〈判例研究〉「一事不再理効の成否」最決平22・2・17集刑300号71頁
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(2) 近 畿 大 学 法 学 第6 2巻第. 1号. ろ,現に人が住居に使用せず,かつ,現に人がいない本件建物を焼損しよ うと企て,その 1階事務所内において,火を放って同事務所の板壁や天井 に燃え移らせ,上記建物を全焼させて焼損した。」というものである o 前訴と本件をめぐる訴訟経過は,次のとおりである。平成 1 9年 6月 2 9日 , 前訴が山口地裁に起訴され,この事件と追起訴された被告人による他 2件. 1 の窃盗罪等との弁論が併合され,この間に 3回の公判が聞かれた。周年 1 月 8日,本件が山口地裁に起訴され,審理が先行していた前訴との弁論併. 2月 2 6日(本件に関しては初回)の公判に 合が決定された。しかし,同年 1 おいて,両事件を担当していた弁護人が,前訴と異なり本件については公 訴事実を否認するとの趣旨で両事件の弁論を分離するよう請求したところ, 山口地裁は,検察官の反対意見を退けて弁論分離を決定した(検察官はそ. 0年 2月 1 8 の後も弁論併合を請求したが,地裁はこれを却下した)。平成 2 日,前訴について有罪判決が下され(懲役 1年 2月・執行猶予 3年 ) ,. こ. れが周年 3月 4日に確定した。その後,本件審理は弁論分離後に 5回の公 判が聞かれた上でいったん結審したが,山口地裁は,前訴確定判決による 一事不再理効の成否を判断する必要があるとして,同年 9月 2日に職権で. 0月 9日,一事不再理効に関して補充する趣旨 弁論再開を決定した。同年 1 で双方の論告・弁論が行われたが,その際,弁護人は,前訴確定判決によ る一事不再理効を理由に本件について免訴判決が下されるべきであると主. 0月 3 1日,弁護人の右主張を退けて,被告人を 張した。山口地裁は,周年 1 有罪とした(懲役 3年 6月)。被告人側が控訴したが,広島高裁も,結論 において一事不再理効を否定し,控訴を棄却した。 このように. 1審と 2審は,前訴確定判決による一事不再理効を否定す. るという結論は共通するのであるが,その論拠は明らかに異なっている。. 1審(山口地判平 2 0・1 0・3 1判タ 1 3 3 5号9 6頁)は,前訴公訴事実におけ 同 る初回の侵入行為と本件放火行為に際しての 2回目の侵入行為とは, I.
(3) 「一事不再理効の成否」. ー建造物に対し,近接した時間に行われている上,それらの目的は同一又 は類似のもので(放火行為自体が不正行為の証拠隠滅でもある), 侵入行為は被告人の一連の犯意に基づくものとして. 2個の. 1個の建造物侵入罪. として包括評価する余地は存在する」としつつ, I 訴因制度を採る訴訟手 続の本旨に従えば,前訴及び後訴の各訴因との間の公訴事実の単一性の判 断は,基本的には,前訴及び後訴の各訴因のみを基準としてこれらを比較 対照することにより行うのが相当である(その限りにおいて,訴因を捨象 した実体上の罪数関係を基礎とする単一性評価との事離はありうべきとこ. J, I 本件にあっても,前訴訴因である初回侵入行為と非訴因で ろである ) ある再侵入行為の関連性を考慮して初めて包括ー罪であるとの評価がなし 犯行の手段となった再侵入行為は,両訴 うる」にとどまるのであって, I 因を通じて訴訟手続に上程されていないから,公訴事実の単一性を判断す るにあたってこの事実を基礎とすることは相当でな L、」として,前訴確定 判決における公訴事実と本件公訴事実との聞に公訴事実の単一性は認めら れないとの理由で,一事不再理効を否定した。 これに対し. 2審(広島高判平 2 1・4・ 2 8判タ 1 3 3 5号 9 1頁)は,放火行. 為は 2回目の侵入行為に際して行われたとする l審の事実認定を事実誤認 であると前提した上で,一事不再理効の判断にあたっては被告人に有利に, つまり放火行為が 1回目の侵入に際して行われたとすべきであるとし,そ うすると,前訴の公訴事実である建造物侵入罪と本件の公訴事実である非 現住建造物放火罪との聞には手段と結果(牽連犯)の関係が認められるこ とから,公訴事実の同一性(単一性)が認められるとした。しかし. 2審. は,弁護人の本件訴訟活動(本件起訴後以来,前訴との弁論分離を請求し, 本件審理に際して判決による有罪無罪の判断を求めており,当初の結審ま ではおよそ一事不再理効による免訴判決の主張は考えていなかったことが 前訴の確定判決の一事不再理の効力を 明らかであること)をふまえて, I.
