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フランス語の冠詞の教え方についての一考察

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フランス語の冠詞の教え方についての一考察

三 原 智 子

Comment enseigner les articles défini, indéfini,

et partitif aux étudiants japonais

Tomoko MIHARA

群馬大学共同教育学部紀要 人文・社会科学編 第70巻 103―111頁 2021 別刷

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フランス語の冠詞の教え方についての一考察

三 原 智 子

群馬大学共同教育学部英語教育講座 (2020年9月30日受理)

Comment enseigner les articles défini, indéfini,

et partitif aux étudiants japonais

Tomoko MIHARA

Le département de l’anglais (le 30 septembre 2020)

1.冠詞と異文化理解

 本稿では、異文化理解の授業の教材として冠詞を考察する。論者はこれまで英語とフランス語の冠詞と日 本語の助数詞の差異を異文化理解の授業で扱い、簡潔な実践報告を行っている(三原 p.6)。今回はフラン ス語の冠詞のみを対象とする。  最初に、フランス語の冠詞について基本事項を確認しておく。フランス語には定冠詞と不定冠詞に加え、 英語にはない部分冠詞が存在する。前者2冠詞にはそれぞれ単数形と複数形が存在する。単数形には男性形 と女性形があり、それぞれ男性名詞と女性名詞に先行する。定冠詞の単数形と部分冠詞は、後続名詞が母音 あるいは無音のhで始まる場合、省略形をとる。  英語の冠詞には定冠詞のtheと不定冠詞のaならびにan(後続名詞が母音で始まる場合)の計3つの形が あるが、フランス語の冠詞は下記の表の通り10個の形が存在する。しかし、本稿では異文化理解の授業で の冠詞の教材利用を検討するため、また、同授業の受講生にフランス語未履修者が含まれ得るため、これら 10個の使い分け全てを見るのではなく、性の区別は問わず、さらに単数形に限ったうえで、定冠詞・不定 冠詞・部分冠詞の3種類の使い分けに対象を絞る。  3種類に対象を絞るとはいえ、日本人学生にとってそれらの使い分けを理解することが容易だとは言えな い。冠詞は動詞や形容詞とは異なり日本語に存在せず、母語から使用法を類推することはできない。また、 単数 男性形 単数 女性形 複数形 定冠詞  le ( l’ ) la ( l’ ) les 不定冠詞 un une des 部分冠詞 du ( de l’ ) de la ( de l ) 群馬大学共同教育学部紀要 人文・社会科学編 第70 巻 103―111 頁 2021 103

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冠詞の使い方を機械的な暗記によって学ぶことは難しい。少なくとも、非効率的である。というのも、フラ ンス語や英語において、ある名詞にどのような冠詞を付すか(そして英語の場合は、無冠詞にするか)は、 名詞が表す事象をどのように話者が認識しているかによって決定されるからである。話者の認識の仕方や感 性により、同じ名詞でも異なった冠詞が付され得る。以下、フランス語の冠詞の例を挙げる。  なお、本稿では、異文化理解の教材として冠詞を検討するため、今後、例文を挙げる際にはフランス語文 ではなく、日本語の訳を中心に考察する。日本語訳の名詞(句)をカギ括弧に入れ、その前に印を付し、フ ランス語文であれば付くはずの冠詞の位置と種類を示す。定冠詞は*、不定冠詞は+、部分冠詞は#とする。 仏文は日本語文の後ろに付し、冠詞と名詞(句)をイタリック体とする。 私は*「お茶」を好む。 J’aime le thé. 私は+「お茶」を注文する。 Je prends un thé. 私は#「お茶」を飲む。 Je bois du thé.  3文ともに、主語は一人称単数、目的語は「お茶」(thé)である。日本語のみを使用する話者は、3文の「お 茶」が異なる事象を表しているとは通常考えない。それに対し、フランス語話者はそれぞれの名詞が表す事 象を区別し、上から順に定冠詞、不定冠詞、部分冠詞を名詞に付す。次の例も同様である。

*「赤い太陽」が雲の後ろに現れた。 Le soleilrouge apparut derrière les nuages.

