日本 におけ る中世 ・ルネサ ンス理解 の一断面
- 高 校 世 界 史 教 科 書 周 辺 の資 料 を 中 心 と して-中 田 佳 昭Ⅰ.
は じ め に 、1、 ル ネサ ンス研究所 は,1984年 9月29日, 30日の定例総会の際,
「世界史教科書 に見 る中世 (2) とル ネサ ンス」をテーマ として シ ンポジウムを行 った。同研究所 が この年 の シ ンポジウムの ために この よ うなテーマを選ぶ よ うにな った契機 は, 研究所副所長, P.ミル ワー ド上智大 学 教授 の次 の よ うな示唆 に よってい る。‥‥ when lread my students'reports,I sometimes come across strange statementsabouttheMiddleAgesinwhichfactandfictionareinextricably linkedtogether. Themediaevalperiod,theyassert,wasadarkandbar ba-rousone. Learningwastheninthehandsofpriests,who wished to keep the people inignorance. The socialsystem wasfeudal,and the common peoplelived in a condition ofslavery-- W hen I丘nd myselfpresented
(3)
with suchapictureoftheMiddleAges,Iam altogetherbewildered.
Onpassingfrom the Middle Agestothe Renaissance,I丘nd a similaryet contrarycauseofbewildermentto thatIhave justmentioned in the last chapter. HereonceagainmyStudentsofferme a generalinterpretation of theRenaissance Ifinddifhculttoreconcilewiththefactsofthe period as lknow them ‥‥一outofthedarknightofmonkishignorancethereappe ar-edanew dawnoflearningandknowledge;andoutthewinterofreligious superstition,thereappeareda new sprlngtlme Ofhumanism and enligh t en-ment‥‥ W hereasthe Middle Ageshad been an era ofreligiousfaith, centredonbeliefinGod,theerathatwasnow dawning over Europe put Manandhumanreasoninthecentreofthings. W ith the breaking ofthe shacklesofreligion,menfeltanew surgeoffreedom,apowerfuldynamic
(4)
urgetobuildanew world.'
ミル ワー ド教授 の驚 きと困惑 は,氏の
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0
年 に及ぶ 日本 の大学 におけ る英文学 の講義の経験 に基 いた ものであ る。氏は シ ンポジウムのために別途に,
「高校 の世界史教育 と, 学生 の中世 ・ルネサ ンス観- TheTeachingofW orldHistoryinJapaneseSchools」 について の学生 の レポー トの抜粋 を準備 し, これを報告 された。次 はその中の典型的一例である。
Mymemoriesabouttheclassofworld history were mixed up and remain very fragmentary and uncertain,because ofa large amount ofmemories whichIcrammed forthe entrance examinationsofuniversities. So when askedwhatIrememberaboutthe Middle Agesandthe Renaissance,Ican onlyanswerthattheperiod ofthe Middle Ageswasaperiodoffeudalism whenpeasantsweretreatedasserfsbyfeudallords,andthattheperiodof theRenaissancewas丘lledwithenergyandfreedom,andpeoplemademuch ofman,contrarytothepeopleoftheprecedingperiodwho made much of God. ミル ワー ド教授 の驚 きが我 々自身 の もの とな ったのは,歴 史教育 の現状が シ ンポジウムの ために研究,報告 に携 った者 の大半 が高校教育を受 けた約
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0
年前か ら殆 ん ど進展 していない のではないか とい う認識に よってであ る。殆 ん どの学生 が述懐 してい る歴史的事実 の詰込み 主 義 もさることなが ら, 中世 を暗黒,ル ネサ ンスを光 明の夜 明け とみ る単純 な歴 史観がいま なお 自明の定説 として信 じられてい るのであろ うか。そ して もしそ うだ とすれば,その原因 は どこに存在す るのか。本稿 は シ ンポ ジウムにおけ る 「教科書周辺 の資料 に見 る中世 とル ネ サ ンス」 と題 しての研究,報告に補筆,修正 を加 え, さらに こ うした中世 ・ルネサ ンス理解 の現 状が, 日本人 の ヨー ロッパ理解 とい う広 い範囲において含む問題 は何 なのかについて考 察 しようとす るものであ る。 Ⅰ. ル ネサ ンス論 の系 譜 自明な ことではあるが,中世 の人 々が 自らの時代 を中世 と, ル ネサ ンス期の人 々がその時 代 をル ネサ ソス と呼 んでいたわけではない.いつの時代 の人間に とって も, 自分達 の生 きて い る時代は現代 であ り,各時代-の レッテルは後代の命名 であ る。では一体,中世 とル ネサ ンスが一般 に理解 されてい る よ うな形 において定位す るよ うにな ったのは どの よ うな経緯に よ り,又 いつ頃の ことなのか。教科書周辺の資料, さらには教科書 その ものにおけ る中世 ・ ルネサ ンス観の現状 とその拠 るところを明 らかにす るために, まずその変遷を概観 してお く のが便利 であろ う.いわば, くル ネサ ンス観 の歴 史) とい うス ク T)- ンを背景に, く日本 の ル ネサ ンス観の現状)を透 し見 ることに よって,問題 が よ り明確 な形 において理解 され うる にちがいない。調査 に よれば, 中世 ・ル ネサ ンスについての議論 は, お よそ次 の3つ位の史 観 に基 いて展開 されてい る よ うに思われ る。 〔1〕
まず第1は,Renaissance とい う言葉,さらには概念の成長過程に従 って跡付け られ中田 :日本における中世 ・ルネサンス理解の一断面 89
る。それは Petrarch,Giotto等 を経 て Livesof theM ostEminentItalianPainters, Sculptorsand Architects....(1550)において初 めて (復活-Rinascita〉 とい う語 を 使 用 した とされ るフ ィレンツェの美術家 GiorgioVasariよ り¢H.ち.Stendhal,∫.Ruskin, G.Voigt等 のル ネサ ンス観形成の潮流 の中で, History of Francevol.Ⅶ (1855)の副 題 を 「The Renaissance」 として,それを く世界 と人間の発見)の世紀であるとした フラン スの文化史家JulesMicheletく〉そ して,名著Civiligαtionof theRenaissanceinItaly (1860)に よってルネサ ンスに時代概念 と内容を与 え,総合的性格づけを行 ったスイスの文 化史家 JacobBurckhardt を頂点 として, さらには H.Taine,ThePhilosophy of Art inItaly(1866),A.Symonds,RenaissanceinItaly(7 vols.,1875-86)等に至 る系譜 であ る。 勿論 これ らの人 々のル ネサ ンス観を一 つの系譜 に属す るもの として単純化す ることの危険 性 は十分に認識 されなければな らない. しか し ミル ワ- ド教授 が驚 きを持 って指摘す る日本 の現状 を見 る限 り,進歩史観 を反映 したいわゆ る くル ネサ ンス神話)が,直接,間接 に この 系譜 に多 くの拠所 を求めてい ることは疑いの余地 がない よ うに思われ る。逆説的な言 い方 を すれば,Burkhardtニブル ク-ル トの影響 がルネサ ンスを作 った とも言い うるわけだが,そ の影響 の甚大 さについて,例 えば EncyclopediaBritannica は次の ように記 してい る。
Burckhardt'sRenaissancehasbecome,toa remarkable degree,theRenai s-sance. Thisisnomere丘gure ofspeech:formostpeople,thatparticular historicallandscapeisfirstviewedwiththecon五gurationsand coluorsthat Burckhardtgaveit,andformanyitisalltheyeversee.Evenscholarswho takeissuewithBurckhardt'sinterpretationareobligedtoもgh tonhisground - toformulatetheir own findings in termsofthevalidity orinvalidity
(5)
ofhisconcepts.