(4) 近 畿 大 学 法 学 第6 2巻第 1号. 主張して免訴を求めるのは,権利の濫用というほかなく,弁論の分離を請 求した弁護人の意図がどのようなものであったかにかかわらず,刑事訴訟 規則 l条 2項の法意に照らして許されな L、」として,一事不再理効による. 免訴判決の主張を退けた (2審は,建造物侵入罪と非現住建造物放火罪と は牽連犯の関係にあるとはいえ,本来的には別罪であることも,その理由 として付け加えている)。 被告人側は,なおも上告し,一事不再理効による免訴判決を主張したが, 最高裁第 2小法廷は,要旨次のとおり判示して上告を棄却した。. 決定要旨 最高裁は, まず,事実認定について, I 第 1審判決の上記認定は,記録 に照らし,十分首肯できるから,この認定に事実誤認があるとした原判断 は誤りであるといわざるを得なし 1。したがって,本件について検討するに 当たっては,本件放火が行われたのは 2回目の侵入の際であって,初回の 侵入の際ではなかったことを前提とすべきである」とした上で, I 第 1審 判決の認定するところによれば,被告人は,初回の侵入において,現金等 のほか,自らの不正行為に関連する文書が入った段ボール箱を持ち出した 上,事務所を出る際,出入口の施錠をしつつ退去したというのであるから, その後に行われた 2回目の侵入が時間的に接着したもので,初回の侵入と 同様,証拠隠滅の目的によるとしても,新たな犯意によるものと認めるこ とが相当であり,初回及び 2回目の各侵入行為を包括ー罪と評価すべきも のとはいえな L、」として,一事不再理効による免訴判決を求める弁護人の 主張を退けた。. -144-.
(5) 「一事不再理効の成否」. 研 究. 1 . 形式裁判と訴因の関係 本件 1審判決は,放火行為の手段として行われた 2回目の侵入行為につ いて,前訴公訴事実における 1回目の侵入行為との間で包括評価する余地, すなわち包括ー罪を構成する可能性を認めつつ. 2回目の侵入行為は訴因. として訴訟手続に上程されていないから,公訴事実の単一性の判断におい てこの事実を基礎とすることはできないと判断した。他方,最高裁決定は, 単に. 2回目の侵入行為は l回目の侵入行為との間で包括ー罪と評価すべ. きものとは L、えないとして,公訴事実の単一性を否定した。このように, 訴因に記載されていない事実を訴訟条件(本件では一事不再理効の否定) の判断に取り込むことについて違いが認められるが, この点を知何に理解 すべきか。. 1.訴訟条件の判断基準 訴訟条件の判断は,検察官が設定構成した訴因に記載された犯罪を基準 とすべきか(訴因基準説),又は証拠調を経た結果として形成された裁判 所の心証を基準とすべきか(心証基準説)が,従来から議論されてきた。 この問題に関しては,一般的に,実体審判に関する対象知何,すなわち刑 事訴訟における審判対象如何という問題とパラレルに理解すべきであると されている O すなわち,審判対象知何という問題において,検察官の主張 する訴因に拘束性を認め,訴因を審判対象と理解する訴因対象説からは訴 因基準説が,他方,訴因の拘束性を認めない公訴事実対象説からは,やは り訴訟条件の判断に際しても心証基準説が,必然的帰結とされている。周 知のとおり,現在は訴因対象説が支配的見解となり,これに伴って,訴訟.
(6) 近 畿 大 学 法 学 第6 2巻第. 1号. 条件の判断についても訴因基準説が通説である ( 2 )。 審判対象について訴因対象説を前提とすることから,直ちに,訴訟条件 の判断についても訴因基準とすることがその必然的帰結であるのかは,依 然として検討の余地がある。しかし,判例評釈としての性格上,本稿では, 通説的見解を前提に検討を進める。. 2.訴訟条件の判断方法 ( 1 ) 審査方式 刑事裁判において,訴訟条件の存否は職権探知事項であり,裁判所は実 体裁判と異なり自身の主導で審査すべきであると,一般的に理解されてい るo これは,. r ことがらの重要性と公益的性質 J3),すなわち「訴訟条件は. 単に当事者(特に被告人)の利益に関する問題ではなく,公益的な性質を もつもの」ωでもあることが,理由とされている。これによると,裁判所 は,訴訟条件の存否に関して,原則として(土地管轄違いの申立てを除 く),当事者の申立てをまつことなく,訴訟のあらゆる段階において,. 自. 身の主導で判断しなければならない。 もっとも,このような発想は大陸法系の考え方に基づくものであり,手 続打切を被告人側の申立てに条件づける英米法系の考え方によれば,訴訟 条件のもつ公益 性の程度によって,職権調査によるべき場合と,そうでは d. 5 ) 。また,訴訟条 ない場合とが区別されるべきとの見解も主張されている (. 件の審査は「公訴権の有無の審査,つまり検察官の訴追行為の抑制たる本. ( 到. 平野龍一『刑事訴訟法(法律学全集) J1 5 2頁,古城敏雄「訴因と訴訟条件」 『公判法体系1IJ2 7 4頁 。. ( 3 ) 田宮裕「刑事訴訟法・新版J2 3 1頁 口. 位 ) 高田卓爾『刑事訴訟法・ 2訂版J1 3 4 頁 。 日 ( 青柳文雄「当事者主義訴訟における訴訟条件」曹時 2 9巻 8号 1頁 。.