+「赤い太陽」が昇った。不吉だ! Un soleilrouge s’est levé. C’est un mauvais signe !

 2文とも、名詞句「赤い太陽」(soleil rouge)が主語である。日本語では2文の主語の間に特に区別を付 けない。しかし、フランス語では、話者(書き手)が聞き手(読み手)にどのようなニュアンスを伝えたい かにより、名詞句に定冠詞を付すか不定冠詞を付すかが変わる。2つの「赤い太陽」(soleil rouge)が日本 語には無い視点から、区別されるのである。次の例では、目的語を除いて2文の構造はまったく同じである にもかかわらず、名詞に異なる冠詞が付く。 私は*「地下鉄」に乗る。 Je prends le métro. 私は+「タクシー」に乗る。 Je prends un taxi.  フランス語話者は、二つの名詞が表す事象の種類を区別し、「地下鉄」(métro)の前には定冠詞を付け、「タ クシー」(taxi)の前には不定冠詞を付ける。  なぜ同じ「お茶」という名詞が、場合によって3種類の異なる冠詞に先行されるのか。なぜ同じ「赤い太 陽」なのに、一方に定冠詞が付き、他方に不定冠詞が付くのか。なぜ、「地下鉄」には定冠詞が付き、「タク シー」には不定冠詞が付くのか。疑問に答えるには、フランス語や英語をはじめとするヨーロッパ言語群に おいて、名詞の表す事象がどのように分節されているのかを理解する必要がある。これらの言語における名 詞についての考え方を学ぶことによってはじめて、冠詞を的確に使用することが可能になる。冠詞の学習は 異文化を理解することにまさに繋がっているのだ。  以下、第2章では、フランス語の冠詞の使い分けを検討し、上記の疑問に答える。第3章では、日本人学 生向けのフランス語初級教科書を分析し、そこから異文化理解の授業での冠詞の教え方を導き出す。