か くして,ル ネサ ンス論 が ブル ク-ル ト史観 を中心 として展開 され る事態 が現 出 され るこ とにな ったのだが,その史観 を再 び引用 に よって整理す る と :
Burckhardtfairlyandfirmlyassertedfourpropositions:therewasindeed a Renaissance,ade丘nableandimportantmomentinthespiritualandmaterial evolutionofW esternman;thismomentwassharplyopposedtotheMiddle Ages;theRenaissanceinauguratedthemodernworld;anditwasaproduct
(6)
initiallyoftheItalianpeople.
〔2〕 ブ リタニカか らの引用に も明 らかな如 く,第 2のルネサ ンス観は こ うした ブル ク-ル ト史観 に対す る形 であ らわれ る。 これ は19世紀末か ら20世紀前半の連続史観の台頭に伴 う
もので,主 な る批判 は中世 とル ネサ ンス との問 を画然 と分断 し,ル ネサ ンスを独立的現象 と して捉 える考 え方 に向け られてい る。 この説 の支持者達 はル ネサ ンスの形成 され る過程 を問 題 として,その源流 を中世文化 の中に尋ね よ うとす る, い わ ゆ る 〈限掘 り論者-W urze1 -forscher)の系譜に属す ると考 え られている。名前をあげれば, TheRenaissance(1817) の著者 W .Pater, Francisof Assistand theBeginning of theRenaissanceinItaly
(1885)に よって, アシジの聖 フランチ ェス コにルネサ ンス芸術の源流を求め よ う と す る H.Thode,ルネサ ンスの成立をキ リス ト教 の復活思想 と古代 ローマ復興 の理想 との合 流 点 に見 よ うとす る K.Burdach,Senseand,Originof theW ordsRenaissanceand Refl ormation(1910), さらに TheRenaissanceof the Twelfth Century (1927) の H. Haskins, そ してすでに有名 とな った定 義に よって, ル ネサ ンスを く中世 +人間)ではな く (中世 一神) として負の側面か ら把捉すべ きだ とす るE.Gilson,M ediaevalHumanism and theRenaissance(1932)等 々。 勿論 これ らの主張 の中には, ブル ク-ル トの言 うルネ サ ンスにおけ るイタ リアの優位性 に対 して疑問 を呈 してい るもの も多い。 〔3〕 第 3の史観は,当然の ことなが ら前 2説 の折衷説の形を とる。それはルネサ ンスは その複雑性のゆえに新 旧諸要因 の並行現象 の うちに,複数主 義的に捉 えるべ きだ とす る主張 であ る。名著 『中世 の秋』の著者 であるオ ランダの歴史家
J
.
Huizinga を この説の主唱者 とす ることには異論 もあ るが,彼 の次 の言葉 は こうした考 え方 に よるルネサ ンス理解 を よく 表 す もの として しば しば引用 されてい る。 文化要素の回転 と動揺,移行 と混清, これがルネサ ンス像 の中にひ しめいてい るもの だ。一 つの公式 で表現 され うるよ うな精神 の無条件 の統一性 を求め る人 は, どんな言 葉 を使 って もルネサ ンスを理解 で きないだろ う。なん とい って もまずル ネサ ンスをそ の錯綜複雑性 において,異質混合 の中で,対立性 を考 えて把握す る よ う, また設定 し (7) た問題 に複数主義的取 り扱 いをす る よ う心 がけ るべ きだ。 この第3の考 え方 については,折衷主義 とい う史観の性質上 い まだその総合 が十分にな さ れ ていないのが現状 と見 うけ られ るo Lか しルネサ ンスを中世 と一線 を画 した, あま りにス タテ ィックな,優 れてイタ リア的現象 として捉えるブル ク-ル ト流 の見方 に も,ルネサ ンス の源流 をあま りに も中世 の奥深 く探 ろ うとす る極端な根掘 り論的主張 に もそれぞれ問題 があ って,そ こに新 しい総合 の必要性 を唱え る史家のあ らわれ る所以がある。 ルネサ ンス観の歴 史 を知 るのに極 めて有効 な書物 とされ る The Renaissance in HistoricalThoughtの中 で,W .K.Ferguson は次の ように述べ ている。Through allthe recentinterpretationsofthe orlgln
S
,motive forces,and basiccharacterofRenaissance civilization,the majortrend ofrevisionism中田 :日本における中世 ・ルネサンス理解の一断面
has been to break down the contrast between the Renaissance and the precedingera.Thishasbeenonthewholea healthy tendency,sanctioned byourmodernconvictionoftheevolutionarynature ofhistoricaldevelop一 ment. Inextremecases,however,ithasledtothethesisthatthe Renais・ sancewasmerelyacontinuationoftheMiddleAges,aninterpretationsurely asone-sidedasBurckhardt'sbeliefthatitwasthedawnofthemodernage
,
andbasedonasrestrictedaselection ofdata. There isundoubtedly more truth in the compromise solution,frequently implied orstated in passing comment,thattheRenaissancewasanageoftransition.ButtIlisthesishas(8)
yettobeworkedoutinafullsynthesis.