(7) 「一事不再理効の成否」. 質をもっ」との考え方から,非法定の訴訟条件(迅速裁判違反や公訴権濫 用の問題)に関しては,被告人の申立てをまってその審査を行うべき,と の見解も見られる的。 訴訟条件は,いうまでもなく,実体裁判やそれによる処罰の条件である だけでなく,訴訟を追行するための条件でもある。形式裁判は,公訴提起 という検察官の訴訟行為が有効であるかを,その審判対象とする。訴訟条 件の判断は,確かに,公益性を否定することはできないが,それは,実体 裁判,すなわち検察官の起訴における理由の有無を判断する場面でも同様 であろう O 従って,訴訟条件の存否に関して,裁判所は,常に積極的にそ の判断を要求されるというわけではなく,その性質に応じて,個別具体的 事例に即して審査すれば足りると解すべきである。. ( 2 ) 審査資料 訴訟条件の存否を判断するにあたり,訴因に記載されたもの以外の事実 を考慮することはできるか,つまり,訴訟条件の判断にあたっても,裁判 所は検察官が設定した訴因記載の事実に拘束されるのかが問題となる O こ の問題は,本件 1審判決に見られるとおり,例えば一事不再理効の審査に あたり,前訴と後訴の訴因のみを比較すると単一性が否定されるが,訴因 外の事実を付け加えて判断すると単一性が肯定される(又はされうる)場 合に,特に顕在化する。 この問題に関して,判例は,訴因外事実の考慮、を否定する(消極説)。. 5年判決伺は,実体法上は常習特殊窃盗罪を構成しうる複数の 最高裁平成 1 窃盗罪について,検察官がこれを分けて前訴及び後訴とも単純窃盗罪で訴. 但) 田宮裕「日本の刑事訴追 J1 3 1頁 。 ( 7 ) 最判平 1 5・1 0・7刑 集 5 7巻 9号 1 0 0 2頁 。.
(8) 近 畿 大 学 法 学 第6 2巻第 1号. 因を構成し起訴した事件において,. I 前訴の訴因と後訴の訴因との聞の公. 訴事実の単一性についての判断は,基本的には,前訴及び後訴の各訴因の みを基準としてこれらを比較対照することにより行うのが相当である」と 判示し,常習性という両訴因の複数の窃盗行為をー罪に結びつける事情が 訴因として訴訟手続に上程されていない以上,この「要素を考慮すべき契 機は存在しないのであるから,ここに常習特殊窃盗罪によるー罪という観 点を持ち込むことは,相当でない」として,はっきりと消極説に立った。 最高裁は,その理由として,①審判対象が訴因であると理解されるべきこ と,②犯罪の証明なしとする無罪の確定判決も一事不再理効を有すること, ③常習特殊窃盗罪の性質(本罪は,異なる機会に犯された別個の各窃盗行 為を常習性の発露という面に着目してー罪としてとらえた上,刑罰を加重 する趣旨の罪であって,常習性の発露という面を除けば,その余の面にお いては,同罪を構成する各窃盗行為相互間に本来的な結び付きはないこ と),④ー罪を構成する行為の一部起訴も適法になし得ることを挙げてい る。すなわち,③は犯罪の特殊性を述べるものであるが,その他の事情 (特に①の点)は,まさに訴因を審判対象と理解する見解に収数させるこ とができることから,最高裁のこの見解は,審判対象論における訴因対象 説から演縛されたものと理解することができょう O 他方,訴訟条件の判断資料として,訴因外の事実を考慮、してよいとする 見解も主張される(積極説)。積極説について,第 lに,前述のとおり, 訴訟条件の存否は職権探知事項であると解されていることから,この点を 積極説の論拠とすることが考えられる (8)。確かに,実体審判に関して,当 事者主義を基本的構造とし,訴訟対象を訴因と理解することによって訴因 外の事実を裁判所の審判から除外しようとする考え方からは,逆に,訴訟. 侶) 白取祐司・刑訴法百選・第 9版 2 0 8,2 0 9頁 。.