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2.フランス語の冠詞の種類と使い分け

 朝倉季雄著『フランス文法辞典』によれば、現代のフランス語では「人名と都会名を除き、原則としてす

べての名詞が冠詞に先立たれる」(朝倉p.49)1)。英文では無冠詞である名詞でも、フランス語訳では冠詞が

付くことが多い。ただし、前述した通り、3種の冠詞が名詞に一対一で対応するのではない。例えば、「月

(lune)」には定冠詞が、「水(eau)」には部分冠詞が、「りんご(pomme)」には不定冠詞が必ず付くわけで

はない。「フランス語ではすべての名詞があらゆる種類の冠詞を採り得る」のである(朝倉p.50)。コンテク ストによって、また名詞がどのような事象を表している(と話者が見なしている)かによって、同じ名詞に いずれの冠詞も付き得る。これは人名や都市名など通常は無冠詞の固有名詞についても同様である2)  授業での説明のために簡単に整理すると、これらの冠詞の使い分けは、話者が次の3点の基準をいかに捉 えているかに依拠する。ただし、この基準は分かりやすさを重視したため、冠詞の他の諸用法を捨象してい ることをあらかじめ断っておく。  (1)その名詞は総称なのか、否か。すなわち、概念を表すのか、具体的事象を表すのか。  (2)名詞が具体的事象を表す場合、その「特定性」について聞き手との間に了解があるか、否か。  (3)名詞が具体的事象を表す場合、それは単位として加算できる事象なのか、否か。  フランス語話者は、日本語話者が顧みないこのような観点に従って名詞を無意識的にあるいは意識的に分 け、ふさわしい冠詞を採用する。以下、この3点について冠詞の使い分けを確認する3)  ⑴ 概念か具体物か  フランス語の定冠詞(単数)は、名詞が「個別性を度外視してその共通の属性のみを考えた抽象的概念」 を表すと見なされた場合に付される(朝倉p.59)。すなわち、話者がある名詞を総称として使う場合や、概 念を表すために使う場合は、定冠詞(単数)が採用される4) ①私は*「お茶」が好きだ。 J’aime le thé. ②私は*「地下鉄」に乗る Je prends le métro ③彼は*「純真さ」を装う。 Il joue à l’innocence.  ①の「お茶(thé)」は総称、あるいは概念(お茶というもの)を表しているため、フランス語では定冠詞 を付す。そもそも我々は自分の趣味を伝える時(例:私は野球が好きだ)、対象となる事象(野球)を概念 や総称(野球というもの)として扱っており、具体的な事象(あの日にあのチームがやった野球)とは考え ない。日本語話者は通常このことを意識せず、発話上の明示も必要としない。しかし、フランス語ではお茶 に限らず、嗜好や趣味の傾向を聞き手に伝える際は一般に、目的語を表す名詞に定冠詞を先行させる。  ②においても、「地下鉄」は個々の車両を表すのではなく、概念・総称(地下鉄というもの)を表すと見 なされるため、定冠詞が付く。話者はここでは特に、「地下鉄」という「種別だけを問題にしている」(朝倉 p.60)。他の種(例えば、バス)ではなく地下鉄という種に乗ることに言説の力点が置かれており、具体的 な車両や車線は問題になっていない。③においては、定冠詞は「いわゆる」の意味で使われ、その「純真さ」 が一般に流布している紋切り型の通念を表すことを示している。 フランス語の冠詞の教え方についての一考察 105

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 ⑵ 特定か不特定か 定冠詞  このように、総称的に用いられた名詞や概念を表す名詞には定冠詞が付く。では、具体的な事象を表す名 詞には、それ以外の冠詞が必ず付くのかといえば、そうではない。定冠詞もまた具体物に付され得る。そも そもフランス語の定冠詞はラテン語の指示詞(ille)を語源としており、そこから、指示詞(この∼)とし ての用法を受け継いでいる。したがって、具体物であっても、特定性を有する事象を表す名詞には、定冠詞 が付される。ここで「特定」とは「唯一無二の存在となったもの」を指す(朝倉p.58)。以下、特定性を表 す定冠詞の代表的な例を挙げる。

④それはこの夏の*「驚き」だ! C’est la belle surprise de l’été !

⑤*「三位一体」 la Trinité

⑥あれがルイ14世、*「太陽王」だよ。 Voilà Louis XIV, le roi soleil.

 ④では、話者は話題となっている「驚き」がこの夏の唯一無二の「驚き」であることに感嘆し、かつ、聞 き手も当然その唯一無二性に同意すると見なしている。⑤においても、話者は聞き手が、「三位一体」の唯 一性に同意すると想定している。⑥においては、「太陽王」(roi soleil)はルイ14世の同格であり、同格語 は本来、フランス語では無冠詞である。しかし、ここでは、ルイ14世が「太陽王」である事実が知れ渡り、 他には存在しえないことを強調するため、話者があえて定冠詞を付けている。  このように、具体的な事象が問題になっている場合、定冠詞は「話者と聴者とがある事物が特定のもので あることを知っている場合、或は話者が特に特定のものであることを強調する場合に用いられる」(朝倉 p.58)。逆に、話者が、聞き手との間に事物の特定性の了承がとれていないと判断した場合は、他の冠詞を 用いる。 不定冠詞  不定冠詞は数えられる名詞の前に付され、その名詞が一個あるいは複数個の不特定な物を表すことを表す。 不定冠詞は数えられる事象における特定性の欠如の印だが、言い換えれば、当該の事象がいまだ聞き手に知 られていないことを表す印でもある。ハラルト・ヴァインリヒの言葉を借りると、「ヨーロッパ言語において、 定冠詞は既に知られた情報を示すのに対し、不定冠詞は来るべき情報を示す」のである(Weinrich p.29)5) 以下、いくつか例を挙げる。 ⑦私は+「タクシー」に乗る。 Je prends un taxi. ⑧+「強烈な太陽」 un soleil ardent ⑨*「悲しい冬」 le triste hiver

⑩雲の後ろに*「赤い太陽」が現れた。 Le soleilrouge apparut derrière les nuages.