91 最初 に述べたルネサ ンスについての3つの考 え方 とはお よそ以上の よ うな ものであるが, 勿論 これがすべ てで,確定的な もの とは言 えない し,又 そ うした分類,説 明が可能だ とも思 われない。 なぜ な らば, ルネサ ンスについての捉え方 の複雑 さは, まさにホ イジ ンガの言 う ルネサ ンスその ものの複雑性 を反映 してい る と考 え られ るか らである。 したが って
,
「教科 書周辺 の資料 に見 る中世 とルネサ ンス」を 目的 とす る本稿 の この章 においてほ,中世 とルネ サ ンスの問題 がお よそ那辺にあ るか とい うこと,そ してそれが一方 が闇,一方 が光 とい った 単純 な理解 では解決 されない複雑 な問題 を含 んでいることが理解 されれば, それで 目的 は達 せ られた としなければ な らない。 Ⅱ.教 科 書 周 辺 の資 料 に 見 る中 世 とル ネ サ ンス 次にい よい よ調査 の報告に移 るわけであ るが,一 口に教科書周辺 の資料 とい って もその量 は膨大な ものにのぼ る。ために報告は結局一種 サ ンプル調査 に よるかの感 を まぬがれ得 ない のであるが, それに して も現在一般 の人 々が手 に し うる書物 において,中世 ・ルネサ ンスが どの よ うに扱われてい るかについての概観 を得 ることはで きてい る よ うに思われ る。調査 は 一応資料 を次 の7種類に分けて行 なわれた。 1・ 『世界の歴史』 とい った歴 史講座 の類 1 5・ 一般教養書 の類 ∴ : ∴ 一 一 日 〔1〕 歴 史講座 『世界 の歴史』の類 の資料 よ り 対 象 とした資料t>① 『講座世界史』(岩波一全31巻),
『世 界の歴 史』各 々 ② (講談社一全25巻),③ (筑摩一全17巻),④ (中央公論社一全17巻),⑤ (河出書房一全24巻)等。 こ うした シ リーズは,通史,概説 とい った類 の もの と比較 して,それぞれの分野,時代 の 専 門家がそれぞれの立場 か らか な り詳細に記述 してい る 「歴 史講座」 とい った性格 を持 って い る。ために中世 の専 門家 は中世 の意義を,ルネサ ンスの専門家はルネサ ンスの意義を強調 す る とい った傾 向は否足 しがた く, その他 の立場 を とろ うとす るものについては,前節第3 の史観 に依 る記述 も多い. シ 1)-ズ ごとに概観す ると : (1)『岩波歴 史講座』¢ 中世 ヨー ロッパ世界に3巻をさき,か な り詳細に取扱 っている。第 10巻 『中世 ヨー ロッパ世 界Ⅱ』には,「12世紀ルネサ ンスと西 ヨー ロッパ文明」 といっ た 章 があ り, ホイジ ンガ, - スキ ンス等 を引用 しなが ら12世紀の重要性 を強調 した次 の よ うな記 述が見 うけ られ る。 1. 12世紀 は西 ヨー ロッパ史 に とって実 に大 きな意味 を持 つ時代 であ った。それはま さしく西欧世界 の離陸 の世紀 と称 して まちがいない. ここに個有 な意味 での西 ヨー ロッパ文 明の基礎 をなす, さまざまな文化的基盤が準備 されたのであ る-.- この よ うに12世紀は西 ヨー ロッパがは じめてギ リシ ャ ・ローマの古典文化 を本格的に移入 し,それ らを 自 らの うちに "再生" して来た文字通 りの意味 での 「ルネサ ンス」の 時代だ ったのであ る。〔p.151,154] 普通 のルネサ ンスは この シ リーズでは 『中世 ヨー ロッパ世 界
Ⅴ
』の巻末において扱われ, そ こでは, ミシ ュレ, ブル ク-ル ト, トーデ等 々のルネサ ンス観が紹介 され,学説史的配慮 がな されてい る。ちなみに宗教改革 は 『近代Ⅰ
』にて扱 い。 (2) 『世界の歴史』(講談社)C> 第8
巻 『ヨー ロッパ世界 の成立 』にて中世を扱 い,従 来 の 中世 ・ルネサ ンスの捉え方 を批判 した次の よ うな記述があ る。 2. ヨー ロッパ は,
「中世 ヨー ロッパ」 プラス 「近代 ヨー ロッパ」ではないO ヨー ロ ッパ はひ とつであ って,十世紀をす ぎた ころ形成 の緒 につ き,数 次の転相 を重ねて 現在にいた る。-・.・・あえてい うな らば ヨ- ロッパ人 は,昨今 よ うや く自分たちの, つ ま り近代 のめ っきで,
「中世 ヨー ロッパ」 を裁断す ることを止 め た の で あ る。 〔pp.ll-12〕 3. 後代 の歴史学 が 「ル ネサ ンス」を時代区分 として とらえ,19世紀中葉, スイスの ギ リシャ史家 ヤー コプニブル ク- レ トが,時代 としての概念に内容 を与 え,
「人間, 自然,世 界の再生」 と言葉 の含意 をひろげた。 これが混乱 の もと で あ っ た。〔pp. 395-396〕中田 :日本における中世 ・ルネサンス理解の一断面 第15巻 『近代 ヨー ロッパ-の道 』には,中世か ら近代への移行について :
4
.
「中世」か ら 「近代」-の転換 は,同 じ 「ヨー ロッパ世界」の内部での こと な の だか ら-- 「断絶」 よ りもむ しろ 「連続」が問題になって くるだろ う。〔p.3〕
5. ヨー ロッパの中世か ら近代への移行 は古い もの と新 しい もの とが複雑に まじった 長い過渡期の中で しだいに行なわれた と見 るしかない--・〔p.4〕
93 ここに述べ られているのほ明 らかにブル ク-ル ト流 の史観に対す る反論であ り,ル ネサ ソ スが急に花開いて近代の幕があいた とい う捉え方 は否定 されている。 この巻では,ルネサ ソ スについて,芸術,学問の点か ら数頁を さいているのみで,ルネサ ンスとい う見出 しの章す らない。 この ことは,ルネサ ンスを時代概念 として捉えること-の反対 と,その 運 動 を 芸 術,文化の範囲に限 るべ きだ とい う主張 を象徴的にあ らわ している。 (3)『世界の歴史』
(筑摩書房)¢ 第9巻 『ルネサ ンスと宗教改革』。 〔ルネサ ンスと宗教改革 が ここでは一緒に扱われているが,岩波 では,ルネサ ンスは中世,宗教改革 は近世で扱われ ていた ことに注意。 2つの運動 を同一線上で見 ることに反対の主張 もある。〕 近代の幕 明け としてのル ネサ ンス観について述べた後, その複雑性について次の ような記述 が見 られ る。 6. とはいえ,そ うした運動 は中世のあいだに しだいに準備 された ものであ って,中 世 との連関なしにルネサ ンスは論 じられない。〔p.1〕
7. ホ イジ ンガはルネサ ンスを複雑,異質性,矛盾 の相において とらえる た め に は 「複数的 と り扱い」を用意すべ きだ, とい った--ルネサ ンスがいかな る解釈を も 許すほ どにゆたかな内容を もっ ことは否定 できない。〔p.1〕
この巻においては,上述の引用 の如 く,ルネサ ンスを く近代の序 曲) としてそのvariation を味わ うことを編集方針 とした 旨が記 されてい るが 「イタ リア ・ル ネサ ンス」の章 は,強 く 従来のルネサ ンス観を弁護,時 には極めて anticlericalに中世 を批判 した記述に 満 ち て い る。8
.
これ (トーデ)以来ル ネサ ンスのは じま りを中世世界の うちに求め ることが流行 した。それに熱中す る連中を私達 は 「根掘 り屋 (Wurzelforscher)」とよんでいる。 「始源探求者」な どと訳 さないのは,かな り軽蔑 の意味を もってい るか らである。 9. -スキ ンスはそれ (12世紀)をルネサ ンスの名で呼 んだ。 しか し, この時代 にラテ ン古典 の復活や法学 ・医学 ・科学 の復興 な どがみ られ るに して も,キ リス ト教の わ く内で復興 したの と,教会それ 自体 の体系に対す るはげ しい否定 の精神を基礎に してな された とい うことには根本的な差がある。〔p
.6〕
10. ルネサ ンスの精神 は複雑であ り, まが りくね っているし,前後論理一貫 しない-その中でただ一つ共通 した ものは,坊主たち, とくに托鉢僧団の僧侶に対す る激 し い反感である。〔
p.