(9) 「一事不再理効の成否」. 条件に関しては逆のことが妥当すると解することもできそうである陀し かし,訴訟条件を職権探知事項と解する通説的立場からも消極説を採用す る最高裁判例を支持する見解が多いこと,また,実体審判に関しても,当 事者の設定した訴因の範囲内で,一定程度裁判所の職権探知的な手続(刑 訴法 3 1 2条 2項など)が存在していることを考えると,訴訟条件の審査方 法と審査資料との聞に必然的な結び、っきはな L、。特に,前述のとおり訴訟 条件の判断基準を訴因と理解するのであれば,訴因外の事情を考慮するこ とで訴因自体の変質をもたらすような結論を採ることはできない。 もっとも,訴因制度の趣旨を,裁判所に対する審判対象の告知識別に加 えて,被告人の防御権の告知でもあると解する限り,被告人に不利な方向 で訴因を逸脱するような判断はその防御に不意打ちを与えるものとして許 されないが,逆に有利な方向では訴因を逸脱することも考えられてよい。 そこで,第 2に,この訴因制度の趣旨を,訴訟条件判断に際して訴因外の 事実を考慮することを許すことの論拠とすることも考えられる。確かに, 一般的にいえば,例えば被告人の犯行ではないことを立証するために訴因 外の事実であるアリバイ該当事実を考慮することは,およそ否定されるも のではな~\。このことは,訴訟条件の存否を判断するにあたっても同様で. ある。例えば,一事不再理効の成否に関して,本件訴因外の事実である前 。 訴確定判決の存在を考慮することは,やはり否定されるものではな L州 ただし,このようにして訴因外の事実を考慮することが許されるとして も,我が国の訴訟構造が当事者の主張立証を前提とするものであることを 考えると,両当事者からの訴訟行為よって裁判所に訴訟外の事実を考慮す る契機が与えられなければならな L、。この点で,例えば問題となる訴因外 松代(前掲注(1)) 2 9 9頁は, r 罪数判断は法令の適用の問題である以上,当事 者の主張には拘束されな Lリと述べる。 G O ) 最判昭 4 3・3 ・ 2 9刑 集 2 2巻 3号 1 5 3頁 。. ( 助.
(10) 近 畿 大 学 法 学 第6 2巻第. 1号. の事実が可罰的なものであるときには,弁護側にその存在を,検察官側に その不存在を主張立証させるべきこととなる O このような状況に関して, 最高裁大法廷帥は, i 訴因外の犯罪事実をめぐって,被告人が犯罪成立の証 明を,検察官が犯罪不成立の証明を志向するなど,当事者双方に不自然な 訴訟活動を行わせることになりかねず,訴因制度を採る訴訟手続の本旨に 沿わないものというべきである」として,このような不自然な訴訟活動に つながる訴因外事実の考慮は認められないと判示している ( L 'わゆる不自 然な訴訟活動論)。 しかし,当該事案では,問題となる犯罪事実はもはや公訴時効の完成に より可罰性がなかったものであり,訴因事実がこれと不可罰的事後行為の 関係にあるとして免訴判決を求める趣旨でこの訴訟外事実の存在を弁護側 が主張立証することは,必ずしも不自然な訴訟活動とは L、えない(その意 味で,. この点に関する判示部分は,傍論に過ぎない)。また,そもそも,. 当該事実自体は,検察官の起訴によって初めて訴訟に上程され,審判の対 象とされるのであり,現在係属中の訴因に関する訴訟条件の存否という限 りでこれを主張立証させることは,それ自体をもって不自然な訴訟活動で あるといいうるかは疑問である。とはいえ,たとえ感覚的な違和感という 程度にすぎないものであるとしても,最高裁大法廷が,訴因制度との関係 からこの不自然な訴訟活動論を提示したことは,今後の実務に大きな影響 。 、 を与えうるものであり,軽視できな L この問題に関して,評者は,既に前稿でも試論を提起したように,訴因 変更命令を活用してはどうかと考えている O すなわち,裁判所として,証 拠調べの結果として,単に訴因記載の事実による限りでは訴訟条件を満た しているように見えるが,既に判明した訴因外の事実を考慮に取り込むな. ω 最大判平 15・4・23刑集57巻 4号 467頁。.