⑪+「赤い太陽」が昇った。不吉だ! Un soleilrouge s’est levé. C’est un mauvais signe ! ⑫+「驚き」が本の最後であなた待ってます。Une surprise vous attend à la fin du livre.

 ⑦は冒頭に挙げた例である。話者は不定冠詞を「タクシー」に付すことで、駅前などに止まっているタク

シーのうち、どれか1台を拾って乗るつもりであることを聞き手に告げている。ここでの「タクシー」は種

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鉄に乗る」では、話者が「地下鉄」を種の総称と見なすために定冠詞を付し、他の種の乗り物(例えば、バ ス)と区別していた。二つの冠詞の違いは、話者が想定する状況の違いを表すのだ。  ⑧と⑨は朝倉(pp.60─61)から引用した6)⑧の「強烈な太陽」は、太陽が持つ様々な様相(弱々しい太陽、 悲しげな太陽、など)のうちの不特定の1個の様相を表すと捉えられているため、不定冠詞が付される。そ れに対し、⑨の「悲しい冬」は、冬の「種々の様態の一つを示すのではなく」、冬「そのものの本質的性質 を示す」と解されているため、定冠詞が付く。⑩と⑪は冒頭に挙げた例である。⑩では、話者が「赤い」を 太陽の本質的性質を表し、太陽の概念そのものに含まれると解しているため、定冠詞を付ける。⑪では、「赤 い」を太陽の諸様相の中の特別に不吉な1様相として捉えているため、不定冠詞を付ける。  ⑫では、話者は「驚き(surprise)」が聞き手にとって新しい情報であると見なしているため、不定冠詞が 採用される。対照的に前述の④では、話者は「驚き(surprise)」に定冠詞を付すことにより、聞き手との暗 黙の了解(共謀関係)を強調し、「あなたも知っている通りの例の驚き」の意を文に与えていた。  ⑶ 加算か不可算か  最後に、部分冠詞の用法を確認する。フランス語の部分冠詞はもともと、部分を表すdeと定冠詞が結合 して生まれた(朝倉p.61)。現在では、特定・不特定を問わず、数えられない事象を表す名詞に付き、若干 量の意を示す。

⑬あなたには#「忍耐力」がある。 Vous avez de la patience.

⑭私は君が昨日買った#「パン」を食べる。 Je mange du pain que tu as acheté hier.

⑮あなたには天使のような+「忍耐力」がある。 Vous avez une patience d’ange.

⑯私はチョコレート+「パン」を1個欲しい。 Je veux un pain au chocolat.

 ⑬の「忍耐力」は不特定の数えられない事象、⑭の「パン」は単位として数えない特定物を表し、ともに 若干量を示すため部分冠詞を付す。しかし、⑮の「忍耐力」は、数々の忍耐力の諸様相のうちの1つ(数え られる事象)と見なされ、不定冠詞に先行される。⑯の「パン」も、話者がそれを単位で数え得ると見なす ため、不定冠詞が付く。「パン」や「忍耐力」などの名詞に常に部分冠詞が付くわけではないことに改めて 注意を促したい。

3.フランス語教科書における冠詞の扱い

 以上、3種類の冠詞の基本的な機能を検討し、フランス語独自の事象の捉え方を確認した。冠詞を的確に 使い分けるためには、この捉え方に沿い、日本語話者が通常は意識しない名詞の区別をあえて考えることが 必要であった。本章では、大学の教養教育の初修外国語授業で用いられるフランス語教科書を対象に、冠詞 の教授内容や教授形式を確認し、異文化理解の授業での応用可能性について考察する。 文法教科書  最初に、文法(Grammaire)をタイトルに冠した教科書、あるいは前書きに「文法」を謳う教科書4点(A、 B、C、D)を検討する。4冊とも全て、初級文法の範疇にあるとはいえ、条件法と接続法を含む詳細な文法 項目を包括的に提示し、基礎的なフランス語文章を「読む」ための情報をコンパクトにまとめている。なお、 近年、大学教養教育課程において英語以外の諸外国語の授業時間数が減り、文法とコミュニケーションの双 フランス語の冠詞の教え方についての一考察 107

