ではないのだ。. を浮遊す る存在 となったのであ る。 (池 村 1996:67. 音 の専門家 たちは,着 々と音環境 の計画書 を書 いて い る。地 下 街 ・学 校 ・会 館 ・公 園 ・イ ベ ン ト会 場. -68). 音 の 宇 宙 』). ……。あ る地方 自治体 の研究者 はこれか らの社会 の音 だが,そ れは単 に空間を浮遊 してい るだけなのだろ. 環境 の特性 を次 の ように記す。. うか。昭和天皇が死去 してか らしばらくの間, 日本国 内では「歌舞音曲」 が 自主規制 された。中川真 は,学 生 に各地 の音風景 を レポー トさせた。ある学生 はデパ ー トに言 ったが BGMが 流れてい ない。 まった く買 う. 1。. 分節性 ……音 の空間支配 の形態。空間分節技術 と して,吸 遮音 ・配置 ・距離。新 しい分節性 と は,例 えば遮音性 の追求に よって外界 との関係が.

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