(11) 「一事不再理効の成否」. らば訴訟条件が欠蝕しているという場合,訴因変更命令を発出し,検察官 に訴因変更をさせた上で,問題となる訴因外の事実を訴因内に取り込んで, 訴訟条件の存否を判断するというわけである O そして,このとき,検察官 が仮に訴因変更命令に従わない場合には,命令に形成力を認めることで, 対処が図られるべきであると考える民これによって,あくまで訴因内の 事情に対する裁判所の判断を求めるという意味で,前述の不自然な訴訟活 動論による疑問は回避され,また,訴因事実の範囲内で裁判所の職権探知 を求めることで,やはり前述した訴訟条件の判断方法に対する通説的な理 解とも整合する O もっとも,このように訴因変更命令制度を介することで法理論的に,特 に訴因制度との関係から生じる問題点をクリアできたとしても,実質的に みれば,そもそも具体的な訴訟状況において,裁判所の訴因変更命令を用 いてまで是正されるべき不正義が検察官の訴訟活動に認められるものでな ければ,裁判所の介入は不当なものとなる。すなわち,検察官は,自身の 訴因設定構成権限に基づいて,いわゆるー罪の一部起訴が許されるとさ れ夙実体法上の犯罪を構成する全ての事実を訴因として訴訟の場に上程 しなければならないわけではな L、。このことは,検察官の訴追官としての 裁量権限(刑訴法2 4 8条など〉から導かれる帰結である。とはいえ,. この. 検察官の訴追裁量が無制約なものではないことも,自明のことである。す なわち,一罪の一部起訴を肯定することが,直ちに,ー罪の分割した起訴 まで許すことになるわけではな L州 4 9 0. ω 辻本典央「判例研究」近法54巻 3号 287,310頁。 ω 最決昭 59・1・27刑 集38巻 1号 136頁。 ω 白取祐司『刑事訴訟法・第 7版 J452頁。 Q 5 ) 近時は,実体法上ー罪の犯罪を分割して起訴することが二重処罰を招来する ものであるかという点から,犯罪の性質という問題に帰着させる見解が有力でメ.
(12) 近 畿 大 学 法 学 第6 2巻第 1号. 以上から,その論拠及び手続については依然として議論の余地があるが, 結論においては,訴訟条件の存否を審査するにあたり,特に被告人側に有 利な事情については,その相手側である検察官が主張した訴因の記載に拘 束を受けることなく,裁判所は,あらゆる事実を基に判断することができ るO 本件最高裁決定も. 1審のように訴因外事実は除外して判断するとい. う方法をとらず,訴因外の(かっ依然として可罰性が残る)侵入行為を前 訴確定判決による一事不再理効の成否を審査するにあたり,その判断資料 に取り込んでいる。この点について,平成 1 5年判決との関係には言及され 8 0 ていないが,その整合'性については議論の余地を残すものである 4. 1 1 . 一事不再理効の客観的範囲 1.公訴事実の同一性(単一性) 我が国の判例・通説によると,一事不再理効の及ぶ範囲は「公訴事実の 同一性」の及ぶ範囲と一致する民すなわち,公訴事実の同一性は,訴因 変更手続を経て 1回 (1個)の手続で同時に解決することが可能な範囲を 画する基準であるが,一事不再理効の範囲もこれによって画されるという. r. } I I出敏裕「訴因による裁判所の審理範囲の限定について J 鈴木茂嗣先生 、ある ( 1 3 ,3 3 3頁,大津裕「公訴事実の同一性と単一性(上) J 古稀祝賀論文集・下巻J3 法教 2 7 0号 5 6, 6 1頁,松代(前掲注(1)) 3 0 0頁。また,宇藤崇「訴訟における罪 数論のあり方について Jr 三井誠先生古稀祝賀論文集J7 0 3,7 1 6頁は,罪数評価 の特質から,検察官の示した訴因に裁判所及び被告人が「どれだけ付き合わな ければならないのかという問題」と設定し,判例の傾向を単純に「訴因制度そ れ自体」の問題と理解することを批判する。 側 関口(前掲注(1)) 1 1 8頁は, 1 1 5年判決の射程は常習窃盗罪のような犯罪類型 (常習ー罪)の事案に相当程度限定されることになろう」として,本決定によ 本件のような事案には 1 5年判決の射程が及ばな L、」ことが示されたと分析 , り I している。 3・3・2 9刑集 2 2巻 3号 1 5 3頁,最判平 1 5・1 0・7 (前掲注( 7 ) )な ど 、 。 仰 最 判 昭4.