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方を教える総合的なテクストの需要が高まっているため、新刊教科書の中で文法のみを謳うものは少数派で ある。  4点のうち3点(A、B、C)は、初版年度が2001年から2008年7)2013年と広範囲に渡るにもかかわらず、 どれも文法項目ごとに単元を構成している。冠詞は最初の課で扱われている(第1課を発音に当てる場合は、 第2課で冠詞が扱われる)。2テクスト(BとC)で、すべての冠詞を同じ課で説明し、1テクスト(A)で は不定冠詞と部分冠詞を第1課で扱い、定冠詞を第2課で扱っている。  また、A∼C共に各冠詞について、以下のような1行程度の文章によって最小限かつ的確に定義している。     不定冠詞:不特定の数えられるものを表す名詞に付く。     部分冠詞:数えられないものを表す名詞に付く。     定 冠 詞:特定の物を表す名詞に付く、また、総称・全体を表す名詞に付く。  各冠詞についての定義と形の説明の後には練習問題が付され、学習者は冠詞をカッコ内に書くよう促され る。巻末付録にも同様の練習問題が置かれる。ただし、冠詞の使い分けを考えさせるための問題はない。3 点の教科書で冠詞に費やされる紙面は、巻末の練習問題を除くと平均して3ページである。  文法教科書Dにおいても文法項目ごとに単元が構成されるが、他の3冊とは異なり、全17課のうち第6 課で不定冠詞と部分冠詞を、第7課で定冠詞を扱う。半期15回の授業の後半で冠詞が出現することになる。 それぞれの冠詞の定義は他の教科書とほぼ同じで1行程度であるものの、全体では合計10ページもの紙面 を冠詞に当てている8)。そこでは、同じ名詞が文脈により異なる冠詞を採り得ることをイラストで説明し9) さらに1ページを費やして3種類の冠詞の使い分けを解説するとともに、巻末の練習問題でも冠詞の使い分 けを学習者に考察させている。  文法教科書の以上の概要から、異文化理解の授業での冠詞の教え方についていくつか示唆が得られる。ま ず、全種類の冠詞をまとめて説明することにより、学習者は全3種類の冠詞を総合的にイメージすることが 可能になる。また、各冠詞の定義についての最初の説明は最小限にとどめ、具体的な例文に即して冠詞の使 い分けを十分に考察させた後に再び定義に立ち戻ることで、学習者は定義内の語句(概念、具体物、特定、 不特定、可算、不可算、など)の意味を帰納的に推察し、理解をさらに深めることができる。そのためには、 数多くの適切な例文を示すことが必要である。  注意すべきなのは、冠詞について上記の定義を与えるのみでは、フランス語の名詞があたかも「数えられ る名詞」と「数えられない名詞」と「特定・総合を表す名詞」に分けられ、それぞれに不定冠詞、部分冠詞、 定冠詞が付される、という誤解を学習者に招きかねないことである。このような誤解を避けるため、同じ名 詞に異なる冠詞が付く用例を与えるなど、例文の提示を工夫する必要がある。 総合・コミュニケ―ション教科書  次に、文法に特化していない教科書を検討する。読む・書く・話す・聞くといったフランス語運用能力を 総合的に伸ばすことを目的とした教科書(以下、総合・コミュニケーション教科書)は、近年、フランス語 初級教科書の主流となっている。調査を行った7冊の教科書(E∼K)は、初版が2001年(改訂版2017年)、 2010年(改訂版2016年)、2011年、2012年、2015年、2016年に及ぶ。1点(E)は文法教科書に似た構成 を採るが、他の6点においては文法事項の数と説明の量が上記の文法教科書に比べ格段に少ない。うち3点 の教科書は特に、コミュニケーション・アプローチの採用やコミュニケーションの楽しみを序文で謳ってい る(F、G、H)。