3
2
〕
ただ し, この巻の巻末には,ルネサ ンスのvariationを提示す るとい う巻頭 の編集方針に そ って,
「ルネサ ンスをめ くtlって」 とい う5人か らな る座談会が掲載 されて い て,座談者は 次の よ うな意味 の結論に達 している。 11. ルネサ ンスを感性の解放 として,あま りに近代化 した過大評価はゆ きす ぎである。〔
p.
3
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0
〕
12. ルネサ ンスは宗教運動ではな く,反教会主義で もな く,美的で, カ トリックと調 和 を保 って発展 した。〔
p.
3
0
0
,3
0
1
〕
(4),(5) 『世界の歴史』(中央公論),(河出書房)○ 中央公論 は第7巻 『近代 - の 序 曲』, 河出書房は第12巻 『ルネサ ンス』。 後者 は 「ルネサ ンス」のタイ トルのもとに, 宗教改革, 地理上 の発見を同一線上で論 じ,すべてがルネサ ンス精神に よって導かれたかの如 き印象を 与 え る扱いを している.中公版 も内容は同 じ。双方 ともペ イパ ー ・/ミックで出版 さ れ て お り,発行部数 か らいって もかな りの影響力を持 つ ものと考 え られ る。 これ らの内容は,いず れ も,激 しい中世批判 とルネサ ンス賛美に貫かれていて,既 出 の 筑 摩 くイタ リア ・ルネサ ンス〉を含めて同一著者の筆になるものである。1
3
.
人 々が封建制の束縛か ら離れ るためには, まず 自分達の精神を解放す る必要があ った こと,すなわち封建支配の道具 とな っていた カ トリックの教義 と道徳か ら解放 す る必要 があった こと。最後に大切 なことだが, こ うい う利己的態度は偽善 とにせ 道徳への反抗 として生 まれた こと---こ うい う悪逆無道に見える行動 は,実 はほ と んど教会の腐敗に対す るいきどうりか ら出ているのである。
〔『近代-の序曲』(中 央公論)p.
3
5
〕
14. それ (ル ネサ ンス時代の人 々の行動)を貴 いているのは,修道僧を典型 とす る偽 善者や,たて まえ主義に対す る激 しい反感 である。 これが中世に対抗 したルネサ ン スの本質なのだ。 〔同上p.
5
5
〕
中田 :日本における中世 .ルネサンス理解の一断面
1
5
.
ルネサ ンスの本質は,その (教会)偽善に対す る憎 しみにある。ルネサ ンスの文 献は名種各様 の主張に満ち, どれが主流か言いがたいのだが,教会 と僧侶に対す る 極度 の憎悪 とい う点ではみな一致す る。 〔同上p.
1
1
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〕
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6
.
暗闇か ら光に満ちた世界-の第一歩。それがル ネサ ンス とよばれ るものなのだ。 ルネサ ンス,それは人間が真に人間 として生 きることをめざす,精神や文化 の世界 の夜明けをつげ る史上最初 の運動だ ったのである。 〔『ルネサ ンス』(河出書房)
p.
1
3
〕
1
7
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(ル ネサ ンスは)や っぱ り暗いやみか ら這い出 した ヨー ロッパ の夜明けなの で あ る。 旧学説の ように中世を野蛮蒙昧 ときめつけ,ルネサ ンス と中世 の断絶だけを叫 ぶのは どうか と思 うが,ひ と晩寝ておきた らき ょうか らルネサ ンス とい うようなわ けにはいかない ことくtlらい,別に 「新学説」に教 えて もらわな くて もあた りまえの ことだ。ひ と りの人間です ら 「人 がかわ った ように」かわ ることもある。ルネサ ン スもいわばそ ういった歴史のかわ りかたなのである。 〔同上pp.2
6
-2
7
〕
〔
2
〕
世界史大系 ・世界文化史大系の類 の資料 よ り 95 対象 とした資料 ¢ ① 『世界史大系』(誠文堂新光社一全1
7
巻), ② 『図説世界文化史大 系』(角川書店一全2
7
巻), ③ 『世界歴史 シ ])-ズ』(世界文化社一全2
3
巻), ④ 『図説世 界の歴史』(学習研究社一全6巻), ⑤ 『日本 と世界の歴史』(学習研究社一全2
2
巻)等 々。 こうした シ リーズは,写真,図版等が多 く,読者がすでに イメ-ジ として描いているル ネ サ ンスで売 ろ うとす るためか,(事実書名 自体がル ネサ ンス とされてい るものが多い こ と が その証左であるが)ルネサ ンスを中世の封建的, 宗教的束縛か らの解放であ り,
「世界 と人 間の発見」 とした ブル ク-ル ト流 の解釈に従 った ものが多い ように思われ る。「ルネサ ンス」 の書名のもとに,宗教改革,地理上の発見を扱 っているのが多いの もこの種 のシ リーズの顕 著な傾向 と言 っていい。 18. あ らゆる制限をの りこえ,あ らゆ る生活を享受せん との熱望 が, この人間解放 の ルネサ ンス時代には横溢 していたo Lたが って,それはまさに ミシ ュレのい った ご と く 「世界 と人間 との発見」の時代であ り, またル ターのいわゆる 「諸 々の事物 が まった く異 った状態にある, も う一つの世界が明けそめた」時代で もあった。〔『世 界史大系 vol
.9
-近世 の生誕』p.
2
6
〕
19. ルネサ ンス とは 「自然 と人間の発見である」 とい った学者がある。端的に意をつ くした名言で,ルネサ ンスのもつ意味 の大切な特質をいいきっている。 〔『世界歴史シ リーズ vo
l
.
ll-ルネサ ンス』p.