(13) 「一事不再理効の成否」. ことは,訴追機関は,同時訴追・処理が可能な範囲においては,その反面 において,同時訴追・処理を果たすべき義務を負うというわけである。 一部,これと異なる結論を主張する学説・裁判例も見られるが,評者も 既に前稿で詳細に検討を加えたように,判例・通説の見解をもって妥当と すべきである。. 2 . 公訴実の単一性と罪数との関係 公訴事実の同一性は,一般に,単一性の問題と,狭義の同一性の問題と に分けられる。前者は,訴訟対象とされる事実を何処まで広げられるかと いう問題であるのに対し,後者は,事実が食い違った場合になお訴訟対象 は同じであるかという問題である ω 。言い換えると,前者は,両立する関 係にある複数の事実がなお l個の訴因を構成するものであるかという問題 であるのに対して,後者は,両立しない関係にある複数の事実が一定の共 通事項を媒介として実は同ーのものであったといえるかという問題である。 本件は,前訴の訴因と後訴の訴因とが両立する関係にあることを前提に, なお 1個の訴因を構成する場合であったといえるか,つまり単一性が肯定 されるかという点が問題である O. ( 1 ) 実体法従属説 公訴事実の単一性は実体法上の罪数論によって決せられるというのが, 我が国の判例・通説の見解である(罪数従属説)慨すなわち,両立する複 数の犯罪事実が実体法上ー罪(科刑上一罪も含めて)の関係にある場合,. Q 8 ) 田宮(前掲注(訪) ~刑事訴訟法~ 2 0 2頁 。 Q 9 ) 平野(前掲注( 2 ) ) ~刑事訴訟法~ 134頁,同『訴因と証拠~ 1 5 6頁,田宮(前掲 注( 3 ) ) ~刑事訴訟法J 202 頁,鈴木茂嗣『刑事訴訟の基本構造~ 2 1 4 頁 。.
(14) 近 畿 大 学 法 学 第6 2巻第. 1号. 公訴事実の単一性(同一性)が肯定される。この見解によると,例えば, 当初の窃盗罪の訴因にこれと牽連犯の関係にある住居侵入罪の訴因を追加 することは,両訴因聞に公訴事実の単一性が認められることから許される O 反面,窃盗罪で有罪判決が下されこれが確定した場合には,後にその手段 として行われた住居侵入罪を起訴することは,一事不再理効によって妨げ られる。本最高裁決定弘前訴判決における初回の侵入行為と,後訴の放 火行為の手段として行われた(訴因外の) 2回目の侵入行為との聞に包括 ー罪の関係が認められないとの理由で,一事不再理効の成立を否定した。 。 これは,従来の判例・通説の見解を引き継いだものである ω この見解によると,本件では,初回の侵入行為と 2回目の侵入行為との 聞にー罪性,すなわち包括ー罪の関係が認められるかが決定的な問題とな る。前述のとおり,本最高裁決定は,両者の聞にー罪性を否定したが,そ の主たる理由として,両事実において犯行動機の共通性が認められるとし ても,被告人の犯行時の行動の分析から. 2回目の侵入行為は初回の侵入. 行為とは異なる「新たな犯意」によるものであることが強調されている。 包括ー罪が認められる基準は,従来から客観,主観の両面に多様な見解が , I 被告人の l 主張されてきた。近時の判例は,街頭募金詐欺罪の事案ωで 個の意思,企図に基づき継続して行われた活動であった」という点がー罪 性の根拠のーっとして挙げられているように,被告人の主観面を重視する 傾向にある。. ( 2 ) 実体法非従属説. これに対し,学説上,公訴事実の単一性と実体法上の罪数との結合性を 否定し,単一性の判断にあたっては訴訟法上独自の考察を要するとの見解 側関口(前掲注(1)) 1 1 9頁 。. ω 最決平22・3・17刑集64巻 2号 111頁。.
(15) 「一事不再理効の成否」. が有力に主張されている(罪数非従属説)。この見解は,. さらに,実体法. 上のー罪性を単一性の最小ユニットと考えるか否かで,さらに分かれる。 すなわち,実体法上の一罪性と完全に決別して,併合罪の関係にある複数 の犯罪の聞で単一性が認められる場合があれば,逆にー罪の関係にある犯 罪の間で単一性を否定し,これを分割して起訴することも許されるとする 見解(全面的非従属説向と,併合罪の関係にある複数の犯罪の間で単一性 が認められる場合はあるが,逆にー罪の関係にある犯罪は訴訟においても 最小ユニットとしてこれを分割して起訴することは許されないとする見解 (片面的従属説内とに分かれる O 評者は,この問題についても,前稿で詳細に検討した。全面的従属説は, ドイツの判例が現在採用するとされている見解であり,そこでは,訴訟上 の単一性と実体法上の罪数論とのその果たすべき役割の違いが強調されて いる忙しかし,. これに対しては,学説からの批判が強く,片面的従属説. が通説的見解である自由。すなわち. 1回の訴訟で解決すべき範囲は,社会. 事象としての単一性(事実的側面)と. 1個の手続で統一的に評価・処理. されるべき要請(規範的側面〉との両者から考察されるべきであり,それ は,実体法上のー罪性を最小ユニットとして,そこから社会事象としてみ た場合の事件としての単一性が認められる範囲に及ぶのである O 例えば,. I個の強盗罪を暴行罪と窃盗罪とに分割して起訴することは許されないが, 逆に,時間的・場所的に近接した暴行罪と窃盗罪を 1個の手続の審判対象 とすることは許されるのである。なぜなら,前者の場合はなおのこと,後 者の場合も,審判の過程で両事実聞に因果性が肯定されると,強盗罪ー罪. ω 只木誠『罪数論の研究・補訂版J221頁。 ( 幼. 辻本典央「公訴事実の単一性について」刑雑 4 8巻 2号 2 0 8,2 1 5頁 。. ωBGHSt 2 9,2 8 8 ; BVerfGE 5 6,2 2 . ( 2 5 ) Meyer-Go βn e ,r S trafprozesordnung 5 6 Auf , . l. ~. 2 6 4Rn. 6 ..