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 また、全教科書で、会話の場面や言語使用の目的ごとに課を区切り(紹介する、好きなものをいう、持ち 物をいう、食べるものをいう、など)、それぞれに適当な文法項目を配置している。各冠詞の説明もこれら の場面ごとに配置される。したがって、3種類の冠詞が一つの課にまとめて置かれることはなく、5点の教 科書では3種類の冠詞をそれぞれ別の課で教えている。他の2点の教科書(文法教科書に似たEとコミュ ニケーションの重要性を謳うF)では、不定冠詞と定冠詞を同じ課で扱う。ただし、Fにおいては、不定冠 詞と定冠詞を同じ課で初出させたのちも、各冠詞を改めておのおの別の課で扱っている。  教科書Iを除いた6点の教科書において、不定冠詞は動詞avoir(持つ)ならびにavoirを含む構文(∼が ある:il y a ∼)とともに、持ち物や兄弟の有無を告げる場面で扱われる10)。また、同6点の教科書で、部 分冠詞は動詞prendre(取る、食べる、飲む)とともに、食べものなどを告げる場面で扱われる11)。そのうち、 コミュニケーションを謳う教科書3点(F、G、H)においては、部分冠詞と不定冠詞の使い分けを明示し、 数えられないもの(ワイン、魚の切り身、など)を表すために部分冠詞を、数えられるもの(りんご、など) を表すために不定冠詞をつけるよう指導している。両冠詞の差異を明示することで、各冠詞の意味をより明 確に提示することが可能になっている。  最後に、教科書Eを除いた6点の教科書で、定冠詞は動詞aimer(好む)とともに好き嫌いを告げる場面 設定で扱われる12)  総合・コミュニケーション教科書では、部分冠詞と定冠詞の定義に比べると、不定冠詞の定義の説明が少 ない。例外的に、コミュニケーションを謳う教科書Fにおいては、巻末の補足で部分冠詞と定冠詞、不定 冠詞と定冠詞のそれぞれの使い分けの説明にページを割いている。しかし、他の6点の教科書では、不定冠 詞の最大の特徴である不特定性を、定冠詞の特徴である特定性と比較して説明することはない。両冠詞の使 用法は英語学習において既習済みの文法事項と見なされ、改めての説明はあえて省略されていると思われる。  例えば、以下のようなil y a構文の中の冠詞において、冠詞の使い分けの理由について、説明は行われない。

*「机」の上に、+「ランプ」があります。 Il y a une lampe sur la table.

 この例文は、動詞avoir(持つ)を用いた「il y a(∼がある)」構文の典型的な例で、ほとんどの総合・コ ミュニケーション教科書で扱われている13)。しかし、なぜ場所(机)を表す名詞に定冠詞が付き、存在物を 表す名詞(ランプ)には不定冠詞が付くのか、理由は説明されない。学習者は冠詞の考察を行わないまま、 各名詞を入れ替えつつ、会話練習や書き取り練習をすることが求められる。  上記の例において、場所を表す名詞(机)に定冠詞が付くのは、話者がその情報が聞き手との間で特定済 みだと見なしているからである。定冠詞は、話者が情報を聞き手にとって既知であると考えている印である。 しかし、ランプには不定冠詞が付く。なぜなら、話者が机上にランプがあるとわざわざ告げ、しかも、ラン プを特定する語を付加しない場合、通常、話者はこの情報が聞き手にとって新しいものだと仮定しているか らだ。「*机の上に#ランプがあります」という言説は、フランス語では「あなたもご存じのあの机の上に、 あなたは知らないだろうが実はペンがあります」という意を含むのである。  総合・コミュニケーション教科書についての以上の概要から、いくつかの示唆が得られる。まず、これら の教科書では具体的な発話の場面を想定して冠詞を選ぶよう指導していたが、これは異文化理解の授業にお いても援用すべきである。具体的な発話状況を想像することにより、学習者はフランス語話者の聞き手に対 する配慮をよりよく理解することができる。すなわち、学習者は、話者が発話内の名詞についての付加情報 を聞き手に知らせるために、どのような冠詞を付しているのをよりよく理解することが可能になる。  ただし、検討した7点の教科書の例文では、例えば上記のil y a構文やprendreの目的語に見られるように、 フランス語の冠詞の教え方についての一考察 109