1
9
〕
基調は上記 の ようなものであるが,中には 『図説世界文化史大系』な どの ように くルネサ ンスの見方〉 とい う見出 しをも うけ,第2章で述べた種 々のルネサ ンス観を紹介 して学説史 的配慮を してい るものも散見 され る。 さらには くルネサ ンスの複雑性)に言及 した次の よう な記述 も時に見 うけ られ る。 20. そ こ (ルネサ ンス時代)には中世的な,近代的な, さらに また,いわば,ル ネサ ンス時代に特有 な,諸種の契機 の協力に よって織 りな された過渡期的性格が多分に ただ よってお り--・まさに 「複雑に して多面的運動」の時代であった といわなけれ ばな らず,ただ一つの原理,精神で, この時代の現象のすべてを 割 り き り,説明 しような どとは思いも及ばぬ ことであるといわなければ な ら な い。 〔『世界史大系 vol.9』p.20〕 〔3〕 西洋史概説 ・通史の類の資料 よ り 対象 とした資料 E>①東大教養西洋史 vol.Ⅰ,II (東京創元社), ②京大西洋史vol.III,Ⅳ (
創元社), ③西洋史概説 (東大出版), ④概説西洋史 (創元選書), ⑤西洋史通論 (創元社), ⑥概説西洋史 (有斐閣選書)等 々。 この種類 の資料については,大学 のテキス ト,あるいは参考書を 目的 とす る性質の ものが 多い ように見 うけ られ るが,一つの有力なルネサ ンス観を特定することは難 しい。ただ新 し い資料になる程 く単純に ブル ク-ル ト流の解釈においてルネサ ンスを理解す ることはで きな い) とした ものが多い といえる. 従来の中世 ・ルネサ ンス観に基づ く記述については, 『京 大西洋史Ⅳ一近世 の胎動』が代表的で,その内容は既に引用 した,筑摩,中公,河出の説明 と同様 で, これ らはすべて同一著者の手になるものである。 ここでは,中世 とルネサ ンスの 連続性について,あるいはルネサ ンスの複雑性について述べているものを紹介す ると : 21. 近来の中世史研究の発達 は,
「暗黒時代」の蔑称を1000年 の中世全般に冠す る 無 知を許 さな くなったが,中世文化の極盛期に見 られ る学芸の独 自性75.i,古典文化及 びルネサ ンス文化を過大評価す るための コン トラス トとして薄 明の中に見失われて ほな らない ことも言をまたない。(『東大教養西洋史Ⅰ』p.
1
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5
〕
22. ルネサ ンスも宗教改革 も,やは り,中世 の中で しだいに形成 されて来た ものであ り,従 って中世 の色彩を色濃 く帯びているのを忘れてはな らない・-- Burckhardt の名著 『イタ リア ・ルネサ ンス期の文化』に よって,ルネサ ンスは一つの歴史的時中田 :日本における中世 ・ルネサンス理解の一断面 期 と明確に規定 され,ルネサ ンスに対す る評価は確立 されたかに見えた。 しか し20 世紀に入 ると, ブル ク-ル トに対す る批判 も高 ま り,それにつれてルネサ ンス研究 もよ りくわ しく,正確 な事実をもとめて精力的に進 め られてい る。 〔『西洋史通論』 p.96〕 97 23. ルネサ ンス と宗教改革の新 しさを過大に評価す ることも問題 であ る-- しか し19 世紀の史観-の反動 として これ らをす っぽ り中世に入れて しまお うとす る傾向に, 全面 的に従 うわけに もゆかない・-・・ルネサ ンス と宗教改革 の時代に,中世がなお色 濃 く影を投げかけてい るのは当然 の ことであろ う。だがその ような中に も,近代の きざ しが一条の光の ように強 くさしは じめてい ることが重要 なのであ る。 〔『概説西 洋史』(創元選書)pp.212-13〕 又中には,政治,経済,社会史を中心 とした書物において,ルネサ ンスを単に文化方面に 限 られた運動 として捉え,わずか数ページをあててい るにす ぎない ものがあることを付加す る必要があろ う。 〔4〕 歴史辞典 (事典)の頬 の資料 よ り 対象 とした資料 ¢ ① 『世界歴史事典』(平凡社一全25巻,1954年), ② 『世 界歴史辞典』 (時事通信社,1954年), ③ 『京大西洋史辞典』(東京創元社), ④ 『世界史小辞典』(山 川出版), ⑤ 『世界歴史小辞典』(三省堂), ⑥ 『世界史辞典』(旺文社), ⑦ 『世界史 辞典』(数研出版), ⑧ 『世界歴史事典』(平凡社)等 々。 『世界歴史辞典』(平凡社一全25巻)の ような大 きな辞典 もあ るが, 大半 は handyな小辞 典 なため個 々の事項について十分なスペ-スを とっていず,ルネサ ンスについて も多 くてわ ずか半ページとい うところが殆 んどである。勿論中世 な どとい う項 目はあ りようもない。内 容 は, くルネサ ンスは古代ギ リシャ ・ローマに範をもとめて,中世の封建的なキ リス ト教的 人間観,世界観か らの解放を志向 し,世界 と人間を再発見 して,近世 の幕 あけ とな った精神 的革新運動) とい った記述が基調 とな ってい る。例 えば : 24. ルネサ ンス とは---古代の遺産が復活 して文運が興隆 し・・・・・・ローマ公教会の権威 が ぐらつ きは じめ, ヒューマニズムが高 らかに誼歌 された,あのめざましい時代の ことであ るが--・〔『世界史小辞典』(山川 出版
)
〕
25. (ルネサ ンスは)古典文化を指導理念 とす る人間性主張の文化運動。一般に 中 世 の暗黒,野蛮をぬけ出 した光明 と文化 の時代 と考 え られ る。 〔京大西洋史辞典〕特に引用24の ト ・-あのめざましい時代」 とい った表現には,すでに読者のル ネ サ ン ス 観を先取 りした姿勢が象徴的にあ らわれているもの として注 目に値す る。大体は調子の強弱 は別 として, こうした類の説明が多いのだが,文中にはい くつかの史観について公平に記述 した辞典 も見 うけ られ る。 特に 『世界歴 史事典』(平ノ、L社)は, 昭和29年刊行のものである がその中には次 の ような興味深 い記述がある。 26. ルネサ ンスの実体の最 も正 しくはなんであ るかは末だ十分に確認 されていない。 それほ どに対象は複雑な姿を示 しているが,それは この過渡期を反映す る複雑 さで あって, とうてい ブル ク-ル ト流の一義的理解を許す ものではない。 又 『世界歴史辞典』(時事通信社)は, 昭和23年編集開始,29年に刊行 された ものである がその中には,世界史の教科書,辞典 の成立の歴史的経緯を うかがわせ る,次 の ような記述 がある。わが国におけ る,中世 ・/レネサ ンス観の変遷を知 る上で興味深い。 27. この とき歴史学 に投げ られたあた らしい問題 のひ とつは, " 世界史"である--昭和23年 当時,かえ りみれば, "世界史"の教科書や参考書 は, こんにちの全盛を みていないのはもとよ り,おそ らく現在すでに出版 されてい る大小の事典類に して も,その計画 さえなか った と思われ る。われわれ 自身,はた してそ うい う"世界史'' が可能であ るか どうか さえ危倶 していた。〔p.1