(16) 近 畿 大 学 法 学 第6 2巻第 1号. として処罰されることになるが,そのような因果性の存否をも含めて両事 実が統一的に評価・処理されるべき要請が働くからである O このように,実体法との従属性を否定する見解からは,いずれにせよ, 本件では併合罪の関係とされた複数の犯罪事実の聞になおも単一性が認め られるかという問題が残される。すなわち,本件では. 2回目の侵入行為. が前訴訴因との結合点となりうるかという問題ではなく,端的に,前訴の 住居侵入窃盗と後訴の住居侵入を伴う放火との聞に,事実的側面及び規範 的側面からみて統一的な評価・処理を必要とするかという点が問題となる のである O この点,両事実間の時間的・場所的接着性に加えて,その犯行 動機(被告人自身の会社内における不正行為の証拠を隠滅するため)を併 せて考えると,規範的観点からも統一的な評価・処理が要請される事件で あった。それゆえ,前訴の訴因と本件のそれとの聞に公訴事実の単一性が 肯定され,本件は,前訴確定判決の一事不再理効によって遮断されるべき であった。. i l l . 訴訟関係人の権利濫用と形式裁判の成否 本件 2審は,放火行為が初回の侵入行為の時点で行われたとの事実認定 を前提にして,前訴訴因との聞に公訴事実の単一性が肯定されるとしても, 弁護人の具体的訴訟活動において一事不再理効を主張することは権利の濫 用にあたるとして,免訴判決の主張を退けた。最高裁は. 2審の事実認定. (1審事実認定を不当とした判断)自体を誤りであるとし ω,この問題を検 討するには至らなかったが. ( 抽. 2審の前判示部分は重要な問題を提起するこ. 松代(前掲注(1)) 3 0 9頁は,本件認定に表れた事実関係から, I 火炎の高さか らの放火時間逆算」に基づく詳細な「鑑定」を行い, I1度目の侵入時に放火し た可能性はなお排斥しがた〔く,) 2審のように被告人に有利に, 1度目の侵入 時に放火した前提をとるべきであった」と分析している。.
(17) 「一事不再理効の成否」. とから,若干の考察を行う。. 1.参考裁判例と学説 従来,公訴権濫用論など,訴追側の権利濫用を問題とする場面はしばし ば見られたがr:t7J被告人側の権利濫用が訴訟で直接にその帰結を左右した 事例はあまり見られな L、。形式裁判の関係では,被告人が死亡したとの証 明書類を偽造して公訴棄却決定を得た場合の既判力が問題となった大阪地. 9年判決ωと,それに関連する学説の見解が目にとまる程度である。 裁昭和 4 この事件では,前訴において,被告人が l審で有罪判決を受け,控訴中 に,戸籍上死亡したことにして受刑を免れようと企て,自身の死亡診断書 を偽造・行使し,戸籍に不実の記載をさせる等した上で,担当弁護士を通 じて,内容虚偽の死亡を原因とする除籍謄本を提出する等したため,裁判 所は,被告人死亡を理由に公訴棄却を決定した。その裁判が確定した後, 被告人の生存と証明書の偽造等が発覚したため,検察官が,前訴の公訴事 実に加えて私文書偽造罪等について公訴提起した。弁護人は,前訴公訴棄 却決定の既判力により本件起訴は無効であると主張したが,大阪地裁は, 公訴棄却決定は形式裁判であって一事不再理効は生じないこと,被告人死 亡の認定事実が内容虚偽の証拠に基づくものであったことが後の証拠に よって明白となった場合にまで,前訴公訴棄却決定の拘束性により再訴が 遮断されるとはとうてい解することはできないことを挙げて,弁護人の主 張を退けた。 批 この判断に対して,結論はともかく,その論拠に対して学説から強 L、. 0巻 6号 6 9 6頁,最決昭5 5・1 2・1 7刑集 3 4巻 7号 6 7 2頁 , 間最判昭4 1・7・2 1刑 集 2 5巻 4号4 2 6頁 。 最判昭5 6・6・2 6刑 集 3 ( 2 8 ) 大阪地判昭 4 9・5・2* ' 1時 7 4 5号 4 0頁 。.