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特定の動詞の目的語に常に決まった冠詞を付しており、学習者はこれに慣れ、無意識に当該動詞とその冠詞 を結びつけるよう導かれる。学習者が冠詞を意識的に選ぶことは求められておらず、第2章で確認したよう な冠詞の意図的な使い分けは重視されない。言語習得の究極的な目的が、無意識に正しい語を選択できるこ とにあるとすれば、コミュニケーション用の語学教科書としてのこの方向性は正しい。しかし、異文化理解 の授業においては、無意識に冠詞を選択することに加えて、日本語との違いを考慮して意識的に冠詞を選ぶ ことができるよう、学習者を導くことが有益だと考えられる。

4.終わりに

 以上、異文化理解の授業の教材としてのフランス語の冠詞の考察を行った。第1章で冠詞と異文化理解の 関係を考察し、第2章で各冠詞の使い分けを検討し、第3章でフランス語の初級教科書を分析した。これら の考察から、フランス語の冠詞を異文化理解の授業の教材として利用することの妥当性、ならびに、その際 の注意点が明らかになった。すなわち、異文化理解の授業で冠詞を教材として利用する際は、最初に各冠詞 の定義を最小限提示した後、学習者が例文の読解を通して、事後的にこれら定義の意味を理解するよう導く ことが有益である。また、全種類の冠詞を同時に扱い、学習者が使用例を比べ易くする必要がある。そのた めには、適切かつ多数の例文提示が求められる。ただし、例文は日本語訳を主とする。  さらに、異文化理解の授業においては、受講生がフランス語の冠詞に慣れることを目的とするのではなく、 フランス語話者の立場になり、なぜその冠詞が選択されたのか主体的に考察することを目的とする。そのた めには、イディオムのように半ば慣習化した例文を集めるのではなく、フランス語話者が熟慮のうえで冠詞 を選んだ文章を教材にすることが有益である。  これらの条件に合う教材を作成するには、たとえばフランス人作家の文学テクストから例文を集めること が考えられる。文学作品の文章においては、作家が自らのオリジナリティを発揮しており、1個の冠詞に至 るまで言葉が意図的に選ばれている。また、語り手(あるいは、作者)が場面ごとに聞き手(あるいは、読 者)との関係を変化させることが多く、ある場面では語り手が聞き手との共謀関係を保ち、情報の特定性を 周知のものと扱うが、別の場面では聞き手への新情報の提示を誇張する。このような文章から例文を引用す ることで、学習者は使用されている冠詞の種類の理由を能動的に考えることが可能となる。逆に、日本人作 家の文学作品(詩など)のフランス語訳を教材とすることも考えられる。著名な作品では英語訳も存在する ため、日本語の原著を参考にしながら、英語訳とフランス語訳における冠詞を比較することも可能になる。 これらの教材の具体的な抽出については、今後の課題にしたい。 参考文献 朝倉季雄『フランス文法辞典』白水社、1989 年. 一川周史『初学者も専門家も 新・冠詞抜きでフランス語はわからない ―例文比較による徹底解説―』駿河台出版社、1996 年. Cécile Morel「フランス語教育におけるテキスト言語学と相互的学習方法の応用 ―フランス語の冠詞の用法を日本語話者に習 得させる場合―」『京都女子大学人文論叢』2005 年、pp.49─60. Harald Weinrich, Le temps, traduit par Michèle Lacoste, Seuil, 1973.