〕
〔5〕 一般教養書の類 の資料 よ り この類の資料 は,それを概観す るためには別 の稿 を必要 とす る程に多大 なものにのぼ る0 ために ここでは,現在店頭に並べ られ ている書物について,ルネサ ンス よ りも中世を扱 った ものの方がはるかに多 く目につ くとい う事実 を指摘す るに とどめ る。例 えば, ざっと拾 うだ けで も,毎 日出版文化賞の ① 『西欧精神の探 求一革新 の12世紀』(NHK)を筆頭に, ② 『中世 の光 と影』上 ・下, ③ 『西欧文化 の条件 一中世の復権』, ④ 『中世 ・ルネサ ンスの 音 楽』 (以上講談社), ⑤ 『中世の風景』上 ・下, ⑥ 『中世劇 の世界』(以上中公新書), ⑦ 『中世-の旅』, ⑧ 『中世の窓か ら』 (以上朝 日新聞), ⑨ 『回想 の中世 ヨー ロッパ』 (三省堂), ⑲ 『中世を旅す る人 々』(平凡社), ⑪ 『中世の町』(東海大), ⑫ 『中世の 哲学者たち』(思索社), ⑬ 『中世 の光』(青土社), ⑭ 『いま中世 の秋』(小沢書店)等 々。文庫や新書版 で手に入 りやすい ものが多いのも目立つ現象であ る. 〔6〕 高校生用大学受験参考書 よ り 対象 とした資料 ¢ ① 『世界史の研究』, ② 『研究 一世界史』 (以上旺文社), ③ 『精中田 :日本における中世 ・ルネサンス理解の一断面 99 説世界史』, ④ 『チ ャー ト武一新世界史』, ⑤ 『世 界史 一学習 と整理 』 (以上数研 出版), ⑥ 『世界史』(学生社), ⑦ 『新世界史 -シグマ ・ベス ト』(文英堂), ⑧ 『世 界史の完成』 (清水書院), ⑨ 『大学 の世界史への要点』(研文書院), ⑲ 『世界史 一自由自在 』(受験研 究社)等 々。 受験参考書は高校生 が教科書 の次に依 るところの多い書物 であ るので,影響 力 も大 きい と いわねばな らない。 こ うした資料 におけ るル ネサ ンス観 について も,従来の ブル ク-ル ト流 の史観に立つ ものが主 とな ってい る。ただ し新 しい ものについては,中世 を評価す るもの, 又学説史的説明を してル ネサ ./ス観の ソースを明 らかに してい るもの もあ る。従来 の説 に従 ってい るものについては,例 えば : 28. (ミシ ュレ, ブル ク-ル ト説を紹 介の後)以後,研究 は変化 し,精敵 にな ったが, 基本的には ミシ ュレの見解は正当性を持 つ。〔『大学 への世界史の要点
』
〕
29. ル ネサ ンスは文芸復興 に とどまらず,政 治,社会,文化 に革新 の道 をひ らいた。 宗 教改革 も腐敗 した カ トリック教会 の現状を打破 し よ うとした もので, この点 にお いてル ネサ ンス と共通性 を持 ってい るo
〔『世界史一 自由 自在』
〕
中世を評価す るもの,中世 とル ネサ ンスの達矧 生について言及 してい るもの等,最近 の中 世 に関す る一般 の書物の量を反映 して,参考書 の記述 に も徐 々に変化 の傾向が見 うけ られ る。 30. ル ネサ ンスは, 自然 と人間の姿をあ りの ままに直視す る積極的 ・現実的 な精神 に 貫 かれ ていたが,それはけ っして神-の信仰 と矛盾 しなか った。事実,ル ネサ ンス の絵 画 ・彫刻 にはギ リシ ャ神話 な どの古典古代 に取材 した もの もあ る反面, キ リス ト教 信仰を題 材 とした もの も多い。 〔『研究 世界史』
〕
31. しか し今 日の研究 では,中世 は決 して野蛮 ・蒙昧 な時代ではな く,古典 も忘れ ら れ ていたわけではない ことが明 らかに され てい る。〔『精説世 界史』
〕
32. キ リス ト教 は中世人 の思考や感覚 の枠組み であ り,価値基準 であ った。例 えば最 高の学問 と目された神学は,神 の啓示 を人間が理 性 の力で説明 しようとす る努 力で あ り,教会建築は,神 の存在を人間が造形 をつ うじて感覚的 に とらえ ようとす る試 み であ った。 したが って 自由な創意 を発揮す る上 で重大 な制約 があ った ことは,杏 定 で きない。 しか し中世 は決 して "暗黒時代"ではな く,そ こには古典古代文化 と も, "ル ネサ ンス"以降 の近代文化 とも異質 な独 自の文化 が栄 えた。 〔『チ ャー ト式 一新 世界史』
〕
〔7〕 参考- 世界の歴史教科書 シ 1)-ズ よ り 帝国書院が1980年 よ り翻訳出版 した もので,様 々な国々の歴史教科書がルネサ ンス ・中世 を ど う扱 っているか,興味深い資料 を提供 して くれ る。 この資料において ヨー ロッパ各国の 教科書は,世界史の中においてではな く, (自国史)の中で自国 との係わ りにおいて,中世 とルネサ ンスを扱 っているわけであるが,結論的 に言えばその扱い方は,検定制度の もとに 画一的で無味乾燥 とも思 える日本 の歴史教科書 との比較 において,極めて独創的 といえる。 記述は History の語源的意味 であ る story性 に満 ちて vivid であ り, カラーの写真,図版 も豊富である。 (1) イギ リス ¢ ルネサ ンスについてはわずか10頁を さいているにす ぎない。捉え方は次の 如 くである。 33. 古代世界の業績に対す る関心 の再覚醒はルネサ ンス として知 られている。 この言 葉は誤解 を招 きやすい。 とい うの もそれがなにか突然に生 じた もの,言葉をかえれ ば 「中世世界の暗黒」が続 いたあ とで,新たに光を取 り入れ るためにカーテ ンを開 いたかの ように受 け取 られ るか らである。中世は決 して完全 な意味 での無知蒙昧 な 時代ではなか った。学生は法律 ・ラテ ン文学 ・聖書を研究 し,修道士は美 しい彩色 をした写本をつ くり,画家は愛 らしい宗教画を描 き,職人は今 で も教会や大聖堂で 崇拝の対象になっている,すぼ らしい意匠や像を刻んでいた。 また古代世界の文学 が全然知 られていないわけでは決 してなか った。〔第3巻 『近世』p.3
〕
(2) ドイツ 〇 第 2巻 『中世 と近世』全200真申,中世 に約100貢をあて当時の社会 と生活を 生 々と描 き出 している。近代初期の ヨーロッパの項には,ル ネサ ンスについての言及す ら ない。 ヨー ロッパが形成 され る過程において中世 の果 した役割について,又修道院,修道 士 についても別 に項を も うけて8頁にわた って記述 している。3
4
.