(18) 近 畿 大 学 法 学 第6 2巻第. 1号. 判がある O すなわち,本判決の判断によると,拘束力・既判力の制度は少 なくとも形式裁判に関していえば全面的な否定につながるというわけであ る。その上で,本判決の結論を肯定しようとするならば, I 被告人の重大 な偽装工作が,被告人の拘束力の要求資格を失わせた J ,すなわち,拘束 力制度は本来検察官側の禁反言たる性質を持つものであり,被告人側がそ れを援用して利益を得るためには自身にそれに見合ったクリーンさが要求 。同じく,本件のような場合には, I 信義則上, される,との見解がある ω 例外的に内容的拘束力が破れることがありえよう」とする見解も見られ るω 。. いずれにせよ,学説上,この事件のように,被告人側に死亡診断書の偽 装行為といった重大な違法(又は非違的)行為がある場合,そのことが, 後の訴訟過程において自身に有利な帰結を得ることの主張を制限する見解 が,多数を占めている 6 0 0. 2 . 本件 2審の評価 本件 2審は,前述のとおり,弁護人の訴訟活動に鑑みて,本件における 一事不再理効の主張は権利濫用にあたると判断した慨すなわち,本件弁 護人は,前訴と本件とが弁論併合されたことに対して,当初からこれを分 離するよう請求し,自ら個別の審判を要求したにもかかわらず,前訴が確 定するや,それを前提に一事不再理効の成立を主張することは,両訴訟活. ω 田口守一『刑事訴訟法・第 6版J446頁。光藤景肢『刑事訴訟法 llJ291頁も 同旨。. ( 3 0 ) 鈴木茂嗣『刑事訴訟法・改訂版J2 3 9頁。 ω これに対して,田宮(前掲注( 3 ) )r 刑事訴訟法J4 4 3頁は,不利益再審の否定 は被告人の偽装の有無にかかわらないはずであると批判する。. ω これによって,. I 防御活動の方法次第で一事不再理効の範囲に制限を加えうる とするものである J(関口(前掲注(1)) 1 1 9頁 。.
(19) 「一事不再理効の成否」. 動に矛盾があることから,これをいわば非違的行為と認めて,自身に利益 な帰結を求めることはできないと判断されたわけである O これに対して,学説上,この 2審判決に対して厳しい批判が向けられて いる。すなわち,本件 1審が弁論を分離したのは,検察官が併合罪として 起訴したことに起因し,裁判所も併合罪の判断を前提に弁論分離を肯定し たのであるから,重視されるべきは検察官の訴訟活動である,弁護人が弁 論再開後に免訴を主張したことは,弁論再開が裁判所の職権によるもので あり,弁護人として従前の無罪主張に加えて免訴を主張することは弁護活 動としておよそ正当である ω ,本件では被告人側に免訴の主張を封じるだ けの理由はない,弁論分離は裁判所の責任であり,弁護人として一事不再 理を主張することは当然の弁護活動である ω,権利濫用における禁反言色 彩の強調は被告人に過大な要求を強いるものであり,権利濫用という表現 はそもそも具体的内容を想定しがたく,実務上も使いにく L岬 ,. といった. 見解が見られる O 確かに,被告人側,特に弁護人の訴訟活動に関して,違法又は非違的な 行為が先行する場合,その訴訟上の地位において以後の訴訟活動に一定の 制限が加えられることは,一般論としては否定できないであろう。もっと も,そのような帰結は,被告人に不利な帰結をもたらすものであることに 留意しなければならな L、。弁護人の訴訟活動における破庇を,直ちに,全 ¥。そのためには,弁護 て被告人に負担させてよいということにはならな l. 人自身が証拠の偽造や偽証の教唆等,訴訟の本質を揺るがせるような活動 を行い,かかる違法・非違的行為により被告人が不当に(適法に得られな. 側豊崎(前掲注(1)) 1 2 0頁 。 岡田(前掲注(1)) 9 1頁 。 松代(前掲注(1)) 3 0 7頁 。. ω ω.
(20) 近 畿 大 学 法 学 第6 2巻第 1号. かったはずの)利益を得たというような,不当な弁護活動との因果性が要 求されるべきである倒。本件弁護人による弁論分離請求は,争いのある事 件とない事件とでその訴訟戦略が異なり,検察官が本来併合罪として起訴 したことを前提になされたものである。それゆえ,かかる訴訟活動は,訴 訟の本質を揺るがせるようなものではなく,またそれによって被告人が得 るべき利益は必ずしも不当なものではな L、。そうすると. 2審の判断は,. 本件への適用において誤りであった。本最高裁決定は,事実認定を異にす るためこの点を判断しなかったが,今後の同種事例における最高裁の判断 が待たれる O. ( 2 0 1 4 年 5月 脱 稿 ). ( 3 6 ) 辻本典央「弁護活動における暇庇の被疑者・被告人への帰属」立命 3 2 7=3 2 8 号5 5 0頁 。.
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