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技術・家庭(技術分野)
セルフエスティームをはぐくむ授業づくり
-ものづくりの授業を通して- 宮内 稔 本論の要旨 豊かな現代社会において身の回りの必要な物が何でもそろっている,またお金さえ出せば必要以上のもので もそろえることのできる便利な時代である。本校生徒おいても「物は買えばいい 「 物において)特に不自由」( は感じない 」という生徒は多い。その反面,身の回りの忘れ物は非常に多く,物を大切するという感覚は薄。 れ,ものを粗末に扱う,ものがあって当然といったものに感謝するという気持ちが薄れているように感じる。 また,ものへの執着の薄れとともに,自分という存在は大切な存在である,自分と同じくらい他の人も大切 にする,というセルフエスティーム(自尊感情)も薄れているように感じる。 技術・家庭科(技術分野)において,製作活動を取り入れることのできる教科の特性を活かし,ものづくり の作業を通して,友人との協力の大切さ 「大切なもの」という感覚を取り戻し,自己を尊いものであり,他, 者を尊ぶ心へとつなげていける授業展開をしていく。 セルフエスティーム,自尊感情,大切なもの キーワード 1.はじめに 技術・家庭科は日常生活に密着した技術の基礎を学 ぶことができ,実践的・体験的な学習を重視している。 学習を展開する場合,設定した題材を通して生活の中 で生かせる何を学んでいるのか,目的やねらいは何な のかを明確にし,それを通して生徒自身が達成感,充 実感を味わうことができる。そこには生徒の生活に基 づく体験が有り,友達や班員との意見交流による自己 の存在感があり,形のあるものを作るため,完成する 喜びと充実感,達成感がある。 しかし,生徒に作品づくりへの自信を問うと,「不 器用だからできない。」「失敗するかもしれない。」 「上手にできなかったらどうしよう。」という不安が 先行したり,現代社会の特徴であろうか,「作ったこ とがない」という経験の無さからの不安をを持ってい る者が多い。また,当然のことながら作品の出来不出 来は成績に影響することは生徒はよく知っているので, 「上手に作らなければいけない。」「こうしないとい けない。」「正解の通りにしなければいけない」とい う結果追求のプレッシャーであるともいえる。 本来,実践的・体験的に学べる技術・家庭科におい て経験することにより,「身近なものにはどんな工夫 がされているのだろう。」「こういう作品,すばらし い。」「こういうものを作ってみたい。」「こういう 考え方,発想もおもしろい。」という正の思考に向け ていく必要がある。そこで大切なのが「セルフ・エス ティーム」である。 2.「セルフエスティーム」とは 「セルフ・エスティーム」(Self-Esteem)とは, 自分としても誇りに思い,他者からも充分に認められ るであろうという自負心・自尊心を指す。 自尊感情の高い子どもは,下記のような特徴がある といわれる(*1)。 ・情緒が安定している。 ・責任感がある。 ・社会適応能力が高い。 ・成績もよく,他者とのトラブルが少ない。 ・社会規範をよく守る。 さらに,逆境に強いこと,失敗に動じない,悪い仲 間の誘いを断り,「いやだ」と拒否することができる とも言われる。もちろんセルフエスティームが高いと このすべてが該当するものではない。しかし,セルフ エスティームを身につけ高めていき,生徒達に自分に 自信を持ち,他者を認め,良いものは良いという感性 を身に付けさせたいものである。 残念ながら,日々,接している生徒の様子を見てい るとセルフエスティームが高いとは思いにくい様子が 見られる。他の人を貶めて,自分の優位性を保とうと するいじめや,器物破損などものを大切にしない行動 が横行するのはその最たる現象であるように思われる。 実際に,日本の子どもたちのセルフエスティームは 先進諸国の中で低いと言われる。例えば,財団法人日 本青少年研究所が発表した高校生を対象とした日・米 ・中・韓4か国の調査によると,米国と中国の高校生 は自己肯定感(自尊感情)が強く,日本の高校生の自己評価が最も低い。(資料1) 高校生の自己評価 「私は価値のある人間だと思う」 米国57.2%,中国42.2%,韓国20.2%,日本7.5% 「自分を肯定的に評価するほう」 米国41.2%,中国38.0%,韓国18.9%,日本6.2% 「私は自分に満足している」 米国41.6%,中国21.9%,韓国14.9%,日本3.9% 「自分が優秀だと思う」 米国58.3%,中国25.7%,韓国10.3%,日本4.3% ※数値は「全くそうだ」の比率 (財団法人日本青少年研究所調査 2011年) 資料1:高校生の自己評価 高校生でこの状況であるから,その基本を身につけ る中学生でも同じ状況と考えられる。