荒涼た る処女地が, こ うして,何世紀に もわたる骨のおれ る労働 をつ うじて,農 民の耕地 に変え られ,そ こに王侯や騎士が王宮や城 を築 き,修道士は修道院や礼拝 堂を,商人 と手工業者は都市や大聖堂を建設 した。田畑 ・菜園 ・牧場は しだいに広 が り,土地の景観を変えてい った。山の南斜面 にはぶ ど う畑や果樹園が つ く ら れ た。街道や道路が縦横に通 じた。 〔第2巻 『中世 と近世』p.53〕 35. 修道院は祈 りと労働 の場 であったほかに,学問 と芸術の滴蓑 の場で もあった-・ -修道院の文庫には貴重 な古代の書籍がおさめ られていたoそれ らは修道士たちの手 で筆写 され,写本のかたちで今 日まで残 っているのである-- 農業の面 で も,修道中田 :日本における中性 ・ルネサンス理解の一断面 101 士は周囲の農民 たちの模 範 となった- 彼 らはぶ ど うを栽培 し,多 くの さまざまな 果樹 を育て,厩舎には最 も見事 な家畜 を飼 っていたのであ るO 〔同上
pp.6
5
-6
6
〕
日本人 が一般に理解 してい る中世 に対 す るイメージと,上記2例 をか ら受ける印象 とは, 驚 く程 の対照 を皇 してい る. (3) フランス ¢ ドイツの教科書 とちが って, この巻 では, く4章 一美術 のル ネサ ンス〉, く5章 一人文主義 と知的 ルネサ ンス〉 にそれぞれ10頁づつ,計20貢を さいてい る。 この こ とは次の ような理 由に よっている。3
6
.
新 しい美 術は イタ l)アか ら全 ヨー ロッパ に広 まったが, このル ネサ ンスが もっと も発展 したのは フランスであ った。反対 に ヨ- ロッパ北方 の画家 たちに と っ て は -・-イタ リアの影響 はそれほ ど決定的 ではなか った。 〔第3
巻p.
3
7
〕
この巻 において興味深いのは, (ル ネサ ンスはキ リス ト教 の弱体化 を促 したか ?) とい う 質問 に対 して次の よ うな答えを繰返 し記述 してい ることであ る。3
7
.
た しかにル ネサ ンスは人 び とが古代にいだいていた尊敬 の念 と結 びついていた異 教精神 の復活を助 けた・・・-それに もかかわ らず,ル ネサ ンスは非常 に宗教的 であ り -・- この時代が表 明 しよ うとした ことは,人間的 な もの と神的 な もの との結合 であ った--ル ネサ ンスは人間を解放 したが,まだキ リス ト教的 であ った。〔同上 p.45〕 38. 一 部の人び とがキ リス ト教的思想を排斥 したに もかかわ らず,人文主義は根底 で は宗教的であ った。 〔同上 p.45〕 (4) イタ リア ¢ この巻 においてほ, く文学 お よび学問の幸運 な時代〉 としてルネサ ンスに 10頁 ほ どがあて られ てい るが, これはル ネサ ンス発祥 の地 イタ リア としては,予想外 に少 な く,その扱い方 も日本のあ る種 の もの と比較 して も,驚 く程控 えめの感を与 える。ル ネ サ ンスが,中世 との関係において,歴 史の流れの中で一 つの文化的性格 の強 い 運 動 と し て,適切 に捉え られ てい るとい う印象が強 い。 39. イタ リアでは,14世紀末以来,15世紀全体を とうして,文学 お よび芸術の分野に おいて,先例 を見 ない発見や発 明の渇望 に ともなわれ なが ら,創造的 な発表 が行な われた。か よ うな文化 の うえでの覚醒は,政 治か ら宗 教,経済 か ら科学 に至 る人間 生活のあ らゆ る面 に及 んだ。それは確かに,16世紀 の ヨー ロッパ文化 の一般的な変 革 の前衛をな した。 〔第2巻 p.180〕Ⅳ . お わ り に 以上 が教科書周辺 の資料 におけ る,中世 ・ル ネサ ンスについての概観 であ る。引用 が多 く 長 くな ったのは,手を加 えず に表現,語 調等を含めて文 の記述をあえてその まま提示す るこ とに よ り,む しろ中世 ・ル ネサ ンス観についての諸説入 りまじった複雑 な現状を よ り正確 に 伝 え ることがで きると考 えたか らであ る。 森 田鉄郎氏は 『世界史(4) 西欧 と世界』(有斐閣)にお い て 「ル ネサ ンス論 の行方」の中 で, くブル ク-ル トの よ うに中世文化 とル ネサ ンス文化 とを隔絶 させたや り方 は もはや許 さ れ ないが,彼 の解釈は基 本的 な点 において定説 としてなお今 日通用 してお り議論 は ブル ク-ル ト説 に即 して展開 され るであろ う〉 とした上 で次 の よ うに述べ てい る。 要 す るにル ネサ ンスの本質や時代性をめ く,・って諸説入 り乱れ, お よそ帰一す るところ を知 らない とい うのが今世紀中 ごろまでのル ネサ ンス論議の現状 で
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年 に フィ レ ンツェでル ネサ ンスに関す る第三回国際会議が,「ル ネサ ンスの意義 と限界」 と の 共 通論題 を掲げ て開催 されたの も, また1
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年 ローマでの第1
0
回国際歴史会議が 「イタ リア史 お よび ヨー ロッパ史 におけ るル ネサ ンス期 の時代づけ」 との主題 の もとにルネ サ ンスを と り上げたの も,諸説混乱 の うえになん らかの統一 を もた らそ うとす る努力 (9) のあ らわれであ ったろ う。 教科 書周辺の資料 において見 る限 り, 日本の現状 について も上記 の言葉 はかな りな妥当性 を持 っているよ うに思われ る。引用 に も明かな如 く,一方 においてほかな り根強 いブル ク-ル ト流 のク-ル ネサ ンス観 に対 す る支持 があ り,ク-ル ネサ ンス賛美 のあ ま り時 にはそれが進歩主義 史観 と結 びついて,激 しい中世否定 にまで及 んでいる例 も認 め られ る。他方 ブル ク-ル ト的 解釈 においてのみ中世 ・ル ネサ ンスを理解 しよ うとす る考 え方 に反対 の意見 も多 く,(1) ペ イクー, トーデ, ブル ダ ッ-, -スキ ンス, あ るいは(2) ホイジンガ, ワルザ-, ワイゼ とい った系譜 に従 った説 も決 してマ イナーは もの とはいえない。そ して又,史観 に とらわれ ず なに よ りもまず歴史的資料を客観的 に検討す ることか ら始 め る べ き だ と す る, P.0.