山田敏幸、金田仁秀、柴田知薫子、田中一嘉、三原智子、レイモンド・B・フーゲンブーム「群馬大学での授業実践から日本 の外国語(英語)教育を考える:2019 年度の成果」、『群馬大学教科教育学研究』第 19 号、2020 年、「6『言語と世界』か ら考える」、p.16.

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【フランス語教科書】 藤田裕二、藤田知子『新・東京-パリ、初飛行(新装改訂版2 版)』駿河台出版社、2017 年. ニコラ・ガイヤール、加藤豊子、中川高行『新装カフェ・フランセ』朝日出版社、2016 年. レナ・ジュンタ、清岡豊比古『ぜんぶ話して!』三秀社、2015 年. 伊勢晃、谷口千賀子、バンジャマン・サラニョン『ケスクセ?』白水社、2016 年. 伊藤玄吾、亀谷百合佳、Bruno Vannieu『アクティブに学ぶフランス語文法』アルマ出版、2019 年. 北村亜矢子『オンプラティック!』朝日出版社、2012 年. 小川亮彦、黒川学、斎藤裕史、他9 名『コンタクト ABC』、朝日出版社、2013 年. 小野ゆりこ、村松マリ=エマニュエル『マ・グラメール(三訂版・CD 付)』、白水社、2018 年 . 酒井由紀代『フランス語のアトリエ』駿河台出版社、2011 年. 斎藤昌三『ル・フランセ』、白水社、2001 年 .

Bruneau Vannieuwenhuyse, Jean-Luc Azra, 他 4 名『Moi, je…コミュニケーション』アルマ出版、2012 年.

1)ただし、冠詞が省略される場合もある。

2)例:Il y a du Napoléon chez lui :彼には #「ナポレオン」(っぽいところ)がある;C’est un Napoléon plus vrai que nature(実 物以上に本物らしい+「ナポレオン」だ; Le bar le Napoléon vous accueille chaleureusement (バー、*「ナポレオン」は皆様を 熱烈に歓迎します)。 3)例文は論者が作成したものだが、注意書きがあるものに限り、朝倉(1989)を引用する。 4)ただし、「不特定な一個体が同種族の他のすべての個体を代表する」場合、その個体に不定冠詞をつけて総称を表す。この ような場合、不定冠詞の代わりに「定冠詞を用いても意味に変わりはない」(朝倉p.61)。 5)Cécile Morel(pp.52─57)は、日本語の格助詞「∼は」と「∼が」の用法において、前者が旧情報、後者が聞き手にとって 未知の情報を表す場合があり、フランス語の定冠詞・不定冠詞の使い分けに相当するとしている。そして、日本語話者も「は」 と「が」の使い分けにより、無自覚であれ自覚的であれ新情報と旧情報の区別を行っており、ここから類推して、フランス 語話者による定冠詞と不定冠詞の使い分けを理解することが可能であるとしている。日本語の格助詞「は」「が」と冠詞につ いては以下も参照:一川(2005)pp.121─124. 6)訳文は拙訳による。 7)ただし、参考にしたのは 2018 年の改訂版である。 8)巻末練習問題のページを含まない。 9)例えば、スイカ(pastèque)を丸ごと一つと考える場合は不定冠詞が付き、一切れと考える場合は部分冠詞が付くとする。 また、コーヒー(café)について、「コーヒーが好き」という場合と「コーヒーを飲む」という場合では、付く冠詞が異なる ことを説明している。 10)教科書 I においては、avoir(ならびに il y a 構文)の例文で、不定冠詞の付いた名詞に加え、部分冠詞の付いた名詞をも 目的語としている。

11)例:私は朝食に#「コーヒー」を飲む:Je prends du café au petit-déjeuner.

12)教科書 E では、定冠詞が特定の動詞と結びつけられることはなく、動詞 aimer は指示形容詞とともに扱われる。

13)教科書 F には、il y a 構文(∼がある)は文法事項としては載っていない。il y a の別の意味での使い方は載っている(il y a ∼:∼以前に)。

(12)

参照

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