事実,生徒指導 面から見ても,自分を大切にできない,相手を貶める ことにより自分の立場を確保するというような生徒同 士のトラブルは増加している。 そこで,生活における基本技術を学び,ものをつく り,道具やものを大切に扱うという感性を育む技術・ 家庭科(技術分野)の専門性と授業の特性を活かし, 授業の中でセルフエスティームを高めていく方法を探 った。 3.授業におけるセルフエスティーム 本校では技術・家庭科(技術分野)の中にある4分 野のうち「A 材料と加工に関する技術」において, 4人1グループで共同作品に取り組んでいる。製作物も SPF材(6フィート)を材料にして比較的,大きなもの を作っている。製作物のテーマは「学校で役に立つも の」としている。「役に立つもの」を考えていくため には「何があると便利なのか」「何に不便を感じてい るのか」を見つけなければならない。また,よりよい ものを作るためには同じグループ内で相談が必要にな り,意見を戦わし,ある時は自分の意見を譲り,ある 時は積極的に推し進めることが必要になり,自然とコ ミュニケーションが生まれると考えた。また,大型の ものを作るためには協力が不可欠になる。そのため生 徒同士の交流が生まれセルフエスティームを高めてい くための題材として最適であると考えた。 授業の中でセルフエスティームを高める取り組みと して下記の2点に絞った。 ①グループで相談しながら協力して取り組む ものづくりに際して「自分は不器用だ」と思ってい る生徒は多い。その多くは「ものを作る必要がなかっ た」「作る機会がなかった」という経験不足による 「できないかもしれない」という不安であり,実際に 製作をしてみて「できなかった」という失敗に基づく ものではないことが多い。 個人作品に取り組ませると「上手に出来ないかもし れない。」「作ったことがない」という不安を抱えた ままの作業はその進み具合も遅い。また,自分の手元 に集中してしまうため,周りを見ることが少なく,小 さな作業空間で完結してしまうことが多くなってしま う。 個人作品に比べグループ作品は「自分でやり遂げ た」という実感は少ないかもしれない。しかし,グル ープ作品にすることにより個人での設計や機能,構造 面,作業への取り組みなどを振り返り,仲間と相談す ることにより互いの良いところで補い合い,レベルの 高いものに仕上げていくことができると考えた。また, 作業の中で,一人では気がつけないようなところを指 摘し合ったり,協力して修正しあえ,セルフエスティ ームを高めていくことができると考えた。 写真1:班で相談している様子 授業の中で相談した結果,製作品の設計が変化して いった様子を資料2に示す。 最初,個人で考えてきた作品は脚が4本,その上に 座板がのるシンプルなものである。それを班で作ると 決定した段階で設計図を練り直しが始まった。 ・このままでは脚がグラグラするではないか →脚の数を変えてみてはどうか。 →脚が揺れないよう横に材を一本,通そう ・材料の中に座板になるような板材がない →椅子をやめよう。 →基本材を使って板材の代わりにしよう
技
術
・
家
庭
・寸法はどうするのか →一人用と二人用で大きさが違う →大きさを決めよう。 ・いすの高さはどうするのか →大きな椅子が作りたい →技術室のいすを基準にしよう などの意見が飛び交い,何度も検討している中で,意 見を取捨選択し,製作ができる段階に入っていった。 設計図を相談し合っているので,形が頭の中にイメ ージできており,その後の作業については,工具の使 い方の上手い下手はあるものの,作業そのものはスム ーズにできた。 ↓ ↓ 資料2:相談の中で変化していった設計図 意見を出し合うだけでなく,作業においても協力し て製作するように配慮した。 小学校や家庭で板材や小さな角材を切断したり,つ ないだりした事はあっても,椅子や机などのサイズの ものを作る機会はほとんどない。そのため全員の生徒 が初めての取り組みとして「どうしよう」「何ができ る」「どうやって作ろう」というところからはじめる ことができる。また,大きなものを製作させることに より班員が協力しなければならないようにした。 大きなものを製作するためには,材料を一つ運ぶに しても協力が不可欠になる。一人よりも仲間と協力し た方が作りやすいということに気づき,「切るのは苦 手だからお願い。そのかわり穴あけはやる。」「ここ を持って(補助して)ほしい」「この部分を取り付け るので押さえておいてほしい」と協力を促すことがで き,班内でのコミュニケーションが図れると考えた。 今回は基本材料(班で確保されている材料)として SPF材(ツーバイフォー材)6フィート(1820㎜) を3本,SPF材(ワンバイフォー材)6フィート(1 820㎜)を1枚をグループの材料とした。重さは中学1 年生には重いものであり,材料を運ぶのも大変である。 しかし,一人ではできない作業も二人なら楽にでき, 班のメンバーで協力したり,作業を分担すれば,早く 作業ができることも経験させるようにした。(写真2) 写真2:協力して組み立てている様子 ②作品を相互評価をする 交流の範囲を班の中にこだわらず,他班の作品を見 ることにより,自分たちの作品にはない面白い発想や 工夫をみつけやすいと考えた。ただし,設計が終了し てしまうと材料の関係もあり,変更はしにくくなって しまう。そのため,設計をしている段階で交流する時 間を入れるようにした。 セルフエスティームを高めるためには自分の考えを 認めてもらい,相手の考えも認めていくことが大切で あるが,その際に忘れてはいけないのが「正しく認め