Kristeller等 に代表 され る考え方 に賛意を表す る流れのあ ることも付加え られなければな ら ないだろ う。Ishouldliketowarnespeciallythestudentsandotheryoungerpersonswho mayhappentpreadthisbookagainstthewidespreadhabitofarguingabout historicalopinions‥‥ andofplayingonescholarlyauthorityagainstanother. I donotrecognizetheauthority ofany scholarbeyond thetestimony of
(10)
中田 :日本における中世 ・ルネサンス理解の一断面 103 さらに,今 日店頭を飾 ってい る中世 に関す る書物 の多 きに も目を とめ る必要 が あ る だ ろ う。それは一体何 を意味 してい るのであろ うかO一面 において これ は確か に ク リステ ラの言 う如 く,特定 の史観 に よってではな く歴史 の資料 に即 して,ル ネサ ンスにおいてル ネサ ンス 杏,中世 において中世 を見つめなおそ うとす る客観主義を志 向す る努 力 と傾 向のあ らわれ と 言 え よ う。 しか しここには 日本の ヨー ロッパ受容史 におけ るひ とつの重要 な問題 が提示 され てい る ように も思われ る。かつて
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年),西尾幹二氏 は 『ヨー ロッパ像 の転換 』 の中 で 次 の ように述べた ことがある。 ル ネサ ンスは 「中世 プラス人間」ではな く 「中世 マ イナス神」 であ るとい う-チエ ソ ヌ ・ジル ソンの有名 な定 義 に まつ まで もな く, 中世 の末期 は,釆 た るべ き時代が 「欠 乏」のは じま りであることを もっとも切実 に,誤魔化 しょうもない形 で予感 させた時 代 ではなか ったろ うか ? 「ル ネサ ンス と中世期 の相違 は過剰 に よる相違 ではな く,欠 乏 に よる相違 である」 とジル ソンは書 いてい る。だがわれわれは 「欠乏」 に よる近代 ヨ- ロッパのあが きを 「価値」 として受 け とめて きたのではないだろ うか ?-- 日本 が接 した ヨ- ロッパほ,す でに絶体的 な 「価値 」が崩壊 し,相対 的概念が 「価値」 に す りかえ られてい る時代ではなか ったか-・-絶 体者を持 たない 日本 で, あ らゆ る相対 概念が絶体化 され るとい う危険が生 じる前 に,す でに ヨー ロッパ で, さまざ まな相対 的 な ものが絶体化 し,
「神」の代用品 とな っていたのだ。 日本 はその矛盾 を受 け入れ CllE たのである。 日本 の 「近代」の二重 の災厄 は ここにあ る。 西尾氏 の著作 は約15年前, 日本人の ヨ- 。ッパ理解 の歴史 において一つの転換点を示 した もの として話題 を呼 んだ ものであ った。学 園紛争 に代表 され る如 く一種 の進歩史観が力を持 っていた当時 において, 日本 の置 かれた不安 な状況か ら近代 の含む問題 を予感 し, ≡- ロ ッ パ中世 の重要 性に 目を向けた氏 の直感 は, あ る意味 で今 日み られ る く中世 の復権〉 を予言 し た もの と言 え る。西尾氏の提示 してい る実存的 な問題 に今 は探入す る余裕を持 たないが,問 題 を中 世に限れば,氏 の引用 に次 の引用 を重ねれば多少 な りとも問題 のあ りかが明確 にな っ て くる。 本書 は中世 に起源を もつ 西欧文明の諸要 素 に, 自然史,生活史,社会 史な どの諸側面 か ら光 をあて よ うとつ とめて きた。西欧社会 が中世か ら受けつ いで きた実 り豊 かな生 活 と文化 は, いまあ らためてその意味 を問 い直 され るべ きもの としてわれわれの前 に あ る。明治開化 い らい,われわれの先人 は,西欧文 明の受容 にあた って, ともすれば その上澄みの部分 だけを見つめて こなか ったであろ うかOそ うした 日本人 の知的風土 にあ っては,中世い らい膨大 な部分を 占めて,底 の方 に沈澱 してい る西欧民衆 の生活 や風 俗についての情報 は決 して十分 とはいえなか った。 い ま問 い直 され ようとしてい (12) るのは,われわれ の 「内 な るヨー ロ ッパ」の この欠落部分 に他 な らないのである。引用 は井上 泰 男氏 の 『西欧 文化 の条 件 一中世 の復 権 』か らの もの で あ るが, この文 と西尾 氏 のそれ との間 に は10年 の歳 月 が あ る。 そ の間, さ らには今 日に至 る
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年 の間 に 日本 は いか な る近 代 を歩 んだ のか。 あ る意 味 に おい て,店 頭 に おけ る中世 に関す る書 物 の静 か な ブーム は, 人 々が近 代 を超克 す る道 を 求 め て, 改 め て中世 とそ の意 義 とを問 い直 そ うとす る現 象 の ひ とつ の あ らわ れ と も見 る こ とが で きる。 以上 概 観 した種 々のル ネサ ンス観 を含 んだ波 は (この動 きは, 従 来 の ブル ク- ル ト流史観 に対 す る他 説 の反 攻 がそ の正体 なのだ が),教 科 書 に一 番近 い受験 参考書 の中 に も徐 々 に 及 びつ つ あ る よ うに見 うけ られ る。 では一 体 こ うした周 囲 の波動 は どの程度 まで検定 を必 要 と (13) す る教科書 に及 んで い るの であ ろ うか。 これ は極 め て興 味深 い問題 では あ るが, それ に答 え る こ とは本稿 の範 囲 を超 え る。 ただ学 生 の レポ ー トにお いて見 る限 り,事態 は あ ま り改 善 さ れ て い る とは思 われ な い。そ して この中世 ・ル ネサ ンスの問題 に加 うるに,単 な る事実 の詰 込 み主 義的傾 向 が強 い歴 史教 育 - の批判 が あ る。問 題 は当然 高校 の教科 書検定 是 非 に まで及 (14) は ざ るを得 ない で あろ う。 そ の意 味 において, 画一 的 でな い,比 較 的 自由 な編 集方 針 にお い て作成 され て い る外 国の歴 史教科 書 は, ま さにそ こに生 きた History (Story)が あ り, 檀 め て示 唆す る と ころが大 きい よ うに思わ れ る。 Notes: (1) 10年前, ミル ワー ド教授 (上智大 ・英文学),石井正之助教授 (創価大 ・英文学),
細 り昭夫教授 (読 波大 ・西洋史)などを中心に,特にルネサ ンス期の英文学を主な対象 として,わが国における研究の 促進,その成果を海外に紹介す ることを 目的 として設jt/:.されたO上智大学内のルネサ ンス ・センター に事務所を置いている。所長は巽rA彦上智短大教授o (2) シンポジウムの内容については,『朝 日ジャーナル 11月9日号』に安西徹雄上智大学教授が 報 告 を寄せている。(3) PeterMilward,TheHeartof England(Tokyo:HokuseidoPress,1976),p.15. (4) Ibid.,pp25-26.
(5) Encyclopedia Brita'2nicavol.19(1964),p.662.
(6) Dictionary of theHistory of Ideasvol.N (New York.IScribner,1973),p.126. (7)栗原福 也 『ホイジンガ ・その生涯 と思想』(潮出版,1972年),p.157.
(8) W allace K.Ferguson,The Renaissance in HistoricalThought(New York:AMS Press,
1948),p.391.
(9)木村尚三郎編 『西洋史(4)西政 と世非』(有斐閣新書,1981年),pp.142-143.
(1O PaulOskarKristeller,RenaissanceThought(New York:HarperTorchbooks,1961),p.vli.
qi) 西尾幹二 『ヨー Pッパ像の転換』(新潮選書,1969年),pp.243-245.