る」ということである。 ただ相手を褒める,何でもかんでも受け入れるとい うことではない。もし,間違いがあればそれをしっか りと説明をして正していくことも大切であり,受け入 れられないことは理由を明確にして拒否することも必 要であると考える。自分自身が思っていること,考え たことを正しくないと言われるのは心地の良いもので はない。しかし,「製作」という目的のもと,相手の 考えをしっかりと受けとめ,自分たちの工夫につなげ ていくことは大切である。 そこで,設計の段階で考えた事をアドバイスをもら い,自分たちの発想と照らし合わせ,「共感できる (できない)アドバイス」「自分たちの作品に使える (使えない)アドバイス」の四象限に分類し,アドバ イスをまとめ,自分たちの作品に反映できるもの,役 立つアドバイスを見つめ,設計に活かしていけるよう にした。(写真3) また,作品の完成後も工夫の余地がないか,さらに よい作品にするためにはどうすれば良いのかを考える 時間を設け,設計の段階でアドバイスしたことにより どのように変化したのか,またはアドバイスが使われ なかったのかを意見交流するようにした。 写真3:他班からもらったアドバイスをマトリク スに整理したもの 4.指導計画 セルフエスティームを向上させるための取り組みを 取り入れた指導計画を紹介する。資料3は昨年度およ び本年度「A 材料と加工に関する技術」分野で取り 組んだ指導計画である。 資料3 製作の計画と取り組み
A 材料と加工に関する技術 製作の計画
観点別の評価基準
意欲態度 創意工夫 生活技能 知識理解
木材について
○
木材の特徴調べ発表
実習作品を考える
○
個人作品の検討
実習作品の決定
○
個人作品案の持ち寄り、班での相談
加工方法を考える
○
加工方法の工夫。簡単に作る工夫
けがきについて
○
けがき実習
○
○
けがき作業の分担と取り組み
切断について
○
切断実習
○
○
切断作業の取り組みと協力
切削、穴あけについて
○
切削、穴あけ実習
○
○
穴あけ作業の取り組みと分担
部品の検査と修正
○
組立について
○
○
⑬組立実習
○
○
組み立て順の工夫
⑭組立実習2
○
○
組み立て順の工夫
⑮表面と角の仕上げ
○
○
⑯作品の評価
○
作品の交流
学習内容
セルフエスティームを高める取り組み
5.指導を通して 作品を完成させた後,作品についての交流をおこな った。(資料4) そのときの生徒の感想を何点か掲載しておく。 初めて,大きな作品を作りました,失敗した部 分もおおかったけど,楽しく,工夫して作れたと 思います。ものを作るのが苦手な部分もあったの ですが,班で協力して作ることによって,それぞ れの得意なところをいかして作れました。完成さ せてみて,少し不安定で割れてしまったところも あったのですが,補強をしたところや構想図通り に作れたのは良かったと思います。 私は「ものづくりの現場」に立ち会ったことが技
術
・
家
庭
なかったので,何もかもが新鮮で,とても面白か ったです。大きなものは,小さなズレがあとから とてもひびいてきて,非常に正確さが求められる 作業だと実感しました。協力と一言で言っても, 作業はそれぞれで独立していたので,一つ一つの 細かい作業がいかに大切かを知ることができまし た。私としては「あたたかみのある作業」が目標 だったので,手触りの良さと滑らかな曲線を作れ るように努力しました。 大きなものを作るのはとても大変でした。まっ すぐな棚ではなくAの形のように斜めにするのが 難しかったです。 やっぱりこれほど大きなものは一人では作れませ ん。班のみんなで協力してできた棚だと思いま す。強度を強くするため新たに木を組み合わせ て,思ったより時間がかかったけれど,オリジナ ルの棚が作れて良かったです。 班で取り組むことでたくさんのアイデアが出て きて,いい作品ができたと思います。班でこんな 大きなものを作って,完成したあとの達成感が個 人よりもあったと思います。座っても頑丈だし, 3人ぐらいが座っても壊れなかったので,いいも のを作れたと思います。 大きなものを作って,組み立てとやすりがけが 難しかったです。また,最後の微調整の時間をも っと少なくできたらいいと思いました。協力して 作って感じたのは,ここまで早くできたのは自分 やみんなに一つの作業を集中してできたからだと 思います。 グループ作品で取り組んだため,完成したときの充 実感は個人作品よりも低いのではないかと考えたが, 予想に反してグループで作ったからこその「みんなで 作った」という充実感を感じたようである。その充実 感とあわせてセルフエスティームを向上させることを 意識しながら授業を展開したが,生徒の感想を見る限 り,概ね何らかのことを感じ取って作品作りを終える ことができた。 資料4:班交流での用紙 しかし,本年度,取り組んでいる中で下記のような 課題を残した。 ①授業人数の問題 本校の技術・家庭科は学級を半分に分けて20名で授 業に取り組んでいる。そのため,4人グループで5班の 構成となる。 この人数であると下記のようなメリットがある。 ・作業空間がゆったりととれる ・大きな材料を使い,大型の作品も作成可能である。 ・事故につながる接触を避けることができる。 ・教室内を移動できる余裕も生むことができ,交流 がしやすくなる。 ・教師側もしっかりと見渡すことができる。 現行の40人学級であると班の数が倍になり,意見交 流などで班ごとに5分間に絞って発表しても40分以上 かかってしまうことになる。授業時間内に納めること が難しくなってしまうのである。 セルフエスティームを意識させる際に,他者の意見 をじっくりとその内容を租借する時間が必要となる。 単位時間当たりの人数が少ないとその時間を確保する ことができる。そのためにも少ない人数で取り組むこ とは有用であると考える。 グループ学習,相談学習という学習形態のみを考え ると人数が多くても同じ取り組みはできるであろう。 しかし,一人一人の考え方を大切にしながら授業を展
開していくとなると人数が多いのは難しくなる。 また,学級を半分に分けて授業に取り組んだ場合, 教師の持ち時間数は当然のことながら2倍となり非常 に多くなる。この形で組めるのは学年が3学級までの 場合のみであり,多くの学校で技術分野担当の教員が 1人である現状を考えると実行していくのは難しい。 ②時数の少なさ及びそれに伴う弊害 現在,1年生の技術・家庭科は年間70時間の構成と なっている。技術分野,家庭分野に分かれるため実質 は年間35時間となる。 この時数であると年間が35週と考えるため,1時間 で毎週取り組むか,2時間続きにして2週に1回取り組 む形となる。本校では後者をとっているが,この場合, 1時間目に説明などを行い,2時間目は,すぐに作業に 取りかかることができ,その時間内での説明から作業 への流れを効率よく進めることができる。 しかし,生徒の立場で考えると,授業の間に2週間 のブランクがあり,授業の内容や作業の進み具合を忘 れている割合が大きくなってしまう。前時を喚起する ために復習から入るように心がけているが,「前回, どこまでやったかな」と首をかしげる生徒が多いのが 現実である。せっかく工夫し良い発想が生まれても, この2週間という間に薄れてしまうこともある。その 点が大きなネックになる。 また,今年度はお互いの意見を尊重しあい,じっく りと設計が練るように交流の時間とその意見を検討す る時間を多くとった。そのため,設計においては様々 な意見を取り入れ,良い工夫が見らた。設計図からも 生徒達の考え方の変化を感じ取ることができた。ただ し,限られた時間の中で,1つにウェイトを置くと, 他方のウェイトを軽くする必要がどうしてもでてくる。 今年度の場合は道具を使っての作業時間を短縮せざる をえなかった。 長い時間があれば,良い感性ときれいな作品が出来 上がるというものではない。しかし,もう少しゆった りと作業時間があると作品そのものが変わったかもし れない。(写真4) 写真4:作品の修正しておきたかった場所を指摘 6.まとめ 本来,セルフエスティームは授業のみで高めていく ものではない。家庭での基盤があり,そこで芽生えた 意識を,地域社会や学校などの集団の中で磨き,様々 な経験を積んでいくなかで大きく育っていくものであ ると考える。 しかし,相手の表情や態度からの機微を通さない電 子機器の普及や地域社会への所属感が薄れていると言 われる昨今,直接,生徒同士が顔をつきあわす学校 (授業)の中でセルフエスティームを高めていく取り 組みは大切である。 よりよい生徒像,人間像を目指して今後もセルフエ スティームを高める取り組みをしていきたいものであ る。 <参考文献> *1 「日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか」 古荘純一著 光文社新書 2009年 「日本の子どもと自尊心」 佐藤淑子著 中公新書 2009年 「自尊心という病」 町沢静夫著 双葉社 2000年 「生きがいの探求」 ウィル・シュッツ著 ダイヤモンド社 1991年 「セルフ・エスティームをはぐくむ 技術・家庭科教育」 安藤茂樹著 明治図書 2006年